FATAL ASK  43.共犯

 ミーア・キャンベルによる放送がラクス・クラインのものではなかったことを証明できても、その内容までもが妄言だったとは言い捨てることはもはやできない。連合、ザフトの大半の者が『キラ』のチカラを目の当たりにし、月基地において取得されたであろう情報も、素早く地球連合所属の各国へ送信されてしまっていたからだ。

 挙句の果てにあの攻撃。能力者からすれば事態の深刻化に併せてもとより懸念していたことだったが、人間からすれば『本性を現した』と受け取られても文句は言えない。それこそアスランがプラントへ戻った時、評議会議員たちに吹き込んだ嘘が的を射た結果になったようものだ。

 誰も彼も泣きそうな顔をしてデュランダルを出迎えた最高評議会と、月基地へ引き上げた連合艦隊代表者との相互通信によって、およその事態はロード・ジブリールとミーア・キャンベルの共謀であったことになり、本人意思でオーブに正式に所属していた『キラ』を表舞台へ引きずり出して鹵獲することを目論んでいたのだとされた。

 死人に口なしなんて言ってしまったら、あの二人は化けて出るかもしれない。けれどだいたい間違っていないことも事実で、『ラクス・クライン』の『路線変更』に強い不審を抱いていたプラント市民や、補給が横流しされていたことを疑っていた地球基地の連合兵たちの後押しもあって、情報操作はそこそこ順調に進み、オーブ──否、デュランダルとの共謀じみた癒着を囁かされたカガリへの誤解は速やかに解かれた。

 そこそこ、という表現に留まるのは、それを信じない者も多数居たからだ。正確な情報として『真相』を発信はしているものの、それを全人類に浸透させるのはさすがに無理がある。ジブリール亡き後の『ロゴス』所属者たちが、それを拡散させるべき情報であると認識してくれるより祈る他ない。

 不条理な話だ──。評議会へ復帰して最初の仕事となった講堂での会見・演説を終わらせたデュランダルは、手元の書類を束ねながら溜息を吐いた。

 メサイアの建造やマイウスにある研究所の所有についてなど、弁明せねばならない事実はまだいくつも残っているが、それ以前にやらねばならないことはキラの捜索だ。

 キラが戦闘宙域において展開した攻撃行為は、敵対勢力でこそあったものの大多数の連合月艦隊とザフトまでも巻き込んでしまったため、『虐殺』と称されても相違ないものになっており、彼の行方と目的については記者団も恐々と質問を投げかけてきた。

 どこへでも瞬間転移が行なえる上、何の前触れもなく──センサー類で感知しようもなくあんな攻撃が可能な存在が野放しになっているのだから無理もない話だ。ここでデュランダルが『彼の目的は世界を滅ぼすことです』なんて本当のことを言ってしまったらどんな騒ぎになるか想像もつかない。

 その行方については、これから能力者による対策本部を設立して追うということ、そして目的は一切不明である──自分たちも戸惑いを隠せずにいる──とし、明確な言及を避けた。一応連合側にもザフト側にも、能力者ではない者が『キラ』を追うのは危険だからやめておけと釘を刺してはおいたけれど、今ごろ月や大西洋連邦ではモニター前に座した重鎮が一斉に、あんなバケモノ誰が追うか、とツッコミを入れているかもしれなかった。

「議長、お疲れさまです」

 会見の講堂を出たところでハイネが出迎えにやってきた。ああ、と軽い返事をして長い廊下を歩き出しながら、デュランダルは言った。

「どうだね、ザフトの守備は」

「ロアノーク殿の捨て身の防衛のおかげで、事無きを得たといったところでしょう」 ハイネは言った。「ジュール隊も無傷です。本国防衛に関してはほぼ問題ありません」

「何よりだ。…それでは、ヴェステンフルス隊にはジュール隊と合流し、本国防衛に就いてもらいたい」

「は、承知しました」

 ハイネとて能力者ではあるが、マイウスの異変時にはアスランに頼らざるを得なかったように、その程度はサイコキネシスやテレパシーの行使に留まるもので、マイノリティとしてはどうしようもなく弱い。能力者の存在が明るみになり、ミーティングをカモフラージュする必要もなくなった以上、これまでそのパイプ役であったハイネは然るべき立場へ戻るのがよい。本人もそれを充分理解している。

