FATAL ASK 14.布告
夜が明け、週が明ける。
たったひとつであったとしても目標の当日となると、まるで運動会の当日を迎えたような気分になるものだ。ここまでは仲間内でああでもないこうでもないと騒いだり、勝手に不安要素をぶちぶち考えて暗くなる一方の者もいたりで、いわば雨戸を閉め切ったような状態だった一同に朝日の光がさす。
そんな中、仲間内のひとりであるデュランダルが今日、記者会見という『広い場所』へと出て行く。心が繋がっていなくても、自分の仲間が開け放たれた場へ出ると、彼らはどうしてか、自分たちにも新しい風が吹き込んでくるような気分になるのだった。
朝方、行ってくるよと右手を上げるデュランダルを評議会の会議場へと送り出した皆は、記者会見開始の時間を、なんとも浮き足立つような気分で待っている。
これで何とか話がまとまったり、……言い方は悪くなるが、うやむやになって変な追求がされなければ、肩の荷がひとつおりる。そうすれば次のステージへとあがることができる。ようやくカガリをオーブへ帰してあげることもできるようになるし、余計な茶々を入れられることなくキラの能力に関するこれからの話もできるし、アウルから様々な情報を引き出して、敵に関する分析を行なうことができるようになるのだ。
どうなるのだろうという不安と、きっと上手くいくという期待。期待のほうが若干強いような気もするが、そんな気持ちを心いっぱいに溜め込んだ仲間たちは、アプリリウスタワーの講堂に集まっていた。
ここになら大きなテレビがあるし、全員がくつろげるスペースもある。キラとアスラン、カガリ、そしてシンに加えて、この日のためにと宇宙から呼び出されたイザークとディアッカもいる。
タワーのメディカルルームに専属していた医師からの連絡では、ミーア──いや、『ラクス・クライン』も、マネージャー兼ボディーガードの数名とともに張り切って出かけていったという話だ。記者会見に彼女が現れ、上手く立ちふるまうことができれば何の文句もない。皆の口からは一斉に安堵の溜息が出ることだろう。
彼女の技量にすべてがかかっているのだ。
「やはりアスランも行ったほうがよかったんじゃないのか?」
不意にそんなことを言ったのはイザークだった。
固形状の栄養食などをボリボリと口に入れていたアスランは、ん、と不満そうな目でイザークを見る。どうやら口に物が入っているせいでしゃべることができないらしい。
イザークはそれをいいことに更に言った。
「『ラクス・クライン』が静養から復帰する当日だぞ? あの女が間に合わなければ貴様の出席も見送りだったろうが、あの女が出て行くのに貴様がいないというのは示しがつかないんじゃないか?」
「あ、おれもそれは思ってましたー」
いかにもわざとらしくシンが手をあげると、アスランはさらに不満げな目をシンに向けた。
「だってそうでしょ、病み上がりの婚約者に付き添いもしないなんて、チョー冷たいカレシじゃないですか」
アスランの目が据わる。と、いい加減見かねたキラが、自分が飲んでいたドリンクのカップを差し出してきた。嬉しそうにソレを受け取った彼は、ぐいっと一気に飲み干して大きく息を吐いた。
「軽はずみなことを言うなっ」 彼は反論した。「いくらラクスの婚約者としてプラントの表舞台に復帰したといっても、俺の所属はオーブ軍なんだぞ。プラントの、…ザフトの問題なのに、いくら根もとがザフトの者だからって、俺がホイホイ出て行ったらおかしいだろ」
「どうだかな。プラント市民にとっての貴様は、どこにいようとザフトのプリンスだ」
イザークがさらりと言うと、アスランはうっと言葉に詰まった。どうやらそう思われていることへの自覚はあるらしい。ただ単純に、『ラクスの婚約者』として世間に騒がれるのがイヤだという個人的な意識が働いているのが見え見えだ。
根が正直すぎるアスランは、どうにもキラとの関係を継続させている現在、形だけであっても他の誰かに『自分』を貸し出すのが嫌らしい。
相手が本物のラクスであるうちはまだよかった。彼女とは相互の理解があり、長く付き添ってきた慣れもあってさしたる違和感がない。だがその中身がまったく別の女ともなれば話は別だ。昨日今日の参入だから心の内がまったく読めない。ハイネのような、男で軍人で同じ能力者を相手にするのとは訳が違う。
