GET LIMIT  23.衝撃


 終わらせてやる、絶対に。

 うわあああっ──気合いの声を放った大きく振りかぶったキラの腕の先で重力波が収束し、そしてそれを一息に振り下ろすとコンクリートと岩石によって形成されたはずの地面に巨大なクレーターが穿たれて轟音をまき散らす。

 石つぶてや土煙によって一時的に視界が遮られるが、キラはすでに目でものを見てはいない。ここじゃない、そっちだ──頭の底、真なる本能と呼んで差し支えのない何かが呼ぶ声に従って彼は──いや肉体は瞬時に、目標のいる場所へ向かって的確に動いた。

 もはやキラというナニカの乗り物としかあらわしようのない肉体の『目』という器官が、先ほどの攻撃を逃れて右へ避けていた何者かの姿を捉える。

 それは確かにフレイ・アルスターの姿をしていたし、浮かべている表情もキラの知っているものだ。しかし確かに違っているのは、少女の足が地に接していないという点だった。彼女は接地状態でジャンプを使って走り回るよりも、わずかだけ宙に浮いて、滑るように移動した方がより素早く彼の攻撃をかわせると判っているようだった。

 キラの動いた闇の瞳が少女の姿を映すと同時に、再び力は撃ち放たれた。そんなことも予期していたように彼女がスイと地面と平行に移動していくと、その奥にあった送電線の電柱が盛大な音を立てて砕け散る。コンクリートの電柱は足元をごっそり持っていかれて、ダルマ落としのように落ちて地面に突き刺さった。

「もっと本気になってもいいのよ、キラ」

 少女がスケートリンクを滑走するようにスイスイと宙を滑りながら笑うと、キラはその声が聞こえる方向へ首を回し、姿を確認すると右手を突き出してエネルギー波を撃ち放つ。そしてそれはまた新たに、違うものを破壊して耳障りな崩壊音をまき散らした。

「ずっとそんなことばかりして、それでわたしを倒せるなんて思ってないでしょう?」

 たっ、と軽い音とともに着地した彼女に、キラの瞳から更なる攻撃の意思が撃たれた。

 だが今度の女の行動は違うものだった。右手を持ち上げて、向かってきた大きなウエイブを掌で受け止めて弾き散らす。風船が破裂する小気味好い音がして、赤い髪がふわりとなびく。それだけだった。

 彼女は反撃の機会を見逃していない。キラが次の力を充填して撃ち出す前に、逃げ回る間でたっぷり溜め込んでいた自分の波動を、突き出したままにしていた右の掌へ収束させ、息を吐く間も惜しんで全開で放出した。

「うわ…っ!」

 もちろん防御はしていた。しかしキラの身体は紙くずのように吹き飛ばされて、まだ無事な建物の白い壁に背中を叩き付けられる。身体の周りに何重にも張り巡らされていたはずの結界がいくつか割れてしまった。

 影が何百、何千で寄って集ろうとビクともしなかった結界が、こんなにも簡単に、しかも何枚も。

「ぐ、うっ…」 キラはその場にずるずると崩れ落ちる。

 頭がくらくらした。外傷はないようだったが、中身までわからない。それほど激しい痛みが襲ってこないところを見ると、特に骨が折れたりはしていないようだ。

 単純に脳内麻薬のせいで痛みを感じなくなっている状態である場合を除いては。

「悪あがきをするのね。まだわたしと心が通うとでも、思っているの?」

 座り込んだまま項垂れているキラの前に立った女が、彼の頭を覗き込むようにして腰を折る。

「せっかくあなたが本気になるようにしてあげたつもりだったのに、まだ足りないのかしらね」

 今の状態で頭に一撃でもくらわされればキラは殺されるかもしれない。まだ結界は何枚か残っているが、先ほどと同じ攻撃を受ければそんなものは何の意味もない。きっと頭と一緒に全部砕け散ってしまうだろう。

「…僕がほしいんだろ」 キラは言った。「どうして、こんな回りくどいことをするんだ。直接、僕を襲って食い殺せばいいのに。僕は今までシンの傍にいた、シンは超能力を使って戦う方法をまだ知らない…僕を襲うなら、そのときが一番簡単にできたはずだ」

「まだ判らないの? あんた、ホントにバカねぇ」

 女は腰に手を当てて吐き捨てた。辛辣な言葉が降ってきても、キラは項垂れたまま立ち上がる仕草を見せない。

「そうよ、わたしはあんたがほしいのよ。肉を食べて血を飲んだところで、あなたの力がまるまる手に入るわけじゃないわ。そんなこと、わかってるでしょ」

「…そうだね」

「わかってるなら聞かないでよ、もしこれが時間稼ぎのつもりだったらグズもいいところだわ。あんたが変な動きを見せたら、近くの建物全部吹っ飛ばすわよ。今度は最初みたいなデモンストレーションとは違う、放射能を所構わずぶちまけてやるんだから」