「あと、ジブリールより提供された『戦闘用コーディネイター』についてですが」 ハイネは言った。「すでに全部隊より回収し、隔離しております。『処分』というわけにもいきませんが、彼らの待遇については…?」

「なに、案ずることは無い」 デュランダルは言葉のまま、何の不安もない顔をして言った。「彼らとて自我を持たぬ人形というわけではないのだ。対話を通して、近く、同胞としても、同じ人間としても解り合えるようになるさ」

「…議長がそのようにお考えでありましたら、これ以上、自分から何も申し上げることはありません。これよりジュール隊に合流します」

「よろしく頼む。──それと」

 敬礼を見せ、身を翻したところで呼び止められたハイネがどうしたのかと振り向く。デュランダルはそんな部下に向かって、やおら頭を下げて見せた。

「ありがとう。私を、助けに来てくれて」

「え…っ」

 よもやそんなふうに言われるとは思ってもいなかったのだろう。ハイネがあからさまに動揺を見せ、廊下に誰も居ないことを確かめるような仕草までした。

「あ、頭上げてくださいよ議長っ、俺は──あ、じ、自分は別にそんなもりでは…!」

「礼くらい言わせてくれ」

 やっと顔を上げ、だがちょっと困ったように笑ってデュランダルは言った。うっかり出てしまったハイネの素の言葉など、何とも思っていないようだ。

「私たちは、下手をすればエターナルごと撃墜されていたかもしれなかった。そうなれば君たちも逆賊として処理されただろう。しかし我々は、こうしてここへ帰ってくることができたんだ。我々がここへ至るために在った君たちの行動のひとつひとつに、感謝をするのは当然だろう?」

 なんでこう、このひとは、こういうことを恥ずかしげもなくさらりと言ってしまうのか──。ハイネとしてはデュランダルが掲げる『未来』に賛同する者として当然のことをしたまでだったから、これは礼にも及ばない話で、しかも言われたほうは恥ずかしいんだか照れくさいんだかで困惑する上、相手が相手だから頂戴しないわけにもいかないから余計タチが悪い。

 ただ、あとからどんな勲章を授けられるよりも、こうして面と向かって労わられるほうがよほど嬉しいことだけは確かなのだが。

「まあ、えっと…その。『どういたしまして』ってところなんで…」 ハイネは言った。能力者同士として、同じ未来を描く同志として、少し砕けた言葉で。「また何かあったら駆けつけますよ。頼りにしてもらえたら、嬉しいですね」

「心強い限りだよ」 デュランダルは頷いた。「ジュール隊の皆にも、どうかよろしく伝えてくれ」



 予備動作のない文字通りの初撃だったから、それは誰にも止められなかった。

 たった一歩でカナードの懐に飛び込んだシンが、彼を思いきり殴り飛ばしていた。傍に居たロアノークですらその事実に気付いたのはすぐ隣からカナードが吹っ飛ばされ、背中から床に叩き伏せられたあとだったのだから、シンの隣に居たルナマリアだって制止できたはずがない。

「全部仕組んだ通りになって、気が済んだかよ!」 カナードの上に乗りかかって、その襟を引っ掴んでシンは怒鳴った。「目の敵だったキラが狂って、世界の敵になって! 何もかも思い通りで満足したかよっ、この野郎!」

「やめて、シンッ!」 もう一撃、とばかりに振り上げられたシンの腕にしがみついて、ルナマリアは言った。「ここであんたたちがやり合ったって仕方ないじゃないっ!」

「今は能力者の『仲間』がひとりでも多く必要だってか、ふざけるなっ!」 シンはやり切れない思いで言った。「そんな『今』を作り上げたのはこいつじゃないか! こいつが余計なことさえしなけりゃ、キラは…っ!」

「…浅はかだな」 ロアノークに助け起こされながら、カナードはシンを見やって言った。

「なんだと!」 この期に及んで口の減らない相手に、一度は引き離されたシンが身を乗り出す。

「オレが唆すまでもない。ミネルバがオーブへ降りて程なく、ジブリールはロゴスを通じてファントムペインがデュランダルの私兵組織であったとする情報を拡散し、最高評議会がデュランダルを解任して開戦に至るまでの筋道を作り上げていただろうさ」

