FATAL ASK  9.喪失

「シンッ、しっかりしろ、シン!」

 自分の心の声ではない声が耳から入ってきて、シンは不意に意識を、深い泥沼の底から現実へと引き戻された。目を開けようとした刹那の、頭の、背中のズキンとした痛みの理由がよくわからない。

「うっ」

 小さく呻きをもらしながらもシンは何とか目を開けた。焦点が整わないぼんやりとした視界の中で、目の前にいる相手の鮮やかな金色の髪が揺れる。

 あれ、あの子──?

「シン、大丈夫か」

 強すぎるインパクトのせいで、脳裏に、そしてまぶたの裏に焼きついていた少女の姿が、いやに低い声で馴れ馴れしい口を利く。違和感を覚えながら二度、三度とまばたきをすると、それはシンの見慣れた友人、レイ・ザ・バレルのものへと変わっていった。

「レイ…」 確かめるようにシンは呟く。

 シンは冷たい金属で作られた壁に背を預けて座り込んでいた。

 どうして自分がこうなっているのかを考えるうち、徐々に意識と記憶がはっきりしてきた。そうだ、ここはミネルバの艦内で、今は能力者の侵入者三名によって新型のMSが三機も奪取されてしまったあとだ。格納庫の壁がブチ破られたときに盛大な警報が鳴ったおかげか、どうやら一番に駆けつけたらしいこのレイが、シンをこの廊下まで引っ張ってきたようだ。

 とりあえずそこからの記憶が途切れているシンには、このレイに聞きたいことは山のようにあった。

「目立った外傷は打撲程度だ」 レイはてきぱきと言った。「動けるか」

「レイ、あいつらは?」 相手に手を引かれて立ち上がりながらシンは言った。「奪われたMSはっ? ヨウランとヴィーノはっ?」

「あの二人は問題ない、ブリッジで保護されている」 レイは言った。「そして、奴らはミネルバを突破後、マイウスの戦闘には目もくれず、アプリリウス方面へ向けて飛び去った」

「なんだって」

 さっと表情が青ざめるシンに、レイは頷くような、首を振るような一瞬の間を置いて目を伏せた。

「万が一にも、ミネルバの識別コードを持つあのMSによって、式典参列関係者の艦でも襲撃されたら大変なことになる。現在ミネルバはジュール隊とホーク隊に援護を受けながら、奪取されたMS三機追跡のためにマイウスを突破する作戦でいる。発見、捕捉次第、俺がレジェンドで出撃する手はずだ」

 そんな、そんなバカな──。シンはまさに自分の足元の床がガラガラと崩れる錯覚に見舞われた。思わずもう一度ぶっ倒れてしまいそうになるが、ここでそんな現実逃避をしている場合ではない。何はともあれ今の状況はよく判った、それならこのシンがとるべき行動は、現在のミネルバが行なっている作戦を支援することだけだ。

 くそ、あのときあんな娘に気を取られさえしなけれれば──。

 シンはまたハッとした。あの少女のことを思い出したのではない。あまりのことを知らされたせいで、一瞬とはいえ完全に、意識を失うその直前まで自分が何より気にかけていた、キラのことを思い出したのだ。

「レイッ」 慌ててシンはレイに掴みかかった。「キラは、キラはっ?」

 あんな姿で、まさか格納庫の大穴から宇宙に放り出されでもしたのかと、恐ろしい想像に身も凍りそうになりながらあたふたと廊下を見回すと、すこし離れたところに立っているその姿が視界に飛び込んできた。

 大丈夫、と言わんばかりに控えめな笑みを浮かべて見せたキラは、まるでマントのように真っ白い大きな布で身体をすっぽり包んでいた。そんなことをすると、背中にある角ばった盛り上がりが目立ってかえって異様だが、あんなホラー映画でも滅多に見られない奇怪なものが野ざらしにされているよりは、いくらかマシといえた。

 しかし、この艦に乗ったこともないキラが、ホイホイとあんなものの在り処を知っていたり、探し出せたりするわけがないじゃない。それなら、シンが気を失っている間に何があったのかを想像するのは容易なことだ。

