GET LIMIT 32.懺悔
わたし、最低だ。アスランに好きになってもらえる資格なんてない。最低な、汚い女なんだ──。
『あれ』がまだ生きているかもしれないこと、その『あれ』に侵食された人間がいて、それがミリアリアかもしれないこと。そのミリアリアにカガリが拉致されてしまったこと──。
イザークとディアッカはあくまでも可能性があるとして話したが、いったいどうやって話を聞けば、その話をただの可能性として受理できるだろう。『こちら』の時刻はとうに深夜。夜の街から呼び戻されたキラとアスラン、そして半分寝ている状態で待機していたラクスの今の表情は極めて固かった。
「…ってわけで」 ディアッカは言った。「ミリアリアを探してアスハを連れ戻して来いとまぁ、言われて出てきたんだよ」
皆はしーんと静まり返っている。この状態で「ああ、そうなんだ」と返事をされるのもなかなか怖いのだが、この沈黙も異様で不気味だ。
「ミリアリア・ハウの向かった場所などは判らないのか」 アスランが言った。
「悪いがまったくだ」 イザークが答えた。「今頃オーブの軍と警察が国中に検問やら極秘手配やら張っているだろうが、そんなもので見つかるとは、俺は思っていない」
「『あれ』だから、か?」
続くアスランの問いかけに、イザークは答えなかった。答えられないのではない。キラが倒した、という事実がすでにあるにも関わらずまた『あれ』が現れたことを認められないのだ。
「でも、何だか妙だな」 アスランは独り言のように言った。「話を聞いてみると、これまでのような俺たちを心底バカにしたお遊びの要素が感じられない。首長たちを殺したのも、影化させたのも、イザークたちを足止めしてその隙にカガリを連れ出すための、精一杯の行動だったように思える」
「……どういうこと?」 キラが問いかける。
「まだはっきりと確証があるわけじゃないが…キラと戦ったダメージが、かなり残っているんじゃないか? まだ日も浅いんだ、完全に回復しているとは言い難いのかもしれない」
「倒せたわけじゃなかったけど、まったくノーダメージってわけでもない…って?」
「ああ」 アスランは頷いた。
イザークとディアッカ、そしてラクスはハテと首をかしげた。
静岡から戻って以来ろくに目も合わせず口も利かずで、とにかく関係がギスギスしまくっていた二人がギスギスしたままオーブに出て行ったと思ったら、今は仲良くソファに並んで座って意見を交わし合っている。
二人の関係がギスギスしたのを見たときには天変地異を見たような気分だったが、今の、何事もなかったような仲良しぶりを見るとこれもまた天変地異を感じる。
この数日でこの二人に何があったのか。もしかしたらハルマゲドンでも体験してきたのかもしれない。
「どういう行動が良策だと思う?」 イザークは誰にともなく言った。「行方も知れない、目的も知れない。ひょっとしたら今頃ミリアリアとかいう小娘だけでなく、アスハまで侵食されているかもしれない。連れ戻すとは大口を叩いてしまったが、打つ手ナシが現状だ」
「…でも」 ふとキラが言った。「どうしてミリアリアが? 彼女はマイノリティじゃないし、ここまで僕たちとは何の関係もなかった。僕らが『こっち』に来ていることも知らないし、そもそも『こっち』のことさえ知らない彼女が、どうして『あれ』と接点を持ったの?」
部屋はしーんとした。皆はそれぞれで何かを考えているようだが、どうにも言葉に出すには決め手に欠けるようで何も言わない。要するに、わからないのだ。質問を投げかけたキラ本人もそこまではわからない。
「イザークたちにはわざわざ戻ってきてもらったが、オーブに行って現場を確かめるのが一番早そうだな」 アスランが言った。「残留反応が残っているかもしれないし、ミリアリアの足取りを追うヒントがあるかもしれない」
「やっぱりそれが一番か」 ディアッカが肩を竦める。
「こっちで夜が明けたら、向こうは確か夕暮れ頃だな」 アスランは時計を確かめながら言った。「反応を追うならキラの力が強まる夜の方がいい。とりあえず今はここで夜明けを待って、朝になったら行動を開始しよう」
