FATAL ASK  23.暗転

『大気圏突破シークエンスは無事完了。艦内気圧、正常値を確認。ミネルバはこれより、大気圏内活動用シークエンス、及び同兵装にて、航行を開始します』

 アビーの淡々とした放送が艦内に響く。特別に気圧調整を施した休憩室で待機していた、シンをはじめとしたクルーたちは、それを聞いてほっと息を吐いた。

「あー、よかったあ」 ヴィーノが心底からの様子で言った。「大気圏突入の時に、また襲われでもしたらどうしようかと思ってヒヤヒヤしてたんだよ」

「俺も」 ヨウランも長い溜息を吐いて言った。「けどま、無事に突破できりゃ、オーブはもう目の鼻の先だしな。終わったーって感じ?」

 終わった──。その言葉に、異様なほどの虚しさを感じたのはシンだけだった。

 終わったって、何が終わったんだ? ……何も終わってなんかない──。生来鋭い能力者としての直感が、彼にそう思わせてならなかった。

 どうせ…と言ってしまうとアスランやグラディスに叱られそうだが、ミネルバは、シンがブリッジでぶちかました一撃の損傷を修復するため、オーブの港か、あるいは近くのザフト基地へ身を寄せることになる。例の『三賢者』に対する待遇の決定も待たねばならないし、多少の暇ができることは間違いない。

 とても、つい先刻仲間たちで話していたシンの『歓迎会』どころでは無さそうだが、それならそれで、彼はすぐにもキラのところへ飛んでいきたかった。

 ルナマリアを助けてもらった礼を、ちゃんと言いたかった。そして、そうやってキラが戦闘宙域へ出て行ったことをまだ怒っているだろうアスランに、あまり キラを責めないでほしいと伝えておきたかった。

 あとは──。

 プルルルルル。休憩室に設置された内線が鳴る。それを取ったのは、扉付近で待機していたレイだった。彼はごく簡単な応答を二、三言発すると、シンを振り向いて言った。

「ルナマリアの意識が戻ったらしい」

「ほんとかっ!」 シンは立ち上がっていた。「面会できそうか? 話せるのかっ?」

「オーブに到着後、近隣基地…カーペンタリアへの搬送が必要になるようだが、とりあえず会ってみてほしいとのことだ」

「行ってやれよ、シン」

「ああ、ちょっと行ってくる!」

 友人らに背を押されるまでもなく、シンは駆け出して廊下へ飛び出した──ところで。

 どんっ、と、そこにいた誰かに思いきりぶつかる。

「うわっ」

「キャッ」

 女の子──? 驚きこそしたものの、シンは持ち前の反射の鋭さですぐに体勢を立て直し、転んでしまいそうになった相手を抱き込むようにして支えてやった。

 ふわりと揺れる、金色の柔らかな髪。今は整備士用のユニフォームで服を間に合わせているその少女は、別室に隔離されているはずのステラ・ルーシェだった。

「シン…みつけた」 ふふ、と嬉しそうに彼女は笑った。

「す、ステラッ?」 あまりのことにシンは驚く。なんで、ちゃんとロックかかってたはずなのに──。

 いや……隔離もロックも、能力者相手には無駄なことだとすぐに察しがついた。自分だってロックのかかった部屋に閉じ込められたら、次にすることはひとつと相場が決まっている。

