FATAL ASK  40.生贄

『地球圏、及びプラントの親愛なる皆さん。おはようございます。ギルトバート・デュランダルです』

 どこの朝のラジオ番組だ、と三隻中からツッコミの声が飛びそうな爽やかな挨拶で、その放送は始まった。

「こちらメサイア第一ドック」 ラミアスが言った。「アークエンジェル、発進します!」

『何からお話ししたものかと長らく思案しているうち、皆さんの中で誤解が大きく広がってしまい、今更なんだとおっしゃる方も多いことでしょう。しかし、もし皆さんの中で、わずかでも真実を知りたいと望むお気持ちがあるのでしたら、どうか私の声に耳を傾けて頂きたい』

「こちらメサイア第二ドック」 グラディスが言った。「ミネルバ、発進する!」

「こちら第三ドック」 ラクスが言った。「エターナル、発進いたします!」

 メサイアの各ドックのハッチはもともとついていないが、発進用の誘導装置はセットされている。各色のランプによる導きで、三隻の出航は滞りなく行なわれた。

『さて、まず皆さんにお伝えせねばならないのは、「人智を超えたチカラ」と称されたキラ・ヤマトが持つ能力についてです。──結論から申し上げましょう、「能力者」は彼一人ではありません。私もまたそうであり、私を信じ、私のもとへ集ってくれた者たちも少なからずそうなのです。ですが我々は皆さんが知る通り、これまで一度としてこのチカラを私欲のために使用したことはなく、これからもそうであるはずでした』

「シン・アスカ、デスティニー行きます!」

「ルナマリア・ホーク、ガイア出るわよ!」

「ネオ・ロアノーク、アカツキ出るぞ!」

 ミネルバのオペレーターに返り咲いたメイリン、そして異動しなかったアビーの誘導で三機がミネルバから出撃していく。デスティニーとガイアはそのままミネルバの前方へ展開し、アカツキはアークエンジェルの護衛として追従した。

『しかし事態は狂ってしまった。世界において稀に誕生する能力者を捕獲・解析し、量産し、兵器として利用しようと目論む組織の襲撃により、かの和平式典の日、我らが希望の灯火であったラクス・クラインは瀕死の重傷を負い、倒れました。それだけに飽きたらず、彼らは私が管理する能力者のデータを求めてマイウスにまで手を出し、逃亡の時間を稼ぐため、チカラを用いてザフトのパイロットの精神を操って同士討ちをさせた。……これが、式典当日より続いた一連の事件の真相なのです』

 続いてエターナルのハッチが開く。

「我を求めしあらゆる者、我を生み出せし総ての者よ」 キラは謳う。「汝らが望みの何たるか、未だ知らずとも我は征かん。此の虚空こそ我が翼成れ、我は我が自由を貫く剣を携え、汝らが覇者と成らん」

「不可思議の光を纏いて舞い降りたる者、其の影に葬られし空虚なる頂に立つ者よ」 アスランが謳う。「等しく愛しき似寄の汝らこそ我が標と成れ。我は汝らが正義を護る盾を携え、其の想いと共に征く無限の力と成らん」

「キラ・ヤマト、ストライクフリーダム行きます!」

「アスラン・ザラ、インフィニットジャスティス出る!」

 三隻の前方へ五機の展開が完了したところで、エターナルから切り離されたミーティアが『フリーダム』と『ジャスティス』へと装着された。

 メサイア周辺にはヴェステンフルス隊と共にクライン派のMSが多数展開し、その様子はとても個人のもとへ集った戦力とは思えなかった。移動要塞の名もサマになっていると言えよう。

『マイウスの釈明会見において、皆さんに一部嘘の報告をせねばならなかったこと、今でも心苦しく感じています。しかし私は能力者の存在を明るみに出すわけにはいかなかった。能力者の悪行は我ら能力者の手で、誰にも知られることなく歴史の影に葬られねばならなかった。そんな我々の追跡を嘲笑うかのように、彼らは生き残ったパイロットをも無残に殺したのです』

