FATAL ASK 38.休息
おまえまで出てきたら、誰がエターナルにバリアを張るんだよ──と、ハイネに一蹴されて出撃を拒否されたアスランは、仕方なく、デュランダルを着かせた艦長席の傍に立って、外で繰り広げられる戦闘を凝視していた。
追っ手は予想通りナスカ級が三隻。そこにジュール隊が含まれていないのが、戦わずに済むという意味での救いだったのか、あるいは適当に取り逃がしてもらえる可能性が消えた意味で残念だったのか、もう判らない。
ただ、ある意味では、まったく収穫が無い無益な戦いというわけでもなかった。
数も正確に掴めぬミサイルの雨に防護壁を展開し、至近距離から砲撃しようと構える機体を見つければ『イージス』を展開しながら、アスランは、だんだんと自分のチカラを使う感覚を取り戻しつつある。
つい今しがた、球状のそれに閉じ込めた機体を圧殺した彼は、大きく息をついて自分の手を眺める。そこには、まるでプラモデルでも握り潰したかのような硬い感触が残っていた。
そういうことか──。アスランは徐々に理解していく。
どうも以前に比べてチカラの調子がおかしいと思ったら、どうやら格段に進化し、強まっていたらしい。以前のままの感覚で行使しようなものなら、下手な念波一発でプラントに大穴が開いたかもしれなかったわけだ。慎重かつ用心深い彼の深層意識はそれを潜在的に『危険』と判断し、本人も知らないところでリミッターをかけていたのだ。
地球でキラがまた進化したのか、と考えたけれど、それはない。
だってキラとの『絆』は、プラントへ渡った時に切れたままだ。今までは当たり前のようにすぐ傍にあったはずの、彼の存在もまだ感知できない。つまり今回のアスランの進化には、キラに関係しない外的要因があるのだった。
昨晩の、キラを抱いた夢が頭をよぎる。あれがミーアを勘違いしたものでなかったのは本当に何よりだったが、アスランの腕にも、唇にも、指先にも、未だ鮮明にその感触が残ったままだ。あれが夢だったとは思えない。
まさか──。思考が、ひとつの結論に至ろうとしている。考えたくないあまりに、考えないように意図的に目を逸らしていた可能性へと。
ブリッジを狙って投擲された爆雷を、アスランは右手を掲げる結印で結界を形成して防ぎ切る。本当に今更なことだが、メイリンを含めたブリッジ内のオペレーターたちからの、興味と期望の眼差しが地味に痛い。確かにこのチカラがあれば機体にフェイズシフト装甲なんて必要ないし、戦艦にラミネート装甲を施す必要もなくなる。連合が、キラを鹵獲するという『危険』を冒してでも能力者確保に死力を尽くしていたのも頷けるというものだ。
だが、本当にそんな事態になってはいけない。アスランくらいのチカラが、ごく『当たり前』の領域に達してしまってはいけないのだ。ナチュラルとコーディネイターがその『優劣』で争いを繰り返しているのと同じように、今度は能力者とそうでない者たちの間で諍いが起こるだけの話になっていく。強い『兵器』が生まれれば、それを手にしたいと誰もが望む。ずっと、ずっと終わりのない螺旋の中へ落ちていくだけなのだ。
脳裏をよぎる、カナード・パルスの黒い影。あの男はもう間もなく、この『螺旋』を急加速させるだろう。あらゆる意味において人類がもてる『最強の兵器』である、キラの存在と素性を白日の下にさらすことで──。
ドドン、と艦体を大きな衝撃が襲った。背後からの襲撃を、ハイネの部隊が撃ちもらしたらしい。
「右舷スラスターを損傷!」 メイリンが叫んだ。
片方の推力を削られたエターナルの艦体が大きく傾き、あらぬ方向へと軌道を変える。
「ミーティアのスラスターを起動して舵を回復しろっ」 アスランは言った。たとえ付け焼刃に過ぎなくても、最大出力でならせめて軌道修正くらいは何とかなるだろう。
