FATAL ASK  4.混乱

 アプリリウス・ワン市民会館大ホール前は、私服もスーツも問わないさまざまな服装のザフト軍人たちで溢れている。整列するでもなく思いの場所をうろつくでもなく、ただ雑然と集結している大勢の前で、隊長格の数名が緊張した面持ちで何かしらの指示を飛ばしていた。

 何もこれから、彼らによるかくし芸大会が始まるというのではない。集団はすべてが手に銃を持ち、物々しい雰囲気を全身から発散させている。

 タッタッ、とホール前の石段で数人の慌しい足音がした。姿を見せたのはアスラン、シン、イザーク、ディアッカ、そしてキラだ。例外なく全員が血相を変えている。

「あ、シン──アスカ隊長!」

 集団の中からひときわ若い少女がシンを呼んで飛び出してきた。その姿を見つけて足を止めるシンの後ろで、続いていた者たちも一旦は足を止めた。

 少女はシンの元同僚ルナマリア・ホーク。現在は、レッドでありながらもホーク隊を率いる隊長格だ。

「状況を説明させていただきます」

「……ルナ。フツーに話していぞ、なんかヘンな感じだから」 すかさずシンが言った。

「そうね」 彼女はその命令にさっさと順応した。「現在この会館近辺は完全に一般人をシャットアウトしてるけど、ここは特に催し物があったわけじゃないから市民の混乱はナシ。でもバレたら間違いなく大混乱でしょうね」

「中は?」 シンは尋ねた。

「入ってみる?」

 ルナマリアはふうっと溜息を吐くと、シンたちにホール内へ入るよう促した。ぞろぞろと一同がそこへ踏み込んでいくのを、集結した軍人たちがじっと見送っている。

 ひとりだけオーブの将校が混じっているのを不審に思ったのかもしれない。

 彼らが踏み込んだのは地獄の入口だった。すでに死体こそ片付けられているが、床にも壁にも、そして天井にまで飛び散った血ノリの清掃はされていない。これだけのものを見せつけられると、訓練の行き届いた軍人であっても一歩ひいてしまうだろう。今どきオバケ屋敷の演出でもここまで悪趣味なことはしない。

「見ての通り」 ルナマリアはシンを振り向いて言った。「係員をやってた連中は全員死んでるわ。死因は失血死、もれなく胸にポッカリ開いた穴から大量の血を噴き出してた。──気をつけてね、足元すべるから」

 パシャ、とシンの足の裏に濡れた感触が届く。スニーカーじゃなくて本当によかった、と余計なことを考えてしまったが、もしかしたら今、すべての者がそう思っているかもしれない。

 一同はさまざまな色が入り混じった、しかし赤の密度が圧倒的に高い廊下をまっすぐ歩き始める。

「メイリンは?」 シンがぽつりと言った。「あの娘、無事だったのか?」

「うん…アバラ何本かやられたみたいだけど、命に別状はないって」 ルナマリアは振り向かずに言った。「この状況下で奇跡だって、言われたわ」

「銃とか、ナイフとかは見つかっていないのか?」 アスランが尋ねた。

「──あ、はい。検死の結果、胸の傷以外の外傷はなく、しかもその外傷というのも、通常の武器ではありえない、ということです」

「どういうことだよ?」 シンが問う。

「あたしに聞かないでよ。…でも…どう見ても、内部からの莫大な圧力で皮膚が破れたとしか言いようがない、ってことらしいわよ…?」

 うかがうような返答をするあたり、どうやらルナマリア自身もその検死結果に困惑しているようだ。シンとアスランはそれぞれで顔を見合わせ、眉を寄せた。

 そんなやり取りを聞きながら、イザークはキラの顔をチラリとうかがい見た。彼は、緊張と嫌悪、そして悲愴が入り混じった痛ましい表情を浮かべている。

 内部からの圧力。身体の中に変な生き物でも棲みついて、それが表皮を破って登場してしまったというのなら、これからナチュラルとコーディネイターをひっくるめた全人類の存亡をかけた戦いが始まってしまうだろう。だがそんなことがあるわけがない。たったひとりの変死ならまだいくらか納得する手段は残されているものを、大人数がまったく同じ変死を遂げているのだから、もともと笑っている場合ではないが尚更笑えない。

