FATAL ASK  20.独断

「ロアノーク大佐が被弾だとっ」

 ステラの意識の集中は、整備士が放ったその一言でぷつんと途切れた。

 ネオ──? 彼女はまだ少しピントのぼけた目を開くと、コクピットの中からカメラを操作し、整備橋の上で話している男たちの音声を拾う。

『誰か回収に向かってるのかっ?』

『宙域に、例の「ヤツ」が現れたんだ。あいつに撃たれてブースターを損傷したらしい』

『「あいつ」の前に放り出されるなんて、もう終わったも同然じゃないか──』

 撃たれた? 誰に? ──あいつ…?

 ミネルバでまみえた数人の敵、その姿をふっと思い出す。赤い服の少年、整備員たち、そして。

 ──思い出せない。ステラは、そのとき確かに居たはずの、あとひとりの『敵』を思い出そうとして、できなかった。

 あまりにつらくおぞましい記憶は、誰かに消されるまでもなく防衛本能として自らの意思で消去されることがある。ステラに根源的な、そして致命的な恐怖を湧き起こさせたその姿が思い出せないのは、いっそ生理現象と称しても過言ではなかった。

 だが、それでも。

「……ネ、オが…」 手が震えた。瞳がどこを捉えていいのか判らなくなり、目の前に並ぶ機材たちを見渡す。

 無機質な光。灯ったままのスイッチライトは、いつでも動けるということの証明だ。

 この少女は、この輝きよりも心強いものを他に知らない。

『ステラも…お手伝い、できる?』 自分が放った言葉が頭の中によみがえる。

『できるさ』 彼はそう答えてくれた。『ステラたちじゃなきゃ、できない仕事だ』

「まもる……」 ステラは言った。「ネオは、ステラが守る!」

 彼女の手は誰の指示も受けることなく、自分の判断でレバーを押し入れていた。



 闇の宝玉を宿したキラの瞳は、無機質に見つめている。

 武器と翼を奪われ静止を余儀なくされた白い敵機と、それを庇うように浮遊する、自分と同じく生身でそこに在る黒い男の姿を。

 頭の中でアスランの声がする。すぐに戻って来いと呼びかけてやまないそれを、ふっと目を閉じて遮断した。

「……撃たせはしない」 男は言った。

「撃ちはしない」 相手に視線を戻し、キラは答えた。「動けなくなったなら、それだけで充分だから」

 それでも彼の周囲を漂う青いドラグーンが翼に帰っていかないところを見るに、キラは黒い男からの攻撃か、あるいはインパルスへの追撃を危惧しているようだった。

『よせ、カナード!』 白い敵機の中から声がした。『おまえでさえ、敵う相手か判らないんだぞ!』

 え──。その声を聞いたキラが息をのんで驚愕をあらわにし、カナードはそんな相手の様子を見て、何かを察したように押し黙る。

 覚えがあり過ぎる。だってこれは、つい今朝方、夢の中で聞いたばかりではないか──。

「ムウさんっ?」 思わずキラは呼びかけていた。「まさか、ムウ・ラ・フラガ少佐ですかっ?」

『…はあ? それ、もしかして俺に言ってる?』 機体の中身は、これでもかというほど緊張感のない調子で答えてくれる。『悪いけど、俺はそんな名前じゃないぜ。坊主』

 他人だと言われてもまったく信じられなかった。その口調が、軽さが、そして選ぶ単語のすべてが、何もかもが記憶の中のムウ・ラ・フラガその人以外の何者でもなかったのだから。

 そんなキラとロアノークのやり取りを、カナードは窺うように見ていた。まるで品定めでもするように。

『ヤマト准将!』

 追っ手を撃墜し振り切って、ようやくレジェンドが傍へやってくる。その伸ばされた手が、やっとインパルスの肩を掴んだ。

「レイ、キミはインパルスを回収して帰投してっ! その後の指示はアスランに!」

『──了解!』

 何か言いたそうにはしていたが、レジェンドはすべての私情を棚に上げてインパルスを担ぐと、ミネルバへと一直線に飛んでいく。

 宙域は、静かになっていた。

 各所で繰り広げられそうになっていたマイウスの二の舞はどういうわけか食い止められたらしく、コントロールを取り戻したホーク隊とM1アストレイの連携によって、たった六機に過ぎなかったロアノークの部隊はあっという間に全滅している。

