GET LIMIT  18.待人


 カガリとデュランダルが手を結び、オーブの研究所に入って二週間の間に、超能力研究は飛躍的といえる進歩と展開を見せていた。オーブが──いや、カガリ が所持していたキラの能力に関するデータの解析は早くに終わり、それとマイノリティである研究者当人たちのデータを照合することで多くの新事実が判明して いった。

 第一の成果は、マイノリティと呼ばれる者たちに種類性があるのを判明させたことだ。

 研究というよりは過去の実例やマイノリティ本人たちへの情報聴取の結果、彼らは大きく、これまでデュランダルが『そう』と定義づけていた、飛び抜けて強 い超能力を所持する従来種『能力所持型』と、超能力は一切持たないが、それへの理解・応用への知識成長が格段に早い特性を持つ『能力不所持型』の二種類に 分割される事となる。

 後者の存在が明るみに出たのは、フレイ・アルスターやアスラン・ザラが、マイノリティでありながら超能力と呼べるものを発現させたことが一切なかったこ とによるもので、加えて、すでに周知であるキラへの執着が、他のマイノリティの群を抜いて強いことが最大の要因であった。

 力を持たないゆえに、力を持つ者に対して非常に惹き付けられるのではないかというのがその見解だが、はっきりとしたことまでは未だ解明できていないのが現状だ。

 だがアスランは推測していた。無能力型が持っている超能力への理解・応用への適性は、その者が『外部から力を得る』ことと、そうして得た『その力をコントロールする』ための、いわゆる将来的な取得へ向けた前提スキルなのではないだろうかと。

 そしてその『外部』の概念こそが、キラそのものなのではないだろうかと。

 キラという最高の力を得たとき、従来種ではその者が生来より持つ能力と、新たに入ってくる『闇』との間で拒絶反応が起こる可能性がないとは言い切れな い。無能力型マイノリティが超能力を持たない理由は、その種の者たちが最初から、やがて『キラ』を手にすることを前提に存在しているせいなのだ──と。

 そんな見解に行き着くにも、アスランならではの理由がもちろん存在した。

 キラは自分が持つ闇を肉体から切り離し、他人の身体に宿らせる応用術を持っている。アスランたちが『感染』と呼んでいるその方法で、イザークを始めとす る仲間たちはキラから超能力を授かった。イザーク、ディアッカ、ラクスは闇に適応し、それぞれの特性に見合った超能力を獲得して終わったが、アスランだけ は違っていたのだ。

 アスランだけは、常に自分の能力の母体であるキラと連動し、その力を際限なく引き出して操ることが可能だった。

 仲間たちに話したこともなければ、そんな大技が必要な敵に出会ったこともなかったので行使の機会はほぼ皆無だったが、その原因に関しては、過去に肉体関 係を持っているせいかな?──という具合に深く考えたことは一度もなく、むしろ自分とキラの間にだけそんな特別なものが存在することに悦びを隠せなかった が、『あれ』と遭遇してさまざまなことを聞かされてはそうもいかなくなってしまった。

 これは、数多の偶然の果てともいえる現在の立場であった。どんな経緯があったにしろ、アスランは無能力型マイノリティの本願である『キラ』を、すでに手 に入れているも同然だったのだ。『影』どもがアスランを特に敵視した理由も、『あれ』がアスランの抹消を狙うのも、すべて彼の立場と入れ替わりたいがた め、そう考えればどんなことにも納得がいく。

 しかしそこには、当然の疑問が浮上してくる。

 ならば何故『あれ』は、キラの傍にいるシンを疎まないのだろう──。

 キラはとても同情心や共感力が強く、そして類稀に強い自己愛によって、他人との共存がとても上手い。持ち前の高い能力によって人の上に立つよりも、それ を誰かの手に委ねることで他者に取り入ったほうが上手く生きていけることをよく知っている。だからこそキラは自分を守るために、今もっとも近いところにい るシンと共存していこうとするだろう。

 それは、『あれ』にとって何の不都合もないのだろうか。決してそんなことはさせないし、その前に取り戻すつもりでいるが、もしかしたら共存の果て、キラはシンに自分が持てるすべてを明け渡してしまうかもしれないのに。

 まさかシンと『あれ』はイコールで結ばれるのか。何度も考えて何度も打ち消したことだが、可能性はゼロではない。

 結局、いろんなことばかりが頭を掠めるばかりで眠ることはできず、アスランはようやく目を開けた。

 時刻は深夜一時を過ぎたばかりで、病院内は静まり返っている。彼は身を起こすと、ベッドサイドのスタンドライトを点け、コバルトブルーの幕を病室の隅へ と追いやった。ほの明るいオレンジ色の光に照らし出された白い壁をぼんやりと眺めて、明日に迫った退院の日に思いを馳せる。

