永遠の


    4


 ガン、ガン、と、強い音を立ててショウの剣とオウキの三叉が火花を散らす。

 せめぎ合うふたりの間に飛び込んだリュウガが、せめてその武器だけでも弾かんと狙うが、漆黒の尻尾がまるで別の生き物のように襲い来て接近すらままならない。

 だが、接近を阻まれてどこかホッとしている自分がいる。距離を置いたとき、オウキに近付かずに済んだことにリュウガは安堵していた。

 ──怖い。刃を握り締めた指が、手が、腕が震える。

『リュウガ!』彼の中で震電が叫んだ。『気を確かに持て! ここで合身が解けてしまったら本当に命はないぞ!』

「わかってるっ!!」

 今更そんなことわかってる、だからそうやって何度も言わないでくれ──。リュウガは心の底から願うように叫んでいた。

 その声を聞き付けたか、ショウを退けたオウキが彼を捉えた。その狂気の笑みに満ちた金色の瞳に射抜かれ、ぞっと身体が竦み上がる。

 ──怖い。

「そうだ、リュウガ!」槍の構えを改め、オウキが突っ込んできた。「もっと聞かせろ、おまえの声を!」

 リュウガはそれを、受け止めるか回避するかしなければならなかった。

 だがそんなこと、彼は考えられなかった。

(いやだ、怖い!!)

 挫かれて折れた心が、ついにその決断を下す。

 次の瞬間、リュウガの身体は光に包まれ、震電と分離してしまっていた。

「邪魔だ、どけ!」

 叫んだオウキが、目の前に立ち塞がった震電を事もなく打ち払い、翼を失って落下するところであったリュウガの腕を掴んで引き上げていた。

「リュウガッ!!」

 しまったとばかりに、剣の届かぬ距離にいたショウが複数の火炎弾を放ったが、すべて彼の、振るわれた尻尾によって弾き飛ばされていた。

「あ……あ…」

 歯の根が合わぬほどの恐怖に震えるリュウガの頬をそっと撫で、オウキは感嘆の息をもらす。ずっと、ずっとこの身体を抱くことを夢見ていたのだ。自分に向けられるこの子の感情を、視線を、反応を感じたかった。

 ああ愛おしい。おまえの恐怖も苦痛も、なにもかもオレのために──。

「愛している、リュウガ」

 この上なく優しく囁いたオウキの両腕が、リュウガの身体を包んでぐっと強く抱きしめた。

 それだけのはず、だったのだが。

「あ……!」大きく目を見開いたリュウガの身体がびくんと強く反応し、のけぞる。「あああああぁぁぁぁ───っ!!」

 救いを求めるように開かれたその唇をついたのは、おそらく塔の外にまで反響したであろう、喉を裂くばかりの苦悶の絶叫だった。

「この野郎ォッ、リュウガを放しやがれェッ!!」

 そんなオウキの背後に、瞬間移動に等しい速さでタイガが回り込んでいた。

 振り下ろした渾身の拳がまともに頭を捉え、その拍子に力が緩む。絶好の機会を見逃さずタイガはリュウガの襟首を引っ掴んで、有無を言わさずオウキの腕から引きずり出した。

 だが、そのとき。

「ぐああぁぁぁぁっ!!」

 ざくりと嫌な手応えがあるとともに、リュウガがもう一度悲鳴を上げた。えっ、と驚いたタイガは目の当たりにする。オウキから引き剥がしたリュウガの腕や脚が、胸が、腹がずたずたに斬り裂かれて血に染まっているのを。

 たまらず背筋が冷えて絶句したところに、オウキの手が迫る。タイガはすべての私情を棚上げにして、リュウガを抱いてその場を退避した。

 鱗だ、とタイガは直感した。オウキの身体を包んだあの黒き竜のささくれた鱗が、まるで無数の針か細かな刃のように、抱きしめた拍子にリュウガの身体へ突き刺さったのだ。

 おぞましい。愛していると囁くくせに、愛おしげに抱きしめるくせに、その行動のすべてがリュウガを傷付け、壊すために機能している。どれほどの激しい想いをどれほどの力でねじ伏せればああなるのか想像もできなかった。