「…はッ」 その様子をひとしきり眺め、カナードは鼻で笑った。「あれだけ威勢よくキラ・ヤマトの捕獲と能力者の獲得を謳っておきながら、最後の最後は能力者ごと使い捨てか。奴らのやりそうなことだな、虫唾が疾る」

「母艦のミラージュコロイドが解けたら、すべて終わりだよ」 キラは言った。「ファントムペインは白日の下になるばかりか、連合はそんなもの知らぬ存ぜぬを貫くだろう」

『……』 パイロットは──フラガに似た男は、刹那、何も答えない。

「これは、もう帰ることを許されない出撃なんですっ!」 キラは尚も言った。「あなたがたが投降すると言うのなら、僕らには……オーブとプラントには、あなたがたを受け容れる準備があります! だからどうか──」

「ならば」 答えたのは、カナードだ。「オレにはまだ、できることがある!」

 叫んだ彼が大振りのナイフを抜いた。その刃に、どう見ても光の効果ではない緑の輝きが宿る。

 びゅっ、と振るわれたナイフからその光が飛び、寸でのところで首を逸らしたキラの頬を掠めた。一筋の傷が入るけれど、まったく出血しない。

「貴様のチカラがどんなものか試してやる、オレと戦え、キラ・ヤマト!」

「キミも何故、そうやって『独り』で在ろうとするんだっ!」 キラはもどかしそうに言った。「こんなことをしても、周りから要らない誤解を招くだけだぞ!」

「ハッ、望むところだ! もともとオレは単独行動が性に合うのでな!」 この際どうでもいい自分の趣向を呈し、彼は両手を広げると、どこか馴染みのあるフレーズの命令文を詠じる。「──我が内を猛る闘争の火よ! 我を護れ、我を導け、我が求める勝利を我が手にもたらせ!」

「やめるんだっ」 言葉とは裏腹に、同じく身構えたキラの周囲にドラグーンが展開する。「ただ、キミがただ一言本心を言ってくれたなら…っ! この戦争を止めたいだけだと、そう言ってくれたら、僕はッ!」

「いざ征かん、栄光への高き道を!」

「カナードッ!」

「来たれ、ハイペリオン!」



 インパルスを収容した緊急着艦用エリアでは、そのコクピットハッチの開封作業が行なわれていた。

「ルナッ!」

 駆けつけたシンが、強化ガラスの奥での作業を見守る。本当ならばこの向こう側にすぐにでも転移していきたいところなのだが、残念ながら中は真空である。やろうと思えば、出て行ったところで命に別状があるわけではないが、それを見て驚くであろう友人たちの目はやはり想像するだけで痛い。

 外部操作ですぐにハッチが開かれ、中から赤のスーツに身を包んだルナマリアが引き出される。その作業に携わっていたレイが、彼女の様子を確かめたあと、すぐにシンを振り向いてひとつ頷いて見せてくれた。

 無事だ。生きている。

 よかった──よかった、本当に──。全身の緊張が緩んで泣き出しそうになってしまうが、ここで何もかもが終わったわけではない。

『シン』 今はブリッジにいるアスランの声が、彼にだけ聞こえた。『インパルスの操縦はできるな?』

「──もちろんっ」 何を言われんとしているのか瞬時に察したシンは頷く。

『ミネルバはこれより、クサナギとともに現宙域に潜んでいる敵母艦を炙り出す。おまえは急ぎ、あの「黒い男」を撃退して、ぶん殴ってでもキラを連れ戻せ』

 いつものアスランらしくもなく──いや、むしろ気心の知れた仲間同士としてなら普通と称するべきか──言葉が荒い。しかも口調が異様に冷静なところに、何となくだが重圧を感じる。

