FATAL ASK  31.悪報

 あれから、何か月過ぎただろう──。ミネルバとアークエンジェルのクルーは、そんな錯覚をこれまでに何度繰り返したか知れない。

 降りやまない雨がオーブの空を覆っている。モルゲンレーテの海中部に作られた秘匿されたドックでは、その二隻の戦艦の修復作業が昼夜を徹して行われていた。資材を運ぶ重機は常にフル稼働状態で、人員に至っては出入りが激しすぎて、始めのうちこそ挨拶していたラミアスもグラディスも、そのうち彼らの邪魔にならないようにするべく、引っ込んでしまった。

 作業の中心となっている司令塔は、アークエンジェルをよく知るエリカ・シモンズとバルトフェルド、そしてミネルバを管理するアーサー・トラインだ。しかし前者二人はともかく、トラインは副艦長でありながら、こうしたぶっ通しの作業にあまり耐性が無かったらしく開始数日で音を上げてしまい、今もちょこちょこと休憩を挟んでいる。

 ラミアスとグラディスが今後のことを話し合う機会を必要としている以上、ここの指揮まで彼女に執らせるわけにはいかない。仕方なしの配置だったものの、さすがに時間をかけた甲斐あって慣れが出てきたのか、ここ数日でだんだんとサマになってきたところであった。

「お疲れ様です、トライン副長」 と、熱いコーヒーのカップを差し出しながらシモンズが言った。「そろそろ、お休みになられたほうが宜しいのでは?」

「い、いえ、まだ大丈夫ですっ」

 威勢のいい返事はするけれど、目は口ほどに物を言う。眠たそうにした疲れの見える目元をこすりつつ、彼はありがたくカップを受け取った。

「ご無理は禁物ですよ」 シモンズは言った。「我が社はこの修復が終われば任務完了ですが、副長はそのあとも、また戦場へ出ることになられるのですから」

「ハハ…そうなんですよねえ」

 困ったなあと言わんばかりに、トラインは苦笑いを隠そうともしない。口に含むにはまだ熱いコーヒーにふうふうと息を吹きかける姿は少年のようで、とても最先端技術をもって戦場を駆けるコーディネイターの端くれには見えなかった。

「そういえば」 トラインはシモンズを見やっていった。「あなた方は、我々がここへ来た時、そんなに驚かれませんでしたね。ご存じだったんですか? …その、ノウリョクシャってやつのこと」

「ええ。彼らとは、もう長い付き合いです。今更、戦艦ごとテレポートしてきたって驚いたりはしませんよ」

 そうなんですか、と簡単な受け答えをしてから、彼はちょっと視線を下げた。見るものを無くしたように、自分の足を吸い付けているコンクリートの地面を、そこに走る小さな継ぎ目を、なんとなく追う。

 こうして安全を確保されてみれば何のことは無く、『あれ』は本当は、自分が見た嫌な夢に過ぎなかったのではないか──彼の脳裏には、そんな現実逃避が渦を巻いていた。

 『デストロイ』との戦闘は、生きて動く巨大な人間を相手にしているかのような恐怖だった。トラインはモニター越しに何度も視線を感じたし、自分たちを薙ぎ払おうと伸びてくる手の軌道は正確無比。トリスタンが手のひらに直撃した時に手を引っ込める動作なんか、まるっきり火傷に驚いたときの人間のそれなのだ。

 本当に、生きた人間が殺した人間の肉をまとって、チカラをもってあんな姿に成っているのだと実感させる一瞬。レトロなホラー映画では、ゾンビやらバケモノやらが殺した人間の身体の一部を剥がして嬉々として身に着けたりするシーンがよくあったけれど、MSなんて馴染みのありすぎるもので出て来られるくらいなら、いっそ血みどろの怪物がのしのしと歩いている光景を見せつけられる方がまだ何倍もマシだった。

 唯一の救いは、そんな史上最大級のホラー映画が自分たちだけのロードショーだったことだ。

 結果としてデスティニーのビーム砲がコクピット部分を貫き、永遠に続くかと思われた殺戮に終止符が打たれた。シンが乗っていた機体はもともとインパルスだったものが彼の搭乗によって変異したものだから、ミネルバとはテレパシー通信が繋がっていたのだが、彼はブリッジであれだけ大騒ぎしていたことなどもう忘れ去ったように、何一つ声を発することはなかった。