「…で」 ルナマリアは続けた。「犯人はここで死んでる連中には目もくれず、花束を持って廊下を歩いていった。この血まみれの廊下をね」

 言われるままシンは足元を見た。生乾きの血がこびりついているそこは大量の足跡が残っている。事件を知って駆けつけた軍人、警察、医療班の者たちがつけたそれらをボンヤリと見ていると、突然背後から驚かされたときのように身体がビクリと反応した。

 何だ──。得体の知れない何かに、強く、強く意識をひきつけられる。シンがその原因を探して視線をさまよわせていると、それは急に視界の中に入ってきた。

 ドカドカと無造作に踏み込んで進んで行く足跡の中のひとつ。それは完璧に一定の歩幅を保ってまっすぐ廊下を進んでいる、明らかに他のものとは違う足跡だった。

 コツン、コツン、コツン…シンの耳の中にその靴が立てる音が聞こえてくる。いやにリアルな想像だ。いや、もしかしたらそれは想像を超えて現場の『記憶』を見る、サイコメトリーに近い状態だったのかもしれない。

 足跡を追って顔を上げたシンの目の奥に、大きな花束を持って血の海を歩く少女らしき者の背が映る。恐ろしく静かで、そして不気味な光景だった。かわいらしいドレスを着た小さな肩、柔らかそうな金髪、きれいな白い肌、すべてが背景から明らかに浮いている。

 いくな──。一歩ずつ自分から遠ざかっていく少女に、シンは思わず叫び出しそうになった。いくな、いっちゃだめだ、君は、君は──。

「シン、ねぇシン? 大丈夫?」

 もうすこしで完璧な映像が見えそうなところで、何もかもがふっと消えた。いつのまにか足を止めてしまっていたシンの顔を、ルナマリアが心配そうに覗きこんでいる。呼吸は熱く早まっていて、こめかみからスウッと冷たい汗が流れて頬を伝っていった。

 シンは自分を取り戻す意味で大きく息を吸い、そして吐いた。心臓の鼓動はすぐに平常へ戻っていく。

「なんでもない」 シンは言った。「大丈夫だ」

 ルナマリアに焦点を合わせてそう言ったところで、またまたいつのまにか彼女の更に向こうに立っているキラとアスランの姿に目がいく。彼らは廊下の壁につけられた、大きく開け放たれたドアの前に立っていた。

 そこはホールを使用する者たちのために用意された、控え室として使える部屋だ。シンが見た少女の足跡は、その楽屋の中へと消えていた。

「──キラ」

 何かを促すようにアスランが呼びかけると、キラはひとつ頷いて彼の顔を見た。合わさる彼らの視線は、繋がる時間の短さにも関わらず、到底常人には判らない多くの何かを含んだ濃厚なものだ。

「ルナマリアさん」

 振り向いたキラに呼びかけられて、シンの傍にいた当人がハイッと答えて背筋を伸ばす。

「ホール前に集まってくれてる人たち、悪いけど解散させてください」 キラは言った。「犯人は、たぶん、普通に捜索しても見つからないと思います」

 え──? ルナマリアの目が点になる。そして、助けを求めるようにシンを見た。とてもそうは見えないが、プラントの街の中という現在の状況において、もっとも強い指揮権限を持つのはフェイスであるシンなのだから。

 しかしそれを知ってか知らずか、キラは更に続けた。

「デュランダル議長とカガリ…アスハ代表は、いまどこに?」

「は、はい。事態の報告を受けて、間もなくこちらに…」

「そう。──イザーク、ディアッカ、情報操作はお願い。犯人の目的はまだ判らないけど、今プラント中が混乱したら大変なことになる」

 てきぱきと彼は言った。指示を受けた二人が頷いて廊下を戻っていく。恐らくは、まずホール前に群がっている軍人たちのもとへ向かったのだろう。

 犯人──。シンは未だに夢の世界にいるような感覚に脳を侵されながら、ぐるぐるとその単語を頭に巡らせた。たったいま見えた者がその『犯人』だというのだろうか? しかしその姿はすでに遠く、思い描くことができない。