要するに、女が何を考えているのかがまるでわからないのが怖いのだ。
険悪というよりも、むしろイザークとシンがよってたかってアスランをいじめるような光景になりかけたとき、まあまあ、とカガリが割って入った。
「そう言ってやるなよ、シン。ほら、今から行ったって会見の開始には間に合わないだろ? 今はことの成り行きをここで見守っていようじゃないか」
「そうだぜイザーク」 ディアッカが言った。「あの『ラクス様』だって、今回は晴れ舞台なわけだしさ。アスランがいないほうが自分の好きなように演出できて、いいんじゃないの?」
「フン。一週間の一夜漬け程度で、どこまで『ラクス・クライン』になりきれるかな」 イザークの口は減らない。「聞いてみれば、本人とは似ても似付かん女だというじゃないか」
皆が一斉にキラを見た。この中で誰よりも最初にミーアに接触したのはキラなのだ。他の者たちはミーアがどんな外見を手に入れたのかも、どんな性格をしているのかも、どんなにラクスに近い声をしているのかも知らない。デュランダルは、カガリにさえこれはプラントのトップシークレットだと言って情報を公開しなかった。
超能力を与える理由がなければ、キラだって彼女に会うことはできなかったはずだ。
「彼女、すごく普通の女の子だったよ」 キラは言った。恐ろしく無難な答えだと自分でも思う。「不安は…感じなくもなかったけど、下手なことをいろいろ知らないぶん、ディアッカが言うみたいに、上手く演出してやり過ごしてくれそうな気もする」
「ほお」
イザークは頬杖をついた。表情は不機嫌だが、彼の意識は、別にミーアを否定したいというわけではない。ミーアに頼るしかないのは判っているのだが、根底の部分はアスランにも似ていて、何も知らない第三者が突然能力者化して、自分たち関係者の中に参入してくることを受け入れられないのだ。
大丈夫なんだろうな──そんな不信感がちらつく。
と、それまではたわいもない番組やCMを流していたテレビの画面が切り替わり、あまり見慣れない最高評議会講堂の会議室が映し出された。
記者会見が始まる。女性レポーターがマイクと書類を片手にそう告げている。プラントで放送されているが、これは地球の電波を受信した、正真正銘地球の番組だ。黄色い腕章をつけて会議室いっぱいに集まっている人間たちは、パッと見た感じ、ほとんどがナチュラルの報道関係者ばかりのようだった。
「きっと」 シンは言った。「こっちが下手なこと言わなくても、あいつら、自分の好きなように会見の内容を解釈しちゃうんでしょうね」
「……そうかもな」 カガリが言った。「でもそれなら、プラントの報道陣を相手にするより、ずっとやりやすいかもしれないぞ?」
二人のやり取りを聞いたディアッカがぷっとふき出して笑った。
「変な騒ぎになっても、こんな記事書いたのはソッチだろ!とかイチャモンつけられるってコト? いやー、とてもアスハ代表のお言葉とは思えないねぇ」
「なんだよ」 カガリは不満そうに言った。「おまえたちには、そうなったほうが都合がいいだろっ。同じ能力者なんだから、わたしだって同じ気持ちだ」
「オココロヅカイ、ありがたく頂戴しとくよ」
ディアッカは手をひらひらさせている。シリアス感の欠片もないが、これが彼なりの緊張のほぐしかたというやつだ。以前はこの皮肉屋根性がアダになって殺されかけたことまであったというのに、こいつは全然コリていない。
「だが、確かにカガリの言うとおりだ」 アスランは言った。「集まったのが批判目的のナチュラルばかりなら、どんなことを言ってもタタキのネタにされるだけだ。真面目になるだけ損だよな」
「……本当なら、こんな状態になるのはいいことじゃないんだけど」 キラがうつむいて言った。「助かるのは確か…だよね」
議長、どうかガンバッてください──。みんなの祈りがひとつなった。
と、その祈りが通じたように、数人の軍人らしき男を連れたデュランダルが画面の中に歩み出てきた。
普段見慣れている人物が、こうして改まった場所で、しかも報道という意味でテレビに映ると、妙な新鮮感がある。ホンモノとはアレが違うコレが違うなどと声が飛び交うくらい、自分たちが接する彼と画面の中にいる彼は同一人物だというのに違和感が目白押しだ。