「艦長っ!」 メイリンがアスランを振り向いた。直後、一瞬だけアッという顔をするが、彼女は素早く気を取り直して言った。「前方より新たに巨大熱源2! 高エネルギー反応有り…っ、主砲発射体勢ですっ!」
「な──」
アスランも、デュランダルもたまらず絶句した。いつ、どうやってエターナルを追い抜いて前方に回ったのかまったく判らなかったけれど、下手をすればカナードによる戦艦ごとの転移かもしれない。キラがミネルバやアークエンジェルの転移を成し遂げたのだ、あいつにもそれができることくらい想定しておくべきだったのだ。
「……汝が愛よっ!」 ダメでもともと。アスランは自分の命を消費する覚悟で両手を前方に突き出し、キラに連動する最高位の命令文を放った。「我が名の下、いま我に、果つることなき惜しみなき祝福を!」
キラに繋がっていない状態で、キラからチカラを引き出すことを前提とした命令文を使用すれば、足りないエネルギーは生命から補われることくらい彼は解っていた。でも、こうしなければエターナルを二発の艦主砲から守り切ることなどできない。自分がここで果てたとしても、デュランダルだけは絶対にミネルバへ送り届けなければならないのだ。
どくん、と彼の心臓が強い鼓動を打つ。しかしそれは痛みではなかった。
『──聞こえるよ』 キラの声がした。『君の声が』
キラ──! 声にならぬ叫びが口をつく。
チカリと前方でいくつかのナニカが光った。それと同時に、エターナルの前方を完全にガードできるだけの、大型の円状結界が起動する。
新たにレーダーに捉えられた二隻の艦は、ミネルバとアークエンジェルだ。それぞれがすでにチャージ済みの主砲を、あろうことかエターナルに向けている。そして二隻から飛び出してきた青に金とこれまた派手な光をまとった二機のMSが急接近し、起動した最高位の『イージス』にドラグーンで形成されたバリアを重ねて強化をはかる。
かくして、計三発の艦首ビーム砲は撃ち放たれた。寸分の狂いもなく、その『イージス』目掛けて。
凄まじい光がそこに居た者たちの目を眩ませる。だが、この砲撃の本当の狙いは目眩ましなどではなかった。
タンホイザーとローエングリンを真っ向から受けた『イージス』は、ドラグーンによる強化でまるで鏡面のように光を弾いて後方へと拡散させる。それは、すぐそこに迫っていた追っ手の戦艦三隻へ、無慈悲な無差別砲撃となって襲い掛かっていた。
追っ手は見事に巻き込まれて爆散し、エターナルに近かったおかげで難を逃れていた数機のMSらは、バリアを解除してすぐ飛び立ったフリーダムと、金色のMSが放ったドラグーンによる連携の前にあっけなく行動不能へ追い込まれて沈黙する。
極度の緊張から解き放たれた脚がついに崩れ、アスランはその場にぺたんと座り込んでいた。
……信じられない。こんなものは強行にも程がある。アスランも、ダコスタもメイリンも、そして他のクルーたちも目をまん丸くしていた。
とりあえず自分は生きている。それが本当に信じられなかった。
『皆さん、ご無事ですか』
ぽかんとしていたら、今度はとても懐かしい女の声が聞こえてきた。ゆっくりと首をもたげたアスランの視界に、赤いリボンでゆるやかなウェーブヘアーを結い上げた戦乙女の姿が見えた。モニターの向こうで、あたたかく、柔らかな微笑みを湛えて、彼女は変わらぬ姿でそこに在る。
「ラクス様っ!」 ダコスタが歓喜の声を上げると、クルーたちもオオッとどよめきたった。
「ああ、ラクス・クライン」 立ち上がったデュランダルが言った。脚や声には微塵の震えも見えない。最初からすべてを信じ切っていたのなら大した狂信者だ。「ご覧のとおりだ、我々には怪我ひとつないよ」
「……この作戦の発案者は誰だ」 完全に消沈しきった声で、アスランはそれをやっと言った。