 ……シンはレイを見た。つまりは、レイがキラにあれを差し出したのだと考えるのが一番自然なのだ。

「話はあとだ。ブリッジへ戻ろう」

 恐ろしい問題を後回しにされることほど、恐ろしいことはない。しかしシンには、このレイの言葉と表情が何よりも彼の心を軽くしてくれるものだった。レイはとてもおぞましいものを見たはずだ。一度見たら二度と見たくもないものを、あるいは一度見ることさえ一生無くていいと思えるようなものを。

 なのに彼は笑みさえ浮かべて見せてくれた。

 どんな裏側があるのかは考えたくない、心の中でどんなことを思ったのか想像したくない。だが、確かに『あったこと』を『なかったこと』にするのではなく、軽くその事実を『受け流した』レイの言動が、何よりもありがたかったのだ。

「…ああ」

 おかげでシンは、すぐに戦闘作戦中の緊張感を取り戻し、相手に頷いて応えることができた。



 格納庫が宇宙同然となってしまった今、ミネルバの艦内ではあちこちのシャッターが閉じて、普段通りの通行が不可能になっている。ブリッジへ向かうことができる最短のルートが完全に閉ざされた通路を、三人は大きく迂回しながら目的地へと向かっていた。

「超能力者の襲撃というものが、こんな場所で起こるとは、考えもしませんでした」

 道案内をするように先頭を進みながらレイは言った。肩越しの、その視線の先にはキラがいる。オーブの将校という立場上、本来ならば居住区などの確実な安全を確立できる場所に保護せねばならないところだが、今は彼を案内している時間そのものがもったいない。一緒のほうが絶対に安全を守れるし、後の責任はすべて、フェイスであるシンが取る、という形になっている。

「──うん」 キラは言った。「僕もまさか、超能力者が敵になるなんて、考えてもなかった」

 おれも一時期、あんたたちの敵だったんだけど──。そんなことを考えながら、一発で否定されそうだったからシンは何も言わなかった。

「あの子たちは、どうしてこんなことをしているんだろう」

 意外というより異様な言葉がキラから飛び出してきて、二人はぎょっとした。敵が敵対行動をすることに、どんな理由があるのかなんて普通は誰も考えないあえて理由を予測してつけるとすれば、敵は、敵だから敵対行動をする、それ以外の何でもない。たとえ相手が、自分たちとさして歳の違わない少年や少女であったとしても。

「そんなことをおっしゃっていては、ことが進みません」 レイが言った。

「うん…ごめん」

 決して厳しい調子で叱るのではなかったが、今のレイの言葉には、戦場には不要な同情に近いものを持ち出したキラへの、軽い批難がうかがえる。

 シンもそれはよく判っている。敵の感情や思考なんて考えてみるだけ無駄なことだ。むしろ考えればそれほどに相手を撃つことができなくなる。そんな考えを持つことは、軍人という職の者には致命的だ。撃たれる痛み、死の恐怖、相手が感じるであろうそんなものは解らなくていい。解ってしまったら、想像して動けなくなってしまったら、殺されるのは自分なのだ。

 へんなかんじ──。シンは思った。戦争なんて人間同士でしかできないのに、相手を人間と思ったら負け、だなんて──。

 しかしそんなシンの脳裏にも、ふと浮かぶ姿がある。あの少女だ。

『死にたくない、ステラ、死にたくないっ、死ぬの、こわいっ』

 ステラ──。彼女の声を思い出す。あの娘、ステラっていうんだよな──。

 死ぬのがこわい。誰だってそうだろうが、彼女のそれは誰よりも突飛していたように思える。だからといってあそこまで錯乱しては、身を守るどころかそのうちにパッパと死んでしまいそうだ。

 いつだったか、キラの能力を指して『死』というキーワードを持ち出されたことがあったが、かつての頃の姿と能力を取り戻した今のキラは、まさしくその名を冠するに相応しい存在といえる。見るからに直感力というのか、第六感に優れていそうなあの少女が、キラを一目見て『そのイメージ』に囚われたのだとすれば、あの錯乱にも納得できなくはない。

