FATAL ASK 10.収拾
「目標を完全にロスト……どこにも、見当たりません」
最初は誰も、その言葉の意味を理解できなかった。
場所は空母ゴンドワナの管制室。ベースボールスタジアムだってこんなにも広くないほどの特大ホールがそこにあたる。イレギュラー要素を積みすぎてどうしようもなくなり、結局ここへ収容されることになったミネルバの艦長グラディスと、部隊の半数以上を失って帰投するはめになったジュール隊隊長イザークの二人に足して、シンがいる。
「どういうことなの?」 グラディスが言った。
「どういうこともこういうことも…」 オペレーターはお決まりの文句で返答した。「ミネルバから奪取された三機の反応がセンサーから消えました……マイウス宙域での大規模な計器異常の後、アプリリウス方向へ飛び去ったという報告もありまして……近辺の駐在部隊にも捜索させているのですが…」
どうしても語尾が濁る。『敵を見失いました』などという報告で語尾を強められる者がいるなら、ぜひ頭をぶっ叩いてやりたいものだ──そんなことを思いながらシンは大きなモニターディスプレイを見上げた。
友軍部隊の反応を示す点がそこかしこに散らばっているが、その中に奪取された三機のコード『カオス』、『ガイア』、『アビス』はどこにも見当たらない。子供のかくれんぼではないのだから、デブリの陰に隠れたって簡単に見つけ出されるこの最新鋭のセンサーが監視する空間の中で、本当に彼らはパッタリと消え去ってしまったのだ。
テレポートか──。真っ先に思いついたのはその可能性だった。だが、『人』の身体から考えると巨大という表現をとるしかないMSごと空間転移ができるという話は聞いたことがない。キラならできるかもしれないが、かつてオーブで行なわれた実験では、そんなことまで調べる必要はないだろうということで、その確認はされなかったと聞く。
「最高評議会は何と言っている?」
イザークが尋ねると、オペレーターはハイッと返事をして、慌てて手元の小さなモニターを見た。
「──目標消失の報告後、返答はなし。現在の判断は保留されています。警戒態勢解除の指令がない限り、ゴンドワナと所属部隊は、引き続き近辺の警戒を続けることになります」
その言葉に誘われるようにグラディスもモニターを覗き込むが、そこには『現状を維持』との短い指令文があるだけで、ミネルバに対する指令も、ヴェステンフルス隊への事情聴取の予定も、何も書かれていない。
彼女は大きく溜息を吐いた。
「応急の修復作業が始まっていることも含め、ミネルバはこれより、評議会の指示があるまでクルー全員をコンドワナ内で待機させます。…本当ならウチの所属機が奪取されたのならウチが取り戻しに出たいところだけど…ホーク隊も帰投機はわずかに三機……これじゃ死にに行けっていうようなものだしね」
ミネルバはホーク隊として十機ほどのMSを保有していたものの、数名のパイロットを射殺された上、出て行った者らもロクに戻らなかった。これでまだ出撃しろという上司がいるなら、おまえが行けと罵声が飛ぶに違いない。
だが、これは決して敵が強かったというだけではない。原因不明の音信不通後、寝返る機体があらわれている──ルナマリアが報告してきたその言葉を思い出し、シンは苛立った。
敵は何らかの方法で、有人のはずのMSから自由を奪った上、それらを自分の手駒のように動かしてみせたのだ。そうして、あの味方同士の殺し合いは展開された。敵は遠いところから自分の手を汚すことなく、能力を使用するという形で相手の戦局を混乱させ、とっととトンズラしてしまったのだ。
許せない──。シンはギュッと拳を握った。キラをあんな姿にしたばかりか、またおれの目の前で、こんなひどいことをよくも平然と──。