 キラは口を閉ざした。頭を伏せているからどんな顔をしているのかも、何を言いたいのかも判らない。もしかしたら女の機嫌を変に損ねたりしないように、様子を窺っているのかもしれなかった。

「…けど」 女は苛立たしげな響きを声から失わせることなく続けた。「今のわたしじゃ、まだあんたを殺すことしかできないわ。…わたしには、あんたたちで言う『実体』ってものがないから」

 キラはやっと顔を上げた。そして、立ち尽くしたまま自分を見下ろしている女の顔を見つめた。

「でも、君には感触があった」 キラは言った。

「あんたはわたしの存在を波長として受け止めたとき、自分の記憶の中でそれにもっとも近い人物の情報を脳から引き出して同一化してしまうの。わたしの姿を作っているのはあんたよ」

「……僕が君の事を、フレイだと思い込んでるってこと?」

「あんたにしちゃ察しが早いわね」 女は腕を組んで言った。「あんたはわたしの持っている波長を、フレイ・アルスターのものだと思い込んでいるの。頭が理解していてもダメよ、あんたの潜在的な部分がそう見なしているんだから」

 女はすっと膝を折ると、キラの前にしゃがみ込んだ。ピンク色のスカートがはらりとコンクリートの上に落ち、形の整った白い足がキラの視界に飛び込んでくる。

 キラはじっと目の前の女を見ていた。信じられないものを見るような目ではない、ただ眺めているような、ぼうっとした目だ。

「でもわたしの姿は、見る人すべてに共通して『死者』みたいね。わたしの波長が『死者』を形成するってことは、わたしは存在自体が『死』そのものってことなのかしら? …別にもう、そんなことはどうでもいいんだけど」

「複数の人間が君を目にしたらどうなるんだ」 キラは言った。放り出していた両足のうち、右足が蛇のようにずるずると膝を立ち上げる。「イザークとディアッカの時は、共通した『痛ましい死者』がいたからニコル君の姿をとれたかもしれないけど、もしも…」

「そうね」 女は考えるように、自分の顎に指をかけた。「アスラン・ザラに会ったときはパトリック・ザラの姿になったみたいだったけど、そのあと来たイザークからは影響を受けなかったわ」

 こいつ、アスランに単独で接触したことがあったのか──自分の知らないうちに、こいつはあちこちで色んなことをしているのではないだろうか、そう思うとキラの頭が痛む。

「『痛ましさ』の度合い、って言うのかしらね? わたしは、より『つらい死』に引き寄せられるんじゃない? 死の痛ましさにもランクが存在して、わたしはより上位の死の悼みに影響を受けるのね」

 えらく投げやりな言い方をしたあたり、彼女自身、あまり自分のことを理解していないように見える。

「そう」 キラは大きく肩で息を吐いた。「…よく判ったよ」

「なに言ってんのよ。あんた自分の立場が判っ──」

 フレイの言葉がそこで途切れた。

 緊張が走る。女の目がククッと下へ動いた。片方だけを立たせたキラの足がそこにある。その爪先がコツリと地面を叩いた。

「キャアッ」

 ごぉっ、と強烈な地鳴りが駆け抜けて、女とキラの間で巨大な断層が発生した。キラの座り込んでいた場所が大きく下がり、フレイのいる場所が大きくせり上がる。深いところでメキメキと岩の割れる音と地面そのものが引き裂かれる音が豪快に周囲の大気を震わせる。

 それは畳がえしという技に似たものだ。本来のそれとは、爪先による一打とコンクリートの地面という点で大幅に違っていたのだが。

「あんたっ」 急激に変化した大地の上で体勢を整えた女が、表情に怒りをみなぎらせる。

 キラは全身のバネを使ってぴょんと跳ね起きた。その様子からは、壁に叩きつけられたことによるダメージなど皆無のようだ。

「確かに時間稼ぎはしていたけど、あの程度の攻撃で、僕は体力回復のための時間稼ぎなんてしないよ」

 ちょっと頭はくらっとしたけど──さすがにそこまでは口に出さない。

「それに、僕はね」 キラは呟くように言った。すっと右手を上げて、視界の中でフレイを掌の中に収められるように。「こういうこともできるんだ」

「えっ…キャッ!」

 キラがぐっと掌に拳を作ると、女の身体が強張って動かなくなった。ゆっくりとその足が地面を離れる。見えない何かがキラの手そのもののように、彼女の身体を包んで拘束していた。