 三隻の進路の向こうから、キラリといくつかの機体が光った。向かう先はプラント、早くも迎撃部隊が出撃してきたようだ。

「行くぞ、キラ!」 アスランは言った。

「うんっ!」

 ミーティアのスラスターで加速したキラとアスランが群れより飛び出し、二手に分かれて相手部隊を挟み撃ちにできる形へ展開する。

「ザフトの部隊へ警告いたします」 ラクスがエターナル内部で言った。「わたくしたちの目的は、ギルバート・デュランダル氏をプラントへ送り届けると共に、現在のプラント最高評議会と直接対話を行ない、あやまちを是正することにあります。然るに、戦闘を望むものではありません。道を開けるならばよし、進路を阻むのであれば迎撃します」

 ラクス様…? ざわめく動揺の気配がシンの感覚に伝わってくる。これで戦わずに済むのなら本当にコーディネイターは理知高い生物だと称賛されたことだろうが、所詮、根底は人間だ。彼らは目の前にいるラクスと、プラントにもいるはずの女神ラクスのどちらを信じるべきかを戸惑う。

 そうこうしているうちに、奥に控えたナスカ級が信号弾を打ち上げた。アスランやミネルバクルーの知識が正しいなら、一斉攻撃の合図だ。

「行くぞルナッ」 シンは言った。「無理するなよ!」

「シンもね!」

 戸惑いの気配こそまとったままだったが、命令に背くわけにはいかないザクやグフが、わっと飛び出して来る。すでに展開済みだったキラとアスランがミーティアに搭載されたミサイルで大規模な牽制を行なう前線へ、シンとルナマリアが切り込んでいった。

『一連のテロの主犯である「三賢者」と名乗った能力者、彼らを有するその組織の名は「ファントムペイン」。地球連合において、第81独立機動隊の名称を持つ非正規部隊…すなわち、連合上層に属する個人の私兵です。ラクス・クラインとマイウスを襲撃し、そして会見の場においてプラントへ宣戦布告ともとれる言動を行なった彼らを所有する者の名は、ブルーコスモス現盟主、ロード・ジブリール。「私」の真なる敵です』

 ラミアス、グラディス、そしてラクスが艦内で見ている放送の中で、デュランダルはメサイアに座した自身の姿だけでなく、これまでにロアノークや『三賢者』への聴取によって獲得し整理されたあらゆる情報を開示し、ご丁寧にもジブリール本人の画像までしっかり添付している。挙句の果てには専用のデータベースを公開し、今放送において彼が口にしたすべての情報を、すべての人間が改めて閲覧できるようにまでなっていた。

 ジブリールがファントムペインを見限った際、最後までその存在を利用するために仕組んだ『反逆組織に仕立てるための罠』であった、ガーティ・ルーより出撃したダミーコードを持つザフト機の存在。そのダミーコードに、ミネルバより『三賢者』の手で強奪されたセカンドステージの認証コードが転用されていたこと。何よりその場においても不正にチカラが使用され、ミネルバのパイロットが意識不明の重体に陥ったことが説明され、現在も各国が所有しているであろうピンポケ写真も含めた例のキラの画像は、この際にインパルスを護るため宙域へ飛び出した時のものだと付け加えられた。

『ヨーロッパ郊外において発生した「デストロイ」なる巨大MSとの戦闘においても、同様です。先の戦闘にて主人に見限られ、ミネルバにおいて丁重に保護していた「三賢者」のひとりが、ついに自我を失って暴走した結果があの大惨事でした。ロドニアと呼ばれる非正規ラボにて、長きに渡って行なわれてきた非道な人体実験に晒され、決して逃れられぬ呪縛を施された彼女が異形の魔物へと変貌してしまったのもまた、この男の手に因るものなのです』

 ステラ・ルーシェの画像と、ラボでグラディスらによって回収された彼女の生体データとが公開されると、シンの胸がずきりと痛んだ。改めてこうしてデュランダルの要約を聞くまでもなく、本当に惨たらしい話だ。『強化兵』にはどこにも救いがない。

「シン、落ち着いて」 彼の感情の膨張を察知したか、ルナマリアが言った。「『あたし』は、ここに居るわ」

「わかってる。──わかってるさ!」

 叫んだシンの手元に展開されたロングバレルから放たれた大砲撃が、直線状にいくつもの爆発を添えて消えていく。

 そうだ。わかっている。ステラは確かに救われて、今はルナマリアと共に在る。シンの傍に居たいと、生きていたいと望んだ彼女の願いは叶えられた。

 だが、だからと言って、それまでの彼女が歩んできた地獄の日々までが消えてなくなるわけじゃない。本人の記憶に残らぬところで、その手がどれだけの命を無意味に、無闇に摘み取ってきたか。そのたびに彼女がどれほど傷付いてきたか。そんなものはアウルの死に様を見れば何もかも合点がいく。

