神々の



 各所で勃発した反逆軍と十天闘神との戦いは、天界全域を巻き込む激闘となった。

 ことに光龍神リュウガと暗黒魔導神メビウスの戦闘は熾烈そのものであり、それまでの平和な時代に慣れ切った数多の神々が戦慄を禁じ得なかったという。

 どれほどの時間……否。どれほどの期間、天界は彼らが放つ大火に曝されたか知れない。ほとんどの神殿が破壊され焼け野原と化したそこを、サイガは一路、バランシールの神殿を目指して走っていた。

 自分ら程度の力の存在が、闘神の戦いに巻き込まれれば命は無いぞ──そういって引き留めようとしたポラリスやシリウスなど、彼はもうとっくに振り切った。

 そんなこと、どうでもよかった。

 ただ一目でいい。

 ただ一目、あの御方の無事を確かめられたなら──。

 あと数個の浮島を越えればという距離のところで、行く手に見えていた神殿から巨大な雷が立ちのぼった。大気を震わす轟音はけたたましい咆哮にも似て、眩き金色の光はあらゆる魔を裁く破邪のそれ。

 とどめの一撃だったに違いない。それを最後に戦火の音や光はぱったりと止む。

 リュウガ様──! あと少しのところを、サイガは夢中で駆け抜けた。

 いかにバランシールの神殿といえどダメージは大きかった。もろくなって崩れる瓦礫をかわし、くすぶる火を飛び越えてようやく主神の間へと駆け込む。

 そこで彼は息をのんだ。

 立っていたのは赤の背中。ひび割れた錫杖を支えに、肩で息をするどころかその呼吸でさえ慎重に行なわねばならないほどに疲弊し、禍々しさすら感じさせる装束もさすがにぼろぼろになってしまっているが、彼は紛れもない反逆軍の大将・メビウスであった。

 そして。

 その足下に倒されているのは──。

「リュウガ様……っ!」

 震える呟きを聞き付けて、メビウスが振り向く。

 サイガは跳躍していた。赤い蛇目掛けて、振りかぶった手に出現した七支刀に渾身の魔力を込めて。

「貴様、よくも!!」

「くっ……!」

 咄嗟にメビウスが構えた錫杖と七支刀がぶつかる。リュウガをも打ち倒した相手に挑もうなど玉砕覚悟もいいところだが、相手が激戦を経て体力魔力共に尽き果てている今ならば話は変わってくる。

 メビウスもそう危惧したらしく、表情には若干の戸惑いと焦りが見えた。

「話を聞け、サイガ!」メビウスが言った。

「黙れ外道!!」サイガは怒鳴った。「天に背き魔道に堕ちたばかりか、神殺しをも畏れぬ所業! 貴様に贖罪の道など無い!!」

「そうじゃないっ! この戦いは、そもそも──」

 カツン……。言い争うふたりの耳に、足音が響く。彼らが揃って見上げた先は主神の席。いつやってきたのか、そこにバランシールが立っていた。

「バランシール様っ!?」驚いたサイガがメビウスを弾き、振り向く。

 反逆者は未だ討ち取れられてはいない。それなのに何故ここへ出てきたのか。それとも十天闘神の敗退を受けて、ついに自らメビウスに相対するつもりなのか──。

「ちょうどいい……調和神バランシール!!」息を整えたメビウスは錫杖で床を叩き、主神を指して声を張った。「貴様には聞きたいことが山ほどある!」

「……」

 主神は何も言わず、眼下のふたりを見下ろすだけだ。

 赤い蛇は言った。

「現在各地で猛威を振るう邪神群は、すべて天より飛来したものだ! 生け捕った個体を解析した結果、その内より天使の卵が発見されたっ」

「え──」サイガがまさかとばかりにメビウスを見やる。

「これは如何なる事か!?」蛇は主神を問い質した。「天界は御使いである天使ではなく、世を破壊し、滅ぼして余りある邪神群を創造している! そしてヤツらは今この時も地上を襲撃し、被害を拡大させている!」

