FATAL ASK  22.黒幕

 見覚えのない番号だったが、業務連絡であってはいけない。そう思って、その男は電話に出た。

『──オレの声が、聞こえるか』

 鼓膜を震わせた声が速やかに脳に届く。男はなにも答えなかった。ただ何か言おうとしたのだろうか、口は開いたままになり、ポカーンとしているように見えなくもない。

『開戦は時間の問題だ』 声は言った。『止められないことは残念に思う。…だが、この開戦は報復ではなく、むしろいたずらな工作を繰り返した愚かな連合への制裁となることは明白だ。ならばもっと早くにこの道を選ばず、第二第三の事件へ発展させ、無駄な犠牲を出すに至ったギルバート・デュランダルには、これ以上、今の立場を続行させるべきではない』

「……はい。おっしゃるとおりです」

 男は答えた。その調子は異様なほどに機械的で、落ち着いている。──だが、もしここに彼の妻が居て彼の顔付きを見たならば、きっと驚いて揺り動かし目を覚まさせようとしただろう。

 男の目はどこも見ていなかった。焦点のはっきりしない目で中空を眺めながら、彼は自身の執務室でひとりきりだ。

『だが』 と、声の主は続けた。『ただ退けるだけでは、デュランダル自身に強く忠義を寄せるアスラン・ザラやハイネ・ヴェステンフルス、シン・アスカといった一部のフェイスどもが反旗を翻す可能性がある。デュランダルには先に連なる事件への責任を問い、おまえたちの手で拘束するのだ。決して野放しにするな』

「はい」

『のちの判断は、おまえたち最高評議会の決定に任せよう。──ナチュラルとの融和をようやく受け入れようとしていた、おまえたちコーディネイターの意思を踏みにじった者どもに、裏切りの代償をくれてやれ』

 言い残すようにして、通話はそれで切れた。壁にかけられたアンティークな時計がコチコチと時を刻む音がずっと響いているその室内で、しばらく余韻を噛みしめる間を置いて男は耳に当てた端末を下ろした。

 下手をすればがくんと首があらぬ方向へ傾いてしまいそうな、バランスの危うさ。端末の小さな画面を凝視し続ける彼の唇が、ふっと開いた。

「わかりました。すべてはあなたの望むままに……、ヤマト准将」



 通話を終えてしばらく、端末をしまい忘れたように、大事なことを伝え忘れたように、カナードは無音になったそれを手にしたままじっと立ち尽くしていた。

 キミがただ一言、本心を言ってくれたなら……脳裏によみがえるのはキラの言葉だ。

「チッ…」 にわかに胸を騒がす苛立ちが、舌打ちという形になる。

 ああも完璧に核心をつかれるとは思ってもいなかった。カナードは正直驚いていた。

 ただこの男は、何も本気でこの世界に永遠の平和を、などと考えてはいない。彼にとって戦うことこそが生命が生命である所以であり、彼が掲げる、自身の存在の証明でもある。

 自分と相容れぬもの、自分と決定的に違うものとまみえた時、人は戦う以外に自分を守る術を持たない。敗者にそれ以上の道は無く、勝った者こそがこれからも歴史を作り続ける。今の時代のみならず、それははるかな太古から行なわれてきた『生命の営み』そのものだと思って……否、信じている。

 だが、それを否定する思いもある。戦わねば『自分』を『失う』ことになるのは百も承知しているけれど、いかなる時にも『チカラ』だけがすべての指標であってはならないと考えもしていた。今日も地球のどこかでナワバリ争いを繰り広げている動物どもとは違った、状況と事態に応じて自分の在り様を変化させることができる思考力や、適応力……人間だけが持つこの『理性』にも、救いがないわけではない。

 戦争を止めたいのだと──。カナードの本心をしてそう示したキラの言葉は、カナード自身の本質という概念上では的外れと言えよう。だが、信念の上では言い当てられたということもできたのだった。

 ここまで来て感傷か? 我ながら情けない──他の誰に向けるものよりもずっと強い嘲りを自身に向けて、彼は笑む。キラやアスラン、そしてシンたちの考えと、カナードが目指すものはあまりにも違い過ぎている。仮に最終的な目的が同じだとしてやっても、それでもそこまでの道を、手に手を取り合って歩んでいけるなどとは到底思っていなかった。