 傷付き、疲れて、やっと終われるのだという安堵に満ちたその表情を思い返すたびに泣けてくる。彼らをここまで追いやったのはあいつだ、今プラントに巣食っている、人の身をして人を人とも思わぬ異形の感性を宿した男、ロード・ジブリールなのだ。

 ラボのデータは、アスランが評議会に提出したディスクの内容と大幅に異なり、これでもかというほど赤裸々に、かつ残酷なほど余すところなく細部に至るまで公開された。

 訓練と称して子どもらを殺し合わせ、死んだ者は血の一滴まで標本にされ、生き残った者は生体兵器としてファントムペインへと出荷されていく。一種『蠱毒』にも似た、情緒も倫理もない完全に常軌を逸した行為が『実験』や『研究』と称され、まかり通っていた冷酷な事実だけがそこに在った。

「後方より熱源多数!」 ダコスタが言った。「来ましたよ、連合の艦隊です!」

「ミネルバと所属MSはメサイア後方へ回れ、ヴェステンフルス隊はその支援を願います!」 バルトフェルドが言った。「いいか、議長殿とラクス様のご意思はあくまでも『反撃』と『応戦』だ、こちらからは絶対に仕掛けるなよ!」

「あ…えっ? 待ってください、連合艦隊の一隻と思しき艦から『極秘』として入電。──『ファントムペイン』と『強化人間』に関した非道へは我々も日々胸を痛めてきた…これを是正する機会であるならば、我らもロード・ジブリール討伐へ同行することを許されたし……だそうですよ、隊長!」

 バルトフェルドは一瞬ポカンとしたあと、気を取り直したように笑った。

 なるほど、連合にしては手回しが早いと思ったら、彼らはハナから連合という組織の在り方を疑問視している者たちで、デュランダルの放送を聞き付けてヤハリとばかりに加勢にやって来たというわけだ。今ごろ月面のどこかの基地がもぬけのカラになっているかもしれなかったが、別にそんなところとやり合いたいわけではないし、助かることはこの上ない。

「アークエンジェル、彼らと対話をお願いしても?」 バルトフェルドは言った。「そちらはもともと連合の艦ですしね、ラミアス艦長が指揮を取られるのが宜しいかと」

「これはまた随分な大役ね」 ラミアスは苦笑いしながらも、背後のオペレーターらに目配せして相互通信を行なう。「──こちらはアークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです。あなたがたの文書は拝見いたしました。同行を望まれるとのことですが、我々は先の大戦より、我々の進路を阻まぬ限り、そして我々を援護下さる限り、あらゆる艦・MSを友軍と見なします。よって指揮は行ないません、各艦・各隊ごとに適切なご判断を願います!」

「連合艦隊より『了解」との応答あり」 チャンドラが言った。

「連合艦隊、メサイア後方へ展開…速度安定、同行を開始した模様です」 ミリアリアが言った。

『……さて。私はここで、皆さんにもうひとつ、お伝えせねばならないことがあります』

 一連の真相と真実を暴露したデュランダルであったが、彼はこれ無くしてこの放送に意味はないとばかりに言葉を改める。

『私は式典初日、ラクス・クラインが組織の襲撃に遭い、瀕死の重傷を負わされ倒れた…と、申し上げました。彼女の傷は極めて深刻で、我ら能力者のチカラをもってしても、回復にはおよそ半年の歳月が必要と見込まれたほどです。──ところが「彼女」は以後もプラント市民の前にたびたび姿を現している。これがどういうことなのか、お解りの方もすでに居られるのではないでしょうか』

 その言葉が事実であることを知らしめるために、襲撃当時、倒れたラクスの様子を撮影した画像が使用された。誰が見ても、もう死んでいるのではないかと思わせる深く醜い、酷い怪我。これがメイリンを庇った『油断』から負ったものだと知っているホーク姉妹は、申し訳ないことこの上ない気持ちで沈痛に目を伏せる。