「ジュール隊も、俺を含めて十機が帰投したのみだ」 イザークが苦々しく言った。「クソ、いったいマイウスで何が起こったというんだっ。アスランからの報告は、まだまとまらないのかっ」
「ジュール隊長、その件なのですが」
と、急にグラディスに口を挟まれて、イザークが振り向く。苛立っていたらしいのは顔つきで判るが、彼女はそんな相手の様子に驚いたふうもなく、比較的穏やかな口調を選んで言った。
「現在ミネルバ艦内で、キラ・ヤマト准将をお預かりしております」
あっ。シンはその事実を思い出した。イザークに会ったら早く伝えなければと思いながら、目標喪失の報告に驚いて忘れていた。
「なんだとっ!」 キラの名を出されてイザークの顔色が一気に変わる。「今も艦内にいらっしゃるのかっ?」
「はい」 グラディスは答える。「評議会からの指示を待って待遇を決定しようとしたのですが……この状況では、それも延び延びになってしまいそうですし。式典では准将の身辺警護をなさっていたようですから、ミネルバはジュール隊に、准将の保護をお任せしますわ。──アスカ隊長、ご案内をお願いしてよろしいかしら?」
「えっ」
いきなり話を振られてシンが驚く。本当なら、いつも通りシンでいいです、などと言い出してしまうところだが、この場でその発言は決して適切ではない。ここは空母の管制室、自分はフェイス所属、そして相手は自分より格下の隊長格、『軍』という属性を強く持つこの空間では、タメ口を利けなどと言うほうがおかしいのだ。
「わかりました」 シンは言った。「こっちです」
踵を返すシンのあとにイザークが続く。二人は薄暗く緊迫した大ホールから廊下へと出ていった。管制室とは打って変わって、白い照明に照らされたそこは別世界のような静けさに包まれている。
「何故、姫がミネルバにいるんだ」
第一声、イザークが言った。頭の切り替えが早いというより、最初からシンのことを上司と認識していない素振りだ。だがシンはそんな彼の態度に、不快感などカケラも感じなかった。むしろそのほうが落ち着くし、ラクでいい。根っから軍属という位置づけに向いていない人間、それがシンという少年だった。
「おれに聞かないでくださいよ」 シンは言った。「おれだってビックリしてるんです。キラはアプリリウスタワーにいたはずだったのに、いなくなってて……なのに、いきなりミネルバに出てきて」
「アスランのヤツ、姫に余計なことを言ったんじゃないだろうな…」
イザークの目つきが鋭くなる。アスランは今のうちに逃げたほうがいいかもしれない。
「キラは別に、アスランのことには一言も触れませんでしたよ」 弁護をするようにシンは言った。「あのひとから何か聞いたとか、そういうことは」
ともかくこれからキラに会って、確かめなければならないことが山のようにある。ヴェステンフルス隊隊長ハイネとともにマイウスの異変に関する報告を行なっているはずのアスランも、ことが済めばキラのもとへ飛んでくるだろう。
ああ、そうだ──。シンは、思い出したくないことを思い出した。このイザークに伝えておかねばならない、大切なことを。
「…覚悟」 シンは言った。「したほうがいいですよ」
「──わかっている」
え、とシンは相手を振り向いた。思わぬ返答に思わず立ち止まってしまったシンの横を、イザークは構わず通り過ぎていく。案内、とは言ったが、イザークはミネルバが収容された位置をすでに知っていた。
「わ、わかってるって、なにを」 シンは慌てて言った。
「姫はすでに、一年前以上の能力を取り戻しているのだろう」 イザークはシンの先を進みながら言った。「あの頃の、姿も」
放たれる言葉に、シンは答えることができなかった。
なんで判るんだ、そんなこと──。
「あの計器異常を見ればすぐに判るだろうが」 イザークは当たり前のことのように言った。「あんなことは姫にしかできん。だが、能力が弱まった姫にできることではない。それが『できた』ということは、『そういうこと』なんだろう」
