GET LIMIT  19.愚行


 アスランがシンの住んでいたマンションに行きたいと言うと、イザークはもの珍しそうに彼の顔を眺め回した。その様子はアスランの頭の内容を疑うというよりも、むしろうさんくさいものを注視する仕草にとてもよく似ており、アスランは顔を逸らすことでその視線から逃れることしかできなかった。

 ディアッカを伴った二人は、高層マンション十階にあるそこへと足を踏み込ませる。

 白い壁に入った大きなヒビはきれいに修繕されており、窓ガラスも枠ごと新しいものがつけられている。家具類はすべて撤収されて新しい貸し物件となってしまったその部屋のガランとした様子からは、ついしばらく前までシンとキラがここに住んでいたなんて信じられない。

 アスランが負傷したあの騒ぎがあってすぐ、家主側は、住人が居住権を放棄して逃げたのだと判断することにしたらしい。

 いったいどこの誰が、壁や窓ガラスを粉々にしてからベランダから空へ逃亡してしまうのかまったく判らないが、だからこそ適当な理由や事情をつけて片付けてしまうのが一番てっとり早いことを、人間たちはよく知っている。

 家主側によってしっかりと隠されているのだろうが、そんな騒ぎが起こった部屋であることが周知になってしまったら、この部屋は永遠に新しい住人に巡り合えないかもしれなかった。

「で、ここに一体何の用があるワケ?」 ディアッカが室内を見回しながら言った。「生活の痕跡なんて全然残ってないしさ。なんか、判ることあんの?」

 壁を眺めて、そこに叩き付けられたときの衝撃と激痛を思い返して遠い目をしていたアスランが、そんなディアッカを振り向いて見やる。と、つい一瞬前まで彼の隣にいたはずのイザークの姿がない。

「イザークは洗面所」

 アスランの顔を見て、彼が何を言わんとしたかを察したディアッカが、廊下を親指で示す。すると、そんな彼の背後にイザークが戻ってきた。柔らかな黒のロングコートを着て首にグレーのマフラーを下げた彼は、いつも通りの仏頂面だ。

「イザーク。さっそくだが」 アスランが促す。

「さっきの間にいろいろと『見せて』もらってきた」 イザークは、マフラーの毛に引っかかった自分の髪をさらりと手で払う。「さすが、能力使用にかけては初心者以下だな。通常の人間以上に強力な残留思念が残っていたぞ」

「…あ。そういうこと」 ディアッカが納得したように言った。

 イザークはアスランとディアッカの横を通って、広々としたリビングの中央へと歩み出た。同行者二人が見守る中、彼はゆっくりと腰を落とし、フローリングの清潔な床に右手を触れさせる。

 ラクスは治癒回復、ディアッカはテレパス、そしてアスランはサイコアタックに特化しているが、このイザークが闇に順応して特化させた超能力、それはサイコメトリーだ。手を触れてそうと意識することによって、その場や物に残された人物、あるいは所持者の残留思念を読み取ることができるというやつである。

 高度技術になると、人物の残留思念だけでなく、物の記憶──要するにその場の状況を、一定時間に限定されながらも、完全に脳内で再現することが可能になる。古い記憶ほど輪郭を失っておぼろげになってしまうし、状況を再現するといっても、人の言葉を一声一言逃さず聞き取れる訳でもないのだが、それでも今、これを行なうことには大きな意味がある。

 だからこそアスランはイザークと共にここを訪れたいと言い、イザークもまたここへ来るつもりだったのだ。

 床に触れたイザークの指先が、ぽっ、と白い光を放った。サイコメトリーが始まったのだ。

 情報の流入は一瞬で終わる。圧縮ファイルを手に入れるのと同じことで、情報取得後はイザーク自身がそれらを解凍して整理せねばならないので、情報は彼の独断と偏見で多少の改ざんや修正が入ってしまうが仕方がない。

 やがてイザークは立ち上がった。ふ、と大きく肩で息を吐き、難しい顔をしながら二人のもとへ戻ってくる。

「どうだ?」 アスランが言った。

「…見ろ」 答える代わりに、イザークは先ほどまで自分が触れていた床を顎でしゃくった。「姫からのメッセージだ」

 イザークに促されたアスランとディアッカは、示された方の床へと目をやった。

 そこに小さな白い光がわだかまっている。イザークの指先に宿っていたものが、そのままそこに残ってしまっているようなそれは、やがて縦に伸びて、十センチほどのキラのミニチュアを形作った。

『ごめん、みんな…本当に…。アスラン、イザーク、ディアッカ、ラクス…』

 その白い亡霊はキラの声で喋り出した。一人だけ、ここにいない者の名前まで呼んでいるがこの際は無視するしかない。

『僕はシンの傍にいなくちゃ。僕は彼に償わなくちゃならない…僕が悪いんだから』

 『キラ』の言葉は極めて断片的だし、言葉の趣旨自体がなかなか見えてこない。しかしその幻影は、最後にゴメンと言って、深く頭を項垂れて消えてしまった。ここにいる者たちに頭を下げるように。

 イザークの難しい表情の原因は、これを先行閲覧してしまったせいか?──と思いながら、アスランはイザークの顔を覗き込む。眉間に寄ったシワが如実に、今の彼の不快指数を示していた。