「君がもしも、本当にフレイやニコル君たち『死者』の意識の集合体みたいなものだったらって思ったら、これまで下手なことはできなかった。──でも君がそういうものじゃないってことは、さっきのでよく判ったから」

 キラは強い意志を宿した目で、フレイの姿をした敵を見た。見る者の背筋を凍てつかせそうな、憎悪の表情を浮かべた女を。

「…もう、手加減はしないっ」

 彼は言いたいことを言ってしまうと、思い切り腕を振りかぶって、あらぬ方向へと振り下ろす。

「キャアーッ!」

 女の悲鳴が風の音の中に流れる。キラの腕の動きとまったく同じことが彼女の身の上で再現されていた。女は宙に振り回され、そしてその勢いのままに瓦礫の中へと背中から突っ込んでいく。

 ドゴーン。重い音がして瓦礫の山が容赦なく崩れる。普通の人間でなくても全身の骨をやられて当然の衝撃と重圧が、そこへ押し込まれた彼女を襲ったはずだ。キラは清々したように肩で大きく息を吐き、次の攻撃に向けて体内のエネルギーを掌に充填する。

 だが普通の人間ではない『それ』はすぐにリアクションを起こした。崩れたコンクリートの欠片の中からボコリと手が生える。

 やっぱりこのくらいの攻撃じゃビクともしないか──キラは地を蹴って跳躍し、その瓦礫の山の上へ着地した。無論、相手が出てくる瞬間を狙って吹き飛ばすためだ。今度こそ致命傷となろう一撃をゼロ距離でくれてやる、そう思いながら銃を構えるようにして右手に左手を添えて身構える。

 ガラリと石のかけらが崩れた。今だ、その直感に従って掌が急速に熱くなる。

「終わりだっ──」

 びくん。表し難い驚愕とともに身が震えて、キラの時間が止まった。

 そこにいるのが血まみれのフレイだとしてもキラは相手を撃ち殺せる自信があった。もうそれはフレイでもない、クルーゼでもない、誰でもない悪意の塊なのだと判っていたから。死者の皮をかぶって人の心を悪戯に傷付けて遊びまわる悪魔なのだと判っていたから。

 しかし、身体は強張って動かなくなった。

「エル──」

「──ばぁか」

 瓦礫をベッドにした『それ』はもうフレイの姿をしていなかった。キラの凍りついた表情を見て、言葉の通り彼をバカにして笑った。同時にキラの脇腹にぐっと掌を押し付けてくる。瞬時にそこが熱くなるのがわかった。

 だめだ、撃ち抜かれる──。

 キラのそのとき、やるべきではないことをしてしまった。目を瞑ってしまったのだ。覚悟を決めたにしろ、衝撃を受け止める準備だったにしろ、これでは即座に標的を切り替えられて頭を吹っ飛ばされたって文句を言えない。しかしキラはそうしてしまった。

 それがチャンスの瞬間に転じたのだから、偶然とは判らないものだ。

 パァン。大きな破裂音が周囲一帯あちこちに反響した。それはキラの耳にも届いた。

 銃声だ、キラも相手も持っていない銃の発砲音が突然にも響き渡る。キラがハッと我に返ってその場から飛びのくと同時に、彼の目に少女の手から衝撃波が発せられるのが見えた。今の銃声がなければ、脇腹をゴッソリ抉られていたに違いない。

「姫さんッ」 キラの聞き覚えのある声がした。「防御しといてくれよ、手加減しないからな!」

「ディアッカ!」 キラは叫んだ。

 すこし離れたところで銃を構えているディアッカの姿がある。キラはディアッカの言葉の意味を瞬時に理解して、ここまでの攻防で破られたままだった結界を一斉に修復させた。

「よくも邪魔をっ」

 エルという少女の姿に切り替わった魔物は瓦礫のベッドから起き上がった。表情には怒りと憎しみが満ち溢れて、その波動にあてられた敷地全体の空気が今にも大爆発を起こしそうなくらい張り詰める。

 ディアッカは身構えたまま、すうっと大きく息を吸うと目を閉じて、場違いなくらい落ち着いた声で言葉を放った。

「我が身に宿りしは荒れ狂うもの。汝よ、いま我が願いのもと、我に望むものを無に帰す力与えたまえ」

 空気が騒いだ。ざぁ、と風が渦を巻く。

「いざ目覚めよ…」 ガシャッ。ディアッカの手の中で、銃が頼もしい音を立てる。「バスター!」

 ディアッカが瞳を開く瞼の音さえも周囲にこだましそうな無音がそこを支配した。

 太陽の光を直接集めたような強い光が銃口へと収束し、すさまじいエネルギーをもって撃ち放たれた。



 誰にも有無を言わせる間さえ与えず、フィールドを駆け抜けたケタ外れの銃撃は『あれ』の身体を飲み込んだ。命令文は素早い詠唱によって組み上げられ、だから『あれ』はディアッカの攻撃が、彼の持てるうちでも最高位の術をもって行なわれることに気付くのに遅れてしまった。

