GET LIMIT 26.停滞
戦闘後のシン・アスカの行方は、一切不明。
その報告は、遠く次元を超えた先にあるオーブ連合首長国にも届いていた。執務室で、アスランとの連絡係になっている管制の者から報告書を受け取って、カガリはがっくりと項垂れる。
どういう状況で、何があってどうしたのか。つらつらと数ページに渡る、読む気も失せる文面の割に細かなことは何も書かれていない。だがそれは、報告書を作成した者がボンクラなせいではなく、単にアスランが言わなかっただけなのだと彼女にはすぐに判った。
なんでこんな大事なことを言わないんだ、あいつはまったくもう──。
「アスハ代表。シンに関する報告が入ったとのことですが、いかがです」
ガチャ、と木製の大きなドアが開いて、レッドの少年を連れたデュランダルが姿を見せる。
頭を抱えてアスランの不可解な態度にヤキモキしていたカガリは、何とか気を取り直して首をもたげた。
「いかがも何もないよ」 バサリと書類をテーブルの上に放る。「シン・アスカは行方不明だ」
またしても『オーブ側の者』に重傷者を出しての逃走ではあるが、彼らの怪我は当人が死んでいない限り、ラクスかキラさえいればいくらでも回復させることができる。この件については口にするだけイジメになるので、もう問わないことにした。
「とうとうオーブ側でも、シンを見失ってしまったということですね」
カガリが放った書類に目を通したデュランダルの、低いトーンの声が胸に刺さる思いだ。
「まだ詳しい状況の報告は入っていない。もちろん、入ればすぐに議長にはお知らせする、だから今しばらく──」
ガチャ。デュランダルが入ってきたときとまったく同じ音でドアが開いた。
二通目の報告書が完成したのか、そう思って視線をめぐらせたカガリはアッと声をあげてしまった。
訪問者は報告書ではなく、アスラン本人であった。
官邸内で威厳確保のため身につけているサングラスと、終戦後になって好んで着用するようになり、戦争を経験して人格が変わったのではないかと本気で心配したこともあるダークなコーディネートの服装に身を包んだ彼が、斜め後ろにキラを控えさせて立っている。
「おっ、おまえらっ…」 カガリは慌てて席を立った。「いつ、『こっち』に…!」
「ご無沙汰しております、アスハ代表。デュランダル議長」
カガリの言葉を遮るようにサングラスをとったアスランがぺこりと頭を下げると、続いてキラも軽い会釈をする。
「管制の者を通すには少々問題があると思いましたので、こうして直接、ご報告に参上致しました」
てきぱきとアスランは言う。デュランダルが居るせいなのだろうが、こんな口調で接せられてはまるで他人そのもの、いや、もはや別人としか言いようがない。圧倒されるというよりは呆気にとられているカガリに代わって、デュランダルがすっと一歩前に出た。
「やぁ。君たちのことは代表からよく聞いている。バックアップをする側としては、一度会っておきたいところだったんだ。アスラン君」
手を差し出したデュランダルに、アスランも同じように手を伸ばして握手を交わす。
「そして──」 ちらりと彼の視線がキラを捉えた。「キラ・ヤマト君だね。このたびは我がザフト軍の兵が迷惑をかけてしまったようで、本当に申し訳ない」
「いいえ。そんな、迷惑だなんて」 キラは首を振った。「僕の方こそ、彼にはとんだ迷惑をかけてしまいました」
キラが口にした言葉の意味がわかったのはアスランだけだ。
とりあえず内容不明な点は先送りにするとした周囲の者は、ドア前に立ったままだった二人を室内へと招き入れる。ふとアスランと視線のあったザフトレッド──レイが、ひとつ会釈をした。
今は個人的な弁明をしているヒマはないとはいえ、レイの想いをシンに伝えることができなかった罪悪感がじわりとアスランの胸にわく。必ず伝えるよと言ったワリにはキラと仲間を守るのが精一杯で、ほかの事はきれいに頭から消えていたのが現実だ。
他人の気持ちをどうこう考える前に、自分たちは自分たちの問題だけで手一杯なのだと、彼は思い知った。
「さて、それでは報告を聞こう」
デュランダルは執務室の中央に配置された立派な応接セットのソファに腰かけ、客人である二人にも座るように示した。その背後で、この部屋の本当の持ち主であるカガリが我に返っているが、今は口を突っ込む余地がない。
失礼します、とだけ告げて腰を下ろす友人にキラが続く。
アスランは言った。