 傾いた巨体のあちこちが小爆発を繰り返し、最後には全体がばらばらに吹き飛んだ。フリーダムとデスティニーは、決着してもしばらくその場を動こうとはしなかった。まるで黙祷のような静寂。炎に包まれた残骸が燃えてなくなるまで、その時間は続くのだと誰もが思ったものだ。

 なのに──。

「最初から最後まで、連合の女の子ひとりに壊滅的な被 害を負わされて…」 溜息まじりにトラインは呟いた。「自分も、こうして生きてるのが不思議なくらいで。パイロットもクルーもほとんど失ったってのに、今度は自分らの親であるはずのザフトにまで追われるハメになるなんて、ミネルバはこれから、どうなるのか……」

 そんなことを言う彼の隣に立って、同じように休憩のコーヒーをすすりながら、ふとシモンズは気付いた。

「……怖くは、ないのですか? 能力者が」

「え?」 相手の問いにキョトンとしてから、彼は思い出したように笑った。「あ、そっちのハナシでしたっけ? なんかもう、慣れちゃいましたよ」 

 得体の知れないチカラやその効果を目の当たりにし、特にそのコントロールが下手なシンの、感情の激高から来る暴発を幾度となく目の前で見ているはずなのに、この男はもうこんなのイヤダとか、艦を降りたいだのといった弱音を吐くこともなく、そして能力者への畏怖も恐怖も見せてはいなかった。

 それはやはり、彼がまるで現実を『映画』のように捉えている──いわゆる現実逃避の手段の一つなのだが──のも要因のひとつと言えよう。そして彼の場合には、もっと単純な理由もある。

「アスラン・ザラやヤマト准将もそうですけど、特にシンのやつがね。『身内』だからってもあるんですけど、ノウリョクシャであることで、苦しんでるのがすごく伝わりやすいって言いますか」 トラインはミネルバを見上げ、弱く笑った。「本人たちがあんなに苦しんでるのに、俺たちが一方的に怖がったりしたら、ダメでしょ」

「ええ……そうですわね」 まったくだ、と心から全力で頷きながらシモンズは答えた。

 コーディネイターであるが故なのかもしれない、と彼女は、トラインの心境を冷静に分析してもいる。自身もまたそうである彼らの種だって、『人間』──ナチュラルとは違うというだけで数多の迫害を受けてきた。ならば、ヒトとは違うチカラを持っているというだけで除け者にしたり排除しようなどと考えてしまうのは、同じ苦痛を味わってきた種としての共感が許しはしまい。

 様々な意味でコーディネイターは、『異種』を受け入れる心構えや体勢のある種として成長しつつあるのかもしれない。

 何年も前に、カガリの依頼を受けてキラのチカラを様々にテストしたあの日のことを思い出す。

 目が合うことでキラに『魅了』される可能性があることを知ったナチュラルの関係者たちは、キラがそんなことをする人格ではないと頭ではわかっていながらも、しばらくの間、彼と目を合わせることができなかった。つい合ってしまった視線を、意図的に外してしまったことさえある。

 シモンズはそんな彼らにさりげなく注意をしていたが、そんなとき、キラは何も言わなかった。自分はそんなことしない、と感情的になることもなければ、研究員らがそうした理由を改めて問い質しもせず、ただその行動を見なかったことにして通り過ぎるのみであった。

 思えばそれが彼の精一杯の自己防衛なのだった。下手なことを言えば、下手なことを返されかねない。オーブ代表首長の弟でありながらコーディネイターだというだけでも風当たりが強いのに、能力者としてまでも、生きた凶器として畏怖されている事実を改めて突き付けられるくらいなら、いっそ何もしないほうがマシだったというわけだ。

 今でこそ彼らは、カガリにもアスランにも、そしてキラにもごく普通の応対ができるようになっている。それはひとえにこれまで積み重ねてきた、思い返すにも胸が痛むようなものまで含めた『コミュニケーション』があったからだ。チカラや立場ではなく相手の『人格』を知らなければ、人は警戒を解くことができない。

