鬼獣


「天魔王、アーサー・グリフィス陛下へ報告!!」

 王宮の抱える軍勢全員を動員できるだけの広さを持つ謁見の間において、ひときわ大きく響いた声はランスロットのものではなく、女のそれだった。

「聖剣のガウェイン、氷牙のガラハド、風槍のパーシバル、ここに帰還致しました!!」

「戻ったか、おまえたち! 待ち侘びたぞ!!」

 眼前で敬礼を捧げる三名の騎士へ、壇上からアーサー王は両手を広げて見せ歓迎の意思をありありと示す。

「我ら円卓騎士三名」 と、三人の中央に歩みに出た大柄な男、ガウェインが言った。「王が勅命であります『聖杯』の所在、しかと見つけ出して参りました!」

「『ミスティック・ギフト』がひとつ『真竜の聖杯』は、王の推測されました通り『聖者の洞窟』に在り!!」 パーシバルが声を張った。「しかし我々三名のみでは最深部への踏破はならず…先にいかなる危険が在るのかも未知なる始末……申し開きもございません」

「それは謙遜だな、パーシバルよ」 アーサーはふっと笑んで言った。「これまで、かの洞窟へ向かった者は数割と戻らなかった。それをおまえたちは三人のみで、聖杯の実在を確かめるに至って帰還した! 胸を張れ、これは天魔の歴史に残る偉業なのだ!」

「……はッ!」 それ以上の謙遜はせず、カッと踵を鳴らして再度敬礼を見せた彼女の、長い翠の髪が肩口を滑り落ちる。

「しかし──」 ぽつりと、そして悔しげに、控えたガラハドが言った。「そんな我々の進行度も、最深部までは今一歩遠い気がした。あれ以上はやはり我ら円卓騎士でも……こんなとき、『あのひと』が健在だったなら……と、思えてなりません」

「……『冒険野郎』、か」

 ほんの少し苦く、アーサーはその、名らしき言葉を口にした。それだけでだだっ広いホールはまるで通夜のように重苦しい悲しみに包まれる。

「申し訳ありません」 ガラハドは自らの発言を撤回すると共に、皆の口を重くさせてしまったこと詫びて言った。「居られぬ方のことを言っても致し方のないことでした。今の我らが見据えるべきは、来たる鬼龍との戦にあります」

「…うむ」 アーサーはひとつ重く頷く。「聖杯の在り処はこれより機密事項として扱う。我が天魔が世界統一した暁にこそ、各地より冒険家を募って本格的な攻略を開始しよう。このタイミングでのおまえたちの帰還はまさに天命よ!」

 王は腰に据えた巨大な剣を引き抜くと、広間の天井の先にある天へ向けるかのように掲げてみせ、言った。

「舞台は整い、役者は出揃った…始まるぞ、本当の戦いが! 私はこの時を待っていた! お互いが死力を尽くし、全身全霊をもってぶつかり合う! 真の勝利とはその先にあるのだ!!」

『──はッ!!』

 三名の騎士が声を揃えて敬礼を返し、控えし大戦への意志を新たにする。

 彼らは気付いていなかった。

 広間の片隅でその様子をひたすらに眺めて、ふっと嘲笑すらもらして立ち去っていった男が居たことに──。



「熱砂の都とは聞いていたが、予想以上だな…」

 そう言って、頭にかぶった草編みの傘から太陽をちらりを仰ぎ見たのは閑那だ。

 火牙刀に嵐丸、閑那と岳人──武神の風林火山は、メリーアンの先導で獅童の王都を目指している真っ最中であった。

 『御神刀』の話から一夜明け、彼らが主である武神真幻から下された命令は獅童への渡航、および自分に代わって獅童王と謁見し、同盟関係を結んで来いというものだった。

  真幻の傍には、火牙刀にとっては海岸の漂流者として親しく交流のあったメリーアンが控え、彼女は自らの口で自身が獅童からのスパイであった事実を伝える。本来ならば驚くべきところだが、天魔との大戦を控えた今となって、鬼龍へスパイ活動をしに来ない国などそもそもあるまい。どこの国よりも文化的にも文明的にも後れを取るこの国ならば、属国として隷従させるに容易い──そう見られていても仕方がないということだ。

