FATAL ASK  19.出撃

 ガーティ・ルーは、水を打ったような静寂に包まれていた。

 MSデッキにずらりと並んだ量産機たちの中で、ひときわ目を引く三つの機体。その中の一つが稼働している。

「『ガイア』の様子はどうだ」

 様子を見にやって来た士官が声をかけると、整備員たちはハッと敬礼を見せて、答えた。

「調整に時間はかかると思われますが、現時点、生体CPUは問題なく正常に機能しております」

「時間がかかる…というのは」 士官は言った。「『アビス』の不在が原因か?」

「は。もとより『ガイア』と『アビス』は両者一体……発信と拡散を担っておりましたので。マイウスほどの大規模な作戦は難しくなりましたが、一部のコーディネイターどもの意識を操る程度ならば問題ありません」

「『アビス』の行方は?」

「──不明です」 苦く、部下は答える。「現在『カオス』が追跡を行なってはおりますが、有力な情報は、何も」

「残念だなことだ……能力の発現に耐え切れず狂ったか」

「所在は不明ながら、そう長くは保ちますまい。我々ファントムペインに関する情報が、外部に漏れることもないでしょう」

「次の処置で、残る二人から『アビス』の記憶は消しておけ。もはや戻ることもあるまい」

「ハッ、了解致しました!」

 ──そんなやりとりを、少し離れたところで見ている少年がいた。スティング・オークレーだ。

「………」

 消えるわけがないだろ、あいつら、本当に俺らのことを何も見ちゃいない──ふっと一つ息を吐いた彼の表情を彩るのは落胆だ。

 彼もまた、もうすでにアウルと同じ変化……いや、進化と呼ぶべき現象が発現したあとであった。

 幾度もの処置を経ても、記憶が消えない。マイウスで、あのオーブの将校を見た瞬間から。ステラに関しては、まだ問い質す機会が無いことと、彼女自身が特に目立ったことを口走るふうがないので確認してはいないのだが、恐らく自分と同じではないかと彼は思っている。

 アウルだって、自分でそう言っていたのだ。

 アプリリウスタワーの屋上で、久しぶりにまみえたあの時に──。



「な、スティング? ボクらってこれから、何のために生きる?」

 スティングが背後から声をかけたアウルは、振り向きざまにそんなことを訊ねてきた。

「は? 何のため…って」

 スティングは刹那、何も答えられなかった。

 相手の表情が、あまりにも真剣すぎたから。

 ガーティ・ルーから一夜のうちに忽然と姿を消した弟分・アウル。宿した能力の重要さからステラを出すわけには行かなかった組織より、スティングはその捜索へ志願するまでもなく任命された。

 そういえばこのところ、あいつはふと気付けば遠いところを見ていた気がする。

 地球でもなく、不特定多数な星々でもなく、はたまた月面の基地でもなく。

 ……プラント群宙域の方向を。

 あのとき、何を考えているとも知れないその横顔が、まったく知らない他人のように見えたのは、気のせいではなかったのだ。

 だって彼は、もう。

「ボクの記憶さ、消えなくなったんだ」 アウルは自分の手のひらに目を落としながら言った。「だからもう、連合の…ファントムペインのためには生きられない。あいつらがやれって言うことに、『ボク自身』がイヤダと思うことが増えちゃったからさ? めんどくさいのもあるし、自分でやれよってのもある し……」

「アウル、おまえ──」

「何より、それが母さんを傷付ける。それだけは絶対ゴメンだね」

 スティングはハッと息をのんだ。

 アウルが口にしたのは、武器に頼るまでもなくアウル自身を殺しかねない禁断の言葉だった。開いていた手をぐっと握り込み、彼はごく当たり前のようにそれを口にした。そして、その直後では絶対に有り得ない、意思の輝きを宿した大きな目で、唖然と立ち尽くすスティングを見つめてきた。

「だから、この命が自然に尽きるまで、ボクはここに居ようって思ったわけ」 あっけらかんと、肩を竦めて彼はそんな言葉を続ける。「なんか異論ある?」

 ないわけがない。しかし、ボーゼンとするやら呆れるやら、はたまた驚くあまり、まったく言葉にならない。

「そんなこと──平然と聞くなっ!」 それだけが辛うじて、怒りとして声に乗る。

「スティングなら解ってくれるカナーって思ったんだぜ? これでも」 ウシシ、とアウルは悪戯っ子のように笑った。「やっぱりボクのこと、無理やりにでも連れて帰るカンジ?」