芸能人が街中で発見されると、テレビとは全然違うと言われるのと同じような現象だった。どんなに慣れた人間でもカメラを意識すると表情や雰囲気が変わってしまうものである。デュランダルも例外ではなく、普段見ないほどキリリと引き締まった顔つきをしている。
普段からこうだったら、もしかしたらカガリだって心を動かされたかもしれないのに。
『みなさん、大変お待たせ致しました』 テレビの中のデュランダルが言った。『これより、会見を始めたいと思います』
その言葉を合図に、評議会の役員たちがぞろぞろと出てきて状況の説明から開始する。書類を片手に持った役員の女が、これはマイウスでの戦闘に関するプラントの釈明会見であることを述べた。
『早速ですが、議長』 女の声が飛んだ。『記念式典のあと、マイウス宙域で大規模な戦闘が発生しましたよね? 友軍同士だったということですが、プラント内部でも、オーブとの同盟を拒む過激派がいるということなのでしょうか?』
「いきなり痛いところをついてくるな…」 アスランの表情が曇った。
『残念ながら、その可能性を除外することはできません』 即行で否定するものかと思いきや、意外にもデュランダルは認めて言った。『現在の地球においても未だブルーコスモスが活発であるように、プラントにおいてもナチュラルの皆さんに対し否定的な者も決して少なくはありませんので』
「言うねぇー」 バラエティでも見ているようにディアッカが笑った。
『しかしこれは、そういった過激な思想に駆られた哀れな同胞の手に因るものではありませんでした。発生、及び収束のタイミングが全機に渡って同じであったことから、レーダー、あるいは計器類に発生した異常によるものと我々は考えております』
と、傍にあったプロジェクターが画像を映し出した。それは回収したヴェステンフルス隊、ジュール隊、ホーク隊の『寝返った』機体を徹底的なまでに調査した結果資料だ。相手能力者が『どこ』に干渉して『暴走』を引き起こしたのかを調べようとしていたことも相俟って、普段は確認もされない細部に至るまでが綿密に調べ尽くされている。
そしてそこに、しっかりと改竄が加えられていた。
『ご覧のように』 デュランダルは資料を指しながら言った。『レコード上では友軍機と目視できる状態でありながら、レーダーにおいては「敵機」と判定され、火器が放たれているのです。それまでのメンテナンス、あるいは警備目的での搭乗においてこのような異常は認められておらず、マイウス宙域で局地的な……かつ「大規模な障害」が発生したことが要因ではないかと見られております』
『そんな不確かな物の言い方がありますか?』 男の声が鋭く飛んだ。『事件からすでに一週間が経過しながら、プラントは些細なことさえ何ひとつ掴めていないということなのですか』
『現にザフト所属機同士で戦闘が起こっているのは間違いないんです』 若い男の声がした。『その軍を保有する機関でありながら、最高評議会がそんな他人事で済ませられるとお思いですか』
「アホなのか、こいつらは」 イザークの表情が引きつった。
どこの世界にだって計器異常は存在する。なんといっても機械なのだ。どんなに万全なメンテナンスを行なっていても、シャトルの発着が遅れることもあれば、MSがまともに動作しないことだってある。だから予備の部品が流通し、修理技術が高く買われるのだ。『完成品』に今後一切のミスも異常も発生しないというのなら、この世にはエンジニアもプログラマーも必要なく、開発者だけが在ればいいことになる。
しかも、今回のような異常の原因として挙がる『大規模な障害』なんて、原因の究明などしようがない。今後同じことが発生しないように努めることは無論必要だし、そのために新たなナニカを開発する必要もあるだろうが、ここに集っている記者団はこれをそういう話ではなく、どうしてもプラント側で発生した『仲間割れ』にしたいらしい。
同席している評議会議員たちは、ありありと表情に動揺が見える。しかし、状況の割りに落ち着いた顔つきをしたデュランダルは、ふと、自分の隣に座っていた軍人の男に目配せをした。
『皆さん。原因が判っていないのは本当です』 その男が言った。『私はマイウスの戦闘に巻き込まれたMSに乗っておりましたが、突然機体の制御が失われ、私の操縦も受け付けられなくなってしまったのです。メンテナンスの際にも、搭乗前のチェックにおいてもおかしな点はありませんでした…何が起こったのか、我々にも解らないのです』