別の意味ですでに言葉が出ない。それを判っていて、しかし迷いのない足取りで彼に会いに行こうとするイザークの心境を、シンには察することさえできなかった。
こわくはないのか。知っている者が知らない姿へと変貌してしまっていることを知って、それを今から見せられようとしているのに。キラはキラだ、そんなことは判っているのに、それでも恐ろしいと感じる自分の脳が憎いくらいの葛藤を、彼はしていないのだろうか。
アスランでさえ、キラの姿を見た瞬間、すべての動きが止まったのに。
彼は目をいっぱいに見開いてわなわなと震え、恐る恐るキラに近付いた。そして目の前の現実が決して悪夢などという生易しいものではないことを悟ると、キラの手を力いっぱい握り締め、泣いたのだ。
『すまない。すまない、キラ。──すまなかった』
その言葉に触発されるようにキラも泣いた。崩れたアスランの背を抱きしめて、何も言わず彼が落ち着くまで、ずっと傍にいた。
そんな彼らの姿に、最初こそ興味と好奇の目でキラを見ていたミネルバのクルーたちも黙らざるを得なかった。彼らの間にある、決して自分たちには理解できない深い何かを察した者たちは、そんなことも知らず好き勝手なことを囁き合って、陰ながらに彼らを傷つけていた自分たちを悔いたのだ。
レイのようにさらりと受け容れてしまうことはできなかったが、グラディスも、シンの友人たちも、キラのあの姿のことはひとまず見なかったことにする、決して他言はしないと決定した。能力者からすれば納得しがたいものではあったが、それが普通の人間にできる、超能力者への精一杯の譲歩であった。
ルナマリアとは、その話し合いをしたときに集団の中でまみえただけで、口を利いていない。花火大会の夜、シンが危惧したことがまさに今起こっている。あの瞬間からもう何日も経過しているような気がしてならなかったが、まだ一日と経っていない。
シンはルナマリアに会いに行く気になれなかった。
──彼女に会うのが、こわかった。
ゴンドワナの奥に位置する居住区には、保護した重要人物やら監査に訪れる高位の人間のために用意された立派な部屋がいくつかある。そんな、ここが空母内部だということも忘れさせるこぎれいな部屋に設置された、大きなテレビの中にいるデュランダルが重々しく口を開いた。
『さて、互いに報告したいことも多いと思うが、まずは私から、君たちに伝えたいことがある。聞いてくれ』
テレビの前に揃ったのはキラにアスラン、イザークとシン、そしてこのたびの新参者ハイネ。一同はそれぞれにソファやら机の上やら、思い思いの場所に身を落ち着けて、自分たちのブレインの言葉に耳を傾ける。
『ラクス・クラインとなる条件を満たす女性が見つかった』
デュランダルの言葉に一同がハッと息をのむ。
『キラ君。君にはアプリリウス近辺の状況が落ち着き次第、こちらへ戻ってもらいたい』
「え?」
いきなり言われたキラが首を傾げる。もちろん最終的にはアプリリウスに戻らねばならないわけだが、改めてそれを発言する必要は、今はないはずだ。
『彼女にはすでに、ある程度の講義を終えている。だが…ラクスを襲った襲撃者が能力者であったことを考えると、これから「ラクス・クライン」を任せる者に、何の力も与えないわけにはいかないのだよ。……無論、ラクスが能力者でありながらも、討たれてしまった事実もあるが…』
「──いえ、わかります」 キラは言った。「そうしたほうがいいのは…僕も、思ってました。戻ったら、すぐにでも」
『ありがとう』 デュランダルは頷いた。『彼女からは、自らが超能力者になることへの承諾も得ておいた。彼女の名はミーア・キャンベルという。──よろしく頼む』
「ミーア…」 キラは呟いた。「…きれいな、名前ですね」