 そうなっていたほうがよほど厄介な事態に発展していただろうことを、ロアノークは察していた。

 かつてフリーダム強奪事件の犯人を手引きした者がラクスであったことを突き止めたパリトック・ザラは、その父シーゲルまでもを国家反逆罪として粛正している。もしカナードの介入が無く、ジブリールが自ら拡散したファントムペインに関する偽りの情報が評議会に伝わっていたなら、デュランダルはシーゲルの二の舞を演じていたかもしれなかったのだ。

 カナードがジブリールを『有力な発言者』としてプラントへ送り込んだこと、そして評議会議員の一人に魅了を適用して『デュランダルを殺さないほうがよい』とさせたことで、テロリストへの抑止力として彼は生かされることになり、仲間の手で救い出せる光明に繋がった──。

「シン」 ルナマリアは言った。「このひとは、ネオやステラたちが、きちんとミネルバに保護されるようにも仕組んでくれたわ。あたしも含めて、ファントムペインのみんなの恩人でもあるのよ」

 おかげでデュランダルはロアノークと『三賢者』という生き証人を得ることができ、ジブリールと評議会が認識・発信していた情報がほとんど虚偽であったことを証明できた。アウルはキラに出会い、ステラはシンに出会って救われることができ、そんな二人の様子にはスティングも安堵していた。ロアノークに至っては失っていた過去すら取り戻してここに居る。これ以上の結果はないようにさえ思える。

「じゃあなんでおまえは、キラに『進化』のヒントを与えたりなんかしたんだっ」 シンは言った。

 ロアノークの機体をキラが機能停止に追い込んだ時、まるでそれを庇うようにカナードはやってきた。ロアノークはおそらく、キラの説得のみでも投降には応じただろう。これだけのことを仕組んだカナードならば、そのくらいのことは解っていたはずなのに、彼はわざわざキラと戦闘を行なった。

 遠方から見てさえ、シンはキラがまるで『手ほどき』を受けているように見えたのだ。一年にも及ぶ静寂に慣れ、チカラの使い方を忘れかけていたキラに、その感覚を取り戻させたばかりか、今のままではいけないのだと考える機会を与え、『進化』への必要性を促したように。

「……キラの進化は、ヤツに属するマイノリティをはじめ、おまえの進化にも繋がる」 カナードは淡々と言った。「おまえたちには、進化に段階を踏ませ、獲得するチカラに慣れるだけの時間と経験が必要だった。その理由は、爆発的な『闇』の侵食で精神を汚染されたことのあるおまえなら、よく解っているだろう。シン・アスカ」

 うっ、と言葉に詰まったシンが怯む。

「──すなわち…」

 と、ラクスの声がした。一同が見やってみると、彼女はデュランダルと共にこの会議室へ入って来たところだ。

「あなたははじめから、キラを『この段階』へ至らしめることを計画していたのですね? カナード・パルス」

 皆が改めてカナードを見た。シンにぶん殴られた時に切ってしまった口の端の傷もそのままに、彼は気まずさでも堪えるようにすっと目を逸らす。

「…はじめから、というのは語弊がある」 と、彼はぽつりと言った。

「ふむ…」 面白そうに腕など組みながら、デュランダルは言った。「やはり、君からは詳しく話を聞いたほうがよさそうだな」

 議長まで何言ってるんですか、と、喉元まで出かかった抗議の言葉を飲み込んで、シンはじっとカナードを見据えた。睨み付けている、といってもいい。チカラの疲弊状態が回復しきっておらず、彼は未だに光の翼も発現させられないけれど、キラにも匹敵するこの黒い男が、つい今しがた自分からの攻撃に防御も反撃もしなかったことには、いささか引っかかるものがないこともない。

 それに、こいつがここまでを仕組んだことに対する『目的』も、まだはっきりとは確認していない。キラを世界の敵に仕立て上げ、あるいは狂気に堕として世界ともども死ねれば満足、というつもりなら、この男はわざわざこんなところに来ていない。ロアノークや『三賢者』を生かす必要も、もっと極端に言えばジブリールを唆す必要すらなかったのだ。