 でもコーディネイター同士は、そうではない。もとより『持たざる者』であるナチュラルと違って、相手が『特異』であることを、そしてそうであるが故に苦しんできたことを、他の誰よりもよく理解できる歴史を持っている。キラのチカラのことを自然と受け入れられたシモンズにも、そしてシンとトラインにも……いや、ミネルバのクルーたちにも同じことが言えよう。

 これを拒絶することは、自分たちの歴史を拒絶することに等しいのだ、と。

「こんな時だから言うんですけど」 と、トラインはコーヒーを一口頂いてから言った。「俺ね、ホントはオペレーターで入るはずだったんですよ、ミネルバに」

「え?」

「でも、シンとかレイとかルナマリアとか、周りが若い子ばっかりで固められちゃったせいで、年長の俺が仕方なく副長になることになっちゃって」

「あら、テキトーなんですね」 思わず笑ってしまいそうになる。

「そう、そうなんですよ!」 トラインはまさしく自分が思っていたことを代弁してもらえて、勢い込んで言った。「ほんと、俺みたいなのがこんなところに着いてるのがテキトーすぎて……でも、これでもしジュール隊とか、ホーク隊に配属されたりしてたら、死んでたかもしれないし…なんかもう、いろいろありすぎちゃって、混乱して…ハハ、情けないですねまったく」

「…そんなこと、ないですよ」

 こうして自分が生きているのが幸運なのか不幸なのか、それすらもわからない──そんな心境を話す相手がこうして居るだけ、そしてそれをポイポイと口に出せる性格であっただけ、彼はまだ救われていた。

 世の中には、こういったちょっとした『感想』や『主観』を少し口に出すだけでも、大変な労力を必要とする人間もいる。片やそれは絶大な権力を行使にある者であったり、片やそれが許さないことであったせいで、習慣的にずっと引きずり続けている者であったりする。

 前者がカガリやラクス、後者がアスランやマリューに相当することを、シモンズは、自分の『狭い』視野の中でよく解っていた。

 キラが、その『両方』に属していることも。

「デュランダル議長のご配慮に文句言うつもりじゃないんですけど…」 トラインは悪いことを言うように言った。「ミネルバにあいつの同年代の友だちを集めたのは失敗だったんじゃないかなあって、俺、たまに思うんですよ。シンのやつ、ハンザイレキを必死で隠そうとしてる前科持ちみたいにビクビクしてて、可哀想だなあって」

「……それ、本人に言ってあげたほうがいいと思いますよ?」 シモンズはやんわりと笑って言った。「能力者にとって一番の救いは、自分を認めてくれる相手が居ることですから」

「そうですね」 ハハ、と男は自嘲気味に笑った。「今度あいつが何かつまずいたら、たまには副長らしいこと、してみようかなあ」

「きっと喜ぶと思いますわ。……ああでも、やっぱり思春期の男の子ですし、手痛い対応が返ってきちゃった時の責任は、負えませんけどね?」

「ええっ、そんなあ…」

「ふふ、頑張って下さいね、副長殿」

 大袈裟に驚く仕草がコミカルで、シモンズはついからかうようなことを言ってしまった。本当は彼に伝えなければならない情報がいくつかあったのだが、後回しでもいいかと判断し、彼女は休憩を終えて仕事へ戻っていく。

 だだでさえ状況は過酷なのだ。悪い情報を伝えるならば、充分な休息のあとのほうがいい──。



「さて」

 バルトフェルドお手製のコーヒーを振る舞われて気分の切り替えに成功したグラディスは、作業員用の大きな休憩ホールの中で、そこにいる馴染みの顔ぶれを見渡した。

 もはや戦友と称しても差し支えないラミアスと、その忠実にして頼もしい部下であるアークエンジェルのクルーたち。自身の部下であるシンとレイに、飛び込み友軍のディアッカも居た。少し離れたベンチにひとりで座っていたキラが、最後に顔を上げる。

