FATAL ASK  5.神託

 シンとルナマリアは、祭りも最後の夜を迎えたアプリリウス市の警備にあたっていた。

 まさかフェイスたるシンまでが街の警備という仕事を与えられているわけではない。あくまでもここはルナマリア自身を含むホーク隊の担当地域なのだが、シンはそれに付き合って彼女と行動を共にしているのだ。

 一時はどうなることかと思われた市民の大混乱も、記者会見に現れたアスランの迫真の演技によって沈静化して事無きを得た。もともとは演技や嘘の御託が苦手なアスランだったが、会見では何と涙まで見せたのだ。あとあと本人に確認を取ってみたところ、『何故か無性に悲しくなったんだ』と溜息まじりに話していた。

 もしかしたら無性に悲しくなったのではなく、無性に虚しくなったの間違いじゃないのか、とシンは思っていた。

「よかったわね」 ルナマリアが言った。「その後、何事もなくてさ」

「ほんとだよ」

 ほとりを美しくライトアップされた河にかかる橋の上で、二人は何を見るともなく水面を見ていた。プラントは『水の都』の異名のとおり、澄み渡る水に満たされた都市だ。地球にある名だたる河川にも引けを取らないだろう、と、かつてプラント建造に携わった者たちは自慢げに語ったものだ。

 祭りの中心部からすこし離れているせいもあって、二人がいる近辺は人通りが少ない。河をバックにいいムードを作っている恋人たちにとって、ここは絶好の場所だった。

 だが、この二人はそんなムードに心を影響されるほど浮かれてはいない。

 シンは手すりに上体を預けると、ふうっと溜息を吐いて言った。

「せっかく一年ぶりにプラントへ帰ってきたってのに、とんだ事件になっちゃったな」

「…ごめん。ウチの警護がもっとちゃんと…」

「ルナたちのせいじゃないさ、相手は超能力者なんだから。どんな歴戦の勇士が警備してたって、赤ん坊が見張ってるようなもんだ」

「そんなもんなの? やろうと思ったら、あんなことも平然とできるの?」

 驚きの色を含んだルナマリアの問いかけに、シンはすぐには答えなかった。本当はすぐに答えることができたのだが、喉元まで出かかったその言葉は、彼女には決して言ってはならない部類のものだと気付いたからだ。

 おれたちくらいの能力者なら、ね──。

 その言葉は、読み方を変えれば果てしなく重くのしかかる。シンやキラに匹敵する能力者にならあのくらいはことは簡単にできる。ならば裏を返せばシンやキラだって、その気になったらすぐにあんなことを実行できるということに他ならない。

 もちろん可能なのだ。シンがふと、後ろのカップルの男の頭を吹っ飛ばそうと思えば気楽にできる。そうかと思えば、橋の外れにいる女の腕や足をへし折ってやろうとしても、簡単にできる。キラの能力が低下するに従ってシンの能力も弱まっているから、いまはかつてできたことのどれほどが可能なのかは判らない。しかし人間程度のもろい『物』なら、砕くことは造作もないのだ。

 ……ぞっとした。

 シンが何を言おうとして止めてしまったのか、その察しがついたのかは判らないが、ルナマリアは彼をじっと見ていた目を再び水面へと落とした。

「はやく…」 彼女は言った。「はやく消えるといいよね。そんな能力」

 シンは隣に立つ女を見た。相手が自分に視線を移したことを知ってか知らずか、彼女はただオレンジ色の照明が点々と落ちている闇の水を見つめていた。

 この河はアプリリウスの中でも一級の美しさを誇るもので、昼間であれば底に敷かれた石の色は遠くからでもきちんと見え、魚の数だって目を凝らすことなく数えられるほど澄んだ水を湛えている。二人は話をするために雑音のない場所を選んだわけだが、夜はもちろん、昼間だってここは絶好のデートスポットなのだった。

「いつなくなるかなんて判んないけど」 シンは言った。「余計な力を持つと、人は思いあがってバカになる。言葉も通じなくなるし、痛い目見ないと目が覚めないし。──こんな能力があるせいで人が狂うんだったら、ないほうがいいんだろうな」

 コーディネイターがナチュラルより優れた『能力』を持ってしまったせいで、世界がいがみ合うようになってしまったように。

 下手なことをすれば、超能力者と通常の人間との間でいがみ合いが起こる可能性も否定はできない。この世界に何百、いや何千という単位で散らばるマイノリティたちのすべてがキラと同じ意識でいるとは限らないのだから。どこまでいっても、人は力に振り回されて争いあうハメになるのだ。

