永遠の閃光 1 いつも。 いつも見守ってきた。 (本当にそうか?) 無理をさせないように管理してきた。 (ああ、そのとおりだ) まだ成長過程にある彼らを守り、その能力を伸ばすこと。 それが私の務めだ。 (違うだろう?) (いい加減、認めて、受け入れて、思うままにしたらどうだ) 笑顔を見るのが好きだった。 「ねえリーダー! 教えてほしいことがあるんです」 未熟ながら、溌剌とした動きを見せる子だった。 「もう一度だ! かかってこい、タイガ!」 責任感の強い、まっすぐな心持ちに頼もしさすら感じていた。 「リーダーのせいじゃないですよ。このくらいの怪我、どうってことないですっ」 (──リュウガ) いつからだろうか。 もう覚えてもいない。わからない。 あの子を愛おしく感じるようになったのは、いつのことだったろう。 訓練するさまを、目で追っている。 手合わせのさなか、間近に迫る声と気迫に時を忘れる。 (好きだった) そうかもしれない。 (触れたかった) あの子の肩に、手に、触れる機会を知らずと探していた。 (声を聞きたかった) とりとめもない話を嬉しそうにするのを、ずっと聞いていた。 (愛していたんだ) そうだ──。 気が付けば私は、リュウガを特別な目で見ていた。 あの子を愛していたのだ。 あのとき私は、子供らをアナンシの攻撃から守った。 まともにくらいそうになったリュウガを突き飛ばした。 どう足掻いても『平和』と言わざるを得ない地上では受けたこともなかった、想像を絶する苦痛が私を襲った。 それと同時に私は、子供らが……リュウガがこれを受けずにすんだことに安堵していた。 (そう。誰にもリュウガを傷付けさせはしない) 「リーダー!!」 悲痛な叫び声を上げて、リュウガは私に手を伸ばした。 シズクに引き戻され、タイガに取り押さえられ、それでもあの子は私を助けようとした。 (泣くな、リュウガ) 光が消え、頭を割るほどのすさまじい苦痛が消える。 (リュウガ) 子供たちは息をのみ、恐々と私を見ていた。 (おまえが苦痛を受ける姿も、慟哭の涙も、喉を裂くような叫びも) 命までは奪われていない──無事を知らせてやるため、私はゆっくりと振り向く。 (すべて) 「リーダー……」 目が合ったとき、リュウガの顔色が変わったのを私は見た。 絶望が射すその赤き瞳の色に、私は。 (──すべて、オレのためにとっておけ) ぞっとするほどの快感を、禁じ得なかったのだ。 2 びくん! 竦み上がった身体の反応で、リュウガの意識は覚醒した。 完全に息が上がっていた。耳元に心臓があるかのような鼓動が異様にうるさい。 (夢……っ!?) ──だと、思おうとした。 「リュウガ。大丈夫か」 のっそりと傍で青く大きなナニカが動く。見やってみると、それは見違えるほど立派に成長した自分の守護獣・震電であった。 (夢じゃ……ない) 現実に呆然するリュウガの目に、周囲の景色が少しずつ染み込んでくる。 自分が寝ている豪奢な造りの大きなベッド、鮮やかな色をしたサイドボードや床の敷き物は見たこともない文化の紋様を持っている。壁に付けられた透明な明かり取りの中では、炎の姿をしたナニカがすやすやと寝息を立てていた。夜行性の魔物かもしれない。 「──ぐぅっ」 何の気なく起き上がろうとした身体に、鈍い重さと鋭い痛みが突き抜ける。全身の骨をやられたかのような痛みだったが、どこにも異常らしきものはない。強烈な肉体疲労だ。 それも当然である。幻惑の塔以降、大魔界に入ってからも彼らは戦いに戦いを重ねてきた。体力も魔力もとうに尽き果て、しかしそれでも進まねばならない意志に引きずられるようにしてここまで来たのだ。 その進軍の凄絶ぶりたるや、下級の魔物など彼らを見ただけでその殺気に震え上がり、逃亡したほどだった。 「無理をするな、リュウガ」震電が言った。