 ラクス自身は何とも思っていないだろうとは、解っているのだが。

『我々は、ラクス・クラインが復活するまでの半年を乗り切る苦肉の策として、彼女の代役を立てることを考案しました。皆さんを欺くことになると知りながら、それでも開戦を求めてやまぬジブリール氏の思惑に踊らされてやるわけに行かず、致し方のない決断であったことをご理解いただければ幸いに思う次第。──すなわち、いまプラントにおいて皆さんを戦地へ送り出すべく「激励」し、また私をテロリストと断じて譲らぬ彼女こそ、その「代役」……』

 ビームライフルを撃ってくる敵機に急接近し、すれ違いざまに手のひらから撃ち出したビーム砲でその頭を爆散させたシンの耳元で、不意に誰かが息をのむ声が聞こえた。

 際立つ恐怖。底無しの畏怖。慄き震える、冷や汗じみた閉塞感。

 あの女だな──。彼はすぐにその主を察した。ミーアも今、プラントのどこかでこの放送を見ているのだ。

『彼女の本当の名は、ミーア・キャンベル。開戦を求め、己が所有する強化兵たちの累々たる屍をも「我々」の成す処と転嫁し、私を戦犯に仕立て上げたロード・ジブリールの「広報者」となり、今もあなたがたを懐柔するためラクス・クラインを演じ続けている「裏切り者」なのです』

 ミーアに施した整形手術の詳細を掲げ、何もそこまでというほどデュランダルは徹底的に彼女を突き放した。

 しかしこれは、彼からしてみればまだ手緩かったのかもしれない。自分が捕えられたあとも、アスランがカナードの『支配』を受けたあとも、彼女の意志さえデュランダルのほうをきちんと向いていたなら、レイは死なずにすんだかもしれなかったのだから。

 シンが言ったように、レイは親も同然のデュランダルを守り抜いたことに意義を見い出し、残り短い自分の生に納得して逝くことができた。──少なくともシンとデュランダルはそう信じている。

 だがそれは、言ってみればレイだけのもので、残された側からすればたまったものではない。もっと、もっと別な形で救われたってよかったじゃないか、もっと違う終わり方があったはずだったのに──そんな心の叫びが、今の事態をより深刻化させる片棒を担いだミーアに、糾弾という形で向けられているに過ぎないのだ。

 何より彼女自身、自分を『生み出した』といっても過言ではないデュランダルに背を向ければ、いずれこうならないわけがないことくらい解っていなければならなかったのだが。

「月面より熱源多数出現!」 ミリアリアが言った。「攻撃意思の信号弾を確認、今度こそ連合の敵対艦隊です!」

「本艦と連合艦隊により防衛ラインを敷く」 ラミアスが言った。「ゴットフリート照準、スレッジハマー装填!」

「アークエンジェル、援護します!」 前線を離れたアスランが飛翔して言った。

「──皆さん」

 ここでついに、ラクスが放送の中に回線を繋ぎ、発言した。動きの鈍いザフト機をマルチロックオンで十機近くも沈黙させて前線を進軍するキラの耳に、その声を聞き付けた者たちのざわめきが伝わってくる。

「わたくしは、わたくしこそが『本物』であるなどとは言いません。そしてプラントに居る『彼女』を偽物であるなどと糾弾もしません。『ラクス・クライン』の想いとは常に、プラントと地球が取り合う手を求め、憎しみや痛みですらも己が手で制御し、管理することのできる、真に『理知』ある者たちの生きる世界を望むことにあります」

 ──それができない者が居るから、今の世界が居る。キラが生まれ、カナードが生まれ、レイが生まれる。シンの家族も、アスランの母も、ラクスの父も、バルトフェルドやラミアスの愛する人も死んだ。ただ単純にこのあやまちを繰り返さないために、この悲しみをこれ以上誰にも背負ってほしくないから話をしたいだけなのに、何故その想いを信じようとしないのか。

 テロリストだなんて断じてまで、そうまでしてデュランダルやラクスを排除せんとする意志はどこから来るのか。

 ああ、そうか──。シンは気付いた。

 以前にも彼は世界の声を聞いて感知していた。ナチュラルとコーディネイターの確執を生んだのは、コーディネイターを生み出したナチュラルたちが、自らのあやまちを省みなかったからだと。彼らが優れた力を作ることにばかりかまけた結果、それを生まれながらに宿された『同じ人間』が何を考えるかくらい、容易に想像できたはずだ。

