GET LIMIT 31.幸福
「おまえら、一体どうしてくれるんだ、えっ」
唯一の生き残りである若い首長は、アスハの執務室で半狂乱になってわめいていた。カガリのような若い女が使うには少々アンティークなイメージがある部屋の片隅で、何も知らない大小さまざまな黄色いハロがぴょんぴょんと元気に飛び跳ねている。
大きな両開きドアの前に立った警備兵は何も聞こえない顔をしてカカシのようにつっ立っていた。
「おまえたちがもっと早く駆け付けることができたら、カガリは無事だったかもしれないんだぞっ。コーディネイターのくせに、こんなときくらいどうして役に立てないんだ、ザフトの軍人が聞いて呆れるなっ」
これでもかというほど首長は怒鳴り散らした。そんな哀れな男の前に立っているのはイザークとディアッカなのだが、どちらも怒り狂う相手の顔を見ようともしていない。嫌というほど飛んでくる悪口雑言もキコエマセンという顔で、それぞれ別々にまったく違う方向へ視線を飛ばしている。
が、実はイザークはぶち切れる寸前だ。今の状況を理解する平常の脳を持ち、イザークという人間の本質を知っている人間なら誰にだってわかる。
このユウナ・ロマとかいう男は、異変が起きたときはカガリに逃がしてもらったくせに自分は怯えるばかりで、イザークたちに道案内も状況説明も満足にしなかった。だからイザークとディアッカは状況の判断と現場の推測を自分たちで行なわざるを得ず、それが結果としてカガリが拉致されるという最悪の形になって現れてしまったのである。
この男がまったくシッカリしてなかったのがすべての原因なんじゃないのか──。ナチュラル、コーディネイターという人間の壁を越えて、この部屋に存在する人間の思考が一致した。だが、誰もそれを口にしない。この際だからはっきりと教えてやって目を覚まさせるのもいいのかもしれない、誰もがそんなことを思いながら、今一歩のところでぐっと堪えている。
一個の人間の判断だけで、プラントとオーブという二つの国家の間に激震を走らせることはできないのだ。
「おまえら聞いてるのか!」 あまりにも視線が合わないことに苛立ちを募らせたユウナが、ひときわ大きな声をあげた。「この責任をどう取るつもりなのか、ここではっきり教えてもらおうじゃないかっ」
責任。
最終的にはここにオチるのが普通のパターンだ。しかしこのあとに続くセリフや行動はひとそれぞれで、これといった確実なパターンは存在しない。実質的には事態の収拾を自分で付けねばならない訳だが、この意味を取り間違えた者の多くは自殺や辞職でそこから逃げていき、残された者を混乱の境地に立たせる傾向にある。
しかしイザークは間違えない。
「私たちがアスハ代表を連れ返します」 きっぱりと言った。
「えっ…」 まさか、というように首長がたじろぐ。
本当にまさかという気分なのだろう。ここまで来たら責任をとって軍人という職務から退くこと、あるいは命をもって償うこと、それが責任の取り方であると彼は思っていたからだ。そしてその上で、このような事態の発生を招いた者たちの母体、ザフト軍へと波紋が広がっていく寸法だった。
しかしこれは、考えてみればおかしな話だ。軍人を辞める、命をもって代えるという形で責任をとった者たちの、果たされたはずのそれを、更に上層部の者たちへとさらに追及していくのはどういうことだろう。諸悪の根源となる者を抱いていた組織自体に問題の有無を投げかけようとするのなら、本人たちが責任を取る必要はないのではないだろうか。
責任者は責任を取るためにいるというのに。
「我々がアスハ代表を、誘拐犯の手から連れ戻します。と、申し上げたのです」
イザークは繰り返して言った。
隣に立っているディアッカが、何かへんなものを見るような目で見つめてくる。自分でも驚くほどイザークの声は落ち着いていた。本当ならこのセリフを、相手に負けないほどの怒鳴り声でぶっ放しているところなのに。