イザークは眉を寄せてかつての同僚を見た。やはりキラと共にオーブへ出る前とはまるで違う。別人と言ってもいい。決定的に欠けていた何かを、思いっきり充填してきたような感じがした。
そして、それを言えばキラもそうだった。静岡から戻ったときには死人同然の顔つきをしていたのに、今ははっきりとした生気を感じる。『あれ』がまた現れたなんて話をすれば、今度こそ半狂乱を起こしてぶっ倒れるのではないかと危惧していたぶん、この落ち着きぶりがより奇妙に見える。
だがこれから重要な事態を迎えるこの場面にきて、二人が何かしらの方法で互いの問題を解消したのなら喜ぶべきことだろうか。戦闘においても作戦においても、もっとも重要なのは目の前のそれだけを考えて行動すること、つまり私情と雑念を介入させないことに他ならないのだから。
「…なんだよ」
アスランがイザークを見た。どうやらイザークは、とにかくじろじろとアスランを見ていたらしい。しかも妙なものをみるような目つきで。アスランの顔を見ればそう書いてある。
はじめて宇宙人を見せられたような顔をするな──。
「いや、別に」 イザークは言った。「随分と調子が良さそうだと思ってな」
「あ、俺も思ってた」
待ってましたとディアッカも手をあげる。
「ああ、そうそう」 意外にも、キラが嬉しそうに身を乗り出した。「アスラン、やっと不眠症が治ったんだ」
え。皆の声がひとつになった。
「や、違う」 アスランは慌てて何か言おうとした。「ちょっと待てキラ、俺は──」
「マジでぇ? 何年もロクに寝てないとか聞いてたからさ、実はケッコー心配してたんだぜ?」 ディアッカが驚いて言った。
「よかったじゃないか。これで使えない頭に少しは血も巡るようになるだろう。今までボケッとしてたぶん、しっかり役に立てよ」 イザークが皮肉たっぷりに言った。
「睡眠不足は身体にも悪いしね。あんまりおおっぴらに喜ぶのもアレだけど、ほんとよかった」 キラがうんうんと頷いて言った。
アスランはそれでもまだ何か言おうとしていたが、どうにも発言の機会を失ってしまった。放とうとした言葉が溜息に変わって出て行ってしまう。どうしたものかと視線を逸らしたとき、ふと気が付いた。
ラクスがアスランを見ていた。何だか様子を伺うように、じっとだ。そういえばイザークたちが戻ってから、彼女は一言も口を開いていない。不眠症が治った、なんて聞けば真っ先に両手を合わせて大喜びしそうなものなのに、思慮深い軍師型の彼女は、早くも『あれ』のことで何かしら考え始めているのだろうか。
しかしアスランと目が合うと、ラクスはすっと顔を伏せた。まるで、見られたくないものを見せないでおくように。
またしても声をかけるタイミングを失いながら、アスランは首を傾げるのだった。
一同がオヤスミの挨拶を交わして部屋へと戻っていく。
実はまだ、彼の不眠症は完全に治ったわけではなかった。ディアッカの言った通り何年もほとんど寝ていない状態だったのだから、治ったともなればかなりの睡魔が襲ってくるものと覚悟していたのだが、一向に何事も起こらなかったのがその要因だ。
現に今も脳の深呼吸と言われるあくびこそ出てくるがまったく眠くない。ミリアリアやカガリのこともあって気が立っているのだと言えば説明はつくだろうが。
アスランは、あのときにすぐ違うんだとはっきり言えなかった自分が虚しくなって項垂れた。違うとは言ったが、皆は喜びが先立っていて何も聞こえていなかった。今から告げていたのではとにかく遅い。朝になったらそれこそ、もう言うタインミングは永遠に来ないであろう。
これからどうしようかと、手すりにもたれて室内を振り返ったとき、すでに照明の落ちたそこに誰かが立っていることに気付いた。
ラクスだ。裾にレースのフリルをあしらった淡いピンク色のかわいらしいネグリジェを着て、踏みしめるように一歩ずつ、アスランがいるバルコニーの窓へと近づいてくる。
「ラクス」 彼は呼びかけた。「キラならもう部屋に戻ったよ」
彼女は首を振って、そのまま夜風の中へと歩み出てきた。天頂をすこし過ぎたところで、満月に近いふくらんだ月がぼんやりと光っている。そんな光を浴びた彼女は、なんだかとても神聖な存在のように見えた。