 戦争孤児──。シンの頭に直感的に浮かんだのはそんな言葉だった。彼女は戦争によって家族を失って、自分自身もひどく恐ろしいめに遭ったのではないか。そのときの記憶はある程度薄れたとしても、そのときに受けた強烈な『死の恐怖』へのインパクトが、今もなお、ああして彼女の心を縛り付けているのではないか。

 そんな娘が、どうして人を殺したり死体を見たり、そんなことが──。

「あの子たち、どこか大きな組織に所属してるんだろうね?」

 キラの言葉で、だんだんと苛立ち始めていたシンの意識が現実に戻った。

 レイとキラの会話はまだ続いている。

「恐らくは」 レイは答えた。「ただの少年少女が、いくら超能力を持っていたとしても、軍事施設を襲ってMSを奪取しようなどとは、思いついたとしても実行することはできないでしょう。それなら、彼らが奪ったMSを受け入れることができる施設を持つ──いえ、あるいはそれらを『有効に活用』できるだけの力を持った組織に所属しての行動と考えるのが妥当です」

 シンの横を走るキラの表情が、ぐっと痛みを堪えるように歪む。

「ラクスの襲撃も、マイウスの異変も、このMS奪取も、全部あの子たちがやったことだとしたら…」

「あなたは仮定にしておきたいでしょうが、ここまでくれば確信的です」 レイはすっぱりと言った。

「キラ、おれもそう思います」 シンは言った。「見たでしょ? あの三機のMS、パイロットも乗ってないのに勝手に起動して、あの三人をコクピットに引き込んだんですよ。あいつら、多分ですけど『おれたち』にはない、もっと違った進化をしてて、おれたちじゃ考え付かないような能力を獲得してるんじゃないでしょうか」

 キラは答えない。ただ、ただ身体のどこかに抱えた病巣への苦悶を必死に押し隠した顔をして、シンに並んで走るだけだ。

 本当ならキラを不安にさせるような、キラを苦しめるようなことは言いたくない。しかしこれだけの状況を見せ付けられながらこの確信的な意見を言わないというのは、すでに重大な逃避に値する。シンは自分の発言に後悔じみた感情を抱きながらも、間違ったことを言ったつもりはなかった。

 自分たちにはない進化。シンやキラが『魅了』という能力によって人の心を支配できるのと同じように、MSのOSを自在に操るような、『機械を支配する能力』がいきなり突然変異的に発現することも考え得る。キラの能力が段違い的に弱まっていたこの一年間、自己愛の強い『闇』たちが、自己保護のために新しい進化の可能性を発芽させたのかもしれない。

 よく考えみると、この仮説を否定するほうがおかしい。『闇』は自らの維持のため、今までとは違う方向に、より人間たちを惹き付けることができそうな能力を目覚めさせる進化を始めたのだ。きっと。

 ゴゴンッ。突然廊下がひどく揺れた。ミネルバそのものが大きく揺るがされたに違いない、走っていた三人はあわやまとめてすっ転ぶところでそれぞれにバランスを取り戻して難を逃れた。

「なんだっ」 シンが慌てた。

「攻撃を受けたらしいな。やはりマイウス宙域から脱すること自体不可能なのか…」

 忌々しげに、見えない何かを見ようとするようにレイが天井を仰ぐ。

「マイウス宙域から出られなかったら、あの三機はどうなるんだよっ」 シンは焦った。「もしこのままアプリリウスに何かありでもしたらっ」

「ここはまだ、マイウスなの?」

 いきなり口を挟んだのはキラだ。壁に手をついたかっこうでシンとレイの二人に視線を送っている。

「奪取された三機を追うにしても、この宙域をうろついているのはフェイスの部隊です」 レイは不服げに言った。「簡単に脱出できるものではないでしょう」

 その返答を聞いてキラは押し黙った。口元に手をあてて視線をうろつかせている。それはさっきまでの、あまりの現実を直視しきれない苦痛に満ちた表情とは違う、何か確実なことを考えているそれだ。

