GET LIMIT  16.談議


 彼に何も話すことができなかったのは、僕の弱さだ。

 機会がなかったという逃げ道に隠れてしまうことさえ、僕にとってはひとつの強さだった。話す機会はいくらでもあった。時間自体が何の意味もなかったあの生活の中、ちょっとシンを呼び止めて話をすることくらい、なんでもなかったのだから。

 僕は何一つ話せなかった。そしてこれからも口を開くことはできないだろう。どうして言えなかったのか。どうして、こうして取り返しのつかない事態になってしまう前にシンに本当のことを話すことができなかったのか。後悔することしかできない、被害妄想に取り付かれたただのバカ──そうして自分を責めることさえも、きれいごとのように思えてくる。

 シンの心にコンタクトしたあのとき、シンは自分の心をガードする技術を持っていなかったのだろう。僕の頭には彼のすべてが流れ込んできた。

 家族と過ごした優しい光に溢れた日々、甘い愛情、暖かな日常、頼もしい父親、優しい母親、可愛い妹。シンはそのすべてにひとつの不満も持たないまっすぐな子だった。コーディネイターでありながらも明るい性格だった彼は、オーブの学校で多くの友達を持ち、時には年頃の妹のことで悩んだりして、満ち足りた日々を送っていたはずだった。

 あの戦火がオーブに至ってしまうまでは。

 多くの砲撃があの地を狙い、そこは戦場になった。政府の対応が遅れた訳ではなく、政府がそれを始める前に、何の準備も整わないオーブに大西洋連邦は攻撃を仕掛けてきた。僕らは少しでも国民が避難できる時間を稼ぐためにその地へ赴き、戦った。

 でもまさかそこに、避難の遅れていた彼らがいたなんて。そう。まさかと思っていた。いや──『まさか』とさえ、そのときの僕は思わなかった。港で船へ乗り込んでいく大勢の民間人のことしか目に入らなくて、そこを守ることだけに必死で、まさかその他の場所を未だに避難民が迷走しているなんて考えもしなかった。

 知らなかった──そんな言葉で許されるなら、この世はどこまでも甘いことだろう。

 シンの家族は無残な死を遂げた。吹けば飛ぶ布切れのように、蹴られれば跳ねて転がる小石のように、誰の気にも留められることなく。戦場では当たり前の光景、シン以外の誰もがそう思っただろう。仕方のないことだと。あんな場所にいた方が悪いという者もきっといるだろう。

 でもその言葉が何になるのか。そんなことを言われて、シンがはぁそうなんですかと納得するはずがない。目の前で家族が死んだ、その事実がその言葉でどう変わるというのか。

 その逃げ道を選んだ父親が悪かったと諦められるのか。力ずくで妹を引きずって行けなかった母親が悪かったと反省することができるのか。携帯ひとつにこだわった妹が悪かったのだと謝罪することができるのか。その携帯を取りに行ってしまった自分が何よりも悪かったのだと、自己嫌悪することができるというのか。

 何も変わらないのだ。何を考えても、何を思っても、何をしても、もう過ぎたことだ。取り返せるはずもなく、だからこそシンは闇に目覚めてしまった。

 家族の死を目の当たりにしたとき、彼の心に発生した大きな歪みに闇が取りついてしまった。どこを漂っていたのかは僕でも知れない。けれどその闇はシンの傍を漂っていたのだ。シンの心で大きく膨れ上がった憎悪と怒り、とても心地好いその感情に引きずられるようにして闇は彼に宿り、そして根付いた。

 そのとき、シンの心の底から、とても…とても深く、岩に刃を突き立てるようにして刻み込まれた映像の記憶が流れ込んできて、僕は死にたくなった。

 大きな青い翼を持った白いMS。空を我が物顔で駆け回り、色とりどりのビームを放って敵と戦う、人によっては勇姿と讃えたその姿。それがすべての砲門を開放して一斉放射したビーム砲撃は、当たるはずだった敵がひらりと旋回したおかげで、その先にある小さな森の一部を焼き払ったのだ。

 ああ──僕は気が遠くなった。それはフリーダムだ。あのとき僕が駆ったMSだ。僕が放った砲撃が、シンの家族を薙ぎ払い、見るも無残な姿にしてしまった。爆撃に抉り取られた痛々しい小山のそこで、もっと、もっと、比べ物にならないほど痛ましいものが散らばっていた。

