FATAL ASK  11.予兆

 マイウスの戦闘が沈静化してから、一週間が過ぎた。

 ハイネはひとりで、アプリリウス市営病院の廊下を歩いている。もちろん軍服なんて着るわけにはいかないのでスーツ姿なわけだが、もともとかなり整った顔立ちをしているので、美しい者が揃うコーディネイターの中にあっても、女性陣の視線は彼に集まりやすかった。女性看護士たちの羨望のまなざしを一身に受けながら──時々とびきりの笑顔を返してやりながら──彼が立ち止まったのは、ひとつの病室の前であった。

 コンコン、とノックすると、低い男の声でハイと返事があった。

「よ、調子はどうだ?」

 ハイネはドアを開くなり明るい声でそんなことを言った。白い壁に囲まれた清楚な部屋で、白いベッドに座って彼を出迎えたのは一人の中年男性。ヴェステンフルス隊員の生き残りだった。

「回復は順調ですよ」 男は言った。「隊長、わざわざこんなところに、ありがとうございます」

「なんだよ、こんなときに改まっちゃってさ」

 頭を下げようとした部下を制して、ハイネはベッドの横に置かれたパイプ椅子に腰かける。見舞いの品などは何もなかったが、部下たちからすれば、上官がそんなものを持ってくればかえって恐縮したかもしれない。そんなところにまで、彼の気遣いは及んでいるようだった。

「マイウスじゃ災難だったな」 ハイネは言った。「身体が回復しても、まだしばらくは復帰しないほうがいいぜ。心の傷ってのが癒えるまでは、ゆっくり養生すりゃあいい」

「すみません、隊長」 男は申し訳無さそうに言った。「…でも、そんなことしてたら永遠に復帰できなさそうですし。できるだけ、頑張らせてください」

「ま、期待しないで待ってるさ。けど、役立たずの復帰はゴメンだぜ」

「アハハ、こりゃ手厳しいですね」 男が明るく笑う。

 ハイネはその先に続く言葉を何も言わなかった。刹那、会話が途切れる。部下の表情から笑みが消え、沈黙が気まずくなるまで二人は何も言わないまま過ごした。

 まるで何かをうかがうように。

 と、思いがけず最初に口を開いたのは部下のほうだった。

「マイウスでのことは、自分、はっきり覚えております」

 ハイネは何も言わず、ただ話し始めた部下に視線を投げる。彼の言葉の邪魔をするつもりはなかった。ここへ来た目的は確かに部下たちの見舞いだが、本当の目的は、マイウスでのリアルな話を聞いてみるためだったのだから。

 ただ無理強いではなく、本人が話す気になるのなら、と思っていた。上官と部下という関係ではあるが、ハイネの性格上、ヴェステンフルス隊の隊員たちはよその隊よりも上官に親しみを持っている。もしかしたら、というわずかな希望に過ぎなかったが、どうやらそれは叶う傾向にあるようだ。

「マイウスコロニーの周辺で、MS内で待機していましたら、急にどこからか『声』が聞こえたんです」

「…声?」

 ハイネは眉を寄せた。そんな、心霊現象じゃあるまいし──。

「私を守って、っていう感じの、女の子の声でした」 部下は恐る恐る上官を見た。信じてもらえるかどうか五分五分の可能性にかけて。「そうしたら自分、何故か急に、『彼女』を守ってあげなきゃならないような気がして…すべてが敵だとしか思えなくて。……そこからは、あの有様です」

 ハイネは鋭い表情を浮かべて黙り込んだ。マイノリティとして、デュランダルの直属として、超能力に関する知識はそれなりにある。アスランやシンようにすぐにキラの理解に頼るクセがない彼は、自分が持てる最大の知識をふるって、あらゆる可能性を考えた。

 話を聞くだけでは『魅了』に似ている。どうやら『彼女』は、標的に自分の声を聞かせることによってその精神を──むしろ脳を支配することができるらしい。

 守ってほしい──。それは極めて的確な言葉であるように思えた。

 『あいつらをやっつけて!』とか、『みんな殺して!』などという命令を下すよりは、よほど確実に『敵』を絞って指定することができるのだから。ゴンドワナでのシンの報告にあった首謀者らしき三人組の『女の子』がそれを成したのだとしたら、彼女は自分たちがマイウス宙域を逃げ切るまでの間、ヴェステンフルス隊を使って追っ手を足止めあるいは殲滅しようとしたに違いない。