「ラミアス艦長と情報を交換した結果、『良い知らせ』と『悪い知らせ』があることが判ったわ。──どちらから、確認すべきかしら?」

 それを聞いて、一同がどうしたものかと顔を見合わせる。と、そんな中でラミアスが時計を見やり、何かを思い出したようにテレビのスイッチを入れた。

 誰もが、どこかで聞いたことのある旋律が耳に飛び込んでくる。流れていたのはプラント国営のニュース番組で、先日アプリリウスで行なわれた『ラクス・クライン』によるザフトへの激励コンサートの様子が放映されていた。

「なっ、なんだコレ!」 驚いて立ち上がったのはディアッカだった。「え、何かの合成? つかそっくりさん大賞?」

「ミーア・キャンベルよ」 グラディスがずばりと言った。「何も知らないことが仇になったと言うべきかしら……どうやらデュランダル議長の失脚後、いいように使われているらしいわね。今月いっぱいかけて、すべての市へツアーの予定らしいわ。各市において防衛に務めているザフト兵への慰問のためだそうよ」

「うわ…マジで。これイザークが知ったらまた……」

 ディアッカが帰りたくなさそうな物の言い方をしている後ろで、番組内ではキャスターが、つい今しがたグラディスが言った通りのライブツアーの詳細を話している。

 ラミアスがリモコンを操作し、また場面が変わった。今度は夕方の報道番組だ。そこでもミーアのコンサートが大盛況であったことを報じながら、コメンテーターたちが微笑ましそうに語り合っている。一同がもはや言葉もなくボーゼンとしていたところで、とどめを刺すように次の映像が流れた。

 アンコールが終わったあと、会場に現れたひとりの男を、カメラはしっかり捉えていた。何を考えていたのか、ミーアのライブ映像を見てもそれほど驚かなかったキラもこれには息をのみ、目を大きく見開く。

「アスラン……?」

 夢への階段を駆け上がっていくミーアと、それを迎え、抱き留めるアスランの姿。ふたりは唇が触れ合うくらいの距離で笑みを交わし、マイクに入らない言葉を交わして、もう一度確かめるように抱き合った。

「『デストロイ』と我々との交戦中、ミネルバの看護室より忽然と姿を消したアスラン・ザラは、このとおり、プラントで健在だということが判ったわ」 グラディスは事務的に言った。今はとにかく感情を撤廃しなければ状況報告もできない。「こっちもニセモノかもしれないと思ったけれど、『彼女』の喜びようを見るに、本人と見て間違いなさそうね」

「ミーアさんって、能力者なのよね?」 ミリアリアが言った。「あのアスランが本人かどうかは、見ればわかるんじゃないの?」

「……アスランは…」 キラが、ようやく重すぎる口を開いた。「『デストロイ』逃亡の時の怪我のせいで、今はほとんど普通の人間と変わらないはずだ。…ミーアに『見分けるチカラ』が備わっていたら、話は変わってくるけど……」

「見たところ、アスラン君に怪我のふうはなさそうだけど」 ラミアスが言った。「いくらなんでも、こんなに早く治るわけないわよね?」

「はい。……おそらく、『彼』が」

 そう言ったキラが睨むように目をやったテレビの中で、ピタリと映像と音声が止まった。このテレビはパソコン接続されたものではなく、正真正銘、職員の娯楽用に設置されたもので映像記録用の設備すらついていない。それが突然反応を無くしたかと思えば、ジジッと耳に痛いノイズを走らせ、先ほども放映されたアスランとミーアのツーショットをもう一度映し出す。

 そう何度も見たくないはずだ、と誰もが思う中、ディアッカはふと気付いた。男女に当たったスポットライトが強すぎてはっきりとは見えないが、アスランの後方、暗がりに隠れるようにして佇んでいる黒い男に。

「黒鳥の姫さんか…」

「黒鳥の姫?」 テレビを見て、同じくその存在に気付いたグラディスが訊ねた。彼女は──というか、ここにいる大半の者はカナードのことなど知りもしない。「それって、『白鳥の湖』に出てくる魔王の娘…黒鳥オディールのことで合ってるのかしら」

「ええ。ウチの隊長がつけた、シャレたコードネームですよ」 ディアッカは言った。「姫さ……っと、キラによく似た、強い能力者でしてね。マイウスの異変に関与したと見られたかと思えば、議長に接触してミーアにチカラを授けるよう仕向けたり…行動の意図するところが見えない、変なヤツなんです」

