FATAL ASK  17.脱出

 連合に在籍していた頃の自分は、今にしても感情のコントロールが下手だったと思い知らされる。

 若さ、経験の無さ。戦争なんて参加してこともないのが当たり前の年頃に、キラはあまりにも多くの人間を殺しすぎた。あまりにも多くの血を見すぎた。何よりも人間としてあるべき、人の愛を受けるべき期間に、それともまったく相対した人の闇を直視しすぎてしまった。

 たびたび感情の暴走を起こし、時として命の危機に自我を失い、まさに化け物さながらに暴れ回った過去を持つ身として、シンには同情するより他にやることがない。

 超能力なんてシロモノ、どうして僕なんかに宿っているんだろう。僕がコーディネイターだから? 何で僕はこんなことに選ばれてしまったんだろう。もういやだ、誰かたすけて──。

 幾度目とも判らない自己嫌悪という名の自我の閉鎖。戦闘のないわずかな合間を、自室にこもって誰とも会わず何もせず、ただじっとベッドに寝転がり、うずくまって過ごす虚無の時間。自己愛の強いキラは、こんな運命に巻き込まれた自分のことを嘆きはしても、自殺やら自傷やらに走って、その極度のストレスを発散することができなかった。

 それに、自分ひとりだけが戦い続けているだけで、他の仲間たちの、友達の身に及ぶ危険が回避されているのなら安いものだと思う面もあった。たとえ、戦う相手もまた大切な友人であったとしても。そしてそんな敵が、かつて自分と繋がった、想いを繋げた者であったとしても。

 キラは過去よりも今を選んだ。過去と共に戦うよりも、今を護ることを選んだ。自分のこの選択を、間違いではなかったのだと必死で思い込もうとしていた。

 僕は正しいことをしている? それとも間違っている? ──いや、間違ってなんかいるもんか。友達を守りたいことの何が悪いの? 僕はコーディネイターだから、僕は超能力者だから、他の誰にもできないすごいことができる。きっとみんなを守り抜くことができる。僕は間違ってない、僕は間違ってない、間違ってなんか絶対ない──。

 何言ってんのさ、友達を守るとかいいながら、アスランと戦ってるのはどこの誰だよ──。

「ちがう、彼を殺すつもりなんてないっ」

 僕は最低だよ。大勢の友達を守るために、たった一人の大切な人に刃を向けてるんだから──。

「だって彼が撃つからっ。僕は守らなきゃいけないから!」

 僕はアスランを裏切ったんだ。彼は、僕が一緒に戦ってくれると信じていたのに。同じコーディネイターとして、過去を共にした者としてさ──。

「そんな…僕を置いていったのは彼なのにっ、全部アスランが悪いんじゃないか!」

 僕に拒絶された痛みだけ引きずって、アスランは今日も宇宙でひとり。可哀相なアスラン。そうさせたのは僕じゃないか──。

「うるさい、やめろっ! もう黙れ、おまえらの声なんか聞きたくもないっ!」

 頭を抱えてキラは叫んだ。自分の声を真似た悪意の声。身体の中に確かに居る、闇たちの囁き声。キラを否定し、キラを拒絶し、そしてキラを貶める声。

 この声が聞こえるたび、キラは死にたくなった。死ぬためにナイフすら握る度胸もないのに、死にたくなる。

 声を上げて泣き喚き、誰も来ない室内で暴れてみても今更だ。この道を選んだから自分が今、ここにいる。ここで『ここ』を拒絶することに意味なんかない。ここにいる限り、キラが拒絶すべきは『向こう』ただひとつ。

 アスランが居る、大切なひとがいる『向こう』を否定することだけが、今の自分にできること──。

「誰だー? こんな真夜中に騒いでるやつは」

 プシュ。何の前触れもなく部屋のドアが開いた。普段は明るい外の廊下も、時間のせいか節電のためか薄暗い。しかし真っ暗闇だった室内に慣れたキラの目には、そのわずかな緑色の光さえも眩しかった。

 キラは声が出なかった。開いたドアを呆然と見ている。

 ムウ・ラ・フラガがそこにいた。きっちり──というわけではないが連合の白い制服を着て、何か信じられないものを見たように放心しているキラを、飼えない捨て猫でも見るような優しげな笑みを浮かべて見つめて。