 ステラはテレポートで部屋を出てきたのだ。自分の傍を離れていったシンを捜すために。

「おーいシン」

 開いたままのドアの向こうで、緊張感のない友人らが悪戯っ子のように言った。

「面会にオンナノコ連れて行くなよー? ルナが泣いちゃうぜー」

「う、うっさいな! わかってるよ!」

 慌ててステラの手を引っ張ったシンがセンサーの範囲外まで移動していくと、最後までこちらを興味津々に見ている友人らの目を遮るように扉は閉まった。

「だめじゃないかステラ」 シンはなるだけ優しめの調子を選んで言った。「ちゃんとまた会いに行くからって、言っただろ」

「シンも、お仕事…?」

「うん…まあ、そんなところ」 軍人という意味では仕事らしい仕事なんてできている気がしないから、シンはつい、答える言葉が曖昧になってしまう。

「じゃあ、ステラも手伝うから」

「そういうことじゃなくて…っ!」

 ステラは、なんでもいいからシンの傍に居たいといった様子で、この問答の間も彼の腕をきゅっと掴んでいて放してくれそうにない。

 しかしいくら危害の心配がなくなったとはいえ、このままルナマリアの見舞いにこの娘を連れていけるわけがない。

 ただでさえルナマリアは、戦闘宙域でステラの『声』を聞いている。デュランダルからは、『三賢者』が協力の姿勢を見せるならば『情報提供者』として丁重に扱うようにと仰せつかってはいるが、ほんの一瞬前まで敵だったものを、そうも簡単にハイそうですかと受け入れられるものか。

 捕虜だからとか、『お客様』だからとか、そういうことを言ってもステラは理解しない。敵軍の戦艦の中でも、心さえ開いてしまえば我が物顔で平然と歩き回るこの少女は、ファントムペインでいったいどんな扱いを受けていたのか。アウルの時には感じもしなかった根本的な疑問が頭をかすめる。

「シン、何をしてるんだ」

 その呼びかけが救い主のそれに聞こえた。

 振り向いた先に居たのはアスランだった。隣に連れている男はネオ・ロアークだ。

「ネオ!」 その姿を認めたステラが、パッと明るい笑顔を見せた。

「お、ステラ」 ロアノークが娘でも見つけたように手を振った。「元気そうだな。これからデートか?」

「そんなわけないだろっ!」 たまらずシンは抗議していた。「でも、ちょうどいいところに来てくれたよ。おれ、今から仲間の面会に行かなきゃだから、その、この娘を連れて行くわけにはいかなくて…」

「ああ…あの機体のパイロットか」

 と、ロアノークはシンの言いたいことをある程度は理解したようだ。しかしここで、あの時は悪いことを…なんて話し込んでしまっては、シンはオーブ到着までにルナマリアに会うことができなくなってしまう。レイの話ではすぐに近隣の基地で治療を受ける必要があるなんて言われていた気がしたが、そんなに具合が良くないのだろうか。

「ステラ」 ロアノークが言った。「俺もさっき『仕事』が終わったところなんだ。久しぶりに、ちょっと話さないか?」

「うんっ」 ステラは二つ返事も同然に頷いた。「シン。シンもいっしょに」

「ごめん、ステラ」 シンは苦笑いしながら言った。「おれは今から、別の仕事だから」

「そう……」

 しゅん、と切なそうな表情をする少女を見ると、本当に申し訳ない気持ちが込み上げてくるのだから、シンも我ながら情けないものだと思った。こんなにもいたいけで愛らしい娘が、ひとたび刃物を手にするだけで、立ちはだかる者すべて斬り捨てて暴れ回るバーサーカーと化すなんて、目の前で見たはずなのに信じられない気持ちだ。連合の──ファントムペインの上層に居るのは、本当に人間なのかと疑いたくなるほどに。

 そうだ──。シンは思い付いた。オーブに着いたら街へ出て、このステラに何か土産でも買ってきてやろう。生き物はさすがに無理だろうが、宝石でなくても、貴金属でなくても、きっと何だって喜んでくれるに決まってる。きれいで、かわいくて、でも邪魔にならない、記念になるような何かを──。

「あっ、アスラン!」 ロアノークにステラを任せ、駆け出そうとしたところでシンは振り向いた。何を考えていたのか、小難しい顔付きをしていた彼がナンダと答えるより早く、目が合うなり切り出す。「オーブに着いたあと、もしキラに会うんだったらおれも呼んでくれよ! 頼むから!」

 相手の返事なんか聞いても居ない。彼は急いで廊下を駆け出した。戦艦といえど小型であるミネルバの全長は四百メートルもない、目的のメディカルルームへはすぐに到着した。

 駐在の軍医に許可を取ったり、ルナマリアの状態を確認してからの面会が本来の流れだったのだが、このときはシンがフェイスだったせいで強固なはずのドアロックはあっけなく認証を済ませ、彼の自室のドアも同然に開いてしまった。

