GET LIMIT 22.不協
キラとのネットワークが突然回復したと思ったら、ナイスタイミングで原発事故のニュースがテレビから飛び込んできた。早朝という時間のせいでぐっすり眠っていたはずのアスランを除くメンバーが慌てて飛び起きたのは、ネットワーク回復によってキラの存在を体内の深いところで感じられたショックによるものだろう。
普段は慎重なアスランとラクスも、何かと疑り深いディアッカとイザークも、今度ばかりは原発へ向かうことで意見が完全に一致した。キラはそこにいる、身体の奥深いところでもう一人の自分ともいえる何かが訴えかけているのだからそれに逆らえないはずがない。
待機を貫かせるつもりでいたラクスとディアッカも同伴させて、皆は先を争うようにホテルを飛び出した。短距離テレポートを駆使して静岡県内へ駆け込み、ひたすらに海を目指す。
「本当にアスランの読みがバッチリ的中だな」
地上十メートル近い電信柱を踏み越えたディアッカが、民家の屋根の上をジャンプしたばかりのアスランに並んで言った。
「どうだろうな」 アスランは難しい顔をして言った。「シンまで揃っているかどうかはわからない。キラのことだ、何も言わずにこっそりと抜け出した可能性もあるんだ」
「行ってみれば判ることだ。むしろ面倒くさい奴がいなくて話が上手く進むかもしれん」 イザークが正面を見据えたまま、誰にともなく放つ。
「アスラン。イザークたちにはわたくしが付き添います。あなたは一刻も早く現場へ」
「…頼む」
ラクスの言葉に応えたアスランは、ペースを一気に上げて加速した。
人間の目には決して留まらないスピードで、飛翔にも等しく宙を走るアスランの中で、心臓のものとは違った大きな鼓動が少しずつ大きくなっていく。もうひとつの心臓がそこにあるかのようなそれは、アスランがキラに近付いている確かな証拠だった。
彼らの間にあるネットワークが急に回復した原因は、恐らくキラが戦闘に集中しているせいだ。
ネットワークはというものは意識外で常に結ばれているものであり、だからこそたとえ何かの拍子に断線してしまっても、時間の経過とともに勝手に回復してしまうものである。そういうものが『断』たれるとなると、必ずネットワーク関係者の故意によるものとなる。これまではキラが故意にそれを断線し、自分の居場所をアスランたちのトレースから消してしまっていた。経過に伴って回復してしまうたびに断線を行なうか、あるいは勝手に断線が行なわれるように設定を施すかの方法をとって。
だが考えてみれば、キラは攻撃系の術にばかり特化し、防御や回復、補助に能力を使用する方法をあまり模索していなかった。それならキラが行なった断線の方法は、手間こそかかるが前者の方と見ていいだろう。そして彼は原発で『あれ』か、あるいはそれに相応する敵と対峙または戦闘を行なうことによって、ネットワーク断線のために意識を回す余裕がなくなったのだ。
「…キラ…」
アスランの呟きが、強い圧力で向かってくる風の中に流れていく。
横浜の事故では傍にいられなかった。ちょっとした油断の隙に、瀕死ともいえるひどい怪我を負わせてしまった。でも今度こそは。今度こそは絶対にこの手で守りたい。絶対に、絶対にだ──
山を貫くトンネルの天井を駆け抜けた先で大きく視界がひらけた。朝日を受けてきらめく海が見え、独特の匂いを帯びた風が吹きつけてくる。そしてその海岸沿いに大きな人工の工業用敷地が広々と存在していた。
アスランは足を止め、時間のせいなのか事故のせいなのかまったく交通のない山道でその敷地を見下ろした。荒くなった呼吸を落ち着けようと繰り返すたびに、冷たい空気が入ってきて熱い気道を通っていく。ともすれば突き刺すような痛みさえ伴って。
何かおかしい──敷地一帯を見渡す。
人間の影がまったくない。事故の規模としてはかなり小さいが、原発というとんでもないものが起こした事故なのだから話題性は横浜の比ではない。それなのに、高速道路の事故時にさえわんさかと集まっていたマスコミや野次馬の影が、車両の姿さえひとつも見当たらないのはどうしたことだろう。
遠くの方でヘリの音がする。何台ものヘリがうるさく飛び回っている、固有の不協和音だ。アスランは空を見上げながら、宙へと身を持ち上げた。高速エレベータも追いつけない速度で上昇した彼は、先ほどまで自分が立っていた道路にぐるりと取り巻かれた山を遥かに見下ろせる高さでぴたりと静止する。
ヘリたちは、その山を越えた向こう側をうろついていた。機体に入っている社章やら、目印になりそうなものまで見ることはできない距離だったが、どう見たってその集団はマスコミと警察の人間を乗せたものだ。そうでなければ誰が何のために、この事故現場の空域近くをうろついたりするものか。
