GET LIMIT 14.迷走
「シンの能力でもっとも特筆されるのは、『魅了』ができること、らしいな」 ディアッカがコンパクトパソコンを見ながら言った。
それを受けてイザーク、ラクス、アスランが彼の背後からそれを覗き込む。彼のパソコンネットワークは次元を超えてプラントに繋がっているので、万一ハッキングがバレたとしても逆探知がかかる心配はまったくない。
どこまでも次元の壁とは便利のいいものだ。
「チャーム…?」 イザークが眉を寄せた。「姫の能力に、そんなものあったか?」
「ありましたわ」 ラクスがあっさり返答した。「キラは滅多に使いたがりませんでしたけれど」
「一定時間以上、目を見つめることによって対象の脳神経に影響を及ぼし、意のままに操る能力のことだ」 アスランがイザークを見て言った。「快楽神経に作用するせいか、相手は術者に魅了された状態になるんだよ」
「…ほう」 イザークは興味を持ったようだった。
続けてアスランは言った。
「この状態の時は術者の言葉を絶対優先とし、魅了の度合いによっては自爆行動や自殺命令もあっさりと受け入れてしまう。キラは自分の意思でその発現をコントロールしていたが、シンの場合はそれができない。意図せず、目を合わせたすべての相手に魅了が発現する可能性がある」
「能力者が相手の場合はどうなるか、ってのは実験されてないみたいだぜ」 ディアッカが言った。「さすがに姫さんや代表に、『この子も能力者だから、あなたたちでそのテストがしたいんですけど』なんて言えないだろうけどさ」
アスランは苦笑いとともに腕を組んだ。
「不特定多数の人間相手に効果が出ているのなら、その実験を無理にでも行なう必要はないだろうさ。能力者には通用しない可能性もある。あるいはシンが『ここ』で無事に生活しているのは、その魅了能力が一役買ってくれているせいかもしれない」
イザークは顎に指を引っ掛けて、アスランたちの言葉を聞きながら見るともなくディアッカの持つコンパクトの液晶を見ていたが、ふと思い立ったように口を開いた。
「能力者同士、って、どんな感じなんだろうな?」
アスランもラクスも、一斉に珍しいことを口にした彼へ視線を集中させる。
「どういう意味で?」 ディアッカが首を巡らせて、自分が座っているベンチの背後に立っている相手を見上げる。
「いや、あまり深い意味はないが」
イザークは慌てたように手をひらひらと振ってみせた。ただ何気ない興味で口にしたことなのに、皆から明らかな反応を受けて動揺したようだ。
「いいえ、おっしゃってみてくださいな」 ラクスが言った。
促されて、少し考える仕草をしてからイザークは再び言った。
「俺やディアッカは、意図して他人に触れるとそいつにビジョンを見せることができたりするだろう? テレパシーの応用とかで。だが能力者同士では、意図せずそういうものが常時的に発現したりするんだろうか…と、思ったんだ」
上手く言葉にできなかったようだが、イザークが何を言わんとしているのか、ディアッカは判った気がした。
能力者からそうでない者に情報を送るには、能力者の方が情報を送信すると同時に、受信する側がそうできるように手伝いをしてやらねばならない。だから互いの身体が一部であれ繋がっている必要があるし、相手の集中や注意を自分に向けさせておく必要もある。はっきりいって面倒くさい。
しかし能力者同士となると話は違うかもしれない。何故なら送信する側と受信する側に、その準備が完全に整っている状態なのだから。
そうなればもちろん、受信する側に触れてやる必要もなく、そして触れれば尚のこと強く、多くの情報を伝達し合える、一種のネットワークのようなものがあるのではないだろうか。
イザークはそう言おうとしたのだ。