「ルナッ!」 シンは嬉々として室内へ飛び込んだ。

「だれっ!」

 敵意をも含んだ鋭い牽制が飛んできて、彼はぎくりと身を竦ませる。

 ベッドの上に、検査着のルナマリアが身を起こしていた。枕もとのサイドボードには彼女用の赤の制服と、愛用の銃が置かれていたのだが。

「だれ? 誰なの?」 明るい室内で、ルナマリアは銃の所在も、シンの姿もわからない様子で辺りを見回していた。「誰かそこにいるの?」

「る、……ルナ…?」

「近付かないでっ!」

 そっと踏み出そうとした一歩すら、まるでセンサーで感知したように押し留められ、シンは早くも途方に暮れた。

 嫌な感覚がぞわぞわと背筋を這いあがってくる。彼はその悪寒に必死で耐えながら、再び、確かめるように彼女の様子を凝視する。

 目が見えていないのか。──いや、それでもシンの声がわからないはずがない。彼女は今、どうなっているのか。

 声をかけても、近付いてもだめだ。それなら──。心の内側で、今まさにキラに助けを求めようとした自分を押し殺し、シンは黙って扉を閉めると、室内の監視カメラへ干渉した。パチリと小さな通電音とともに、それは内側の回路をひとつ破壊されて沈黙する。

 落ち着け──。彼はひとつ深呼吸をして動揺する自分を鎮めると、胸元で両手を組んだ。

「……我が『闇』よ」 そして言った。それこそ心の底から乞い願うように。「かつての繋がりを覚え浮かぶならば、いま、此の者と我に其の絆を呼び覚まし賜え」

 ぶっつけ本番もいいところだが、この一年間、どんなに頑張っても強く意識しても決して発動したことのなかった、『攻撃ではないチカラ』の行使への、改めての挑戦だ。

 過去に成功した試しなど本当に一度としてない。けれど、キラやアスランはごく当たり前に、…そしてあの『攻撃的な』黒い男でさえも平然とやってのけている。それなら自分にだって、できないはずはない。

 マユ──。自分に宿る『闇』というよりも、自分の中に居るもっとも愛しい者の名残へと、シンはその名を借りて呼びかける。そのほうがよほど自分の気持ちが伝わる気がした。

 マユ、頼む。ルナと話をさせてくれ──。

 ──いいよ、お兄ちゃん。

 懐かしい声がはっきりと聞こえた気がしてばちりと目を開いた時、シンの目の前にはただ、ただ闇が広がる無音の空間があった。

 え、ここは──? 人の姿はおろか、自分の姿でさえまともに見えない。いつかキラとともに、こういう場所に閉じ込められた悪夢のような記憶がよみがえり、ぞっと背筋が冷たくなる。

 そのとき、無限の中にぽっと淡い光が灯った。切れかかった電球ほどにも頼りないそれは球の形をしていて、その内側で身を丸めているルナマリアの姿を浮き立たせた。

「ルナ!」

 叫んでその球体に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、シンは『それ』が『自分』だったことに気付いた。自分の手を見て『自分の手』だと思うように、あるいは手と手を触れ合わせて感触を確かめるように、『それ』に触れた感触は、己の手や身体に触れるのとまったく同じものだったのだ。

 球体はガラスのようなものかと思いきや水球にも等しく、触れたシンをその勢いのままぷくんと内側へ招き入れていた。

「シ、ン……?」 眠るように目を閉じていたルナマリアが彼を見た。「シンなの…?」

「そうだよ、ルナ」 シンは頷いた。「ルナが目を覚ましたって、聞いて、面会に──」

「シンッ…!」

 彼の言葉の終わりを待たず、ルナマリアは涙すら浮かべて感極まったように飛び付いてきた。ただ相手が同世代の少女だけに、どうしても照れや恥ずかしさが先立って慌ててしまいそうになるが、彼女の身体がガタガタと震えているのを感じ取って、異様な事態に気付かされる。

「あたし、どうなっちゃったの? 何も見えないの、聞こえないの…!」 ルナマリアは泣いていた。「インパルスの中で、『あの娘』の声を聞いてから…! 頭が痛くなって、身体が勝手に動き出しそうでっ…」

