GET LIMIT 10.余波
「貴様ッ、今まで一体どこをほっつき歩いていたんだッ!」
「止めろってイザーク! 今アスランに当たってもしょーがないだろ!」
「状況を知りたいのはこちらの方だ、あの島の爆発事故は何だ? キラはどうしたっ」
「よくもそんなことを、ぬけぬけと言えたものだな! 貴様が姫に同行してさえいれば、こんなことにはならなかったんだぞ!」
「止めろって言ってンだろっ、過ぎたことで居なかった奴を責めたって何も始まらないって言ってんの! もうたのむからイザークもアスランも落ち着けよ!」
襟を掴んでは振り払われ、叫び声に怒鳴り声が返される。オンにされたまま忘れられてしまったテレビが、やかましく燃料島爆発事故のニュースを騒ぎ立てているというのに、そんな音声なんてものともしない言い争いと、その牽制に時間を費やしまくっているのはアスランとイザーク、そしてディアッカの三人だった。
島全体を吹き飛ばす大爆発が起こって、やっと現場に到着したばかりだったイザークたちは、先に到着していたはずのキラの安否を確認することもままならず新宿へのとんぼがえりを余儀なくされた。
もしかしたら本当にこれは人的要因による事故であり、それを確認したキラは一足先に、のちの大爆発という危険を察知して戻ったのかもしれない──。そんな、彼の性格を考えたらまず有り得ない、極めて低い可能性に賭けた彼らが戻ったそこにはやはりキラはおらず、まるでその代わりとでも言うかのようにアスランが居た。
ディアッカから、アスランは自分が目覚める数時間前から調べ物の為にオーブへ戻っている、という話を聞いていたイザークがここにきてとうとうキレた。
惨状に愕然としてキラの姿も確認できないまま、失意とともに戻ったところに現れた、重要なときに限って居なかったアスランに掴みかかり、イザークはとにかく心の内を暴露に等しくわめき散らしたのだった。
何故こんなにも大切な時に限って悪いことは重なるのだろう。アスランの不在を狙ったかのような事故は、皆がまとまって駆けつけることのできない遠い場所で起こった。彼らは足自慢の順でバラバラに到着せざるを得ず、そしてそこには大きなブランクが発生してしまう。
キラが到着したと思われる時間からイザークたちの到着までに、ゆうに十五分以上もかかっていたのだ。その間に何があってキラはどうなったのか、何よりもキラは今どこにいるのか。無事に島を脱出できたのなら、二度目の爆発から一時間が経過する今になっても戻らないのはおかしな話だ。
ラクスが彼をトレースしているこの間さえも、イザークはジリジリと苛立ってたまらなかった。
二度目の爆発に巻き込まれたのか、それとも──。
「ちくしょうっ!」 イザークは吐き捨てた。力任せに壁に叩き付けた拳は、今は何の痛みも発しない。
「──みなさん、どうか落ち着いて下さいませ。いま騒げば、それは新たな混乱を招くだけです」
男たちの怒鳴りあいもそっちのけ、ただソファに腰かけてじっと目を閉じていたラクスが言った。静かに水を湛えるようなその声に、一同が一斉に彼女に視線をやる。
「いかがですラクス・クライン! 姫はトレースできたのですか!」 真っ先にイザークが言った。
「…キラは閉ざされています」 ラクスは首を振った。「恐らく彼は意識を失っているのでしょう」
ラクスの言葉の調子が深く沈む。
その一方でアスランが、床から天井までの壁を丸々それに変えてしまったような巨大な窓の外へと視線を移す。今は一言でも口を開こうものなら、それは一度は落ち着いたイザークの起爆剤になりかねない。あえて彼は黙っていることにしたようだった。
「ですが、意識が無くても探知できるはずの『キラの闇』を感じません。キラの存在が…どこにもないのです」
一瞬、イザークとディアッカが顔を見合わせる。ラクスの言葉の意味が理解できなかったせいだ。
「…どういう、意味ですか」 ディアッカがおずおずと問う。
「まさか」 イザークが思い付いたように呟く。「姫の力が消失した、と…いう、こと…なのですか」