 本来ならこの状況では、今すぐにでもシンとレイが最終兵器よろしく出撃させられて当然、いや、出撃しなければならないところなのだが。

「お願い」 キラは言った。「僕をミネルバのブリッジに入らせて」

『は?』

 シンとレイ、二人の声が見事に重なった。いくら友好国とはいえ、軍事的な部分に他国の者を進入させるなど言語道断のこの世の中で、キラはいきなりそれを引っくり返す発言をしたのだから。シンもレイも、このキラをブリッジに入れたところで、あるいは搭載しているMSを貸し出したりしたところで何の問題にもならないことこそ知ってはいる、いるが、そういう話ではない。

 オーブとプラントだけの話ですむなら、デュランダルに口を利いてもらえばすぐに消える話だが、今の事態の中では、いったい誰に知れるか想像もつかない。この宙域へ偵察に来ているであろう連合の何者かに知れでもしたら一発で国際問題になってしまう。

 さて、どうしたものか──。

「…ヤマト准将」 レイが言った。「あなたには、この騒ぎを鎮める案がおありで?」

「うん」 キラは真面目な顔をして頷いた。「必ず、このマイウスの周りを黙らせてみせるよ」

 と、レイがいきなりシンのほうを向いた。ナニゴトかと思いきや、レイはビシッと敬礼を見せて言った。

「アスカ隊長。自分は、ヤマト准将の提案に応ずるべきと進言致します」

 ぎょっとすると同時にシンは状況を理解した。キラの提案が軍法に反しかねない──いや、明らかに反するものと解っているこの場合、全責任はフェイスのシンにのしかかる。最終的な結論を下すのはフェイス部隊の上層デュランダルだが、今この場の決定権はシンにあるのだ。

 デュランダルがこの場にいたら何と言うか、なんとなくだが想像はつく。それならばシンが言うべき言葉はひとつだけだ。

「──許可する」 シンはそれだけを厳かに言った。「……ってワケで、急ぎましょうっ」

 頭の中に入っている見取り図の中では、もはやブリッジは目の鼻の先だ。シンが踵を返すと、レイとキラがあとに続いた。

 ズン、ズズン、とミネルバ全体にかかる衝撃が止むことはない、このまま黙っていてはこの艦まで落ちてしまう。天下をとれるとまで言われたジュール隊に、今後の期待をかけられたホーク隊を動員しているというのに、こんなにも長いこと戦局が安定しないなんて絶対おかしい、シンは、祭りの最後に見たルナマリアの笑顔を思い出しながら廊下を風のように駆け抜けた。

 最後の曲がり角。厳重なシャッターにも見える大きなドア。その先が目的のブリッジだ。扉が開くと、明るい廊下とは対照的に薄暗い、視界いっぱいに広がった宇宙空間があった。

「レイ、シン!」

 艦長席に座っていた白い制服を着た女、タリア・グラディスが振り向いた。そして目的の二人に、プラスして余計な人物が混じっているのを見ると驚いて表情を崩す。

 管制と防衛に努めていた者たちも、普段は整備士ながら管制に協力していたヴィーノたちも、それぞれに新たな参入者を見て驚く。はじめシンは、皆が何故驚いているのかが判らなかった。というか、オーブ将校であるキラがいることに驚いているのだと思った。

 ──あっ。シンは不意に我に返った。皆が驚いているのは他でもない、キラ本人のこともあるが、何よりも彼の背中にある奇怪な盛り上がりだ。白い布で隠されていても、それが何なのかということに、皆は興味を隠せないでいる。

「艦長、話はのちほど」 真っ先にレイが前に出た。「今は、ヤマト准将の提案を聞いて頂きたいのです」

「なんですって?」 グラディスの眉が訝しげに寄る。

「彼には、このマイウスの戦闘を鎮める手立てがあります」

 レイが続けた言葉にブリッジ全体がざわめいた。その間にも目の前の空間には、無数のMSが行ったりきたり、あるいは攻撃しあるいは撃ち落とされたりしている。つい今、至近距離からミネルバに攻撃を仕掛けようとした機体が、割り込んできたインパルスのビームソードによって斬り捨てられた。