 だから。

 だからタイガは、無性に腹が立った。

「タイガ!」追撃するオウキが叫ぶ。「おまえならば解るだろう、そのリュウガの美しさが! 溢れる血の快楽が、絶え間ない声の衝動が!!」

「うるっせえええぇぇぇぇぇ!!」

 すれ違ったシズクにリュウガを押し付け、タイガは壁を蹴って体勢を変え、オウキに向かって突っ込んでいった。小手の赤き爪を振りかざし、迫る三叉を迎え撃つ。

 そこへショウが合流した。金色の槍は二人分の攻撃を受けてようやく弾かれ、オウキの手を離れてあらぬ壁へ突き立つ。

「うるせえんだよアンタ!」タイガが怒鳴った。「何にも知らねえガキみてえに、ひとりでくだらねえゴタクばっか並べやがって!」

 彼はオウキの言葉を否定はしなかった。その代わり、つまらない、くだらないと吐き捨てる。本当にそう思ったからだ。

「ただの一回も行動しねえで、最初から何もかも諦めてた野郎の言うことなんざ、オレぁ何にも解らねぇよ!!」

「ああ、それは残念だよ!」

 武器はなくとも鋭い爪を揃えた腕を振るい、オウキはタイガに真っ向から斬撃を繰り出す。身を翻したタイガの膝に装着された刃がその爪を捉え、大きく薙ぎ払った。

「アンタのことはそりゃー尊敬してるさ。でもな!」タイガはそう言いながら、ぐっと低く構えて拳を握った。「自分の感情となると何でもすぐに諦めちまう、アンタのそういうところがオレは一番大っ嫌ェだったんだよォ!!」

 感情を放出するように撃ち出された彼の拳が、攻撃を流されてガラ空きになったオウキの顔面を殴り飛ばしていた。

 流星のように虚空を横切ったオウキが石壁に叩き込まれて轟音を立てる。ここが塔の内側であるなら、向こう側に広がる闇はおそらく『空間』だ。タイガとショウは互いに頷き合うと迷わず追撃し、『外』へと飛び出していった。


「う……うぅっ」

 急速に癒えゆく傷がむず痒く痛み、リュウガは身動ぎとともに意識を回復させた。

「リュウガ、気が付いた?」

 シズクが覗き込んでくる。

 だがリュウガの目には、その顔が違うものに見えていた。意識を失う直前、脳に鮮烈に刻まれた恐怖が再生される。

「あ、あ……嫌だっ」失血でぼやけていた目が凍り付き、身体が強張る。「嫌だ、いやだ、来るなあぁぁっ」

「リュウガ!」シズクがその両手を掴んで呼びかけた。「リュウガ、落ち着いて! しっかりして、ここにいるのはわたしよ!」

「し……シズク……?」

 現実から逃れようと足掻いていたリュウガの目が焦点を取り戻し、震えながら彼女を見つめる。視界のどこにも『その姿』がないのを確かめるように視線を這わせた彼は、やがて死者の一呼吸のように大きく息を吐いた。

 が、起き上がって自分の身を改めて見ると、すっと血の気が引く。光の戦士の白い装束が血に染まって真っ赤になっていた。まさかオウキの返り血であるはずがない、すべて自分が流した血である事実に背筋が凍った。

 上空から、たびたび火花の散る音が響いてくる。気付けばそこは『塔』の中ではなく、どこか『神殿』を思わせる古い屋内だ。

 離れた空を見上げてみれば、そこではタイガとショウがオウキを相手にドッグファイトを繰り広げている。距離を置けば火炎に冷気、雷撃と様々な遠距離攻撃を繰り出してくるオウキに追われながら、ふたりは上下や左右に展開してどちらかに狙いを絞らせて接近を試み、刃を交えていた。

 なんで──。リュウガは泣きたかった。なんで、こんなことになってるんだ──。

「ごめん、リュウガ」

 と、唐突にシズクが言った。何のことを謝られているのか解らず見やってみると、彼女もまた上空の戦いを見上げていた。

「怖かったよね。痛かったよね。……その責任は、わたしたちにもある」

「え?」

「わたしもショウもタイガも、リーダーの気持ち、知ってたの。知らなかったのはあなただけ。……だってリーダー、あなたに対してはすごく上手に隠してたから、気付かないのも仕方ない」

