GET LIMIT 15.対面
初めて会ったときの記憶もロクにないくせに、あのときのキラの顔だけは、はっきりと脳裏に焼きついて残っている。こんなときにそんな記憶がふと頭を掠めるなんて、いよいよ重症だなとアスランは思った。
キラにおかしな能力があると知ったのは九つの頃だった。六つになったくらいに知り合って兄弟同然に暮らし、自分たちがコーディネイターであることを明かし合った特別な関係にあってもなおどこかに影を背負っていたキラは、ある日ふと、アスランに日常とはかけ離れた自らの一面をさらけ出した。
キラはときどき、ひとりで下校してしまうことがあった。アスランと『一緒に帰ろう』と約束をしていた日であっても、その日の登校が嘘か夢だったように家に戻っていることがあり、約束しただろ、なんてちょっと怒ってみても、キラは困りながらゴメンと謝るだけで、先に帰ってしまった理由を話してくれることはなかった。
発作的にひとりになりたがる傾向があるんだ──。アスランは子供ながらに、キラがそういう危険な兆候を持ったやつなのだと判断していた。事件が起こるまでは。
それにキラは人付き合いもそれほど上手い方ではなく、口の悪いクラスメイトに言わせれば暗いヤツ、女の子たちに言わせても面白くない子といったところで、まともな友達といえばアスランくらいだった。付き合い始めて判ったのだが、キラはさまざまな方面に非常に優秀な才能を持っており、分野によっては同じコーディネイターであるアスランを遥かに上回ることもあった。彼が友達らしい友達を作ろうとせず、クラスの輪にも進んで入ろうとしなかったのは、そういった成績の優劣によって他人の心に負の感情が芽生えるのを避けているのだと理解するのは容易いことだった。
子供の心は何かにつけて、自分より優れたものの出現を拒絶するものだったから。
そんな頃、女子のひとりが子猫を拾ってクラスに連れてきた。昨晩のうちに宿題を片付けることができなかったキラに付き合っていたアスランは、両掌大くらいの小さな小さな子猫が、授業が始まるまでの数十分間でクラスのアイドルと化し、子供たちの腕に次々抱きまわされる様子を呆れて眺めていた。
体力のない動物の子供には、ああいうことさえも過酷な重労働だということも知らないのか──そんなことをぼんやりと思いながら。
そうやって大勢でいじり倒してそのうち死なせてしまっても、自分たちの行ないが悪かったのだと後悔する者はひとりも居ないのだろう。そういうことがあった事実さえすっかり忘れて、何度も同じ失敗を繰り返すに違いない。つい先日、先生にも誰にも内緒で学校の裏庭でこっそり飼おう、なんてクラスの中だけで決めたはずの子犬が、世話を忘れられ餓死してしまったのを忘れているように。
授業開始のチャイムが鳴った。もうすぐ先生が来てしまう、そんな危機感を覚えた子供たちは、廊下に置いてあった掃除用具入れのロッカーに子猫を放り込んでしまった。自販機も購買もなく、それ以前に学校では金銭なんて代物を所持しないせいもあり、腹を空かせているはずの子猫に何一つ与えることなく彼らはそこへそれを閉じ込めたのだ。逃げ出さないように、という、極めて単純短絡な目的のために。
ありゃまた死ぬな、とアスランは思った。気付いてみればキラも無言でロッカーを見つめていた。関わらない方がいい、とアスランが言うと、キラは視線を下げてただ一言、うん、とだけ頷いた。
アスランもまた危機感を覚えていたのだ。放っておけば、先日の子犬を人知れず埋葬したように、キラはまた子猫に手を差し伸べて、どこへともなく逃がしてしまうかもしれない。もしそれが誰かに知れれば、クラスメイトたちからどう思われるかは火を見るより明らかなのだから。
しかしその日の昼休み、アスランは目撃してしまった。こっそりとロッカーから子猫を連れ出すキラを。弱ったそれを大事そうに抱えて敷地を走って出て行く。授業が終わってもいないのに学校を出て行く、そんな行為に及んだことは一度もなかったが、アスランはキラを追って外へ飛び出した。
またあいつがバカをやってる、その程度の感覚しかなかった。早く連れ戻さないと、そう考えて、走っていく彼のあとを追って走った先で、事件を目撃してしまった。