「場所は機密事項につき、議長には明確にできませんが、我々はある場所である『敵』と交戦しました」
「ある敵、とは? シンのことかね」
「いいえ」 アスランは首を振る。「議長は、私や、このキラ・ヤマトが持つ超能力のことをご理解下さっていると聞き及んでおりますが、その『敵』というのは、そういった次元に存在する者なのです」
「…いわゆる『化物』ということか」
「──はい。ただ、議長もすでにご存知である『奴ら』──『影』とはまったくタイプの違う、実体を持たず様々に形態を変える、新種の敵でした」
漠然としすぎていて、聞いているだけのカガリには何が何やら判らない。加えて話を聞いていても、それがどんな存在なのか想像するのも難しい。
形態が変わる? アメーバみたいなヤツなのか? いや、それでは実体がないという話に食い違う──早くも、ストレートすきるカガリの頭が混乱を始めている。
「意識体、というのが一番近いのかもしれません」
カガリの脳がオーバーヒートしそうになっているのが判ったのか、アスランが具体例でイメージに助け舟を出した。
「数ヶ月に渡って対峙してきましたが、結局それが何であるのか、どういう目的で我々を襲っていたのか、判らないままでした」
「数ヶ月、って、おまえっ」 カガリが焦った。「そんなこと、私には一言もっ」
「申し訳ありません、代表」 アスランは視線を下げて言った。「お話しする機会を持とうとは思っていたのですが、戦闘が激化して、その余地すらありませんでした」
そう言われてはカガリも黙らざるを得ない。むしろ言い訳などではなく、それが本当のことなのだろう。シンのこともあったし、遠く離れた地で無事を祈っている者への近況報告のために、自分たちの安全確保を目的とする戦闘がおろそかになってはモトもコもないのだ。
「議長は現在、キラ・ヤマトの能力解析に尽力されているとお聞きしました」 アスランがデュランダルに向き直る。「可能な限りのデータの提出はします、推測でも構いません、『あれ』が何であったのか…どうか、あなたのご見解を。シン・アスカに関する報告を行なうために、それを究明することがどうしても必要なのです」
「…ふむ…」
デュランダルは、己の顎に軽く指をかけた。
レイならばいざ知らず、ここに集った者たちは彼の性格をよく知っている方ではないが、どうやら興味のない話という訳ではないようだ。遺伝子解析という分野からDNAに秘められた『隠された能力』のことを知り、超能力解析の権威となったこのデュランダルには、超能力者たちの体験談は非常に興味深いはずだ。
ともすれば立場の上でもっとも気にせねばならない、シンのことよりも。
「『影』とはタイプが違うと言ったね」 デュランダルは言った。
「はい」
答えたのはキラだ。アスランが驚いたように、横で急に口を開いた彼を見ている。
「今までの『影』はすべて直球で僕を狙ってきましたけど、あいつは…何だか、確かに僕を狙いながらも、常にもっと別の目的を持って動いている──そんな感じがしました」
「その、敵と話をしたことは?」
問答の相手がアスランからキラに代わっても、デュランダルは特に気にかけるふうはない。むしろ、アスランよりも確実に強い力と高い理解力を持っているキラの方が、この談議の相手としてはよいのだろう。
「あります」 キラは答えた。「僕の個人的な見解ですけど……もしこの世で、『死』というものに具体的な姿があるとすれば、あれがそうだったんじゃないかって、思うんです」
「…ほう?」
『死』──。
誰もが恐怖の対象とし、また美しいものとし、壮絶なものとして描き、あるいは次のステップへの踏み台のように考えるものだ。それに対して抱く恐怖感は肉体が若ければ若いほど強いもので、老いていればそれほど身近なものとして感じるようになる。キラが『死』についてどう考えているかはまったくの別問題としても、この見解は参考になる。
「何故、君はそう感じるのかね?」 デュランダルは軽く首を傾げて見せた。「君にそれを印象付けた決定打は、何だろう?」
「…話を、しました。戦いながら、いろんなことを聞いて、話しました」
つらい思い出を回想するように、キラが膝の上でぎゅっと手を握る。そんな位置だから、見ようとすれば誰にでも見ることができるのだが、誰も何も言わなかった。
「あれは言いました、自分の姿は死者のものだって。見る人間によってあらゆる姿になれるけど、それでもすべてに共通して死者の姿なんだって、言いました。事実、僕が見たあれの姿は…確かに、僕のよく知った死者のものでした」
