FATAL ASK  45.交錯

 ユニウスセブンにはキラが居て、彼と戦うことは能力者の仕事だ。しかし地球の重力に引き寄せられ始め、もはや元の軌道へ押し戻すこともできなくなったそれそのものへ破砕作業を行なう者は別途どうしても必要であり、月基地では残存の連合部隊が再編成され、プラント全域ではザフト総出撃のための準備が着々と進んでいる。

 おかしなものだな、とそんな光景を宇宙港の隅で眺めながらカナードは思った。どちらかが滅べばいいとさえ叫んで戦争を繰り広げていた割には、いざ地球が危ないとなったらザフトでさえ真っ青になる。戦争をも含めたすべての諍いが『陣地争奪』のためのものに過ぎず、誰も本当に、地球とプラントのどちらかが消えてなくなればいいなんて思ってもいない良い証拠だ。

 結局みんな、『自分の気が済めばいい』のではなく、『自分が欲しいものを手に入れたい』のだ。キラや自分が作られた理由もそうだった。そして自分は、実父とも言うべき研究者・ヒビキが求めた姿ではなかったから捨てられた。それだけのことだ。

 己の黒髪をたぐり寄せ、彼はそれを見つめる。

 あの男は世界最高にして完全なるコーディネイターに、愛する妻の面影を望んでいた。自分が『キラ』に成れなかった理由は唯一、この髪の色だけだったのだ。肌の色も、眼の色も、声ですら同じである彼とキラがこうも決定的に違ってしまったのは、そんな些細な理由に過ぎない。

 だがそんな些細なきっかけで、彼は長きに渡って地獄の底に在った。血だまりの海に沈み、硝煙の大気の中を生きてきた。彼をメンデルより『逃がした』研究員は、研究そのもののおぞましさに耐え切れず、良心の呵責に任せるままひとつの命を救ったつもりで、その子がどれほどの悪夢を彷徨うことになるかなど考えもしなかったに違いない。

 ではオレは、死にたかったのか──? その自問が頭を掠めたとき、否定はどこからもわいてこなかった。容赦のない戦場で苛烈なまでの戦いに明け暮れ、いつかその中で自分を殺してくれる者が現れるのをずっと待っていた。どうせ戦うことでしか存在も意義も証明できないのだ。そんな自分に、己の出生やこの先の人生に思い悩んで自ら命を絶てるような上等な選択肢などあるはずがない。

 それに自分が殺すほど、あるいは勝利するほどに周囲は彼に『利用価値』を見い出し、武器を与え、機体を与えた。生まれて初めて他人の手から手渡された銃の『温もり』を、彼はぞっとするほど鮮明に覚えている。そうやって認められているという事実が、根底に在る自己否定で渇き切っていた彼を少しだけ癒してもくれていた。

 だから。

 ……でも。

「おーいっ」

 どこからか声が飛んできて、カナードはふと顔を上げた。自分にこうして声をかけにくる者などそう何人もいない。見やってみるとロアノークがこちらへ向かってくるのが目に入った。

「何か用か」 カナードは言った。「作戦内容なら二度は言わんぞ」

「そう言うなって」 傍へ来たロアノークがポンと背を叩いて言った。「でかい作戦の前なんだから、なんか話でもしとこうって思うのは普通だろ?」

「……解らんな」 その口調は突き放すような冷たいものではなく、その心境を理解しようとしてできなかった、わずかばかりの困惑を含んでいた。「気が散る」

「ほら、そういうの」

「は?」

「おまえがそういうふうに考えるヤツなんだって、またひとつ解るわけだろ。相互理解っての? 少なくとも一緒に戦場に出るんだから、どんなにつまんないことでも、相手のことをひとつでも多く知っておくに越したことは無いだろ」

 そういう理屈ならば解らないことはないが、あまり密接かつ過度なコミュニケーションは不要な感情移入を招くことも確かだ。共に戦場に出る以上、相手が『死ぬ』可能性をはらんでいることは努々忘れるべきではない。カナードは、ロアノークが『相方』となるこの作戦においてもその意識を捨ててはいなかった。

 ただ彼は確固として、揺るぎなく信じるだけだ。ロアノークがこの作戦を完遂するに値しない人物などではないことを。そして自分のチカラが絶対のものであることを。

「でもいいさ。おまえがそんなガラじゃないことは、よく知ってるつもりだからな。……ちょっと、おまえの首根っこ捕まえに来たんだよ」

「オレの? 何を言って…」

「これが終わったら、一緒に暮らさないか」

 はじめロアノークが何を言っているのか解らなかったカナードだったが、改めてそう言われてもやはり相手が何を言っているのか解らなかった。

「バカなことを言うな」 黒い男は叱るように言った。「おまえにはまだ、過去の実績から連合に戻る道がある。あるいはアークエンジェルに帰る選択肢もな。オレにこだわっていては、どちらの機会も逃すことになるぞ」