 だって自分たちが『そう』なのだから。

 『作られた悪意』、『組み上げられた憎しみ』、こんなものは偽りだ。何もかも、『自分』にとって一番都合のいい結果を求める者らの思惑が絡み合って築き上げられた争いなんだ──。

「安寧の世界を築くのは、わたくしでなくても構いません」 ラクスは言った。「そこへ至るための調停者は、プラントと地球を誤った道へ、互いの滅亡無くして終わらぬ戦火へ引き込まぬのであれば誰でもよいとさえ考えます。もしそのためにわたくしの名と姿が必要だと言うのなら、喜んで差し上げましょう」

 だが今のプラントには、そんな彼女の『理想』を成さんとする者はひとりもいない。だから彼女は、自分が信じたデュランダルをその場へ帰すために進むのだ。

 そう、ゆくゆくは地球を統べ、オーブ代表に留まらずナチュラル代表となるカガリと手を取り合うべきコーディネイターの代表は自分でなくたって構わない。そもそも彼女は、自身の代役が立てられたことについては誰にも言及していなかった。先ほどの言葉が示す通り、自分の名と姿がプラントと地球の安定のために必要だというのなら好きに使えばいいとさえ思っていたからだ。

 だがそれを、戦いと争いのために利用するのならば容赦はしない。レイを失ったデュランダルの想いを無視できるほど徹底した『正義の体現者』にはなりきれぬラクスの心の底にも、考えなしに我が身可愛さでこの事態を招いた彼女への怒りの火がくすぶっているのだった。

「プラントに居られる『ラクス・クライン』に伺います。──あなたは、何を信じてそこに在るのですか?」

 答えは──。

 ない。

「情けないわね、この期に及んで一騎討ちもできないっての?」

 斬りかかってきたロングダガーのビームサーベルを四脚形態で素早く飛び退いてかわし、他の機体を踏み台にした大ジャンプからのウイングエッジで斬り捨てて、ルナマリアは無言のプラントに愚痴をこぼす。

「…そうじゃない」 シンは呟いた。

 『ラクス』同士の一騎討ちなんて、リスクしかないパフォーマンスなんか必要ない。

 ジブリールはこのまま黙って評議会を操作し、ひたすらにデュランダルらを迎撃し続けていればいいのだ。

 何故なら彼らはプラントそのものを攻撃することは、絶対にできない。そしていくら『クライン派』を味方につけていようとも、MS以外の物資やエネルギーには限界がある。突き付ける『真実』と『本物のラクス』という切り札で短期決戦をというこちらの狙いは完全に読まれている、ならば向こうは『絶対に攻撃されない』保証のあるプラントに籠城していれば、物量の連合と技量のザフトの挟み撃ちでそのうち勝手に疲弊して倒れてくれるというわけだ。

「本当にそれでカタがつくと思っているなら大したバカだな!」

 テレパシー通信に割り込んできた新しい声に、皆がハッと顔を上げる。

 正面に展開するザフト軍を大きく迂回してやってくる二隻のナスカ級。その先頭を飛ぶMSには見覚えがあり過ぎた。

「コトのアラマシは、よーくわかった。議長解任も開戦もすべて、プラントの意思ではなかったということがな!」 イザークは言った。「ならば貴様らが停戦への協定を望む限り、現刻をもってジュール隊はデュランダル議長の指揮下へ入るぞ!」

 そんな、まさか──ザフトからの動揺が、あからさまなくらいに伝わってくる。

 軍内においてジュール隊は飛び抜けた実力者集団だ。ただでさえ未来を期待された戦力であったホーク隊──といっても、すでに隊員と呼べる者は居ないが──がミネルバについているというのに、これ以上、実力派の『離反者』が出るなんて──。

 やっと来たか──。後方で連合艦隊と共にアークエンジェルを防衛しながら、アスランは待ちくたびれたようにそう思った。

「いつまでバカをやっているつもりだ、貴様ら!」 イザークはザフト艦隊、MS部隊を振り向いて怒鳴った。「議長が解任されたあと、今に至るまで、最高評議会はブルーコスモスの盟主なんぞに乗っ取られていたのだと、デュランダル議長も仰っただろうが! プラントに居るラクス・クラインも三文役者の偽物だと判った今、プラントを守るためにここからどうするべきか、言われなければ解らんのかっ!」