キラは、よく知った、という言葉で伏せはしたが、カガリとアスランからしてみれば、戦火の中で散った友達や知人のことを言っているのだと痛いほどわかる。
キラはどこかに影を背負ってこそいたが、幼い頃とは違ってそれが友達作りに障害を作っているわけではなかったので、カレッジに友達はたくさんいた。地球軍入りしてからもいろんな人たちと交流を持ち、また立場上、声をかけられることも多かった。そうして心に残った人々が戦火に散れば、それこそ『あれ』の形態を増やす結果になる。
どれほどのレベルの『死』が『あれ』の形態として採用されるのかは想像だにできないが、そんな死者たちが目の前に現れれば、それだけでキラの心は盛大に傷つくことだろう。シャボン玉が凍っただけと言い捨てることもできる、薄くてもろい心の壁など役には立たない。
「死者の意識の集合体、というわけではないのか?」 デュランダルは言った。「超能力や、それを狙う化物というものが存在するのだ、これまで科学者たちがかたくなに否定してきた『霊』や『魂』というものが存在したとしても、何らおかしな話ではないだろう」
確かに、とカガリは思ったが、キラはあっさりと首を振った。
「違います。それは僕も考えたんです。でもあれ自身がそれを否定しました。…どう説明したらいいのかわからないけど…」
キラは眉を寄せながら、自分の頭をがしがしと掻いた。感覚で判っていることを言葉にしなければならなくて、それが上手くいかずもどかしいのだ。
「あれの姿を作っているのは、僕たち『視る側』なんです。あれは特定のウエイブを持つれっきとした『生命体』で、その波動を受け止めたとき僕たちは潜在的に、『それに一番近い感覚を与えた誰か』の像を頭の中に結んでしまう──」
「言いたいことは判るよ、キラ君」 デュランダルは頷いた。「その『誰か』というのが『死者』であり、『死者』を連想させるウエイブを持っているから、それが『死』の具現ではないかと、君は思うわけだね?」
「あ……は、はい、そうです」 キラはこくこくと頷き返した。
「君がそう感じ、そうした裏づけがあるのだから、恐らくその敵というのは『死の具現』であると見て間違いないだろう。君たちはそんなものと戦いながら、シンを探すという仕事まで請け負ってくれていたのだね。重ね重ね、何と言ってよいやら…」
「いいえ、気にしないでください」 キラは慌てて言った。「あれとの戦闘にはもうカタがつきました。…つきました、けど…」
キラの声のトーンが一気に落ちる。ここで問題があったのだということは、誰が聞いても明らかにわかることだった。
「アスハ代表」
急にデュランダルがカガリの方を振り向いた。突然にも話の腰を折られて、皆が一斉に表情を崩す。
「しばらく、このキラ君と二人だけで話をさせてもらえませんか」
「えっ…あ、えっと…」
どうしていいか判らなくなったカガリが、おろおろしながらアスランを見る。
「アスラン君。少し、ご友人お借りしたいのだが…」
この質問の決定権はアスランにある、と見たらしいデュランダルが、改めて彼に向かって同じ質問をする。
アスランはキラを見た。キラはカガリを見ていた。答える権利がコロコロと人の目を渡っていく。
「……レイ。アスハ代表とアスラン君に、『あのこと』を報告して差し上げてくれ」
返答が永遠にこないだろうことを察したデュランダルは、もう自分で決定を下すことにしたらしい。ソファセットの横で棒のように立っていたレイが、「はっ」と敬礼をしてカガリのデスクに近づく。
「アスハ代表。少々、ご報告したいことがあります」
「あ…ああ。うん…」
何だか納得のいかない顔をしているものの、カガリはレイに促されて立ち上がる。
「アスラン」 カガリは呼びかけた。「ここでのあとの話は書類にまとめてもらう。…今はこっちの報告を聞こう」
「…ああ」
低い声でアスランが応えてソファから立ち上がる。
カガリはうわぁと思った。さっきまでも十分そうだったが、今のアスランはとことん不機嫌だ。カガリはまだ、普段から温厚な性格の彼が本気と書いてマジに感情を示すのを見たことがあまりなかったのだが、今この執務室こそが、その新しい表情を見る記念の場所となってしまった。