 そして今回の事件は、その『キラとは意識を違える能力者』によって起こされた。思いのままに自分に与えられた能力を振るい、ろくに抵抗する手段も持たない者たちをゴミのように殺す、許されざる者の手で。

「ルナ」

 目を落としたままのシンから呼びかけを受けて、ルナマリアは顔を上げる。

 場所が場所だけに、二人はどう見たって軍人などではなくカップルにしか見えない。

「おれは…超能力が消えたら、またミネルバに戻りたい」

「シン……?」 この一年、一度として聞いたことのなかった彼の『将来への構想』に、驚いたように少女が息を吐く。

「何年かかるか判んないけど、おれたちはまだ、自分らのことで精一杯で…」 シンはそう言いながら、ラクスの姿を思い出した。キラの痛ましい表情を思い出した。デュランダルやカガリの背負っている苦心を、自分が持っている、キラをも超え得る強いチカラのことを再認識していた。「ナチュラルとコーディネイターの問題もあるけど、おれは、その前におれ自身が『超能力者』っていう分類から『コーディネイター』に戻らないといけないから」

「うん……そうね。──でも」

 すっとルナマリアの身体が手すりから離れた。次は何と続けたものかと考えているシンの横に踏み出してくる。

「急がなくてもいいよ、シン。あたしは──ううん、あたしも、レイも、ヨウランもヴィーノも、メイリンもみんな、ちゃんとあんたの留守くらい守っていけるわ」

「…ルナ…」

 シンもまた手すりから身を起こす。

 視線が合うと、ルナマリアはニッコリと笑って見せた。

「だから今は余計なこと考えないで、あんたは自分の目の前だけを見てて」

 優しさといたわりの言葉に、不意にシンの胸がキュッと痛んだ。

 彼女の言葉が真実であることは、彼女が心の底からそう思って言ってくれているのだということは文字通り痛いほど判る。しかしシンには、ルナマリアをはじめとする友人たちに話していないことがあった。

 それは、キラに出会って自分の力が爆発的に進化したこと。そしてその影響を受けて、肉体までも人間のそれとはかけ離れてしまったことだ。

 少なくともルナマリアが知っている『シンが持つ超能力』とは、せいぜい爪先が軽く宙に浮く程度、あるいは道端の小石を弾く程度のもの。今のシンが持っている、この橋そのものさえ破壊できてしまう強力な念動力や、何十キロという長距離を一瞬にして移動する瞬間転移のことを指すわけではない。

 『知らない』ということは、いわば一種の強さでもある。果たしてルナマリアは、決して人間ではありえない今のシンの能力を目の当たりにしてなお、今と同じセリフが言えただろうか。軽く『そう』と思うだけで、そこらの街灯のポールさえアメ細工のようにへし折ってしまえるこのシンに、今と同じ距離で接することができただろうか。

 ああ、ぞっとする──。シンは初めて怖くなった。

 自分に向けられている好意の目が、ある一瞬、ある一点をさかいにガラリと変わってしまう。このチカラは容易に破壊する。容易に殺傷する。容易に治癒もできるけれど、そんな唯一とも言える『利点』など、『死に直結する脅威』に覚える危機感の前では塵の山も同然だ。

 キラが一日も早く能力の抹消を成し遂げたいとする願いの強さが、今、嫌というほど解る。

 失いたくない。この、あたたかい『居場所』を──。

 ヒュルルルルル……どこからか高い音が聞こえてきた。ドン、と盛大な爆発音と共に、夜空に大きな華が咲く。最終日に予定されていた打ち上げ花火が始まったのだ。コーディネイター社会といえども、闇の空を最高のキャンバスにした絵描きの風習だけは衰えていないようで、綿密に計算された火薬たちは戦火には決してない美しさで空を飾る。

「わあっ」 空を見上げるルナマリアが歓声を上げた。「ほらシン、花火よ!」

 橋の上のカップルたちのほとんどが、その火の光を肩を寄せ合い見上げている。暗い気持ちの自らを照らした輝きに、シンもまた炎と同じ色をした瞳を向けた。

 どんなことを考えたって、いきなりこの身体がなんとかなるわけじゃない。ルナの言うとおりだ、ゆっくり、でもまっすぐ進んでいくしかないんだ──。

 気持ちを改めたシンが見上げる先で、また新しい華がひとつ、視界いっぱいに開いた。



「うん、うん……そうか、ご苦労。──いや、引き続き捜索を続けてほしい。無理を言ってしまってすまない……ああ、頼む」

 アプリリウスタワーに用意された専用の事務室で、今まさに受話器を置いたデュランダルは大きな溜息を吐いた。

 祭りの最終日くらいはみんなで楽しんでこいと言って、シンやキラたちを街へ追い出してしまったが、その言葉の余裕とは裏腹に彼は切羽詰っていた。一週間という短い期間を提示し、そのうちですべての問題を解決させるのは、彼がいかに優れた頭脳を持つコーディネイターであっても無理がある。