キラか、シンか。どちらにしても一発くらい頭をハタいてやらないと気が済まない。誰にも告げることなくプラントへ『寝返った』ことは確かに自分も悪かったけれど、その『貸し』を返すにしたってやり方というものがあるだろう。ようやく本当のラクスの声を聞き、姿を見ることができた感動は、途方もない疲労の中で今にも潰えてしまいそうだ。
「わたくし、ですわ」 しかし彼の予想に反して、ラクスは春風のようにふわりと笑った。「何か問題がありましたか? アスラン」
「…………ありません」
すみませんでした、と謝る代わりに、彼はそれ以上追及するのをやめた。
文句なんか言えるわけが無かった。
合流した三隻がデュランダルの案内で到着したのは、デブリ帯の中を漂う、建造物とも言い難い奇怪な姿をした要塞だった。
近付いてみれば何のことは無く、資源採掘が完了して中身がカラッポになってしまった大型デブリへ設備を移築したシロモノだと判った。エターナルを通じてデュランダルが先方のセキュリティシステムへアクセスすると、着艦用のゲートがライトの列を並べて案内してくれる。三隻は導かれるまま内部へと入っていった。
「アスランッ」
ようやくエターナルから降りたアスランを、キラの声が出迎える。アークエンジェルから降りる間も惜しんで転移してきて、まっすぐ飛び込んでくる彼を、アスランは莫大な安堵と共に抱き留め、そして思いきり抱きしめていた。
もう、どこへも行かないで──。耳元で小さく囁かれた言葉が、とんでもなく心地好い。
「キラ…」 その名を放つことが許されることを、そしてこの声が受け止められることを、これほど嬉しいと思ったことはない。人目なんてどうでもいいからこのままキス……くらい、してやりたかった。
彼がそれをしなかったのは、ちょっとした警戒心が働いたせいだった。いつもならこのへんで、そろそろシンの痛い一撃が飛んでくるはずなのだ。しかし彼の経験則に反して、それはどこからもやって来ない。
気付いてみるとシンは、ミネルバから降りたばかりのところで、ただ二人の様子を眺めているだけなのだった。
「シン──」 こう言っては何だが、不審である。アスランは探るように、黙って自分たちを見上げていた彼に声を飛ばした。
「別に空気読めなんて言わないよ」 シンは肩を竦めて、やれやれとばかりに溜息を吐いた。「あんたたちがベッタリしてるほうが世界は平和になるって、みんな解ってるからな」
改めてそんな言われ方をすると、今の自分たちがとんでもなく場違いな感情で動いている事実を痛感させられる。キラは赤くなって恥ずかしそうに顔を伏せてしまい、アスランもつい、悪かったとばかりにキラとの間に距離を取ってしまう。
そんな彼に、投げつけるようにテレパシーが飛んできた。
『キラのこと、ちゃんとつかまえとけよ』 それはシンの声だった。『あんたたちがしっかりしてないと、おれ──』
その先が無かったのは、途切れたせいでも切ったせいでもなくて、シン自身が何も言わなかったからだ。アスランがプラントへ渡っている間に、シンに何があったのかは想像もつかないから、解ってやる素振りもできなかったけれど、彼がキラへの想いを、別な形へ消化しようとしていることがその言葉から察せられた。
あんたたちの関係がしっかりしていないと、自分はいつまでも先天種の呪縛に捕らわれたまま、キラへの想いを振り切れないじゃないか──。都合のいい自己解釈でないのなら、そんなふうに言われた気がした。
「アスラン」 キラが言った。「どうか、した?」
「…いや」 ここで彼が、『いやあいつがな…』なんて言ってしまったら、シンに恥をかかせることになる。アスランは何もなかったように目を伏せてテレパシーを切り、キラに笑みを向けた。「何でもない。議長たちのところへ行こう」