記者集団の雑音のトーンが落ちた。
彼はまさに異変をその身で経験した。さすがに能力者にせいだということは口止め要項だが、マイウスでの戦闘がMSの調整不良や、隠れテロリストの出現などという不測の事態が起こったせいではないことを『知っている』のだ。これは何よりも強い武器だった。
『ということは』 記者の女が言った。『現時点、マイウスでの異変はまったくの原因不明ということなのですね?』
『そういうことになります。──不本意ながら』 デュランダルが答えた。『ですが我々は、必ずこの事態の原因を突き止め、二度とこんな悲劇が起こらぬよう善処に努めていきます。管理不足であるとおっしゃる皆さんのご意見はごもっとも、我々は、我々に持てるすべての技術をもって、二度とあんな事故を繰り返さぬことを誓いたい』
『それで、プラントの遺族は納得しているんですか?』 怒りを含んだ調子で男が言った。『連合やオーブに被害はなかったかもしれませんが、事件の発端になった部隊に所属した人には死人も出たんでしょう!』
「……っ」
キラが肩で大きく息を吐くのがアスランの視界の隅に映る。どうしたのかと思って見てみると、彼の顔色がすこし悪い。息苦しそうに深呼吸を幾度か繰り返している。
「キラ」 アスランは言った。「どうしたんだ、大丈夫か?」
その言葉を聞いて、テレビに集中していた皆の視線が一斉にキラに集まった。
「ごめん…」 キラは言った。「気分が悪いだけ…すぐ、落ち着くと思う」
わずかに無理をしたふうに見える顔。
シンは、アスランやイザークの更に外側からそんなキラの様子を見て、そしてまたテレビを見た。
アテられたな──。そんなことを思う。テレビ越しだったとしても、同じ一基のプラント内部で起こっているこの悪意のやり取りに、一年前より強い感度を持つキラが反応しないはずがない。アスランたちは気付いていないようだが、シンにはそれがよくわかった。
部屋に戻るか、という意見が飛ぶが、どこにいたって同じことだ。キラは大丈夫だから、と言ってここにいることを選んだ。
先ほどの言葉は、より強い悪意だったのかもしれない。地球圏、あるいはオーブの関係者に不安という形で迷惑をかけたんじゃないのか、という責任追求ができないと知ると、記者たちは質問の方針をプラント市民のほうへ切り替えたのだ。自分たちですら推測もできない原因というあやふやなもので責められないから、確実に何人もの死者を出した現実のほうで文句を言うことにしたわけだ。
こいつらは、普段はコーディネイターの感情の動向なんかまるで無関心なくせに、こういう事情ができると表情が一変する。あなたの同胞たちは納得してるんですか──? 身内の話題を切り出して、返答が鈍ればそこをどんどん突いてくる。ここまでくると、コーディネイター嫌悪もかえって清々しいくらいだ。
議長も、よくあんなの相手に涼しいカオしてられるよな──。シンはあえてキラのことには触れず、テレビ画面に視線を戻した。おれだったらもう何回かキレてるかも。あいつら、言うことがいちいち遠まわしでムカつくんだよな──。
「会見も、この調子なら無事に終わりそうだな」 イザークが言った。
デュランダルの切り返しはなかなか上手いものだ。彼は周到にも、マイウスに関わって命を落とした隊員の家族からのメッセージを書面で預かっていたのだ。
もちろんそれは、お悔やみを言いに戦死者の実家を回ったハイネが受け取ってきたものだった。そこには、『軍隊』に所属する以上当人の『死』は決して避けきれぬものと覚悟はしていた。事故という形であったにしろ、今後二度と、我が子のような死者を出さぬよう努めて頂けるのであれば責任を問うつもりはない──という言葉が、静かな悲しみとともに綴られていた。
『原因不明の事故』で死んだのだから軍役も何もないが、当人らが納得しているところに余計な茶々を入れようとするものはいなかった。下手なことを言えば自分の立場が悪くなるからだ。会見はプラント側が有利だった。事前に相手記者から来るだろう言葉をシュミレートし、多くの返答パターンを想定していたデュランダルの勝ちといえる。
あとはこの場に『ラクス』が現れ、事故への謝罪とともに復帰宣言をすれば万事OKだった。
ク、クク。ククククク。不意にどこからか、低い男の笑い声が聞こえた。講堂の中にいた一同が何事かと周囲を見回すが、誰一人としてそんな笑いは発していない。むしろみんな同じように驚いた顔をしていた。