『戦局、依然混乱中!』 ブリッジにルナマリアの声が響いた。『ウチの隊員の中にも、音信が途切れるなり寝返る機体が出てきてるわっ! ウチがそうならジュール隊もっ…これっ、どうなってんのよ!』

 状況は圧倒的に最悪な方面に向かっていた。放っておけば確実に全滅で終わる。このまま戦い続けることに何の意味があるのかわからないのに、戦わなければ被害が拡大するばかりか、間近のプラント群にどんな攻撃の手が及ぶか想像もできない。……いや、したくもない。

 一刻を争っているのに、それが何のためなのかわからない。敵が何をしたいのか、それがどうしても掴めない。

「グラディスさん、席を貸してくれますか?」

 艦長の決定を待たずにキラが一歩踏み出した。

「ちょ、待ちなさい」 さすがにグラディスは動揺した。「あなたにいったい何ができると──」

「このまま黙っていたら、今以上に人が死ぬんです。──お願いします」

 ざわめいていたブリッジが静まり返った。当のグラディス本人も立ち上がってキラのほうを向いたきり、もう一言も発することができない。怒りでもない、苛立ちでもない、無理にあらわすとすれば感情を伴わない重圧、彼の言葉は絶対でどんな反論も許されることはない──誰しもにそれを脳髄の奥にまで刻むことができるプレッシャーを含んだ声だった。

 傍にいたシンが、自分が言われたわけでもないのに一歩後退してしまい、レイも、驚いたというより異様なものを見たように固まってしまう。グラディスもまた、数秒の沈黙をおいて我に返ると、今の今まで止めていたらしい呼吸を大きな溜息にして吐き出した。

「そうですわね…あなたがここに来たということは、シンが──アスカ隊長が許可したということですものね。──どうぞ」

 グラディスが一歩退いたそこにキラが歩み寄る。しかしキラの目的はそこに着くことではなく、肘掛に設置されている通信用の小さな受話器だった。

 キラはその周辺をひとしきり眺め回してから、クルーたちのほうを振り向いた。

「すいません、この宙域にいる全戦艦と、全MSに繋ぐことができる回線って、ありますか?」

 いきなり話しかけられた一同がたじろぐ。

 ここでキラの助けにならないで、いつなるってんだ──。シンは呆けていた自分を何とか取り直すと、キラへ近付いていった。その様子に続くように、レイもまた。

「レイ」 シンは同僚に言った。「キラに教えてやってくれ」

「現在ヴェステンフルス隊のMSは、故意か事故か、通信回線が遮断された状態です」 レイは言った。「ですがひとつだけ、どんな通信回路にも確実に繋ぐことができる回線があります」

「有効範囲はどのくらい?」 キラが尋ねた。

「少なくとも、この戦闘宙域全体に届くはずです。──艦長、使えますか?」

「アーサー、アビー」 グラディスが言った。「言う通りにしてあげて」

『はいっ』

 男の声と女の声が同時に答える。メイリンの席に座っていた女の通信士が、てきぱきとした動きで次々に通信回線を開いていく。

「緊急通信用も含め、全通信回線、開きました」

「国際救難チャンネル、準備できました。いつでもいけます」

 通信士と副艦長の言葉を合図に、艦長席の前へとキラが歩み出て行った。まっすぐに宇宙の闇の中で起こるあちこちの爆発を見つめて、やがてスッと目を閉じる。いったいこのキラが何をするつもりなのか、クルーたちが興味の眼差しで見つめる中、ふとキラの身体がぼんやりと光った。

 いつか見たことがあるそれに似た白い光にシンが驚いたのも束の間だ。彼がまとった白い布の中身が大きく盛り上がって広がる。何を思うとも知れないキラの手を離れたそれは、ハラリと床の上へと落ちていった。

 クルーたちが息をのみ、アッとあげるその声が死刑宣告のように聞こえて仕方がない。バインダーが背に展開されたということは、それだけキラが能力を使うことに集中している証拠である。だが今、この場で公開処刑さながらに皆の目にさらすなんて考えられなかったシンからすれば、何でそんな造りになってるんだと文句を言いたくなってくる。