「…………」

「そんな顔、すんなって」

 ちょっと困ったような笑い顔で、アウルは言う。自分の表情なんか判りたくもなかった。

「俺らのチカラは」 スティングは言った。「全然……まったく、マジで、アスラン・ザラなんかに比べたら不完全で、精度最悪で、正直、使いモンにならない」

「なんだよいきなり」

「だから、おまえのことは、『見つからなかった』って報告してやる」

 アウルは刹那、何も言わなかった。ただほんとうに驚いていたらしいことは、息をのんで大きく目を見開いた、その表情がありありと物語っていたけれど。

「わかってるんだろ」 スティングは言った。「ファントムペインの外へ出たら、俺らはもう、まともに生きることさえできないんだって」

「──わかってるよ」 今まで止めていた息を吐くように、アウルは答える。

 それなら──いや、それだからこそ、もう自分にその決意を止める権利はないとスティングは思ったのだ。共にチカラの目覚めを経験し、──まったく覚えてはいないけれど──共に多くの任務をこなしてきたはずの弟分の『最期』の願いも聞き届けられないほど、彼はもう、冷徹ではいられなくなっている。

 自分の記憶もまた、マイウス以来、消えなくなっていたから。

 芽生えた自我は、まだほんとうに短い時間しか稼働していない。

 けれど大切だったのだ。アウルとステラ、この二人の『仲間』──いや、弟と妹が。

「──『あいつ』が来るな」 ふとアウルは何かに気付いたように言った。「そろそろ行ったほうがいいぜ、スティング。見つかったらケッコーヤバイから」

 こんな終わり方があってもいいのか──そう思えば思うほど、言葉を放つ気には、とてもなれなかった。無言のうちに踵を返すスティングに、アウルもまた、何も言わない。

 この、あまりにも場にそぐわなすぎる、ロアノーク級の軽口。

 この、あまりにも多くを殺してきたことすら感じさせない態度。

 アプリリウスの曇り空をバックに、それが、スティングがアウルを見た最後となった。



 歯痒いという気持ちは、こういうことなのだろう……スティングはぐっと握り込んだ拳が発する痛みに眉を寄せた。

 アウルはこれから、こんなチンケな痛みなど比べようもない苦痛を迎えるのだ。記憶は消せなくても、この組織によって造り出されたこの身体は、この組織だけが持つ浄化装置でなければ最適化することができない。チカラに目覚めてからもそれだけは変わらなかったところを見るに、プラント側に大勢居るであろう能力者たちでさえ、こればかりはどうすることもできないだろう。

 きっとあの、キラ・ヤマトでさえも。

 これから、何のために生きる──? アウルに問われた言葉が胸に刺さる。

 変わらずファントムペインの一員として、死ぬまで使い潰されるつもりでいるのなら、この自我は邪魔でしかない。研究員に本当のことを話し、軍事的な再教育を受けるのがいいかもしれない。

 だがその程度の教育で簡単に納得できるほど、この組織が行なう作戦は『ラク』なものではない。通常の軍務と比較するのもバカらしくなるくらい血に染まり過ぎ、火薬の臭いに馴染み過ぎ、刃の光が当たり前になり過ぎているのだから。

 それに、自閉しているステラは。

 彼女は上官であるネオ・ロアノークに対し、安らぎを見出している。いっそ瀕死の重症に陥ったとしても、彼が手の一つも握ってやればそれだけで静かに眠れるほどに。だからたとえ彼女がスティングやアウルのように『自我』を発現させていたとしても、そして記憶の抹消処理を受け付けなくなっていたとしても、ここを離れるとは到底思えない。少なくともスティングはそう考えている。