 こいつまだ、何かを企んでいる──。頭にのぼった余計な血の一部で、シンはそう考えるに至っていた。

「さて、それでは聞かせてもらおうか。カナード君」

 適当な席に着き、デュランダルは言った。表情はあくまで落ち着いていて、柔和な笑みすら浮かべている。どの程度まで事態を把握しているのか知らないが、キラがトチ狂ってアスランを連れ去ったというこのかつてない危機的状況下において、この余裕がどこからくるのか一度ご教授願いたいところだ。

「君がロード・ジブリールの『操作』のみに留まらず、我々の行動ですらある程度『管理』して今の状況を作り上げたことは、我々も一応は把握している。そのおかげで私が今生きてここに居ること、アスハ代表の要らぬ誤解を解消できたことについては礼を言おう」

 黒い男は何も言わなかった。計画上、生きていてもらわなければならなかったから生かしておいたというだけで、礼を言われることではないと思っているのか、あるいはこういった改まった言葉に慣れがないのか。シンは前者だと思い、ロアノークは後者かなと思った。

「そして本題の、キラ君が『闇』に堕ちたことについてだが」 デュランダルは言った。「これは、どこまで君の計画通りだったのか、確認したい」

 長い沈黙があった。ここまで来ておいて今更何も話すつもりがない、なんてことはないだろう。だから誰も先を促そうとはせず、ただその発言があるまでを待った。

 まるで死刑台へ踏み出す短い猶予を越えたような顔で、やがてカナードは顔を上げ、言った。

「『闇』に堕ちて世界の敵となり、おまえたちに討たれて終わるのは、オレのはずだった」

 沈黙は、引き継がれた。ラクスやロアノークが厳しい表情を見せる一方で、デュランダルの表情から笑みが消える。それは何も相手の言葉を信用していないから気分を害したというのではなく、むしろそれを分析し、理解するための構えに入ったとするのが妥当な態度だ。

「キラの『素性』を世界に公開するつもりなど、オレには最初からなかった」 カナードは言った。「デュランダルを戦犯に仕立て上げ、ジブリールを唆して開戦に持ち込み、要らぬ火種を撒き散らした真の戦犯として、世界中の怒りと憎しみをオレに収束させる……それが、オレの当初の目的だった」

「君のチカラはキラ君にも相当する」 デュランダルは慎重に言った。「自分たちの指導者だったジブリールを陰で操っていたのがコーディネイターだと、しかもスーパーコーディネイターの片鱗を持つ者だったなどと知れば、ブルーコスモスの憎悪は即座に沸点に達しただろう。それだけの悪意を集めることができたなら、君があのキラ君のようになっていた可能性は充分にあるな」

「そのために、キラの進化や、一人でも多くの能力者を生かしておくことは必要だった。曲がりなりにもオレだってスーパーコーディネイターだ。理性を無くして暴走したところを討つとなれば、相応の力が要るからな。──だが」

 計画に狂いが生じた。

 オーブに到着する間際、キラは促されるまま『進化』を行なった。しかし、それはカナードの予測を大幅に上回る──否、振り切るほどにも劇的すぎたのだ。

 イレギュラーなんてレベルではない。もともとロアノークの目の前で対峙した時に『本心』を半ば見抜かれていたことも相俟って、カナードは、キラが自分の『計画』を阻害しようとしている意志を直感した。しかもただの『阻害』ではなく、カナードが受けるはずだったすべての『悪意』が自分へ向くように仕向けんとする、余計も極まりない自己犠牲精神に由来する、計画内容の変更を強要する無言の重圧であった。

「あいつのチカラは、たった一瞬で一歩間違えば世界を丸呑みにできるほどのものになった。下手をすれば、地球に居ながらにしてプラントを『掌握』できるレベルにな」 頭痛でも堪えるように、カナードは頭を抱えた。「……どう足掻いても、──たとえ世界の悪意を収束させようとも、オレさえ至れぬ領域に達したんだ」

 そこでカナードは、L5宙域に広大なジャミング領域を展開することを余儀なくされた。これはキラやシン、アスランといった地球へ降りた能力者や、またデュランダルやハイネ、ジュール隊などプラント側の能力者との相互通信を阻害する目的のものではなく、ただ単純にキラがプラントにまで『余計な手出し』をできないようにするためのものだったのだ。

 ジブリールまでも『支配』されて、自分が蚊帳の外にされてしまってはたまらない。だから苦肉の策もいいところだったのだが、ありがたいことに──と言ってしまうのは彼の自尊心が許さなかったが──それ以降、キラはカナードの出方を見ることに決めたらしく、あくまで味方の防衛・補助にのみ努めるようになり、その猛威を振るいはしなかった。