 大きな事務用のテーブルに肘をつき、彼はまた溜息を吐く。溜息を吐くとシアワセが逃げていく、という迷信があるが、彼はいま不幸のどん底にいるのだから、これはあながちただの迷信でもないようだ。

「デュランダル議長」

 ドアが開いて、ビシッとスーツを着込んだ女が入ってきた。タワーの事務員だが、今は有能なデュランダルの助手でもある。

「マイウス市とノウェンベル市の捜索結果が入りました」

「どうかね?」 祈るような気持ちで問う。

「条件に該当する人物は見当たらない──ということです」

 事情を知らないだけにやたら事務的な彼女の言葉が、非情にも心にグサグサ突き刺さる。ガックリと首が垂れそうになるのを何とか堪え、彼は女にご苦労とだけ告げて仕事に戻ってもらった。

 やはりこんな短期間で、ラクス・クラインを務められるほどの女が見つかるはずもないか──。

 決して諦めている場合ではないが、これだけ負の条件がズラリと揃えばどうしても心が弱る瞬間がある。今日のところは花火大会の見物でも行こうかな、などと逃避的思考が頭をよぎったとき、ふっと室内の明かりが消えた。

 なんだ──。

 そこまで出かかっていたアクビが中途半端に止まる。デュランダルは周囲を見回した。フロアの側面をぐるりと囲んだ窓からは花火大会の様子がよく見える。花火を見るなら側面から、という最高の贅沢を知っている彼は、その瞬間だけはああキレイだなと率直な感想を思った。

 だがそんなことを言っている場合ではない。街の中の他のビル群にはきちんと明かりがついている、どうやらこのタワーだけが停電したらしい。

 しばらく花火を見ながら待ってみる。が、まったく照明が戻る様子はない。いよいよ彼はオカシイと思い始めた。このタワーには非常用電源として自家発電機が設置されていて、メインの電源がダウンすると自動でそれが稼動するようになっているはずなのに、一向に回復の気配がないのはどうしたことか。大病院と違って電力がなければ生命維持ができない人間がいるわけではないが、不審な事態であることに違いなかった。

 守衛に確認をとってみるか──。デュランダルはテーブルに近寄り、先ほど使ったばかりの受話器を持ち上げた。それを耳に当てようとしたときに、不意に背後で何かが動く気配がした。

 異変を察知して振り向く前に、彼は何者かの手によってその長い髪を乱暴に引っ掴まれた。

「うっ!」

 いきなりの痛みについ声が出る。状況を理解する暇は与えられなかった。侵入者は捕らえた相手の身体を床に叩き伏せると、その片腕を背のほうへねじり上げながら体重をかけてのしかかってくる。力の強さと体格からして、相手が男であることだけがかろうじて判った。

 ギリリと音がするような腕の痛みに呼吸が乱れる。簡単に振りほどけそうにはなかった。

「──誰だ」

「答える必要はない」

 背中に乗りかかった男がそう言うのを聞いて、デュランダルは耳を疑った。

 それはキラの声だ。この一年ほどは数える程度の接触しかなかったけれど、ここ数日で一生分ほどもやり取りをしたその声を、聞き違えるわけがない。

 だがまさか、本当にキラであるはずがない。真偽を確かめるためにも、ひとまずはこの状況を何とかしなければ──キッと鋭く細められたデュランダルの瞳に光が宿った。

 バヂッ。瞬間、爆竹のそれに似た爆音が二人の間で炸裂した。同時に白い火花が散る。近くのビルにいる者は、いったい何事なのかと首を傾げただろう。

 え──? デュランダルは驚いた。必殺を期して放った攻撃が、いともあっさりと弾き散らされて。腕を掴む強い力は決して緩んでいない。早い話、彼の攻撃は相手によってガードされてしまったのだ。