 かつて街で『主の教え』を解いては民衆の信仰を集めていた宣教師もすでにその姿はなく、彼女もきっと『そう』だったのだろうと考えるに易い。だから風林火山は誰一人として動揺することなく、メリーアンの『行動』の『正当性』を理解した上で和合し、彼女が持ちかけた獅童王からの結盟案を受けることに一切の異論も出さなかった。

 獅童王は代替わりがあったばかりで、先王は天魔との戦によって散ったと聞く。故に同じ敵を討つならば手を組まないか──という申し出は、天魔どころか世界に対しても情報量が圧倒的に少なかった鬼龍にとってはまさに渡りに舟なのであった。

「ダイジョウブですか、閑那サン。冷風をオ送りしまショウ」

 と、彼らの殿をついてきていたカッツェが身体の送風ファンを開いて涼しい風を提供してくれる。

「ありがとうカッツェ」 火牙刀は言った。「でも、あなたは大丈夫なのか? これだけ暑いと、その身体では熱がこもってしまうのでは?」

「オ気遣い、ありがとうゴザイマス」 カッツェは首だけをカクンと下げて言った。どうやらお辞儀をしているらしいというのは、メリーアンと同じように親しい付き合いがある火牙刀にしかわからない動作だった。「ですガ私の内部は冷却水が循環してオリマスので、温度は常に一定が保たれるヨウニなってオリマス。ご心配ナク」

「そうか。それを聞いて安心したよ」 火牙刀は笑って言った。「でも、もしもの時には自分の身を一番に守ってくれ。皆のことは、俺が守るから」

「はーっ、言ってくれるじゃねえの」

 水遁と風遁の術の組み合わせで、カッツェに提供されるまでもなく自身の周囲のみになら冷風循環が可能だった嵐丸が、まるで呆れたように言った。

「そういうおまえが一番無防備っつーか一番暑っ苦しいカッコしてんだろうがっ。そのヨロイ、せめて歩いてる時くらいは脱いだらどうなんだよ」

「俺は別に、それほど苦しくはないよ」

 火牙刀は言葉の通り、割と平然とした様子で言った。戦術の上で劫火を操る彼にとって、この程度の日射ならば耐久力があるのかもしれない。煉獄の炎を宿すとされる『御神刀』の所有者として名乗りを上げただけのことはある。

「火牙刀サン」 と、カッツェが彼の兜に両手をかけて言った。「ソレデモ、この日射の中で頭の冷却が疎かにナルのは危険なことデス。せめてコチラはカッツェがお持ちしまショウ」

「ありがとう、カッツェ。それじゃあお願いしよう」

 武人として、自らの頭という最大の急所を守る防具である兜を、火牙刀はあっさりと鋼人であるカッツェに委ねてしまった。カッツェのほうこそ何かしら戸惑ったような沈黙を見せたものの、何を言うでもなくそれを受け取り、腹の格納庫にしまい込む。

 この獣型鋼人の同行は、真幻の命令でも何でもない。こいつは、獅童を目指す風林火山が乗り込む予定だった物資輸送船に偽装した船への荷積み現場にトコトコやってきて、自ら助力を申し出てきたのだ。

 宣教師やメリーアンがスパイであった以上、カッツェだってどう考えても鉄機からのスパイだと思われて然るべきだ。しかし警戒する武将らとは裏腹に、快くその助力を受け入れたのはやはり火牙刀なのだった。

 彼は街への買い出しでカッツェに重い荷物を持ってもらい、共に話しながら街道を歩いたことがあった。そうかと思えば海岸で背に乗せてもらい、心地好い潮風の中を遊覧飛行したこともある。