「……」

「何のために邪神群を創造する、バランシール!? 貴様はこの世を滅ぼすつもりか!?」

 場がシンと静まり返った。

 これまで一度として知らされなかった地上の『惨状』を初めて聞かされたサイガは、さすがにこのメビウスの言葉を反逆者の虚言と切り捨てることはできなかった。

 サイガが知る限り、十天闘神も──リュウガですら、この関係の情報を口にしたことは一度もなかったのだ。こうして背景となる情報と合わせて聞けば聞くほど、『口封じ』や『隠蔽』であったように感じられてならない。

「バランシール様……っ」メビウスを凝視していたサイガが、主神を振り向いた。「この者の言葉は誠ですか!?」

 もし真実であるならば、メビウスは反逆者などではなく地上からの使者ということになる。だがそれを迎えることも救済することもせず、あまつさえ訴えを秘匿して自分や闘神らに討伐を命じたとなれば、バランシールの行ないは卑劣、あるいは暴挙に他ならない。

 と、主神が片腕を持ち上げた。何を答えるのか、ふたりは注視する。

 ドン! 情け容赦の無い強烈な衝撃波が、メビウスを弾き飛ばした。防御のための魔力すらほとんど使い果たしていた彼は、紙屑か小石のようにあっけなく吹き飛び、床に転がる。

 サイガは自分の髪をかすめていった余韻が信じられず、また驚愕のあまりその場に凍り付いていた。

「……その者の言葉は、嘘ではありません」

 と、バランシールはあっさり認めた。長く続く段を降りてきた神はサイガを通り過ぎ、身動ぎもままならぬメビウスへ立て続けに攻撃を撃ち込みながら言った。

「すべては天界を改革するため。やがてこの地より生まれ出る存在は、邪神群のみとなるでしょう。無限に天より舞い降りる邪神群により世界は破壊と虐殺の宴に酔いしれ、生きとし生けるものは皆、糧となって死に果てるのです」

「あ……あなたは、御自分が何を言っているか、理解しておられるのか!?」サイガはたまらず言った。

「理解? ……していますよ、もちろん」

 発言に微塵もそぐわぬ静かで温かな笑みを浮かべて、主神がサイガを振り向く。辛うじて頭を持ち上げたメビウスは、バランシールの背からじわりと何かが立ちのぼるのを見た。

 ズズ……と、床が、地が揺らぐ。──そして『それ』は、メビウスとサイガが異変と気付く前に激震を起こして床を割り、神殿をも崩壊させて出現した。

『この私が、天界を支配するということだァァァッ!!』

 床の崩壊に足を取られたサイガが、そして体機能の弱ったメビウスが巨大なその手に掴まれてあっという間に捕らわれる。

 天界をもはるかに見下ろすほどに巨大なそれは、それまでの邪神群とは一線を画する規模の体躯を持つ、いわば邪神の帝であった。特定の虫に似た八本の腕をざわざわと揺らめかせ、背には機械質な翼と憤怒の顔を備えている。

『感謝するぞ、メビウス!』手中に捕えた蛇にかける圧力を高めながら、邪神は言った。『キミのおかげで我が脅威は去った! お礼に私自ら消してあげよう!』

 外側からぎりぎりと迫る力に、弱り切ったメビウスの身体が悲鳴を上げる。だが彼は、この期に及んで見逃してはいなかった。己が勝利を確信し自分らを嘲笑う邪神の胸元で燦然と輝く、美しき神宝の姿を。

(……我に、力を!)

 もはや声も出せぬメビウスの魂が言霊を紡ぐ。

 次の瞬間──。

 ぐしゃっ。邪神の手は、その内に捕えたものを握り潰していた。



「あ──」

 その様を目の当たりにしたサイガが、たまらず絶句する。

 いかにこれまで反逆者として敵対してこようとも、今のメビウスは同じ疑問を共有した者だ。それに何より、どんな存在にもこのように無残な幕引きが許されていいわけがない。

「きっ……貴様はいったい何者だっ!?」知らずとおののく心をねじ伏せ、彼は漆黒の巨躯を見上げて叫んでいた。「此度の有事は、まさか貴様に関係があるのか!?」

「──サイガ。恐れることは何もありませんよ」

 その目の前に、転移してきたバランシールが淡々と言った。

「バランシール様──」

「すべて、この御方に委ねなさい。そうすれば私たちには、未来永劫の安息と快楽が約束されるのです」

 そのふたいろの瞳は、サイガを見つめているように見えてそうではなかった。

 どこを見ているのでもない。誰を見ているのでもない。ただ首の角度をもって、どこかを……誰かを見ているように見せているだけに過ぎない無意思の人形そのものであった。

 洗脳──。今更ながらサイガの脳裏に明確な単語がよぎる。

 こんなにも異常な神を前にして、自分たちは何も気付かなかったのだ。もちろんその原因には、この神の力をもって再構成された魂であるがゆえの『服従の意志』が働いていたせいもあるのだが、サイガは自分にそんなものが作用していることなど知る由もない。