「あなたはまだ満足に動ける状態ではない」 「手を貸してくれ、震電」リュウガは守護獣の進言など聞こえないように言った。そっと伸びた武骨な手に縋る思いで掴まり、辛うじて身を起こす。「行かないと……こんなところで、立ち止まってる場合じゃないんだ……っ!」 あのとき、あの瞬間の記憶が彼の脳裏にフラッシュする。 敵の攻撃を耐えきったものと思われたオウキの、振り向いたその目。 腹の底から身が震えた。リュウガは生まれて初めて真なる戦慄を知った。 あれは人が持つ目ではなかった。残虐な悦びに満ち、またそれを貪欲に求め続ける、飽くなき連鎖に彩られた深淵の色であった。 変貌を遂げたオウキがどのようにして去っていったか、リュウガはもうほとんど覚えていなかった。あまりに強すぎたショックは、彼からその前後の記憶をも薄れさせてしまっている。 夢だと思いたい。そうであったならどれほど楽だったか。しかしこれは逃れようもない現実で、おそらく自分たちはこれから、それに向き合わねばならない。リュウガは、『そのとき』が向こうからやってくるのを待ってなどいられなかった。 戦わねば──。その意志は使命感や正義感なんて表面的なものでは断じてなく、強烈な恐怖に根ざす防衛本能だった。 「あーららァ。ダメよボウヤ、怪我人はちゃんと寝てなくちゃ」 場違いな女の声がしたと思ってリュウガが目を上げると、出入り口と思しきドアは開いていないのに室内に女の姿があった。 一目見れば忘れられない豊満さこそ持つが血色の無い青い肌、たおやかに美しい青い髪、魔物のような角と翼──一瞬こそきょとんとしてしまったが、彼はすぐに思い出した。彼女は傷付き倒れた自分たちを保護してくれたこの幻魔宮殿の長のひとり、アスタロットだ。 腰を揺らした妖艶な調子でリュウガに歩み寄ってきた彼女は、やおら手を伸ばすと、自分を見上げている子供の首筋を掴むようにして触れた。 ばちん! と、電撃に似たショックがある。 「うあっ!?」弾かれるように後ろに倒れ込んでしまい、リュウガは唐突な攻撃に慌てて身構えながら言った。「何するんだっ、いきなり!」 「やあね、殺気立っちゃって」アスタロットはケロリとして言った。「動けるようにしてあげたのヨ、感謝なさい?」 「えっ?」 そういえば。 リュウガは構えを解くと、改めて腕や脚を動かしてみた。 難なく身体が動く。先ほどまでは寝返りも満足にできなかった筋肉の痛みが、ほとんど消えていた。 「皇魔にだって回復魔術は存在するの」尻尾をユラユラさせ、機嫌のよさそうな彼女は言った。「でも、体力は戻っても、使い切った魔力が回復するにはまだ時間が必要だわ。せっかく保護してあげてるんだから、こっちにも監督責任ってモノがあるワ」 「……」 「もし勝手に出歩こうとしたら」ずいっと顔を近付け、アスタロットは更に言った。「今度はキツーく縛りつけちゃうからネ?」 「……はい、すいません……」 リュウガはものすごく素直に謝った。 面白そうに、可笑しそうにニヤニヤしている嗜虐的なその顔を見るに、この女は本当にやる気なのだと直感したからだ。 「解ればいいワ。聞き分けのいい子は好きよ」 だが言動を見たところ、そうした性癖を除けば極めて友好的な相手と言えよう。要は、ここでの彼らの保護者のようなものなのだ。 「アスタロット」リュウガは言った。「オレの仲間は?」 「まだみんな寝てるワ」アスタロットは答えた。「目を覚ましたのはアナタが最初。さすが聖龍の血統者ってところね。頑丈さがウリっていうか、なんていうか」 頑丈さならシズクが一番だと思うんだけど──何だかとても失礼なことを言われたような気がしたが、リュウガはそこにはあえて突っ込まなかった。 「サイガは無事なんだろうな?」 「サイガ?」リュウガの問いに、一瞬アスタロットはきょとりした。が、すぐに何かしら理解したように肩を竦めて答える。「ああ、アレのこと? 