 確かにカッツェだってスパイかもしれない。腹の底で何を考えているかはしれない。けれど、もし敵地の情報を聞き出すためであったにしろ火牙刀の話を興味津々に聞いてくれて、仮に嘘であったとしても代わりに鉄機にまつわる話も聞かせてくれた上、万一に隙を窺っていたとしても、時として遊興にも連れ出してくれたカッツェの態度そのものには幾度も助けられている。

 スパイだったらだったで、こいつが何かを見極めようとしているのなら、そしてそれゆえの同行だというのなら、自分たちへの助力が厚意であることを大前提として、受け入れたっていいだろう──火牙刀は、平然とそう言ってのけたのだった。

 この行動が吉と出るか凶と出るかなど、出目が揃わねば見えもしない。疑わしい者を疑ってかかるなら誰にでもできる容易いことだが、信じて連れ添うことは非常に難しい。火牙刀は誰よりもその難しい術に長けた性格の持ち主だ、ならばせめて自分たちは、彼の心持ちを信じてみようか──メリーアンを含めた武将らが今に至ってもカッツェについてとやかく口にしないのは、そう決めているからだった。

「見えたぞ!」 メリーアンが言った。「あれが獅童の王都だぞ!」

「蜃気楼じゃねえだろうなオイ……」

 周囲を見渡す仕草をしながら、嵐丸が彼女の指す方向へ目を凝らしてみると、なるほど確かに大きくそびえる石の城壁が見えた。陽炎で揺らめいてはいるけれど、浮いているようには見えない。それは確かにそこに在るようだった。

 いよいよ歩を速めて近付いてみれば、見張りがこちらに気付いたか、強固な城門が開いて幾人もの兵が駆け出してきた。

「オーイオーイ、俺たちはここだぞー!」

 槍を振り回してメリーアンが合図すると、兵らの中でも特別でかい図体をした女の獣人がズンズンと輪を抜けて真っ先に到着した。

「うへ…?」 たまらず嵐丸の首が上を向く。

 兵らとの比較で、彼女が飛び抜けてでかいということだけはわかっていたが、その身の丈がまさか自分たちの倍はあろうなど想像もしなかった。岳人ですら、自分をゆうに上回る豊満な体格を唖然を見上げているだけだ。言葉もない。

「おかえりなさい、メリーアン! そしてようこそ、鬼龍からの使者の皆さん! ウチらは皆さんを心から歓迎しますわ!」

 思いのほか柔らかな声色で、例えるならば万物の母のように獣人の女は言った。桜色の図体と赤い髪は日焼けなのかと軽いジョークを飛ばしたくなるが、怒らせると怖そうなので誰も何も言わなかった。

「獅童三獣将のひとり、聖獣将タウレトだぞ」 メリーアンが、その巨体の女を紹介した。「こう見えてめちゃくちゃ素早いんだぞ! あとで火牙刀は稽古をつけてもらうといい、きっといい経験になるぞ!」

「タウレト殿、お初にお目にかかります」 火牙刀は頭を下げて言った。「俺は鬼炎龍火牙刀。鬼龍王・武神真幻の使者として、獅童王殿と結盟の儀を執り行うべく参上致しました」

「まあまあ、ご丁寧にどうもぉ! でも、こんなところで立ち話もなんですわ!」 タウレトは火牙刀を押しとどめ、獅童の城を振り向いた。「おもてなしの準備もできてますんで、さあどうぞ、お越しになってくださいな!」

 わらわらとやってきた兵たちが一同から旅の荷物を預かり、城へ案内していく。と、その中のひとりが火牙刀の出で立ちに目を止める。

「この灼熱の中、そんな鎧を着込んだままで戦えると思っているのか?」 その者は、兜の奥に光る猫科の目を鋭く細めて言った。「砂漠をなめるなよ!」

「──お気に障ったなら申し訳ない」 火牙刀はそれだけを答えるに留めた。

 閑那も、岳人も、嵐丸も何も言わなかった。

 確かに兵の言い分はもっともだ。先ほどから幾度も話題に上がっているが、この熱砂の地ではとにかく身の冷却手段を確保することが第一になる。熱に耐性があるとはいえ、気を抜けば火牙刀だって敵に討たれる前に日射にやられて倒れるだろう。