 治癒回復に特化したラクスの能力によって、常人を遥かに上回るスピードでアスランとイザークは全快している。イザークなど、『あちら』に戻ったらあれを したいこれをしたいと、もう何日も前からディアッカの耳にタコができそうなくらい希望を聞かせているらしい。肺に到達する刺し傷を受けながら、彼がそれに 怯んだ様子をひとつも見せなかったのは、ある意味での救いといえることだった。

 アスランも、もちろん『あちら』に戻ったらまずやっておきたいことがひとつあった。これはきっとイザークとまったく同意見だろうから、彼からの激しい反対やら一番手争いやらは起こらずに済むはずだ。

 それは、彼をこうして二週間も病院のベッドに縛り付ける要因となった傷を負った場所──シンが住んでいたマンションの部屋へ行くことだった。そしてそこ へ行くにはイザークを同伴しなければ意味がない。アスランがそこで知ろうとしていることはイザークがその能力をもって応えてくれる、アスランはそう信じて いた。

 多くを考え過ぎて空腹感を覚えたアスランは、ベッドから出ると、スタンドライトも点けっぱなしでガウンを羽織って自販機コーナーへと出て行った。このと ころずいぶんとご無沙汰していた『こちら』のマネーカードを使ってミニドーナツと、砂糖たっぷりの設定を施したホットココアを買う。小さな休憩所も兼ねて いるそこで、真っ暗なのも気にしないで、自販機の薄らぼんやりとした白い光を浴びながらもくもくとそれを口に運んだ。

 甘いものが嫌いなキラが見たら眉を潜める光景だろう──なんて思いながら。

 こんなところでこんなぼんやりとした時間を過ごせるのはこれが最後となる。そう思えば、今が貴重かつありがたい時間のように思えてならず、彼はドーナツにかかった粗目砂糖の甘い味と共に今の時間を噛みしめてしまう。

 ふ、と。背後の廊下に人の気配を感じる。ちらりと視線をやるようにして見てみると、そこには意外とも、はたまた当然とも言える人物が立っていた。

「やぁ」 声をかけたのはアスランが先だった。

「いくら退院許可が出ているからと言っても、少しは眠っておいたほうがよろしいかと思われますが」

 その少年は、落ち着いた声で淡々と言った。

 彼はデュランダルが連れてきたザフトレッドだ。他国内だからといって着替えるつもりはさらさらないらしく、今もビシッと着込んだ赤が、彼の肩にかかる金の髪によく似合っている。

「君も戦場に出る人間なら判るだろう」 アスランははにかむように笑う。「こういう時は、変に眠る方が疲れるんだよ」

 少年は黙っていた。否定の念が見られない辺り、この沈黙は肯定を示すのかもしれない。

「どうしてここに?」 アスランは言った。

「デュランダル議長の指示です」

「そうか。…明日にはいなくなるから、そのあとは長い休憩をもらって、思い切り寝てくれ」

 少年は再び黙ってしまった。特に返答もせずリアクションの表情も見せない。なんだか人形を相手にしている気さえしてきた。どうやら彼は必要なことにしか返答しないように見える。

「君はシンのことを知っているのか?」

 しかしアスランは会話の道を選んだ。

「……はい」

 少し考えるような間があった辺り、恐らく今の返答には私情が入っているに違いない。彼はきっとシンのことをよく知っていて、多少なり友好関係があったのだろう──アスランにその印象を与えるには十分すぎた。

「どんなことでもいい、シンのことを教えてくれないか?」 アスランは柔らかい口調を選んで言った。「俺たちが一度、シンから拒否を受けているのは知ってるだろう? 次に会えば戦うことになるかもしれない。だから、少し知っておきたいんだ」

 少年はまた沈黙を置いた。何を考えているのかは、その無表情からうかがうことはできないが、返答するか否かで葛藤しているらしいことだけは明確に伝わってくる。

 この質問をするならデュランダルのほうがよかったのかもしれない。しかしアスランは、シンと交流のある、歳の近いこの少年を選んだ。その返答の中に多くの私情が含まれてしまうかもしれないのだから適任ではないはずだが、それこそが彼の狙いだった。

 アスランは、シンの能力がどうこうというのを知りたいのではない。少なからず友人と呼ぶに値する人物から聞く話によって、シンという少年そのものを知りたかったのだ。

「…子供っぽさが抜けない、気性の荒い奴です」 少年はぽつりと言った。「ですが、簡単に爆発するようなバカではありませんでした」

「不平や不満は溜め込んで口にしないタイプなのか?」

「そう…言える部分もあったと思います」

「それをいろいろと溜めて、ちょっとしたきっかけで一気に爆発する訳か。はは。俺と同じだな」

 アスランが自嘲するように笑うと、その少年の表情がわずかに和らいだ。よほど注意して見なければ判らない程度の変化ではあったが、それと同時に彼を取り巻く雰囲気まで変わる。

「あいつが何故、あんな力を持っているかは知りません」 彼は言った。「軍部内にも緘口令が布かれていましたから、そのことを知っているのは議長や研究員…そして一部のレッドとフェイスくらいです」