「この基地は私が個人の権限をもって、ザフトはクライン派の皆さんと共に極秘に建造したものだ。ここが存在することは、評議会の議員たちもまだ知らない。本当の意味で、『デュランダル派』の拠点と言えるだろう」
白く、広大なオペレーションルームをまっすぐ進みながら、デュランダルは言った。
「かつての大戦において運用されたジェネシスを小型化、運用効率を上昇させたネオ・ジェネシスを搭載し、本基地が移動要塞であることを含めて、最終局面とも言うべき戦局における運用を目指したものとなっている」
敵陣に限りなく近いところへ自らそっと歩み寄り、極大の一発をお見舞いできる──。まさしく最終兵器の名に相応しい建造物ではないか。まるで大型病院のクリーンルームにも見える空間を見渡しながら、誰もが絶句していた。
「しかし私は、ネオ・ジェネシスを撃つつもりなど無い」 デュランダルは皆を振り向き、真摯に言った。「あくまでもこれは抑止力だ。そもそも大量破壊兵器というものは多くの人を殺すためのものではなく、設備や機材と言った『戦力』を削ぐことを目的とするもの。これを撃つことは、殺戮者となるも同然だと心得ているつもりだよ」
「……殺戮者というのであれば、ここにいるほとんどの者がその汚名を着ることになるでしょう。わたくしも含めて」
皆の輪の中からラクスが進み出て行って、言った。彼女は少し厳しい表情をして、今にも『そんなことはない』と言い出しそうなデュランダルへと語りかける。
「この戦争は、優越と劣等という、本当にどうしようもない摩擦から生まれ出でた、決して絶えることのない憎しみの火です。わたくしたちがやるべきは、この火を消そうと考えることでも、無理やり消してしまうことでもありません。これを管理し、静かに燃え尽きていくのを見守ることなのです」
「……ラクス…」 キラの声が痛みを帯びる。それはまるっきり、彼のチカラにも同じことが言えるのだ。
「デュランダル議長。ここまで来て、この力を『抑止力』などとおっしゃるのはおやめください。我々は先の大戦においても、所属を裏切り、多くの要人を死に至らしめた筋金入りのテロリストです。今更わたくしが出て行ったところで、それは新たな混乱を生むでしょう。ならばどうか何も言わず、この道を突き進む覚悟を決めてほしいのです」
デュランダルは小さく唸り、目を伏せる。戦争を回避し、ナチュラルとコーディネイターの共存を成し遂げることが彼の本懐であるというのに、今の評議会はその意味を完全に取り違えている。ジブリールをパトロンとして迎え入れることを、その『提案』を聞き入れることを、そしてその存在を守ることが平和に繋がると本気で考えてしまっている。これがもしテレビドラマだったなら、ここに居る者らは揃いも揃って製作局へ苦情を入れて、こんなことを言っただろう。
こんな頭の悪い脚本があるか──。
「わたくしたちはこれからプラント本国へ向かい、そこに巣食っているロード・ジブリールを討伐せねばなりません」 ラクスは淡々と言った。「ですがこれですら、世界に多大な影響力を持つ『要人』の暗殺に他ならず、プラントと連合は、わたくしたちを仕留めんとして襲ってくるでしょう。戦いを避けることは──」
「……あの、すいません」
と、手をあげたのはシンだ。ラクスが言葉を切り、難しい顔をして黙りこくっていたデュランダルが、どうしたのかねと彼に目を向ける。
「殴りかかってくる相手がいるから、こっちも殴り返すだけの話じゃないんですか、これ?」
無神経、とも言えたその言葉に、場の空気が凍った……ように思ったのは、アスランだけだろうか。
「おれたちは別に戦いたいわけじゃないから話をするわけですけど」 シンは続けて言った。「それも聞かないで延々と吹っかけてくる奴が居るなら、殴ってでも黙らせるしかないですよね? 話して全部通じるならこんな何回も戦争してませんし、前の大戦だってもっと簡単に片付いたでしょう」