「お、おい」 カガリが言った。「中継の様子が変だぞ…?」
全員が、今度は一斉にテレビを見る。クククククク、と未だ続いている笑い声は、そのテレビのスピーカーの向こうから聞こえていた。
デュランダルとともに出席していたヴェステンフルス隊の男が、肩を震わせて笑っていた。
「ど、どうしたんだっ?」 アスランが動揺を浮かべる。
ハッ、とシンは嫌な感覚が脳を貫くのが判った。反射的にキラに視線がいってしまうが、驚いたことにキラもシンを見ていた。
今から、とてもまずいことが起こる──。直感的な危機感。テレビの中にいる者たちも皆、あっけにとられてその男を見つめている。まだ驚愕から覚めない彼らは、その男を黙らせようとはしなかった。
ひとしきり笑った隊員は、ぴたりと声を止めて顔を上げた。まだ、耐えられないくらい可笑しそうな引きつった表情に気味悪さを感じる。
『おまえたちに、もう未来はない』 男はヒヒ、と笑いかけた声で言った。『おまえたちが信じるものはもう何もない』
「なんだこれはっ!」 イザークが立ち上がった。「おいっ、誰か、評議会に連絡を取れないのかっ! 会見を中止させろ、何か悪いことが起こるぞっ」
慌ててカガリが携帯電話を取り出した。この中で唯一、プラントの重要な客人である彼女だけが、デュランダルが持つ携帯電話への連絡番号を知らされている。
彼女の震える指がメモリを呼び出し、コールする。と、テレビの中でカガリからの着信に気付いたらしいデュランダルがハッと我に返った。だがまさか、こんなところで『アスハ代表ですか』などと言って電話に出るわけにはいかないし、こんな状態の会場を放置して離れてしまうわけにもいかない。彼がそれを躊躇したその刹那、男はガタンと椅子を倒して立ち上がり、大きく両手を広げた。
『ラクス・クラインは、我らの手ですでに死した!』
──その場すべての衝撃がひとつになった。
誰もが言葉を失い、真の意味での耳が痛くなる沈黙が満ち溢れる。カガリの手から、コール中だった携帯電話がぽろりと零れ落ちた。
なんてことを、なんて場所で──。
『プラントの者ども、怒りと憎しみに震えるがいい』 男はいよいよ狂気染みた笑いで言った。『おまえたちの女神を葬った我らは、新たな歴史を作る支配者、偉大なる三賢者であるっ』
「キラッ」 シンは叫んだ。「報道陣の機材、片っ端からぶっ壊してくださいっ」
怒声に近い彼の声を受けて、同じく驚愕に固まっていたキラが弾かれたように我にかえる。
「マイウスで似たようなこと、やったでしょ!」 シンは続けて言った。「これ以上余計なこと言われる前に、早くっ!」
「ちょ、待てっ!」 アスランが遮った。「キラの力はまだ制御が不完全だ、どこにどんな影響が出るか──」
バシュッ。アスランの制止を振り切るようにキラのバインダーが展開した。テレビ画面を、敵を見るようにじっと凝視するキラの瞳の中で、刹那、闇の種がはじけ飛ぶ。
『我らにひざまずけ、コーディネイターども! おまえたちにそれ以外の未来は──』
ブツン! 男の言葉が突然途切れ、画面が真っ黒になった。忌まわしい声も言葉も異常な映像も何もない。
しばらく時間が止まった。何もかもがシーンと沈黙する。しばらくして、まるでその沈黙が気まずくなったかのように、テレビは突然カラーバーの画面をパッと表示した。
『しばらくお待ち下さい』。
大きく息を吐いたキラの背でバインダーが閉じる。どうやら報道陣の機材破壊に成功したようだ。コンピュータネットワークに意識で侵入して機能を停止させるよりも、目標を決めて明確に破壊する行為のほうがキラにとっては難しいことのようだ。
下手をすれば『それを持っている人間』までもが破壊対象になりかねないのだから。
『──アスハ代表』
デュランダルの声がした。固まっていた全員が、ふとその声がしたほうを見る。カガリが取り落としてしまった携帯電話、それが彼の声で喋っていた。
カガリは電話を持ち上げると、スピーカーをオンにして皆にも彼の声が聞こえるようにして、応じた。
「議長、…ご無事、だったか」
『今のはキラ君だね?…どうもありがとう、おかげで地球圏にショッキング映像を見せずにすんだ』