 彼女はそれに抗い、気を失い、そして目覚めたと思ったら。

 そうか──。シンはルナマリアを抱き留めながら、周囲に満ちた闇を見た。

 『ここ』はルナマリアの内側だ。シンは命令文の中で自身の『闇』に言った。『かつての繋がりを覚えているなら』と。それは、彼の体感ではもう何年も前にチカラを暴走させてルナマリアを殺しかけたあの夜のことを指していて、シンの闇はそれを覚えていた。そしてルナマリアの中にも『名残』がずっと留まっていたことで、こうして『繋がる』ことができたのだと。

 だが、事態は思わぬ展開になっている。

 シンやキラのそれとは違った、ステラの『声を聞かせる』ことによる『魅了』。ルナマリアは、一度『闇』に触れた経験に由来する相性によって闇を惹きつけてしまい、今になっても解放されていないのだった。辺りを漂うこの暗闇は、未だ彼女を支配しようとするステラの意識の片鱗だ。このシャボンのように頼りないチカラ──シンの『闇の名残』がこうして彼女を守っているけれど、この強い支配を吹き散らすことまでは、できていない。

 彼女はこの作用で、五感を閉ざされてしまった。『外』のルナマリアは、この洗脳の闇が晴れない限り、もう誰の姿を見ることも、誰の声を聞くこともできな いのだ。

 そう…『エターナル』で自らを封印した、ラクスと同じように。

「そんな……そんなことって──」 奥歯を噛みしめ、シンも泣きたくなった。

 仮に自分がこの闇どもを蹴散らそうとしたら、『ここ』の住人であるルナマリアをも吹き飛ばしてしまうだろう。もともと自分やキラの『魅了』は、かけられた者に対して『絶対』を誇っていたのだから、そのくらい彼女の自我に洗脳が喰い込んでいるのは至極自然かつ当然のこと。これで彼女だけが自力で抜け出せるかもと考えるのはあまりに都合が良過ぎるというものだ。

「これが『超能力』なの…?」 ルナマリアは言った。「シンは、こんなものと戦っていたの?」

「…そうだ」 死刑宣告を受ける被告人のように、シンは絞り出すように答えた。「これが、おれたちに宿ってる──」

「ごめん……」

 自分もそれと同じチカラを持っているのだと彼が自供するのも気に留めず、ルナマリアはその胸にすがるようにしてまた泣いた。その肩口が、指先が震えているのはシンへの──いや、超能力への恐怖などではなくて。

「ごめんね、シン。あたし、……あたし、こんな弱かったんだね」

「ルナ──」

「もっとシンの力になれると思ってた。チカラのこと、もっと解ってあげられるって思ってた。でも…っ」

 でも、だめだった──。

 わっと声を上げて泣き伏したルナマリアを抱きしめてともに崩れ、シンも泣いた。

 もとはいえばこの『闇』は、根源であるキラでさえ、そして長きに渡って研究を行なっているデュランダルだって全貌を把握していない。当事者でも無い者がそれを理解できると、いざとなれば立ち向かえると考えるのは無謀というより他にない。

 悔しかった。結局自分はあの頃から何も変わっていないのだ。チカラに関しても無知で、人の目を恐れるあまりに無力で、キラに頼ることばかり考えて──。

 おまけにこっちが隠しておきたいのをいいことに、やつらは好き放題チカラを使って、こんなふうに、人を傷付けて──。溺れてしまいそうな悔恨の涙の中で、シンの心に、一度は忘れた怒りの火が灯る。

 ファントムペインの上層にいるであろう人間たち。そして、あの黒い男。今を『今』の状況に追い込んだすべてが憎らしくさえ思えてならない。

「ルナ…おまえの身体は、きっと何とかしてみせるから」

「ごめん…本当にごめん」 ルナマリアは何度も言った。「何もかも、あんたに頼ってばかりで」

「ルナがいつ、おれに全部頼ったんだよ!」 とんでもないとばかりにシンは言った。彼女の明るさと『理解』に、ずっと救われていたのは自分のほうだ。そして、いつもそれに甘え切っていたのも、また──。