 罪の意識、か──。彼は自分の手を見つめた。アウルがそうしたように。

 記憶が抹消処理をされる最大の目的は知っている。ならばいづれ自分も、あのときの弟分のような、最期を悟った哀しい目をする日が来るのかもしれない。

 けれど、今は。

 アウルが去った今、ステラはスティングにとって守らねばならない大切な『家族』だ。何のために生きるのか、そんなこと問われるまでもない。

 ──と、デッキ内部がにわかに騒がしくなった。通信士からのアナウンスを聞くに、どうやら出撃命令が下ったらしい。

「『カオス』!」 整備士がスティングを呼んだ。「間もなく出撃だ、先に出られるロアノーク大佐の命令があるまで待機しろ!」

 それを聞いた時、スティングはエッと耳を疑った。ネオまで出撃だと? 確かにネオが出るのが一番早いかもしれないが──。

 『能力者の根源』であるキラ・ヤマトを捕獲するためだけの目的に、初っ端から、自分たちの親玉であるネオ・ロアノークが出撃せねばならない理由はどこにもない。アーモリーでは確かに彼はキラと接触したが、あれは命令ではなく彼自身が独断で行なった『偵察』だ。

 ここはスティングにひとつ部隊を任せ、それでどうしようも無くなれば彼が出る、という流れが適切ではないのか。

 嫌な予感がした。とびきりの嫌な予感が。

 そしてそれは、間もなく当たるのだ。

 何故ならこの出撃命令は、もはやキラの捕獲など微塵も意識していないものだったのだから。



「所属不明MS・MA群、出現! 距離10!」

 唐突にオペレーターがそんなことを言ったから、グラディスは目が点になりそうだった。

「面舵20! 全速急げ!」 彼女は咄嗟に叫んだ。「ブリッジ遮蔽、ホーク隊は直ちに迎撃せよ!」

 その指令を聞き届けてから、艦内にアラートが鳴り響く。照明が落ちたブリッジは艦橋より降下し、速やかに戦闘態勢へと移行する。

「アスラン・ザラ」 グラディスは言った。「クサナギへの通達はいかがですか」

「問題なく」 デッキに立っていた彼は、肩越しに彼女を振り向き、頷いて見せた。「M1アストレイが順次出撃します」

「──艦長ッ!」 アラートから遅れること約一分。ブリッジへ駆け込んできたのはシンだった。「敵の数はっ? 連中、いったいどこからっ」

『ルナマリア・ホーク、インパルス、出るわ!』

『レイ・ザ・バレル、レジェンド、出撃する!』

 グラディスが返答する前に、その通信が響く。大きく伸びた射出用カタパルトから、コアスプレンダーとともにレジェンドが飛び出していき、準備の整った機体たちがそのあとを追っていった。

「敵数7!」 アビーが答えるように言った。「識別コードは不明ですが、ザクやグフと見られる機体も含まれているようです!」

「ホーク隊とレイに伝えて」 グラディスは言った。「同士討ちだけは避けるようにね」

「……どうやら待ち伏せされていたらしいな」 シンが自分の横へやってきたのを確かめ、アスランは言った。「母艦らしきものの姿は無いが、MSの数はおよそ一戦艦の搭載機数に合致する……ミラージュコロイドか」

「あいつらがファントムペインなのかっ」

「ザラ派の残党でなければな」

 笑い飛ばしていいのかどうかは判らなかったが、ちらりと見やったアスランの表情は真剣そのものだ。これは安心してもいい『冗談』だなとシンは直感する。

「グラディス艦長」 アスランは言った。「今から私がクサナギとの通信役を引き受けます、こちらの指示・作戦はすべてクサナギにも通じていると思って頂いて構いません」

「では、クサナギは我々の作戦に従って下さると?」

「クサナギ側での状況変化、および作戦変更は随時お知らせします」

「わかりました、お願いします。──ミネルバはこれより、敵MS部隊との交戦に入ります。貴艦は後方へ、M1アストレイ部隊には自艦防衛、および援護を要請します」

「クサナギより、了解」

 自分にもMSがあれば──早くも近辺で展開される戦闘の火を見て、シンはもどかしい気持ちでいっぱいだった。

 相手がチカラを行使しているふうは今のところない、ならば能力者である自分たちが出る幕ではない。それはわかっているけれど、それでも自分にだって技術はある。そもそも能力者戦となった場合の切り札である自分が、いざという時にこの場に居ないのも問題アリだということも大いに解っている、だからこそじれったくてたまらない。

