GET LIMIT  41.愚者


 シンが掲げた手の先から飛来した光の筋がキラの肩口を貫き、そのまま上へ向かってズッパリと肉を切り裂いた。

 キラは神経組織をある程度まで制御して痛みを感じないようにしていたのだが、それもそろそろ限界だった。いくら痛みを感じなくたって、筋や関節を撃ち抜かれたり切り裂かれたりすれば動けなくなる。いましがた撃たれた肩から先の腕はダラリと垂れ下がって、もう動かせそうにない。

 こんなに強いなんて──。キラは奥歯を噛み締めながら相手との距離をとる。

 翼を発現させたシンが感情任せに巨大なエネルギーを放ったとき、キラはその力が壁の外側へ向かって放射されるようにと結界を張った。狙い通りシンの力は壁をぶち破って空へ向かって開放され、ビルの爆破やフロアの壊滅という大惨事に至ることはなかった。

 キラはその穴から外へ飛び出し、シンもそのあとを追って、舞台は夜が訪れたばかりの空へと移り変わる。

 だがフィールドが果ての無い場所になってキラは愕然とするハメになる。場所を誤ってしまったのだ。ただでさえ爆発が起こっているというのに、一体誰がこんな惨事に興味を示さないものか。ビルの足元はフロアから逃げてきた、または爆音を聞きつけて集まってきた人間でごった返していた。

 かくして周囲の迷惑なんて最初から眼中にないシンと、無駄な犠牲と死を回避せんとするキラとの間で攻防戦が始まった。

 しかし開始からまだ半時も経たないうちに、二人の勝敗は決しようとしている。

 ビッ。空気を焼く強烈な熱を持った光が飛んできて、今度はキラの脇腹を貫いた。ドン、と鈍い衝撃こそあったが痛みはまったくない。また外側へ向かって肉を引き裂かれるか──そう予期した次の瞬間、まったく想像もしないことが起こった。

「──ドン」

 シンがキラを指したまま楽しそうに言った。ドクン、とキラの身体の中で、自分のものとは違う何かが破裂する。

「あう…っ!」 あまりのことに悲鳴なんて出なかった。

 ついいま貫かれたばかりの、そしてたったいま起こった小爆発によってごっそり抉られた腹が、制御を超えて激痛を発した。

「あはは」 同じ目線にまで降下したシンが笑った。「下手な抵抗をするからそうなるんだ。諦めれば全部ラクになるのに」

 キラは黙り込んでいた。口を開けば、腹の痛みに悲鳴を上げてしまいそうだった。唇を切れるほど噛み、荒い呼吸を整えることもままならない。まさか自分がここまで苦戦するとは考えもしなかった。

 まさか、闇の王といわれるこの自分が、同じ闇によって苦しめられるなんて──。

 ググ、と痛みを堪えるように腹に当てた手に力が入る。裂くような激痛はずっと続いている。血はキラの意思によって一滴もこぼれていなかった。ここで盛大に出血して、眼下に集まった人間を集団感染させるわけには、決していかないのだから。

「まだ抵抗する気なら、もうそろそろ本気でそのイレモノは壊させてもらうよ」 シンはすっと右手を掲げた。「肉体っていうカラが一番邪魔なのはよく判ってるからね。心配しないで、あとは全部おれが貰ってあげるから」

 もう、方法は残ってない──。キラは大きく深呼吸して、呼吸の乱れを止めた。進化を始めた今の状態でコレを使うのは危険だ。でも──。

「我を求めるあらゆる者に告ぐ」 キラはぼそりと呟いた。もう宣言するほどの大きな声は出ない。「次いでは、我に従うすべての者に命ずる」

 シンの眉がピクリと跳ねた。更なる抵抗を続けようとする、半死も同然の愚か者の声を聞いて。

「我が名のもと、いま、我に──アッ」

 キラの声が途切れた。シンの手に首を捕まえられて。その細い指でキリキリと喉を絞められて。

「バカ」 シンは笑った。「あんたの切り札は使わせないよ。何もできないまま死んでいけ」

 冷酷な笑い声だった。心が壊れた者の悲痛な笑い声だ。キラは流れをせき止められた首筋で、自分の鼓動が少しずつ大きくなっていくのを感じた。息が苦しい、頭が痛む。頭の血管が鼓動のたびに大きく膨れ上がっていく、そんな感覚がした。