「大事なことですわね」 ラクスが真面目くさった顔でイザークを見た。「いかに『能力者同士』と言えども、私たちとキラの場合のネットワークと言えば『存在を感知できること』だけです。接触によるテレパシーの発動もありません。ですが天然の能力者たちには、もっと別のネットワークがあるかもしれませんわ」
「んじゃ、姫さんと代表はどう?」 ディアッカがてっとり早い例を出した。「初対面で何か感じたとか、言ってた?」
ディアッカの問いを受けて、皆の視線が今度はアスランに集中した。このメンバーの中で、キラとカガリの両方と深いつながりを持っているのはアスランだけだ。
「いや…」 アスランは考えながら言った。「強いて言うなら、キラとカガリはお互いのことを『放っておけないやつ』だとは言っていたが、でもこういうのは本人たちの自覚に関係のない『きょうだい』間の絆のようなもので、能力者同士の同族感とは違ったものだろう」
「おまけに『男女』だしな」 イザークはすぱりと言った。「『きょうだい』ということを自覚するまでは、互いのことを『異性』と認識することの方が大きいだろう」
「それもあるし…」 アスランは続けた。「キラは、カガリから告白を受けるまで彼女が能力者であることを知らなかったんだ。ということはキラとカガリの間に、能力者間におけるネットワークのようなものはなかった……と見ていいんじゃないか?」
「何よりカガリさんは、『闇』ではありませんものね」 ラクスが頷く。「『闇』同士であればいざ知らず、属性──というものが違っている以上、いかに強い力を持っていたとしても、互いを感知することはできないのでしょう」
「前例ナシって訳ね」 ディアッカが肩を竦めた。
「だが、意義は出てきた」 イザークが言う。「シン・アスカに会って、姫の捜索に使えるかどうかを確かめる意義がな。ヤツと姫の間に何のネットワークもないと証明された訳ではないんだ、まだ可能性は潰えていない」
「そうですわね。では、あのドクターのカルテを探し出して、シンさまがお住まいの場所を確認しなくては」 ラクスがぽんと両手を合わせる。
「俺がご一緒しますよ、ラクス嬢。単独行動は危険ですからね」 ディアッカがコンパクトを閉じて立ち上がった。「イザークとアスランはここで待っててくれよ。すぐ戻るから」
「早く戻れよ」
イザークの声に見送られながら、ラクスとディアッカの二人は、先ほどこの世から消えたばかりの医師の部屋へと向かって行った。
「…で?」
声を発したのはイザークだった。ディアッカが座っていた三人がけ用ベンチの真ん中に腰を下ろし、背もたれの向こうに立っているアスランを見やる。
「なんだ」 アスランはとぼけた。「話すことは全部話したろ」
「バカにするな」 イザークは鋭く言った。「俺は姫みたいに、その言葉でハイそうですかと引き下がったりはしないぞ」
再び沈黙があった。
背中合わせになっている二人は互いの表情を見ることもなく、ただどちらかが声を発するのを待っている。その間に、晴れ始めた空に小鳥が飛び、庭園の周囲を彩る緑の茂みの向こうから猫が何匹か顔を出したり、何気ない光景があちこちで展開されていく。
二階の渡り廊下の窓に、松葉杖を持った幼い男の子が見えた。杖の扱いにあまり慣れていないらしい子供は一生懸命、長い廊下を歩いていく。何気なくイザークはその様子を見ていた。アスランが何も言わない、しかし自分にもう言うことはない。その間を埋めるために、何か見るものがほしかっただけで。
カッ、とつまづく音がした。杖の足が床を捉え損ねたらしく、一気に子供がバランスを崩す。危ない、転ぶ──イザークが思わず息をのんだそのとき、変化が起こった。
子供は転ばなかった。見えない何かの手で脇を持ち上げられたように。松葉杖もないのに、子供の身体は完全に足の力を抜いたまま、半ば宙に浮いたような状態からゆっくりと床に下りて行った。
イザークはもしやと思い振り向いてみた。案の定、アスランが右腕を上げていた。子供へ向かって掌を突き出して。