辿り着いた大きな公園はひとつの人影もない。子猫はそこでキラの腕からぴょんと地面に飛び降りると、奇怪な鳴き声を発し始めたのだ。ガァ、ギャア、と、異常としか思えない不気味なざらついた鳴き声を。やがて身をよじり出し、小さな身体のあちこちでベキボキバキと骨が変質する音が聞こえ、何事なのかと思う一瞬前に大きな変化が起こった。
子猫は見る間に、傍に立っているキラよりも遥かに大きく膨れ上がり、真っ黒いビロードの化物となってしまった。
「やっぱり」 キラは言った。「間に合わなかったね」
子猫だったものはそんなキラに巨大な爪と牙をもって襲いかかったが、次の瞬間には、強烈な破裂音と共に全身の肉を粉々にされてこの世からいなくなっていた。ばらばらと黒い血と肉が散らばり、地面に落ちる前に煙のように消えてなくなる。いったい何が起こったのか、アスランには理解することができなかった。
キラ、と小さく呼びかけると、彼は弾かれたように振り向いた。驚いたのではなく、怯えたように。キラはアスランがそこに立っているのを見ると、今にも泣き出しそうな、今にも崩れてしまいそうな顔をした。
アスランには驚愕も恐怖もなかった。そのとき彼は、とても単純にすごいと思ったのだ。何があったのかは何も判らなかったが、キラが自分に襲いかかってきた化物を一瞬で始末したのだということだけは理解できた。直後にアスランの心にわきあがったのは強い感動だった。彼は駆け寄って、固まっているキラを抱きしめた。
すごい力を見た。誰にもないすごい力を見た。誰も知らなかったキラの秘密を知ったとき、それはとても甘美な蜜の味となってアスランの脳に焼きついた。
この秘密は俺のものだ。俺だけのものだ。他の誰にも教えるもんか、知らせるもんか──。
「キラ」 アスランは囁いた。この上ないほどやさしく。「大丈夫だよ」
その事件があった日から、キラとアスランの関係はそれまでのものではなくなった。
誰にも、母親にさえ自分が持つ能力のことを知られないように振る舞いたいとするキラに、アスランはさまざまな指示をした。そのためにはこうすればいい、ああすればいい、キラはとても素直にそれを聞き入れて、その通りに過ごし、暮らした。しかし時々、アスランが能力を見たいと言えば、彼は嫌な顔どころかとても嬉しそうに宙に浮き、室内の物を手も触れず持ち上げたりした。
自分の異質さを受け入れてくれる人がいたこと、それはキラにとってこの上ない大きな衝撃であり、そして感動だったのだ。
そんな二人が、ある日、何の躊躇もなしに一線を越えてしまったのは、当然の結果といえばそうだったのかもしれない。はっきりと覚えている、それは十二になった冬のことだ。
親たちに気付かれないように静かに寄り添って迎えた夜。はじめて経験した熱い夜。耳の奥ではなく、アスランの体内そのものに反響したキラの喘ぎは決して忘れられるものではない。理性が成熟しきらない幼さも手伝って、加減も限度も知らず二人は夢中で互いを求め合った。
二人でかぶったひとつのシーツの中、それがその夜の二人が見た世界のすべてだった。
トリィッ。トリィ、トリィッ──。
ロボット鳥が目の前に旋回してきて、アスランは幼い日々の思い出から引きずり出されて視線を上げた。夕暮れが迫る時刻、彼の目に飛び込んでくる街を彩る光は夕焼けのあかだ。
人によってはそれを血の色だと良くない例えをする者もいるが、この壮大なオレンジ色のどこが血の赤に結びつくのか、アスランは疑問に思えてならなかった。確かに赤ではあるが、夕焼けの色は血が持つそれのような、あんなに鮮やかにしてどす黒い赤ではない。
アスランが屋上へ降り立った小さなテナントビルの前に、さらに高いマンションが山のようにそびえていた。ロボット鳥はそれを飛び越えて先へ行こうとしなかった。アスランの肩に舞い戻ると、その高い建物を見上げてしきりに鳴いている。ずらりと並んだベランダには干しっ放しの洗濯物だったり、ハト避け用のネットだったり観葉植物のプランターだったり、さまざまなものが見えた。
自分たちの生活からは遥かに縁遠いもの、人間たちの生活臭溢れる建造物がそこにある。