「俺は連合にも、アークエンジェルにも戻るつもりはないさ」 肩を竦め、当たり前のようにロアノークは言った。「ムウ・ラ・フラガなんて人間は前の大戦で死んだんだ。ここに居るのは所属も部下も上司も失ったこの身ひとつだ。今更どこへ行こうなんて考えちゃいない」

 生き方は、自分で選ぶことができる──。自らで閉じた世界に引きこもってしまっていたカナードに、命を賭してそれを教えてくれた少年の言葉がよみがえる。ロアノークが失った部下らを想って自身の在り様を決めたというのであれば、カナードはそれに文句を言うべきではないし勿体ないと怒る資格もない。重々承知している。

「それに、バカ言ってんのはおまえのほう」

 と、ロアノークが伸ばした両腕がカナードの身を包み、ぎゅっと抱きしめていた。腕にこもった力と、服越しにも感じることができる肌の感触と体温に、心臓がひとつ大きく痛みを打つ。

「やめろ、放せ…っ」 相手の顔もまともに見られないままカナードが放った言葉は、焦りに近いものを含んでいる。

「ここまで来といて俺から逃げようったって、させないぜ。おまえが戦いをやめられないっていうんなら、どこまででも付き合ってやる。そのためにおまえの部下になる必要があるってんならそれでもいい。……おまえと一緒に、これからを生きていきたいんだ」

 ロアノークが押し迫る形で、ふたりはようやく視線を交わす。動揺と焦燥に揺れるカナードの瞳は、ついさっきまで会議室で話をしていた時の貌とはまるで別人だ。あるところは鋭いほど発達しているが、また別のところは子ども以下。そのアンバランスさは、時に動揺を振り切って彼を狂気に駆り立ててしまうだろう。──否、もしかしたらすでに幾度となく暴走を繰り返してきたかもしれない。

 不憫だと言ってしまえばこれは同情になる。まだフラガであった頃、キラに向けていたやるせなさと同じだ。

 でもこいつは違う。この黒い男は絶好のチャンスでロアノークを殺さなかったばかりか、いきなりあらゆる警戒も殺気も解いて『傍に居る』なんて言い出したのだ。先に声かけてきたのはそっちのくせに、こっちがその気になったら怖じ気づいて逃げようってか? そうはいくか──。

「……っあ」

 顔を寄せたロアノークが何をしようとしているのか察したカナードが、ぎくりと身を竦ませる。

「待て、…待ってくれっ」 首を逸らし、相手を押し退けようとして彼は言った。「やめろ、今はっ…今は無理だっ」

「…………今は、…って?」

 引っかかる言葉を感じてくれたか、抵抗する手首を掴んでいたロアノークの手が緩む。無重力の中で相手を押し退けた反発に流されるままカナードは隅の壁に背をつけ、小さい子がイヤイヤをするように首を振り、両手で顔を覆った。

「触れてしまったら…離れられない」 動揺のあまりか、半ば過呼吸でも起こしたように息を乱して彼は言った。「せっかく戻ったチカラが消えてしまう…っ、だから今は無理だ、言えない、応えられない」

 なんて正直なヤツだろう。ロアノークはうっかり感嘆してしまった。

 こいつの性格からして、戦いの前に縁起でもないとか、余計なことを考えている場合かと怒られる可能性は考えてあったし、そのくらいいっそ押し切ってやろうとも思っていたが、理由がこれではどうしようもない。

「…わかったよ」

 オレもおまえが好きだ、愛してる──。そう言われたも同然の拒否を受けて、ロアノークはひとつ、自分の方が聞き分けの良い大人を演じてやることにした。

「でも、俺の気持ちは変わらないぜ。戻ったら……ちゃんと、おまえの口から返事を聞かせてくれ」

 返事はない。──わかっている。だからロアノークはそれ以上を言わず、身を翻して去って行った。

 泣いているかもしれない相手を放って立ち去ろうなど、冷たいとさえ見える光景だったかもしれない。でもこれでよかったのだ。

 もう一度抱きしめていたなら、今度こそこのふたりは戦えなくなってしまっただろうから。



 ラクスは、シンとルナマリアを連れてエターナル艦内のMSデッキへやってきていた。

 三人が整備橋の真ん中に着地したのを確認したように、カシャッと周囲がライトアップされる。

「わあ…!」 ルナマリアが声をあげた。

 そこに居たのはフリーダムだ。今はフェイズシフトが落ちているから全身くすんだ色をしているが、特徴的な背中のウイングバインダーを見ればすぐにわかる。しかしそれは旧大戦の頃に嫌というほど目にした刃のようなフォルムではなく、むしろキラが進化した時にその背に出現した忌まわしい機械翼と同じ形状だ。