 僕のせいだ──。

 ごめんなさい。そんな短絡でお座成りなセリフで許されるはずがない。そもそも許すということ自体、なんなのだろう。許すという概念を前提にして彼はその記憶を抱えているというのか。いつか現れる家族を殺した犯人を、もしかしたら永遠に会うことはなかったかもしれないその人物を、『許そう』なんて彼は考えているのだろうか。

 もしも僕がラクスを奪われれば。カガリを殺されれば。アスランを失えば。

 答えはひとつ。ノーだ。

 だから僕は言えなかった、それは僕だよと。身勝手とも言える、度の過ぎた自己愛だ。僕は自分を守りたいが為に口を噤んだ。シンは自分と同じ属性を持った僕のことをとても大切に思っている。同極の磁石は決して引かれ合わないけれど、闇と闇は恐ろしいほど強く惹かれ合い、結びつく。

 僕よりも弱い闇であるシンは、僕にとっては弟か息子のようなもの。シンよりも強い僕は、彼にとっては兄か親のようなもの。シンは僕を傍に置くことで、かつて失った家族を取り戻したような気になっている。わかるんだ。シンの心が充足していく一方で、僕という同質にして強大な闇に寄り添った彼の闇が爆発的な勢いで成長していくのが。

 最初はまったく気付かないほど微弱だったシンの闇が、今はとても大きく強い火のように見える。これ以上僕の傍にいたら、彼はその闇の意識に人格を破壊されてしまうかもしれない。かつての僕が、覚醒のたびに大勢の人を傷つけて、殺してきたのと同じように。

 けれど、彼の傍を離れてしまうことができない。だって僕が悪いのだ。シンに闇が宿るきっかけを与えたのは僕なのだ。シンの心に大きな傷を抉りつけたのは僕なのだ。僕が悪いのだ。僕は彼が望む限り、彼の傍にいなければ。彼が望んでいるすべてを叶えなければならない。

 僕は真実を告げられない。だけどその代わり、僕はシンが望む限り、シンの傍にいる。ずっと、ずっと、ずっと。

 それが僕にできる、シンへの唯一の償いだから。



 その家を乗っ取るのは簡単なことだった。大きな物音を立てれば慌てて住人が様子を見に来る。そうしたら何でもいいから時間を稼いで目を見つめ、ボーッとしてきたところで『出て行け、すべて忘れろ』と言うだけでいい。すると住人たちはふらふらと出て行き、二度と帰ってくることはなかった。

 前のマンションもそうやって手に入れた。この世界の人間に共通しているのは、家の中に財産の大半を隠し持っていることだったから、住む場所を確保しても食べ物に困ることはない。それに罪悪感なんてまったくなかった。自分が住んでいる世界とは違う、いわば異世界の人間たちの生活なんて気にも止まらなかった。同じ世界の人間の生活ならば多少なり考慮したかもしれないが。

 自分を生かすために他を犠牲にする、誰でも知ってることだし、誰でもやってることだ。いつだって生存競争に勝ち残るのは大きな力を持っている者だ、シンはこちらへ来る以前からすでにそれを理解していた。

 夫婦の寝室。シングルベッドが二つ並べられた広いそこで、シンはふかふかのマットレスに腰を下ろしている。

 彼は落ち着いてなどいなかった。顔を上げれば、向かいのベッドの上に寝かせたキラの姿が嫌でも目に入ってくる。おまけに頭の中では、つい数十分前に目の前で展開された、あの凄まじい光景がぐるぐる回っている。

 アスランの放ったエネルギー波は、到底シンの力でガードしきれるものではなかった。上手く守ることができたとしてもあちこちの骨をやられたに違いない。下手をすれば腕の一本くらいは持っていかれたかもしれない、そのくらいの危機感を覚えさせるだけのそれを、このキラはとっさの判断と行動で完璧以上にリフレクトしてみせたのだ。

 『敵』が目の前から打ち払われた瞬間、シンの心に焼き付いたのはとんでもない爽快感だった。

 シンを守る為にキラが発した力によって、シンの敵であるアスランは相応のダメージを受けて床に転がった。恐らく肋骨の数本はイカレたはずだ。あの苦痛に歪んだ顔、幼い頃からの友達であったキラからの予期しない攻撃を受け、ショックに崩れたあの表情、そのすべてがシンの脳に春の風に似た心地好さを、無責任にも、深く植えつけるだけ植えつけて過ぎ去っていった。