心配ご無用、今はベリアールと話してるはずよ」 よかった、みんな無事だ──。気がかりだったことのすべてを確認できて、リュウガはホッと胸を撫で下ろした。 「それよりアナタ、ちょっと身支度整えてきなさいな」 「え、身支度?」 リュウガはおうむ返しに問いながら首を傾げた。 「そうよ。だってアナタ、二日も寝たっきりだったのよ?」 「は!?」リュウガは我が耳を疑った。「ふ、二日あ!?」 あれからそんなに時間が経っているなんて思いもしなかった。眠っている間は意識が無かったのだから時間の経過もわからないのは当然といえば当然だが、そんな大事なことはもっと早く教えてほしいものだ。 本当にこんなところでのんびりしている場合ではない。皆を叩き起こしてでもここを発たなければ、ボーンマスターに大きな後れを取ることに──。 「そう急く必要はないよ。地上の戦士」 リュウガの内心を読み取ったように男の声がして、今度こそ扉が開いた。 入ってきたのはアスタロットに似た男、宮殿の真なる主・ベリアールだ。 「この大魔界は極めて広大だ。いかなボーンマスターとて、次のステージへ進むにはまだ数日の猶予がある。この地を統括する私が言うのだから、信用していただきたい」 逸り過ぎる気持ちの整理をうまくつけられず、呆然と無言でいたリュウガの目に、ベリアールの背後からすっと歩み出てきた者の姿が入ってきた。 サイガだ。 「リュウガ」彼は言った。「ベリアール殿の言う通りだよ」 「サイガ……」ようやく声を聞けたからか、今度こそリュウガの全身から力が抜けた。 「征かねばならぬとするその意志は立派だ。だがいつの世も、己の身も顧みられぬ者には何物を守ることも叶わん」 「……」 「すべてはおまえの命あってこそ。今は身体の回復に努めよ」 「……わかった」 落とした視線を堪えるように閉じ、リュウガは神妙に答えた。 まさに鶴の一声。そんなふたりのやり取りを見たアスタロットが何か言いたげに首を傾げながらベリアールを見やり、ベリアールは何事も言うなと示すように首を振ってみせる。 リュウガに続いて他の戦士らが目を覚ましたのは、それから数刻と待たぬうちであった。 3 大地の底へ通ずる巨大な扉は、開いていた。 その内側は円柱状で底は見えない。リュウガが淵から覗き込んでみると、翼を持たぬ者のためか螺旋状の階段がずっと下まで続いていた。 「ここが大魔界の中心」ベリアールが言った。「魔界の中でも聖地に等しき地、神魔界への入口だ」 「ここが開いておるということは」サイガが言った。「すでにボーンマスターは神魔界へ入ったか」 「おそらく。──だが、ヤツの気配は極めて濃い。背を捕えたも同然の距離だ」 「なら、こんなトコで油売ってる場合じゃねェぞっ」タイガが拳を叩いた。「とっとと追いかけて、ぶん殴ってやろうぜ!」 「気持ちはわかりますが」ショウが言った。「用心に越したことはありません。ここから先は聖獣合身した状態で進むのがベストでしょう」 「そうね」シズクが頷いた。「ベリアールさんが向こうの気配を感じてるってことは、向こうもこっちの気配を察知しているはずよ。どんな迎撃があるか判らないわ」 「……よし」立ち上がったリュウガが震電を振り向いた。「いくぞ、震電!」 「任せろ、リュウガ!」 応えた飛龍の額に手のひらを押し当て、リュウガは精神の集中に合わせて目を閉じる。 タイガが、ショウが、シズクがそれに続いて己の守護獣に触れた。 触れ合ったふたりの身体が光に変わり、溶けるように混じり合う。一旦は形を失い球体と化したそれらはひとつ鼓動を放った瞬間に拡散し、四人の魔人を誕生させた。 「ベリアール」飛龍の翼を広げたリュウガが言った。「サイガをお願いします」 「承知した」 「手間をかける、ベリアール殿」 詫びるサイガを片腕に抱き上げたベリアールが、続々と地を蹴る戦士らの最後尾につく。 