「リーダーの、気持ちって──」

 そこまで問いかけて、リュウガは答えに行き当たった。

 自分を抱きしめたオウキの、愛していると囁いた声。ここへ現れてより、激しく叩き付けるような発言を多用した彼の、唯一本来の声色に限りなく近かったあの言葉が。

 あれが。あれが、リーダーの本当の──?
 リュウガの震えは止まっていた。心がからっぽになってしまったように言葉を切り、ぽかんとしている。

「ものすごく怖い思いをしたあなたに、こんなことを言うのはすごく酷いことだと思う」と、シズクは前置きして言った。「でも、リーダーの気持ち、わかってあげて」

「……」

「わたしたちだって、話を聞いてあげられなかった。あの人のことだから自分で何とかするに決まってるって、悪い方向にタカをくくってしまってた。あなたに何も知らせずに、あの人が自分の中だけでケリをつけるってことが、どういうことなのか考えもしなかった」

「……」

「ごめんなさい、リュウガ。こんなことになって……」

「もういいよ、シズク」

 さっきまで泣き喚いていたのが嘘のように静かな声色でそう言って、リュウガは立ち上がった。すっと顔を上げ上空の戦いを仰いだその目にはもう、微塵の迷いも涙もない。

「来い、震電!!」

 手を掲げたリュウガに応え、上空のふたりを支援していた震電が大きく羽ばたき、まっすぐ落雷のように降ってきた。接近に従って互いの目が見え、彼らはそこに宿る光を確かめ合う。リュウガの手と震電の身体が接触した瞬間、光が生まれた。精神の集中などもはや必要ない。心の同調が手に取るように感じられる。

 リュウガはもうわかっていた。自分が何をするべきかを。どう応えてやるべきかを。

 彼らが成すべきは『敵』の討伐ではなかった。

 ──トチ狂って帰ってきた仲間を、迎えてやることだった。


    5


 合身の完了を待ちきれず、晴れゆく光から生まれ出るようにしてリュウガは飛翔した。

 瀕死の重傷からあっさり復帰した仲間の姿に驚くタイガとショウを横切り、その先にいるオウキへと二刀の電撃を叩き込む。

 バシィィィッ。オウキが咄嗟に召喚した三叉がリュウガの刃を受け止め、流れ込む対象を失った電撃がそこら構わず弾け散る。

「戻ったかリュウガ!」オウキの笑みが深くなる。

「……」リュウガは黙って、閃光の中で相手を見ていた。

「それでこそおまえだよ! さあ、何度でも抱いてやろう、おまえの心が絶望に果てるまで──」

「それであんたの気持ちが納まるなら、そうすればいいよ。──オウキ」

 今まさにリュウガの腕を掴み取ろうとしていた黒鱗の手がピタリと止まった。

 バシンと炸裂音を響かせ、三叉を弾いたリュウガがオウキから距離を取る。その背後にタイガとショウがやってくるのを、彼は制した。

「手を出さないでくれ。話がしたいんだ」

「……」

 ふたりはチラリと顔を見合わせ、わずかに困惑したふうだったが、黙って様子を見ることにした。リュウガとオウキの間は至近と言わざるを得ない距離だが、それは自分たちの間もそう変わらない。怪しい動きが少しでも見えれば、全力の攻撃を叩き込める準備だけはして。

「話、だと?」

 オウキがぽつりと言った。けれどその声の静けさに反して、武器を握る手の力がぐっと強まる。タイガとショウが身構えるのを遮るようにリュウガが防御の姿勢を取った。

 ガァン! オウキが上から振り下ろした金色の刃を、二刀が受け止める。力はまったく衰えていないし、攻撃の意志そのものにも変化はない。

 オウキの意思は変わらない。

「いまさら話すことなど何もない!」

 リュウガの喉を狙っていた三叉の動きが急に変化した。それに気付いたリュウガが咄嗟に離れようとしたが遅い。刃でこそなかったものの、槍の柄が彼の頭を横薙ぎに殴打していた。