 ざまあみろ──シンは思った。ざまあみろ、アスラン・ザラ。おれに危害を加えようとするからそうなるんだ。キラは友達のあんたじゃなく、同族のおれを選んだんだ。同じ力、同じさだめを持ったおれを選んだ。悪運はおれの味方だ。もう絶対に、あんたのところにキラを帰らせたりしない。キラの居場所はおれの傍、キラは自らそれを選んだんだ──。

 ギッ、とマットレスが軋む。シンはキラの上に影を落とした。

 この力が欲しい。次にシンの心に強く刻まれた意識はそれだった。力が欲しい。楯突くすべてを薙ぎ払える絶対の力、奪い去られるものを守ることができる大いなる力、それをこのキラは持っている。

 どうすればあの力は自分のものになるのか、何をすれば身に付くのか、そして永遠にそれを自分の下に留めておくにはどうすればいいのか──。

 シンはその夜、はじめて人を抱いた。



 とんでもない来客があった。オーブ国立の大病院は、その意外過ぎる訪問者の話題でごった返している。ドクターもナースも、事務の職員も掃除のおばちゃんまで、廊下をコツコツときれいな靴音を鳴らして歩いていくその人物を食い入るように見つめていた。

 ギルバート・デュランダルだ。くせのある長く伸ばした彼の黒髪が、一歩を踏み出すたびに一同の視界の中で柔らかく弾む。プラント最高評議会の議長──要するに『プラントで一番偉い人』と訳せる肩書きを持つその人物が、こんな場所に一体何の用事なのか、誰もがその疑問を一度は頭にめぐらせる。

 代表、入院したんだっけ? オーブのどこかで大きな災害でもあったっけ? ひそひそと飛び交うあらゆる憶測が耳に入ってくるのもすでに慣れっこなのか、彼が気に留めようとする様子はない。右背後に赤をまとった少年を連れたデュランダルは、やがてその廊下の突き当たりにある院長用の応接室のドアの前で足を止めた。

 コンコン、とドアをノックすると、開かれたその向こうからカガリが現れた。

「やぁ、こんなところまでわざわざご足労願ってしまって、すまないな」

「いいえ。私もそろそろ、あなたがたには連絡を取らねばと思っていたところです。貴国からのこの呼び出しは、タイミングが良かったものと思っておりますよ」

 二人はお座成りな挨拶の言葉と軽い握手を交わしてから室内へと入っていく。どうぞ、と促されてデュランダルは革張りの上品なソファに腰を下ろした。連れの少年はその後ろに立つ。それが通常のポジションのようだった。

「先日、我が国から貴国に対してお願いさせて頂いた件で」 デュランダルが言った。「お話を伺う限り、少々複雑な事態が発生してしまったらしい、ということですが」

 カガリは肩を竦めた。

「ああ、そのシン・アスカの捜索の一件で彼の抵抗に遭い、こちらは数名の負傷者と、ひとりの行方不明者が出てしまったよ」

「誠に申し訳ない」 デュランダルは視線を下げて言った。「彼はそれほど気性が荒いという訳でもないのですが、やや人見知りするタイプでして。見知らぬ人物に対し警戒してしまったのでしょう」

「そうかもしれぬな」

 カガリはあえてそれ以上を突っ込まず、その話題を切ってしまうことにした。彼女が本当に聞きたいことは、そんな、シンの性格的な特徴の話ではないのだ。

「議長」 改めてカガリは言った。「私は、こちらの者に危害が及んでしまった以上、貴国からはシン・アスカに関するデータを、可能な限りで提出して頂きたいと思っている」

 その言葉を聞いた一瞬、デュランダルはきょとんした。元が端正な男の顔ほど、こういうときの表情があどけなさを帯びるのは共通したことかもしれない。

 カガリは続けて言った。

「そちらからシン・アスカの捜索願いを受けた際に伺った情報と、つい先日こちらの者が彼に接触した際、目の当たりにした実際の能力には大きな差があった。我々はすでに一度彼と接触し、そして負傷している。おまけに彼を発見した場所はオーブの領土内であり、もちろんザフトの介入を認め難い区域だ。非常に申し訳ないことだが、発見したからと言って後のことをそちらに一任し、捜索隊を受け入れるにはまず無理がある」