「では、次は私とハイネから報告したいことがあります」
アスランがハイと手をあげた。デュランダルが教師のように、ではアスラン君、と発言を促す。アスランは近くに立っていたハイネと視線を交わして頷きあった。どうやらマイウスで合流してからミネルバに着艦するまでの間、同じMSのコクピットで二人一緒に過ごしたせいか、随分と打ち解けている様子だ。
アスランは言った。
「イザーク・ジュールよりマイウスラボの異変の報告を受け、私は単独で現地へ赴きましたが、そこで、今回の混乱の首謀者と思われる能力者を三名、確認しました。彼らによってラボの研究員は全滅、それから……奇怪な怪物の姿も確認しています。『影』に似ていましたが…私は──」
「あっ、それっ!」
アスランの言葉に割り込んだのはシンだった。何事かと一同の視線がシンに注がれる。
「おれも首謀者っぽい三人、見ました。二人の男と、女の子がひとり。ミネルバに乗り込んできて、あの三機を奪取していったんですっ」
「女?」 訝しげにアスランが言った。「俺が見たのは三人とも男だった。俺たちと…いや、シンと同じくらいの歳の子供が二人と、もうひとり……ヘンな、黒い男だ」
『黒い男?』
今度はキラとデュランダルの声が見事に重なった。
『黒い男というのは…』 先に続けたのはデュランダルだった。『黒い服に、黒い髪の? キラ君に、似た…?』
「……はい」 何の否定もせずにアスランは頷いた。「その男、ラボのコンピュータに細工をしたようでした。詳細は、これから捜索が入れば明らかになるとは思いますが……彼が姿を消すと同時に、首謀者らしき二人の少年に襲われました。そのまま、あの異変に見舞われ…」
アスランはちらりとハイネを見やった。二人が視線を交わす、発言者交代の合図だ。
「幸い、アスラン・ザラが能力を活用したおかげで、私のMSまでが被害を受けることはありませんでした」 ハイネは言った。「アスランが見たというその男、自分は確認しておりません」
「彼、すごい力を持ってた…」 キラが独り言のような言葉を放った。「それから、アスランが見たっていう化物、僕も見たよ。そいつらに襲われたとき、…彼に、助けてもらったんだ」
「どういうことだ…」 イザークが皆の顔を見回した。「アスランが見たその男は敵で、しかし姫を助けただと? 議長、あなたが会われたその男は、どういう…?」
デュランダルはわずかに沈黙を置いた。何を言うべきかと思案するように見えるその間を経て、彼は顔の前で軽く手を組んだ。
『私にも、その男の真意ははかりかねる。何のつもりで私たちの前に姿を現しているのか判らない……実は、ミーアをマイノリティ化するという案を出したのは、彼なのだ』
「えっ」
とんでもない言葉を聞かされた一同が驚愕をあらわにする。しかし誰からといわず文句が飛んでくる前に、デュランダルは続けて口を開いた。
『だが、私もナルホドと思うのだよ。先ほどキラ君に説明した通り、犯人らしき数名の能力者たちは、ラクスが能力者であることを知っていて彼女を襲った。ならばミーアに「ラクス」を任せるためには、ミーアにもまた能力者として力を持たせる必要があるのだよ。彼がそれを言い出さずとも、私はこの結論に至っていたと思う。──そこは、わかってくれ』
誰も、何も言わなかった。無言の肯定というやつだ。
そんな中で、ふとキラが顔をあげた。
「その黒い男……彼も、かなり強い能力者だった。けど僕は、彼からは敵意なんてものは全然感じなかったよ。僕を攻撃してくる素振りもなかったんだ。もしかしたら彼は、アスランやシンが見たっていう首謀者たちとは、関係の無い人なのかもしれない」
「その考えは甘くないか?」 イザークが眉を寄せた。「そいつは議長に近付き、俺たちのこれからの方針に使える提案をした。そして姫を敵と思しき者の手からも救った。しかしアスランの前に現れたその男は、首謀者どもとツルんで、マイウスの異変に加担と見られる行動を起こしたんだろう」