それにしても様子が変だ。アスランは自分の隣に並んだラクスの姿を横目に見ながら、何か話しかけるべきかどうかを迷った。『あれ』のことで何か不安でもあるのか、それとも何かいい打開策でも見つかったか。どんなことであっても、彼女がまともに口を開くのを見るのはずいぶん久しぶりのような気がした。
ラクスは黙っている。まるでそこにいるアスランのことなど少しも意識していないように、ただじっと、ぽつんと空に光る不恰好な白い月を眺めるだけだ。
「…ラクス?」 アスランはもう一度呼びかけた。
「自分は最低な女だと」 ラクスは言った。「あの日から、ずっとそう思い続けてきました」
「……は?」
目が点になるアスランに、ラクスはくるりと向き直った。その表情からは決意とおそれ、そして苦痛がうかがえる。アスランはふと、彼女が何か重大なことを口にしようとしているのだと理解した。
「キラと、お気持ちが通じたようですわね」
「えっ?」 アスランは急に言われて慌てた。「いや、えっと…」
「よいのです。さきほどのお二人を見て、わたくしには解りました」
「あ…ああ…。つ、通じたって言うか、あれは…」
アスランは頭をかきかき、視線を泳がせた。
確かに今までアスランはキラを大切に思ってきた。キラは自分で戦う力を十二分に持っているものの、それを使うことを憂うタイプだから、自分が戦ってでも守りたい、力を使わせたくないと思ってきた。それもひとえに彼が子供の頃からの友達であり、兄弟のようにして育ってきた相手であったからに他ならない。
だがアスランが自分の心中を振り返ったとき、キラは『友人』という立場の存在にすぎなかった。特別に親しい、という枕詞がついても、アスランにとってのキラは『ともだち』で、それ以外に表現の言葉が何も見つからなかった。
なのにキラに好きだと言われて涙が出るほど嬉しかったのは何故だろうか。その言葉だけで本当に満足だったのはどうしてか。その前にいろいろ言った将来的な約束なんて何もなくてよかった、ただキラが自分を好きだと言ってくれた、それだけで彼は満たされた。
どうして──。そのときアスランは、何度も遠回りをしながらやっとわかったのだ。
ともだちという枠をこえて。ひょっとしたらキラを人生のパートナーにさえできたくらいに。
俺はキラのことが好きだったんだ──。
「わたくしには──」 ラクスはぽつりと言った。「そのことでおはなしせねばならないことが、二つあります」
アスランの中の時間がぴたりと止まった。そのまま時が止まっているにも関わらず、すーっと背筋が冷えていく。
ラクスは大戦の頃からキラと親密な関係を持っていた。その方面にとことん鈍いアスランが見てもわかるくらいだったのだから、ラクスがキラに向けた気持ちは相当なものだ。
キラと想いが通じたとき、一番の不安となってアスランの心を覆ったのは、キラと関係があるラクスのことと、自分と関係があるカガリのことだった。とにかく何でもいいから機会を見つけて話をする必要があると今から考えていたのだが、それが今この場に訪れるとは思ってもいなかった。
「……すまない、俺は…」
「いいえ」 ラクスはぱっと顔を上げた。
アスランはぎくりとした。彼女の、大きくて愛らしい青い瞳が、いっぱいに涙を溜めている。もう一度だけまばたきをすれば、それは即座に頬へと流れ落ちていくだろう。アスランは女が泣くのを見るのは苦手だったが、何もそれはアスランという男だけに限った話ではない。
「謝らねばならないのは、わたくしたちの方です」
ラクスは言った。それがひどく申し訳なさそうだったから、ついにもアスランは彼女を慰めようとしてしまった。が、実際に髪を撫でてやったり肩を抱いてやったりするだけの度胸は、彼にはないのだが。
「どうしてラクスが謝るんだ」 アスランは言葉だけで何とか慰めにかかった。「悪い、のは……悪いのは…」
俺のほうじゃないか、という言葉がなかなか出てこない。言えない。
好きな人が自分を選んでくれたことの何が悪いんだ、俺は何も悪いことなんてしてない──。そんな嫌な意識が彼女を嘲笑おうとする。アスランは首を振って邪念を払った。