しかし妙なのは、それらが決して、アスランの眼下に腰を据えている山を越えようとしないことだった。
「放射能漏れを危惧している…のか?」
そう考えるのが一番自然だが、違和感を覚えたアスランは携帯電話を取り出して手早くダイヤルした。機械的な呼び出し音が幾度か流れる。
『はい、アスラン。いかがなさいましたの?』 女の声が応えた。
「ラクス、どうも様子がおかしい」 アスランは言った。「俺の現在地はトレースでわかるだろう? そこから数百メートルの後方で何が起こっているか、確認してもらいたいんだ。俺はこのまま現場へ向かうから」
しばらく沈黙があった。それはラクスが返答に困っているせいではなく、彼女は今のアスランの言葉によって、彼の現在地をトレースしているのだ。
『…了解いたしました。確認でき次第、ご連絡さしあげますわ』
「じゃあ」
『アスラン』
通話を切ろうとしたアスランを、女の声は引きとめた。
『キラと合流できるのであれば、あなたひとりでも大丈夫だとは思うのですが…万が一ということもありますわ。調査には、わたくしとディアッカで赴くことにし、イザークには引き続き現場へ向かっていただきます。よろしいですね?』
「…わかった」
ラクスの判断に間違いはない。それに、よろしいですね、と問いかけて同意を得ようとするのはいいが、彼女の決定にノーと言える人間はまずいない。それはアスランにも同じことが言えた。
通話を終わらせると電話をふところにしまい、アスランはもう一度ヘリの集まりを見た。
何台ものそれが寄り合ってうろうろと飛び回る様子はそれら自体、小さな子供が遊びまわっているようにさえ見える。近付いては遠ざかり、空域が狭いためにまた近付いて──それの繰り返しだ。ヘリの操縦士は、いい加減に地上へ戻りたくなっているかもしれなかった。
大人しく待機してへんに騒ぎ立てたりしないでくれれば、それほど楽なことはないのに──アスランは思わず溜息を吐いてしまう。だが今はそんなことを考えていても仕方がない、とにかく現場へ向かおうとして敷地のある方向を向き直ったアスランは、思わず我が目を疑った。
シンがいた。
目の前十数メートル先で、アスランと同じ高さに浮遊して静止したシンが空中に立っていた。ぐっと何か言いたいのを堪えるようにしている彼の表情は、ただアスランを見つけたから寄ってきたというよりは、文句のひとつも言わなければ気がすまないと言わんばかりの、ある種の敵意に満ちている。
「…やっぱり、君もここにきたんだな」 アスランは言った。彼に敵意はなかった。
「なんであんたがここにいるんだ」 問いかけと言うより存在を疎むようにシンは返す。「ニュースを見て、様子でも見にきたのか? ──暇なもんだな」
先日のマンションでの対峙でシンはよほどアスランのことが嫌いになってしまったらしく、言葉にはこれ以上いらないくらいの棘が痛々しく生えていた。
「じゃあ、なんで君はここにいるんだ?」
やんわりと返ってきた相手の言葉に、シンは驚いたように言葉に詰まった。あからさまに返答に困ってしまったその様子からは、どうやら彼が隠しごとやら嘘、言い訳の類いがあまり得意ではないことがうかがえる。
「君も暇なのか?」 アスランは更に言う。
いじめると面白そうだが、アスランは別に、シンのことをそうやっていじめようというわけではない。
「……わっ、判ってるんだろ、あんたも!」 あっさりとシンは大きな声を上げた。アスランが核心を尋ねるまでもない。「あそこにあの人がいるって! また取り返しにきたのかよッ!」
「そういうことになるな」
アスランはあくまでも冷静に返すが、それを聞いたシンの目つきが険しくなった。
だが不意に表情に余裕が戻り、ふんっと鼻先で笑い飛ばす。
「あんな目に遭わされて、まだこりないつもりなのかよ。あんたは何回会って何回話し合ったって、あの人に選んでもらえないさ」
「それがキラの、君への償いだからか?」
「──え?」
シンはきょとんした。誰の目にも明らかだ、彼は今のアスランの言葉の意味を理解していない。
アスランはしまったと思った。
あのバカ、シンに何も話していないのか。くそ、またあいつの悪い癖が出てる。本当のことを何も知らないシンは、キラが本心からシンを選んで傍にいるんだと思い込んでるじゃないか──。
『償い』という言葉に対してよいイメージを抱いたり、持っていたりする人間は少ない。むしろいない。シンも例外ではなく、彼は今のアスランの言葉によって、キラは本心から君を選んだわけではないんだぞ、と暗に諭されたことだけは理解したようだ。
そしてそれが、何よりも彼のカンに障ったようであった。