 だから今度は、自分が彼女を助けてやる番なのだ。これは彼女の望みではなく、シンの意志だ。

「ルナ。もうすぐミネルバがオーブに着く」 シンは言った。「そしたら、カーペンタリア基地へ搬送されることになってるらしい」

「……仕方ないよね。こんなふうになっちゃったんだから…」

「きっと助けてみせるから。…だから、おれが戻るまで、待っててくれ」

「…うん」

 彼女は自嘲めいて笑みを浮かべたけれど、こればかりはもう自分ではどうしようもないのだ。それだけの力を持っているシンに任せるより、他にない。

 仲間を信じて待つこともまた、『仲間』としてできることのひとつなのだから。

「もう、行っていいよ。シン」 涙を拭い、ルナマリアは笑った。これからシンが戻るまでずっと、この暗闇の中で独りきりだ。怖くないはずは絶対にないのに、それでも彼を送り出すために。

「あたしを残してやられたりしたら、承知しないんだからねっ」

 それが、彼女に言える精一杯だった。



「そうか、オーブへは無事に到着できそうなのだね」

 電話も持たず通信もしていないながら、デュランダルはほっと胸を撫で下ろしながら言った。

『はい。本当に…誰も欠くことなく、何よりでした』 ハイネは言った。『例の「三賢者」につきましては、アスランからの報告では敵対の意思は無いとのことですので問題なく。評議会の決定が多少遅れても、ミネルバで面倒を見るくらいのことはできるそうです』

「ありがたい限りだ。これで私も、自信を持って議員たちを説得することができる」

『はっ。気がかりは、そちらを残すのみですね』

「──だが」 彼はアッと思い出したように言った。「もしオーブ側で、アスハ代表が不在の間に問題が発生している様子があれば、すぐに……」

 などと、孫を心配する老人のように続けようとしたところで、デュランダルは不意にクラリと強い眩暈を覚えた。椅子ごと引っくり返りそうになったところを、慌てて両手をデスクについて難を逃れる。

『議長っ』 ハイネは、テレパシーで繋がった相手の異変をも鋭く感じ取って言った。『どうされましたかっ?』

「いや、なんでも……」

 何でもないわけがない。まるで一面のフラッシュのように、目の前がチカチカと騒々しい錯覚が止まない。相手へ言葉を返すことも忘れ、デュランダルは、この異変のようなものに前にも覚えがあった。

 あれはそう、議会で議員たちを説得していた時にも──。

 急激に嫌な予感が増す。何かが近付いてくる気配がする。とても嫌なもの。悪いもの。下手をすれば自身の命をも脅かしかねない、天敵と呼んで然るべきものが。

 ぶつん、とテレパシーが切れた。デュランダルの意識が弱まっていたことで、放っておいても自然と途切れたかもしれなかったが、今の感触は意図的に切られたそれだ。ハッとしたとき、執務室の扉が開いた。入ってきたのは、銃を携帯したザフト兵を引きつれた、評議会議員たちだ。

「ギルバート・デュランダル」 議員の一人が言った。「我ら最高評議会は、あなたを同議長より解任します」

 来たか──。驚くよりも早く、デュランダルは、自らにこの多大な不調をもたらしたのがこの『悪意』だったことに気付いて歯噛みした。

「あなたの、自国防衛責務への怠慢。この責任は重大です」 女性の議員が言った。「式典初日のラクス・クライン襲撃の騒ぎ──その時点で早期の決断を下せなかったことによる、マイウス並びにその後の会見での惨事への発展。挙句にはアスハ代表の乗艦、クサナギまでが襲撃を受けた先の戦闘。これらに関して、弁明がお有りならば伺いたいところですわ」

 式典初日のラクス襲撃に関しては情報が少なすぎ、単に能力者によるものだとしか判明していなかった。この時点ではファントムペインの存在など誰の頭にも無かったし、割り出せるはずもない。それが明るみに出たのはマイウスで『三賢者』の姿を確認して以降、アウルの乱入によってだ。しかも奴らの真の望みは能力者の頂点であるキラの鹵獲であり、『ついでに』プラントと戦争に持ち込もうと考えていた。そんなこと、とても真正面から説明できるものではない。

 先の戦闘にしても、あれが起こった『本当の目的』はガーティ・ルーの処分、及び、のちに都合よく言い訳をするためのファントムペインなる組織の抹消である。以上のことからあれは『イベントバトル』以外のなにものでもなく、実質、アスハに危険は及んでいない。──否、もちろんクサナギやミネルバを撃墜できるものなら、それはそれでしめたものと思ってこそいただろうが。