「他のみんなにご迷惑だろ。もうちょっと、トーンさげられないか?」

 言葉だけ聞けば咎める内容だが、それを乗せた声は妙に優しかった。キラは刹那的に、自分は叱られたのではなく慰められているのだと直感した。

 闇のざわめきはすでに遠い。さっきまであれほど大音量で聞こえていたはずなのに、彼の出現から逃げるように、周囲は完全な無音に満ちていた。

「ご…ごめんなさい」 キラは引きつった声で言った。「もう、寝ますから…」

「無理すんな。今から寝たって、まともに寝られるわけないだろ」

 彼はちょいと首を傾げて、そんなことを言った。当たり前のことだが完全に見抜かれているわけで、キラはそれが恥ずかしかった。生まれが将校の血筋である彼と一般家庭に育ったキラの価値観が同じであってはたまらないが、見えているものが全然違うんだな、と何となく思った。

「つらいか?」 彼はぽつりと聞いた。

「──はい」 キラはあっさりと肯定した。彼にごまかしは効かない気がした。

「自分で選んだ道なのに、か?」

「……きっと、自分で選んだ道だからつらいんです」 キラは首を振った。

「そうか」 彼は短く言った。どこか消沈した声だった。

 他人が決めたことなら他人のせいにできる。他人から押し付けられたものなら、自分にはできないからと放棄することができる。だが自分で決めたことだからこそ誰のせいにもできないし、行なったことのすべてに自分への責任が生まれる。自分が決めたことだから余計につらい。その言葉の意味は、きちんと通じているようだ。

「じゃあ、坊主」 彼は言った。「そこまでわかってるんなら、疑っちゃだめだ」

「はい…」

「おまえは頭がいいから、なんかごちゃごちゃ考えちゃうんだろうな。連合の単純バカな上層さんにも、おまえみたいな意識があればいいのに」

「…それは…」 キラは苦笑いした。

「な、キラ」

 ぽん、と自分の肩に大きな手が下りてきた。力強く叩くそれは、ある種のおまじないのような意味がある。彼はキラのすぐ前まで来て、ベッドに座っている少年と目線が同じになるように屈みこんだ。

「自分が決めたことからも逃げちまったら終わりだとか言われてるが、そんなことはないんだ」

「え?」

「本当につらかったら、逃げたっていいんだぜ」

 キラは唖然として相手を見つめた。青く透き通りそうな、暗闇の中でひときわ輝く星のような瞳を。

「おまえが迫られたあのときの二択は、どっちを選んでもつらいものだった。どっちかがラクで、どっちかが地獄で、今その地獄を選んで苦しんでるんなら呆れちまうもんだが、おまえは違う」

 キラは何も返さず、ただうつむいた。

「だから、逃げたって構わない」 彼は強く言い切った。「何なら俺が逃がしてやるぜ? おまえがこないだ、プラントの歌姫を逃がしたのと同じように、こっそりとな?」

「なっ」 キラは慌てた。「だっ、だめです、そんなことっ!」

 自分が問われたから、その罪がどれだけ重いかをキラは知っている。それに正規軍所属の彼なら、キラのように軍事法廷にかけられる話が出る以前に銃殺だ。

 そんなことは絶対にさせられない。

「僕は…」 キラはおずおずと言った。「僕が今ここで逃げ出したら、またたくさんの友達を失くすことになります…。今ここにいるみんなを守っていけるのは、やっぱり僕しかいなくって……」

 彼はただ、キラの言葉を聞きながら頷いた。

「ここに残るのはすごくつらいことですけど……逃げて、また…何かを失うのはいやです…」

 今逃げれば、自分を保護してくれるのは間違いなくプラントであり、そしてザフトしかない。連合からの逃亡コーディネイター。プラントも、そしてザフトもきっと快く受け入れてくれるだろう。

 しかしそれで自分の立場はどう変わるというのか。

 最初に逃げることを選択しなかった時点で、その次から『逃げ出す』という行為は重大な『裏切り』になる。自分を信じて、自分のために軍へ志願して、怖いはずなのに一生懸命キラをサポートしてくれる友達の想いを、一挙一動に踏みにじる形になるのだ。そうなったらキラは、今以上に闇の声に苛まれることになるだろう。