「これは一年前より、キラの『進化形態』をベースにしてわたくしたちが建造していたMS…」 ラクスが言った。「ZGMFーX20A・STRIKE-FREEDOMです」

「ストライクフリーダム…」 シンはぽつりとそれを復唱した。そういえばキラは『デストロイ』戦の時にも、そしてメサイアが発進した時にも、その名と同じ命令文を使っていたはずだ。

 L5宙域で爆散したフリーダムもこれと同じ形態をしていたけれど、あれはもともとアークエンジェルに在った従来のフリーダムがキラの搭乗で変質したものだ。ラクスたちが進化した彼のためにと用意したこの機体は、結局パイロットが居なくなって無用の長物と化してしまったらしい。

 その隣には、兄弟機であるインフィニットジャスティスが立っている。こちらも爆散こそ免れたもののやはりパイロットを失い、もぬけの殻も同然だ。

「シン・アスカ、ルナマリア・ホーク」 ラクスは言った。「わたくしを守るために、もしこの機体が必要だと言うのなら、これらをあなたがたに差し上げます」

 声を揃えてエッと驚愕し、ふたりはラクスを見た。デュランダルと同様、かつてなく厳しい顔つきをした聖女は、そんな彼に向かってひとつ頷いて見せた。

「扱い慣れた機体のほうがよいのであれば、ザフトから供給を受けて頂いても構いません。ですが、この二機に限ってはキラとアスランの『進化形態』がベースとなっている分、搭乗するあなたがたに、今の彼らと同じだけのチカラを与えてくれるはずです」

 シンは、ここを飛び立てばきっと白銀に輝くであろうその機体を見上げた。同じようにルナマリアも、自分のパーソナルカラーに近しいそれをぽかんと眺めている。

「出撃までさほど時間はありません。どうされるかは、あなたがたの判断にお任せします」

 そう言い残して、ラクスは整備橋より飛び立ってデッキを出て行った。この艦は能力者部隊の旗艦として最前線に出ることになっているが、それでもユニウスセブン破砕作業の手伝いができるに越したことはない。これからバルトフェルドやダコスタらと打ち合わせをするのだろう。

「……ルナ」

 長い沈黙があるものかと思いきや、シンは意外にもすぐに口を開いた。

「おれは乗る」 彼は言った。「こいつに乗ることで、キラと戦う方法が見えるかもしれない」

「シンらしいよね。そういうとこ」 ルナマリアは相手と目を合わせ小さく笑った。

「え?」 少年はつい驚いてしまって、隣に立つ少女を見やった。「おれ、らしい?」

「気が短くて怒りっぽくて、反抗的で素直じゃなくて」

「う……な、なんだよ…わかってるよ、そのくらい…」

 これでもかというほど自分でも意識している短所を論われてシンが怯む。

「でもね」 そんな相手の様子を面白そうに笑って、彼女は言った。「あんたが、ほんとは誰より一番優しいひとだって、あたしはそう思ってるから」

 誰もが諦めた場面でも、それでもステラを庇おうとしたこと。

 『意識不明』に陥ったルナマリアを助けたい一心で、『闇』に呼びかけ進化を行なったこと。

 いっそ考えなしのバカと言ってもよかったのだが、ロドニア出向を決めたことに然り、いちいち綿密に考えていては時間がいくらあっても足りないところで、彼はいつも誰かを助けたいという思いだけで即決してきた。その道が決して間違っていなかったということを、今こうしてここに生きている自分とステラの存在にかけて、彼女は自信をもって言い切ることができるのだった。

 それに、このストライクフリーダムに乗ることをしてシンはキラと戦うためだと言うが、実際のところはこの機体の兵装からキラの戦術をマスターしててっとり早く彼を仕留めようと言うのではなく、重力崩壊が発生しカナードの狙った事態へ発展するまでの間を戦い続けるため──つまりは双方ともに生きているための手段を獲得しようという話なのだ。

 戦うことが『活きる』道を見い出す。シンは自分のチカラを『破壊のためのもの』だと否定して譲らないが、ルナマリアは断じて違うと確信していた。

「アスラン、謳ってたよね」 ルナマリアはジャスティスを見上げて言った。「この機体は『「汝」の正義を守る盾』だって。なら、あたしもこれに乗るわ。そしてシンを守る盾になる」