 ていのいい、そして誰しもを納得させられそうな即席の弁明など浮かぶわけがない。『本当のこと』など、到底普通の人間に言えるはずがないのだ。この世にはキラ・ヤマトという世にもおぞましい超能力者が居て、今回の一連の事件はすべて彼を巡って起こったものです、なんてあまりにもバカげている。頭を疑われるどころか、今ここにいるザフト兵に撃たれたって文句は言えない。

「──そこで私は思ったのですよ」 と、聞き覚えの無い新しい声がした。「もしやデュランダル議長のほうこそが、黙々と死体を積み上げ、開戦に至るまで待っていたのではないか、とね」

 幾人かの議員もそれを聞き付け、道を譲るように左右にわかれる。ザフト兵の中には訝しげな目をした者も居たけれど、デュランダルは、その向こうから歩み出てきた相手を見て、それこそこの現実を、そしてここに居る多数の同胞たちを信じられない思いに駆られた。

「ロード・ジブリール…!」 驚愕が、その名を彩る。「何故、…何故貴様がこんなところに」

「もちろん、我々が所有する特殊部隊ファントムペインの非礼を、プラントの皆々様方にお詫びするため」 ごく当たり前のことのようにジブリールは言った。「奴らの、職務の範疇を超えた…かつ常軌を逸した独断専行がもたらした幾多の悲劇を目の当たりにして…そして、それに苦しむプラントの方々を見て、私は気が付いたのですよ」

「なんだと?」

「コーディネイターとて、我らナチュラルと同じく変わらぬ人間なのだと。命を持ち、意思を持つひとつの生命であるのだとね」

「な──」

 デュランダルは絶句した。

 有り得ない。──この男に限って、これだけは絶対に有り得ない。自分が能力者でなくたって、そして読心の能力がなくたって、何よりこの男が放っている莫大な悪意を感知するチカラが無かったとしても、これだけは言える。

 嘘だ、と。

「私の及び知らぬところで、ファントムペインに愚かな命令を下した連合など、私は見限ることにしたのですよ。デュランダル議長」 悪役という以外に表現の無い、とことん粘つく調子でジブリールは言った。「今はただ、プラントに生きる『命としての同胞』たちが、この哀しみを癒すためのお手伝いをさせて頂きたい……と、考えた次第です」

「──ま、さか、皆さんは、この男の言うことを信じて、私を解任しようとおっしゃるのか!」 バカなのか、と続けてしまいそうになって、舌を噛む思いでデュランダルは叫んだ。「仮に本心であったとしても、つい先日までブルーコスモスの盟主であったような、この男の言うことを!」

 これで本当にプラントが開戦に踏み切ったらそれこそバカだ。戦争が始まってしまったら、ジブリールの背後に在るロゴスの情報力・経済力に更なる後押しを加える結果になるだけだと、何故こいつらはわからないのか。

「少なくとも、ここに至るまで無抵抗を貫き、多くの同胞を死に追いやったあなたよりはマシだ!」

 ついに誰かがそれを叫んだ。愕然として目をやってみれば、それは、いつの議会で自分を助けてくれたはずの、あの気弱くも心強い男であった。

「あ…あなたもおっしゃったはずだ!」 デュランダルは言った。「我々には、確実に前に進む時間が必要なのだとっ」

「前へ進んだことで、見えたのですよ。あなたが行なってきた反戦主張がもたらした『結果』が!」 男はいつになく激しい口調で言った。「地球連合が開戦への理由欲しさに我々を焚きつけようとした数々の愚かしい事件を隠蔽し、擁護とも取れる弁明をした結果がこれなのです!」

「デュランダル議長。あなたにはプラントを代表する者として、自国の運営のみならず『防衛』という責務もお持ちだったはず」 別の議員が言った。「オーブの小娘に感化されて、稚拙にも、策のない反戦主張だけを続けるのはここまでにして頂きたい」