「そんな弱い念波で攻撃したつもりか?」 男はクックッと低く笑った。「力を捨てたがるおまえたちには、ちょうどいい弱り具合だな」

 嘲笑う声がいやに耳につく。そして、最初に声を聞いたときに浮かんだ人物の姿が、デュランダルの中でより濃厚なものになっていく。頭では何度違うと打ち消そうとしても、その声が確信ばかりをどんどん強めていく。

「キラ、くん……?」 ついに彼はその名を尋ねた。「キラ君なのか?」

「──そう警戒するな。オレはおまえたちに、いいことを教えてやろうと思って来たんだ」

 背後の影は答えなかった。その代わりとでも言うように、得意そうに話し始める。

 聞けば聞くほどその声はキラのものだ。一人称や、言葉のそこかしこにある狂気じみた調子は明らかに違っているが、これほど似た声を彼は他に知らない。

 侵入者は続けて言った。

「ラクス・クラインを襲撃した犯人は、あの女が能力者であることを知っていた。どんな力を持っているかもな」

「なに──」

「だから代役を立てるだけでは、同じように襲撃され、今度こそあの女の存在が闇に葬られるだけだ。──オレが何を言いたいか解るか? その女も『感染』させる必要があるということだ」

 こいつはどこまで知っていて、どこまで知らせようとしているのだ──。デュランダルの頬を冷たい汗が伝っていく。

「敵は単純な能力者ひとりではない。能力者を獲得し、生産しようと試みる、もっと大きな組織だ」

「ま、まさかっ!」

 ざわりと心が騒いだような気がして、そしてその波紋が心を破壊してしまう気がして、デュランダルは思わず大きな声をあげた。

 そんなことがあってなるものか、それではここまでの苦労は、努力はいったい何だったのだ──。

 クク……動揺を隠し切れないデュランダルの様子を見て、男は満足そうに笑った。

「ナチュラルどもがコーディネイターを戦争用に開発しようとしたのと同じように、能力者もまた、生産のための研究が始められている。世界はまだそれを知らない、生産の権限を独占しようとする悪意の手によって隠蔽されている」

「そんな…」 デュランダルは愕然とした。「ではラクスは、その組織が保有する能力者の手にかかったというのか」

「そういうことだ。ラクス・クラインの人体回復能力は、文字通りおまえたちの命綱だろう? 真っ先にそれを断ち切り、奴らはついに計画を実行しはじめた」

 まずは補給を断ち切ること、それが敵を攻める際の基本中の基本だ。完璧に言い当てられているせいで反論できないことが非常に悔しいが、確かにラ クスはキラたちの命綱だった。最悪の事態を回避できない致命傷さえも回復させてしまえるラクスは、キラたちを攻略しようとする者にとっては邪魔でしかな い。幼い子供だって、テレビゲームなどを通じて知っているはずだ。

 回復呪文を使うモンスターからいち早く片付けねば、戦闘が際限なく長引くことくらいは。

「果たしておまえたちが見つける新しいラクス・クラインは、『エターナル』を使えるようになるのかな?」 男はせせら笑った。「殺したはずの『ラクス』が無傷で現れれば、奴らはまた動き出すぞ。おまえたちに対抗する手段はあるんだろうな?」

 答えることができなかった。どうやらこの侵入者は、その『敵』というものがどういう能力を操るのか、そういうことまでを教えてくれる気はないらしい。おまけに不安ばかり掻き立てることを言ってくるあたり、デュランダルたちが必死になって敵に対抗しようとするその意識を感じて楽しんでいるようにも見えた。

 敵と称するには微妙だが、これは我々の味方でもないな──。デュランダルは息を吐いた。固定された腕がズキズキと痛み始めている。恐らくこれから数日は、この痛みに付きまとわれることになるのだろう。

 ──生きていられれば。

「なんとか、するさ」

 デュランダルはそれだけをぽつりと答えた。どんな答えを返せばこの侵入者が満足するのかを考えながら、しかしどんな答えも狂気を宿す彼の引き金になりかねないことを危惧して、できる限り相手を刺激しないように、ただ一言を。

 そんな返答を聞いて、侵入者はほう、と感心めいた声をもらした。

 今のデュランダルにできることは、どうかこの場面から、『じゃあオレの攻撃から生き残ってみろ』とかいう最悪の展開に持ち込まれないことを祈るだけだ。

 先ほどの彼が放ったのは軽い念波にすぎなかったが、それでも確かな攻撃の意思を完璧にガードしてみせ、おまけにそれを当たり前のように受け止めているこの男はきっと、マイノリティの中でもかなりの上位に存在するはずだ。そんな者と戦闘することになった場合、彼には生き残れる自信がほとんどなかった。