『議長ッ』
デュランダルのいるモニターの中で、また違う声がした。間を置かず映像の中にカガリの姿が現れた。手には数枚の書類を持っている。
『マイウスラボの検証結果が出たぞ。これをっ』
言いながらデュランダルに書類を差し出す彼女の仕草は、言葉遣いさえもっときちんとしていればまるで秘書だ。カガリは相手に渡すものを渡してしまうと、画面の向こうの者たちに笑みを浮かべ、軽く手を振ってみせた。
『──アスラン君』 書類に目を通したデュランダルが顔を上げる。『黒い男は、ラボのコンピュータに細工をした、と言ったね?』
「はい」 アスランは答えた。
『ラボのコンピュータからは、すべてのデータが削除されていた』
室内で、誰かが息をのむ音が聞こえた。
『プロテクトをかけてあった重要データも、これまでの実験結果も、何もかもだ。コンピュータは完全にフォーマットされた状態だったそうだよ』
全員が沈黙した。何を言えばいいのか判らないのではない。一同はそれぞれに、自分が次に放つべき言葉を思案している。たった今デュランダルから渡された手がかりをもとに、自分の推測を言葉にしようとしているのだ。
そんな中、アスランはハッとした。ラボの中で少年たちに襲われたあと、あの不器用にも程があるテレパシーでの会話にあった言葉。そのときの状況、それらを何とか鮮明に思い出そうとする。
侵入者とは、オレのことではない──オレの目的はすでに果たされた──。
その言葉が、データの削除を示すのだとしたら。
もうここに長居しても意味は無い──ここは落とせなかった──。
そのあとに現れた少年たちの言葉は、どうしても不自然だ。あの男とグルで彼と同じくデータの抹消を目的にラボへ侵入したのなら、彼と一緒に消えてしまえばいいだけだ。わざわざアスランの前に姿を見せたり、銃撃戦を展開する必要はまったくない。
何よりも、男が消えたあとの、あの長すぎる沈黙が意味するものは?
敵だというのなら、何故あの男は即座にアスランを攻撃しなかったのか?
「彼は、──敵じゃない」
断言の言葉を強い調子で言ったのは、意外にもキラだった。警戒に警戒を重ね、どうしてもその男を敵として思いこもうとしていた一同が固まってキラを見る。
「やっぱり彼は、この件の首謀者とは無関係だ」 キラは続けた。「この件に、彼なりの関わり方をしているのは確かだけど、それでも僕たちの敵になるつもりは、きっと彼にはない」
「なんで…」 シンが言った。「なんでそんなに?」
そいつをかばおうとするんですか──? シンがあえて口にしなかった感情を含む言葉は、そこにいる全員の心の中に聞こえたかもしれない。
「なんと、なく」 キラは少し小さく言った。「彼は、すごく僕に近い存在だと思うんだ…すごく、僕に似たひと…だから、わかる」
デュランダルとアスランは重い表情で沈黙を置いた。キラが何を言っているのか判らないのではなく、判りすぎるせいで。
あの男を見た一瞬、その姿は確かにキラのものに見えた。長い黒髪は濃いブラウンのそれに、すらりとした身体はすこし小さく、浅黒い肌はそのままなのに、しかしキラのそれよりも遥かに深い色をした瞳が二つにダブッて見えたのだ。
今はまったく納得できない顔をしているイザークとシンも、直に彼に会えばきっと判るようになる。だがこの感覚がマイノリティであるが故のものであれば、今はマイノリティではないイザークには判らないかもしれないが。
アスランは緊張に近く固まっていた自分の身体から、大きく息を吐き出して口を開いた。
「あの男がもしも、キラの言うように『自分なりの関わり方』をしているのだとすれば、また俺たちの前に姿を見せる可能性は高いな」
『恐らくはな…』
画面の中でデュランダルが重く言った。