嫌な予感がする。誰もその先は聞きたくない。だが、確かめなければいけない──凶悪なジレンマに、皆は揃いも揃って、いっそ口が利けなくなれればいいとさえ思ってしまった。
「あのオカシクなったやつ、どうなりました?」 シンが慎重にたずねる。
『……死んだよ。水を入れ過ぎた風船のようにね』
悪い想像を掻き立てられる答えかただったが、細微に至るまで説明されるよりはずっとマシで判りやすい。すぐ傍にいたデュランダルが今どんな姿なのか、それも容易に想像がついた。
「…議長。……地球圏、全域に放映されたぞ。今の……」
今は誰も考えたくないことがカガリの震える声に乗った。
ラクス・クラインは死んだ──。なんということを言ってくれるのか。こればかりは開いた口が塞がらない。今でこそミーアがいるのだから、混乱しやすい今を避けてまた数日後にでも『あれはデマですよー』と触れ込んで彼女を会見に放り出せば解決しそうなものだが、問題はもっと違うところにある。
「『ファントムペイン』…だな」 アスランが言った。
「なんだそれ」 ディアッカが言った。
「話したろ、連合の子供を保護したって。そいつが所属してた連合籍の超能力者集団の名称だ。ラクスの襲撃事件もマイウスの異変も、全部あいつらが加担していたらしい」
「ラクスが『死んだ』とか言えるってことは…」 シンは言った。「ラクスの襲撃に直接加担したトコロ、つまり、ファントムペインってわけか」
「ああ」 アスランは頷いた。「それならさっきの『三賢者』って言葉にも納得がいく。ミネルバでおまえが見たっていう、アウルを含めた三人の首謀者のことだろう。──だが、どうやら彼女がまだ生きていて、こちらもミーアという代役を立てることに成功した、という情報までは掴めてなかったようだな」
電話の向こうで、うん、とデュランダルが納得したふうな声をもらした。
『ファントムペインは、アウル・ニーダの「不在」を外出か、あるいは行方不明のように思っている…ということか。すでに組織より外れているはずの彼を、未だ数に入れているところを見ると』
「外れたフリして、潜入しにきてるだけかもしれませんよ」
ぽつりとそんなことを言ったシンに、キラからの視線がちらりと向く。非難するようなそれではない。ひどく申し訳なさそうな、哀しげなそれ。シンはそんな彼の目に気付くと、ふいとそっぽを向いてしまった。
アウルのことには納得しようとしている。だがそれを庇うキラのことを考えると、彼は自分でも驚くほど不機嫌になってしまう。あんただって許せないはずじゃないのかよ、あんな大量に殺したんだぞあいつは──。
「宣戦布告をしたつもり…なのか、やつらは?」 ついにカガリがその言葉を放った。「連合が抱える組織であるファントムペインが、コーディネイターにそんなことを言って聞かせる理由が、それ以外のどこにもない。わざわざ地球圏全域のネットワークを使ったんだ、こんなことを聞けばプラント市民がいきり立つことくらい、判っているだろうに」
『私も大体判ってきたよ』 デュランダルは言った。『ファントムペインの上層がどこで、オーナーが何者なのか。私の見解が正しいなら、ファントムペインは恐ろしく無謀で愚かな作戦でも決行すると考えていい。そして過激で、劣等感のかたまりのような組織だ。常識を逸脱した汚い手も平然と使えるくらいの』
アスランはぐっと眉を寄せた。
「そのくらいのことは、アウル・ニーダの肉体を見れば大体判ります。コーディネイターを…プラントを『その気』にさせて、開戦の理由がほしいというわけで
すね」
『無論プラントに応じるつもりはない。ラクス・クラインの件も、すぐにミーアで対応できる』
「でも、どうするんですか」 キラが言った。「奴らが求める『開戦』にプラントが応じなかったら、また以前のようにオーブとか、地球の反戦国家が巻き添えになるかもしれません。それに、ラクスのことにはミーアで対処できたとしても、マイウスや彼女の襲撃事件そのもので死んだ人たちの遺族は、そんなことじゃ納得しないでしょう」
そのとおりだ──。デュランダルは沈黙し、皆が重く口を閉ざす。
先ほどの会見で出された遺族からの手紙は、その遺族が被害者の死を『軍役』と考えたからこそ出たものだ。ここまでの数々の事件を、コーディネイターと戦争をする理由ほしさにナチュラルの政府あるいは組織が起こしたのだということがバレたらどんなことになるか、想像できないほうがおかしい。