「…償う、って?」 ディアッカが誰にともなく言った。「なんのことだよ」

「不慮の事故だ」

 イザークが吐き捨てるように言った。ディアッカがますます判らないといった顔をし、アスランは、視線を下げて見るともなく床を見る。

「オーブ戦の最中、姫の砲撃が避難中だったシン・アスカの家族を誤爆したらしい。この部屋の記憶にはそれが鮮明に残っていた。恐らくこの部屋の記憶の大半は、姫が故意に刻んだものだろう。後にここを訪れる俺たちに、ヒントを与えるためにな」

「姫さんがシンの家族を?」 ディアッカが目を丸くした。「…っていうか、そんなもん不可抗力だろ。それを何マジメに考えちゃってんの?」

「キラにとっては重要なことなんだろう…」 アスランが沈痛な面持ちで言う。

「だが、そんなことで姫がシン・アスカの傍で生涯尽くさねばならんというのなら、姫はこれからいったい何人のナチュラルやコーディネイターの為に、何度、一生を台無しにする?」 頭痛を堪えるようにイザークが言った。「戦場では無意味に、そして無闇に人が死ぬ。民間人にも軍人にも分け隔てなく、それこそ平等にだ。そしてその機会は誰のもとへ、いつ訪れるか判らない。無論、引き金を引く者の意思も伴ってな。戦争は、そういうものだろう」

 重い沈黙があった。

 イザークの言うことも、もっともだ。戦時中、特にストライクに乗っていた頃のキラは、もう数えるだけで鬱の世界へとのめり込んでいってしまいそうなくらい大勢の人間を、ナチュラルもコーディネイターも問わず殺してきた。

 不慮の事故とはいえ、シンの家族を殺してしまったキラがシンのために生涯尽くさねばならないのなら、キラは、他にも何度となく、人に生涯を捧げる必要が出てくる。キラが殺してしまった人々の、残された遺族のために。

 イザークだってそうだ。ただ彼は、単純な言葉にあらわすならキラよりもずっとタチが悪い。彼は故意のうちに、大勢の民間人を殺しているのだから。

 しかし彼は深く悔いるうちに、そんな事実をずっと心の底に留めて生き続けることこそが償いになると考えるようになった。手に取る銃が奪う命の重さを考え、失われることを阻止するのではなく、奪われ、失われた者たちを己の心に住まわせる──それこそが、自分にも、失われた者たちにも、その遺族たちにも救いになると信じている。

「あのバカは、とことん目の前しか見えてないらしいな」

 イザークがやっとその一言を放った。

「ま、どういう事情があっても、連れ戻さなきゃならないんだけどさ」 ディアッカが苦笑いを浮かべる。

「だが問題は…」 アスランが歩を進めて窓を開け、ベランダへと出て行く。「キラとシンが、今どこにいるかだ」

 広大な空を見上げるアスランの背後で、イザークとディアッカが顔を見合わせて肩を落とす。

 オーブの空と同じ青がそこにある。ここから飛び出していったシンが今どこにいるのか、心当たりになる場所がない。キラとのネットワークは絶たれたままなのだから、キラの所在から割り出すこともできなかった。

 このマンションのように、シンが次から次へと人間の家を乗っ取ってこの世界を遊びまわっているというのなら、本当にどこの誰の家で暮らしているのか、それこそ見当もつかない。

 お手上げだ、と口に出したら、イザークはまたキレるだろうか。

「街へ出よう」 アスランは言った。「こうなったら何をするのも同じことだ。街へ出て、イザークの能力を頼りにキラかシンの痕跡を探すしかない。都内にはもういないかもしれないし、他所の地方へ行ってしまったかもしれないが、少なくともこの国から出てはいないだろう」

「あー。やっぱ、そうなんのね」 ディアッカがトホホと溜息を吐く。

「あのラクスに限ってガードは必要ないと思うが、ディアッカにはこれから先、ラクスの護衛を頼みたい。彼女は俺たちの命綱そのものだ、万が一ということも考えられる」

「…オーケー。ゆっくり待機させてもらうぜ」

「街へは俺とイザークで出る。いいな、イザーク」

「いいだろう」 アスランの指示を受けて、珍しくイザークが素直に頷いた。「姫の捜索には俺がいなければならんようだし、姫の説得にはアスランが適任だ」

 実のところアスランには考えがあった。

 いや、考えと言うには予測に等しく、アスランは『あれ』が近くに行動を起こすだろうと踏んでいた。アスランがこうして傷を回復させて『こちら』へ戻ってきたのは、『あれ』にとってはあらゆる意味で不快要素になるはずなのだから。

 ならば『あれ』は近いうち、必ず何かしらリアクションを見せるだろう、と。

 工業島の爆発にしても、病院での襲撃にしても、『あれ』はアスランに対しても、キラに対しても、確実なことは何もしていない。次に何かが起こるとすれば、それがその『確実』を期したものとなる。アスランはそう読んでいた。

「では、行動開始だ」 アスランは言った。

 次に問題の一同が会するチャンスがあるとすれば、それしか考えられなかった。






                                         NEXT..... (2005/02/12)