 だが次にキラが口にした言葉によって、彼は覚醒を飛び越えて心臓が口から飛び出す思いをする。

「──能力者だ」

 一年来一度も聞いたことがなかったその単語が、予期しないところでパッとあらわれた。何の前触れもなく突然、いきなり。

 自らで噛み締めるようにそれを口にしたキラは、顔を伏せ、ぐっと口元を引き結んだ。自分が次の言葉を口にするまでのうちに、どうか悪夢であるなら醒めてくれと祈って。

 しかし、この悪夢は醒めなかった。現実という名の、最悪の悪夢は。

「マイノリティクラスの能力者がここへ来たんだ」 彼は苦く言った。「そして──」

 そしてその者は、あろうことかここに居た誰も彼も無造作に殺し、ラクスを襲撃したのだ。

 すべての者が死に絶えた、邪魔者のいないこの大きな棺桶の中で。



 ラクスは静かにベッドに横たわっていた。彼女の容態を示すさまざまな計器は延々と一定の波長を流したまま微動だにしない。その服装は控え室で着ていたピンクのワンピースのまま、大振りの刃物で切り裂かれた肌と同じ裂け目が入っているのに、着替えさせられた様子も治療をされた形跡もなかった。

 だが、これには理由がある。

 キラたちが会館を出た頃、デュランダルとカガリはすでに彼女の傍らにいた。集めた医師団からの報告を受けて、彼らは超能力者である自分たちの目から見てもなお信じられないものを目の当たりにすることとなってしまった。

 場所はアプリリウス市の中心部、シャフトタワーにほど近い、評議会のメンバーにのみ使用を許されている多目的タワーの一室だ。どれほどの緘口令をしいたとしても、下手な病院へ入れたりすればそれこそ市民に知れ渡ることになる。事態の報告を受けたとき、彼はラクスとメイリンをこのタワーの医療ルームへ収容するように指示したのだった。

 いまの彼の表情はひどく曇り、沈んでいる。想像だにできない、予想もしなかった事態がここで起こったせいで。

 シュ、と音がしてドアが開き、数名がそこに現れた。キラとシン、アスランの三人と、彼らを連れてきたカガリだ。

「デュランダルさん」 真っ先にキラが呼びかけた。「ラクスは…?」

 ベッドの前に立っていたデュランダルが振り向き、何とも形容しがたい表情を浮かべる。集まった一同は寝かされたラクスに目をやった。人工呼吸器もついていなければ、無菌状態にされているのでもない。とても、報告を受けたような生死に関わる重傷を負っているふうには見えなかった。

「実に奇妙な事態が発生した、というべきだろうか」 彼は言った。「これを見てくれ」

 そっとラクスの身体にかけられていたシーツがめくられた。肩口から脇腹に至るまでにナナメに深く刻まれた、見るも痛ましい傷が姿を見せる。淡い色をしていた服は流れた血で真っ赤に染まっていた。

「キラ君」 デュランダルが言った。「君になら判るだろうか? 彼女の今の状態が」

 促されたキラが沈痛な面持ちで歩を進め、横たわる彼女に視線を落とす。

 誰が見たって危機的状態だ。一刻の猶予も許されない、早く処置をしなければ──いや、したとしても命を取り留められるかは判らないくらいの。

 それまでは眉を寄せて見ていたシンだったが、ふと違和感に気が付いた。

 彼女の傷は確かに無残で、ひどい。だが、その傷は未だに大きな口を開いているのに、もはや一滴も出血していないのだ。服に付着した血も乾き始めていて、新しい血に濡れている様子がない。

 なんだこれ、どうなってるんだ──。

「──触れないんだ。誰も。ラクスに」

 ぽつりと言ったのはカガリだった。一同の視線がラクスから離れ、彼女に向けられる。

「どういうことだ」 アスランが訝しげに言った。

「『エターナル』…だね、これは」 答えたのはキラだった。「出力はすごく弱いけど、ベール状の『エターナル』がラクスの身体を包んでる」

「…そういうことだ」 傍らのデュランダルが頷いた。

 一同がポカーンとした。本人の意識がないのに、起動した命令文だけがただひたすらその役目を果たし続けているなんて、こんなことがあってもいいのか──。

「これによって我々はもとより、怪我の治療にあたろうとした医師団さえも、彼女に『直に触れる』ことができなかった。キラ君の言うとおり、彼女はいま『エターナル』で作られたベールによって全身をコーティングされている状態だ」

「どうしてそんなことが…」 アスランが絶句する。

「懸命な判断だったと思うよ」 キラは言った。「これだけの傷を受けたら、たとえきちんと治療を受けられたって助かる可能性は五分──ううん、もっと低いかもしれない。ラクスはとっさの判断で、出血を止めることと、それ以上の攻撃を受けないようにするために『エターナル』を起動したんだ」