悪いのは俺だ。この気持ちは大戦が始まったあの日からずっと抱いてきたものなのに、その本当の意味にひとつも気付かずに、延々とキラと友達ごっこをしていた自分が悪いんじゃないか。
その間に俺はカガリを、キラはラクスをパートナーとして見出し、今に至っている。やっとお互いに相応しい相手を見つけて落ち着こうというときになって、あの頃の気持ちの本当の意味に気がついたからといって、この平穏を打ち砕く権利はないじゃないか。
俺が悪いんだ──。
「…え?」 ふとアスランは気が付いた。「ラクス…たち?」
「はい」 彼女は頷いた。「わたくしたち…。わたくしと、──カガリさん」
アスランはぎょっとして彼女を見た。意味のわからないことをはっきりと言った彼女を。気が付いてみると、ラクスの、胸元でぎゅっと結ばれた両手が見てわかるほど震えている。
「わたくしたちは、あの頃からのお二人の気持ちを知りながら、あなたがたから想い人を奪ったのです」
無音があった。アスランは何も言えなかった。
気持ちを知りながら、その誰かの想い人を奪い取る──。どこかのサスペンスドラマにでも出てきそうなセリフだ。
「わたくしはキラがほしかった」 ラクスは更に言った。「あの優しさを、あの力を…。どうしてもキラを、自分のものにしたかったのです」
そういえば──。ラクスの運命の告白を聞きながら、アスランはふと思った。
カガリもそうだが、ラクスだってマイノリティだ。そして彼女は今このホテルで就寝しているメンバーの中では、キラとアスランに次いで超能力者歴が長い。キラはかつてアークエンジェルで彼女に出会ったとき、気持ちこそ気高くも無力であった彼女に自分の力を、わずかだけ、ほんのわずかだけ分け与えたのだ。
キラにとっては彼女の生存を、そして彼女の存在を確かめるためのお守りを与えたような感覚だったに違いない。しかしそれはラクスの中に深く根付き、いつしか彼女を、今となってはこうして行動を共にするマイノリティと化してしまったのではないか──。
「マルキオさまが、あなたと戦って負傷したキラをお連れになったとき、運命だと思いましたわ」 ラクスは遠くを見て言った。「思ったとおり、目覚めたキラはあなたとの戦いで深く傷付いていた。わたくしは、まだアスランへの気持ちに気付いてもいない傷付いたキラに、癒す者としての…女としての、わたくしの存在を刻み込んだのです」
ごぉ、と遠いところで排気の音がした。大きなトレーラーがどこかを通っていったのだろう。
「あなたにだけは…アスランにだけは、キラを渡したくはなかったのです」 ラクスは、その遠い音を聞き届けてから言った。「けれどキラがわたくしを抱いて下さった日、わたくしの心にあったのは、キラへの想いの達成感でも満足感でもなく……あなたに勝利したという、むなしい喜びだけでした」
マイノリティがゆえの感情であることは容易に推測できた。アスランはすべての影から、キラの分身たちから、そしてマイノリティから敵視される、キラを手に入れる上での最大の壁である。キラを手に入れるということは、アスランとの争奪競争に勝利するということに他ならない。
だがそれをマイノリティとしてではなく人間としての視点で見つめたとき、どれだけむなしい現実であるかは言うまでもないだろう。
「カガリも──」 アスランは言った。「そうなんだな?」
短い沈黙をおいて、ラクスは何も言わずにひとつだけ頷いた。
何となく想像はつく。ラクスがアスランへの勝利を目指してキラを奪ったのであれば、カガリはほぼその真逆だ。彼女はキラからアスランを奪い取ることで、キラの大切なものを手にした自分に満足しようとした。
おまえのものはわたしのもの。おまえが大切にしているものは全部、わたしのものだ──。
カガリはマイノティとしてアスランと勝負するのではなく、もっと原始的な感情であるキラへの支配欲で動いてしまったのだ。
だがその真実を知ったアスランの心中にあったのは落胆でも安堵でもなく、ただやるせない気持ちだけだった。
「ですがアスラン」 ラクスは顔を上げた。「どうかお願いです。カガリさんを…あのかたを、どうか許してあげてくださいませ」