 シンを、守って──。泣きながら、それでもルナマリアに言葉を伝えられた喜びに笑って、ステラはそう言った。守りたいものを守るためにどんどん傷付いていく彼のことを守り、癒せる者が必要なのだと彼女は解っていた。

 だが、今までその役割を果たしてくれていたキラもアスランも居なくなった。シンにとってあの二人は親や兄弟も同然だ。そんな者らとこれから刃や火を撃ち交わすことになるシンがまたどれほど傷付くことになるのかと思えば、重い不安と共に胸が痛む。

 もしメイリンが強大な能力者だったとして、キラみたいにおかしくなって世界を滅ぼしにくるなんて、考えるのも嫌だ。だからこれ以上シンに守ってもらうのなんかまっぴらだった。ここで引き下がったら、きっと一生後悔する。

「ルナ……」

「止めても無駄だからね」 ふん、と胸を張って彼女は言った。

「いや、…じゃなくて……」

 言葉に窮したようにシンは中途半端に言葉を切り、うつむいた。長い前髪に隠れて、その目元が見えなくなる。

「あのさ、ルナ」 そのままの姿で、彼は言った。「おれ、キラみたいに器用じゃないし、アスランみたいに頭良くもないけど、さ…」

「…うん」 そんなことないよ、という言葉を飲み込んで、ルナマリアは答えた。それは同意なんかではなく、聞いているよ、という相槌だ。

「それでも、……それでも守りたいんだ。ルナが…ルナとステラが生きてるこの世界を……」 少年の声が震える。「マユが生きていたこの世界を、壊されたくない」

「うん」

「一緒に行こう、ルナ」 顔を上げ、真紅の瞳に涙を溜めてシンは言った。「世界は、ルナごとおれが守ってやる。だからルナには、おれのことだけ考えていてほしい」

「もちろんよ、シンッ」

 感極まったようにルナマリアが床を蹴ってシンの胸に飛び込み、シンもそんな彼女を両手を広げて抱き留めた。

 カーペンタリアで抱き合った時にも感じた胸の痛みが、少年の腕にぐっと力を込めさせる。それはキラと一緒に居る時の喜びや嬉しさとはまったく違った、もっと激しく、もっと身を焦がすような熱だった。

 離したくない。ずっとこのままで居たい──彼女の背を撫で、髪を梳くだけで甘い痺れが全身に広がる。唐突に彼は理解した。想いが痛みとなって胸を貫くほど、狂おしいくらい、自分がこの娘を好いていたのだということを。

 会議室では自分を殴ってやりたいくらい一向に決まらなかった覚悟が、腕の中の温もりを感じるほどに固まっていく。『闇』の持ち主として、戦いを前にして『愛』を感じることは致命的だ。しかしシンはこのとき、身体の底から確かにわきあがる、温かいナニカを感じていた。

 これはそう、一年前。『闇』が渦巻く悪意の水底で、キラから『ミーティア』を譲り受けた時と同じ温もりだ。

 あのときシンは妹に誓った。このチカラは守るために使うと。

 だから……だから、きっとこれは──。

「シン、好きよ」 顔を上げたルナマリアが、目を潤ませて言った。これはステラの代弁じゃない、あたし自身の気持ちだ──。

「…おれもだ」

 短くそう答えて、少年は愛しい女に口付けをした。



『ユニウスセブンを目視領域内に補足! ──その前方にて発光体を確認……キラ・ヤマト、アスラン・ザラの両名です!』

 地球に近いためより早くユニウスセブンの接近を補足した連合の通信が、アークエンジェル、ミネルバ、エターナルの三隻を旗艦とした同盟艦隊へ通達される。これより連合の月基地はアプリリウス・ワンの天文観測部門と相互通信を行なうことで『キラの状態』を正確に把握することを目的とし、戦闘に出るすべての艦隊・部隊の管制を務めることになった。

 そんな連合基地から送信されてくる映像データが、カナードを仲介したテレパシー通信をもって、出撃を控えた能力者たちに送られてくる。見紛うはずもない、青白い翅を広げたキラと、その傍に寄り添うアスランの姿だ。すでに宙域に展開されたそれぞれの艦やMS内で待機していた者らが一様に小さく溜息を吐く。