「いかなる目的であれ、犯人がその場でアスハ代表を殺してしまわなかったのは『代表が生きている』ことに重点を置いたせいでしょう。それでなければわざわざ激しい抵抗が予期される『拉致』を実行する理由がありません。何かしら犯人の『目的』が果たされるまで、代表に危害が及ぶ心配はないはずです」
イザークがスラスラと言葉を並べ立てると、幼稚な文句しか能のないユウナは、ぐっと言葉に詰まって沈黙した。何でもいいから対抗できる文句を考えているのは明らかだが、即席でそんなものが浮かぶはずもない。
「犯人に『目的』を果たさせるつもりはありません。代表は我々が奪還します。ですから今しばらくの猶予を。どうか我々に、挽回の機会を頂けないでしょうか」
完封だ。イザークの言葉を聞いた誰もがそう感じた。ザフトの白という威信にかけても、そして目の前で拉致を敢行された個人的なプライドにかけても、イザークはこの言葉を見事成し遂げる。その確信を聞く者すべてに持たせることができる、彼の言葉は強かった。
だが、こういった言葉が持つ内面的な力を受け止めるアンテナを持たない人間も、存在するのである。
「挽回だと? 一度失敗しているおまえたちになんて、任せられるはずがないだろっ」
ユウナは吐き捨てるように笑って言った。
他人の失敗をあげつらい、それを延々といじくり続ける。まるで弱みを握った脅迫者のように。このときのこの手の人種には、その失敗の根源がどこにあるか、何が悪いのかという疑問や追及は存在しない。過去の失敗という明白な汚点があればそれだけで十分であり、そしてそれが決定打でしかないのだ。
「これでさらに失敗を重ねられて、今度こそカガリが死ぬようなことになったら、それこそおまえたちみたいな奴らの命じゃ足りなくなる。カガリの命とおまえらの命の重さは違うんだ、そんなことじゃ全然つりあうわけがないだろっ」
「──では、私の命ではいかがでしょう」
ん? 一同の目が点になった。
え? ある者の表情はかたまり、ある者はまだ状況と言葉の意味が判らずに呆ける。
いつの間に開かれたのか判らないドアの向こうに、デュランダルが立っていた。
議長ッ──。イザークとディアッカが目をむくのを、彼はすっと持ち上げた右手で制した。
「状況の報告はお聞きしました」 普段とまったく変わりもしない穏やかな表情と声で、彼は言った。「この者たちは我がザフトの中でも特に有能な兵です。どうか私に免じて、彼らにもう一度、チャンスを与えては頂けないでしょうか?」
突然現れて突然そんなことを言ったデュランダルに、ユウナは我に返るのが数秒ほど遅れる。しかし相手が相手だ、もう先ほどまでのように立場を利用した一方的な文句や愚痴で対抗していけるはずもない。
それどころか今このデュランダルに、ユウナごときの立場の人間が下手なことを口走ろうものなら大問題に繋がりかねない。つい先ほどまで室内の人間のすべてが危惧して堪え続けてきたものが何だったのか、ユウナはこの場にきて理解しただろうか。
「…わ、かりました」 ユウナは引きつった笑い顔で言った。「デュランダル議長がそうおっしゃるのであれば…我々はプラントの能力を信じるとしましょう」
「うわあ」 コロリとまではいかないが、あっさりと態度の変わったユウナを見てディアッカが嫌な顔をしたが、直後、イザークのヒールに足を踏み付けられて沈黙した。
「ですが議長、わかっておいででしょうな」 ユウナは粘つく視線で相手を捉える。「それでもし代表に万が一のことでもあれば、それこそ本当に──」
「承知しております。ですが私は我が国民を、我が軍の能力を信じています。何も恐れてはいませんよ」
この緊張を要する場面で涼しい顔をしてこのセリフだ。本気で言っているとしか思えない。つい頭が痛くなってきたイザークが項垂れていると、ふと振り向いたデュランダルと目が合った。
「私に気兼ねする必要はない。アテがあるのなら、もう行きたまえ」
「議長も度胸あるよなぁ。あれってさ、やっぱりアスハが帰ってくるまでの間の人質ってことだろ?」