「……何をやってる」
「下手な転び方をしたら、今度こそ足を折る。そう思っただけだ」 アスランは言った。
「見られたらどうする気だ」 イザークはぴしゃりと言った。「今の俺たちは、姿を隠していないんだぞ」
「一瞬のことだ。見られたとしても、すぐに『こういうこと』に思考が結びつく人間は少ない。心配するな」
アスランは手を下ろすと小さく息を吐いた。疲労というわけではない、しかしイザークに咎められたことへの落胆や苛立ちという訳でもない。彼の吐息の意味を、イザークが知ることはなかった。
「『あれ』に何を言われた?」 イザークは改めて、核心の言葉を交えながら問い直した。
「…俺のことが邪魔なんだそうだ」
アスランは淡々と言った。それがあまりにも淡々とし過ぎて感情を宿していなかったものだから、イザークがそれを不審に思わないはずはなかった。
彼は自分が何故『あれ』から疎まれてるのか、すでにそれを理解しているような感がある。いや、理解というよりは自覚に近いかもしれない。アスランは、自分が『あれ』から疎まれるのは当然のこと、あるいは仕方のないことだと思ってこそ今の言葉を口にした。そんな感じだ。
「何故、そういうことになった?」 イザークは尋ねる。
「話したら、きっとおまえは俺の首を絞める」 アスランは遠くを見ながら言った。
「はぁ?」 言われなくともチャンスがあればへし折ってやるぞ、なんてことを口にしかけてイザークは止めた。「何の話だ、いきなり」
「簡単に言えば、俺は『あれ』の目的達成にもっとも近いところにいる…ってことらしい。前に言ったろ。『あれ』はキラのすべてを手に入れる気でいるって。そのためには俺が邪魔、そういうことだ」
「…ああ。そりゃもう貴様は文字通りの邪魔者だな」
イザークは率直にして投げやりな感想を漏らした。様子を見るに何故アスランが『邪魔者』と称されるのか、その理由まで察したらしい。
「キラは今、『あれ』のもとにいる可能性が高い」 アスランは強く言った。「はっきりした確証はないが、どんなに俺のことを疎んでいたとしても、『あれ』がキラの確保よりも俺の抹殺を優先するなんて有り得ないように思うんだ。俺を殺すにしても、まずはキラを手に入れてからだ。そしてキラに知られないように陰で実行する」
「これからアスラン・ザラを殺してくる、なんて姫に言おうものなら、冗談でもその場で即殺されるぞ。俺だったら姫をどこかに閉じ込めて、事後に言うぞ。しかも事故か何かのせいにして、自分がやったなんて絶対に言わん。その方が確実に姫を絶望のどん底に叩き落せるし、その状態の姫に取り入るのはとても簡単だからな」
イザークを片手をひらひらさせながら言った。アスランは否定しない。その通りだと思っていたからだ。イザークが『自分ならそうする』と言うようにアスランもまた、もし自分が『あれ』でありキラを手に入れたいと思うなら、まずは今イザークが言ったとおりのことを実行するだろう。
キラの最大のネックである精神の脆さは、メンバーの誰もが知っていることだった。きっと『あれ』だって知っている。
「邪魔者の抹殺と姫の精神崩壊、一挙両得とはこのことだ」
肩を竦めるイザークの言葉に、アスランは思わず溜息を吐いた。
と、そこでイザークは額に右手を当てた。頭痛を覚えたときのような仕草で首を傾げ、周囲を見回す。
「どうした?」 アスランが尋ねる。
「ディアッカのテレパシーだ」 イザークは答えた。
さすがに場所をわきまえていたようで、ディアッカは通信手段として、己がもっとも得意とするテレパシーを使ってきたのだった。もしかしたら携帯電話を使おうとしたところで、ラクスの注意を受けたのかもしれないが。
しかし実戦や意見において驚くほど気の合うこのコンビでも、テレパシー通信となると一気に相性値が下がってしまうのは忘れられがちなことだ。