降下に従って大魔界の地上の光が遠ざかり、ついに視界が闇に包まれると、代わってショウの手に照明目的の小さな火が灯った。 「幻惑の塔もこんな感じでしたね」彼は言った。「魔界は、柱となる『塔』によって上界と下界が繋がっているんだ…」 「そのとおりだ」ベリアールが言った。「そして、それぞれの世界にそれぞれの昼と夜がある。こうした三つの独立した世界を統治するのが魔王なのだ」 「マステリオン……か」サイガが苦く呟く。 「勘違いなさられぬよう」ベリアールはぴしゃりと言った。「マステリオンが魔王となって以降、魔界は血塗られた虐殺と負の粛正に支配され、多くの者が理由もなく死んだ」 そんな者らに思いを馳せるのか、話を聞きながらシズクが痛ましげに目を伏せる。 「魔界にも秩序はある」元帥なる男は言った。「マステリオンは王などではない。奴が行なったのは政治ではなく、単なる暴虐の支配に過ぎん」 それがよみがえるとなれば、この魔界とて大ダメージを受けることになるだろう。かつての悲惨な時代より立ち直り、ようやく『平和』を獲得しつつあるこの世界にとっても、マステリオン復活は滅亡をも視野に捉えた大問題なのだ。 だがやはり、そんな混沌とした時代の到来を望む者もいる。そして、そういう奴らに限って飛び抜けた行動力と意志力を持っている。ボーンマスターがマステリオン復活を目論むのは魔界の総意では絶対になく、個人的な崇拝にも近い妄執なのだ。 戦士らは知っている。ほとんど人間と変わらぬほどにまで薄まったとはいえ、旧王の血を継ぐ自分たちを神仏のように崇めたがり、あるいは標としたがる者らが未だに居ることを。そしてそういう者らに限ってたびたび過激な手段を用い、クーデター紛いの反乱を起こしてきた。それと同じなのだ。 サイガの時代にも、そういう者たちは居たのだろうか──。彼のほうへ視線を投げようとしたリュウガの視界の隅に、──程なく到達する奈落の底から、何かが迫ってくるのが見えた。 「……ッ!?」リュウガはそれを見極めるや、皆に叫び声を飛ばした。「みんな、散れっ!!」 ゴォッ。素早く四方に回避した彼らの中心を貫いていったのは、巨大な砲ほどもある闇のエネルギー波だった。仲間に注意を促したものの、そのせいで自身の回避が遅れたリュウガが風圧に翼を奪われ大きくバランスを崩す。 そんな彼の前方で、キラリと金色の何かが光った。ハッとして身構えるリュウガの両手に二刀が出現する。 ガキンッ! リュウガがクロスさせた刃が、前方から突っ込んできた金色の刃を受け止めていた。気付かずにいれば間違いなく身体ごと心臓を貫かれていたであろう、手が痺れるほどのパワーを秘めた極めて正確な突き。 それを繰り出したのは、その槍の柄を握り締めた黒鱗の騎士──。 「リ……」シズクが震えた。「リーダー……!」 オウキだった。 眩かった金色の髪はくすんだ灰色となり、黒竜を彷彿とさせる姿を見れば、戦士たちと同じく何者かと聖獣合身を行なったものと推測できる。そのぎらりと鋭い目が、いびつな牙を含んだ口元が、驚愕するリュウガの視線を受けてゆるやかに笑みを刻んだ。 「待っていたぞ……リュウガ」 深く、そして鋭利な殺意を滲ませた声色で甘く囁きかけたオウキは、そのままリュウガが我にかえるのを待たず口付けをする。 えっ、と、誰もが呆気にとられた次の瞬間。 「──離せぇっ!!」 拒絶反応としか言いようのない激昂を見せたリュウガが、手にした二刀をがむしゃらに振るってオウキを退ける。 顔色は青ざめ、息は上がり、身体は震えていた。 急なことで驚いただけではなかった。 唇をねぶられ、いきなり舌を突っ込まれただけではなくて、自分の舌をきつく吸われたせいだけでもなくて。 危うく死ぬところだったからだ。吸われた舌を、そのまま喰いちぎられて──。 「いい声だ……」クク、と喉を震わせオウキは言った。「いい顔だぞリュウガ!」 嬉々として叫んだ彼が、手にした金色の三叉槍を突き出し再びリュウガを狙う。