「いいえ」 ラクスはきっぱりと首を振った。「キラの闇が何らかの理由、あるいは彼の死によって消失してしまったのであれば、わたくしたちの力も同様に消失するはず。キラが生きているのはこの点から明らかなのですが…」
熱を発していないものを熱源センサーが感知できないのと同じように、『力』によって繋がっているからこそ利用していたトレースも、今はまったく通用しない。言われてディアッカもよくよく気を研ぎ澄ますが、いつもなら当たり前のように感じていたはずのキラの存在が、己の内側から欠落しているような感覚を得るに終わった。
普段に増してイザークがひどく取り乱したのは、その喪失感を意識せず感じていたせいなのだろう。親を見失った子供のように、取り残される孤独感に耐えられなかったのだ。
「MIAってわけね。──生存確定版の」 そしてディアッカは溜息を吐いた。「オーケー。生きてるんなら、シラミ潰しに探しゃ必ず見つかるでしょ。まずは負傷者が収容されてる都内の病院から当たってみようぜ?」
「やはり…そうするしか、ないのか」
落胆したようにイザークが項垂れる。その一方で窓辺のアスランは、そんな会話も耳に入らない状態でガラスの向こうを睨んで立ち尽くしていた。
窓の外には広大な夜がある。美しい夜景が煌々と宿る街の中には、爆発事故のニュースが溢れ返っているのだろう。何せ大きな企業島だ、従業員はこの近辺の者が圧倒的に多いはずである。喪失の嘆き、やり場のない怒り、あらゆる負の感情が満ちて高まっている。キラの力を存分に高めて余りあるエネルギーを、街中の人間たちが放っていると言っても決して過言ではない状況だ。
それなのに、ラクスでも彼を感知することができない。
アスランには、その原因に対して思い当たることが二つあった。
ひとつはキラの肉体が通常の人間では致命傷となるほどの大きな怪我を負い、現在、彼が持つすべてのエネルギーがその回復にまわされているかもしれない、ということだ。
この状態のキラは普通の人間と同じで宙に浮くことさえままならなくなるが、通常では決して有り得ない短期間で全快することが可能になる。もちろん本当に怪我を負っているかは判らないし、しているとしても怪我の度合いに察しはつかないが、例えるなら腕一本を失ったとしても完全に再生してしまうまで何日もかからない。
そしてもうひとつは──。
「今から俺とディアッカで街へ出ます。ラクス・クライン、あなたはこちらで待機を」
「ええ、お気をつけて。キラが戻りましたら、すぐにご連絡を差し上げますわ」
ラクスとの短い会話のあと、ドアを開く音に合わせるように背中に突き刺さるイザークの鋭い視線を感じたが、アスランはそれを気にして相手を振り向けるほど心の余裕なんて持っていなかった。カカシ同然に立ったままの彼の背後で、叩きつけるようにドアが閉まる。
重要なときにいなかった。イザークがそれでキレるのは当たり前だ、アスランはそう思っていた。誰よりも深く激しく、彼は自分を責めていた。キラのトップスピードに並べるのは自分だけなのに、そのときその場に居なかったせいでキラを一人にしてしまった。その結果がこれだ。
生きているのは間違いないにしろ、それでも怪我をしているかもしれない、テレポートもできず帰る道も判らず、独りで不安がっているかもしれない。そう思うとそれこそ気が気ではなかったのに、今のイザークたちと行動を共にするのはある意味で自殺行為と言える。
だがキラがそれで行方不明になった手前、単独行動が許されるはずもない。アスランは必然的に、ラクスと共にホテルで待機せざるを得ないのだった。
「アスラン」 ラクスが柔らかな口調で声をかける。「夜の闇たちに、あなたから睨まれるいわれはありませんよ。さぁ、お掛けになってくださいな。すぐにお茶を持って参りますわ」
ソファから立ち上がってキッチンへと歩いていくラクスの姿をガラス越しに捉えてから、ようやくアスランは室内を振り向いた。彼女が居てくれて本当に助かる。彼女の言動は本当に必要とされて放たれるものなのだと思う。しかしどれほど彼女によって支えられても、アスランの心には一抹の不安だけが、しこりのように留まったままだった。
「キラ…」 アスランの唇から、嗚咽に近い声が漏れる。