 今の僕も尽々最低だけど、それ以上の最低にはなりたくない。せめて信じられる何かを守っていたい。そうでなければ、自分の中の闇を抑えておくなんて、できない──。

「おっ」 キラの顔を覗き込み、彼はちょっとホッとしたように言った。「もう大丈夫、かな?」

「……はい」 キラはごしごしと袖で目元を拭って言った。「もう、眠れそうです」

「答えとはいかないだろうが、何かが見つかったんならそれでいい」 彼はヨッと立ち上がった。「戦争なんてやってると、全部間違ってるわけだからな? その中で、どれだけ何かを信じられるか……そういう気持ち、大事なんだぜ」

「はい」

「夜襲がないとは言い切れんが、まあちょっと寝とけ。寝ないよりはいい」

「あなたも……できるだけ、ちゃんと寝てくださいね?」

「おまえとは鍛え方が違うんだよ」 彼はキラの額をツンと指でつついた。「俺の心配なんかいいから、おまえは自分の管理だけちゃんとしとけ」

「……すみません」 キラは額を押さえつつ、ちょっと恥ずかしくなって言った。

「じゃあな、おやすみ」

「はいっ、おやすみなさい」

 キラの声を聞き届けて、部屋の扉はそっと閉められた。



「ムウ、さん……」

 キラは自分の呟きで目を覚ました。

 静かだった。付けられた立派な窓からは朝の陽射しが入ってきている。ここで小鳥の声が聞こえれば文句はないが、なんと言ってもここはアプリリウスタワーの上層階、そう簡単にそんなものが居たら驚かれるだろう。

 とても懐かしい夢だった。そして、とても古い記憶の回想だった。何の因果があってこんな夢を見たのかはわからないが、キラにはそれが、道に迷いかけた今の自分たちに何かしらの警告をするものであるような気がした。

 考えすぎかなぁ──。

「だーれー? ムウさん、ってー?」

 場違いに明るい声がして、まだぼんやりと夢の余韻の中にいたキラの意識が覚醒に至った。ハッと気付いて慌てて起き上がると、ベッドサイドに少年が立っている。

 アウルだった。連合の制服を一転し、着こんだオーブ軍制服がまったく似合っていない。見慣れていないせいもあるのだろうが。

「おはよ、かあさん」 アウルは言った。ここにもひとり、キラに特別な呼称を使う者がいるようだ。「な、ムウさんって誰? 誰? 元恋人?」

「なに言ってんだよ、もう」

「いいじゃん、教えてよ」 アウルはベッドに膝を乗せてきた。「フツー、あんな声で呼びかける相手っていったら、そう居ないよな?」

 あんな声、と言われると、キラは急に恥ずかしくなる。久しぶりに過去の夢なんて見たから、感覚が戻らない。かつての友達連中と接するような態度や口調を選んでしまいそうになって気持ちが焦った。

「昔の先輩だよ」 キラは極めて無難な答えを選んだつもりだった。

「学校の先輩?」 アウルは楽しそうに首をかしげた。「──憧れの?」

 また余計な言葉が付いてきた。朝で寝起きということもあいまって、キラはまともな返答をする頭も働かない。

「──連合の」 キラはもうどうでもいいように言った。「僕、昔は連合にいたんだ。いろいろごちゃごちゃしてたときに、たくさん助けてもらったんだよ」

「へえ?」 アウルはきょとんとした。「でも、今の連合にはいないよな? そんな名前の人」

「………亡くなったんだよ。第二次ヤキンで、母艦を庇って」

 わずかに間があった。まさかこのアウルに限って、悪いことを聞いてしまった、とか思っているはずはないだろう。

「大切なひとだった?」 アウルは聞いた。波が引いていくような静かな声で。

「……うん」 うつむいたキラはすこし笑んだ。「あんなひとは、二人と居ないんじゃないかな」

「ウチにも居たぜ、二人といないだろうオッサン。空気読めなくて、いっつも部下から呆れられてんの」

「そんなひとと一緒にしないの」 キラは引きつって言った。

 プシュ。突然聞こえた音は、ドアが開くそれだった。キラはハッとして、弾かれたようにその音がした方向を見た。ついさっき夢の中で聞いた音と同じだったから、まだ覚め切らない頭の芯が何かを期待したのかもしれない。