だがそれは即座に間に割って入ったショウの剣によって食い止められていた。戸惑いと驚愕の色をまったく隠せないのは彼もまた同じだが、だからといってリュウガが串刺しになるのを黙って見てなどいられない。 「邪魔をするな、ショウ!」 途端に苛立ち、怒声を上げたオウキの力が増す。赤き剣が横薙ぎに弾かれ、勢いの乗った回し蹴りをくらったショウが吹っ飛ばされて石壁に背中から突っ込んでいった。 「いかん、オウキは皇魔の洗脳を受けておる!」サイガが言った。「リュウガ、俺を──」 「来るなサイガッ!!」 リュウガの叫びに遮られ、何事か言いかけたサイガがはっと息をのむ。 顔色は戻り切らない。身体の震えを堪え切れない。だがリュウガは、それを振り切るように二刀を握り締めて身構えた。 「その力はオレたちの切り札なんだ! こんなところで使うわけにはいかないっ」 「彼の言う通りだよ、サイガ殿」そっと耳打ちするようにベリアールが言った。「今それを使えば、こちらの手の内がすべて『奴ら』に知れてしまう。それは避けねばならない」 「奴ら……?」 彼の言葉に不自然さを覚え、視線を巡らせたサイガの目に入ってきたのは、オウキを支援するように控えた四人の皇魔の姿だ。 「『あれ』が……」蝶の姿をした、仮面を着けた男が言った。「マステリオン様がご所望の神器か」 「こんなガキ連中の相手を任されるなんて」冷たい肌を持つ女が不服そうに言った。「私たちも見くびられてしまったものね」 「構わんさ、久々に遊べそうだからな!」 仮面の男は大きな蝶の羽根を羽ばたかせて飛翔すると、剣を抜き、ベリアールへと牙を剥いた。その目は敵対する魔元帥ではなく、彼の腕に守られたサイガを見据えている。 「見せてもらおうか、我らが魔王までも魅了したその光を!」 ──その口上が、彼の遺言となった。 すっと片手を持ち上げたベリアールの手のひらが、放射状にすさまじいエネルギー波を撃ち出していた。手加減もなければ出し惜しみもない、最初からの全力攻撃だ。仮面の男はハッとする間もなくその熱波に飲み込まれ、黒い塵となってあまりにもあっけなく消滅する。 「身の程を知れ」 一瞬過ぎる出来事にサイガが目を丸くしている一方で、厳格な表情を微塵も崩すことなく、もういない相手を叱りつけるようにベリアールは言った。 これに驚いたのは残り三人となった者らだ。 けれど、彼らもまた、すぐに。 「いい加減、ウゼェんだよ」タイガが鋭い牙を剥き出しに唸った。「数ばっかのザコが偉そうにしやがって」 「わたしたちの邪魔をしに来なければ、あなたたちもまだ生きられたのに……」目を伏せたシズクが痛ましげに言った。「ごめんなさい。──許して」 一秒を待たず絶対零度に達した冷気に晒された彼らの細胞が見る間にひび割れ、血が凍て付いて循環を停止する。生きながらにして身体が崩壊する、その想像を絶する苦痛から彼らを救ったのはタイガが繰り出した爪の一閃だ。一滴の出血も残すことなく、彼らは全身を細切れにされて四散する。 「光の戦士たちよ」 皇魔どもの存在など無かったように、先に塔の底へ到達したベリアールが神妙に言った。彼が見上げる先には、幾度となくオウキと刃を交わすリュウガとショウの姿がある。 「私がオウキの洗脳を解く。おまえたちは奴に隙を作れ」 「……戦うしか、ないの?」シズクが確認するように言った。 「『戦』なる環境に身を置く以上、……時として、このようなこともある」 サイガが言った。ぽつりと重く呟く彼は、俯いて小さく首を振る。 「いつまでも『同じ』戦いだけで済むということはない。いつかミスが生まれ、変革が訪れ、それを学ばねばならぬ時が来る。おまえたちは、今がその時なのだ」 「これを乗り越えられるか否かは、そのままおまえたちの生死に直結している」ベリアールは言った。「生きたければ……共に在りたいと望むならば、戦え」 NEXT... |