 ……こりゃ相当怒ってるな。こういうときのアスランには逆らわないほうが良さそうだ…と、たった今、彼は学び取った。

「レイッ」 シンは言った。「おれがインパルスで出る、おまえも来い!」

『了解』 淡々とではあるが、即答でレイは頷いた。

 ──無理もない話だ。短気では仲間内の誰より自信があるシンですら、この宙域の戦闘へ飛び出していくようなマネはできなかった。それはもちろんこの艦に乗っているかつての同僚や友人たちの目があったからというのが一番大きかったのだが、それ以上に大きな注目があることを失念していなかったからだ。

 この恐ろしく不安定かつ不確定な状況下で、護衛を付けたとはいえアスハを宇宙へ放り出す行為は『釣り』にも相当する。オーブをはじめとした地球圏諸各国もまた、固唾をのんでこの航行を見守っていた。彼らはザフト最新鋭の戦艦と、そこに搭乗するエースパイロットたちのウデを信じながらも、万一を思えば気が気ではなかったことだろう。

 そして、ファントムペインの上層となる組織の者たちも、また。

 キラのあの姿は、…人智を超えたそのチカラは、すでに誰かに見られていると思っていい。直接その対策や対応を行なうのが自分ではないことにいささかの安堵を覚えながら、シンはルナマリアの温もりが残るシートに身を下ろした。

 『デスティニー』は使わないで──いつか聞いたキラの声が頭の中によみがえる。彼が自分の交友関係を心配してくれていることはとても嬉しい。だがそれとは別に、シンにはどうしても、キラの挙動の中で許せないものがひとつだけあった。

 あんたはまたそうやって、化け物の汚名も人間の非難も、何もかも『独り』で背負い込もうとする気なんだろ。そんなこと、……あのときのアスランみたいな、死にたくなるような後悔は、絶対にゴメンだ──!

「この身に巡り宿る力の奔流は、我が命をもってここに顕現する…」 シンは再起動させた機体のOSを自分用に手早く書き換えながら、独り言のように呟いた。「我が愛する者よ、我が闇に在るべき意義を喚起せよ。静かに眠れる汝が想いは、我が手によってこそ守られん」

 それはかつて、渦巻く怒りと憎しみに任せるまま解き放った命令文だった。前のものと比べて、我ながらこの形式の改竄ぶりには溜息が出るほど呆れるばかりだが、キラやアスランがこれを聞けば、こんな事態で無ければきっと喜んだことだろう。

 『闇』に呼びかける命令文は、その者の魂の在り様としても過言ではない。これはシンの心が極めて清浄であることの、唯一無二の証明なのだった。

「この身に舞い戻れ」 シンはブースターのレバーを押し入れた。「汝の名は、インパルス!」



 ミネルバのブリッジ内で、アスランはシンの『チカラ』が発動するのを感じ取っていた。

 『インパルス』が発動したか──あの力に全力で殴り飛ばされた記憶がよみがえり、身体の節々が当時の痛みを思い出してしまうが、あれは今でこそ途方もなく心強いものだ。MSの中でなら、本人の外見に多少の変化があっても、あるいは外側へ向けてチカラを発現させても、ある程度までは取り繕える。考えたものだとつい感心してしまう。