 だが、たったひとりでそんなことができるのか? いや……敵はキラから影響をほとんど受けず、また未知の進化を獲得したと考えられている。それなら彼らにはこれまでの常識が通用しない。余計な先入観は捨てたほうがいいに違いない。

「判ってるとは思うけどさ」 ハイネは言った。「そんなこと、間違っても記者会見で言うなよ?」

「言いませんよ!」 部下は焦った。「信じてもらえないばかりか、さらにコーディネイター弾圧のネタにされるに決まってますからね」

 コーディネイター、ついに心霊能力まで獲得?──ブルーコスモス勢力下での新聞の見出しが目に浮かぶ。この部下が下手なことを言うとは思えないが、これ以上デュランダルの頭痛のタネを作るようなことをすれば、彼は偏頭痛持ちで入院さえしかねない。

「そういえば隊長、記者会見の日時は決まったんですか?」

「ああ、そうだな…」 ハイネはうーんと考えた。「評議会からはまだ連絡がないが、早いこと済ませたいはずだし、それなら一番回復の早いおまえを出すつもりでいそうだな」

「自分、医者からOKが出れば今週中にも退院の見込みです」

「なら、来週末くらいになりそうだな」

 それはマイウス宙域での異変を説明するための、評議会による記者会見だ。信憑性の第一歩として、異変の生存者を引き連れてデュランダルが出席することになっている。一度は騒ぎになっているのだから、ラクスの容態に関する質問だって飛んでくるかもしれないからアスランの出席は見送りだ。プラント市民たちには専属のメディアを使って適切──かは判断しかねるが──な情報を出してあるので、今回の『記者』はほとんどがナチュラルになるだろう。

 宇宙という空間は、コズミック・イラの現代を迎えても謎が多い未知の空間といえる場所だ。いきなり強力な電磁波が発生するなどでMSのコントロールが奪われるようなことがあっても、多少腑に落ちない点こそあろうが不思議ではないはず──と、その辺りを重点的に説明するとは言っているが、今時、子供でもそんなことは信じにくい。

 どこまで上手く丸め込めるか、不安はとにかくその一点に渦巻いていた。市民への広報係となっているラクスもいない現在、どちらにせよ不信感は拭えないだろう。

「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ。記者会見のこと、議長と話してまた連絡する。おまえの家族にも、出席の話はしておかなきゃいけないしな」

「何から何まですみません、隊長…」

「だーから、気にすんなっての」 ハイネはヒラヒラと手を振った。「ヘコんだ顔してると、看護士のお姉さん方にご迷惑だぜ? せっかく回診に来てくれるんだ、もっと笑顔でお出迎えしないとな」

「そうですね」 男はアハハと笑った。

「ありがとな、…話してくれて」

 厳粛なハイという返事だけを聞き届けて、ハイネは部屋を立ち去った。白いドアをパタンと閉めると、ザワザワと騒がしい院内の雑音が耳に返ってきた。

 ハイネはぐっと目を閉じ、廊下を歩き出す。

 ここで日常を過ごす者たちは何も知らない。超能力が在ることも、闇が在ることも、そしてそれに群がる悪意が在ることも。だがそんなことは知らなくていいのだ。誰も何も知らないままでいい。こんな重大な不安要素は、ごく少数の関係者の間だけで抱えているのが十分だ。

 だが人間とは面白いもので、知らなくていいこと、知らないほうがいいことにわざわざ首を突っ込みたがり、騒ぎ立てたがり、そして批判したがる。それは主に、下の立場にいる者から上の立場の者へ芽生えさせる感情だ。現在のナチュラルがプラントに言うように危機管理がなってないとか、能力的に優れてるからってイイ気になってるとか、後者はどう聞いてもヒガミでしかない。

 と、視界を青い何かが通り過ぎた。振り向いて見るとそれは少女だった。青いドレスを着た金の髪の少女。入院している知り合いか家族かに面会に来たのだろうが、見舞いの品らしきものは何も持っていなかった。

 子供か──。ハイネはまた前を向き、歩き出す。早く仲間たちのもとへ戻るために。

 彼は、『彼女』に気付くことができなかった。



 ルナマリアもまた、ハイネのように見舞い行動の最中だった。

 だが彼女は、今は自分の隊員の見舞いをして回っているのではない。もちろん行かないつもりはないが、彼女が腰かけている椅子の前には、白いベッドに座っている彼女の妹、メイリンがいた。