彼を探知できないもうひとつの理由など、考えたくもなかった。
ようやく君を手に入れた。
君は苦しげに、意識の無い今も襲いくる火傷の痛みと戦っている。始めの頃は真新しい包帯をいくつも血と体液に染めていたが、やっとその流失も止まった。ここからは経過を見ながら薬を塗り、包帯を替えて安静にしていれば、君の回復力ならば二週間もしないうちに元の体力と力を取り戻すだろう。
痛みだけは数日ほど続くだろうが、不安がることも怯えることもない。君なら耐えられるし、何よりそんな陳腐な痛みはすぐに治まるだろうから。
でも、何もかも回復したところで、もう君を彼らのもとへはかえさない。特にあの、我ら『闇』の念願にもっとも近いところにいるアスラン・ザラのもとへは。
あれは邪魔だ。『闇』の誰もが彼を見ればそう思うだろう。そう感じるだろう。そう確信するだろう。
『我ら』の念願を叶えるのは『我』に他ならず、他の何者かではいけないのだから。許されないのだから。
我ら影は、誰もが『我ら』と言いながら己のことしか考えていない。いや、『考える』という行動を起こすだけの理性も知能もない愚かな影どもなど、わたしの偉大なる目標の前に操られて役に立つくらいしか能の無い連中に過ぎない。現に影どもには、君の力のすべてを手にするだけのキャパシティがないのだから。
すこし君に力を注がれただけでパンクして崩壊してしまう、そんな小さくつまらない容れ物しか持っていないような奴らなど、本当の影とも闇とも呼べないのだ。
影どもの中でも、特に高い知能と能力を持って生まれた異端者──マイノリティであるわたしこそ、君を手にするに相応しく、そしてその資格も容量さえも持ち合わせた適格者なのだ。
ありとあらゆるヒエラルキーの頂点に君臨する君を満たし、支配し、そして従えてこそわたしはすべてを凌駕する。愚かなバカどもは君に力で勝り、肉を喰らい血を啜ってこそ君を超える力と地位を手にできる、などと勘違いしているようだが、それは間違いだ。それでは君という、稀少にして絶対の存在が失われてしまう。
わたしは君の存在そのものをわたしのものにしたい。そうでなければ何の意味もないのだ。
君の心も、君の身体も、そして君の力も、わたしの思うがままに。わたしの成すがままに。それは君に、わたしの方が君よりも上位の存在であると教えてあげる必要のあることだが、その達成の為ならば、わたしはどれほどの時を費やすことも無駄とは思わないだろう。
そうとも。念願を叶えるのはわたしだ。『頂点』である君の上に立つのはわたしだ。わたしはこれからゆっくりと時間をかけて君の傍に存在し続け、君からの信用を、信頼を、そして愛情を取得する準備を始めよう。君が早く、あの邪魔者のアスラン・ザラを忘れられるように仕向けよう。
君はこれから始まる生活の中で、自らわたしという存在を深く心の奥に刻み込むだろう。わたしはそれを思うと、今から己が高揚するのを止められない。
ああ。早く目覚めてほしい──。
妙な二人組みがいる。ただでさえ騒がしい各病院で、主に看護婦たちの間に広がっている噂話だった。金髪の男と、銀髪の連れの二人組みで、都内の病院のあちらこちらに現れていると、早くも都市伝説か何かのように騒がれている。
来院するなりフロントへ駆け寄るのは片割れの金髪の男の方だけで、対照的とも言える銀髪の連れはドアの前から動こうとしない。そして外国人にしてはひどく流暢な日本語で、男は、ある少年が収容されていないか、ということを聞いて回っているらしかった。ただそれだけなら、夕刻の爆発事故に巻き込まれた身内や友人を探しているのだろうと推測できる。
だが、彼らが探している『ある少年』の特徴というのがおかしな話なのだ。
まず金髪の男は、話しかけた相手と握手を求める。誰しも疑問に思いこそするだろうが、病院という場所柄、特に不審がって拒否する者はいない。そうして彼と手を重ねると、不意に頭の中に、見も知らない少年の像が浮かぶのである。
ブラウンの髪と深い紫色の瞳を持った、現実にいるはずのない不思議な少年の姿が。
見えた映像に何の心当たりもなく首を傾げていると、彼は問いかけてくるのだ。
そいつを探してるんだけど、知らない──?