評議会は、言ってしまえば多数決制だ。そこに至るまでに議論の展開はあるにしても、さすがに半数以上の議員が怒りに震えるようなことになれば、反戦を唱えるデュランダルの意見が受け入れられず開戦に踏み切られる可能性が強い。万が一怒り狂う彼らに不用意なことを言ってしまったら、自国防衛の責務を果たしていないとか難癖をつけられて、議長解任だってありえないことではないのだ。
こうして考えるだけなら、もはや逃げ道は開戦以外に──。
「クソッ!」
ドカッ、と何かを殴る衝撃音がした。皆が驚いてその方向を見ると、イザークが思い切り拳で壁をぶん殴っていた。
「この期に及んで、開戦目的に事件や事故を偽造だとっ、ふざけるなっ!」
「イザーク……」 アスランが力なく呼びかける。
「過去の迫害の歴史を忘れ、コーディネイターは血を吐くような思いでナチュラルを受け容れようとしているんだぞっ! 婚姻統制もいづれは消える、俺たちは長い時間をかけてナチュラルの中に還っていく、それで一体何の不満があるというんだっ!」
皆が言葉をなくした。痛ましいものを見る目で、悲痛な叫びを上げた彼を見つめている。
長い時間、時代の中でタブーとされていた、ナチュラルとの婚姻によるコーディネイターの消失──。その決意がいかに重大でいかに覚悟のいるものかは、過去を振り返ればいやになるほどわかるだろう。
幾度にも渡って、コーディネイターたちはナチュラルより優れているという理由で迫害され、遺伝子を調整しているというだけでバケモノ呼ばわりされて無下に大勢が殺されてきた。音楽の世界を志したあるコーディネイターは、人類の美しき芸術にバケモノが介入するなど有り得ないという理由で射殺されたし、政界に入ろうとしたコーディネイターは、自分の仲間を量産する気だとか言われて陰湿ないじめを受けて自殺に追い込まれたりしたのだ。
現代のナチュラル同士でさえ国際問題として珍しくないこんな迫害の歴史を、コーディネイターは忘れるまでできないにしろ心の奥深くに封じ込め、オーブとの結盟をきっかけに共存の道へ歩もうとしているのに。
「何が偉大なる賢者だ! ただの致命的バカじゃないかっ!」
イザークは皆を振り返った。抑えきれない感情が悔し涙になって、彼の青い瞳に浮かんでいる。
最悪だ、こんなの最悪だ──。
「イザーク」 ディアッカがその肩にぽんと手を置いた。「ここで騒いでもしょーがないだろ、ちょっと落ち着──」
「うるさい、黙れっ!」
バシッ。イザークは友人の手を振りほどくと、それ以上は何も言わず講堂から飛び出していった。ディアッカは残された皆にワルイ、とだけ告げてそのあとを追っていった。
「──アウルはどこだ」 アスランが言った。「この『宣戦布告』がされることまでは知らなかったにしろ、仲間たちについて何か知っているかもしれない」
「屋上──かな」 キラが天井を見上げながらいった。
「『水』がそう言ってるんですか?」
言ったシンに悪意はなかった。
ただ単純に『水と親しいアウル』のことだから『水』が教えているのではないかと思って聞いただけだった。だがその言葉があまりにも皮肉的だということに後から気付いた。あ、と思ったときにはもう遅い。キラはどうみても傷付いたとしか見えない表情を浮かべている。
『水』が言っているというのは本当だが、まさかシンからそれを聞かれるとは思わなかった──そんな顔だ。
「いや、えっと…」 刹那、言葉を探したのはシンではなくキラだった。「何となく、だよ。ほらっ──バカとナントカは高いところが好きっていうじゃない?」
「……屋上、見てきます」
シンは溜息を吐いて講堂を出て行った。キラの言った場所にアウルがいるのは間違いない、皆はそれがわかっているから、シンに続いて手分けして彼を捜しに行こうとはしなかった。
しかしまあ──。シンは何とも複雑な気持ちになった。キラは、イザークが『三賢者』を指して『致命的バカ』と言ったのを受けて、その『バカのひとり』であるアウルが屋上にいる理由をとっさにとってつけたのだろうが、肝心なところで大ボケを言ってしまっていることに、本人は気付いていないようだった。
ほらっ、バカとナントカは高いところが好きっていうじゃない──?
廊下を走りながら思わずシンは二度目の溜息を吐いた。
キラ、伏せるトコ間違ってますよ──。
NEXT.....(2006/09/10)