「そういうことだ」
二人は廊下を歩いていた。
最悪緊急時以外における官邸内での超能力使用は絶対禁止、それが誰ともなく取り交わした約束である。まずはこの官邸を出て、それから次元超越を行ない、『向こう』に行ったまま戻らないキラとアスラン、そして待機中のラクスに事態の報告をせねばならない。
面倒くさいことこの上ないが、今や風当たりの強まっているこの国へ電話一本で呼び戻すわけにもいかない。
「それにしてもイザーク」 ディアッカが言った。「すごいな。よく耐えたよほんと」
「何の話だ」
「さっきのさ。生意気な首長に絡まれたとき、俺はもうダメだって思ってたからさ?」
イザークは黙り込んだ。横を歩いているディアッカの表情が引きつり笑いになる。まずいことを言ってしまったのかどうなのか、その判別が現時点でつけられない。
話題を変えようかどうしようか、そんなことをディアッカが考えていると、イザークが長い溜息を吐いた。
「すこし、考えてみただけだ」
「考える? なにを」
「あのユウナ・ロマとかいうやつの、心情というものをな」
ディアッカは立ち止まってしまった。
「確かにあいつの言い草には腹が立ったし、むかついた。ぶん殴ってやってもいいくらいだった」
イザークは立ち止まった相手よりも数歩ほど先に進んでから、足を止めて言った。振り向いたその表情は、ディアッカが予想していたものよりも幾分か柔らかく、そして落ち着いている。
「だが…すこし考えてみたんだ。何が、奴にそこまで言わせるのかを。あんなことを言わないと、いても立ってもいられない…そうしていないと自分も保てないくらいの動揺が、どういうものなのか」
ディアッカは夢を見ているような気分になった。散々ばかにされて、散々使えないだの役に立たないだのコーディネイターだからどうのと文句を言われながら、イザークがそんなことを考えていたなんて意外だった。同時に、いつイザークがブツンとキレて騒ぎ出すかと冷や冷やしていた自分がすこし恥ずかしくなった。
他人を罵倒する目的であったとしても、せめて頭が回転しているだけマシ──。イザークはそう考えていたのだ。
「珍しいこともあるんだな、イザークが相手の心境を考えるなんて」
「…姫なら、きっとそうした思ったんだ」
「姫さんなら?」 ディアッカは尋ねた。
「ああ。…姫みたいに上手くはないだろうがな」
イザークは言いながら視線を下げた。本当にぶん殴ってやってもよかったのだが、なんだかそれは『違う』ように思えたのだ。それなら何が正しいのか、何が正解なのか、そして何を考えるべきなのか──そう思ったとき、ふとキラなら何をしただろうと思った。
キラの声が聞こえた気がした。彼は大切なものといっしょに、自分も見失っているだけなんだ。彼は何も悪くない、本当に悪いのはその弱い部分に生まれる悪意なんだから──。
悪意を持たない人間はいないが、すべての人間が悪意の権化というわけでは決してない。
凄惨なものをたくさん見て、カガリという大切なものを奪われたユウナには、そのショックと哀しみを、そして怒りをぶつける相手が必要なのだ。感情には、やり場がないよりはあった方がいい。溜めに溜めて、やがて心の内側で爆発させてしまうよりはずっといいのだ。
イザークはその事実に気付いたから、気付いていない他の誰かよりも率先してユウナの『感情のやり場』になった。もちろん強い忍耐こそ必要になるが、何も知らない者同士が互いに傷付けあうよりはよほどいいと考えたのだ。
キラと行動を共にするようになってイザークは変わった。少しずつ、誰もわからないくらいに少しずつ。その変化がここにきてひとつの姿になって現れただけだ。
「だが」 イザークは言った。「これでよく判った」
「なにが?」
「姫がどれだけ甘いかということだ」
「なんだよそれ」 思わずディアッカは吹き出しそうになった。「姫さんとイザークじゃ、アタマの造りが違うんだぜ? ひょっとしたらイザークにとってフツーのことが、姫さんには我慢できない…って、あるかもしれないだろ」