 今にしては思えばそれは、今のうちに計画内容をしっかり変更しておけ、という意思表示だったに違いない。考えれば考えるほど、自分のほうがあいつの意志に従わされていたような気がして死にたくなってくる。

「……だからオレは」 カナードは言った。「いっそこの一件で、あいつのチカラを消し去ろうと考えた」

「──は?」

 わけがわからない、というように驚いたのはシンだけではなかった。デュランダルも、ラクスも、ロアノークですらも、黒い男の言葉を理解できなかったらしく固まっている。

「チカラを、消す?」 唯一、他の者らとは違う意味で驚いたルナマリアが言った。「その方法があるのっ?」

「あるにはある。ただし、加減を間違えれば世界が消し飛ぶことになるがな」

「おいっ、この期に及んで口から出まかせじゃないだろうなっ?」 それを訊ねたのはシンではなく、意外にもロアノークだった。「キラのチカラの根源は『世界の闇』だ、消えるはずがないものなんだぞ!」

「消えるさ」 カナードは平然と、当たり前のことのように言った。「あいつが死んだことが『世界』に知れ渡れば、あいつに集束する『世界の闇』は無くなるだろう」

「おまえっ、やっぱり最後にはキラを殺すつもりで──!」

「まあ、待ちたまえ」

 激高しかかったシンをすっと持ち上げた片腕で制し、デュランダルは言った。

「なるほどな」 彼はそのまま、落ち着き払って続ける。「何者にも秀でた存在であるはずのスーパーコーディネイターが『討たれた』となれば、その『無敵神話』は崩壊する。キラ君を生み出した数多の研究者や科学者たちの理論は彼の消失をもって机上の空論と化し、『闇』は根源から絶たれるというわけだ」

「そういうことだ。──だがそのためには、キラ自身が『討たれるべき存在』にならねばならん。『闇』の侵食に精神を堕とし、世界の敵となる必要がな。オレはそのための手段として、あいつがスーパーコーディネイターである素性を公開することに踏み切り、あいつはオレの行動に納得して自らのチカラを全人類の前に晒すことを決めた。論と証拠が出揃って、『悪意』はあいつ一点にのみ収束し……」

 そしてキラは『闇』に堕ちた。『二人』で『合意』して決めた筋書きの、そのとおりに。

「じゃあ…」 シンの声が震えた。「じゃあキラは、自分で納得してたっていうのか…? 狂うことも、壊れることも、最後には討たれて死ぬことも、全部受け入れて進化を続けてたっていうのかよ」

「あいつがオレの考えをどこまで察知していたかは知らん」 カナードは付け足すように言った。「…だが、オレと自分の『目的』が最終的に『同じ』だと認識していたのは間違いない。だから、あいつ自身がこの先をどう予想していたかはともかく、オレが示した『闇に堕ちろ』という『指示』を受け入れたのだ」

 沈黙が落ちた。

 重いというよりは、とてもなく暗い沈黙だった。

 カナードが全部ひとりで計画し実行したというのなら、全会一致で彼はこの場で断罪されただろう。さすがのロアノークだって納得せざるを得ない。しかし実際はそうではなく、キラから多少なりの合意があったなどと言われた上、それを証明できそうな言動に心当たりが多すぎて、一同は現状を受け入れられず声も出せずにいる。

 こんなふうに称されたらカナード本人は是が非でも断固否定しただろうが、要するにこいつとキラは『共犯』だったのだ。テレパシーを交わしたわけでもなく、直接言葉を交わしたことだって数えるほどだったというのに、ふたりは互いをまるで自分のことのように把握できた。その特異性が成せる業といったところだ。

 人工子宮での生育過程で多少の変異をしてしまったものの、『元の設計図』が同一であったせいだろうか──デュランダルは興味深く黒い男を見つめて、口を開いた。

「……カナード君。率直に聞こう」

 呼びかけを受けて、彼はちらりと視線を動かして相手を見る。

「キラ君を殺すことなく彼のチカラだけを消す方法は、本当にあるのだね?」

 来たるべきキラの死を受け入れることができず無念に口を閉ざしていた他の者らが、弾かれたように顔を上げた。どういうことだとばかりに、デュランダルとカナードへ交互に視線を送る。