「報告です!」 インパルスの射出を管制していたアビーが言った。「敵母艦潜伏宙域と思しきポイントより、識別コード、ガイアとカオスが出現!」

 それを聞いたグラディスの表情が、来たか──、と如実に語る。

「二機の予測進路はヤマト准将の戦闘宙域です!」

「ヤマト准将の援護には、シンとレイが向かったわ。これ以上の増援は不要よ」 グラディスは言った。「──そうですわね? アスラン・ザラ」

「はい」 アスランは頷いた。「ミネルバは予定通り、敵母艦の潜伏予測宙域へ向かってください。母艦さえおさえることができれば、流れは変わります」

「センサーの感度を最大に!」 グラディスは言った。「予測宙域への突入後、全方位への攻撃行動を行なう! なんとしても探し出すわよ!」

「カオスが進路を変更!」 オペレーターが言った。「ミネルバへ向かってきます!」

「速度は落とすな、ナイトハルト迎撃撃て! こちとらアークエンジェル級の脚自慢よ、これだけの距離、いくらMSといえども簡単には追い付けないわ!」

「クサナギよりアストレイ部隊が再出撃します」 アスランは言った。「迎撃のためではなく、万一カオスがクサナギを標的にした場合に備えるとのことです」

「ミネルバより了解!」

『──…ラン』

 ジジッ、と強いノイズが耳の奥に響いた気がして、アスランはそのチクリと刺すような痛みに片手を頭にやった。やたらと精度の悪いテレパシー通信。この発信者には覚えがある。

「アウルかっ」 自分の感度を上げ、相手からの通信を受信しやすいように状態を整える。古いアナログ無線のダイヤルをそうするイメージで調整を行なうと、ノイズはある程度、許容できるほどにまで小さくなった。

『アスラン・ザラ』 聞こえた声は、非常に遠くはあったが確かにアウルのものだった。『今からボクが、母艦の位置の予測候補をいくつか教える』

「なんだと?」

『ビームでもミサイルでも何でもいいから、とりあえず候補座標に叩っ込んで。母艦は……ガーティ・ルーはミラージュコロイド以外に守備武装を持ってないから、一発でも着弾すれば姿を現さざるを得なくなる』

「──すまない、少し借りるぞっ」

 アスランはその声を聞きながら、管制オペレーターのひとりを押し退けて席に着き、ミネルバが搭載する武装の射角を調整する。

「……どういうつもりだ?」 キラと話す時のように、可能な限り声を絞ってアスランは訊ねた。

 アウルは、ガーティ・ルーという名らしい敵母艦の……ファントムペインの出身者だ。たとえ今はオーブ軍所属者という肩書きがあるとはいえ、だからと言って彼から情報を聞き出そうとは、キラもシンも、そしてアスラン自身でさえ露ほども考えていなかった。

 黙っていることもできたのだ。それを何故、こんな今更のようなタイミングで話すつもりになったのか。

『さっき』 アウルは言った。『ガーティ・ルーから出撃したMSの中に、ザクやグフみたいなのも居ただろ』

「居たな」

『あいつら、全部ちゃんと撃墜できた?』

 できたか、とは、またすこしおかしなことを訊く。気分は完全にオーブ軍側、というわけでもあるまいに、自分たちの元味方に対して使う言い回しではない。

「わからない」 アスランは慎重に言葉を返す。「途中でマイウスのアレらしき異変が発生しかかったせいで、混戦になったからな」

『何人かの「生命反応」を、まだ感じるんだ』

 アスランは思わず沈黙した。

 水を操るアウルにとって、人間の体内にある血液の巡りというものは、自分のチカラが及ぶ範囲内でなら、ごく間近な息遣いのように感じ取ることができるようだ。アプリリウスタワーへ殴り込んできた時には『自分に触れている水』を制御することくらいしかできなかったのに、やはり短い間とはいえキラの傍に居たことで、チカラが飛躍的に進化しているらしい。

『母さん、言ってたよな』 アウルは続けた。『この戦闘を利用して、連合はファントムペインを「反逆組織」に仕立てるつもりだって』

「……ああ」

『ガーディ・ルーから出撃した「ザフト機」は、ステラのチカラで「同士討ち」をさせるための目くらましなんかじゃない。戦局がある程度進んだ時に、ガーティ・ルーを戦闘宙域に放り出すための伏兵だ』

「な──」

『もうじき「連中」がガーティ・ルーを撃つ』 アウルはずばりと言った。『そうやって下手に撃沈されるより、あんたらが「炙り出し」目的で狙撃してくれるほうがまだマシだろ』