 オレにはオレのやり方がある。そんな中で、おまえたちがどうやって、このオレですら守ってみせるのか……とくと見せてもらうぞ、キラ・ヤマト──。

 と、そんなカナードの背後から伸びてきた手が、彼の黒髪を掴んでぐいっと強く引っ張った。

「ぅわっ」

 本来ならば手を伸ばされた時点で、袖口に忍ばせたナイフの一閃がその手首ごと斬り飛ばしているところなのだが、残念ながらそんな意識も回らないほど物思いにふけってしまっていたらしい。カナードは思いも寄らぬ力をかけられてたたらを踏み、あえなく背中から倒れ込む。

 背後に立っていた、男の胸へと。

「普段の、何者も寄せ付けぬ鋭い殺気を潜めていると思ったら…」 と、カナードを抱き留めたその男は、面白そうに言った。「考え事か? カナード」

 耳元に唇を寄せ、囁きかける声は恋人にかけるそれのように甘い。そしてそれは、かつてカナードが潜入したガーティ・ルーの中で盗聴した、ロアノークと音声通信を行なっていた『相手』のものであった。

 ロード・ジブリール。この男こそ、ロアノークたち連合側の能力者が所属していたファントムペインの実質的な所有者……すなわちこのたびの、一連の事件の元凶である。

「オレが普段と違っていたことに感謝するのだな」 カナードは半ば溜息まじりで、相手に身をゆだねたまま言った。「不用意に手を出すなと何度言えばわかる、ジブリール。そんなに手首とオサラバしたいのか」

「ふふ」 有り得ない、と言うように男は笑う。「飼い主の手を噛む犬はどこにでも居るが、おまえは主人の気配も読めぬ駄犬ではないだろう?」

 見るからに自信たっぷりの様子で、ジブリールは未だ掴んだままにしていた長い髪をきゅっと指先で擦る。カナードはその仕草を涼しい目で一瞥すると、「まあな」と適当に返事をした。こいつはカナードが、こんな男の手に収まる程度の存在ではない、もっと深くもっと昏い狂犬であることなど知りもしない。

「それより、良かったのか」 カナードは言った。「ガーティ・ルーを落としたことは」

「あんなもの、いくらでも量産が利くさ」

 平然とジブリールは言った。カナードはあくまでも『戦艦』という物資の話ではなく、中にいたロアノークやステラ、スティングといった連合の切り札にもなり得た能力者たちのことを言っていたのだが。

「それとも、あの中に居た無能どものことか?」 ようやく思考がそちらへ行き着いたか、男は言った。「おまえが手に入った以上、あんな不完全な能力者など不要だよ。そうだろう?」

 あらゆる私情を棚に上げれば、そのとおりだった。

 ロアノークに発見されガーティ・ルーに居ついたカナードは、同艦の艦長であったイアン・リーを通して、ファントムペインの上層部──ロゴスなる組織の構成メンバーであり、ブルーコスモス盟主でもあったジブリールに接触を図る。そこで彼は自身がキラ・ヤマトにも匹敵する能力者であることを明かし、ロゴスへの『忠誠』の意思を示してみせたのだ。

 肉体進化を伴った『ハイペリオン』を起動させた彼が、自身の主砲である『フォルファントリー』を有したウイングバインダーを晒した時、周囲の老年の軍人や関係者たちは目を白黒させるばかりで、中には潜在的な恐怖を駆り立てられたのか、腰を抜かす者も居た。

 そんな輪の中から、ふらりと歩み出てきた男がジブリールだった。彼は最新のゲームハードを与えられた子供のように目を輝かせ、誰もが畏れてやまない異形と化したカナードへと震える両手を伸ばすと、その頬を包んでこんなことを口走った。

『ああ、おまえだったのだ。おまえが私の運命の人だ!』

 誰が見ても異常な光景と感性だった。

 ロゴス構成員の老人の中には、『ジブリールが化け物に魅入られた』などと泡を飛ばす者も居た。しかしカナードは組織の乗っ取りが目的というわけではなかったので魅了など一切発現させていなかったし、そのコントロールが時々利かなくなるなんてシンのような不安定さは持ち合わせていない。

 なるほどな──。自身でも想定外であったその発言と態度を見てさすがに驚きはしたものの、彼はすぐに理解した。

 ジブリールは先天マイノリティだったのだ、と。

 だから彼はロアノークに対し、キラの捕獲をああも激しく命じていたのだ。他の能力者たちを犠牲にするという作戦をとってでも。だってジブリールにとって、『キラ』は確固として『自分のもの』だったのだから。

 自分のものであるキラが、ずっとオーブという手の届かない場所に在ったことへの苛立ち、能力者としてデュランダルの管理下に在るという焦燥、そしてそのチカラが日を追うごとに薄れゆくことへの危機感に駆られるまま、彼は自身が所有する私兵軍を動かした。