「だが、そんなことを考えていては無限ループだ」
和みかけた雰囲気が再び中途半端に凍る。イザークはディアッカに背を向けてまた歩き出した。
人間が人間を理解することはできない、隣の人間の頭ほど遠いものはないと誰かが言った。他人のことを考えるのはいい。だが考えすぎると自分が何もできなくなる。他人ばかりが心に住み着いて、自分の居場所がなくなってしまう。自分の心に自分がいない、それほど悲しいことはない。
キラはひょっとしたら、そうだからこそ誰かの傍に自分の居場所を求めるのかもしれないが。
「気になってたんだけどさ」 ディアッカは言った。
「なんだ」
「なんで『姫』って呼ぶんだ?」
コツコツコツコツ。言葉に代わって靴の音が廊下に響く。
ディアッカは続けた。
「あいつの名前、知らないわけじゃないだろ。俺たちが散々呼んでるんだしさ。や、俺も『姫さん』で慣れちまったけど」
イザークは黙っている。
「……まぁ、別に理由ナシって場合もあるけど。特に気にしてるわけじゃないから」
ディアッカは三度目に至らないうちに質問を撤回した。イザークは返答も何もしないで、ただ廊下の前だけを見て歩き続ける。早くこの官邸から出たいのだと言わんばかりに。
誰にだって、他人に知られたくないことがある。ほんの些細なことであったとしても、当人には重大なことだったりする。イザークは歩きながら、あの本を手に取ったときのことを思い出していた。
何の変哲もないおとぎ話の本。
民俗学を専攻していたイザークは、ときどき図書館に足を運んでは、世界各地に残っている古い伝承や言い伝え、信仰からまじないに至るまで、あらゆる本を読むのが習慣化していた。
そんなとき、一冊の古い本を手に取った。表紙も中身も傷みがひどく、どこの国のものか、いつの時代のものかもはっきりしないその本に興味がわいて、ちょっと専門からは外れるもののそれを読んだのだ。
悲しい恋の話だった。遠い敵国の王子様に恋をした、うつくしいお姫さまの話。どこにでもありそうな、普段のイザークなら数ページも読まないうちにポイと投げ出してしまいそうなストーリーだったのだが、他の似たような本にはない特殊な人物設定が彼を惹きつけた。
お姫さまは、恋をした相手の王子様よりも、世界中のどんな屈強な男よりもずっと強い力を持っていた。彼女は自分の数倍は大きな男も片手で投げ飛ばし、鉄の剣をも指でへし折ることができたが、自らすすんでその莫大な武力を発揮しようとはしない優しい娘だった。そしてその慈愛は常に国民たちから愛され、しかし同時に強い力は畏怖の対象とされ、まるで神のように孤独な娘だった。
アスランの連れ──キラのことなのだが──を女にしたようなやつだ、と思った記憶がある。
そして王子様は、その身分にも関わらず国の騎士団に在り、人に使われる身の上だった。剣の技術はずば抜けて良く指揮能力も高かったが、彼は優しすぎることが最大の欠点であり、そのせいでいつも敵にとどめをさすことができずに、いつまでも地位の昇格しない弱い男だった。
アスランみたいな野郎だ、と思った記憶がなくもない。
二人は、王子様の国がお姫さまの国に攻め入ったときに出会う。王子様の国は先進的な戦闘国家で、世界統一のために、極めて有名なお姫さまがいる国を自らに吸収することを考えたのだ。
しかし噂に名高い剛力の姫をいよいよ追い詰めるのに、激しい抵抗を見せたのは取り巻きの兵ばかりで、彼女自身は何もしてこない。
最後の一瞬を前にして王子様は尋ねた。
「何故、あなたは抵抗しないのか? 自らの死を自らで退ける力を持ちながら、何故それをしないのか…?」
姫は答える。
「わたしが必死になって抵抗すれば、あなたはそれだけ長くわたしの姿を目に刻み込むでしょう。その果てにわたしを殺せば、あなたはいつの日かわたしを思い返したとき、その光景に胸を痛めるかもしれない。わたしはあなたを傷付けたくはないの──」
王子様はお姫さまを殺せなかった。