「カガリとバルトフェルド隊長に伝えろっ」 アスランはつい声を上げていた。「アストレイ部隊へ通達するんだ、この宙域に居る友軍機は、『友軍』なんかじゃないぞっ!」

「え──」

 あまりの言葉にグラディスがたまらず絶句したところで、ミネルバのブリッジを横切って飛んでいく、流星ような機体が見えた。

 機体コードはミネルバのものだったが、誰が乗っているのかまったくわからない一機のザク。

 アスランは冷や汗を感じた。

 機体の識別コード。……それがもし、以前奪取されたセカンドステージから漏れたものだったとしたら。疑念をもって正確に調べればダミーであることなどすぐに判ったかもしれない。だが、混乱した戦局では、そんなものをいちいち調べるなど簡単にできはしないのだ。

 ステラとやらのチカラで同士討ちが完全に発現していても、仮にそれが失敗して今のように敵機すべてを落としきれたかどうかも判らない事態になっても、『それ』は非常に有効な攪乱効果を発揮するだろう。

 異常な事態が伝わったのか、ミネルバに並んだアストレイたちが必死の射撃を行なうが、双方ともに全速で航行する戦艦を追い越す速度で飛行しているのだから、キラじゃあるまいし正確に狙い撃つことなどできるわけがない。

 使い慣れたMSとはまったく違う照準システムにもどかしさを覚えながら、アスランは搭載武装の照準をそのザクにロックした。万一にも中身が本当に友軍だったとしたら、申し訳ないが殉職してもらうより他にない。進行形で攻撃を行なっているアストレイの射撃を避ける方向や角度を見極めて計算し、次に行なわれる攻撃回避の予測座標を弾き出す。そしてこの入力と同時に、アウルから伝えられた各座標への射撃も同時に行なう。

 ──頼む、当たってくれ!

 狙いは極めて正確だった。撃ち放たれたビーム砲が先を征くザクをものの見事に爆散させ、あらぬ方向へ飛んでいったミサイルの一群が、とある座標で爆発を起こす。

「ナイトハルトの着弾を確認!」 アビーが叫んだ。「前方距離10! 熱源センサーに反応、敵母艦、出現します!」

「ホーク隊の残機はすぐに再出撃、カオスの迎撃にあたれ!」 グラディスが言った。「下手な抵抗をされる前に、アストレイ部隊とともに敵母艦の無力化作戦を開始する!」



 カナードの『戦い方』は、一朝一夕の能力者では到底できない卓越したものだった。

 一筋のビーム砲撃を放ったかと思えば、キラがそのための防御を構えたところで唐突に散弾と化す。蹴りや突きにしても、たとえ空振りに終わっても、そこから目や首といったキラの急所を的確に狙ってナイフ型のエネルギー弾を発射してくるので全く油断できない。

 挙句、バックをとったキラが必殺を期して放った『カリドゥス』に対し、長い黒髪に密着起動させた『アルミューレ』でいとも平然と防ぎ切ってみせたのだ。

 放ったものを中途で変質させるなんて、こんなチカラの使い方、見たことない──。キラもこれには舌を巻いた。おまけにバリアの効果は恐ろしく強力で、ドラグーンをも使ったフルバーストを一点集中してやっと突破できるか否かといったところだ。しかしそんなことをしようとすれば、ドラグーン使用のための精神集中のスキをつかれ、例の散弾で蜂の巣にされるだろう。

「ハッ!」 カナードがバカにしたように笑った。「具現した武装に頼れば頼るほど、貴様の行動はオレに筒抜けだ! これならまだ一年前の貴様のほうが、まだマシに戦っていたぞっ」

「そんなこと…っ!」

 シンの闇に触発され、死を振りまく喜びと相手を引き裂く快楽に溺れかかっていた自分のほうがまだ『マシ』だったなどと、とても聞き捨てならない。キラはこれまで片手ずつそれぞれで撃っていたエネルギー射撃を、右手に左手を添える形で『連結』した。

「此の手に集え! 汝、対なる『ルプス』!」

 一気に出力を上げた緑色のビームが、カナードの脚を目掛けて撃ち出される。これまでのものと同じ着弾タイミングと思って防御するのでは絶対に間に合わない速度を持っていたのだが、くるりと身を翻したカナードの蹴りによって弾き散らされていた。