 キラは目を開いた。ここ一年間一度とて見ることのなかった、その身に宿る深淵の『闇』を凝縮した黒き宝珠を宿す瞳で戦場を見つめ、そして。


「みんな」 彼は静かに言った。「僕の声を、きいて」


 うるさいくらいの爆発が、止んだ。

 遠くに見ることができた色とりどりのビーム砲撃も、MSのバーニアの白い火も、何もかもがすべて止まった。宇宙は星の姿を取り戻し、深い闇の色に戻っていく。

 クルーたちも、グラディスも、レイも、シンもまた唖然とした。一瞬前までの血みどろの戦いが全部止まったのだ。どうやらすべての機能が正常に動いているのはミネルバだけのようだった。

『イ、インパルス、機能停止』 再びルナマリアの声がした。『同時にマイウス宙域での戦闘も完全に沈黙……ど、どうなってるの、コレ…?』

「今のうちです、グラディスさん」 キラが振り向いて言った。「本国から応援を呼んで、みんなを回収させてください。はやく、奪取された三機を追わないと──」

 ピーッ、ピーッ、ピーッ。キラの言葉を遮って通信が入った。響いた電子音は、ミネルバに属さない隊の機体からの入電を示すものだ。

『こちらヴェステンフルス隊隊長、ハイネ・ヴェステンフルス。至急報告したいことがある、応じてくれ!』

 まだ若い男の声がブリッジに響くと、再びブリッジがザワリと騒いだ。つい先ほどまで敵であった部隊の親玉からの入電があったのだから驚くのも無理はない。

「こちらミネルバ艦長タリア・グラディスです」 素早くグラディスが応じる。「……あなたは、正常なの?」

『問題ない』 男はさらりと答えた。『ウチの部隊がアレコレやっちゃって申し訳ないって話だったら、あとでたっぷりさせてもらうからさ。とりあえず、聞いてくれるか?』

「わかりました。報告を聞きます」

『ゴンドワナよりミネルバに通達。──機体に重大なダメージを受けた貴艦に、これ以上の進撃は許可できない。修復及び状況報告のため、一時当方にて身柄をお預かりする──とのことだ』

「そんなっ」 シンは思わず声をあげた。「あいつらはフツーの連中に追える連中じゃないんだぞっ」

『……あと、ミネルバへの当機の着艦許可を』 シンの言葉を解するような間を置いて、男は更に続けた。『とっとと下ろしたい荷物があるんでね』

「え? 荷物?」

『荷物とは何だ、俺にだってMSがあれば…っ』

 グラディスがきょとんとするなり、通信に余計な声が混じる。それを聞いたシンとキラの表情が崩れた。

「ア、アスランッ?」 思わずキラが大きな声をあげた。

『キラッ?』 まるで害虫を発見したように、驚いた声が機器の向こうから返ってくる。『なんでおまえがそこにいるんだ、そこはミネルバなんだろうっ? ──って、まさかこの計器異常……! ……ああ、もう、おまえなぁっ…!』

 今まさにアスランは泣き出してしまいそうな情けない声をあげた。これで顔をあわせた途端、アスランからの怒涛の説教が飛んでくるのは間違いない。キラは今のうちに艦を降りるか、そうでなければ腹を括ったほうがいいだろう。

 お互いに、まさかこんなところに相手がいるはずはないと思っていたに違いない。だからこそ上げた声は大きく、驚愕に満ちていた。グラディスがタンホイザーなどの起動に至る命令を受けていなくて本当に良かったと、キラは心の底からそう思っているに違いない。

『ミネルバ、早く着艦許可をっ』 キラがいると判るなり、今度はアスランがそれを求める。

 思わずグラディスが頭を抱えるのを、キラは申し訳ない気持ちで横目に見た。

「……許可します」 彼女は苦しそうに言った。「今はとにかく、ゴンドワナへ向かってちょうだい……」






                                         NEXT.....(2006/04/23)