「君も、その『一部のレッド』なんだな」

「アカデミー在籍時に、シンの能力の発露を偶然、目の当たりにしました。友人らも一緒で、そのときに初めて知ったのです」

「へぇ」

 アスランの声のトーンが上がった。アスランにシンの特性を理解されたことで、少年はすこし気が緩んだらしく、普段は口にできないことを話す気になっている。これは参考になる、アスランはそう思った。

「シンの力に、人知など到底及ばない…私はそう思いました」彼は目を伏せながら言った。「シンに宿っているのは、単なる超能力なんて代物ではありません。あれは…化物です」

「化物? なんだか…君のような人からそんな言葉が出るなんて、意外だな」

「少し前に、シンがあの力を暴走させたことがありました。私と同僚が巻き込まれて……黒いスライムのようなものでした。私とて、そういった非現実的なものは認めたくありません。ですが……そう言わざるを得ないのです。他に例えようがない…」

「そうか…」

 『黒いスライム』──。

 やはりシンに宿っているのはキラと同じ『闇』らしい。ほぼと言わず、キラとシンが全く同質であることがこれで確定した。アスランはそこから推測を広げていく。

 『闇』はひとつのベース体が存在し、そこから無数の分身を生むことができる。そして生まれた分身体は、ベース体とまったく同じ性質を持っている ──つまりいくら分身体が生まれても、そのひとつひとつすべてがベース体そのものであるという特性を持っていることが、アスランの独自の調査やキラとの対 談で判明している。

 そしてさらに判っていることがある。イザークたちに力を与えたように、キラは自分の意思で分身の作成を行なうことができるが、あるタイミングで肉体を飛 び出していってしまう特定の分身体だけは制御できないということだ。そしてそれの行方は、母体であるキラでさえ知れないということも。

 ここからは想像でしかないのだが、それらはキラから離れたあと、誰ともなく人間に取り付いて超能力を与えてしまうのではないだろうか?──アスランはそう考えている。能力所持型マイノリティはそうして生まれるのではないだろうかということだ。

 シンはそうして生まれた能力所持型マイノリティであり、しかしシンに宿った『闇』は別種の超能力に進化せず『闇』のまま彼に順応してしまい、現在の状態に至っているのではないか──前例も何もあったものではないが、考えられないことでは、決してない。

「君はやっぱり、そんなシンが怖いか?」

「──いいえ」

 アスランの、さりげなさをまとった核心の質問に少年は即答で答えた。

「どんなものが宿っているとしても、シンはシンです。私はそれを受け入れたいと思っています」

「ああ…それでいい」

 アスランはすこし安心して言った。

 詳しいことを聞くつもりはないが、暴走によって事件を起こしているというなら、シンはこの少年とその同僚に、命の危機さえも経験させているはずだ。だが その上で、死の恐怖を乗り越えてシンを想ってくれる者がこうして一人でも存在していることは、きっとシンの──シンに宿る『闇』の、救いになるはずだ。

「私にはあなたがたのような超能力はありません」 少年が唐突に言った。「だからこんな、超能力者たちの問題になると何もできません。こうしてここで、力になれないと判っていながら待つことしか」

「そんなことはないさ」

 アスランが放った言葉に、少年が目を細めた。それは切ない表情を作っている。

「君がここで待っていることは、必ずシンに伝えるよ」

 それが何になるかは、アスランは何一つ言わなかった。しかし少年は力なくも笑みを見せる。それは、力を持たないことで決してシンに届かないと思っていた自分の手が、少しでも届くかもしれないという可能性を見出した、希望を感じさせるいたいけな笑みだ。

「話してくれてありがとう。俺は病室に戻るよ」

 アスランは背もたれのない長椅子から立ち上がると、とっくに空になって、ずっと両手の中でコロコロと転がされていたココアの紙カップをくずかごへと投げる。カップはかごの枠にコンと当たってから袋の中へ落ちた。

 それを見届けてから彼は、ずっと廊下に立ったままだった少年を振り向く。

「いくら議長の指示とはいえ、君もいろいろと疲れてるだろう? 事務室でも借りて、朝まで仮眠をとるといい」

「…ええ、あなたの指示だと言っておきます」

 少年は小さく肩を竦めて、そんなことを言った。初めに見たときは日本人形のように固かったのに、今はこんな小生意気な冗談が言えるほど緊張がほぐれたようだ。

「あ」

 アスランの声に、立ち去ろうとした少年が足を止める。

「君の名前、まだ聞いてなかったな」

 続いた言葉に少年はアスランに向き直り、失礼しましたと言わんばかりに白いブーツの踵を鳴らして、アスランの見慣れた敬礼をする。

「レイ──レイ・ザ・バレルと申します。…今日はここに来てよかった。ありがとうございます」






                                         NEXT..... (2005/02/11)