 まどろっこいマネしてないで、さっさと出てくれば全員片付けてやるのに──。

『……』

 ふと。

 シンは自分の耳に違和感を覚えた。

『……って』

 少女の声が聞こえた。エッと思い、傍のアスランに目をやるが、彼はいきなり驚いた様子のシンに視線を向けられて驚いている。自分だけが聞こえているのか、この声は。

『守って…』 声は言った。切なく、懇願するように。心に迫る悲しみをもって。『お願い、ステラを、守って』

「ステラッ?」 思わず大きな声を上げてしまった。テレパシーが繋がっている時のように。

「どうしたんだ、シン」 見かねたようにアスランが言った。

「今、あの娘の声が…っ」

 シンが説明を試みようとしたとき、不意にブリッジにルナマリアの声が響いた。

『──え、なに?』 彼女は言った。誰かに声をかけられたように。『誰っ? ──メイリン?』

 一瞬、誰もが状況を理解できない。

「シン」 アスランが改めて言った。「あの子の声、ってのは何だ」

「ステラ……マイウスで、うちのMSを持ってった首謀者の三人に、女の子が居たって言っただろ! あの娘の声がしたんだ、守ってくれって、訴えかけるみたいな──」

 それを聞いたアスランの顔色が変わった。

「キラ、今すぐ自軍のMS部隊を防護しろ! 仕掛けてくるぞ!」 言うが早いか、アスランは両手をパンと叩き合わせると、声を絞って続けた。「──すべての子らよ、我が内に秘められたる王の声を聞け。其の赦しをもって汝らは自由の翼の庇護を賜らん!」

 シンはその完成の一瞬、アスランの身体が赤く発光するのを見た。それは直後に、ベールのように艦内へ、そして宙域へと拡散していくのが判る。同時に、 別方向──遥か後方からも同じようなウェーブが来るのを感じた。青い薄膜のような光がサッと駆け抜けていったことに気付いたのは、やはりシンひとりだけ だ。

 我が子らよ、我が祝福の声を聞け。汝らのあまねく営む平穏は、我が翼の下でのみ成ると知れ──。光が自分を通過するとき、そんなキラの声が聞こえた気がする。

 アスランは以前、ハイネから報告を受けていたのだ。ヴェステンフルス隊の生き残りからの聴取で、彼らが、狂い出す前に『少女の声』を聞いていたことを。マイウスではハイネの機体を防衛する程度が限界だったが、今のキラと自分ならばこの宙域一帯を支配することくらい造作もない。自身の『意識』を広げて、そこに彼女の声が介入する余地をなくした、それだけのことだ。

 どんだけこのチカラを使い慣れてるんだ、こいつら──。シンはたまらず唖然とした。用途に合わせて即席で命令文を組むような真似は、とても自分にはできそうもない。

 だが。

『うぅっ……』 苦痛の濃いルナマリアの声が響く。『だ、だれ…? だめ、やめて…っ!』

「どうした、ルナッ!」 驚いてシンは叫んだ。なんで、異常は止められたはずじゃないのか──。

「インパルスからの信号途絶!」 アビーが焦った様子で言った。「…あ、っいえ、インパルスだけではありません! 一部のM1アストレイ部隊からも、通信が…っ!」

「なんだとっ?」 さすがのアスランもこれには驚いた。

 こちらで撒いた支配の命令文が、一部に行き届いていないなんてそんなことは有り得ない。自分のものはともかく、キラのものまで無効になったなどまず考えられないことだ。

 妨害している者がいる──真っ先に思い付いたのはその可能性だ。しかしキラの命令文さえも妨害できるとなれば、自分かシンか、あるいは──。

「貴様らのやりそうなことなど、予測はとうにできている」

 キラの声がした。

 否。アスランはすぐに気付いた。違う、こいつは──。

「キラッ?」

 咄嗟にシンが振り向いて、──そして、絶句した。

 自分とアスランだけが取り残されたようになった、機材のみが稼働し続ける無人のブリッジ。扉が開いた音もしなかったのに、そこに男が……『黒い男』が立っていた。

「キラ………じゃ、ない…?」 唖然としながら、よろめくように自然と一歩後退したシンが独り言のように言った。

「だから何度も言ってるだろ。……『キラに似たヤツ』だって」

 アスランは何もかも諦めたように言った。どうやらキラとこいつが完全に別人だと頭では解っているのに、彼の目には今でもなお、その姿がキラのものとダブっているらしい。

「おまえたちに危害を加えるつもりはない」 男は言った。武器を手にするわけでもなく、殺気を滲ませているわけでもない、ただ在るがままの立ち姿で。「この戦局がある程度の『形』を得るまで、オレはこの宙域でのおまえたちの行動を制限させてもらう」