 倒されたときに打ち付けた頬が痛むことにふと気付く。と、背中から死の重圧が消えた。開放された腕がピリリと鋭い痛みを発する。数十分は使い物になりそうもない。

「それなら、何とかしてみせるんだな」

 何とか起き上がろうとしたデュランダルの背後で侵入者が言った。相手が能力者である場合、警備の者をはじめとして人を呼ぶこと自体が自滅行為。どうやらそのくらいの常識は理解しているらしい彼の態度には、相当な余裕が見受けられる。

 座り込んだまま、とりあえず自由になる首だけをまわしたデュランダルの目に、長身の男の姿が入ってきた。

 ほとんど完全に闇に同化する黒い服と、同じ色をした腰まで届くクセのない長い髪がひどく印象に残る。真っ暗な室内で唯一の光源となる夜景の光を正面から受けるその瞳は、やはりキラのものと同じ紫の輝きを反射していた。

 だがキラが持つそれとは圧倒的に違っているのは、その美しさだ。闇の中で闇の色をまとう彼が持つからこそか、人の目を惹きつけるには十分な妖しの光を宿している。あまりに素晴らしい宝石を見た女は軽い眩暈を覚えると言うが、デュランダルは男ながらにその心境が理解できてしまった。

 ふとした拍子に声だけを聞けばキラだと思える。しかしよく姿を見てみるとまったくの別人だ。

「…君は何故、こんなことをする?」 デュランダルは彼を見上げて言った。「いったい何故、君はこんな情報を…」

「答えてやる義理は無い」

 男はスイと背を向けた。長さと、男の性格を見る限り、その髪はただ何の目的もなく伸ばしているだけに見えるのにさほど傷みがない。コーディネイターか、と、そのくらいの察しは簡単についた。

 ふっと男の姿が闇の中に溶けるように消えた。唖然としていたデュランダルが、相手が消えたことに気付いたのは、その姿が見えなくなって一瞬後の、部屋の照明がすべて回復したときだった。

「議長っ、デュランダル議長!」

 女の叫び声がして、開いたドアから先ほどの事務員が血相を変えて駆け込んできた。床にボーッと座り込んだままの彼を見つけて、停電の間に何かあったのかと女が蒼白になる。

「…大丈夫だ」 デュランダルは言った。「ちょっと、急に暗くなったせいで、つまづいて転んでしまっただけだよ」

「ああ、議長。ご無事で何よりです」

 ホッと息を吐いた女に、傷を負った頬を見せないようにして彼は微笑んだ。

「私のことは気にせず、君は引き続き捜索に──」

「その捜索の件で、ご報告があって参りました」 すかさず女が言った。「内線でご連絡を差し上げようとしたのですが、繋がらなかったもので…」

 女がテーブルを見やる。つられて視線をやると、白い電話機の受話器が外れてぶら下がっていた。停電が起きたとき、守衛に連絡を取ろうとしてそれを持ち上げ、即座にあの男に襲われて取り落としたままだったのだ。

 だから血相を変えて駆け込んできたわけか──。ついデュランダルは苦笑いを浮かべてしまった。

「それで…報告とは? なんだね」

「あ、ああ、はい」 女はハッと気を取り直した。「見つかったんです。議長がご提示された条件にあてはまる女性が、つい先ほどアプリリウス市内の特設イベント会場で」

「……な」

 思いがけない報告にデュランダルは絶句した。彼にしてみれば、無数の銀髪の中から一本の白髪を見つけ出すような感覚だったものが、いきなりその一本を発見することができたのだ。

「間もなくこちらに到着するそうですが、……議長? お会いになられますか?」

 女の声がすーっと遠くなっていきそうだ。

 あの男を見てから、自分の運命が狂ってしまったようにさえ感じる。彼はいったい何者だったのか、もしかしたらこの宇宙のどこかに存在する神とかいうものだったのだろうか。

 ただでさえ上手く整理をつけられない事実ばかりが無遠慮に押し込められた彼の脳だったが、そのときそれは、何よりも一番堅実な指令を下した。

「──以前、私が指名した整形外科医に予約を入れてくれ。プラントの威信を賭けた大手術を頼む、とね」

 新しい仕事を授けられた女は、ハイッと凛々しい返事をして部屋を出て行った。






                                         NEXT.....(2006/02/04)