「…ドクターのカルテは処分されていたようだ」 イザークが言った。
やはり、とアスランは思う。『あれ』の行動は予想通りに早い。医師をモンスター化させてアスランたちを部屋から追い出したあと、シンに関わったそのカルテを抹消したのだ。
「しかしまぁ、こうもシン・アスカの捜索を妨害された俺たちが、ますます疑いを強めることを意識しないのか?」 どうにも、とイザークが溜息を吐いて項垂れる。
どん。鈍い音があった。
アスランとイザークの表情が凍りつく。何が起こったのかよく判らない、二人ともそんな顔をしていた。イザークがおずおずと首を回す。彼の背後には幼い少女が立っていた。栗色の長い髪を持つ、とてもかわいらしい少女が微笑みを浮かべて。
「…貴様…」 イザークが呻いた。背中に大きなナイフの刃を突き立てられて。
ずる、と傾く身体をベンチの上に片手をついて支え、イザークは倒れることだけは取り留めたが、その背では包丁に似た大きな刃の根元がわずかだけ顔を覗かせている。刃渡りによってはどこまで傷が及んでいるか、考えるだけでも恐ろしい。
「『わたし』に気付かなかったの?」 少女は微笑んだまま言った。「ばかね。そんなばかには彼の力を持つ権利なんてないわ」
『あれ』だ。二人の脳幹をその衝撃が直撃した。まったく見覚えのない姿だったから何も疑わなかった。ただの来院患者、あるいは見舞いの家族──そんな程度にしか思わなかったのが災いした。何よりもイザークの『デュエル』によって追い払うことに成功していた、それが最大の油断を招いていた。
一度退いたからといって、その日の来襲が二度とないとは言い切れない。人間であればいざ知らず、『これ』は人間ではない上に、しつこさは人間の比ではないのだ。
「栓は抜かないであげるね」 少女はそう言うとイザークの背から離れ、どこへともなく跳ねるように走り出した。
アスランはやっと凍った身を動かし、懐から銃を引き抜く。少女はそんな彼をちらりと視界に映すと、目を細めてニッと笑った。
「アスラン!」 イザークが叫ぶ。「追え! 何としても捕らえて姫の居場所を吐かせろっ!」
「しかし…!」
こんな彼をここに放って行けというのか。アスランは困惑した。そのうちにも少女は建物の向こうへと消えてしまおうとしている。
「ここは病院だぞ、それにもうじきラクス・クラインも戻ってくる…っ…早く行けッ!」
彼の言葉に背を突き飛ばされる思いで、アスランは銃を握り締めて走り出した。庭園を出て視線を巡らせると、病院の外を囲む塀をひらりと越えていく少女の赤いスカートがふわりと揺れるのが見える。続けて彼も塀を乗り越えた。
外の路地は小さな裏通りだったせいもあり、人の姿はひとつもない。そんな路地の先を少女が走っていくのを改めて見つけ、彼は追った。しかしいきなり塀を飛び越えて、銃を持った男が飛び出してくれば警察を呼ばれる以外にどんな扱いがあるだろう。大通りに逃げられることも危惧して、アスランは走りながら実体化を解除した。
同時に彼の靴が本日二度目の変貌を行なう。ローラーの出現で遥かに移動速度を上げるアスランが、ただ足で地面を走っているだけの少女に追いつくのは簡単なことだ。
「逃げられると思ってるのか!」 アスランは瞬く間に少女の前へ回り込んだ。二人は足を止めて視線を交わす。「キラの居場所を教えてもらおう。そうすれば悪いようにはしない」
アスランは銃を少女に向けた。男でも女でも、子供という存在に攻撃意識を持つことは難しい。アスランもまた一瞬の躊躇こそ感じたが、だからといって引くわけにもいかない。引き金にかけた指はいつでも発砲できるように力を込めて、こいつは『あれ』なのだと自分に言い聞かせて瞳を鋭く研ぎ澄ます。
「『わたし』が教えると思って追ってきたの?」 少女はやはり笑っている。「だったら、あなたもばかね」