 キラがオーブを離れ、そして、プラントがもっとも不特定多数の人間に解放されるタイミングを狙って。

 キラ捕獲に対し相当な固執を見せていたから、キラにも相当する能力者である自分が服従の姿勢を見せれば拒絶されるはずはない──と、ある種、勝ち確の潜入作戦だったのだが、まさかこんなところに、アスランやシン以外にもまだ先天種が隠れていようとは。偶然とは面白いものだと尽々思わされる。

「ロゴスのメンバーにして、世界に散らばるナチュラルの総意であるこの私が居る限り、連合に『終わり』などあるはずがない」 ジブリールはさも当然のように言った。「……そして、能力者の頂点足り得るおまえが私の下についたのだ。もはやデュランダルやアスハの好きにはさせん。この地球圏を、我らナチュラルの手に取り戻す日は近い」

「……いいのか? オレもコーディネイターだぞ」

 しれっとそんなことを言いながら、カナードは先ほど取り落とした端末に向かって右手を伸ばす。距離的に拾えるわけがなかったのだが、それはすっとひとりでに宙へ浮き上がり、伸ばされた彼の手の中へと戻っていった。

「はッ」 その様子を見ても別段驚くことなく、ジブリールは鼻で笑った。「コーディネイターなど、戦闘用の人形としてならば、連合においても、いくらでも『作成』されているさ。要は生みの親である我らナチュラルを見下し、我が物顔で宇宙にのさばる『改悪品』どもを滅ぼせればいいのだよ」

 カナードが持つ『闇』を一滴でも与えられたなら、この男はたちまちアスランやシンにも匹敵する強力な能力者として覚醒するだろう。しかし、彼生来のものと思われるこの傲慢で愚かな精神に、それほどのチカラを与えてしまったら、世界はたちまち混沌の渦に沈んでしまいそうだ。

 一度劣等感に火をつけられた人間というものは、特別なにか批判や中傷を受けたわけでなくとも、その対象へ強く対抗意識や攻撃意識を目覚めさせる。そしてそれは、個人であれば心の内に抑えておける程度の些細なものであることが多いけれど、大勢が一度に発現させると途端に暴発する厄介なものだった。

 同意は他者との横繋がりを通して大勢との同一化を招き、いつしか自身のみの思考を全体の総意であると思い込む。彼らはその時だけは、すべての人間は己の思考と己の視点を持つ、『自我』という単一存在であることを忘れ、膨れ上がった感情の発散に巻き込まれるのだ。

 こいつにチカラを与えるのは、今ではない──。カナードは目を伏せた。こいつにキラやシンとの友好的な接触が有り得ない以上、少なくともマイノリティの本能として、自分が『闇』と同化できる存在であることに『気付く』までは放っておくのがいい。

「ジブリール」 カナードは言った。「せっかくこうしてファントムペインを潰したんだ。ここからはもっと上手く立ち回るべきではないか?」

「……と、言うと?」

 ジブリールは興味深そうに訊ねてきた。普通の士官が相手ではこうはいかない。

「ファントムペインを、連合とは関係のない独立した反逆組織であったとするならば、じきにプラントから出る開戦宣言を真っ向から受けるのは得策ではない」 カナードは淡々と言った。「それこそ向こうの行動を待っていたことが透けるだけだ」

「なるほど? しかし防戦のみでは奴らの数は減らせんぞ。我々は一刻も早く一基でも多く、あの忌まわしい砂時計を宇宙のチリに──」

「コーディネイターを滅ぼすのではない。……支配するのだ、おまえが」

 熱を帯びようとしていたジブリールの言葉がぴたりと止まった。今まで知らなかった、新しい世界の存在でも教えられたかのように驚き、突拍子もないことを言い出したカナードに視線を落とす。

「間もなくデュランダルを失う最高評議会など、烏合の衆も同然だ。おまえはファントムペインの元所有者としてその『独断専行』を詫び、奴らの『連合への制裁』に手を貸してやれ」

「私に、コーディネイターどもの手伝いをしろと言うのか?」 男の言葉がわずかな不満を帯びる。

「何度も言わせるな」 ぴしゃりとカナードは言った。「おまえはナチュラルの総意である今の立場を超え、コーディネイターをも掌握するのだ。どちらかの味方であれというのではない、ロゴスという組織の『本来の姿』を忘れるな」

 と、ここまでジブリールの胸にただ背を預けていただけだった黒い男は、その腕の中で相手を振り向いた。そして異様な説得力のある、万物を魅了する妖の瞳を強気な笑みに飾って、続ける。