「彼のジャミングで、僕のチカラも今は向こうに届いていません。だから多分、アスランは彼の『加護』を受けてるんだと思います」 キラは言った。「……きっと何か、『取引』をしたんだ」

「プラントは現在、実質その黒鳥の手中です」 ディアッカは改めて言った。「奴は何らかの手段を用いて最高評議会を乗っ取り、この戦火を手引きしているものと思われます」

「なるほど」 グラディスはやっと納得したように言った。「なら、デュランダル議長の失脚も、その手による可能性が高いというわけね」

「──決定的、だと思いますけど」 ディアッカは肩を竦めた。

「あ、あの」 ミリアリアが手を挙げた。「もうひとつのほうの、『良い知らせ』って、何なんですか? アスランは頼れなさそうですけど、少しはこの状況を切り開けそうな、何か……」

「ごめんなさい…残念だけど」 ラミアスが溜息を吐いて、申し訳なさそうに言った。さすがにグラディスほど感情を撤廃することは、彼女にはできそうもない。「今のが『良い知らせ』よ。アスラン君の所在がわかった、っていう意味でのね」

「えっ……」

 何も知らぬミーアが評議会によって『悪用』され、『ラクス・クライン』が戦火拡大の片棒を担ぎ始めたこの現状を知らされた上、自分たちの最大の防御手段でもあったアスランがカナードの手に『落ちた』というだけでも充分に悪い知らせだったのに、今以上に状況が悪くなるのか──誰もがその覚悟を決められず、固唾をのむ。

「さっきミネルバの無線を使って、カーペンタリア基地の通信を傍受したの」 グラディスが言った。「最高評議会から地球駐在のザフト全軍への通達……ミネルバ及びアークエンジェルを、今回の開戦に関与した戦犯ギルバート・デュランダルの残党として国際指名手配すると共に、発見次第、即時撃墜せよとの命令が下ったわ」

「ちょ、ウソでしょっ?」 たまらずディアッカが言った。

「ウソだったなら」 そうであればどんなにいいか、という、甘すぎた切なる希望を自らの手で打ち砕くように、グラディスは強く返した。「我々はあの時、ジブラルタル基地と近隣連合基地の『同盟軍』に襲われはしなかったでしょうね」

 一同はしーんと静まり返ってしまった。息を震わせ、まさかと現実を疑いながら、受け入れる心の準備もろくにさせてもらえぬうちに流されることになる、激流の近付く音でも聞くかのように。

 その決定が下った証拠ならば、もうすでにミネルバとアークエンジェルの身に、嫌というほど刻まれているではないか。『デストロイ』との決着後、一同を襲ったMSや戦闘機の群れ。説明を求める通信はもとより受けてはもらえず、連合とザフトの混合編成であったことから、ラミアスとグラディスはフリーダムとデスティニーに応戦を命じていいのか判断することができず対応が遅れた。

 結局は『同盟軍』のほうが先に発砲を行なったことでやむなく応戦という形になり、前線の部隊をいくらか撃墜して弾幕が途切れたところで、キラが独断によって二隻をまとめての強制転移を行ない、モルゲンレーテ社の秘匿ドックに逃げ込むという結果になったのだ。

 偶然、テレポアウト対象のドックに何も入っていなかったから良かったようなものの、もし何らかの船や艦が有ったなら双方ともに大損害を被っていたところだ。キラも咄嗟のことだったために先方の状態を確認することができていなかったから、これは運がよかったとしか言いようがない。

「オーブが大西洋連邦にコンタクトを取ったところ、連合側でもほぼ同じ決議が出ていたそうよ」 ラミアスは言いにくそうに言った。「世界の混乱を避けるために、実質的には『ザフトと共闘』になることや、『大々的な発表』をするつもりはないようだけど、私たちがここに居ることがバレれば、まず間違いなくこの国は総攻撃を受けるでしょうね」

 打てる手があるのならば、今のうちに打っておかねば取り返しがつかなくなるのは明白だ。しかしながらミネルバ側は、何かしら策を考えようにもクルーを失い過ぎていてこれ以上割ける人員が居ないのが痛い。