 アプリリウスタワーに収容されて一週間、肋骨を折る重傷を負ったメイリンだが回復は順調ですでに痛みは消えてしまっているらしい。会話程度なら問題はないと医師のOKも出たので、ルナマリアはいそいそとやってきたのだ。

「ゴメンね、おねえちゃん」 メイリンは言った。「いま、プラント、大変なことになってるんでしょ? あたしがラクスさまのこと、もっとちゃんと…」

「あんたはそんなこと、気にしなくていいの。それよりも、全快して早くミネルバに戻れるようになること、考えてよね。インパルスに乗ってるとき、管制があんたじゃなかったら、なんか変な感じなんだから」

「あ…今は、違う人がやってるんだ?」

「そうよ。勝手が違うっていうか、自由が利かないっていうか……あんたにならいろいろ言える『ワガママ』が通じないのよねぇ。他所から回ってきた知らない子なワケだしさ」

 やれやれと首を振ってルナマリアは苦笑いを浮かべた。同時にメイリンにも申し訳なさそうな笑みが浮かぶ。妹はすまない気持ちでいっぱいになっているかもしれないが、過ぎたことでいつまでも悩まれて体調不良の状態を引きずり続けられても困るのだから、今は気にするなと言ってやる以外の手段がない。

 あとは、その言葉をかけられた本人の問題なのだ。

 ラクス襲撃事件の際、軍上層からの事情聴取が行なわれ、メイリンは唯一の生存者ということであらぬ疑いもかけられそうになったと聞いている。そんな事態が起こったなんて考えるだけでも腹が立つが、そのときはデュランダルが口を利いてくれたおかげで、彼女は現在こうして安心して治療に専念できている。だが彼女が『犯人ではないという確たる証拠が何もない』状態で、『彼女は犯人ではない』と言い切ったところで疑いが完全に晴れるはずもない。デュランダルが言ったから周囲は信じただけで、それは権力というモノが口を利いたようなものだ。しかしそれでも、一部の者は納得していないのだが。

 メイリンが犯人などではないことは、このルナマリアだってよく判っている。まったく無実どころか被害者であるメイリンに疑いがかかるなど信じられない。ルナマリアも声を大にしてそう言いたかったが、まさか犯人はチョーノーリョクシャです、などと大声で騒ぐわけにはいかない。

 ──ミネルバのみんなで決めたのだ。超能力に関しては、一切を『見なかったことにする』と。

 インパルス帰投後、ルナマリアは興奮気味なクルーたちから、マイウス鎮圧の瞬間、艦内で何が起こったかという話を聞いた。オーブ将校の背中に生えた奇怪な『ハネ』のことだ。ブリッジでの話し合いに同席したのはシンとアスラン、そしてヴェステンフルス隊の隊長だけで、そのヤマト准将は別室にて『保護のため』待機していただいていたので、彼女は彼の姿そのものを見てはいない。

 なによ、それってすごいことじゃない──。ルナマリアは素直に感動したものだった。『ハネ』があろうとなかろうと、彼が超能力によってあのマイウスの戦闘を見事沈静化してみせたのなら、それは素晴らしいと思うべきだ。最悪の事態に至る前にすべてを黙らせることができたというのに──まあ、友軍機の計器にまで異常が出たのはご愛嬌、むしろすべてが同時に停まったことにより、無力化した『敵』を無駄に殺すことを防いだのではないか。

 ブリッジでのシンはすこし表情が暗かったように思う。ヤマト准将の件が周囲に露呈してしまったことが不安で仕方がなかったのだろう、だからその場で声をかけて元気付けてやりたかったが、自分のような無知者が何を言ったところで、本当に安心させてあげることはできないかもしれない──タイミングを見ている間に、彼はミネルバから降りてしまっていた。

 同じ軍部内にいながら、所属がまったく違うせいでシンとはまるで連絡もとれない。メールを送ってみるなども考えたが、彼はラクスの襲撃事件に加えてマイウス事件もあって忙しいかもしれない。もうすこし、もうすこしあとで──そんなことを思っているうち、気が付いたら一週間だ。