「何度も言わせるな」 黒い男は言った。「──あるにはある。ただし、加減を間違えれば世界が消し飛ぶかもしれんがな」

「でっ、でもっ」 シンが動揺を隠し切れずに言った。「おまえ、さっき言ったじゃないか! キラが死ねば、キラへの悪意の収束は無くなるって…!」

「誰がキラを『殺す』などと言った? …オレは『死んだことが世界に伝われば』と言ったんだ。要は、世界にあいつが『死んだ』と思わせればいいんだとな」

 シンはうっかり続く言葉を失ったばかりか、不意に膝から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。キラが死ぬと聞かされ、その覚悟も決まらず震えていた脚が、今度は安堵に負けてとうとう力尽きたらしい。

「し、信じてもいいのか? キラは帰ってくるって…あのひとを助けられるって」

「信じるか信じないかは貴様ら次第だろう」 カナードはどこか困ったように言った。「だいたいオレは、貴様らの仇敵であるジブリールに加担していたんだぞ。キラ・ヤマトの同意あるなしに関係なく、オレは開戦のきっかけを作り、ミーア・キャンベルという民間人を巻き添えに──」

「おや。開戦の件ならば、すでにジブリールとミーアの共謀だということでカタがついているはずだが?」

 だから許されるべくもない、と続けようとしたカナードの言葉が停まった。そしてゆっくり首と視線を動かすと、信じられないものでも見るように、自分の言葉を遮ったデュランダルを見た。

「それに、君はジブリールに雇われた身辺警護の傭兵だと評議会議員らは証言している。それならジブリール亡き今、彼との契約は失効しているのではないのかな」

 なんということをしゃあしゃあと言うのか、この男は──。一同の目が揃ってそう言っているが、当の本人はまったく気にしたふうもなくにこにこしている。普段から柔和な笑みを浮かべていることの多いデュランダルだが、今度ばかりはこれでどうだと言わんばかりの得意げな表情だった。

 まさかこんなことを言い出されるとは露ほども思っていなかったのだろう。カナードまでが唖然としている中、彼は黒い男に向かって握手を求めるように右手を差し出して言った。

「以上の理由から、私は君を正式に我々の友軍として『雇用』することにした。すでに君の副官であるメリオル・ピスティス嬢からの了承も得ている。君にもし策があるのなら、遠慮なく発言してくれたまえ」

 ……くれたまえ、と見た目友好的には語っているが、要するところクライアントとして『全部話せ』という命令である。さっきまでのカナードの自供を聞いたあとで、よくもここまで平然と契約だ雇用だなどと胡散臭い言葉を口にしたものだ。表と裏を使い分けているというより、その使いどころを明確に把握していると表現するのがしっくりくる。

「…俺、今さ」 ロアノークが引きつった笑いを堪えて言った。「この議長サンが敵じゃなくてホントよかったって、心から思ってるよ」

 この場にラミアスやグラディスが居たら、彼の言葉に神妙な顔で同意しただろう。ラクスでさえ一瞬ぽかんとしたくらいなのだから相当だ。

 そして。

「……なあルナ」 ぽつりと、傍に居る彼女にしか聞こえない声でシンは言った。「……おれ、やっぱり、一生大人は信用できそうにないかもしれない……」



「オレたちのチカラの活動は、恒星のそれによく似ている」

 カナードはそう切り出すと同時に、静かに目を閉じた。

 その場にいた能力者たちの脳内にパシリと小さな接続の衝撃が走り、全員がカナードを中心としたテレパシーネットワークに引き込まれる。彼らの目の前には現実の光景を超えて、宇宙──壮大な銀河が広がっていた。

「人間が起こす行動・感情は、どんなものにも必ず『自己愛』が含まれてくる」 彼は続けた。「ラクス・クライン。おまえらが先の大戦で停戦に向けて行なった武力介入にしても、『自分が求める世界を実現させたい』とする、自己を守るための防衛本能に由来するものだ」

「…ええ。そうですわね」 ラクスは頷いた。メサイアにおいて自身を『テロリスト』と称した彼女は、そこに反論するつもりは一切ないらしい。

「オレとキラ・ヤマトのチカラの根源は貴様らも知っての通り、スーパーコーディネイター研究・精製にかけた科学者どもの欲望であり、またその存在自体へ向けられるあらゆる感情……そのウラにある自己中心的な願望や満足といった『人の闇』だ」