「アスランはまさかまさかと思ってたけど」 苦笑いを含んでハイネが言った。「やっぱりキラに味方しちまうかあ」

「私情は禁物かもしれませんけど、自分は、解る気がします」 ルナマリアがぽつりと言った。

 誰も、アスランを批難する言葉も権利も持たない。ただそんな中でもカナードは同意も否定もせず沈黙を守り、シンはそんな彼らを、穴が開くほど見つめている。

 ……あんたは、キラが誰かに殺されるくらいなら自分で殺すって言ったひとだ。それなら、あんたがそこに居るのには理由があるんだろう──? 届かないとわかっていても、彼はアスランに語りかけずにはいられない。

「聞こえるか、シン」 カナードが言った。「もうわかっているだろうが、いかに優れた機体であろうと、それで扱えるエネルギー出力には限界がある。もしキラやアスランと一騎討ちになりそうなら早々に外へ出ろ」

「わかってる」 シンは頷いた。「でも今はできるだけ、この機体に馴染みたい。キラの戦術をひとつでも多く使えるようにしておきたいんだ」

「……好きにしろ」

「心配ご無用よ、黒鳥さん」 ルナマリアが言った。「シンはあたしが守ってみせる。だからあなたはネオを守り抜くことだけ考えてて」

「おいおい、俺を戦力外みたいに言うのはやめてくれよ」 ロアノークがたまらず割り込んでくる。「おまえらまとめて守ってやるくらいのチカラは持ってるつもりだぜ」

『貴様ら、さっきから黙って聞いていれば、統率取れなさすぎだろうが!』 通信の向こうからイザークの怒声がする。『この通信は連合の艦隊だって聞いているんだぞ、もう少し緊張感を持ったらどうだ!』

『ごめんごめん』 取り繕うようにディアッカが割り込む。『ウチの隊長、姫さんとの決戦だってのに前線に出られないからって、イライラしちゃっててさあ』

『解っているならディアッカ、貴様が臨時隊長くらい務めてみせろっ! アスランの野郎……っ、この手で殴ってやらんと気が済まん!』

『それはさっきも言ったけどオコトワリ。テレパシー通信は仲介者が多いほど鮮明になるからな、こう見えて俺だって役に立ってるの』

 どっちが統率取れてないんだか──。今ごろ連合艦隊は呆れかえっているかもしれないが、そんな連中のへ防衛をも一手に担うことになる能力者たちからすれば適度に緊張をほぐせるいつもの漫才だ。

『……能力者部隊の出撃をもって、我々ジュール隊とヴェステンフルス隊は連合艦隊と協力態勢を執り、ユニウスセブンの破砕作業に従事する!』 イザークはそれまでのやり取りを無かったことのようにして言った。『能力者部隊は「キラ・ヤマト」を可能な限りユニウスから遠ざけ、破砕作業の邪魔をさせるな! くどいようだがエターナル以外の艦は絶対に戦闘宙域へ入るなよ! 死ぬぞ!』

 非常にわかりやすく、かつ清々しいほど適切な指示だ。つまるところどの部隊においても、この指示を信じずに飛び込むバカの責任は取らなくてもいいという意味である。

「連合艦隊はアークエンジェルを、ザフトはミネルバを旗艦とし、命令系統は各艦長殿に一任させて頂く」 デュランダルが言った。「能力者部隊は旗艦エターナルの防衛に務め、重力崩壊発生までを耐え切ってくれ」

『了解!』 ごく一部を除いた全員の声が合わさる。

「エターナル、発進します」 ラクスが言った。「シン・アスカ、ルナマリア・ホーク、各自発進どうぞ!」

 MS出撃用ゲートが開き、射出用カタパルトに安置されていたストライクフリーダムの進路が開く。シンはひとつ大きく深呼吸すると、握り締めた操縦桿を通して自身と機体を『結合』する。

「シン・アスカ、ストライクフリーダム、行きます!」

「ルナマリア・ホーク、インフィニットジャスティス、出るわよ!」

 シンの出撃にルナマリアが続く。艦に充分な距離をとったところで背のウイングバインダーを展開してスラスターを起動するが、自分の光の翼とはまったく機構が違うためか思うように翔べない。

「クソッ、なんてスピードだよッ!」

 速度のあまりコントロールがブレる、レーシングマシンのそれに似た危うさ。ドラグーンも分離しないうちにこれでは、本当に光の翅を展開した後どうなるか容易に想像がつく。事前にOSと同期するだけの時間があれば違っていたかもしれないが、そんな余裕が無かったせいもあって焦りが生まれる。