 領土内、というところでカガリは嘘を言った。だが能力行使によってしか到達できないまったくの異世界である『あちら』のことを、今この場でどのように説明できよう。この言葉で済ませてしまうのが一番てっとり早い。

「判っております」 気を取り直したデュランダルはさらりと言った。「オーブから発見の報告を受けた時点で、これは不本意ながら、これより後のことも貴国にお任せしなければならない状況であることは明確です。よってプラントには、所持する研究機関によって得た『超能力』に関する情報を、貴国に提供する準備があります」

「ほ、本当かっ」 カガリは思わず席を立った。「そうして頂ければありがたい!」

「こちらの兵によって、貴国の関係者方々に負傷という被害が及んでしまったのは事実です」 彼は沈痛な表情を浮かべた。「それならば、彼の──いや、我らが研究した『超能力』というものの未知数のデータを、あなたがたにお知らせするのは当然のことでしょう」

 すこしばかりクセのある男だが、根の部分では話のわかるヤツで本当に良かった──カガリはそう思いながら大きく息を吐き、ソファに戻る。

「アスハ代表」 デュランダルは言った。「あなたは、『マイノリティ』という存在をご存知ですか」

「へ?」 カガリの表情が大きく崩れる。「マイ…? なんだ、それは」

「我々はシンの能力に関してさまざまな実験を行ない、その結果を多く得てきました。その中でもひときわ目を引く、成果とも言える情報が、その『マイノリティ』なのです」

 マイノリティ。少数派という意味の言葉であることはカガリもよく知っている。少数派。何を指して少数派というのだろう。相手の言葉の続きを待つうち、ぼんやりと考えてしまう。

「我々はまず、彼が超能力と呼べるものを持っていると明確に知ったとき、世界中の人間を対象に検査を行ないました。…いえ、何もすべての人間をドックに突っ込んだというわけではない。方法はここで明らかにできませんが、我々はある方法をもって、全人類に超能力の有無を確認したのです」

 カガリは頭が痛くなってきた。超能力は自分にもある。あるが、ただ彼女は漠然と『ある』という認識しか持っていない。騒ぎ立てねばならないほど大きな問題に発展しそうな力ではないし、何より彼女自身が大事として受け止めていないからだ。

 無論、このカガリがその気になって人間の身体を通り抜けてしまえばその人間は間違いなく死ぬ。使いようによっては人を殺すことも可能といえば可能だが、カガリは自分が誰かを殺すことは絶対にないと言い切れた。要するに超能力者でもそうでない者でも、人間を相手にその能力を発揮できるか否かなど、単純に社会で起こる殺人事件の犯人と同じで、『やってしまう人間』と『やらない人間』に大きく二分されるものであり、そして自分は『やらない人間』であると信じているからだった。

 だが、優れた才能を持つ者が小社会の中で激しく拒絶され、疎外されるのと同じように、そういった能力を持たない人間にとっては、能力を持つ人間のすべてが危険対象となる傾向があるらしい。いつ自分に向けてそれが発動されるかわからない、そんな危機感を持つが故なのか、人間というものは自分に理解できぬものをやたらに把握したがり、管理したがる。ろくに勝手も知らないくせに。

「それで」 カガリはやっと言葉を絞り出した。「どれだけ居たんだ。その、超能力者というのは」

「無論、それらしき兆候を持つ者も含めれば、それこそ数え切れぬほど存在しました」 デュランダルは事も無げに言った。「しかしどれも、手を触れずものを動かすにしても数十分以上の集中を要したり、透視をするにしても極めて曖昧であり、決定打に欠けるものです。自分の意思ではないにしろ、確実に宙に浮き、また手を触れず物質破壊を行なうことができるシンほどの強い力を持つ者は、他に無かったのです」

「…そうか」 カガリは息を吐くように言った。

 それはどうやら、キラという名のバケモノクラスの能力者の選出を目的として行なわれた実験ではなかったらしい。デュランダルの言葉を聞く限りでは、世界はまだキラが持つ史上類を見ない──いや、文字通り次元を超越するほどの強大な能力のことを知らないと見える。

「そこで我々は世界に散らばるちゃちな能力者などではなく、シンを始めとして、アスハ代表や、かつて我がザフト軍に所属したアスラン・ザラ、そしてキラ・ヤマトが持つ能力に関する研究を行なったのです」