「その気がないなら、この場で君を殺すことになる。判ってるだろう。君は俺たちの仲間を何度も傷つけた」
「ちがうでしょ」 少女はアスランの言葉をあっさり否定する。「あなたが言いたいことは、もっと違うことでしょ。今は言ってもいいのよ。聞いてるのは『わたし』だけ、妙な理性で抑え付ける必要はないんだから」
アスランはあからさまに眉を寄せて嫌な顔をした。その感情への拒絶と否定がそのまま表情に出る。
「あなたも『わたし』を邪魔だと思っているはずよ。本能的なものだから、間違いないでしょ?」
「…やめろ」 アスランは低く言った。少女の言葉が不愉快だった。
「あなたも彼がほしいのよ。無理しないで、言ってみたらどう?」
「そんなこと思ってない。キラは俺の友達だ、大切な」
「きれいな言葉の裏に醜い欲望を隠しているのね。あなたのフラストレーションが見えるようだわ」
価値観がまるで違う──。
アスランは腹の底から身が震えるのを感じた。何を言っても、何を話しても、『これ』とは無駄の一言ですべて終わる。キラの居場所も、執拗に隠されようとしていたシンのことも、『これ』から聞き出すことは絶対にできまい。そう思えてならなかった。
それどころか、これ以上の会話を続ければ今以上に不愉快になっていきそうな、そして一歩でも間違えば忍耐強いはずのアスランでも、ぷつんと頭のスイッチが切り替わってしまいそうなマイナスの感情を与えられるに違いない。頭がおかしくなりそうだった。
「かわいそうなアスラン・ザラ」 少女は首を傾げた。「小さい頃からずっと、心の中の闇を押し込めていたのね。ううん、きっと勘違いしていたんだわ。その感情が友情なんて生易しいものからきてるんだって。本当にかわいそう。あなたがもしその真意に気付いてもっと早い段階で実行してたら、『わたし』はもっと別の誕生をしていたでしょうに」
「なんだと?」 アスランは一瞬の言葉を聞き逃さない。「別の、誕生?」
「ええ、そう」 少女は平然と言った。「『わたし』やあなたのようなマイノリティは、時期なんて関係なく必ず現れるのよ。本能的に、いいえ潜在的に、マイノリティは『闇』の支配者になることが決まっているの。だから、あなたのその感情は間違ったものじゃないのよ」
なんだか突然、訳の判らない世界へ投げ込まれたような気がしてアスランは思わず沈黙した。脳がついてこない。言葉がそのままストレートに頭に入ってくるが、その理屈を考えて理解し、そして納得するという脳内作業ができない。
しかし、ただひとつ判ったことがある。『これ』と自分は『マイノリティ』という、いわゆる同胞であるということだ。
冗談であるならやめてほしかった。
「あなたたちがキラと呼んでいるあの『闇』には、まだ主になる人がいないわ。だからその資格者が次々に生まれてしまうの。誰かが主になることでその後の資格者の誕生は止まるから、あなたが小さいうちに彼の支配者になっていたら『わたし』は必要なくなって、『わたし』としては生まれなかったはずなの」
質問も、否定も肯定も何もできない。それはアスランが状況を把握していないからだ。
少女は呆然としているアスランを見て、満足そうにくすくすと肩を震わせて笑った。
「やっぱりあなたは資格者だけど、本当にそうなるには相応しくないわね。今の『わたし』とおんなじ」
「今の…?」
アスランは小さく尋ねる。情けないことだが、今は『これ』を攻撃するよりも、キラの居場所を聞き出すよりも、『これ』から聞いておきたいことへの興味のほうが圧倒的に強かった。
自分は何なのか。『これ』は何なのか。キラは何なのか。加えて情けないことだが、能力者だの能力の伝染などの特性こそ知っていても、その力の根源が何であるかは知らないのだ。ラクスが『闇』と称しただけの得体の知れない力、『影』どもが自分のものにしようとして躍起になるだけの力──。