 シンは現在、アプリリウスタワーにこもっているデュランダルの護衛という名目で、同じくこのタワーにいるらしい。この見舞いのついでに、すこし捜せばすぐ見つかるかもしれない。ちょっとでも話とか、できたら──。

「なかなか、思うようにはいかないもんなのよねぇ…」 ルナマリアは溜息を吐いて言った。

「ゴメンってば、おねえちゃん」 メイリンはすこし明るめの声で言った。「あたし、頑張って早くオペレーターに復帰できるように、頑張るからさ」

「え?」 ルナマリアはハッとした。完全な独り言だったのだが、どうやら先ほどの話題が続いていると思われたらしい。「ああ、うん。ホント、お願いよ?」

「判ってる。ラクス様の目が覚めたとき、ちゃんと元気な姿、見せないとね!」

「──そっか」

 どうやら彼女は彼女なりに、自分を守ってくれたラクスへの感謝の気持ちを持っているようだ。ルナマリアは、これならもうメイリンは大丈夫だと安心した。変死体の山に血の海、そしてオキテ破りの超能力者による攻撃──鍛錬を積んだ軍人であろうとも、『普通』の人間の精神にこれだけのものは到底耐えられない。

 メイリンの命に別状はないと聞いたとき、ルナマリアはむしろそちらが気になって仕方がなかったのだ。

 だが妹は今、こうして元気に自分と話をしている。心の傷は見えないところにも刻まれているかもしれない、だが少なくとも今の彼女にその片鱗は見られない。メイリンが思った以上に軽傷だったのは、ラクスが最後の瞬間、自分の身の安全を放棄してまで強い結界を作ってくれたおかげだと聞いた。その彼女があんなことになったのは非常に申し訳ないが、ここまで来たら感謝以外にすることがない。

 そして何より、そうしてくれた彼女の気持ちに応えて、彼女が目覚めるまでの間を守り通すこと──。

「できると思ってんの? そんなこと」

 場違いな少年の声は、不意に壁のほうから聞こえてきた。

 え──? 慌ててルナマリアが立ち上がり、視線を巡らせたその先に、壁にもたれて嫌味な笑みを浮かべている少年が立っていた。どこからどうやつて現れたのか、それだけでも十分な驚愕に値するというのに、更に驚いたことに彼が着ているのは、多少着崩してはいるが地球連合軍の制服だった。

「キャアァァッ」 メイリンが悲鳴を上げた。「お、おねえちゃん! この人っ、この人よ、あたしを襲ったのっ」

「なんですってっ?」

 ルナマリアは即座に銃を抜き、構えた。とっさの行動だったが、銃撃戦の経験が薄い彼女には、恐らく発砲することはできないだろう。

「ま、そういうこと」 少年は言って、壁から身を起こした。「ラクス・クラインの結界術はホントすごいよな。…でも、そのせいで自分の身も守れないようじゃ笑えないんたけど」

「動かないで!」 厳しい声でルナマリアが少年を制する。「この娘にトドメを刺しにきたってワケ? 一週間も放置してたクセに、なんで今更? やろうと思えばすぐ次の日にだって…プラントは混乱してたんだから、そのほうが都合よかったはずよ」

「コッチにもいろいろと都合があんの」 少年は肩を竦めた。「ベツにそんなつもりで来たんじゃないけど、邪魔しようってんなら、あんたも一緒にミンチにしちゃうぜ」

 さらりと恐ろしいことを言う。セリフ回しそのものは三流悪役並だが、おそらくその言葉に秘められた悪意は一流のそれに近い。むしろ人間のマフィアや強盗など、一般的な悪人のほうがまだかわいいレベルかもしれない。

 超能力だ──。ルナマリアは理解していた。コイツは絶対、あたしらが下手な抵抗をするより前に、確実にあたしら二人を殺す方法を持っている。そうじゃなかったらこんなフツーに喋ったりなんかするもんか、もっと手早く、声なんてかけずに撃ち殺して逃げればいいだけなんだから──。

 それ以前に、こんなところに侵入すること自体、普通にできることではない。監視カメラもガードマンも、そして国家の問題もまるで気にしていない。わざわざ連合の制服を着てこんなところに来たのがいい証拠だ。