要約するにしても噛み砕きすぎだ。一同がたまらず絶句したところで、キラが小さく笑った。
「もし議長がプラントへ帰るのを阻止しようって奴が居るなら、おれがまとめてぶっ飛ばしてやりますよ。それでも連中が話を聞こうとしないなら、聞く気になるまで殴ります。もう今はそういう局面でしょう? だから議長には、ネオ・ジェネシスを撃つことも含めてハラ括ってくださいって、ラクスサマはそう言ってるん
じゃないですか」
「ヤクザか、おまえは…」
頭痛を堪えるようにアスランが言うと、傍に居たルナマリアとメイリンが顔を見合わせてぶっと吹き出し、堪え切れずクスクスと笑い出した。
ずっと戦い合い続けるのなら、果てに待っているのは種の絶滅だ。それに、コーディネイターを絶滅させることなどもはや絶対にできることではない。彼らの『有用性』と『利便性』はとうに証明され、それは今の世を支え、各地で大いに活躍しているからだ。戦争でどれだけ数が減っても、またナチュラルたちはその高い能力を求めてコーディネイター生産をやめられず、自らの劣等感を自覚も無しに煽り続ける。
共存したいだのすべきだとの喚いている場合ではない。共存できなければ、もはや互いに未来は無いところまで来ているのだ。それに気付いた者らが、まだ気付いていない者らを取りまとめなければならない。そこでまだ子どものケンカのように『あいつらが嫌いだから』なんて言う馬鹿が居るなら、それこそシンが言ったように、こちらもその者個人との対話を望んでいるわけではない以上、『じゃあ消えろ』と言うより他に無い。
これが正義かどうかなど関係ないし、道徳に沿っているかなんてもっとどうでもいい。歴史は生き残った者が作るものと相場は決まっている。ならば自らが勝者となって、憎み合う世界に新たな秩序を生むよりない。この世に今もっとも必要とされているのは、意思を統一するための規約なのだ。
「……わかったよ」
何かを堪えるように閉じていた双眸を開いたデュランダルは、ぽつりと言った。はっきりとした明言にならなかったのは、その覚悟に納得しきれていないせいかもしれない。
「おつらい立場を強要し、本当に申し訳ありません」 ラクスは言った。
「いいえ。私は、我らが宿敵とも言うべきジブリールを選んだ、同志であった議員の方々のあやまちを前にしても尚、まだ彼らと戦わずに済むかもしれないという考えが甘すぎたのだと痛感しているのです」
デュランダルは首を振ってそんなことを言い、そして、改めてそこに揃った一同を見渡した。
「皆さん。どうか私に力を貸してください。私は、均衡と秩序の崩れた『今』を粛正し、新たな時代を築きたい。それは私が独りで成せることではない。そのためには、皆さんの手がどうしても必要なのです」
「もちろん」 ラミアスが言った。「我々はそのつもりですわ。デュランダル議長」
「ここまで来といて今更はソレは無いっしょ、議長サンよ」 ロアノークが言った。「俺たちファントムペインを丁重に扱ってくれた礼は、ここでしっかり返させてもらうぜ」
「そうと決まれば、さっそく準備を整えないとな」 バルトフェルドが言った。「議長殿、こちらへ『ターミナル』や『ファクトリー』から人材を送ってもらっても?」
「ああ歓迎するよ。ぜひ、よろしくお願いしたい」
着々と話がまとまり、準備が整いつつある。早々に各自役目へと散っていくホールで、デュランダルはまだそこに残っていたキラとアスランに向き直った。
「ジブリール攻略のためには、例の『黒鳥』を撃破する必要がある。……君たちのチカラが頼りだよ、キラ君、アスラン君」
『──はい!』