それがいったい、どういうものなのか。手に入れれば何が起こるのか。彼は何も知らないのだ。
「今の『わたし』には肉体がないから」 彼女はさらりと言った。
「…いきなり見え透いた嘘を言うな」 アスランは苛々して言った。「じゃあ、おまえのその姿は何なんだ」
「あなたが見ている『わたし』は、第三者の記憶の中から拝借したイメージ映像みたいなものなのよ。あなたたちの反応を見てる限り、『わたし』の姿は見ている人によっていろいろ変わるみたいだけど…今の『わたし』、どんな格好してる? あなたの知っている人かなぁ。さっきはあなたのお父さんだったんでしょう?」
更に言っていることが判らなくなってきた。キラならもっと上手く理解したのだろうかと思ってみるが、ここにいない人物に助けを求めるのは止めにして、アスランはよくその少女の姿を眺めてみた。
見覚えはない。
「知らない姿なのね」 少女は言った。「これでまた、『わたし』は『わたし』のことが少し判ってきたわ」
「どういうことだ」 アスランは尋ねた。
「それは、あなたに話す必要のないことよ。『わたし』、もう行かなくちゃ」
「黙って行かせると思ってるのか」
アスランは銃をしまうと、右手を『それ』に向かって突き出した。
命令文を放たずとも、エネルギーを放射するだけならばこの体勢から少し力を入れるだけで可能だ。命令文無しでエネルギーを行使することは、他の誰にもまずできない。キラを除けば能力使用歴がもっとも長いアスランだけが可能なことだ。
「攻撃する気? やってごらんなさいよ」 少女は挑発的に言った。「『わたし』にはここに存在する人間の数だけ、使える武器があるのよ」
しまった。アスランの身体が強張る。そうか、『これ』は『影』を人間に憑依させることができる。通りをうろついている人間がすべて敵になる可能性を持っている。『これ』の駒となってアスランを攻撃する肉の塊はそこら中に溢れ返っているのだ。
「あなたたちはいい子だから、人間を巻き込むなんて真似はできないわよね。ほんとうにばかばっかりだわ」
少女は心の底から可笑しそうに笑うと踵を返し、動けないアスランの前から走り去……ろうと、した。
トリィッ。トリィッ。
アスランが弾かれたように顔を上げ、少女が驚愕に溢れた顔付きで空を見る。そこには、そこにあるはずのないものがあった。緑色の羽根を広げたロボット鳥が、特有の鳴き声を上げながら気持ち良さそうに空を飛んでいたのだ。それこそ子供たちに見つかったら注目の的になりそうなその外見を、アスランは忘れるはずがなかった。
いつもキラの肩に乗って、甘えた仕草をするようにそれの頭を設定したのは彼本人なのだから。
カッ、と靴の音がしてアスランが我に返ったとき、すでにそこに少女の姿はなかった。ロボット鳥は魔除けの護符のように、彼の前から悪魔を追い払ってくれたのだ。
改めて呆然と彼は空を見上げた。ロボット鳥はそのメモリに刻まれたもう一人の主の姿を見つけて、その肩を目指して舞い降りてくるところだった。この鳥を追って、どこからともなくキラが姿を見せることを期待してみたが、さすがにそこまで都合よく話は進まないようだ。視線を移すと、ロボット鳥はアスランの肩でパタパタと羽根を動かし、可愛らしい仕草でめいっぱい甘えている。
──引き下がれない。アスランの瞳を再び鋭気が彩った。
「キラのところへ行け!」
彼は肩口からロボット鳥を追い払った。想定し得ない仕打ちを受けたその鳥は、鳴きながらぐるぐるとアスランの頭上を飛び回り、そして舞い上がるとあらぬ方向へと飛び去っていく。
アスランは即座にそのあとを追って跳躍した。フェンスの上から電柱へ、そこからさらに高い位置へ、彼はロボット鳥を決して見失わない。
それは彼をキラのもとへ導く、たいせつな標なのだから。
NEXT..... (2004/12/22)