 何も考えていない、頭の悪いただのバカなら本当に助かるんだけど──。

 ルナマリアはちらりとメイリンを見た。かつての殺戮者に怯えながらも、妹は姉と視線が合うと、ハッと気付いたようにナースコールを手に取った。カチカチと何度かプッシュ音がする。

 シン、お願い、気付いて──。

「ミネルバからMSを強奪したわね?」 ルナマリアは言った。「見たトコ、連合の所属みたいだけど…こんなことがバレたら、また戦争のきっかけになっちゃうわよ。…オーブとプラントが同盟を結んでるこの状況下でまた戦争ってのは、連合にとっては、ちょっと不利なんじゃないかしら?」

「別にボクらは戦争するしないに興味ないんだ。──っていうか、ボクはそんなこと、どうでもいいんだよ」

「…どういうこと?」

「わかんないかな?」 少年はクスリと笑った。「ここへ来たのはボク個人の意思ってことさ。別に、本当に襲撃事件の生き残りを始末しにきたワケじゃない。その銃をしまってくれるんなら、ボクはあんたに攻撃したりしないぜ?」

「そんな言葉、信じると思ってんのっ?」

「ま、信じられるわけないよな。──オレもフツーは信じないしぃ」

「ふざけないでっ」 ルナマリアは声を張り上げた。「あんた、一体なに──」

「そこまでだっ!」

 アスランの声とともに場の空気が変わった。音もなく開かれたドアの先に、銃も何も持たないで立つ彼がいる。ラクスの襲撃事件のとき、ホールですこしまみえたあのときよりも更に厳しい顔つきをしていた。

 と、そんなアスランの姿を視界に捉えた少年の表情が、ピクリと反応を示す。

「……マイウスで会ったときより、ずっと『深い』な」

「そこまで『判る』んなら、俺とここで戦うのは止めたほうがいいぞ」 アスランは低く言った。「無闇に死にたくはないだろ?」

「ボクはね」 ふ、と少年が笑った。「──別にもう、死んだっていいんだよ」

「な」

 アスランが絶句した次の瞬間、少年は行動を起こしていた。タッと床を蹴り、相手に向かって跳びかかる。あまりの言葉に同じく絶句していたルナマリアが我に返ったときには、すでに彼はアスランのこめかみに強烈な蹴りをお見舞いしていた。

 ガッ。鈍い音がしてアスランが短い悲鳴をもらす。そのまま吹っ飛ばされることはなかったが、当然ながらバランスは崩れる。少年はそんな相手にそれ以上の攻撃はせず、素早い動きで部屋の外へと飛び出していた。

「ちょっ、アイツどこ行く気よっ?」

「クソッ」 アスランが頭を押さえたまま言った。「シンッ、ハイネッ、キラを守れ! 侵入者の目的はキラだっ!」

 まるで当人たちが目の前にいるかのように叫ぶ。あたし以外に誰も居ないここで、通信機も持ってやしないのに──そんなことを思いながら、ルナマリアは銃を持ったまま、少年の背を追って部屋を飛び出そうとした。

「待って、おねえちゃんっ!」 悲痛なメイリンの声がした。「行っちゃダメッ、相手は能力者だよっ! 殺されちゃう!」

「ちょ、メイリン、何言ってんのよっ。襲撃の犯人だってのに──」

「ルナマリア、君はここでメイリンの傍にいてやってくれ」 アスランまでそんなことを言った。「能力者を追うのは、俺たち能力者の仕事だ」

 刹那、ルナマリアは押し黙った。軍部の者としては、敵部隊の暗殺者を放っておくことはできない。そしていま彼女に『ここにいてほしい』と言っているのは『フェイスのアスラン・ザラ』ではない。『オーブ将校のアスラン・ザラ』だ。そうなれば彼の言葉はただの『要望』であり、『命令』ではない。

 ここでノーと言ってしまうこともできる。だが。

 能力者じゃないあたしが能力者と戦って勝てるワケがない。他に誰もいないならまだしも、このタワーには『専門家』が何人もいるんだ。それならあたしは、あたしにできることをしたほうがいい──。

「……わかりました。お任せします」

 彼女は従うことにした。

 『能力者のアスラン・ザラ』の言葉に。

「ありがとう」

 すこし遠慮がちな笑みを浮かべて見せると、アスランは前の少年からずいぶん遅れて部屋を飛び出していった。






                                         NEXT.....(2006/08/19)