「シン、そいつを『乗りこなそう』などと考えるな」 カナードの声がした。「それはおまえのために調整されたシステムではない。おまえが扱えなくて当たり前のシロモノだ」

 ああ……ああ、そうか──。シンは理解していく。新しい機体を得ることの意味を。

 どうしても自分に使えないものは使わなくていい。キラやアスランができるのだからと、自分もそう在る必要はない。自分が使えそうな、自分に必要なものだけを利用していけばいいのだ。

「取り込め、キラの戦術を」 黒い男は尚も言った。「使うのではなく、理解して自分の思考を延長しろ。それはヤツと戦う上で、対等になる以上に重要な戦略──先見に繋がる!」

 正直なところ、シンはこの黒い男が嫌いだった。キラに似ているくせに、似ても似つかないところなんかその理由の筆頭だ。合理主義で、感情の入る隙が無いその戦略性に至っては正反対と言ってもいい。

 そのくせ感情に走りやすいシンへのアドバイスがいちいち的確なものだから、うっかり素直に聞き入れようとする自分についイラッと来る。それゆえ意地を張ってしまいそうになるが今はそんな場合ではないし、曲がりなりにも彼は軍人を経た傭兵だ。アカデミーを出て間もない自分とは天地ほども差のある場数を踏んでいるのは間違いない。

 それに彼は、激高した、あるいは荒げた感情を抑えるための手段をある程度心得ているように見える。合理主義者の代表格といえばデュランダルだが、カナードにはそんな、時々シンですら納得しかねることもある理詰めの気配なんかひとつも感じられない。

 あいつ、もしかして──。シンの頭に、ひとつの可能性がよぎる。案外と、自分たちは似た者同士なのかもしれない……なんて。

「……来いっ、『デスティニー』!」

 シンの叫びに合わせてストライクフリーダムのウイングからドラグーンが解き放たれ、スラスター噴出孔から光の翅が展開される……はずだった。ところが青白い色を放つはずの光は鱗翅のそれではない。赤みを帯びて虹色に煌めく、文字通りの『翼』だ。

 展開したドラグーンの半数が縦に連結したかと思えば、デスティニーの象徴的な武器であった大型対艦刀『アロンダイト』へと変異し、その両手に収まる。腰にマウントされていた二門のレールガンに至ってはビームライフルの片割れと融合してひとつになり、こちらもシンが使用に長けた大型ビーム砲に変わった。

 更に二基のドラグーンが機体の手のひらに溶け込んで内臓式の砲門となり、最後の二基は肩口で一対の武装を形作る。『思考』を通じてキラ専用にカスタマイズされていたOSが書き変わり、その過程でシンの脳裏へ、この機体が持てるシステム、能力、戦術が嵐のようによぎっていく。

 彼のドラグーンの使い方ならば、『デストロイ』戦で嫌というほど見た。カナードと戦った様子を見て、『ルプス』が『連結』できることとその威力を知っている。レールガンが威嚇や挑発にすぎないこと、何より最大の難関は、そのすべてを操る驚異的な速度であることを──。

 光の繭を形成していた翼を大きく広げたその向こうから、デスティニーとそう変わらない姿に変異したMSが現れる。もはや誰の目も気にしなくていい状況になっていることも相俟って、シンはより眼前に煌めく目標にのみ集中して飛翔していった。

「来たね、シン!」 嬉々としたキラの声がする。「さあ、思う存分チカラを振るえばいい! それはいつかの君が、心から望んだことだっ!」

「あの頃のおれと、一緒にするなあああぁぁっ!」

 本来のスピードに、ストライクフリーダムから獲得した機動力を加えた速さで『デスティニー』がアロンダイトを振るい上げる。ビームで作られたその刃は、あらゆるものを……MSはおろか戦艦でさえ、瞬間的な超高温で焼き切り、爆散させることができるはずだった。

 バシィッ、と漏電に似た衝撃音がして、ビームの刃はキラの頭に届くほんのわずか上のところで『イージス』に止められていた。まるで花火大会でも見物するように頭上に瞬く火花を眩しそうに見上げるキラの前で、アスランが結印したそのままのかっこうでシンを見つめて──否、見据えている。

 やはりどうあってもキラを守るつもりか──そんなふうにショックを受けはしても、シンは停まりもしなければ競り合いもしなかった。初撃が弾かれたことを認識するや素早くその場を飛び退き、距離を取る。離れる直前、キラと目が合った。シンの反応の速さに、相手の『強さ』に喜びを隠し切れない魔性の笑みがよぎる。

 次の瞬間、キラのドラグーンによる八方からの一斉射撃がその場を貫いていった。寸でのところを飛び退いていたシンはぎりぎりで難を逃れていたが、防ぎきれないものは腕に発生させたビームシールドで弾き、あらぬ方向からの一撃は、割り込んだルナマリアの盾が受け流す。