 リュウガがあれほどまでに、サイガを己の下に留めようとした理由がようやく解った。あの御方はずっと、俺の身を案じて下さっていたのか──。

(それを、俺は……)

 悔しいやら情けないやら、数多の感情を整理しきれず、顔を伏せたサイガはぐっと奥歯を噛む。

『フフ、フフハハハハハハハハ!』邪神が声高に嗤った。『これですべての敵は潰えた! 鬱陶しい十天闘神も、地上の蛇も他所の世界の王どもも、みな共倒れだ! これほど無様で愉快なことはない!! ──なあ、そうは思わんかね? 始祖の魂よ!』

 最後の単語を聞き付けたサイガは、まだこの場に誰か残っているのかと思って顔を上げた。

 けれど邪神はまっすぐに自分を覗き込み、面白そうに目を細めて嗤っている。どうやら自分のことを言っているらしいのだが、その言葉に思い当たる記憶はこれっぽっちもない。

 サイガが自分の言葉をまったく理解できていないことを表情から窺い知ったか、邪神は肩を震わせるように低く笑った。可笑しくて可笑しくてたまらないと言うように。

 そして彼にずいと顔を寄せ、囁く。

『喜べ、聖龍王サイガ……あなたはこれから、新たな最高神となったこの邪神帝の伴侶となる』

「は……っ!?」あまりといえばあまりの発言に、サイガは唖然とするばかりだ。

『あなたはその魂をもって、私の子となる次世代の邪神群を生み出し、育てるのだ』

「──ふ、ざけるなっ!! 誰が貴様になど下るものか!!」

 事態を把握しきれずとも、ろくでもないことを言われている事実だけは間違いない。敵対の意志を帯びた彼の身体が帯電し、魔力の限りに自分を捕える手に電撃を撃ち込む。

 だが体躯の差からしても力の差などわかりきったこと。邪神は蟻に噛まれた程度にも感じずただ嗤うだけだ。

『従わぬものを力でねじ伏せ蹂躙するも一興だが……先のことを考えれば、少々厳しい躾が必要だな?』

 サイガを包む手に、あらぬ方向からやってきた別のそれが重なる。何をする、と言葉を放つ間もなく、ぐっと全身を締め上げられて息が詰まった。メビウスをそうしたように一瞬で握り潰すつもりではないらしいが、徐々に強まる力は身体の各所を軋ませる。

『あなたにはこれから時間をかけて、絶大な苦痛と至高の快楽を交互に与えよう』

「う……ぐ、ううっ」耐え難い圧力を受け、掠れた呻きがサイガの口をつく。

『あなたは苦痛から快楽へ移るときに安堵し、また苦痛へ移るときに戦慄を覚える。そしていつしか、快楽のみを望むようになるだろう』

 べきっ。何の前触れもなく強まった力に負け、サイガの胸元でもろい骨が砕けた。息すらろくに吸えぬ彼は悲鳴を上げることもできず、激痛に漏れる声が引きつれる。

『──楽しみだよ……』邪神は嗤った。『気高きあなたの御気がフレるのは、果たしていつになるのかなあ……?』



(……)

 そのとき、ひとつの思考がよぎった。

 救う者もなく自ら打開する術もなく、ならば嘘でも従うと言えばいいものを、邪悪に従うことをよしせぬために身を弄ばれる憐れな魂。その苦悶の表情を映す目に、確かな意思の光が揺らぐ。

(……)

 それはふたいろの瞳。

 それは万物を抱擁する慈悲深き母性。

 それは自分の領域を踏みにじる者を許さぬ父性。

(……サイ…ガ……)