イザークは考えた。もしも自分が、銃を向けた相手からこんなことを言われれば、どんな行動をとるだろうかと。
おまえみたいな奴のことなんか思い出すかよ、と笑って殺す人間もいるかもしれない。大戦中のイザーク本人がまさにそんなタチだった。
だが、大多数は手が止まるだろう。そしてその機会を失ったとき、もう人は人を殺せなくなっているのだ。
この物語の結末は、王子様がお姫さまを連れて遠くへ逃げて世界中のおたずね者になり、果てに二人で心中してしまうというものだ。結局どんなに強い力を持っていても、たった二人では世界に刃向かうことも、対抗することもできなかったのだ。
しかし二人は幸せになった。何の理解もない苦しいだけの世界から解き放たれ、二人は二人だけの世界へいくことができたのだから。
ある特定のラインから、人間は生きていることだけが希望では、そして生き続けることだけが強さではなくなる場合がある。この物語はそんな精神の境地を描きたかったのだろうと解釈できたし、イザーク自身もそういうことに対する理解はそこそこある。
だがどうしてもこの結末に納得することができなかった。何故この二人が死ななければならなかったのか、どうしても判らなかったのだ。
二人が心中せねばならないほどに追い詰められた理由と原因は、この王子様にあったのではないか? 優しさゆえの優柔不断が、必要な選択のときに確実な答えを選べなかったのではないのか? 結果として姫の手を引く方向を間違え、死ななければ幸せになれない結末を招いてしまったのではないのか──。
自分なら絶対にこんな結末にはさせない。生きて二人で幸せになる方法を必ず探し出してみせる。そんなことを思うと同時に、キラのことを考えた。
エリート中のエリートと謳われたイザークに、唯一大きな傷をつけた人物。最初にディアッカから知らされた時には何かの冗談だと思って本気で怒ってしまいそうになったくらいの優男。だが彼は本当にストライクのパイロットで、これまでイザークの殺すリストナンバーワンの名をほしいままにしていた張本人だった。
逆に言えば、それだけの力を持った人間。イザークなんて到底敵わない、イザークにはできないことができる人間。彼はきっと、もっと高いところへいくことができる人間だ──。
そんなふうに意識が変化したとき、キラという人間の存在がいきなり掛け替えのないものになった。アスランには決して抱けなかった感情が、キラにならいくらでもわいてくる。
それは現実に負わされた生身の傷というシロモノが関係していた。現実に戦い、現実に激痛を伴った傷を負わされたことによって、アスランの時にはなかった、キラの『力』の強さを肉体で感じさせられたせいだった。
自分よりも強く、自分よりも多くの力を持った、あのとことん弱い人間を守りたい──。
俺はキラという主君に永遠の忠誠を捧げた騎士になる。夢を見てるとか妄信的だとか言われたって構わない。この気持ちはもうどうしようもない。目の前で展開されるこの物語のハッピーエンドを見届けたい。今度こそ姫に心の底から笑ってほしいんだ。
王子様になんかなれなくたっていい。そしてその王子様が別の人間であってもいい。姫を幸せにできるのなら、間違った道へ引き込まないのなら、俺でなくてもいい──。
だがそれまでは、姫は必ず俺が守る。
官邸のエントランスドアが見えると、イザークは軽く首を振って雑念を払った。このドアを開いて外に出れば、またこの物語は一気に動き出す。もう休息の時間も、一息つくだけの余地も与えられない。
ふたたび、引き返すことのできない一方通行の道へと入っていくのだ。
「──行くぞ」
「はいよ」
低く、まるで自分に言い聞かせるように言ったイザークの言葉にディアッカが答える。イザークは視界いっぱいに迫った大きな木製のドアを両手で押し開いた。少しずつ大きくなるその隙間から、白い光がぱーっと差し込んでくる。
今日ほど、このまぶしい太陽の光が無神経に見えたことはなかった。
NEXT..... (2005/05/22)