アスランは慎重に、そんなことを言ったラクスを見た。
必死の表情、溢れる涙。自分は許されなくても、カガリだけはと思う気持ちが強く現れている。
「カガリさんはわたくしに話してくださいました。キラからあなたを奪うことで支配欲を満たした愚かな自分への懺悔を。そしてあなたに触れ合ううち、本当にあなたを愛してしまった──愛することができた苦しみを、あのかたはおはなしになりました」
アスランは黙っていた。
「カガリさんは今でこそあなたを愛しています」 ラクスはなおも言った。「けれど自分は決して許されないことをした、許されようとは思わない、どんな罰も受ける覚悟はある……それでもあなたに突き放されることを、軽蔑されることを、カガリさんは何よりも恐れていらっしゃいました」
血を吐くような苦しげな告白が続いた。ラクスは、カガリと二人で自分たちの秘密を明かし合ったとき、これを永遠に二人だけの秘密にしておこうと、決して口を開くまいと思ったに違いない。
もう過ぎたこと、取り返せないこと。それならもう、何も言わないほうがいい──。
しかし事態は急変した。永遠に繋がらないはずの意識が繋がったとき、ラクスこそまさにハルマゲドンが始まったような衝撃を受けたことだろう。
「だが…」 アスランは言った。できるだけ静かな、優しい声で。「君も、そうなんだろう?」
ラクスがハッとした。強張った表情が、引きつった唇がわなわなと震える。
「君だってちゃんと、キラのことを想っていたはずだ」
「そ、そんな」
「君は俺に勝ちたいだけで、キラに…誰かにほいほいと近づいていけるほど、愚かな人じゃないんだから」
ああ──。ラクスは両手で顔を覆った。
「君はキラに惹かれていた」 アスランははっきりと言った。「君は変な下心だけで動くような人じゃない」
ラクスは何も答えず、ただ俯いていた。だが肯定や否定などなくたって、アスランにはもうわかっていた。
ラクスという女は確かに、キラというひとりの男に心惹かれていたのだ。それがただマイノリティの感情の陰に隠れて、彼女に自分を見失わせていただけのことだ。
プラントの偶像として祭り上げられ、多くのコーディネイターの人柱と称しても決して過言ではない立場もまた、彼女のキラへの気持ちを増幅させる役割を果たしただろう。ただ歌うことが好きな女の子だった彼女は、生まれた立場と自分の才能によってがんじがらめにされて、意識外では苦しんでさえいたのかもしれない。
そんなとき現れたキラは、同じコーディネイターでありながら彼女をよく知らず、そして特別視しなかった。プラントの市民たちをその歌声で守り続けてきた彼女は、キラによって『守られる』ということを初めて知ることとなり、その印象がやがて強い気持ちへと変わっていったのだ。
何もマイノリティだからというだけではない。マイノリティがキラに惹かれる理由は、全部が全部、その力ゆえであるはずがない──。アスランはそこにわずかな救いを見た。
「けど俺は」 アスランは言った。「もう戻れない。そんなことを聞いてしまったら、なおさら」
「…ええ、それでよいのです」 ラクスは深く頷いた。「わたくしも、カガリさんも、この罪を認め合ったあの日…そう決めたのですから」
もしもあの二人が通じ合うことがあれば、そのときは覚悟を決めよう──。
世界で一番罪深い女たちは、同じ罪を犯した者にそう誓った。
「わたくしはキラに、カガリさんはアスランに、誰より一番しあわせになっていただきたいのです」
それが最後の最後、罪の果てに見出した、自己満足でしかないかもしれない償いの方法──。
「認め合える誰かがいなければ成り立たない幸福があるのなら、わたくしもカガリさんも、あなたがたにそれをお返ししたい…と、思います」
「…わかった」 アスランは言った。「キラは、返してもらう」
「──はい」
アスランが小さく浮かべた笑みに応えるように、ラクスも微笑んで頷いた。
取り返すことも、埋め合わせることもできない空白の罪からやっと解き放たれたその笑顔は、とても静かで、とても安らかだった。
NEXT..... (2005/05/26)