GET LIMIT 6.来訪
「ちょっと、イザーク。イザークってば」
ディアッカの制止をことごとく無視して、イザークは無機質なタイル張りの通路をずんずん進んでいく。
「やっぱ危ないって!」 彼はなおも言った。「こんなトコでイザークに万一のことでもあったら、俺、姫さんたちに合わす顔ないんだからさぁ」
「だったらついて来るな」
イザークは苛々と、恐らくは己の背後を小走りに追いかけてきているであろうディアッカに低い声を飛ばす。だがディアッカも、ならばハイソウデスカと引き上げるつもりはないようで、ぐっと言葉を詰まらせながらも、それきり無言であとをついてきた。
長い廊下の左右には点々とドアが存在しているが、イザークの目指すドアはそんな中途なところにあるものではない。照明もろくについていないそこは二人の足音以外は何ひとつなく、反響する靴の音が何重にもなって返ってくる。
群馬の高速道路の情報を管理していたのはどこだ──。イザークがそんなことをディアッカに尋ねたのはこの日の夕刻のことだった。待機行動の一環として文庫などを手にしていたディアッカだったが、さすがに彼の言葉の真意まで判らないほどボケてはいない。
彼はそこへ侵入して、あの事故の記録映像を探したいのだ。すぐにそれが理解できた。
もちろん反対した。事件発生より三週間を経る沈黙を破って、いつどこに何者がいきなり現れるかも判らない厳戒事態なのに、メンバーの一部が、しかも有能な戦力が別行動を起こすなどあってはならない。当たり前のことである。
ディアッカはデータをハックするだけならキラの得意分野なのだから任せればいいとも進言したが、イザークはそれを頑なに突っぱね、自分が行くと言って聞く耳を持たなかった。
そして制止も説得もままならないまま目的の場所へとやってきてしまったが、潜入自体は驚くほどすんなりできた。例の事件が起こった高速道路を管制していたその建物はさほど大きくなく、加えて今や別部署に権限を明け渡してしまったらしく無人だったのだ。
人の手を離れた建物に何のデータが残っているのか、それ以前に、何らかの有用な情報を記録したシロモノがここにまだあるのかと考えると、その可能性に関しては考えたくなくなる。しかもディアッカが調べ上げた結果において相応の知能を見せていた『当事者』が、イザークたちが情報収集のためにここを訪れるかもしれないことを、予期している可能性もまた捨てきれないのだ。
それを何故、わざわざ一人でここへ来ようなどと考えたのか──。無理やり付き添いをしているディアッカには、ひとつの確証に近い予測があった。
「…姫さんの手を借りるなんてもってのほか、なんて思ってんの? イザーク」
「……何が言いたい」
イザークは珍しく足を止めて、背後で独り言のような言葉を呟いたディアッカを睨み付ける。
図星だ、とディアッカは直感した。そしてその理由もおおよそで見当がついた。要するにイザークはキラに頼りたくないのだ。アスランやラクスに相談したくないのだ。ディアッカにだって、古く親しい友人であるからこそ助言を求めはしたものの、それ以上の介入を求めているわけではないのだろう。
「や。べつに。気にしない気にしない」 ディアッカは軽く肩を竦めた。
現状を考えると、そんなプライドというのかこだわりというのか、そういったものに構っている場合ではないように思えてならないが、そんなことを言ってしまおうものなら、今度こそ彼は怒り出してしまうだろう。
イザークは納得行かなげに相手を睨みながらも、踵を返して再び目的へ向かって歩き出す。素直じゃない、というわけではない。この反応はディアッカにしてみれば素直すぎて可笑しいくらいである。
「イザークはさ、どう思ってる? 今回の犯人」 歩きながら気分を変える意味でもディアッカは問いかける。「皆、それなりにプロファイリング…っていうか、犯人像を考えてるみたいだけど?」
「そんなものに興味はない」 イザークはすっぱり言った。「この目で実物を確認するまでは、何を考えても憶測に過ぎん。想像を巡らせている暇があるなら現物探しに費やせというんだ」
「あらら、現実的ィ」 茶化すようにディアッカは笑った。
しかし実のところ、彼もイザーク同様にプロファイル行動にそれほど興味を持っていなかった。敵がいるならそれについてあれこれと考えるよりも、当人を探し出して戦うのが一番てっとり早い。コーディネイターは誰もが冷静で理知的、という訳ではない。いかにキラたちと行動や目的を共にしようとも、タカ派エリート二世であるが故か、四の五の言う前に前線へ出てしまうタイプなのがこのコンビである。