 痛い、苦しい──。キラは空白だらけになった頭で思った。こんなところで、見世物みたいに僕は──。

「時が来たよ、キラ」 シンは言った。

 誰か──。

「さよなら」

 グッ、とシンの指に更なる力が入った。ジワリとそこが熱くなる。このまま首を飛ばされて終わりなのだ。いくら不死身に近いキラでも、首という最大の命綱を断ち切られれば死ぬ以外にすることはない。

 誰か──。キラは願った。誰か、お願い。シンを助けて──。

「やらせるかぁあっ!」

 キラはハッと目を開いた。他でもない、まったく見当違いの方角から叫び声と共に莫大なエネルギーが近づいてくるのがわかったからだ。それに気がついたのはシンも同じだったようで、あと一歩で達成できたはずの目的から慌てて手を離して後退する。

 ゴォ、と空気が振動した。キラの身体を貫いてはいたぶっていた光の筋とは比べ物にならないくらいの、まさに砲撃のような金色の光が二人の間を貫いて天へと駆け抜けていった。

 エナジーショット──。キラはその光をかすんだ視界に映しながら、呼び慣れたその名称を思い浮かべた。しかしもう浮力がない。激痛によって奪われた体力が思いのほか多かった。シンの手から開放されたキラの身体は、そのまま地上へ向かって落下……するはずだった。

 ドサッ。落ちたキラの身体を受け止めたのは冷酷なコンクリートの地面ではない、二本の腕だ。そのとても落ち着くぬくもりには覚えがありすぎた。

「ア、ス、ラン…?」

「──じゃなくて残念だったな」

 うっすら開いた視界に、まぶしい白が飛び込んでくる。イジワルなくらいにあっさりキラの願望を打ち砕いてくれたのは、そしてキラの身体を抱いてそこに滞空していたのはイザーク・ジュールだった。



「よくもまぁ、こんなになるまで耐えたもんだ」

 震える声で彼は言った。怒りのあまりではない。イザークがいま何を思っているかは、その今にも泣き出しそうな、だがキラの命の温もりをその腕に抱くことができた歓喜にも満ちた、いびつな笑みが語っている。

「ひとりで勝手に死のうとするな、このバカ!」

「──ごめん…」

 キラがやっとその一言を放ったとき、上空にシンの姿が戻ってきた。至高の瞬間を邪魔された怒りで彼の感情は満ち溢れている。

「よくも邪魔してくれたなぁっ!」

 叫んだシンが突き出した掌に、白い輝きが無数に宿る。

「すっかり気分は悪役のようだな」

 イザークは言って、シンへ向かって右手を掲げた。

 シンの手の先からマシンガン同様の光の粒が飛び出し、一斉にイザークたちへ向かって飛来する。正確にキラの頭を狙うコースで。

「我が力、我が身は我が想いのために! 我が内なる闇よ、この意思かける存在をここにあらわせ!」

 キラも聞いたことがない、そして本来の形式とはずいぶんと違った妙な命令文をイザークは放った。

「全方位防御展開、力示せ、ヴォルテール!」

 イザークの腕の先で、キラリと空気の膜のようなものが揺らめいた。

 ドガガガガッ。命令文の完成と無数の光が到達したのはほぼ同時といえた。しかしそれらは決して一つとてキラに届くことはなく、空中でことごとく破裂して消えていく。見えない壁に向かって突撃してしまったように。