そして隣の席から重量が失せる瞬間、キラがフイと顔を背ける。こいつもまた嫌な顔つきだ。カガリから見ると、二人とも意地を張り合っているように見えなくもないが、今どうしたんだと口を開いてしまったら、延々とデュランダルの話もレイの報告も先送りになってしまうに決まっている。
カガリは黙って部屋を出ることにした。
ドアが閉まって足音が遠ざかっていくと、デュランダルはテーブルの上に置かれたバスケットに入っているクッキー菓子をひとつ手に取り、ぺりぺりと包装を破いた。
取り出した菓子を目の前に座ったキラへ向かって差し出すが、相手は首を振った。デュランダルは、キラの口が甘いものを好まないことを知らない。
「君の話を聞いて、少し思ったことがある」 彼は言った。「まずは君に、一番に報せるのがよいだろう」
「…なん、でしょうか」 キラは不安そうに言った。
どんなことを言われても驚かないぞと腹を括ろうとするカガリやアスランとは違い、キラは常に最悪の事態や内容を予期して身構える習性がある。
どんな話をされるか、何が起こるかの予想や想像は全くつかなくても、『悪いこと』への覚悟だけは常に固まっている状態であり、それは下手に力を入れて構えるよりも、よほど状況を素直に受け入れることができる姿勢だといえた。
「アスラン君も言った通り、私は現在このオーブの施設において、君の超能力解析を率先的に行なっている」
「はい…」
「これまでにもいくらかの新しい例を発見してアスハ代表に報告を差し上げているのだが、今回また、新たに判ったことがあってね」
「なんですか?」
「──キラ君は、君を襲ってくる『影』たちをどう思っている?」
「え?」 キラは面食らった。
「もちろん君に危害を加えようとする…君を捕食することで君の力を手にできると信じている、戦うべき敵であることに違いはないだろう。しかし、もしも…彼らが君を襲う理由が、もっと別のところにあるのだとしたら?」
「どういう意味ですか」
「そもそも『影』というものがどのようにして生まれるものか、君たちは考えたり調べたりしたことがあるかね?」
「…いえ…」
「では、私が調べたことを君に伝えよう」 デュランダルは何ともビジネスライクに、膝の上で両手を組む。「結論から言おう。『影』は君の子供たちだ」
「………は?」
キラが眉をひそめた。思いもしないことを言われて、そして本当に言っていることの意味がわからなくて、彼はニワトリのように首を傾げることしかできないでいる。
「君が、自らの血肉を摂取させることで他人を超能力者化することができるのは知っている。そして、一定周期ごとに一定量の『闇』が離脱していくこともね。アスラン君の見解によると、そうして離脱していった『闇』たちは、新たな宿主を見つけて当人の意思とは関係なく憑依し、『感染』と同じように超能力者と化してしまうのではないか、ということだ」
キラは何も言わなかった。
デュランダルは更に続ける。
「人間に取り憑いて特殊能力を与えるのだ、もちろん動物に取り憑き、同じように常識を逸脱した能力を持たせることもできるだろう。ただし人間と動物では容量に大きな差が出る。人間ひとりに対してひとつの『闇』なのだとすれば、動物が対象となる場合、数体あるいは十数体へと、対象数は飛躍的に変化すると見ていい」
「…僕から出て行った『闇』が動植物に憑依した結果が、あの『影』たちだと言うんですね」
「それ以外に、現時点で納得のいく要因が見当たらないのだよ」
デュランダルは、キラの冷静な言葉に肩を竦めて答えた。科学に携わる者として『絶対』を肯定できないのか、言い方は随分と遠まわしではあるが、これでは限りなく『そうだ』と言われているようなものだ。
「どうして僕の子供たちが、僕を襲うんです」
キラは思ったことをストレートに口にした。
「無論それが当然の疑問だろう」 待ってましたとばかりにデュランダルが言った。「キラ君。君も経験したことがあるかどうか判らないが、君の身体に宿っている『闇』には、バラバラになっても再結成する能力がある」
「…知ってます」
「ふとした瞬間に君が意識せず『闇』を落としてしまっても、それらは自分の意思で君の中へと帰っていく。君が知らない間も問わずに。そして『影』が君を襲うことは、この原理に近い理由で説明することができるのだよ」
「何となく、わかります」 キラは低く言った。「彼らは僕の中へ帰ろうとしているんじゃなく……僕を、自分の中に帰したいんですね」
その意見を聞いたデュランダルは、ホウと関心深げに声をもらす。