ついて来るなと言いながら、それでもイザークがディアッカを追い払ったりしないのは、相手のそうした性質をくよく知るが故かもしれない。
コツ、と澄んだ音を最後にイザークの足が止まって、遅れてディアッカも足を止めた。二人の目の前では、二つのドアを組み合わせた広い入り口が閉ざされている。
目的のドア。管制塔のフロアがこの向こうにある。
──しかし。
「感じる? イザーク」
ディアッカが、一歩先に立っているイザークの背を見つめる。
イザークは何も答えない。ディアッカを振り向くこともせず、そこにあるドアをじっと睨みつけている。それこそ穴が開くほどの厳しい目つきで。
「ディアッカ」
「ん」
名を呼ばれたとき、ひょう、と風が吹いたような錯覚がディアッカにあった。目を伏せたその刹那、イザークの服装が変化する。セルを入れ替えたように現れたそれは、白と黒のコントラストがよく映える、元より銀の髪によって白いイメージのあるイザークに、あつらえたように似合う軍用制服だった。長い裾がバサリとひるがえるるさまは、さながら軍神の降臨に等しい光景である。
見惚れる間こそ一瞬で、ディアッカはふと思い出した。ラクスの陣羽織と同じく、イザークのこの白もまた『戦闘用』の服装なのだと。
イザークは言った。
「突入と同時に左右に展開、発砲は目標補足後、確実に狙える状況でのみ許可する。室内にはコンピュータがごまんとあるだろうが、ひとつ足りとて傷をつけるなよ」
「了解、隊長殿」
ディアッカは相手の機械的な言葉に答えながら、懐から銃を抜いて安全装置を解除した。ガシャッ、と景気のいい音が耳に届くと、反して心は引き締まる。
掌に握られた重く黒いそれの引き金を引く意味を、彼らは誰に教わるまでもなく自身で身につけた。
「行くぞっ!」
イザークの号令と共に、バン!と扉が開いた。
二人のどちらが開いたのでもない。ドアの向こう側からの巨大な圧力によって押し開かれたのだ。しかし一度地を蹴った二人は止まらない。ドアを破って飛び出してきた異形の影に数発の発砲を見舞って踏み倒し、その勢いでハードルを跳ぶようにして室内へ飛び込んで、続けざまに襲いかかってくる影の前で左右に展開した。
どちらを狙ったものかと一瞬の戸惑いを見せた『影』の頭に、すかさず三発の銃弾が命中した。一発はディアッカ、二発は気の短いイザークのものだ。断末魔の余地も与えられず絶命して四散する影にはもはや目もくれず、一方の壁側を走るイザークは素早く室内に視線を巡らせて状況判断を行なう。
中途でディアッカが二体ほど片付けてしまったが、廊下と変わらず暗闇に満たされた管制塔には、それと同じ色をした影どもが群れていたと思われ、この現時点で五体の影が、突如舞い込んだ二人の侵入者へ敵意をむき出しにしている。
彼らによるものだろうか、ズタズタに引き裂かれた最奥の壁に位置するスクリーンが痛々しい。
まさかすでに管制機器までも──? そう思っても、確認の為に割くコマ単位の時間さえ今は命取りになりかねない。
姫ならば一体一体倒さずとも、入り口に立ったまま気を放つだけで、こんな奴ら──。
脳裏をかすめたひとの姿をかき消して、イザークは数を確認した影たちに向かってダッシュをかけた。
頭を狙って繰り出された腕を身を沈めてかわし、スライディングの要領で相手に足払いをかける。パン!と非常に小気味いい破裂的なそれに似た音がした辺り、今の一撃で『影』の片足は砕けたに違いない。転倒する『影』の肩口を一瞬の迷いなく踏み潰したイザークが放った弾は、それの顔面をことごとく撃ち抜いた。
『奴ら』の筋肉組織は人間のそれとは違っているのだろう。本来なら四方に響き渡るはずの銃声は、どしゅ、どしゅ、と肉を裂く鈍い音だ。間髪置かずイザークの足の裏から敵の質量が弾け散る。
「次ッ!」
頭上から襲いくる影の方を見ないまま、イザークは天に向けて残り玉を気にせず発砲した。蜂の巣というほどでもないが、全身の至るところを穴だらけにされた『影』は、目的の彼から大きく外れたところに背中から着地し、消滅する。
次は──と視線を巡らせると、残る最後の一体にディアッカがトドメを撃つ瞬間が視界に飛び込んできた。彼が何体の『影』を始末したのかは判らなかったが、少なくともイザークは四体を相手にした。知能の低さと、食の本能に任せて行動するが故に『群れる』ことを知らない連中が、こんな場所に何の意図もなく集団で発生するはずがない。