 生まれ出でた思考が紡いだ言葉は、紛れもないバランシール自身の意志だ。

 おぞましい睡魔にも似た洗脳の魔力が、目覚めようとする神の意識を再び闇へ引きずり戻すべく加圧する。

 眠れ、目くるめく夢の世界へ──。呼び声は途方もなく甘美に、心を蕩かす快楽を帯びて誘惑する。

 だが、神はもう見てしまったのだ。

 眠っていた『自分』が成してしまった天界の惨状を。

 そのせいで苦しむ者の喘ぎを。

 そして今、この目の前で、命の意志までも凌辱されんとする魂の姿を。

 神は夢の中でテラスを叩いたことを思い出した。

 また違った夢の中で、リュウガを嘲り笑ったことを思い出した。

 そして今に最も近い記憶の中で、サイガに望まぬ契りを迫った。

 そんな悲しい表情を、信頼を裏切られ歯噛みする姿を、抗えず崩れる嘆きを見るのはもう嫌だ。もはや神にとって、その眠りは快楽でも安息でも何でもない。

(眠ってなるものか。二度と……もう二度と!)

 決死の覚悟で結集した神力が、心の内側で闇の魔力とぶつかりあい中和し、消耗していく。それに従って、これまでどれほどの意志を込めてもピクリとも動かせなかった腕の、脚の感覚が戻ってきた。

 風を感じる。

 声が聞こえる。

 意識が浮上する。

 いくら覚醒を望めど願えど一度として叶わなかった目が、あっけないくらい簡単に開く。夢幻の中で揺らめき、霞み、あるいは支離滅裂に入り交じっていたあらゆる情報が霧散し、ただひとつの景色を捉える。

 けれど神は、同時に気付いてもいた。いかに覚醒を成し遂げたところで、もはや自分には、この事態をどうする力も残っていないのだということを。

 ならば──。彼女が見上げた先には、ひとつの大陸ほどにも巨大な邪神が在った。この状況を打開できる唯一の希望を握り込んだままの、その手が。



 さて次はどこをへし折ってやろうかと愉悦に浸っていた邪神帝は、ふと自身の別の手に生まれた違和感に気付いた。

 ぐっ、と、指を内側から押し上げるわずかな力。

(……なんだ?)

 そこは先ほどメビウスを潰した手だった。

 あのとき邪神には、間違いなく蛇の骨を砕き内臓をすり潰してブチリと断ち切った手応えがあった。ならば今、そこで蠢くものは何なのか? 言い知れぬ危機感がよぎり、邪神は今一度そこに力を込めようと試みる。

 そのとき、指の隙間から眩い光が漏れ、一気に弾けた。絶大な神力を帯びた衝撃波を撃ち出すほどの大爆発が、邪神の手を腕もろとも吹き飛ばす。

『ギャアッ!』醜い悲鳴を漏らし、邪神は慌てて身を退いた。そうしなければ、発生した炎の衝撃波に包まれて焼け死ぬ危険も有り得たからだ。

「残念だったな…」

 爆炎を薙ぎ払うように漆黒の翼をひるがえし、姿を見せたメビウスは言った。

「貴様は迂闊にも私の大切な家族と仲間を傷付けた! その報い、受けて貰うぞ!!」

『バ、バカなっ!? 何故──』

 驚愕した邪神は、滞空する赤い蛇がその手に頂く物を見た。

 これまでにない神力を帯びてそこで稼働しているのは、ついさっきまで自分が胸に抱いていたはずの神宝、コア・キューブではないか。

 何故こいつがこれを手にできる? 何故こんな、もとは人間に過ぎぬ存在風情が私以上の管理権限を持っている──邪神が疑問を叫ぶより早く、メビウスは種明かしでもするように声高に言った。

「こいつの使い方など、ここへ来る前からとうに熟知しているさ! シスアド・プライオリティ変更のパスコードも、リモート用のシグナルも、すべて私の記憶を引き継ぐ者らが教えてくれた!!」

 高く掲げられたコア・キューブが眩い光で一帯を照らし出す。邪神にとっては自らを否定する破邪の輝きであったが、他の者らにとっては治癒と復活を約束する陽光に等しい。それを受けて、荒野と化した一面の瓦礫の中からいくつもの光の柱が天に向けて立ちのぼった。

 姿を現したのは十天闘神だけではなく、メビウス一行の仲間たちだ。体力も魔力も、神力までも万全の状態に充填された彼らは揃いも揃って、みなぎる敵意のまなざしで邪神を標的に捉えている。