「行くぞ、ルナッ」 シンは言った。「まずはアスランだっ!」

「了解!」

 シンとルナマリアがふたりの左右へ回り込み、それぞれのビームライフルでアスランを狙撃する。彼がそれを広げた両手の先に展開したシールドで防御しきったところを見計らって、シンがその結界の出力を上回る大型キャノン砲を撃ち出した。

 さすがにこれを防ぎ切ることはできないと判断したか、キラとアスランが上下に展開して回避する。シンらはキラに目もくれず、上へ逃れたアスランを追撃した。

「──運命を切り裂く力は無くとも、汝らは強き我が意志の剣!」 ルナマリアが言った。「出でよシュペールラケルタ!」

 彼女は両手に出現した二刀のビームサーベルを連結し、ハルバードモードでアスランへ斬りかかる。だが読み切っていたアスランが身を翻して回し蹴りの姿勢を作り、その膝から下にビームの刃が煌めいた。しかしルナマリアだって、現在彼に起動している命令文と同じ機体を操っているだけに、相手の行動をある程度読んでいた。軌道の変わったハルバードが、彼のビームブレイドとまともにぶつかり合って小爆発を起こし、弾き合う。

「汝は小さき鍵、其こそ我が運命の扉を斬り拓く者! 舞え、フラッシュエッジ!」

 大きくバランスを崩したアスランに向かって、シンが肩口からビームブーメランをひとつ撃ち出した。容赦なく彼の首をぶった斬ることができる軌道だったが、残念ながらはるか足下から飛んできた青いドラグーンに撃たれて破壊されてしまった。ただしそのドラグーンも、直後、シンが更に撃ち出したブーメランのもう一方に斬り裂かれ、爆散する。

「よしっ…!」

 シンだってドラグーンを一基失っているのだから結果はタイ、故にぬか喜びもいいところだったが、彼もルナマリアも声を出さずには居られなかった。

 手も足も出ないかもしれないと思っていた相手に、まずは一撃入れることができたのだから。

「あははははっ」 舞い上がってきたキラが楽しそうに笑って言った。「まだ機体に乗ってる状態なのに、やるもんだね? まさかラクスが君たちに機体を譲渡するなんて…やっぱりエターナルは庇うんじゃなかったかなあー?」

 意地悪くそんなことを独り言じみて言ったキラが、後方からやってくるエターナルのほうをちらりと見た。ただそれだけだったが、艦を球状に包む『アルミューレ・リュミエール』が発動し、その一部で眩い爆発が起こる。予備動作も何もあったものではない攻撃と防衛、しかも当たれば確実に艦が落ちていた一撃に、シンもルナマリアも一瞬、声が出ない。

「よせ、キラ」 アスランが叱るように言った。「今回は『防御』を担当できる者が多い。エターナルは最後だ」

「ああ、居たんだっけ? ──影の薄いのが」

 到底正気の沙汰ではない言葉を交わした後、キラの目が動いた先に、宇宙の闇に溶け込むようにして立っているカナードが居た。ばちりと両者の視線がぶつかるけれど、キラは彼を見下すように笑い、黒い男はただそれを受け流すだけだ。

「君さ」 キラは言った。「どんな面白いことをしてくれるのかと思って様子見てたけど、とんだ期待外れだよね。こうなったらもう誰にも止められないってわかってるくせに、それでも守り切れると本気で思ってるの?」

 カナードは何も言わない。それは無視しているのでも、答える価値のない戯事と思っているのでもなく、こいつに下手なことを言えば自分の思考が透けかねないという危機感からだ。

「だとしたら──」 キラが笑む。深く、魔物のように。

 ありがたいことに、キラにカナードの計画は伝わらなかった。『戦うための兵器』と成り果てたキラにとって、眼前に揃った能力者たちは、あくまでも『この期に及んでも世界を守るため、勝ち目のない戦いをしに来たバカ連中』ということになったようだ。

「君も騙されたクチなんだね? 『想いの力』だなんて、一方的に押し付けられただけの自己満足に──」

 バチィッ。キラの言葉が終わり切らないうちに、キラのすぐ傍で滞空していたドラグーンがひとつ弾け飛んだ。ひとつ破壊するにもシンとルナマリアがやっとのことだったそれをこの一瞬でやってのけた黒い男の目が、怒りと殺意にギラつくのを見たキラが、堪え切れず笑い出す。