「ザフトの進軍などあえて看過し、いくつかの拠点もくれてやれ。その頃になってようやく、連合側にも『報復』を行なう準備ができるだろう。『ロゴス』はその軍備を整えるための流通を操作し、双方がより『快適に』戦える環境を与えてやればいい」

「……は…ッ」 ジブリールは笑った。ひきつり気味に。信じられないものでも見るように。「悪魔か……いや、とんだ死神だな、涼しい顔をしてよくもそんな恐ろしいことを平然と考えるものだ」

「おまえたちの、露骨で過激な反コーディネイター思想よりはマシだ」 失礼な、と、カナードは本気でそう思いながら言った。

「しかし……しかし、面白い。この私が、コーディネイターどもですら支配できるだと? ──ああ、できるだろうとも。ナチュラルである私と、コーディネイターであるおまえとが、今こうして融和しているのだ……おまえが語るその未来は、近く私のものとなるのだな」

 頭の中で明確な未来像でも浮かんだのか、興奮気味に自己完結したジブリールの両腕が、カナードの身をぐっと強く抱き寄せた。

「ふふ…ふふふ、いいぞ、実に気分がいい。おまえを迎えてから、私はずっと満たされたままだ、カナード・パルス」

「ああ、オレもだ」

「二度と離しはしない。ずっと共に……永遠に、共に在ろう。愛している…愛しているよ」

 ブルーコスモスの盟主でありながら、コーディネイターであるカナードを相手にこの発言だ。ロゴスの構成員たちが改めて聞いたらそれこそ本当に耳を疑うだろう。だが、目を閉じ、相手の感触にだけ集中しているジブリールに反して、カナードの双眸はしっかりと開かれていて、あらぬ中空を見つめている。

「オレも、おまえを愛しているよ──」

 彼はこのとき、まったく違う男のことを考えていた。



「なーんか、なあ」

 と、背後をついてきているネオ・ロアノークがぽつりと言ったので、前を進んでいたアスランは肩越しに彼を振り向いた。

「なんですか」

 クサナギに戻ったキラがあまりにムウさんムウさんとうるさいので、そんなまさかと様子を見に行ったら本当にムウ・ラ・フラガが座っていたものだから、さすがの彼も何かの間違いだと思って一旦ドアを閉めようとしてしまった。顔に大きく醜い傷痕があり、それを仮面で隠していたおかげで、これまで誰にも素顔を知られていなかったようだ。

「うん」 ロアノークは真面目くさった顔で、顎に手をかけながら小難しい顔でアスランを見つめ、言った。「なんか君を見てると、後ろから撃ち抜きたくなるんだよな」

「勘弁してくださいよ」 アスランはたまらず即答した。

 フラガがキラからチカラを授かっていたことは、かつての大戦で志を共にするようになって知ったことだ。

 きっかけはわからない、とキラ自身も困惑しながら話していたので、もしかしたらキラの意識が無いところで、怪我や病の治療に携わったことなどが原因かもしれない。この男はいかにもな世話焼きだったから、納得できない話ではなかった。

 マイノリティは先天、後天を問わず、『今もっともキラと親しい存在』を疎む性質がある。この男がアスランを『撃ち抜きたい』という衝動は、悲しいかなとても冗談では済まされない本心であるとともに、それを抑え込むだけの強靭な理性を持っているがゆえの『ジョーク』なのだった。

「まったく、冗談が過ぎますよ。フラガ少佐」

「……何で、おまえまでそう言うの?」 ロアノークは言った。不思議そう…というか、どこかうんざりしたように。「俺はネオ・ロアノーク。た・い・さ」

「ああ…すみません」 アスランはつい苦笑いした。「失礼しました、ロアノーク大佐殿」

 チカラを持っていて、その使用はごく当たり前のようにできて、そしてマイノリティとしての本能も持っている。誰がどう見ても──否、キラとアスランからすれば彼はムウ・ラ・フラガ以外の何者でも無かったというのに、本人にはその記憶がひとつも無かった。

 あの日フラガは、ドミニオンのローエングリンを真っ向から受け、乗っていた機体が爆散した。死んでいて然るべきところを、ひどい傷を負いながらも生きていただけでも奇跡と言えよう。これでかつての記憶まで求めるのは間違っているのかもしれない。

 しかしこれでは、オーブで今も『亡き彼』を想いながら日々を懸命に生きているマリュー・ラミアスに何と言ったものか。おまけにこのところ、彼女は同じく大戦のさなかに恋人を失ったバルトフェルドと良好な関係を築き始めていたところだ。間が悪いことはこの上ない。──いや、今はこんなことを心配できるような事態ではないのだが。