『貴様等…』すべて死んだものと思い込んでいた邪神が彼らに気圧され戦慄する。『やられたはずではなかったのかッ!?』

「はっ、バカなことを」鼻で笑ったメビウスは言った。「すべて、おまえを炙り出すための共謀だったのだと、まだ解らないのか」

『きょ、共謀だと!? まさか…全部…演技だった…のか…!?』

「まあ何もかもが演技だったわけじゃないさ。私が貴様からコア・キューブを奪取し、全員復活させることを見越した上での総力戦だ」

  邪神の手に潰される直前、メビウスはコア・キューブに、これから失われる自分の肉体の再構成を命じていた。キューブは表向きで現在の持ち主である邪神帝への力の充填・補助を忠実に遂行する一方、最優先項目となったメビウスの命令を裏で実行するマルチタスクを起動させていたのである。

 と、そこまで言ったメビウスは肩を震わせ、身体を折って堪え切れぬように笑った。

 もともと目付きが鋭く表情が悪魔的に見えやすく、味方相手にさえ誤解を受けることが多々あった彼だが、今度ばかりは誤解でも見間違いでも何でもない。ひとしきり笑って顔を上げたその表情は紛うことなく純粋に邪神を見下し、あざけ笑う魔道のそれだ。

「──なかなか、迫力があったろう?」

『調子にのりおって…』ギリ、と邪神の歯噛みが不快な音を立てる。『その言葉、後悔させてやる!』

 大咆哮をあげた邪神の腕が、誰の手も届かぬ高さに振り上げられる。そこには、先ほど邪神の抱擁に耐え切れず気を失ったサイガが捕らわれたままだ。

『鬼吼神マキシウス、そして五光神ども!』邪神が叫んだ。『貴様らが始祖と崇める魂は我が手の内だ! こいつを握り潰されたくなければ、そこにいる邪魔者どもを貴様らの手で処分しろ!!』

 ──応える声は、ない。邪神の命令はただ虚しくこだまするだけだ。

 リュウガも、マキシウスも動かない。誰も敵意の神力をおさめることもなく、白けた目を向けている。どうしようもないバカでも見るように。

 そこへ、あらぬ彼方から最後の光が飛来した。

 ざんっ! コア・キューブの影響圏内へ入って超加速したそれは刃を振りかざし、的確な狙いをもってサイガを捕えた邪神の腕を斬り払う。拘束を解かれて中空に投げ出された彼を抱き留めるのは、金色の麒麟にも似た聖魔神・マステリオンであった。

『ああ御労しい、サイガ……』意識のない彼にそっと頬を寄せ、かつて魔神であったものは憂えた。私ならば、こんな簡単に気を失わせはしない。もっと巧く、もっと長く、あなたに絢爛の悪夢を与えてやれるのに──。

「マステリオン、サイガをこちらに!」

 メビウスの呼び声を聞き付けたマステリオンが視線を下げる。

 そこに在るのは、かつてと呼ぶにも遠すぎる始祖の時代、志を共にした赤い蛇の懐かしい姿と眼差し。

 その傍らに、この場にそぐわぬ、まだ十にも満たぬ幼い娘がいた。

 ──否、それは娘ではない。ふたいろに分かれた特徴的すぎる髪と瞳を見れば、彼女が誰であるかは一目瞭然ではないか。邪神の洗脳を退けるために神力のほとんどを使い果たし、本来の姿さえ維持できなくなってはいるが、紛れもないバランシールだった。

 しまった──。邪神は目を剥いた。

「もう私に邪神帝を倒す力はないわ」少女は言った。「だからお願い! 私の代わりに、みんなであいつをやっつけて!」

 彼女が宝珠を抱いて祈りを込めると、光に包まれた幼い身体が七つの色へと分かれた。

『みんなに私の残った神力を全部あげるわ!』

 コア・キューブから疾った光の道が、分かたれたバランシールの至るべき相手を示す。

 眼下への光が選び出したのはマキシウスやアークをはじめとした、リュウガをも含んだ六人の『資格者』たち。

 そしていま、上空へ伸びる最後の光が、マステリオンに抱かれたサイガを示す。

「さあ!」メビウスが宣じた。「征くぞみんな! 反撃の時だ!!」




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