 動揺が、安堵に変わった。シンも、キラも、ザフトを包んでいる気配が一斉に変わっていくのを、まるで波が引くような感情の波紋を感じている。

 ザフトの指導者は実質最高評議会であり、軍である以上これに逆らうことはできない。彼らはずっとそこに囚われていたのだ。評議会の舵取りがあまりに不安定だったこと、ラクス・クラインの『豹変』に関しても、疑問こそ持ちながらそれを問い質すことはいち兵卒に許されるものではない。

 だから、彼らは待っていたのだ。間違っているのはプラントだと、そんなところの言うことはもう聞かないくていいと言ってくれる者の言葉を──。

「あー、ほんともうこのまま本国防衛を貫かれたらどうしようかと思ってたんだぜ? 俺」 心底疲れた様子でディアッカが言った。「うちの隊長ってさ、ちょっと慎重すぎるとこあるよねえ」

「最高評議会の真意と、ロード・ジブリールの存在が見えなかった以上、仕方のなかったことではないでしょうか?」 異様に冷静にシホが言った。「真相が発覚するまで待たれた隊長の判断は、正しかったと思います」

「単純にあんたが考えなさすぎるだけじゃないの?」 ミリアリアが言った。

「あーっと、とりあえず俺らも合流したことだしさ!」 ディアッカは仕切り直しとばかりに言った。「あとはプラントに乗り付けて、ジブリールをぶん殴るだけ──」

 そのとき、彼の視界の隅で何かがキラリと光った。

 攻撃の意思を撤回したザフト軍のはるか後方に座した、一隻のナスカ級がへんなものを掲げている。まるで一角獣の角にも似た大型アンテナを軸に、これまた大きなブレードが横へ展開している。こんなものを前面にとりつけたら通常航行ですらさぞ難しいだろう。

 なんだあれ、とディアッカが口に出す暇もなかった。

 そこに充填されたエネルギーが皆の視界のどこかで瞬いた時には、すでに電磁波は照射されたあとであり、それを真正面から受け止めた『フリーダム』がものの数秒で爆散していた。

 え──? 誰もが、何が起こったのかを理解できない中、ひとりだけ事態を把握したのはデュランダルだった。

 莫大な電量消費に耐え切れず機能を停止したナスカ級が搭載していたのは、核分裂を意図的に暴走させることが可能な電磁波を照射する兵器だ。プラントへの核攻撃が二度とないとは言い切れぬ状況下で、それに対応するためのものとして彼が中心となって開発を進め、ようやく一基だけこしらえたシロモノであった。

 それは多数を射程に捉えるため一直線に放たれるものではなく、ナスカ級を発点として扇型となっていく、後方ほど逃げ場がないタイプの機構を持つ。つまり前線にいたキラやシンならばまだしも、後方に展開しているメサイアや連合艦隊に至っては有無を言わさず飲み込めるほどの広範囲の照射を目的とする構造をしていた。

 核分裂を暴走させる以外の能力は一切なく、人体にも他兵器に対してもまったく無害だが、核エンジンを搭載したMS、あるいはその燃料を積んでいる艦──つまりエターナルがこれを受ければひとたまりもない。キラは一瞬でそれを見抜いたかはともかく、この場でそれが撃たれることの『意味』をある程度理解して、自身の後方へ防衛結界を展開した状態で、これを単独で受けたのだ。

『キラッ!』 シンとアスランをはじめ、幾人かの悲鳴がその名を呼ぶ。

 エンジンの暴走による爆散……つまり制御しきれぬ超高温の発生から核爆発が巻き起こり、凄まじい光が周囲の目を灼く。そんな中から上へ向かって青白い光が飛び出した。

 キラだ。『外装』である機体を失っても健在の『翅』を広げ、球状のバリアで高温も衝撃波をも防ぎ切り、必要のなくなったパイロットスーツを物質転換で動きやすい普段着に戻した彼の身体には傷ひとつない。

「姫、下がれっ!」 危機感を帯びた声がイザークから飛んだ。「これ以上、人間の前にその姿を晒すな!」

「あ…ああ……キラ、様…!」 どこかで、誰かが口走る感嘆も極まる声が聞こえた。

 壮麗な姿。核をも退け、何より宇宙空間という死地を生身で飛翔することのできるチカラ。あれは作り物の画像でも、苦し紛れの言い訳でも何でもなかったのだ。『スーパーコーディネイターの超能力』は本当に在るんだ──その思考が伝播していく。