 着弾の光が晴れた向こうからまったく無傷の二人の姿が現れるのを見て、シンは不快な顔をする。しかし怯む様子はなく、すぐさま空を蹴って身体で突っ込んできた。

「無駄だ、貴様にこれは破れん!」 イザークが声を張り上げた。

 バヂィィッ。シンの手がそこに触れた瞬間、強烈なプラズマがまき散らされる。どうやら防御用ではなく不可侵結界の応用だったらしいそれは、侵入しようとする異物に対して、まるで白血球のように猛攻を試みた。

 無理に結界を開こうとするシンの指先に裂傷が走り、溢れた血は高温のプラズマによって即座に蒸発して消え、爪がビキビキと音を立てて割れる。どうやらこの結界はシャボン玉同然の頼りない光の壁に見えるが、イザークの精神力並みに屈強な力を持っていたようだ。

「なんだよ、こんなものっ」 シンは叫んだ。「キラをよこせっ! そいつをこっちによこせぇーっ!」

「…シン…」 イザークの腕でキラが呟いた。

 手がズタズタになってもまだ結界を破ろうとするシンの姿を大きな瞳に映し、そこに見る間に涙を溜める。これ以上キラにショッキングな映像を見せ続ける意味はない、イザークはそう感じて、シンの手を結界ごと振り切って一気に上昇した。

「逃がすかよっ!」 シンが叫んで追いすがる。

 このままどこまでも追い掛け回されれば、シンを振り切るよりも人工能力者であるイザークの体力が尽きるほうがきっと早いだろう。しかも結界を維持した状態で攻撃までやってしまえるほど、超能力とは甘いものでもない。

 何をやってるんだ──。イザークは苛々した。早く、早く来いディアッカ、アスランッ──!

 ふ、と、イザークの視界に眼下の人間たちが飛び込んできた。この非常事態だというのに、誰一人避難しようとする者はおらず、みんな花火大会でも見るように上空で展開される戦いを見上げている。キラもこの視線の群れの中で戦っていたのだ。

 いい気なものだ、こっちの気も知らないで──。そう思ったとき、不意に群衆の中の誰かがイザークを指さした。

『オチロ、バケモノ!』

 唇の動きは、確かにその人間が叫んだ言葉を、声ではないにしろイザークに届けた。彼は刹那の動揺のあまりバランスを崩しながら、大きな歩道橋の手すりに着地した。

 なんだって──? イザークの頭の中で、その呪いの言葉がぐるぐる巡った。いま、ヤツは…あの人間は、姫に向かって──?

 頭の中が真っ白になって、彼は次に自分が何をしようとしていたのか判らなくなった。けれど考える暇もなく敵…シンが追ってくる。イザークは結界を解除して懐から銃を抜き、自分の力を弾丸として撃ち出せるように改造されたそれで、敵へ向かって何度も発砲した。

 バチン、ガキン、と鋭い音がする。シンとて結界の使い方くらいはわかっているらしく、イザークの砲撃は届かない。舌打ちしながらタッとジャンプしたそこを、足場ごとシンの足が踏み砕いた。アメ細工のように鉄製の手すりが曲がっている。パラパラと散るコンクリートの欠片が土煙を作った。

 がんばれーッ。誰かが下からまた叫んだ。とんでもなく無責任な言葉だった。しかしそれに応えるように、土煙の中から姿を見せたシンの翼がバサリと大きく羽ばたく。風を起こされて、サァッと煙幕がひいていった。

 なんだと──! イザークはいよいよ信じられなくなって群衆へ視線をやった。俺には罵倒でシンには声援とは一体どういう了見だ、狂乱者はシンの方だぞ──。

 悔しさ紛れにキラの身体をぐっと抱き寄せたとき、イザークの腕にその感触があたった。

「──!」

 急激に脳内で覚醒した現実の光景に、今度こそイザークの心臓は止まりそうになった。

 あちこちに肉片をまとわせた、血管と呼んで差し支えないものが無数に浮き出した青い機械翼。キラの背から、服を突き破ってそれは直に生えている。イザークはここへ駆けつけてそれを見たとき、美しいとさえ思った。シンから放たれる光を受けてきらめき、持ち主に無限の機動力を与える神の翼、誰にも行き着くことのできない境地にこそあれはあるのだと。