「キラ、いつまで寝てんですかー?」

 聞こえた声は思いのほか若い。扉を開けたのはシンだった。眩しいほど赤いザフトの制服を着て、普段はきちんと留められていない胸のホックが今日は整えられている。すこし違和感があるなと思ったら、襟にキラリと銀のエンブレムが光っていた。

 そうだ──。キラは急に思い出した。今日、オーブに帰る日だ──。

 どうしてアウルがオーブの制服を着ているのかが不思議だったわけだが、やっと謎が解けた。アウルもまたシンと同じように、キラを起こしにきたに違いない。根っからのイタズラ好きとでも言うのか、アウルはキラと、わずかでもコミュニケーションを取る道を選んだようなのだが。

「もう準備始めないと、出航──」

 のんびりした口調の声は、キラの姿を見た途端に切れた。さすがに状況をわきまえているらしく、アウルはドアが開いたときにはベッドから降りていたわけだが、やはりキラの部屋に彼が居ると驚くようだ。

「母さんならもう起きてるぜ?」

 アウルが言った。その調子は、誰がどう聞いても嫌味たっぷりで、気が短いシンがカチンと来ないはずはない。キラが慌てて言い繕うよりも、シンの表情が不機嫌になるほうが早かった。

「あー、そりゃドーモ」 わざとらしい口調でシンが返す。「さっすが、マザコン坊やはやることが早いぜ」

「時間ギリギリ来ないとキラの存在にも気付けないあんたらとは違うんでね?」 アウルはニッコリ笑った。「ここはオレに任せて、そっちの出航の準備に戻ったほうがいいんじゃないのか?」

 キラは頭が痛くなってきた。

「悪いけど、こっちはキラを連れて来いって言われて来てるんだ」 シンがムッとして言った。「そっちこそ、こんな時間ギリギリまで暇全開におしゃべりしてるくらいなら、さっさと出てきてオーブの出航準備くらい手伝えよな」

「あらー? そんなの、プラントのユーシューなコーディネイターの皆さんに任せてれば万全なんじゃね? それともプラントって、オレらナチュラルの手も借りなきゃ回らないくらいキビシイわけ? 状況」

 話題が関係のない方向へ流れているばかりか、そのせいもあってふたりの雰囲気が悪くなってきている。

 何故自分を起こすだけでこんなにも二人が険悪になるのか、それが判らないほどキラも単純ではない。二人が火花を散らしてにらみ合っているうちにそっとベッドを抜け出し、得意の物質転換でオーブ軍の制服をまとう。背中の翼を気にせず服を着るためには、この方法に頼らざるを得なくなってしまった。

「ふ、ふたりとも」 キラはそっと呼びかけた。「もう行こう…時間──」

『あんたはちょっと黙ってろ!』

「はいぃっ!」

 そのあとキラは、二人から同時に怒鳴られて反射的に返事をした自分の口を呪うことしかできなかった。



「よう、姫君! こんな時間にお目覚めとは、相変わらずの大物っぷりだなぁ」

 宇宙港で最終調整中の両国戦艦が格納されたドックへ入ったキラを出迎えたのはバルトフェルドだった。彼はもともとはザフト軍人だが、現在はその所属ではなく、クサナギに乗ってオーブへ戻ることになっている。

 ちなみにラクスが駆る艦としてザフトの至宝となるはずだったエターナルは今、デュランダルとバルトフェルドの手回しでクライン派の『ファクトリー』に回収されており、立て続けのドタバタでそれを気にする者は誰もいなかった。