 なんということを言うのだ、この者たちは──。カガリこそを将来の地球の女王と信じて疑わぬ彼は、もはや完全に言葉を失っていた。

 この議員たちは、少なくともこの数年に渡ってプラントを導いてきたデュランダルに恩義を感じている。そして、本来は一年間であるはずの『議長』の役職期間を引き延ばし、デュランダルに頼り切っていた自分たちも悪かったのだと考えていて、だからジブリールが言ったような雑言をぶつけることこそ避けてくれている。だがこの思想だって、下手をすれば『オーブの小娘』への『妄信』と取られかねない。ここで余計なことを言って、彼女の及び知らぬところであったとしても、これ以上彼女が罵られるのは避けたかった。

 言っては何だが、テレポートを使えば即座にこの場を脱することは可能だ。宇宙空間をも超えた超長距離のそれができるかは未知数であるが、アスランやシン に『手』を引いてもらい、オーブなりミネルバの艦内なりへ逃げることも、できないことではない。けれど──。

 いつかもオーブで、似たような逃走劇を繰り広げた記憶が懐かしい。あれは楽しかったなあ──。一瞬、目が遠いところを見てしまう。

「議長」 議員のひとりが言った。「連合の過激派にテロを許し、あわやラクス・クラインもを失うところであった先の事件に対しても、そして、その件への対応に関しても、あなたには職務放棄どころか、プラント国を窮地に追い込んだ国家反逆罪を適用できる可能性があります。──よって、身柄を拘束させて頂く」

 すっと手で合図したその議員に従って、ザフト兵たちが駆け寄ってきてデュランダルを囲んだ。

 撃たれたとしても、キラの能力進化に合わせたマイノリティ強化のおかげで、銃弾などものともしない強固な結界が常に彼を守っているのでどうということはない。けれど、ここで下手な動きを見せてそれを披露し、今度はやれ化け物だ魔物だと騒がれても困る。大人しく両手をあげ、従うことにする。

 今は自分の些細な行動ひとつで、先ほどようやく地球に降りることができたばかりのアスランやシン、そしてカガリとキラに多大な迷惑をかけることになる。せめてミネルバから極秘裏にラクスが下ろされるまでの間、あの艦に不必要な命令が飛ぶことは避けたい。この議員らとて同胞だ、抵抗や反抗の意思を見せぬならば、無下にデュランダルを排除しようとしたりはしないだろう。

『──懸命な判断だな』

 キラの声──ではない。ハッとしかけたデュランダルはすぐに我に返り、自分に繋がったその波長へと意識を向ける。

 ジブリールの陰に潜むようにして立っている、あの黒い男と目が合った。先ほどアスランとのテレパシーを切ったのはこいつだ、と直感する。そして今、恐らくは自分のチカラがこの男によって制限されていることも察しがついた。本当に下手なことをしていなくて良かった──自画自賛ではなく心底から、自分の判断が懸命であったことを彼は自分自身で称賛する。

 キミはいったい、何者なのだ──。強く、強く呼びかける。答えないなんて選択肢はないぞと言わんばかりに。

『オレが「何者」なのか、すでに貴様は「視」ているだろう?』 何度も同じことを聞くなとでも言うように、黒い男は言った。『不用意な抵抗さえしなければ命は取らん。貴様は次に自分の出番が回ってくるまで、大人しくしていることだ』

 ──奇妙なことを言う。デュランダルは違和感を覚えた。

 次に出番が、というのは、やがて自分が解放される時が来るということだ。そう、ともすればキラたちに合流できるかもしれないという可能性でもある。彼の姿はどうしても『攻撃的』で、声も『鋭い』。けれどその言葉は、常に事態を正確に把握し、未来をも見据えている。

 言葉こそ弱く不明瞭ながら、事態に必要な行動を見極めているキラのそれと、とてもよく似ていた。

 彼は、すごく僕に近い存在だと思う──。いつかのキラの言葉がよみがえる。すごく、僕に似たひと──。

「……残念ですよ、皆さん」 目を伏せ、デュランダルはそこにいる議員たちに言った。「私はあなたがたと、これからも同じ未来を歩んでいけると、信じていたのですがね」

 誰も、何も言わなかった。よくもしゃあしゃあと、と怒り出す者も居なければ、同感ですと悲しむ者も居ない。

 ただ誰も、バツが悪そうに、彼から視線を外すのみなのだった。






                                         NEXT.....(2017/08/13)