「そう、その通りだ。だが、もし本当に彼らが君を捕食することに成功し、君の『闇』を体内に取り込んだとしても、君の力を手に入れることはできないだろう。『影』ごときが制御できるほど、君の力は簡単なものではない」
「わかります」 キラは頷く。「じゃあ、これならどうですか」
言いながらキラはすっと右手をあげ、掌をデュランダルに向けてかざした。わずかな間があったが、相手はキラの言わんとすることを理解して左手を上げると、自分の方を向いているそこにそっと自分の掌を合わせた。
デュランダルの脳裏に、デジカメ写真が転送されるように映像がフラッシュした。崩壊した大きな道路の上で人間が次々と異形の化物へと変貌し、だがやがて自己崩壊を起こして滅していく──。
「『あれ』の出現後から、ときどき現れるようになった変種なんです」 キラは言った。「どうも『あれ』の意思を受けた特別種みたいで…こいつらなら、あるいは僕の力を受領するキャパシティを、持っているんでしょうか?」
「…さっきも、こうして『あれ』に関することを教えてくれればよかったのではないかな?」
デュランダルが首を傾げて微笑む。今の情報伝達で、アスランが行なおうとしていた報告の全てが済まされてしまった。
「明らかに人間にはできないことは」 キラは顔を逸らして言った。「あまり、やりたくないんです」
「なるほど」 デュランダルはキラの手から己のそれを引き、再びソファに深く腰を落ち着けた。「では話に戻ろうか」
「はい…」 キラも頭を切り替える。
「この連中も、概要はほぼ『影』と変わらない。そして『あれ』の出現と同時に『影』たちのレベルが底上げされた、という事象に影響されていると見られる。恐らくは『あれ』が持つウエイブによってね」
「『死』の波長が、強化と崩壊の原因…ですか?」
「少し違うな。ただ『進化』という考え方でなら、すべての生命体はその終着点である『死』の力には触発される可能性がある。すでに究極である『あれ』は、周辺のあらゆるものを自分と同じ方向へ『進化』させることができたのではないだろうか? ──『影』そのものはもちろん、動植物に憑依して『影』とになる前の存在──どこともなく漂う、『闇』の欠片たちでさえも」
「…それは」 キラが目をすがめる。
「人間のモンスター化も、同じことで説明がつく。通常…ノーマルの状態の『闇』が憑依すれば人間は超能力者となる。しかしそうなるためには人間側にも『闇』への適性と耐性が必要になり、それがなければただ死ぬだけだ。しかし『あれ』は、適性も耐性もない人間にでも馴染めるように、『闇』の適応能力を進化させることができたとしたら」
知識を得た科学者というのは、どうしてこうも頭の回転が早いのだろう。もちろん手にしている情報量にもよるのだろうが、キラはこんなことを考えもしなかった。
そして、こんなことさえも知らないままで、自分の能力を捨て去る方法を探そうとしていたなんて。そう思うと今更ながらに恥ずかしくなってくる。
「最初のときには、『あれ』にはその的確な度合いが判らなかったのだろう。行き過ぎた進化をしてしまった『闇』の憑依により、人間を自分の意のままに動くモンスターと化したまではよかったが、すぐに『終着点』に到達されてしまい、自己崩壊されてしまったのだろう。単純な、『あれ』の力の暴走というやつだな」
デュランダルはそこまで言うと、ふっとひとつ息を吐いた。
「こんなところで、どうかね?」
「──すごいですね」
キラは息を吐くように言った。お世辞でも何でもない、本当に心の底からそう思ったのだ。この人が居て本当によかったと思えてくる。
カガリの言ったとおり、この人ならきっと、すべての謎を解明してくれる──。
「だが、それだけでは『あれ』が君を狙った理由は説明しきれないし、シンが突然、君に敵意を見せたことには疑問が残るな」
「すみません。本当に…あなたの仕事を増やしてばかりで」 キラは頭を下げた。
「いいや、気にしないでくれ。私も好きでやっているのだから」 デュランダルは明るく答える。「しかし、ここらで少し休憩しよう。私も考えたいことがあるし、代表やアスラン君と話し合うのもいいだろう?」
「い、いえっ」 キラは慌てた。「ここに、います…」
「ん?」
新しい菓子の小袋に手を伸ばしていたデュランダルは、予想しない相手の言葉にきょとんとした。
「…彼には、会いたくないんです…」
腫れ物に触れるようにキラは言った。
NEXT..... (2005/04/02)