 シンとアウルが自分の背後で、まさに背後霊のように口も利かず放っている険悪なムードに耐えられなかったキラとしては、この場で声をかけてもらえたことはありがたい。

「バルトフェルドさん…」

 しかしながら言葉には引っ掛かるものがある。キラはつい苦笑いを浮かべた。

「それかい? 例のモノは」

 バルトフェルドが目で示したのはキラの背だ。ドックへ入る前、半信半疑に目を白黒させたオーブ軍人から渡された大きな白いマントの下にある、呪われた翼を。

 本当ならこのマントは、オーブ軍属の老人たちが、特別な式典のときにしか身に着けることができない由緒あるシロモノなのだが。

「はい…」 キラは寂しげに笑んだ。

「なんでそんなに、みんなして意識するのかねェ」 バルトフェルドはやれやれと首を振った。「そんなものがあろうとなかろうと、姫君は姫君なのになぁ」

「…仕方ないです。みんな、人間ですから」

 まるで自分だけが人間ではないような言い草だ。

 シンは不機嫌な中でそんなキラの言葉を聞き、そして彼の過去の声を思い出した。キラはあの頃から、自分を人間ではないように言っていた。自分にできることを指して、人間にはできないことだと言ってのけた。

 苦痛の濃い表情ではあったけれど、それが余計に、自分を人間という枠から遠ざけているのだと、ほとんど気付きもせずに──。

 今のシンからすれば、超能力を持とうが持つまいが、肉の身体を持って赤い血を流している者はすべて『人間』だ。見た目のおぞましさだけは差し引きようがないにしても、バルトフェルドの言うことには全面的に賛同したいところだった。……隣にアウルさえ居なければ。

「残念ながら、それでも君には仕事があるわけだ。まぁもっとも、これからアスハ代表と一緒にクサナギに乗艦してからだがね」

「乗っちゃえばそれで終わりですよ」

「そうはいかないだろう。──ミネルバにラクス様を同乗させることになった。この意味は、わかるかね?」

 えっ? と改めてバルトフェルドを見たのはキラだけではなかった。シンも、そしてアウルまでも、信じられないことを聞いたように目をぱちくりさせている。

「ラクスって」 シンが言った。「あの女じゃなくて、ホンモノのラクスのほうですか」

「『我々』がラクス様って言って、他に誰が居るんだ」 バルトフェルドは苦笑いした。

「プラントに安置しておいたほうがいいんじゃないんですか?」 キラが焦って言った。「地球圏では何が起こるか判りません。こんなこと言っちゃ何ですけど、絶対プラントのほうが安全──」

「それが、絶対とも言い切れなくなっているらしい」

 バルトフェルドは首を振った。その態度が普段の──いや、先ほどまでの明るさとはまた違っている。

「やっぱり姫君でも感知できていなかったか」

 唖然としているキラを見て彼は溜息混じりにそう言った。

 キラなら感知し得たかもしれないこと──つまり、悪意がらみだ。

「あの、どういうことなんですか?」

「プラント内部でも開戦を求める声が高まってるってことじゃねーの?」

 シンが放った質問に、さらりと答えたのはアウルだった。

「こないだ議長サマが会見でも言ってたろ。プラントの中にも、ブルーコスモスのテロリストと一緒で『過激派』がいるってさ。アプリリウスでもそいつらの活動が活発になってきてるってことじゃね?」

「そういうことだ」

 聞こえてきた誰でもない新しい誰かの声に、いち早く顔を上げて反応したのはキラだった。

 アスランだ。シンと同じザフトの赤い制服に加え、襟にフェイス所属のエンブレムをつけた姿で、整備情報書類のファイルを持ってやってくる。

 彼が正規にこのかっこうをしているところを見るのは、シンは初めてだった。

「アスランッ」

 やはり声をかけたのもキラが一番先だった。さっさと皆の輪から抜け出して、彼のもとへ飛んでいく。

 シンは自分の表情がまたちょっとだけ不機嫌になったのを感じたが、ふと横を見てみると、アウルもすこし冷めた目でキラの背を追っている。さすがにこんなことで仲間意識が芽生えるのも問題アリだが、自分だけではないことに気付けて、シンは刹那、ほっとした。

「おまえたちはタワーに詰められていたから気付かなかったかもしれないが」 アスランは言った。「プラント全体で、開戦を求めるデモやテロが活発になってきているんだ」

「引金はやっぱり」 キラは声を抑えた。「ラクス死亡の『デマ』?」

「それもある」

 それが一番大きな原因だろうというのは明らかな話だ。しかしそれが決定打ではなかった。他にも要因があることをにおわせたアスランの言葉に、キラは肩を落として息を吐いた。