「それって何だろ?」 誰かがひそひそと口を開く。
「片方は男みたいだだけど…もう片方は、どっちなのかな」 的ハズレな返答がある。
「オバケの類い?」 だったら嫌だと言わんばかりだが、滲み出る興味は隠しきれていない。
「でも、二人はどっちも美形なんだってさ。会ってみたいなぁ…」
目を輝かせるその口調からは、その噂の真偽よりも、噂の当人たちにしか興味がないと言ったところだ。
「…あの」 カウンターの前に立っていたシンが苛々と口を開いた。「薬、できてるって呼び出されたんですけど」
会計係たちは患者様の言葉を受けて、慌てて業務に戻り始めた。
シンの前にやってきた長い髪の女は、愛想のいい笑顔で手早く白い紙の袋をまとめ始め、清算金額をさらりと述べる。簡易レジの液晶には、シンが保険証を持っていなかったせいか、あるいは他の理由なのか、待合でざわざわと自分の順を待っている患者たちが聞けばまさに耳を疑わん金額が提示されていた。
しかしシンは気にかけるふうもなく、無造作にポケットに突っ込んでいた紙幣を数えて出し、釣りの小銭と薬を詰め合わせた袋を受け取り、女たちから『おだいじに』と明るい声で見送られて会計を離れた。
何かが間違っているような気がしてならなかった。どうして怪我や病気で訪れている相手に、あそこまで笑顔と明るさを徹底するのか。
だからといって、同情的な調子で暗いセリフでも聞かされようものなら一部の患者は怒り出すかもしれない。病院ってのは難しいところだ──コーディネイターが故にそれほど大きな病気も怪我もしたことのないシンは、滅多に訪れることのないその建物から足早に立ち去ろうとした。
そこで、ふと。
ひとつのドアを通ると小さなエントランスがあり、その先にもうひとつ、本当に外へと通じるドアがある。そんな二重になっている玄関ドアの間に立っている、ひとりの青年がシンの目に入ってきた。肩まで伸ばした銀の髪が館内の照明を受けて、誰しも見惚れそうな美しい艶を放っている。何かの革だろうか、黒いなめらかな生地のコートに包まれた腕を組んでいる彼は、ひたすら仏頂面でどこかを睨みつけていた。
先ほど会計フロントの内部で話題の中心になっていたのは、この青年のことだろう。なるほど確かに遠目に見れば男だか女だか判らないほど整った外見をしている。しかしどこかで見た顔だ、シンは直感的にそう思った。
誰だっけ──。つい考え込んでしまって思わず眉をひそめたとき、視線に気付いたらしきその青年がシンの方を見た。
「おーいっ」 と、見当違いな方向から知らない声が聞こえた。
目が合ったのはほんの一瞬にすぎなかった。受付の方から連れと思しき男の声がかかると、その青年は瞬く間にシンから興味を失って小走りに駆けていく。
「どうだ、姫は」 銀のほうが返答を急くように問う。
「ダメ、ここもハズレ」 金のほうが肩を竦める。
そのあと二、三言交わすと、急に銀の方が膝を折って病院の床に右手を触れさせた。
眩暈を起こして崩れた……ようには到底見えないし、隣の男もそんな彼を助け起こす様子はない。
なんだありゃ。外へ出たところで少し様子を見ていたシンは、得体の知れぬ彼らに不審を抱く。だがふと、片手の薬の袋に視線を落とすと、彼らを見たせいで忘れていた大切なことを思い出し、それを両手で抱いて敷地外と走り出て行った。
NEXT..... (2004/12/04)