 カガリは今すぐこの男に飛びついて首を絞めてやりたくなった。何もかも筒抜けだ。カガリやアスランの能力だけならまだしも、彼女がオーブ政府を使ってまで厳重に守っていたはずのキラの能力のことまで、このデュランダルには隠しきれていなかったというのか。

「そして発見した情報──それがマイノリティです」

 やっとここに行き着いた。この言葉を最初聞いてからここまで十五分も過ぎていないように思うのだが、すでにカガリは一日分の疲労を感じていた。

 だがそんなカガリの疲労にも気付かない様子でデュランダルは言葉を続ける。

「マイノリティとは少数派を意味します。世界中に数多存在する超能力者の中でも、肉眼でその発現を確認することが可能であったり、意図して即座に発現させることができるなど、飛びぬけて強い力を持つ者を、我々はそう呼ぶことにしています」

「なるほどな。能力者たちの中でも上位に在る少数派、という意味か」 カガリはもう開き直ることにした。「ということは、私やアスラン、キラもマイノリティと呼ばれることになるんだな?」

「いいえ、すこし違います。確かに我々は『マイノリティ』イコール『特別に強い力を持つ能力者』としましたが、キラ・ヤマトはそこに含まれないのです」

 嫌な予感がした。聞くべきではないような気がする。カガリは、そういう心境を俗に『虫の知らせ』というんだと思った。しかし身体は強張って声が出ない。

「彼が持つ能力は、通常の超能力者を超えるはずのマイノリティをも遥か足元に見下ろしています。いわば彼はすべての超越者です」

「……そうだな」

 カガリは素直に認めた。否定するのもおかしな話だし、これは重要な情報なのだ。今は話を合わせて先を促すのがいい。

「我々は次に、キラ君が持つ能力の特異性について研究を行ないました。彼の周囲を取り巻くヒトならざる者のこと、彼に近づくあらゆる人間の特性……その結果、化物まがいの連中は当然のこと、人間であっても、彼に近付いたすべての者が、彼に何かしら特別以上の感情を抱くことが明らかになりました」

「特別…というのは、恋愛感情や友達感情を問わず、ということか?」 カガリは問う。

「無論そういった初歩的な感情も含まれますが、かつてフレイ・アルスターがそうであったように、そういった感情とは違った方面で、彼を精神的な深い場所で拘束し、己のものとして強く誇示しようとする例もあるようです」

 かつてキラと出会って間もない頃のことをカガリは思い出していた。

 無理やり乗り込んだアークエンジェルで、キラとそのフレイという少女は、極めておかしな関係にあった。そういう方面にはとことん鈍い傾向にあるカガリでさえもピンとくるくらいなのだから、その当時のクルーからすれば、誰から見てもはっきりと判ったことだろう。

 キラと彼女が下半身で繋がっていることが。

 彼女は自分の中にあった心の闇を意識したのだろうか。その闇こそがキラという巨大な闇を惹きつけ、そして死という名の、更なる深くおぞましい闇を引き寄せてしまったことを。

 キラは、彼女は死してはじめて闇から救われ、光になったのだと意味の判らないことを言っていたが、その真意は何なのだろう。カガリがそれを理解することは永遠にない。

「フレイ・アルスターもまた、特筆されるべき強力なマイノリティでした」 デュランダルは言った。「通常の人間でさえその感情を隠し切れぬのですから、もしマイノリティが彼を目の当たりにすれば、一体それはどれほどのものとなるのでしょう。あるいはそのすべてが、彼女のように彼を手に入れることを夢見るかもしれません」

「私は…っ」 カガリは思わず立ち上がった。「私はキラをそんなふうに思ったことは、一度も無い!」

「…そうでしょうか?」

 カガリは息が止まった。なんて言葉を問いかけとして放つのか、この男は。

 そうでしょうか──? これほどカガリの心に重くのしかかるようで、そして突き刺さるような問いかけはない。

 カガリが凍っているのを見て、デュランダルは軽く首を傾げるようにして微笑んだ。

「失礼を致しました。しかし私は別に、それを咎めようと言うのではない。マイノリティであるならば、すべてその可能性を持つ…と言っても決しておかしな話ではないのですから。そしてこれは私の推測でしかないのですが」