「なっ…」 シンの目に、直後に激しい敵意が宿る。「何を言ってるんだ、おまえはっ!」

 ズドンッ! その瞳から撃ち放たれた衝撃波は、威力のみで見ればタンホイザーにも匹敵した。まともに受ければ、いかに『キラに似ている』この男でさえ軽く吹き飛んでいたに違いない。

 ──だが、その衝撃がブリッジの防壁を、まるでクッキー菓子のようにヒビだらけにしてひしゃげさせた時には、もうその男の姿は無くなっている。

「く…っ」

 苦痛の強い呻きを辛うじて漏らしたのはアスランだった。無理もない。彼は、一瞬でミネルバを轟沈させかねないシンの一撃を、ブリッジの防壁だけにとどめるために最大出力の『イージス』を起動したにも関わらず、それだけでは攻撃の激しさを吸収しきれなかったのだから。

 シーンとそこは静まり返っていた。男が消えると同時に『戻ってきた』、グラディスやアビー、アーサー・トラインらクルーの唖然とした表情とともに。

「状況はっ!」 シンは自分が『戻ってきた』ことを認識するや、自分がまさに吹っ飛ばすところだった防壁の惨状など忘れたように、近くのクルーへ怒鳴るように報告を求めた。

「は、はいっ」 アビーが慌ててコンソールに取りつき、確認する。「ホーク隊の機体、並びにM1アストレイ部隊の一部が、通信途絶後、マイウスの時と同様の敵対行動に移っています! インパルスは、通信こそ依然途絶状態ですが、宙域にて静止していますっ」

「そんな──」 シンは絶句した。乱戦になりつつある宙域で静止しようなど、標的もいいところじゃないか──。

「まさか、彼女は戦っているのか…?」 アスランが探るように言った。

 能力者の強制的な洗脳に対し、抗うことができる人間が居ようなど驚きの一言だ。しかしルナマリアはかつて一度、シンの『闇』と直に接触したことがある。何かしらの耐性がついていたと考えても不思議ではない。

「誰かを回収に向かわせることはっ?」 気を取り直したグラディスが訊ねる。

「レジェンドが現在救助に向かっていますが、敵MA部隊からの攻撃が激しく、難航している模様ですっ」

 アビーの操作でカメラが切り替わり、ディスプレイにインパルスの姿が映し出される。モードはフォースで、フェイズシフトは機能したままのようだが、だらりと投げ出したままの手足は動く様子がない。

「おれが出るっ」 居ても立ってもいられなくなって、シンが叫んだ。「ザクでもグフでも何でもいい、残ってる機体はないのかよっ!」

「あ、ありません…っ」 オペレーターは申し訳なさそうに言った。「マイウスの一件で、ホーク隊もかなりの打撃を受けていまして……予備の機体も、ほとんど本国護衛のジュール隊に回ってしまって…」

 だんだんと声が小さくなっていく可哀想なオペレーターの説明を聞きながら、アスランは内心臍を噛む思いだった。

 ホーク隊に人員も機体も補充できないまま、ミネルバを出したデュランダルが無能だったというのではない。この航行は、いざとなればキラとアスラン、そしてシンの能力駆使によって戦況を越えられることを見越した『作戦』なのだ。

 しかし今、それは予期せぬ黒い男の乱入でほとんど無効化されてしまっている。明確な敵意こそ見せなかったとはいえ、確たる証拠も無しに彼が『敵ではない』と認識しかけていた自分たちも大概甘かったのだと、ここに来てアスランも後悔くらいしかすることがない。

 こうなったら、自分たちにできることは、もう──。

「レジェンドのドラグーンを回避した敵MSが、インパルスに急接近!」 端末からの警報音を聞き付け、オペレーターが悲鳴を上げた。

「すぐに援護を、ナイトハルト──」

「だめです、仮に命中したとしても、敵機の爆散にインパルスが巻き込まれますっ……敵機より、高出力エネルギー反応!」

 ひときわ目を引く白い敵MSは、パイロットが非常に優秀なのか、追いすがるように撃ってくるレジェンドのドラグーンによるビーム攻撃をものともせず回避してしまうと、キャノン砲をインパルスに向けて構えた。