「リュウガッ」タイガが前に出ようとした。

「来るなって言ってるだろ!」

 踏みとどまったリュウガが叫んだ。そして顔を上げ、こめかみから伝った血を拭ってオウキに向き直る。

 三叉を正眼にして、自分の心臓を貫くべく突きを構える相手に。

「私が望むものは常にひとつ! ──リュウガ!!」オウキが叫び、槍がまっすぐに打ち出される。「その身を切り刻み、心を壊して、私はおまえの中で永遠になる!!」

「オウキ……」

 何かを決するように呼びかけたリュウガは、すっと身体を前へ滑らせた。

 まるっきり槍の刃へ身を投じるかのようなその動きに、見ていた者らがアッと声を上げそうになる。

 けれど槍がリュウガを貫くことはなかった。リュウガは、刃が確実に自分の胸を捉える一瞬前に、オウキの懐へ入り込んでいた。

 髪が触れるほどの距離。息がかかるほどの距離。次の瞬間には自分こそ心臓を貫かれると思い息をのむオウキに、リュウガは。

「『永遠』なら、もう、もらったよ」

 そう囁いて、自分からオウキに口付けをした。

「オレも……あなたのことが好きだったんだ」

 刹那、オウキは何も答えなかった。自分の耳を疑うように唖然と、そんなことを言う少年を見つめているだけだ。

 その場凌ぎの嘘などでは断じてない。リュウガは本当にオウキのことが好きだった。

 もしかしたら憧れを取り違えた勘違いだったのかもしれない。だがそれでも、シズクから話を聞いたとき、リュウガの心はそれまでの恐怖と嘆きを完全に振り切ることができた。

 残虐な攻撃も、狂気の行動も、原理が解れば恐ろしくなどない。

 オウキは、ただひたすらにリュウガに『与え』たかったのだ。自分の手で彼の感情を動かしたかった。そしてその実感を、彼の声で、涙で、血で得たかっただけに過ぎない。そう、それこそリュウガの命が耐え切れず押し潰されるまで、何度でも、何度でも。

 その強さと激しさこそが、オウキの中でも最も純粋な想いではないか。嗜虐性も攻撃性も、そんな余計なものはすべて皇魔の後付けだ。

 それがわかったとき、リュウガはいっそ嬉しくさえ思ったのだ。

 オレたちは、もうとっくに通じてたんだ──。

 シズクは、オウキの気持ちを知りながら何もせず、何も考慮しなかった自分たちにも今の事態への責任があると言った。リュウガは、それなら自分にも同じことが言えると思った。

 好きな人の想いに気付かず、想いを告げることなく黙っていた自分にも。

 誰も、何もしなかった。それが一番いけないことなのだと知りもしないで。

 だから五人の誰にも責任なんかない。

 そう、あるとすれば──。

 と、オウキの背後に空間を渡ってきたベリアールが出現した。無音が支配したこの瞬間を最大の好機と見なし、彼はその後ろ首を引っ掴んで、ありったけの破邪の魔力を流し込む。

「が…ッ!?」

 電撃に撃たれたように、オウキの身体が苦悶に反応する。抵抗は驚くほどなかった。彼を包む黒鱗がざわりと波立ち、黒いヘドロのようになって身体を離れる。

 滞空した粘ついた闇はカギ爪となり、ささくれた鋭利な鱗となり、長い尻尾となって、巨大で醜悪な黒竜を形作ろうとした。

「──サイガッ!!」

 一帯に響き渡りそうな声量でリュウガが呼んだ。

 周囲の戦士らが何事か理解できぬ一瞬、彼に応えた一条の光が地上より飛来する。交わった輝きの中でリュウガが構えた両手に金色の七支刀が出現した。

 こいつのせいで、オレたちは──。

「消えろォォォォォォォォッ!!」

 ありったけの怒声とともに刃を振るい、リュウガは形になりかけた闇を細切れに斬り裂いていた。七支刀から放たれる破邪の光に照らし出され、闇は再結成することも許されずあっけなく散っていく。