 なんだ、まだ何かあるのか──。カガリは何とか頭を動かそうとする。

「その感情を潜在的に抱くが故に、マイノリティ同士は自然と互いに敵意を持ち、敵対してしまうと思われるのです。一種の電気ショックとでも言うのでしょうか。『こいつは敵だ』と直感がよぎる──といった感じで」

 今度ばかりは身に覚えのないことだ。

 確かにアスランとは初対面でいきなり殺し合いみたいなことをしてしまったが、それは潜在意識以前の問題、視覚情報から敵を認識したせいだ。アスランはGから出てきた、カガリは地球軍の戦闘機に乗っていた、それだけの視覚的情報による敵意なのだから。

「そして、それを踏まえた上でシンのことなのですが」

「…ああ。マイノリティというやつのことはよく判ったよ」 カガリは言った。「だが…シンは何か違うのか? あいつも超能力を持つ者のうちでも別格…マイノリティ、なんだろう?」

「ええ。確かに彼もまたマイノリティです」 デュランダルの声のトーンがすこし下がった。「しかしマイノリティでありながら、シンが持っていた能力の特性は、極めてキラ君が持つそれに近しいものなのです」

「なんだって」

「ですから私は、キラ君が滞在するこのオーブにおいてシンが発見されたという情報を受けたとき、やはり、と思いました。シンは恐らく、同質の能力を持つキラ君に意識外で強く引き寄せられ、またマイノリティであることと相まって、出会ってしまえば彼に異常な執着を持つこととなるでしょう。キラ君と接触してしまう前にシンを確保しなければ、取り返しの付かない事に──」

 デュランダルの声が急速に遠くなる。

 遅かったのだ。この会見も、説明を受けたのも。だってシンはもう、誰も知らないうちに『あちら』へ渡っていた上にアスランに重傷を負わせた挙句、キラを攫って逃げてしまったというのに。

 接触する前に、って、なんでもっと早く知らせてくれないんだ──。

 ええと、今何時だっけ。カガリは動揺の中でそんなことを思った。アスランから貰った『あちら』の時間を刻む時計は午前五時を示そうとしている。ひょっとしたら今頃シンは、キラとベッドに並んで心地好さげに眠っているかもしれない。

「代表。──アスハ代表」

 落ち着いてください、という言葉が遠くから聞こえた気がして、カガリはふと我に返った。デュランダルが不思議そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

「お疲れのところ、このようなことにってしまって、本当に申し訳ない」 彼はカガリを労わるように言った。

「いや、気にしないでくれ。時は一刻を争っている、休んでいる場合ではないよ」

「我々はこれから先も、この超能力やマイノリティ、そしてそれらとキラ君の能力との因果関係を調査していくつもりです。シン・アスカの捜索にご協力を頂いている間に限り、我々はその調査によって得たデータ、あるいは発覚する新事実をすべてあなたがたに提供するとお約束しましょう」

「ああ。そうして頂ければこちらも本当に助かる」 カガリは強く頷いた。「何せ調査対象は、これまでに類を見ない『超能力』なんて常識を逸脱したシロモノだ。オーブの設備や人的技能だけでは、どうにも上手く運ばないことが多くてな。プラントから協力が得られるなら願ってもないことだ」

 二人はソファから立ち上がると、手を伸ばして軽い握手を交わした。

 この男の報告には何かと驚かされることばかりだったが、これから調査を行なうにつれてもっと驚かされることになるのは間違いない。何が起きても驚かないように、カガリは強く心に決意を込めて息を吐く。

「それにしても、シンがザフト入りしてから期間も短いというのに、随分と多くのデータを集められたものだな」

「ええ、それはもう」 デュランダルは微笑む。

 カガリは心の底から感心していた。オーブだけでは、どれだけ頑張ってもこんなデータに到達することはなかっただろう。確かに知らされるのは遅かったかもしれないが、この情報は極めて有益だ。

 早くアスランに、イザークに知らせてやりたい。そして一刻も早くシンを確保して、プラントとの協力体制のもと、キラの力を消し去るという問題の原点を解決しなければ──。

 新たな展開への期待にカガリが胸を躍らせていると、デュランダルが口元に笑みをそのままに肩を竦めて言った。

「私自身も、マイノリティなものですから」

 ──カガリは帰りたくなった。






                                         NEXT..... (2005/01/03)