「イザーク、無事?」
更なる襲撃を警戒しながらディアッカが駆け寄ってくる。イザークのまとう白は、跳ね返った『奴ら』の黒い体液であちこち汚れてしまっていた。それでもその汚れのどこにも赤いものは混じっていない。ディアッカはほっと息を吐いた。
「どうなってんのかね。三週間も音沙汰ないと思ったら、こんなトコに押し込められちゃってさ」
「……こんな簡単なコトも判らんのか、貴様の頭は」 イザークが言った。
ディアッカがハ?と目を丸くする。それに答えずイザークは、まずは手にしたままの銃を操作して空になったマガジンを床に放り捨て、胸元から取り出した新しいそれを装填した。その間にあったのは沈黙だけで、もうどこからも『影』が襲ってくる気配はない。それは周囲に気を放って策敵すれば容易に感知できることでもあった。
しかしこの沈黙が、余計に苛立ちを増幅させる。
「何者だ!」 イザークは声を張り上げた。「俺にケンカを吹っかけておいて、手駒がなくなったらトンズラか!」
やがてディアッカも気が付いた。適性と慣れの個人差によって、彼では少しばかり集中力が必要になるが、よく周囲の気配を探ると感じられるようになった。
それは確かな視線だった。嘲るように自分たち見つめている、奇妙な、意識すればそれほどに背筋が冷たくなるような、何百という悪意の前にさらされたような、そんな最悪な気分にさせられる嫌な視線。自らでそんな例えを想像してから、ディアッカはふと思い出した。これとまったく同じ表現をした、キラの言葉を。
あれだ。姫さんが言ってた『アイツ』だ。渋谷のあれ、群馬のあれだ。どうしてこんなとこに? 狙いは姫さんだけじゃないってホントだったのかよ──。
いっそ何も現れず、その気配が気配だけで立ち去ってくれればいいと願いさえした。『影』どもが放つ邪気や悪意とは次元が違う、だから表現の方法が見つからない、ただ漠然とした『悪意』がゆっくり確実に近づいてくる。
「そんな大きな声を出さなくても、ちゃんと聞こえてますよ」
言葉を放ったのはディアッカでもイザークでもなかった。管制塔フロアの入り口、影どもが破ったドアの残骸のところに、ひとつの人影が立っている。二人が振り向くとフロア全体に照明がついた。波がゆっくりと広がっていくように、さぁっと天井のライトが点灯していく。
少年だった。興味本位に想像したばかでかい大男でもなく、危機感と共に予期した動物の変異体でも何でもなかった。あどけない、可愛らしい顔をした少年がそこに立っている。緑の髪に、べっこうの色をした大きな瞳、白い肌。平らな胸元を見れば男なのだと判別はつくが、それ以外では性別の判定も難しい、その年代特有の中性的な子供。
悪い夢だと二人は思った。少年がまとっている赤い軍制服には、嫌と言うほど見覚えがあり過ぎた。
「ドーモ、ハジメマシテ。あなたたちの敵です」
少年は可愛らしい笑顔で言った。
あっけにとられたのはディアッカだけではない。イザークもまた、現れた相手の意外さに言葉を失っている様子だ。
「…ジョーダン、じゃないの?」
ディアッカがやっと言葉を絞り出すが、何とも頭の悪いセリフになってしまったなと自分で思えた。そんなはずはないのだ。敵でないものが敵ですなどと名乗るものか。仮に悪ふざけで名乗るまではしたにしろ、銃を持った二人の男を目の前にして、普通の少年がこんな態度に出られるものか。
それ以前に、この人物がここにいるはずがない。いる訳がない。もう何年も前に、戦火の中でこの世を去ったはずの彼が──。
敵、なのだ。
ディアッカとイザークの二人は、きっと同じような葛藤をしていたに違いない。脳内で結論が出て、相手に向かって銃を構えたタイミングは、まったく二人同時だった。こんなもので倒せる相手なのかどうかは疑問でこそあるが、どんな力を持っているかも判らない相手にいきなり格闘戦を仕掛ける気にもなれず、かと言って何の警戒もせず棒立ちしているのもバカみたいだ。だから構えた。それだけだ。
「そんなモノで、ボクを倒せるとでも?」
二人の脳内を読んだように、すかさず少年が言った。
余裕を失わない、ある種で挑戦的なその表情は、撃たれても死なない自信があるのか、それとも銃弾などというものを受け付けない身体なのか、あるいは物理攻撃そのものを無効化する特殊能力でも持っているのか、イザークたちに様々な要らぬ想像をさせてしまう。