 脚にバリアをまとわせ、それを使ってみせたのだ。

「チカラの本当の使い方は、こんなものではないっ!」 叫んだカナードがキラに向けて右手を構えた。「我が『ハイペリオン』の名の下に、証明せよ! 汝は確かなる闇を焼く閃光、『フォルファントリー』!」

 命令文を完成させたカナードの手のひらにエネルギーが集束し、ルプスとは比べ物にならない大砲撃を撃ち放った。前方より飛来するそれを、キラはドラグーンを寄せ集めてシールドを形成し、守り──切った、はずだったのだが。

『キラあああぁぁぁぁ──ッ!』

 シンの叫び声が聞こえたと思ったら、あらぬ遠いところから一直線にやってきた白い炎の帯がキラの背後でナニカと激突して大爆発を起こしていた。とっさに結界を強化して衝撃波から身を守っていたキラは、信じられないものを見たように、まさかと背筋が冷たくなる感覚に見舞われる。

 まさか今の、僕の後ろからも来ていた──?

『さっきから何やってんだ、あんたらしくもないっ!』

 白い炎──『ケルベロス』から遅れて数秒、キラの傍へ飛んできたのはフォース形態のインパルスだ。ソードシルエットを装備している様子などどこにもないのに、腰から抜き取ったビームサーベルが見る見るうちに巨大な対艦刀へと変化する。この様子をアスランが見ていたら、きっと今ごろ泣き伏しているかもしれない。

『ヤマト准将!』 同じくインパルスに並んだレジェンドからレイの声がした。『ミネルバが敵母艦を発見しました』

 ぴくり。それを聞き付けたカナードに反応がある。

『カオスの妨害こそありますが、アストレイ部隊が取り押さえています。敵母艦の無力化まで、そうかからないでしょう。ここは私とシンが引き受けます、貴殿はクサナギへお戻りを!』

「でもっ…!」

 自分にも匹敵する強力な能力者であるカナードの相手を、能力者ではないレイや、まして感情の制御がまだ下手と言わざるを得ないシンに任せてしまうのは不安が残る。キラが返答に迷い、レジェンドに向けていた視線を正面に戻したとき。

 もう、そこには誰も居なくなっていた。

『また消えたっ?』 シンが驚いたように言った。『何なんだよ、あいつはっ』

 また? キラはその発言を聞き捨てていなかった。シンはマイウスでカナードに会っていない。ということは、この宙域で、どこかで一度はまみえているということだ。こんな混乱した状況下で、一体いつ──。

『キラは早くクサナギへ!』 シンは言った。『あの野郎、もしかしたら母艦へ戻ったのかもしれないっ』

 一瞬こそ沈黙をおいてしまったものの、キラはそれを訂正も否定もしなかった。頷く代わりに目を伏せた彼のウイングバインダーへとドラグーンが帰還し、先ほどのカナードと同様、姿が掻き消したように消えてなくなる。

『シン』 インパルスのコクピットに、テレパシーではない通信でグラディスの声が響いた。『デュランダル議長からの直接命令よ、敵機のパイロットは可能な限り保護してちょうだい。そこの機体も、ヤマト准将のことだから中身は生きてるはずだわ』

 敵母艦を無力化する、本作戦の一番重要なところを遂行中だったせいだろうか。彼女の口調はシンが『上官』であることを完全に失念していた。しかし今、そんなことは別にどうだっていい。もとはといえばシンはミネルバのクルーで、グラディス配下のパイロットだ。むしろこの扱いのほうが非常にやりやすい。

「了解!」

 グラディスが今でも自分のことを『部下』だと思ってくれているのなら、これほど嬉しいことはない。シンはわずかに高揚していることを隠し切れない調子で答えると、眼前に浮遊する白い敵機へと接近する。

 そのとき視界の隅に、キラリと緑色の光が見えた。







                                         NEXT.....(2017/07/25)