 タリア・グラディスによる、情報提供への交渉を兼ねた聴取はほぼ終わり、彼女は今ごろ評議会へ提出する報告をまとめていることだろう。スティングと同様、ロアノークも非常に聞き分けよく交渉に応じたと聞く。もっとも、この男の場合は事前にキラから『ファントムペインが見捨てられた』という現状を聞かされていたことが大きかったのかもしれないが。

「なあ、聞いてもいいか?」 ロアノークが言った。

「どうぞ」 アスランは答えた。

「俺の部下たちは、どうしてる?」

「全員、無事ですよ」 いっそ清々しいくらいに彼は言った。「アウル・ニーダはクサナギに居ります。スティング・オークレーは別室へ隔離していますが、希望されるのでしたら面会も可能です。ステラ・ルーシェは医療室で検疫を受けていますが、間もなく終わるでしょう」

「……やっぱり、居るわけないよな」

「え?」

 彼らが自称するところの『三賢者』が揃って無事と聞けば喜んだであろうはずのロアノークが、どこか諦めを含んだ調子でそんなことを言ったから、アスランはきょとんとしてしまった。

「何か、気になることでも?」

「うぅーん。まあこの際だから聞いとくか」 と、ロアノークは自分を納得させるように呟いて、改めて言った。「捕虜の中に、…こう、黒いヤツ、いなかった?」

 ここにシンが居たら、うっかり『ゴキブリですか』なんてアホなことを言って自分に頭をハタかれていたかもしれない。…などとアホな光景な思い浮かべながらも、アスランはロアノークが言う『黒いヤツ』にこれでもかというほど覚えがあった。

「あなたも会っているのですね」 つい、身構えるような、探るような口調になってしまう。「──『彼』に」

「…なんだよ、気になる言い方だな。あいつは別に悪いヤツじゃないぞ。まあその、俺もほんの短い付き合いだったけどさ」

 それこそ気になるものの言い方だった。アスランから……いや、アスランとシンからすれば、あの黒い男はファントムペインに与する行動をし、ミネルバを妨害した。キラと交戦したことからもそれは明らかだ。

 キラはその交戦については、現状、口を閉ざしている状態で、アスランたちもまだ彼からは何も聞けていない。しかし先のミーティングにおいて黒い男を指して『敵ではない』と断言した彼のこと、これだけの敵対行動を見せつけられてもなおあの男のことを擁護しそうで、そう考えると今から頭が痛い。

 なのにフラガまで……もといロアノークまでおかしなことを言い出した。もっとも彼は、あの黒い男が与したファントムペインの所属者だ。味方を悪く言う者は居ない。──だが、ほんの短い期間というのはどういうことか。まさかあの黒い男に限って、単なる一宿一飯の恩義のようなもので動くタマでは無かろうに。

「さすがにガーティ・ルーの自爆に巻き込まれるようなドジじゃないから、逃げてくれたんだろうけどな。どこかで無事で居てくれたら、それで──」

 この独り言も含めたロアノークの言葉から察して、あの黒い男はファントムペインの所属ではない。気の短いシンはとっくにあの男を敵だと思ってしまっているようだし、アスランだってその真意はまったくはかりかねる。

 だが、『あの男のせいで』こちらが何か大きな被害を被ったかと聞かれれば、ノーなのだ。唯一大問題だったのはキラを覚醒させてしまったことだが、それだって今の事態を考えれば助かっていると言わざるを得ない。キラの進化、ひいては自分たちの進化なくして、この状況を突破できたとはとても思えなかった。

「……ロアノーク大佐」 アスランは改まって言った。

「ん?」

「あなたの主観で構いません。その黒い男について、教えて頂けませんか」

 一瞬、ロアノークは推し測るような沈黙を置いた。

「……ザフトへの情報提供ってワケじゃなく?」 慎重な問いだ。

「はい。私個人への…そうですね、雑談だと思って頂ければ」

「なるほど、雑談…ね」

 ロアノークだって、そもそもファントムペインの所属ではない黒い男のことまで『情報提供』するつもりはないだろう。それならば、いち能力者として、そしてそのチカラを用いてこの戦局に立つ者として、あの男の情報が必要なのは『自分たち』だ。

「場所を変えましょう」 アスランは言った。「コーヒーくらいでしたら、お出しできますから」

「いやはやまったく、旧友のような待遇だなこりゃ」

 ちょっと困ったように、でも満更でもなさそうにロアノークは笑って言った。

 旧友……だったと思うんだけどなあ──。アスランは、そう思わずには居られなかった。







                                         NEXT.....(2017/08/09)