 やはりいるのだ。アウルが言い、デュランダルがその存在をほのめかした反ナチュラルの戦争肯定派が。彼らは今回の事件と『デマ』による混乱に乗じて、未だ反戦体勢を保つプラント政府に抗議を始めている。公道でのデモや、至る場所でのテロという方法で。

 皆がそれを想像して暗い顔をする中、アスランも小さく息を吐く。

「プラントは予断を許さない状態だが、議長もおまえたちの出航後は動き出すぞ。連合に働きかけて私兵団体の解体と、今後のプラントへの対応を改めさせていこうとしているんだ」

「そのためには、まずはアスハ代表がオーブに戻って、地球圏の親プラント国家をまとめ直さないといけないな」

 うんうんと頷きながらバルトフェルドが言った。それは全員が同感だ。

 と、アスランがずいっとシンの前へ出てきた。何事かと思って身構える彼の前へと、右手を差し出す。

「極秘裏な話ではあるが、ラクスの護衛という名目で俺もミネルバに乗ることになった。またプラントへ戻ってくるまでの間だが、俺たちは同僚だ。よろしくな?」

 シンははじめ、バカのようにその手をぼーっと見つめていた。アスランが何を言ったのかが理解できないように。

 とん。肩を誰かに押される。何だと思って視線を動かすと、キラが首を傾げていた。シンの様子を横目に見て、その先を促しているのだ。

「あ…ハイ、ドーモ、ヨロシク…」

 我ながらアホのようなカタコトだと、シンはちょっと哀しくなった。

 しかしアスランは、そんな様子もシンとしてはいつものことだと思ったらしく気に留めはしなかった。ぎこちない握手を交わして満足そうに笑って見せると、くるりとアウルを振り向く。

「さてアウル・ニーダ。君はクサナギ艦内のこと、きちんと説明を受けてくれ。オーブ軍人として乗艦するんだ、何も知らないんじゃ話にならないからな」

「ハーイ、了解」 アウルはひらりと手をあげた。

「係官のところに案内しよう。──じゃあ、またあとで」

 残る者たちからハーイと返事を受けながら、アスランはアウルを連れて去っていった。シンはこうしてぶらぶらしているわけだが、さすがにアスランはたくさんの用事を抱えているらしい。シンとは違い、根っからのキャリアという感じだった。

 何とも複雑な心境でシンが溜息を吐いていると、キラがすすっと近付いてきた。

「よかったね。望みがかなって」

「明らかにアスランの申請に乗っかってラクスの乗艦まで決めた感じですよコレ? 議長はどんだけおれらに重荷を背負わせたいんですかッ」

「愚痴らない愚痴らない。この機に乗じたいデュランダルさん気持ちも、ちょっと解ってあげなよ」

 面白そうにキラが笑う顔を見ていると、まさに火薬庫も同然となったミネルバを押し付けられた形になっているにもかかわらず、怒る気もしなくなってくる。とりあえずは、デュランダルにでかい貸しを作ったものと思っておかねばやっていられない。

「キラ」 シンは言った。「なんかちょっと、雰囲気カルくなりましたね?」

「そう?」

「ボクも思ったなあ」 と、思いがけずバルトフェルドがハイと手を挙げた。「何かいいことでもあったのかい?」

 揃ってそんなことを言われても思い当たることが無いのかハテと首を傾げていたキラだったが、あ、と何か思い出したように視線を上げた。

「夢、見たせいかな」

「ユメ?」 おうむ返しにシンは言った。

「いい夢…とは言いにくいけど」 キラはひとりで苦笑いした。「懐かしい…夢だったよ。僕は忘れていたのに、どうしてか、急に思い出すみたいに見て」

「へえ?」

 キラだけに留まらず、高レベルの能力者の見る夢には意味がある場合が多いが、今それを気にしたらもう戻って来られない。決して良い夢ではなかったというが、キラはそれによって、すこしは不安や胸騒ぎの類いを打ち払えた。この状況では、ある意味それは望ましいことだし、なかなか嫌な胸騒ぎや不安を払えないシンとしては羨ましい。