こんなところにキラが? アスランはそう思いながら周囲を見回した。ロボット鳥があちこちをうろうろしたせいで、彼が病院を飛び出してからゆうに二時間以上が経過しているのだが、ふと気付いて見れば、病院の建物は意外に近いところに見ることができる。スケートを使って一直線に来ることができたなら、恐らくは十分とかかるまい場所だ。
アスランは目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。だが、やはりキラの存在は感じない。この建物にも、この地域にも、世界のどこにも。トレースによってキラを探そうなんて、今やラクスさえも思ってはいない。彼は目を開くと溜息を吐いた。彼が居るかどうかの確認のためとはいえ、この行動に及んだ自分がどうにも情けなくなった。
感知などできるはずがない。皆からのトレースを、キラ自身が拒絶しているのだから。
怪我をしているであろうと仮定できた最初の数日は考えたくもない可能性だったが、こうして一週間以上のときを経てなおトレースが利かない理由は、キラによって故意に絶たれたネットワーク、もうこれひとつしか残っていなかった。
何故だ、キラ。どうして俺を拒む。いったいおまえに何があったんだ──。
ロボット鳥が再び羽ばたき、飛び出した。ふわりと高く舞い上がって高層階のベランダへと降り立つ。白い壁と黒い柵が張られたそのベランダに、ぽつんといる緑色の点は鮮やかに目立った。それが大きな声でトリィ、トリィと鳴き喚くと、そのベランダの窓が開いて人影が姿を見せた。
果たしてこれは現実なのか。アスランは自分の神経や精神構造、果ては偶然やら必然やらのさまざまな事象が信じられなくなった。キラだ。ほんとうにキラが出てきた。柵の上にちょこんと乗ったロボット鳥へ嬉しそうに駆け寄って両手を差し伸べ、しかしそれを無視して肩に飛び乗っていったそれを頬に抱き寄せている。
夕暮れという時刻もあり、夜を待って確かめてみようと考えていたのに、もうそんなことはどうでもよくなった。
アスランは再び地を蹴り、そのベランダ目掛けて跳躍した。
窓を閉めて部屋の中へ戻ったとき、ベランダで大きな物音がした。何事かと振り向いてしまってから、あぁ振り向くんじゃなかった、なんとなくキラはそんなことを思ってしまった。
ベランダにアスランが立っていた。キラが何か言うまでもなく彼は窓を自分で開き、土足も構わず室内へ踏み込んでくる。
トリィッ。キラの肩に落ち着いていたはずのロボット鳥が飛び立ち、彼の肩へと移っていった。昼間、シンが開け放していた窓から飛び出して行ってしまったというこのトリィが、あまりにも唐突にアスランを連れて戻ってきたのだ。
心の準備も何も整っていない。何を言ったものか、彼の名前を呆然と呟くことさえ、今のキラにはできなかった。
「キラッ」 彼は言った。「こんなところで何をしてる、探したんだぞっ」
彼は怒っているようだった。当然だ、一週間以上に渡って何の連絡もせずにいたのだから。無事なら無事だと一言……いや、無事であったならどうして帰って来なかったんだ──。彼の言葉は如実にそんな意識を語っている。
キラが押し黙っていると、アスランは返答を諦めたのか大きく溜息を吐いた。そして近付いてきてキラの手を掴む。
「…いい、事情は帰ってから聞くことにする。帰ろう、キラ。みんな待ってるんだ」
ぐっ。強い抵抗を感じて、窓へ向かおうとしたアスランの足が止まった。え?…とアスランが背後を見る。
キラは動こうとしなかった。アスランが振り向くのを待っていたように首を振る。
「キラ──」
「アスラン、ごめん」 キラは言った。「僕は……行けない」
はっきりとした拒絶。アスランは思わず眉を寄せた。
「どうしたんだ、キラ」
「あの子をここにおいて行けない」
「…ここの人間に保護してもらったのか?」 アスランは室内を見回した。「それなら事情を話して…」
「違う、違うんだ」 キラは何度も首を振った。「あの子は違うんだ」
「何が違うんだ。どうしたんだよ、いったい」
アスランはだんだん苛々してきた。しかしキラははっきりしたことを答えようとしない。
「ここの住人はどこだ」
キラに何を聞いても無駄だ、アスランはそう踏んでキラの手を離すとリビングの出口へと歩いていく。