「なんのことだよ」 シンはむっとして言った。
「…いや…」 今度はアスランが口ごもってしまった。
下手なことを言えば、当然だが面倒なことになる。
よく考えればわかることだ。好きこのんで自分の家族を殺した張本人と一緒に生活しようとするバカは、よほどどす黒い復讐心でも持っていない限りはそういない。『遺族』という者たちは、もう誰の顔も見たくないくらいの嫌悪に染まって引きこもっているか、あるいはとにかく一矢報いたい気持ちに駆り立てられて報復のために立ち上がるか、そうでなければ先立った者の後を追って自殺を図ってしまう。
いくら戦火の中に消えた命といえども、本当にサトリを開いてムシンのキョウチに到達した偉い坊さんでもないと──いや、もしかしたらそんな人間であってさえ、遺族とは誰かを憎まずにはいられないものなのかもしれない。そしてその対象になるのは国であり、指導者であり、そして敵である。すべてありふれた一例だ。
もし仮に、戦争という行為そのものに問題があると見出せた者がいたとしても、彼らの大半は争いを憎むことこそすれ、争いの火種となるもののことを憂うまではできない。到底、このシンが真実を知った上でキラを慕っていられるはずがなかった。
それにシンの例はかなり特殊だ。ここで下手を打てば、今でこそアスランの方へ向いている怒りの矛先が全てキラのほうへいってしまう。その危険性は、シンの性格を考えればへんにシュミレーションしてみるまでもなく高い。
ピピピピ…。
果てなく気まずい沈黙が、アスランの胸元から響いた着信音によって破られた。この時点でアスランの携帯電話に連絡を入れる者がいるとすればラクスだけだ。どれだけの時間をすごしてしまったのかは計り知れなかったが、はっとして我に返ったのはアスランだけではなかった。
シンはもう、この腹立たしい問答を切り上げることにしたらしく、とっとと踵を返して空を蹴り、原発の敷地を目指して再び飛び立ってしまう。
「ちょっ…待て、シンッ!」
アスランの制止が彼にとって何になるだろう。シンは聞く耳も持たない様子で相手をちらりと振り向くこともせず、瞬く間に豆粒のようになって見えなくなってしまった。
「くそっ…!」
アスランはとりあえず、胸元で未だにピロピロと鳴り続けている携帯電話を取り出した。液晶に表示された電話の主は、案の定ラクス・クラインその人だ。
「ラクス、どうだった」 アスランは現場へ向かって高速飛行しながら電話に出る。
中途でテレポートを行なったのか、もはやシンの姿はどこにも見えなかった。
『原発に居るのは『あれ』と見て間違いありませんわね』 ラクスはとても厳しい声で言った。『アスラン、急いでくださいませ。わたくしたちがいるこの場所には、とても大きな結界が張られています。侵入した者の存在を決して許さぬ、忌まわしい防壁が』
「なんだって」
『これまでにも何人かの人間の命が奪われているようです。こうなれば一刻も早くキラと合流し、『あれ』の活動を阻止するより他、結界を消し去る方法はありません。わたくしはここに残り、この結界の上に不可侵領域を形成して人間たちの安全を確保します』
「……了、解」 声が震えないようにしたつもりだったが、なんとも情けない声が出てしまった気がした。
通話を終えたアスランは溜息が出そうになるのをぐっと堪えた。背後にそびえる山。それを境界とした原発の周辺全体──なんて広大な結界だろう。そんなものにさらに不可侵結界を張るだなんて、それでいったいラクスはどれだけ持ち堪えることができるだろう。
ラクスは守るべき命のためになら戦乙女にもなることができる強い女だが、その意思の力に、彼女自身が持っている現実的な能力がどれほどついてくることか。
刹那の爆発的な戦闘能力ならラクスはアスランをも凌駕するが、それは彼女が持つ並外れて高い戦闘センスに裏打ちされた、能力行使の応用術ともいえるものにすぎない。だから極意さえ身につければアスランにだってできることだろうし、そうなればラクスの実力は地に堕ちてしまうに違いない。
その程度の内容量しかない彼女が、これだけ広域を包む結界を張ると言い出したのだ。時は一刻を争う。
キラ──。アスランは祈るような気持ちで、どんどん近付いてくる敷地を見つめた。
頼む、頼むキラ、シンよりも先に俺の前に現れてくれ。俺を吹っ飛ばしたことには謝罪も言い訳も何もしなくていいから、だから、シンではなく俺の前に、俺の前に現れてくれ──。
アスランは今日ほど神という存在を、そしてその者がもたらす運命の巡り合わせを願って止まなかった。
心臓が表皮まで浮き出してきたかのようだった。
NEXT..... (2005/02/19)