どこの組織に所属するとも知れないとはいえ、ミネルバから三機のMSを強奪したのが能力者である以上、奪還のためにはザフトも能力者を投入するより他にない。だがこんなことを正規軍に任せれば、あっという間にマイウス以上の被害を出す壊滅は免れない。そうなると、奪還への作戦にはシンやハイネなど、キラに関わる者が指揮をとることになるだろう。
そしてそのとき、再びその男が現れるかもしれない──。
と、気を取り直したらしいデュランダルが顔を上げた。
『最高評議会はこれより、マイウス宙域の異変対象となったMSを回収し、検証を開始しようと思う。これだけ騒がれてしまってはメディアに情報操作をするのも難しいだろう……忙しくなりそうだな。キラ君には頃合を見てこちらから迎えのシャトルを出そう。それまでの身辺警護はジュール隊長に一任する』
は、と返事をしてイザークが立ち上がり、敬礼をした。何一つ判らないままではあるが、ある程度の報告が済んで話がまとまる方面に向き始めると、アスランもシンも大きく息を吐いて身体の力を抜いた。一段落がついたというより、むしろこれから始まるであろう大変な日々のことに思いを馳せているのだとすれば、その目つきがやけに遠いのは仕方がないのかもしれない。
『シン』
「は、はいっ?」
堅苦しい空気から開放されてホッとした束の間、シンは、デュランダルの呼びかけを受けてハッとした。
『君には、どさくさのうちに軍役復帰させてしまって…すまないな』
予想外の言葉が飛んできた。シンは、自分がそれほど気にもかけていなかったことを考慮して発言した相手の、すこし優しい表情を見上げた。
「いえ、そんな」 シンは言った。「まだちょっと実感はないんですけど…でも、こんな状況になってまで『名誉軍人』でノンビリしてるワケにはいきませんから。ってゆーか、『名誉』なんて言われることしてないし。おれだって一応は能力者なんで…おれのことも頭数に考えといてくれるんだったら、まあ、できることはします」
責任からも緊張からも、ついでに礼儀からも縁遠い言葉ではあったが、それがシンに言える精一杯だった。
「姫を素手で殴り飛ばせるヤツが、一応とはよく言うものだ」 イザークが肩を竦めた。「貴様はこれから、大いにザフトで働いてもらうことになる。今からそのつもりでいることだな」
「まあまあ、議長からすれば、シンは一番頼れる存在かもしれないぞ」 アスランがフォローした。「能力も強いし、理解もある。おまけにフェイスだから、いざというとき部隊の中で自分の代役も頼めるわけだしな。──ねぇ、議長?」
『…まあ、そういうことにしておくかな?』 デュランダルが苦笑いを浮かべる。
「ぜんぜんフォローになってない気がするんですけど」 シンは呆れて言った。
「そんじゃ」
言って、すっと立ち上がったのはハイネだった。何とかそれぞれに緊張を和ませることに成功した一同の視線が、動きを見せた彼に集中する。
「俺もマイウスの検証に出ることにするよ。……あんなことになっちまったけど、一応は俺の隊だからな」
誰も、何も言わなかった。
「俺もこれからは、おまえらと一緒に作戦に参加していくことになるだろうし、よろしくな?」 ハイネは軽く手を振った。「ここで一旦は別行動だけど、アプリリウスでまた会おうぜ」
「気をつけろよ、ハイネ」
かろうじてアスランが手をあげて言った。
『ヴェステンフルス隊長』 デュランダルが続いた。『宙域検証の指揮は任せるが、くれぐれも気をつけたまえ。みんなも今のうちに……休める状況ではないだろうが、ともかく…少しは休んでおくといい』
一同を代表するようにキラがハイと答えると、通信が切れてモニターは真っ黒になった。
緊張の時間は終わったはずなのに、皆の心の中には張り詰めた糸が一本、いつまでも残ったままだった。
NEXT.....(2006/05/07)