「しかし彼女の意識は戻らない」 デュランダルが言った。「恐らくは、受けたダメージが回復するまで、彼女はこのまま眠り続けることになるだろう」

「……それって、どのくらいですか」 シンが尋ねる。

「『エターナル』の、今の出力具合から見て…まず、半年」

 デュランダルの、苦虫を噛み潰したばかりか思わず飲み込んでしまったかのような返答に全員が絶句した。

 半年。一年の半分と言ったのだ。日数に直せば二百日にも達しようかという、大それた長期間だ。ラクス・クライン死亡、などというプラントと地球のバランスをぶち壊す事態にならなかったのは何よりの救いだが、これではこの事実が市民に知れ渡るのは時間の問題でしかない。

 下手なバレかたをすれば、キラをはじめとする超能力者の存在が全世界の知るところとなってしまう。それだけはどうしても避けねばならない。

 しかし、出力が低いせいで即時回復の付加効果までは得られていないとはいえ、かつてはシンが全力で放った炎をも完璧に防御してみせたこの『エナータル』である。どんなことをしても、そしてキラであろうとも、一度起動してしまったそれを解除することはできないだろう。

 万策尽く、というやつだった。

「どうしたらいいんだ…」 カガリは呻いた。「せっかくラクスがプラントに復帰できた当日だっていうのに」

「ラクスを襲った犯人は、まだ捕まってないんですよね?」 キラが訊ねた。

「いまのアプリリウスは、普段の数倍近い人間で溢れかえっている。もちろん捜索を行なってはいるが…」

 歯切れの悪いデュランダルの言葉ほど、人を不安にさせるものはない。

 だがキラは気丈に顔を上げた。

「デュランダルさん、犯人の捜索を打ち切ってください」

「え?」 言われた当人が目を丸くする。

「現場の状態を思い出してください。あれだけのことができるってことは、犯人の能力者は以前のラクスやアスランくらいの力を持っているうえに、人を殺すことを何とも思ってない。そんな奴に超能力を持たない人たちが近づいていくのは自殺行為です。それに、犯人は、自分が起こしたこのラクス襲撃の事件が何かしらの結果になるまでは大人しく様子を見ると思います、だって──」

「議長ーッ!」

 突然、室内にいる誰のものでもない叫び声がキラの言葉を遮った。神経が張り詰めていたせいで過敏な反応をした一同が見やった先でドアが開き、初老の男が血相を変えて飛び込んでくる。

 印象の薄い顔だが、デュランダルとカガリは彼のことを知っていた。評議会メンバーのひとりだ。

「どうした」 デュランダルが厳しく問う。「怪我人の部屋だ、もっと静かに──」

「大変です議長っ、大変なんです!」

 男は今にも泣き出しそうな顔をしながら、デュランダルが着ている白い服の襟を引っ掴んでくる。礼儀も立場もない、極度に動転した人間が人間に助けを求めるときは、相手を『同族』としか認識できなくなるのだ。

「市民たちが騒ぎ始めているんです、ラクス様の襲撃事件は本当なのかと…!」

 その言葉を聞いた一同の顔色が変わった。まだ事件発生から数時間ほどしか経っていない、ラクスの回復への目処がようやくついたばかりの現在で、何故こんなにも早く情報が漏れるのか。まさかイザークたちがドジをするはずない、そうなれば──。

「やっぱり来た」 キラが低く言った。

「やっぱり…って?」

 それが聞こえたシンが問う。キラは傍らに立つシンに視線を投げると、悲しそうにすっと目を伏せた。

「そうかっ」 アスランが叫んだ。「犯人の狙いは情報の拡散だっ。ラクスの生死はどうでもいい、ただ彼女が何者かに襲撃され、大勢の犠牲が出たことを世界中に知らせられれば──」

「なんてことをしてくれるんだっ…!」 カガリが悲鳴を上げた。「そのあとどれだけ人類が混乱することになるかっ。早い段階で情報を操作しないと、とんでもないことになるぞ!」

 ナチュラルもコーディネイターも問わず、大多数の人間が集まっている場所でこんな情報が漏洩すれば、カガリが危惧するとおりの『とんでもない事態』になってしまう。

 どれほど共存を謳って理想としたところで、それぞれの種は根底の部分に、自らに向けた強い選民意識というものが存在する。要するにお互いを見下す傾向にあるわけだ。それが完全に取り払えていない現在、このニュースを聞いた者たちがどういう思考に到達するかは、考えてみるまでもない。

 ブルーコスモス──ナチュラルの仕業ではないのか、と、コーディネイターたちは疑い始めるだろう。特にラクス・クラインという女の存在は極めて大きく、ただのいち市民が襲われて殺されたと聞かされるよりも尚強い激昂が生まれるに違いない。