彼が一歩を踏み出すと、二人は同じだけ後退した。ここで踵を返したら、少年は喜び勇んで背から襲ってくるだろうか? 何を自問しても自答は返ってこない。
「うーん…そうですね」 真剣な表情を浮かべながら、彼は夕食の献立を考えるような口調で言った。「こういう場面じゃ、敵と会ったらまずは戦って…力の差ってものを思い知って負け帰るのがセオリーですよね?」
いきなり、どこかの小説や映画などにありがちな展開が口にされる。イザークたちは、一瞬後に飛び掛ってくる少年の攻撃で叩き伏される己を想像してしまうが、危惧に反して少年は軽く両手を広げるような仕草を見せただけだ。
だが。
キン、と何かが弾けるような感覚があった。何事があったのかとディアッカは己の身体を確認するが、どこにも何の損傷もない。
「おまえ、今、何を…?」
改めて敵の方へ視線を戻しかけた時、ディアッカは、ずくん、と腹の奥で何かが脈打つような違和感を覚えた。
驚く間など与えられない。直後、服ごと己の腹の皮が盛り上がり、弾ける。薄い肉が破れると、中から赤い体液と、体内に納められていたものがこぼれて姿を見せて、柔らかな肉の管がばらばらと散る中から、それらに酷似した外見の白い回虫のようなものが何匹もうねるのが見えた。
キィキィ鳴きながら、先に開いた小さな牙だらけの口で肉を食い破り、あるいはさらに奥にある臓物を狙って、それらは体内へと侵入してくる。全身の血管の中を得体の知れない感触がザワザワと這い回って、指先にまでそれらの影が浮き出して、そして──。
ガァン!
何発も何発も、狂ったように続いた発砲音でディアッカは我に返った。もう少しで気が触れて絶叫のひとつも上げてしまう、崩壊のすんでのところで銃声に引き戻されて。
慌てて身体を確かめる。妙な感触こそ記憶の中に鮮明に残っていたが、身体には何の異常もない。
狂いかけたばかりの自分を落ち着かせる意味でひとつ息を吐くと、先ほどまでの異常な時間は、一瞬の幻術だったのだと頭が理解した。
銃声を放ったのは言うまでもなく、ディアッカの隣に立つイザークだ。銃口は天井を向いていて、それは、異常な場所へ引き込まれた自分の意識を現実へ引き戻すためにされた行為なのだとすぐに解釈できた。しかしディアッカに反して何を見たのかは聞くに聞けないが、イザークの呼吸は荒く早く、頬には汗の筋が流れ落ちている。
「…なんだ、今の、は…」
呼吸に邪魔をされて声を発せられないイザークに変わって、ディアッカが少年に目を向ける。
「あいさつですよ。当然でしょう?」
少年は事も無げに言った。しかも気に入った?と聞かんばかりの口調だ。
「おまえ、一体何なワケ?」 ディアッカは言った。「そんなカッコでさ…『奴ら』の、仲間?」
「そういうの、判らない方がそれっぽくてよくないですか? 『謎のまま』って、カッコイイですよ」
あははと少年が笑う。どうやらまともに答える気はないらしい。もしかしたら自分でも自分のことをよく判っていないから、取り繕うためにそんなことを言っただけかもしれないが、その様子からは真剣さというものが微塵も感じられない。
ただの少年だったものが『それ』に乗っ取られただけなのか、それとも『それ』は生まれたときから、この少年の肉体を持っていたのか──。どうあろうと戦わねばならないことに間違いはない。だからこそどちらであっても、この現実が悪夢であることに何の変わりもなかった。
「それでは挨拶も終わったコトですし、ボクは帰りますね。ここであなたたちと戦っても意味はないですし」
少年はウーンと腕を上げて伸びをした。
「待てっ!」 イザークの鈍い制止が飛ぶ。「ただで帰れると思っているのかっ」
「やめとけってイザーク! 今はお帰り願った方がいいんだよっ」
身を乗り出そうとしたイザークを取り押さえて、ディアッカは少年の方へと視線を投げる。
「帰るんなら早いトコ帰ってくれ。俺たちにも、今はおまえと戦う準備がないんだからさ」
ディアッカの言葉を聞きながら、イザークは自分の意識が深い闇の中へと落ちていくのを感じた。
まだだ、まだ──。どんなに頑張っても、視界が暗く狭まっていく。
身体を支えてくれる腕へ不本意ながら身を委ねるとともに、手の力が緩んで、握り締めていた銃がゴトンと床の上に転げ落ちた。
NEXT..... (2004/11/03)