 気付いた瞬間にはすでに光は撃ち出されたあと、といったところだろう。逃げる余裕なんて、一秒たりとてなかった。

 光が天空へ向かって消えて、鉄骨や岩でさえも易々と宙へ巻き上げたミニ台風がやがて収まる。そして『あれ』は立ち尽くしていた。幼い少女の姿のまま、全身ズタズタに傷ついて呆然と虚空を見上げて。

 どうだ、やったのか──? キラと、最強術行使によって緑をまとわされたディアッカが固唾を呑んで見守る中、幼女はすっと右手を持ち上げて自分の掌を見つめるような仕草をした。

 そしてふと、幼女はあらぬ方向に首を回した。一瞬の躊躇もなく、その刹那だけ見た方へと身を翻して走り出す。

「待てっ!」 硬直を解かれたキラが叫ぶ。

「だめだったかよっ!」 ディアッカが銃を手にしたまま地を蹴る。

 仕留めるにはもう今しかない。これを逃したら一生後悔する。二人ともそんな気持ちで、敵を追うために駆け出した。

「あいつ、どこ行く気なんだ」 ディアッカが言った。

「わからない、とにかく早くカタをつけないと」 キラは眼前を走る敵の姿から目を離さずに答えた。

「今の光でイザークもアスランもスグここに来る、あいつに逃げ場はないぜっ」

 アスラン。その名を聞いたキラの頭に、ぽつりと黒いシミが発生する。しかし『あれ』が口にした言葉が頭の中にぐるぐると巡り始めるのを、キラは首を振って打ち払った。

 今はそんなことを気にしている場合じゃない、目の前のことに集中するんだ──。

 不意にキラの視界の中で変化が起こった。先を走っている幼女の姿がゆらりとかすむ。長く覚醒状態でいたせいで身体機能に異常が出たのかと思ったがそうではない。

 短いツーテールの髪がサワリと伸びてブラウンの色を深め、身長もいくらか伸びて服装まで変化する。オーバーオールのズボンは赤いスカートへ、白いブラウスにまとった上着は薄いカプチーノのブレザーへと。『あれ』のボディチェンジなんて初めて見るが、なんだか特殊なCGで加工された映像を見ているような気分になる。

「なんだあいつ、ここで変身したって意味なんかないだろ」 ディアッカがきょとんとする。

 新たに現れた『あれ』の形態はディアッカにはまったく覚えがなかったが、キラは一度だけ見たことがあった。

 マユ。マユ・アスカだ。シンの妹、不運な事故によってこの世を去った、やはり『死者』の姿だ。だが前の形態のときに受けたダメージを打ち消してしまうことはできなかったらしく、新しくまとった服が、その下の肌に残されたままの傷からにじんだ赤い血によって次第に汚れていく。

「まさか──」 

 まさか、そんなまさか。祈るような気持ちで『あれ』の先へと視線を走らせて、キラは今度こそ疲労のせいでも何でもなく、受けた衝撃によって視界がぐにゃりと歪む錯覚を感じた。

 『あれ』は自分で言っていた。自分の姿は確かに死者のものだが、見る者によっていくらでも左右されるのだと。そして二人以上の人間から影響を受ける場合は、その中でも特に『痛ましい死』を遂げた者の姿になるのだと。

 ここまでではそれがエルという少女だった。ディアッカがエルを知っているか否かを差し置いても、キラとディアッカの心に刻まれた数多の死者の中でエルがもっとも痛ましい死者だった。だから『あれ』はディアッカが現れてもエルの姿のままだった。ここまではいい。では何故この場でいきなりマユ・アスカなのか。

 そんなこと、考えなくたってわかる。ばかでもわかる。

 マユ・アスカの死を誰よりも痛ましく感じている者がここに混じったのだ。そしてその人物が彼女の死によって刻み付けられた心の傷は、ディアッカがニコルを悼むより、キラがエルを悼むよりもずっと深く、化膿しやすいのだ。

 ああなんで、なんでこんなところに居るんだ。僕を追ってきたのか? なんてことだ──。

 キラとディアッカと、新たな形態を得た悪魔の視線を一身に受け、そこにシン・アスカがぽつんと立っていた。







                                         NEXT..... (2005/02/21)