 闇が気配も残さず消滅したのを見届けてようやく構えを解いたリュウガは、胸の底から長く息を吐いた。そこにわだかまっていたものを全て流すように。

『……ようやったぞ、リュウガ』

 内側でサイガの声が言った。

 地上へ降り立ったリュウガは声で答えることはなく、ただ目を閉じ、その声を静かに拝するのみだ。

 このときほど、彼が誇らしい気持ちになる一瞬は他になかった。


「……リュウ、ガ」

 オウキの弱った声がしてリュウガは我にかえった。振り向いてみると、ベリアールや仲間に助け起こされた彼の姿がある。髪の色は戻り切らず疲労が色濃いものの、目を見ればそれだけでもう異常なものは完全に消えていることが判る。

 傍へ歩み寄るリュウガを見上げてくるのは、かつてあんなにも焦がれ、時に幾度も助けられた理性の光だ。

「すまなかった、リュウガ」極めて神妙にオウキは言った。

「そんな、謝るのはこっちのほうだ」非常に申し訳ない気持ちでリュウガは言った。「オレ……今は、もう──」

「わかっている」

 と、予想だにしない言葉で言いにくいことを遮られ、リュウガはエッと顔を上げる。

「ありがとう」改めてオウキは言った。温かさのある笑みさえ浮かべて。「おまえはもう、私の中の『永遠』だ」

「オウキ……」

「まーた下手なヤセ我慢してンじゃねェだろうな、リーダー?」

 口を挟んでオウキの肩に腕を絡ませたのはタイガだ。

「あ、いいこと考えました」ぱん、とショウが手を叩いた。「今度リーダーが何か悩んでることがあったら、ボクらがもっとすすんで口に出してあげましょう」

「え」オウキが待てとばかりにショウを見やる。

「うん、それがいい。我ながら名案ですね」ショウはそんな相手の様子など見てもいない。

「そうね」シズクが吹き出して笑った。「今回みたいに、敵に付け入られる『隙』は『心の隙間』だもの。仲間同士だからこそ、悩みはみんなで解決しなくちゃ!」

 とても女の子に言えない悩みはどうしたらいいんだろう──たまらずリュウガは顔を逸らして真顔になってしまったが、何も言わないことにした。

 心の内側でサイガが声を殺して笑っているのを感じる。合身していることで内心が筒抜けだからこそ笑っているわけだが、隣に本人がいたなら肘で一撃入れているところだ。

 ともかくいろんなことを棚に上げ、リュウガはオウキに手を伸ばした。応えたオウキがその手を取ると、繋がったところから金色の光が伝って瞬く間に彼を癒す。失った魔力と体力の充填は数秒で完了し、オウキはリュウガに引き起こされるまでもなく自力で立ち上がった。

 身内のごたごたにしてはひどい騒ぎだったが、ようやく終わった──一同が安堵の息を吐いた、そのときだった。

『ケケ、ケケケケケケ……』

 聞き覚えのある嗤い声を聞き付け、ハッとベリアールが顔を上げた。遅れて、声は知らずとも異質な気配を察した戦士らが臨戦態勢に入る。

「こちらだ!!」

 ベリアールが翼を使って飛翔し、回廊を突っ切っていく。戦士らもそれに続いた。

『久しぶりだな、ベリアール』嗤い声は言った。『ついに部族王どもの子孫とつるむとは、皇魔のプライドを忘れたか?』

「誇りを失っているのはどちらだ、ボーンマスター!」ベリアールは怒鳴った。「もはや逃げ場はない、諦めて投降しろっ」

『ケケケケケケケ! 逃げ場がない、だと!? それはこちらの台詞だよ!』

 征く手に見えるひらけた大広間。銀河にも等しい輝く闇が渦巻くその空間こそ、すべての皇魔や魔物が生まれ出ずる魔界の聖地・魔創境だ。

 ボーンマスターの背中が見えた。

 そこにいる魔物どもの姿が見えた。

 しかし──。

 聖龍石は、すでに闇の中へ投じられたあとであった。




                   To be contonued in「受け継がれるもの」(2016/07/09)