「ま、それであんたが少しはシャキッとしてくれるんなら、ちょっとした変化くらい文句ないですよ」

「うん。がんばるからね」

 シンがわざと嫌味っぽく放った言葉にキラは可笑しそうに答えた。



「以上がクサナギ艦内の主要な概要です。他に、何か質問はありますか?」

「特にナーシ」

 短時間での簡単な説明、にしては容量の多いタブレットをウチワのように使いながら、アウルはいつも通りの軽い調子で答えた。

「あと」 係官は言った。「あなたはMSパイロットとしての経験があるとのことですので、要請があれば搭乗していただくことになりますので、ご了承を願います」

「要請?」 アウルはきょとんとした。「クサナギ艦長とかの?」

「いえ。あなたはヤマト准将の身辺警護が任務ですので、准将からの要請があれば、という形ですね」

 それなら出撃なんで絶対ないな──アウルの後ろにいたアスランはそう思って苦笑いした。オーブ国内においては他将たち、そしてアスハ代表すら出し抜いて平和主義者の代名詞になってしまったキラのこと、どんなことがあってもそんな要請はしないだろう。

 ましてアウルは元連合所属だ。襲撃が連合からのものとわかっていて彼を放り出すような冷徹な心など、キラは持ち合わせていない。

「了解」

 アウルは言った。ちょっといつもの調子とは違う、どちらかといえば何かしら覚悟を思わせる低い声色で。もしかしたら彼らしくもなく、キラからの要請であれば元同胞と戦うことも止むを得ずと思っているのかもしれない。

「では、私からの説明は終了です。クサナギの出航までそれほど時間もありませんので、あとはヤマト准将の指示を聞いてください」

 係官はアウルに敬礼してみせると、そそくさとクサナギの調整ブリッジのほうへといってしまった。

 オーブ所属の軍人たちには、アウルのことを『つい先日オーブの士官学校を卒業したばかりの新人』と言ってあるのだが、本人は態度からして、どう見ても新人などとは言いがたい。まぁヤマト准将が連れてくる人には、何らかの事情持ちが多いから──そんなふうに思われているかもしれない。

 と、アウルがアスランの前に戻ってきた。

「思ったより簡単な内容でホッとしたよ」 彼はやれやれと言った。「連合の戦艦なんか『企業秘密』が多くってさ、コレダメアレダメドレモダメで、覚えるの苦労したんだから」

「プラントの内部で連合の話をするなよ」 アスランは肩を落とした。「乗艦までまだ時間があるな……MSデッキでも見に行ってきたらどうだ?」

「パス。めんどくさいし」

 シンもそうだが、コイツもかなり『思春期少年』だな──。アスランは新しい息子でもできたような気分でアウルの悪態に苦笑いする。

 しかしコイツは特に緊張感がない。連合でどんな待遇を受けていたのかはしらないが、この様子を見る限り、超能力を持っていたことで相当好き勝手やらせてもらっていたに違いない。

 上官の苦労が目に見える。思わず何を言うでもなく溜息だけが口をついた、そんなとき。

「アスランッ、アスラーンッ!」

 場違いな、明るい女の声がした。ゴキブリを見れば飛び上がる女のように、アスランの身体が条件反射で硬直する。

 くりっと首を回したアウルが「おっ」と声をもらすのが聞こえた。

「ああよかった! アスラン、やっぱりここにいたのね!」

 ミーアがいた。一歩踏み出すとピンク色の長い髪がふわりと弾み、眩い白の、ロングコートの軽い裾が天使の羽根のように揺れる。加えてカツリと響くハイヒールの高い音。戦艦のドック内でラクスの容姿をしたその女はひどく不釣合いだった。

「ミッ…!」 アスランは絶句した。さすがにここでミーアの名を叫ぶわけにはいかない。

「どーも、ラクス・クライン」 真っ先にアウルが言った。「今日もご機嫌麗しいようで」

「ええ、ありがとう」 ミーアはニッコリ笑った。「出航に間に合ってよかった! これからしばらく会えないんだもん、せっかくだから最後に話をしておきたかったの!」

「そ…そうか…いや、ありがとう…」

 アウルへの挨拶もそこそこに、彼女の興味は最初からアスラン一人のものだ。引きつる彼の様子を見て今にも吹き出して笑ってしまいそうな表情を押し隠し、アウルはキラの姿を探してフワリとどこかへ漂っていく。