二人の返事はきれいに揃った。迷いも無ければ戸惑いも無いと言わんばかりだったが、キラはすぐにふっと顔を伏せ、ホールに背を向けてアークエンジェルが収容されたドックへと戻っていった。失礼します、とだけ告げてアスランがそのあとを追っていき、そして。
そこは、シンとデュランダルのふたりだけになった。
「……すまないな、シン」
口火を切ったのは、奥の席に着いたデュランダルだった。疲れたように背もたれに身を押し付け、ふーっと長い溜息を吐く。彼が人前でこんな仕草を見せるのは、少なくともタリア・グラディス以外の人間の前では初めてかもしれない。
「レイのこと、ですか」 シンは言った。
「やはり、判ってしまうのだね」
判らないわけがない。だってどこにもその姿が無いのだ、今の事態でプラントに残ったなんて言われても説得力はゼロだし、デュランダルが自分に対して謝罪するとなれば、そういった話しか思い当たる節がない。
「レイは、死んだよ」 異様なほど淡々と、デュランダルはそう告げた。
一瞬、シンは何も答えない。ナニカを堪えるようにのむ息を震わせて、落胆したように吐き出す。
そして少年は右手を伸ばした。何かをよこせとでも言うように。合わせてデュランダルも右手を伸ばし、二人はまるでダンスの始まりでも演出するように手に手を重ねた。
能力者同士の疎通は何秒もかからない。デュランダルの記憶の中で、最後に見たレイの姿はどこまでも厳粛で、そしてあっさりとしていた。
「レイは…言ってました」 シンは言った。「最期に自分の運命と戦えるのなら、それは救いになるって」
「そうか……」
「あいつ、後悔なんか全然してないって顔してましたよね。多分、納得してたんだと思います」
「ああ、私もそう思っているよ」
「だけど、泣いちゃいけないかどうかってのは、また別問題じゃないでしょうか」
ぴくり。顔を伏せていたデュランダルの手が、震えるように動いた。
「本人が周りに泣いてほしいかどうかじゃなくて、…涙は、死者への弔いだと思うんです」
「重いな…君の言葉は」
「議長が変わらずレイを愛してあげてるんなら……」 俯くシンの声が、わずかに震える。「よくやったって言って、泣いてやってください。こうしてみんなここにいるのは、あいつが扉を閉めてくれたおかげなんです──」
俯いていたから、何も見えなかった。
デュランダルは弾かれたように席を立ち、まるで飛びかかるようにしてシンを抱きしめていた。ふたりの間で小さな水滴が水晶の珠にも似て、ふわふわと空間を流れていく。
「ありがとう」 デュランダルは言った。感情を噛みしめた、消え入りそうな声だった。「君は今も変わらず、あの子の好き友人だ」
シンだって、レイとデュランダルには礼を言いたいことがたくさんあった。誰よりも真っ先に自分のチカラを認め、保護しようと働きかけてくれたこと。感情の制御が下手な自分が立ち上がるまでの時間を、文句ひとつ言わずに待っていてくれたこと。そして今、レイに頼り切りであった自分をそれでも彼の友人だと言ってくれること。
それに、よくやった、と本当に言ってもらいたいのはシンのほうだった。エターナルと合流して、きっと会えると思っていたから。ミネルバを宇宙へ上げたことを、ルナマリアとステラを救えたことを、そしてレイがデュランダル救出を成し遂げたことを、互いに讃え合えるはずだったのに。
でももう、それは永遠にかなわない。
「おかえりなさい、議長」 だからシンを言葉を変えた。「あなたのことは、これからはおれが守りますから。…だから議長は、思いっきり自分の主張を貫いてください」
それは、まだもう少し先のことになる言葉。
ようやく辿り着いた誰も知らぬ秘密の隠れ家で、彼らは傷付いた心を癒す猶予を与えられたのだった。
「ネオッ!」
金色のMSのコクピットでOSの調整をしていたロアノークのもとへ、女の声が届いた。