「待って」 キラは慌てて彼を呼び止めようとした。「ちょっと待って、アスランッ」
どん、とキラがアスランの背に体当たりするようにしがみついた。
「いい加減にしろ、キラ」
アスランは叱りつけるように強く言った。しかしそれでもキラが俯いたまま何も答えようとせず、そして動こうともしないのを見て、つい短気が出そうになる。
「……こっちは大変なことになってるんだぞ」 アスランはキラの腕を掴んで離れさせて言った。「数時間前、『あれ』が近所の病院に現れてイザークが刺された」
「え…」
「俺たちは今、ある目的のために動いていたんだが、その最中に一人の人間が『影』に乗っ取られてバケモノと化した。群馬に出たアレと同じやつだ。暴れ出す前に俺がカタをつけたが、今の『あれ』の目的は明らかにおまえじゃない。俺たちだ」
アスランが知るところでは『あれ』の目的はあくまでもアスランひとりだが、こう言った方がキラには効果的だ。嘘も方便、キラから事情を聞き出すか、彼に何らかのリアクションを起こさせるには必要なことだ。
「こんな大変なときに、おまえはこんなところで何をやってるんだ」 アスランは改めて同じ事を問いかけた。「俺たちだけで『あれ』に立ち向かえるはずがないだろ。おまえが戻らなきゃ、近いうちに俺たちは皆殺しにされるんだぞ」
キラの表情に衝撃が駆け抜ける。考えもしなかったことではない。『あれ』と対等以上に渡り合えるのは自分だけ、キラだってそのくらいのことは判っているはずだ。アスランやラクスであっても、付け焼刃程度の応戦しかできないだろうことも。あるいは百二十パーセントなんていわれる全力を出し切ればダメージを与えるくらい可能なのかもしれないが、それを行なう者の命の保障はできない。
キラは、自分でなければならないのだと判っていたはずではないのか。そして『あれ』と戦うと、はっきり告げたはずではなかったのか。それをこんなところで一般人じみた生活をして、皆から逃げるように、隠れるようにして、何をしているのか──。
アスランが怒るのに無理はない。むしろそれは自然な反応だった。
「わかったろ、キラ。もう戻ろう。ここの住人には、あとから挨拶にでも来れば──」
ふと、背後に人の気配がした。アスランが振り向いたその先には、さらに信じられない人物が立っていた。
Tシャツに短パンというラフな服装の子供。シャワーの後なのだろうか、黒い髪は濡れて首にタオルを引っ掛けている。両親の喧嘩を目撃してしまった年頃の娘のような表情で、彼はリビングで口論する二人を見ていた。
「シン・アスカ…」 アスランは呆然と呟いた。
何でこんなところに、探していた人物が二人も揃ってるんだ。どうして、と思うアスランの脳裏で、次々に多くの情報が蘇ってきて繋がっていった。
キラを保護したのは彼なのだ。医師を呼んで、怪我の治療を行なったのも彼なのだ。そして医師が見たシンの『兄』というのは、キラのことだったのだ。瀕死の重傷、生きている方がおかしい大怪我でも生きていたのはキラだったからだ。
そして執拗にシンのことを隠してまわっていた『あれ』のこと。シンが見つかればキラも見つかる、だからシンの情報は隠蔽されていた。
アスランを含む皆の読みは大方当たっていた。当然だ、同じ家にいるのだから。
シンは確かにキラへ繋がる鍵だった。しかも情報としての鍵ではなく、文字通り直通の鍵──。
「…なんだ、あんたは」
何を考えたのか、一瞬だけ呆然としていたシンの目が突然敵意を宿す。地上十階のこの部屋へどうやら窓から入ってきたらしい上、何やらキラを困らせている男を見ればそれも当たり前だ。
「シン、待って」 キラが二人の間に入る。
「どいてください」 シンが鋭く言った。「そいつはあなたを連れに来たんでしょう」
「ちがうっ」 キラは首を振った。「行かないよ、僕はシンの傍にいるって言ったもの」
いきなり訳が判らない。アスランは勝手に言い争いを始める二人の背後で唖然としてしまう。しかも、一瞬のことで聞き逃してしまいそうだったが、キラは更に勝手なことを言っている。
こういう時の対処法としては、シンを黙らせてキラと共に連れて帰るより他にない。延々とこの状態を維持させる訳にもいかないし、何よりアスランは一刻を争っている。傷を負ったイザークのことも気になるのだ。何を言われるかは二の次としても、誰よりもキラの身を案じていた彼に、早くキラの顔を見せてやりたかった。