「あーっはははは! さあおいでよ『兄さん』、遊んであげる!」

 翅の出力を上げて上へ飛翔したキラを追い、カナードが飛び立つ。ロアノークの姿は未だ見えないが、エターナル防衛のために可能な限り艦内に留まるつもりだろうか。

「キラッ、あまり俺から離れるな──」

「行かせるかよっ!」

 彼らを追うべく飛び立ちかけたアスランが、ハッと言葉を切って、身を翻しつつ後退する。そこへ『デスティニー』のぶっ放したビームキャノンの光が駆け抜けて行った。

「アスラン、答えろっ!」 次の一撃に向けたエネルギーを砲身に充填しながら、シンは叫んだ。「あんたは『闇』の侵食なんか関係ない、正気のはずだっ! なんでキラを護ろうとする、ユニウスが落ちれば、オーブどころか地球が破滅するんだぞ!」

「──だったら、何だ」

 異様なほど冷静な声で、アスランはぽつりと言った。感情も抑揚もない、キラのそれと同じ闇の珠の座す瞳がMS越しにシンと視線を交わす。

「キラの居ない世界に生きる意味はない」 アスランは言った。「だからこれは俺が自分の手でケリをつける、それだけのことだっ」

 彼が伸ばした両手がそれぞれに印を結び、ルナマリアを射程に捉える。

「我が名に囚わるる事無き者、汝は自由の剣が想うままその意志に従え! ハイパーフォルティス!」

「我が名に縛らるる事無き者っ!」 ルナマリアがほとんど同じ命令文を叫んだ。「運命の翼が征き着く先へ、汝は彼方まで共に在れ! ハイパーフォルティス!」

 撃ち出されたビーム砲の威力は、はっきり言えばアスランのそれのほうが遥かに強い。彼は先天種であり、常にキラから力が供給されているのだから当然だ。おまけにチカラの使用歴だって相当なもの、いかにシンを護ろうという想いが強くても、まだ能力者になって日が浅い彼女には分が悪い。

 だからシンはその激突の末を見届けることなく、二発目のキャノン砲を撃ち出した。ルナマリアのハイパーフォルティスがシンのエネルギーと交わって強力な推進力を獲得し、威力が互角を超える。シンはその光が目くらましになっているうちにアスラン本人へ急接近を仕掛け、掌底部のビーム砲を叩き出していた。

 至近距離で放たれるそれは、『デストロイ』級の巨大なMAだろうと貫通できるだけの威力がある。シンの手のひらに確かな衝撃があった。相手側からのエネルギー放出が消え、ルナマリアが競り勝つ形で、吹っ飛んだアスラン目掛けてビーム砲が飛んでいく。

 ところが着弾の直前、まるで鏡面に弾かれたようにフォルティスが防がれ霧散した。パルマフィオキーナの衝撃で脳震盪でも起こしたか、頭を押さえてしきりに首を振るアスランの周囲に、新たに三つのドラグーンが浮遊しビームシールドを作り出している。

 ──遥か『上空』では、カナードがキラの相手をしているはずだ。兵としても能力者としても熟練であろう彼を相手にしながら、まだこうしてアスランを防衛できるほどの余裕がキラにはあるらしい。絶対を誇る強力なシールドを使用する彼相手になら、キラだってドラグーンを使えるほうが効率的であろうに。

「そうじゃないと思う」 シンと直接テレパシーが繋がっているルナマリアが、彼の思考を聞き付けて言った。「余裕があるんじゃなくて、あのひとはアスランを守りたいんじゃないかしら」

 守りたい──? シンは考える。なるだけ冷静に。なるだけ感情の移入を避けて。制御を取り戻したアスランが、すでにハルバードモードのシュペールラケルタを召喚し斬り込んでくるのを、彼は手元のビームシールドで真っ向から受け止めて弾き返した。

 間髪入れず、『デスティニー』のスラスターやメインカメラを狙ってドラグーンが攻撃してくるのを左右にかわし、シンはその向こう側にいるアスランへの追撃を狙う。もう一撃フラッシュエッジをお見舞いし、怯ませたところで斬り込むべきか──。

「おまえの助けは借りない──」

 ぽつりとアスランが呟く。どうした、何事かと思った次の瞬間、目の前にもう彼が居た。

「えっ…」

 キラの『援護』であるはずのドラグーンを振り切る形での瞬間転移。驚愕の一瞬、反応が遅れた。脚を大きく振るったアスランの膝から下に、先ほども見たビームエッジが光る。

「シンッ!」

 ルナマリアの悲鳴を遮るように、アスランのビームエッジによる蹴り斬りが、『デスティニー』をコクピット部分で上下真っ二つに斬り裂いていた。







                                         NEXT.....(2017/10/13)