今となって自分をこの名で呼んでくれる者はほとんどいない。エッと顔を上げた彼の前にやってきたのはルナマリアであった。
驚く間もなく、ガバッと抱き着かれる。会いたくて会いたくてたまらなかった家族との再会でもしたように。
「君は…もしかして」 ロアノークは彼女を抱き留め、気付いた。「ステラ?」
「混乱させたらごめんなさい」 顔を上げ、ルナマリアは申し訳なさそうに言った。けれど、嬉しそうな笑みも、感動の涙も、どうしても堪え切れない。「でもあなたの姿を見たら、我慢できなくて」
「そうか…」
二人はそれ以上を何も言わず、互いをぎゅっと抱きしめ合った。在り様を変えて帰還した者を抱き留め、自分を愛してくれた者への感謝を込めて。この様子をメイリンが見たらきっと何事かと思うだろう。妹は、まだ姉が能力者になってしまったことを知らない。
「…ねえネオ」 ルナマリアはふと、傍にそびえる金塊のようなMSを見上げた。「これ…、レジェンドなの?」
「ああ、『アカツキ』っていうらしい」 同じようにそれを見上げ、ロアノークはまるで他人事のように言った。「俺が乗り込んで最終調整をしたら、変化したんだ。これが『進化』ってヤツなのかな。シンもキラも、愛機を自分に合わせて進化させたみたいだし、これが今の俺に『合う』形なんだろうさ」
「進化…」
「インパルスって確か」 ロアノークは、すぐ傍に並んでいるデスティニーに視線を移した。「君の搭乗機だったんだよな?」
「そうだけど、…でも、シンが戦うために必要としてたんなら、仕方ないわ」
パイロットのいなくなった機体なんて、あるだけどうしようもない鉄くずだ。自分がかろうじて無傷で遺すことができたインパルスが彼の役に立ってくれたのなら、何も言うことは無い。
それに。
「あたしにはちゃんと専用機があるから、心配しなくても大丈夫よ」
何かを納得したように言って、彼女はロアノークから離れると、デッキの端に隔離されるように置かれた黒っぽいMSへと寄っていった。
ガイアだ。ステラがミネルバに保護された時、レジェンドの攻撃を受けて損傷したままだ。モルゲンレーテに立ち寄った際に修復作業はいくらか行なわれたようだったが、本家ザフトの基地ではなかったから部品も技術も足りず、中途半端にな状態で放置をくらっている。
ルナマリアはそっと、四脚形態のままだったその前脚に手を触れた。
誰も電源に触っていないのに、うっすらと緑色のアイランプが点灯する。徐々にその色が濃くなる様は、まるで寝起きの獣ではないか。
一枚の光の膜が彼女の手から発せられ、機体の全身へと行き渡る。バチバチと漏電を起こしていた損傷が消え──否、癒えて、黒き獣はのそりと身をもたげると、契りを交わした主人のチカラを持つ少女の前にぺたりと伏せて見せた。
「よかった…」 獣の足に頬を寄せ、ルナマリアは言った。「『あたし』のこと、ちゃんと覚えててくれて」
機械の獣は何も言わない。感情も意思もない。ただ『ステラ』というパイロットの生体反応をそのアイセンサーで認識して、搭乗しやすい体勢をとるプログラムが動いただけだ。言うなければ、指紋や声紋、あるいは網膜といった『認証キー』が承認された状態にすぎない。
『闇』に救いは無いと、キラも、アスランも、シンも思っている。このチカラはどこまでも残酷で、冷徹なものだとデュランダルでさえもそう考えている。
だがロアノークは、そうは思えなかった。
これは、ルナマリアに宿ったステラのチカラが生きている証明だ。生きたいと願った少女の祈りは、このチカラを媒体にして、確かに叶えられた。シンに近付きたいという、双方の願いと共に。
これのどこが残酷なものかと彼は思った。彼自身をも新たな姿と意思によみがえらせてくれたこのチカラには、絶対にどこかに希望がある。そう思わずには、いられなかった。
NEXT.....(2017/09/23)