「どけ、キラ」 アスランはキラの肩を掴むとグッと押し退け、シンの前へと歩み出る。「乱暴なことはしたくないが、今この状況では何もできない」
「…あんたも能力者か」 シンは言った。
「ああ、そうだ」 アスランはさらりと言った。「悪いが君にはザフトからの捜索願いが出ているんだ。一緒に来てもらう」
「ザフトから…?」 シンは明らかに不審そうに、いや、むしろ不快そうに眉を寄せた。「ごめんだね、おれはここが気に入ってるんだ。出て行ってくれ、そして二度と来るな!」
バシィッ! シンの怒声とともに、アスランの周囲で光の筋が火花を散らした。シンから放たれた攻撃の意思を持つ念波が、アスランを守っている結界に弾き散らされたのだ。
「ちっ」 その様子を見たシンがざわりと気を騒がせる。「これならどうだっ!」
先ほどの火花とは比べ物にならない強烈な重圧がアスランの全身に飛来した。
「うわっ…!」
思わず吹き飛ばされそうになってアスランは足に力を入れる。ガシャーン。彼の横を駆け抜けた衝撃波が、背後にあるリビングの窓ガラスを粉微塵に打ち砕いた。
情報が違う、アスランは思った。シンはこちらへ来てコントロールを身に付けたというのか。明らかにこのシンは自分の能力を使いこなしている。それともこの程度の力の発動ならいくらでもできるというのだろうか。そんなはずはない、命令文もなしにこれだけの攻撃をするなんて、キラを除けば俺くらいにしかできない芸当なんだぞ──。
アスランの心がざわりと騒いだ。心臓の鼓動が高まり、身体の底から何かがわきあがる。ぞわぞわと背筋を駆け上がってくるこの感情が何者なのかよく判らないままに、彼はシンを睨み付ける。
こいつを放っておいてはいけない──彼が自分の脳から下された決断は、その一言だけだ。
ほとんど反射的な反撃だった。アスランは自分へ向けられた激しい重圧が途切れた瞬間を狙って、シンへ向かって掌を突き出し、自分の力を解放した。通常の人間が相手なら、頭くらいは普通に吹き飛ばしてしまうほどの殺傷力を秘めたエネルギー波を、それと知りながら。
「やめろーっ!」
キラの叫び声が聞こえた。肉眼に捉えられない力の塊がシンの身体を吹き飛ばすその直前、そこへキラが飛び込んでくる。
そのときアスランは、とても久しぶりにとても珍しいものを見た。
防御のために腰を落としたキラの目つきが鋭くなり、輝きを失った彼の瞳を闇のグラデーションが彩る。その中央でブラックホールの核のように座した闇の珠が、絶大なエネルギーを放出した。
直後、アスランはリビングの壁に背中を叩き付けられていた。ドーン、と重い激突音がして壁が揺れる。シンが放ったものとは比べ物にならない衝撃波が、アスランの放った力ごと、彼の身体を見事に吹き飛ばしたのだ。
何が起こったのか、アスランはその一瞬では理解できなかった。壁伝いにずるずると床にへたり込んでいく自分の身体が、まるで自分のものではないように力が入らない。だがこの身体が紛れもなく自分のものだとはっきりさせているのは、全身に行き渡った鈍い痛みだ。
「アスラン」 再びキラの声が聞こえた。「ごめん、アスランッ──」
やっと薄く開いたアスランのぼやけた視界に、キラの姿が映る。呼びかけを返そうとしたが身体がいうことを利かなかった。
キラはアスランに駆け寄ろうとしたところを、腕を掴んだシンに止められていた。
離してくれ、とでも言おうとしたのか、相手を振り向いたキラの顔の前へシンの掌がかざされる。するとキラの身体は突然スイッチを切られたおもちゃのようにその場に崩れ落ち、シンはそれを抱きとめると、ガラスの無くなった窓を越えてベランダへと出て行ってしまう。
逃げられる──そう思っても、アスランの視界はだんだんと暗くなっていく。
「アスラン・ザラ」 シンの声が聞こえた。「残念でしたね」
わざとらしいその言葉を最後に、何も聞こえなくなる。
アスランは徐々に閉ざされていく意識の中、ぼんやりと考えていた。
あいつも、俺と同質だ──。
NEXT..... (2005/01/01)