 プラントがカナードの手中にあり、アスランまでも向こうに渡ってしまったとなればこちらも宇宙へ上がらざるを得ないが、オーブのマスドライバーを堂々と使うことなどもはやできぬ上、アークエンジェルはともかく、ミネルバにその設備を装備させようとすればあと何日かかるか判ったものではない。

 ザフト・連合の両軍が敵に回った現状、自分たちに襲い来る戦力が少しでも減ればと思うあまり、せめてジブラルタルとヘブンズベースが早期に激突していてくれれば良かったなどと考え始めてしまうのだから、人間の思考回路は実に恐ろしい仕組みをしているなとグラディスは思ってしまった。

「──私から、ひとつ提案があります」

 と、沈黙の中で発言と共に手があがった。誰かと思えば、ずっとシンの隣で黙って話を聞いていたレイだ。

「何かしら、レイ」 グラディスが発言を促す。

「はい」 レイは律儀にも立ち上がって言った。「まず現状確認を少々。──プラント奪還のため、我々は可能な限り早期に宇宙へ上がらねばなりませんが、それは、デュランダル議長の命を危険に晒すようなものだと私は考えます」

「確かにね。『連中』が我々を議長の残党だなんて言っている以上、ミネルバが宇宙へ上がれば、議長救出のためと思われるのは至極当然。テロリストの士気を削ぐために、そのブレインである議長を消そうという考えに及ぶ危険性があるわ」

「はい。すなわち現状においては、ミネルバ及びアークエンジェルが再度出港することは望ましくありません。先んじて誰かが単独でプラントへ上がり、議長を救出すべきなのです。それによって、プラント──いえ、黒鳥が持つ、我々への抑止力は消えるでしょう」

「……あなた、まさか」

「すでにお察しのことと存じますが、確認いたします」 レイは改めて言った。「艦長。どうか私に、議長を救出する任務を命じては頂けませんでしょうか」

「……レイ…?」

 今ようやく事態を理解したと言わんばかりに、シンが顔を上げて彼を見やった。未だ彼がこの現実について来られていないのは、ステラのそれのように少しぼけた目付きを見ればわかる。

 レイはそんな相手に視線を下げ、小さく笑った。

「できる者がやらなければ、事態は動かせない。それに、下手に能力者が踏み込むよりも、能力者ではない俺が行くほうが黒鳥の目をごまかせるかもしれないだろう」

「もしプラントに帰る方法を今から考えるって言うんなら、俺に案があるぜ」 ディアッカが言った。「こちとらクライン派にも通じてる身だ。俺の休暇明けに合わせて、サクッと連れてってやるよ」

「プラントには、ジュール隊長にヴェステンフルス隊長も居られるはず……彼らに合流できれば、何とかなるかもしれないわね」 グラディスは独り言をまじえて考え、そして顔を上げた。「いいわ、レイ。あなたに議長奪還を命じます。…でも、くれぐれも無茶はしないでね、これ以上部下を失うのはゴメンよ」

「はっ!」 踵を鳴らし敬礼で応え、レイは言った。「ありがとうございます、艦長!」

「では」 グラディスが言った。「我々ミネルバ並びにアークエンジェルは、黒鳥の手よりデュランダル議長を奪還すべく状況を開始する。各員、いついかなる変化にも対応できるよう、万全のコンディションで待機するように、以上!」

 これほど身の引き締まる号令はない。軍属の一同が揃って自軍の敬礼で答え、もともと軍属ではないミリアリアですら、ワンテンポ遅れながらもサッと手をあげる。

 ラミアスはそんな彼らを少し後方から見つめながら、まるで自分たちのほうが守られているような、そんな心強さを覚えていた。

 ザフトは連合とはまったく違ったシステムを持っており、その点では『正規の軍隊』とは言い難い一面がある。それでもラミアスには、グラディスがプラントのいち市民からの志願者であるとともに、今もなお市民としての側面を変わらず併せ持っている者とは思えなかった。

 なんだか『あなた』を見ているみたいだわ。ねえ、ナタル──。

 自分よりはるかに有能な軍人であった部下を想い、彼女は刹那、悲哀に潤む目を伏せた。







                                         NEXT.....(2017/09/06)