 ナチュラルがやったに決まってる、我らコーディネイターが、自らの女神を傷つけるなどありえない。共存なんてきれいごとを謳いながら、裏であいつらが手を引いたんだ──。

 まさにその憎悪の声が聞こえる気がして、シンは背筋がゾッとした。

「で、でもっ」 シンは焦っていった。「ラクスが襲われたのは本当のことじゃないですかっ。彼女が動けないのに、『そんなことはありませんでした』なんて、どうやって…」

 まさに彼の言うとおりだった。あれやこれやと考えをめぐらせていた一同も、結局はその問題点にぶち当たって沈黙してしまう。

 どうすればいい──。口に出すまでもなく、誰もが同じことを考えていた。

 ただ、気の弱い議員は部屋の隅でさめざめと泣いている。

「…アスラン君」

 不意にデュランダルが何かを思いついた様子で顔を上げた。呼びかけを受けた当人をはじめ、その場にいるすべての者の目が彼に集中する。

「君が記者会見に出て、こう言うのはどうだろう? 『ラクスは久しくプラント市民の前へ出られた緊張と喜びで、精神的に疲労して倒れただけだ』と」

「──は?」 アスランはキョトンとした。

「『彼女は今日という日まで、自分がプラント市民の皆さんに受け容れてもらえるかどうか、ずっと不安に思っていた。だからそれをようやく認められて緊張の糸が切れ、一時的に弱って倒れただけなのだ。今は騒ぐことなく、彼女にひとときの休息を与えてやってくれ』…とね」

「なるほど。確かに、議長や評議会が発表するよりは、婚約者として復帰したばかりのアスランが言うほうが説得力はあるな」 顎に手をかけ、考えながらカガリは言った。

「おれもそう言われたら信じちゃいますね」 シンは言った。

「嘘も方便って言うよね…」 キラまで、真面目くさった顔で言った。

「──はあっ?」 おまえら何を言ってるんだ、とばかりにアスランは驚いて言った。「何をおっしゃっているんですか議長、そもそも『ひとときの休息』って、ラクスは少なくとも半年は目覚めないんですよ! こんな即席のウソでどこまで市民を騙せると思って…!」

「いや。一週間、待ってほしいのだよ」

 なかなかの剣幕で怒っていたアスランも、そんな彼を慌てて諫めようとしたキラもシンもカガリも、デュランダルの返しを聞いてきょとんとした顔付きになった。

「要するに、このラクスが目覚めるまでの半年の間、『ラクス』をもうひとり用意できればいいんだろう?」

「なんですか。議長が歌って踊る気ですか」

 ぱしーん。真面目な顔をして的外れなことを言ったシンの頭をはり倒したのはデュランダル当人だった。

「もうひとり…って」 アスランの声が震えた。「議長、まさか代役を?」

「…アテがあるわけではないが、できる限りのことをしよう」

 デュランダルは精一杯の笑みを浮かべた。隣で叩かれた頭を押さえて恨みがましげに見ているシンのことは、どうやら無視することに決めたようだ。

 と、カガリが振り返って、先ほどから部屋の壁際であっちへこっちへソワソワしていた議員に目をやる。

「──聞いての通りだぞ」 彼女は言った。「市民の混乱を鎮めるため、これから臨時の記者会見を行なう。アプリリウス中の報道陣を、このタワーのロビーに集めてくれ」

「は、はいぃっ!」

 議員は自らの命が助かったも同然の喜びの声をあげて部屋を飛び出していった。代役云々の話は聞かれてしまったが、あの男はきっと市民の平穏以外のことにさしたる興味を持たないだろう。

「では、アスラン君」 デュランダルが言った。「あとは君に任せる」

 恐ろしく無責任な発言を聞いた気がしてアスランは眩暈がした。

 しかしデュランダルはさすがだとも思う。もし自分が一般市民であったとしても、カガリやシンが言ったように、先ほどのようなことを婚約者が会見で語れば信じる気になるだろう。まさに嘘も方便、ラクスは確かに生きて回復に向かっているのだから、この半年さえ乗り切ることができれば地球圏大混乱の惨事だけは避けられる。

 ──自分たちでは、とてもこうはいかない。

「がんばって、アスランッ」

 溜息と共に部屋を出ようとした彼の背に、キラの応援がかけられる。

 いまはその声だけが、彼を支えるすべてだった。






                                         NEXT.....(2006/02/02)