 『願い』や、『想い』。古来より強いそれらは世界を救うなどと謳われてきたが、レベルもケタも超えて強すぎるそれらを体内に凝縮させてしまったのがキラやカナードであり、世界中の人間が『こう在りたい』『こう成りたい』と望んだ姿の極端な形が彼らの持つチカラなのだ。

 持って生まれたそれらの『反応』によって彼らのチカラは強まり、そのエネルギー源は人間さえ在れば尽きることは無い。

「しかし、例外もある」 カナードは言った。「それがデュランダルがかつて提唱した、『愛』による『闇』の弱化だ」

 ただ彼の言葉で表現するならば、その『愛』ですら自己愛を含んでいる。自分が好む存在、欲しいと望んだ者を自らが所有することへの自己満足。それをステータスにしたいという欲求。この世に自己満足以上の感情は存在せず、『純粋』などという言葉はそれが意識できているか否かの差に過ぎないと黒い男は語る。

 だからただ単純に『愛される』というだけでは、結局『闇の反応』は発生することになってしまい、意味が無い。だがこのとき、『愛』を受ける『闇』に特定の条件が揃えば、弱化に至らしめることができるのだという。

「愛情を受け止める時、こちら……つまりオレやキラにも『その気』があれば、本人が対象に向ける自己愛が発生し、いわばコアのようなものが形成される。そのエネルギーが外部から入ってくる『闇』を弾き返すため、内部での『反応』が一時的に鈍るんだ。──これが弱化の原理だな」

「……なんか」 シンがげんなりして言った。「知りたくなかったかも、そういう夢のないハナシ…」

「あたしも…」 ルナマリアもつまらなさそうに言った。

「なるほどな」 デュランダルは興味深そうに頷いている。「私はてっきり、キラ君の内に在る『闇』が、愛という『光』を受けることで対消滅に至るものとばかり思っていたが……内部反応だったのか」

「人間の中に、『光』に相当する感情など無い」 黒い男は断言した。「もし輝くものが見えるとしたなら、それは強すぎる闇によって際立っただけの幻想に過ぎん。本来どこにも救いのない人間という生き物に、どこまで折り合いを付けられるか……それがヒトの生きる意味だとオレは思っている」

「生まれた以上は、わたくしたちも宇宙の一部…」 ラクスは噛みしめるように言った。「ならば自身が思うように生き、この命の存在に意味を見出すことが人生の目標だと言うことも、できますわね」

 なんだか少し大それた話になってきた。シンは彼らの話を聞きながら、それなら自分が生きている理由は何だろうかとふと考えてしまった。

 オーブの戦禍で家族を失い、天涯孤独となった時には人生など終わったように感じていた。プラントへ渡って、ザフトへ志願した時でさえ周囲を心から信じることができず、年相応にバカをやって楽しそうにしている友人たちとも、少しばかり距離を置いていたように思う。

 自分が生きたいとか死にたいとか、そんなことはまったく思考の外側にあった。死んだ家族のために生きなければと思ったこともなければ、家族のあとを追って死にたいと考えたこともない。ただもう二度とあんなことを繰り返させたくなくて、せめて自分の目に入るすべての者を守れたらという思いで、そして何よりそんな戦火を撒き散らすバカどものことが許せなくて、戦う道を選んだ。

 だから自分が生きている意味なんて考えたこともなかった。ただ今は、キラを助けたい──アスランはあくまでそのついで──という目標をもって自分はここに居る。その時々に目標を持ち、成し遂げ、次なるステージへと上がっていく……うん、おれは案外そういうものかもしれない──と、彼は思った。

「……もしてかして、なのだが」 ふと、じっと考え込んでいたデュランダルが言った。「カナード君。君は先ほど、『闇』の活動は恒星のそれに似ていると言ったな?」

「ああ」

「『愛』を受けることによるコアの出現…その安定化による『星』そのものの衰退……まさか『闇』の最期とは、超新星爆発なのか?」

「ほう、察しがいいな」 カナードは少し驚いたように言った。「そのとおりだ」







                                         NEXT.....(2017/10/05)