「アスランッ」 シンが叫んだ。「なにボーッとしてるんだよ! とっととあのひと引っ掴んで、エターナルでもアークエンジェルでも帰還させろっ!」

 『人の闇』の収束が『視』えている彼には、キラの内側にある『闇の鼓動』だってずっと聞こえている。彼がチカラをふるうほど、彼を見た人間が彼に惹かれ焦がれるほど、自分にも響いてくるそれがどんどん強まっていくのが純粋に恐くて、寒気とも怖気ともつかぬ冷たい感覚がたまらなかった。

 ラクスが平和と安寧に繋がる想いの象徴ならば、こうなったキラは戦勝と武勲を司る力の象徴だ。神話でも物語でもなく、生きてそこに在る神、ミーアが名乗ったはずの『新たなエビデンス』という概念が彼のものになっていく。

 しかしアスランは動かない。本当なら彼はシンに言われるまでもなく、『外装』の手でキラをまるごと引っ掴んで連れ帰りたくて仕方がない。──けれど。

 ジュール隊がこちらに『寝返った』ことで、ザフトの大半が戦意を喪失しかけた一瞬に割り込んだあの照射は、あまりに不自然だった。照準が正確にエターナルを狙っていたことを含め、最前線にキラが居たことも、『狙った』ようにしか見えなかった。今更こんな状態でそんなこと、最高評議会がやれと言っても大概の者は首を横に振るだろう。この期に及んで自分たちが信じてきたラクスを撃とうなんて、そしてスーパーコーディネイターという新たにして最高の同胞であるキラを撃とうなんて、どうかしているとさえ思うはずだ。

 でも、撃たれた。

 おまえなのか、カナード──。アスランはその引き金にかかった指の先に彼が居ることを半ば確信していた。そしてあの男の意志にキラが『乗った』のだということも、また。

 のちほどイザークとシンから鉄拳制裁が飛んでくる危険を冒してでも、アスランも信じてみようと思い始めていた。

 カナードを、ではない。そう、キラが信じているものを──。

 と、キラが右手を持ち上げた。ここでこいつがお返しとばかりに、周囲を漂うドラグーンを撃ち出すわけがない。誰もがその挙動に固唾を飲む中で、彼は言った。

「今は静かに……ここを通して」

 応えたのは、人ではないものたちだ。

 前方のザフト陣営で、そして月方面の連合陣営で、艦という艦が一斉に停電を起こし、MSでも総ての機能がエンジンに至るまで完全に停止した。それは通信機能にまで及び、彼らは一時的に誰一人として何一つできぬ状態に陥る。

 ヒュウッとディアッカが口笛を吹き、マイウス以上の規模にミネルバとハイネの部隊が唖然とする。

「キラッ」 動かないアスランに業を煮やし、ついにシンが怒った。「バカ、何やってんですかッ! そんなふうにチカラを使ったらあんた──」

「ラクス、ムウさん!」 キラは言った。「行ってくださいっ!」

 指名を受けた二人が息をのむ。一瞬の沈黙のあと、真っ先に動いたのはアカツキだった。恩に着るぜ──まさにそんな言葉が聞こえそうな勢いで展開していたドラグーンをしまって急加速すると、一気にメサイアを飛び越えて一直線にプラントへ飛翔する。

「…参りましょう、バルトフェルド隊長」 ラクスも言った。

 エターナルもまた加速し、無音の軍勢を突っ切って彼女をプラントへと運んでいく。

 それは何も和平交渉のためでも、評議会への殴り込みでもない。自分を発たせてくれたキラの小さな姿が光の粒になって、星々に紛れて消えてしまうまで見つめていた歌姫の表情が、ふっと哀しげに笑みを湛えた。どうしてあなたはいつも、わたくしの考えていることを見抜いてしまわれるのでしょうか──。

 申し訳ない気持ちと同時に、感謝も込み上げる。きっとフラガもほとんど同じ気持ちだったことだろう。

 ただの一度でいい。ラクスは会っておきたかったのだ。

 ミーアという、もうひとりの自分に。







                                         NEXT.....(2017/09/28)