 だが、違うのだ。彼はいきなりそれを理解させられた。集まった人間たちから見れば、それは化物の身体の一部に過ぎなかったのだ。気持ちの悪い外見、おぞましい姿、それが現実の人間の目に映った『現実』だった。

 醜いもの、不気味なものは敵。そして、シンのように輝く美しいものを持った者は──。

「誰の為に…っ」 イザークは奥歯を噛み締めた。

 シンの掌から光の糸がシュルンと伸びる。それは瞬く間に太さを増し、強靭な鞭となって飛来した。慌てて飛び退くイザークの足元をバシンと耳に痛い音を立てて叩く。二度、三度、後退しながら彼はその攻撃をかわした。頭を下げると、背にした街灯のポールが真っ二つに裂かれて倒れていった。

 キラを抱く腕に力がこもる。気を失ってしまえば、眠ってしまえば楽になれるのに、自身の出血を止めておくために意識を保ち続け、痛みに苦しみ続けているキラを。

 誰の為に、姫がこんなになったと思ってるんだ──!

 バシィッ。キラを狙って飛んできた光の鞭をイザークの手が引っつかんだ。じゅう、と掌で音がする。その筋は思いのほか激しい熱を持っていた。こんなものに叩かれれば、腕や首など即座に飛ぶだろう。

 ギリギリと綱引きのような競り合いが続く。これを引きちぎって、その瞬間に反撃に出る……イザークはそのつもりだった。

 だが、シンが笑った。バカにするように。

 まずい──! 本能の訴えは一瞬遅かった。

 手元の鞭がビビッと帯電したかと思うと、直後にすさまじい電撃が襲いかかってきた。意思とは無関係に身体が激しく反応する。

『ああぁぁぁあっ!』 イザークとキラとの悲鳴が重なった。

 意識が飛びそうになる。ダメだ、堪えきれない──。

「だァーから遠くからのエナジーショットは止めようって言ったんだよ!」 ディアッカの声がした。

「うるさいっ、周囲の人間を巻き込んだら大問題だろ、こうするしかなかったんだっ」 アスランの声がした。

 次の瞬間、上空からディアッカとアスランが降ってきた。ストッ、と軽く着地するのではない。ダンッ、と全体重を足にかけるような重い着地だ。二人はヨッと身を起こすと、まずはシンではなくイザークの方を向く。

 群衆の冷たい注目を浴びつつもそれをカケラも気にかけず、まったく場違いなケンカをしながら、二人は歩道橋の下の車道を走ってきて地を蹴り、ここへと降ってきた。ジャンプの瞬間、着地のときにシンの鞭を踏みちぎることを計算して。かくして二人の目的はピッタリ一致した。光で構成されたその鞭は、踏まれた部分からイザークの手に届くまでの部分がきれいに消滅している。

「救済者参上、ってねー」 ディアッカが言った。「お待たせ、イザーク」

 誰もが我を忘れてボーゼンとした。本当に場違いもいいところだった。仲間たちの間でのみエナジーショットと呼ばれている最高位術『ガナー』の行使によって緑をまとったディアッカと、何故かサングラスをかけているアスランがそこに立っている。

「遅れてすまない、イザーク」 アスランは言った。「この騒ぎのせいで、思ったより道が混んでいたんだ」

 アホか、そんなことが障害になるワケないだろ──! 呆然としながら、イザークは思った。今日ほどこの感情に駆られた自分を知らなかった。それは後悔のようであり、決意のようでもある。とにかく何でもいいから、この壮大な権力争いが終わったら実行しようと心に決めた。

 コイツらだけは、あとで絶対ぶん殴ってやる──。






                                         NEXT..... (2005/07/18)