 内情を知る唯一の味方が去ろうとするのをアスランは止められない。ここで『オーブ軍人のアウル』を呼び止めて、『婚約者のラクス』を交えて三人で談笑なんて、これほど不自然な構図はないのだ。

 そんなアスランの内心を知らないドックの整備員たちは、プラントが誇る美男美女カップルを我が事のように嬉しそうに視界に捉えている。つい先日の復帰会見を終えてから、まるで肩の荷が下りたように活発になった『ラクス・クライン』の明るさが愛しいのかもしれない。

「ねぇアスランッ、気付いてくれた?」 ミーアはぱっと両手を広げた。「お出かけ用のコートを新調したの。これ、あたしがデザインしたのよっ、結構イイセンいってるでしょ?」

 ファッションショーのようにくるりと身体を回したミーアのまわりで、持ち上がった裾が同じ軌跡を描いて続く。ライトアップ効果などがあれば文句なしだが、そんなものがなくても充分にかわいい。あちこちから整備員や係員たちの、溜息に近い声が聞こえてくる。

「ああ…かわいいよ」 アスランは極めて無難な返答をした。我ながら気の利かない男だと思いながら。「デザイナーのセンスもあるんじゃないか?」

「やっぱりーっ?」 ミーアはパンと両手を合わせて喜んだ。「そんなふうに言ってもらえるなんて、やっぱりコレ着てきてよかったーっ!」

 恋する女というものは恐ろしい。どんなに気の利かないセリフでも、それを言ったのが好きな男となると素晴らしい褒め言葉になってしまう。ミーアはすっかり舞い上がって、一気にテンションアップした。

「アスランが何て言ってくれるか、ドキドキしながら作ったの! こっちに戻ってくるまでに、アスランのもデザインしてあげるっ。そしたら、それ着てデートしましょ! ねっ? ──あ、でもアスランはザフトのお仕事で忙しいかもしれないから、プランもあたしが考えといてあげるねっ?」

「うん…ありがとう…」

 ロクな言葉が浮かばない。そして返答が単調になってしまっている。ミーアのテンションが上がるほど、アスランはどうしていいか判らなくなっていった。彼がこんなにもこの女への対応に戸惑うのは、明らかに性格の差がありすぎるせいだった。

 ラクスは相手に合わせて喋るのがとても上手かった。出会ったばかりの頃は彼女にも自分のペースがあってそれに振り回されることが多々あったが、大戦が末期に入り視野が広がるのに合わせて落ち着いていったものだ。

 いや、でも……あの頃の彼女も、こんなに活発じゃなかった気がするが──。

 なんにしろ、もうすこしミーアのことが理解できれば、こんなに混乱することもないのだろう。慣れるまでの辛抱というやつか。

「あ、あとねっ、報告しておきたいことが──」

「アスラン・ザラ。まもなく出航です、ミネルバに乗艦願います」

 ミーアのまだ続きそうなお喋りに耐えかねたように、女性整備士がアスランの背後から呼びかけてきた。みんな微笑ましがって助けにきてくれなかった今、この発言はとてもありがたい。

「了解」 アスランはほっとして言った。

「ええーっ。もう出航なのぉ?」 ミーアは残念そうに言った。

「ああ、時間みたいだ」 アスランは言った。「出航時ここは閉鎖されるから、見送りなら管制塔に戻るんだ」

 ミーアはまだまだアスランと一緒にいたいようだったが、さすがに出航時間というタイムリミットに文句は言えない。しぶしぶながらも男から離れ、連れに来た係員の誘導に従って戻っていく。

 遅れるとシンに文句を言われるかもしれない。アスランは気持ちを切り替えてミネルバの搭乗口へ向かおうとした。

「アスラーンッ! やっぱり最後にひとつだけーっ!」

 呼び止められたアスランが振り向くと、彼女はぶんぶんと右手を振り回しながら言った。

「あたし、来週リサイタルやるの! 地球圏でも放映されるらしいから、オーブで見ててねーっ!」







                                         NEXT.....(2007/07/06)