 あれで全部吹き飛ばすつもりだ──それに気付いたとき、シンの全身からさっと血の気が引いた。縁起でもないと自分の頭を殴りたくなるくらい、彼女の笑顔が、声が、脳裏にちらつく。今生の別れそのときのように。

「ルナッ!」 シンは叫んだ。「動いてくれ、ルナーッ!」

 ディスプレイに映し出された、白い翼を持つ敵MS。その両手に抱えられた巨大な砲門へ、見る間に光が集束する。あれが放たれたらインパルスは終わりだ、中で、未だ敵の洗脳に抗おうとしているはずのルナマリアも──。

『──やっぱり、だめそうだね』

「えっ?」

 深い落胆を含んだキラの声。それが聞こえたとき、アスランは息をのむほど嫌な予感がした。

「待て、何をする気だ、キラッ!」

 アスランのでかい独り言を聞き付けたシンが、さっきのアスランと同じようにエッと振り向く。

 目を逸らせようはずもなく、クルー全員が奇跡を祈って見つめていたディスプレイの中で、起こるはずの無いことが起こった。

 レジェンドのそれとは違った、非常に小さなドラグーンがキラリと青く光ったかと思ったら、それらが、インパルスに迫っていた白い敵機の頭を、手にしたキャノン砲をも撃ち抜いていた。キャノン砲が爆散する直前、白い機体はそれを投げ捨てていた。誘爆による爆散こそ免れたものの、敵機は頭と同時にバックパックをも損傷させられ、その場を動けなくなる。

「な…」 グラディスは絶句した。部下の無事を喜ぶのが先なのか、事態の確認をするべきかを、刹那、整理しきれずに。「なにが起きた、の……?」

 そのとき、オペレーターはモニターの中に何か気になるものを見つけた。インパルスを護るように寄り添う、青白い光を放つ、蝶のようなナニカ。彼は端末を操作し、艦のメインカメラをインパルスの近くへ限界までズームする。

「あ──」

 いち早くそれが『何』なのか気付いたシンが、間の抜けた声をもらす。

 キラだ。

 背の翼から分離した八つのドラグーンとともに、そしてそれが抜け出た箇所から放出されるエネルギー体の光の翼を広げた姿で、彼はあろうことか生身のままそこに在った。

「キラ…っ!」 シンは涙が出そうだった。

 誰の手も届かない、自分ですら出て行くことのできない場所で、ただ黙ってルナマリアの死を見届けるしかなくなったところで、彼は彼女を救ってくれたのだから。何度礼を言っても足りない。自分が評議会の議長であったなら間違いなく勲章モノだろう。

 しかし。

「バカかおまえはっ!」 アスランが怒鳴った。「この戦闘は地球圏の諸各国が見ているんだぞっ、それを…っ」

 こうしなければインパルスを──ルナマリアを救うことはできなかった。その事実はアスランだって痛いほどわかっている。彼だってほんの数分前には、キラのように自分自身が宙域へ出ることを一瞬とはいえ考えてしまっていた。

 カガリの帰還を事前に知らされていたオーブはもちろん、近ごろのプラントの動きを注視していた連合関係の各国、あるいは親プラント国家たち──この航行は、彼らが注目するいわば『舞台』なのだ。自身の化け物じみた姿を大衆の目に晒すのか、それとも、それを隠し通す自己愛のために仲間を見捨てるのか……これはそんな、重すぎる二者択一であった。

 グラディスは、あまりの事態と危機感で忘れていたその現実を取り戻すとともに、不意に思い出していた。

 かつて恋人であった男と観に行った演劇が、何ともくだらない結末で興醒めさせられたことを。それが、収拾のつかなくなった事態に対して、神が降臨して何もかもを無かったことにするという超展開だった ことを。

 恋人はそれを面白かったと言い、演劇だからこそこんな夢があるのも悪くない、などと楽しそうだったけれど。

 そう……彼は、キラは、まさしくそうして降臨した、物語の枠を超えてしまった存在なのだ。

 デウス・エクス・マキナ──。彼女はそんなふうに思っていた。







                                         NEXT.....(2017/07/18)