 けれど、それはこの地においてのみ適用される戦略だ。

 言い方を変えれば、こいつらが仮に鬼龍での戦に参戦することになったとしたなら、こんな軽装では飛び交う矢と鉄砲玉に当たってあっという間に死体の山と化すことだろう。

 地形、気候、相手の戦術──戦いとは、そのさまざまなものに応じて行なう必要があるものだ。あの兵も、自分たちも、そこを解っていなかった。それだけのこと。

 強くなるための修行には『実戦』が一番だ──。真幻はそう言った。火牙刀はその意味を噛みしめて、改めて前を向く。

 御館様。御館様がおっしゃる通り、俺は『世界の戦い方』を活かす術をこの身に着けましょう。まずはこの獅童において、彼らの戦術と戦略を学べと、そういうことなのですね──。



「トルマリンよ。おまえには我が信念が理解できるか?」

 王座の前に控えた少女の姿をした鋼人に、鉄機の王であるジルコニアは言った。

「我ら鋼人の寿命は無限も同然。魔力が尽きれば死ぬ魔人とも、短命な獣人とも、時が経てば自然と果ててゆく鬼人とも違う」

「…は」 頭を下げ、トルマリンは同意とも相槌ともつかぬ返事をする。

「傷んだ腕や脚は換装でき、あるいは記憶データを移植することでまったく新しい身体に移ることも可能…」 ジルコニアは自らの手を眺めながら言った。それは果たして、彼にとって幾本目の腕だったのであろう。「無限の時を見ることが可能な我ら鋼人こそ、この新世界を導くに相応しい覇者の種族なのだ」

 間違ってはいない──。その思考の正当性はともかく、トルマリンは少なくとも、王の言葉は断じてあやまちや過大評価などではないと、そう思っていた。

「我ら鉄機は、他者との切磋琢磨によってより便利な機器を開発し、より素晴らしい文明を築き上げてきた」 ジルコニアは言った。「ならばこそ、我らは表立って世界を支配するのではなく、支配者の陰に在って世を操り、『正しく』発展するよう導くことを天命とする」


 ──本当に、そうなのだろうか?


「カッツェ!」

 波打ち際で遠い海を眺めていたトルマリンは、自らが搭乗するパワードスーツの名を呼ぶ前を聞き付けて背後を振り向く。

 そこには、数人の街の子らを連れた火牙刀がやってくるところだ。

「すまないカッツェ」 火牙刀はちょっと申し訳なさそうに言った。「先日、海の上を飛んでもらった話をこの子らにしたら、ぜひ乗ってみたいと駄々をこねられてしまったんだ。あまり時間は取らせないから、少しだけ──」

「問題ありまセン」 トルマリンは──否、カッツェは頷いて言った。「私は皆サンのご要望とアラバ何デモ承りまショウ」

「本当か? ありがとう! ──ほら、カッツェがいいって。ちゃんとお礼を言うんだぞ」

「わあい、ねこさんありがとう!」

「あたいが一番乗りだぁ!」

 子どもらは口々にはしゃぎたて、礼もそこそこにカッツェによじ登ろうとする。彼女はそれをひょいひょいと担ぎ上げて、本来は別の用途で装着されている拘束具で身体に固定すると、ゆっくりと足裏のスラスターを起動する。

「それでは参りマス。皆サン、楽シイ海の旅を」

 空中へ舞い上がるカッツェの上で、感極まって歓声を上げる子供たちの声。

 浜辺で手を振り、笑っている火牙刀の姿。

 王よ──。トルマリンは思った。ずきりと胸のCPUが痛みにも似た信号を発する意味を、彼女は文字通り痛いほど理解している。

 王よ。これが本当に『未発達』で『未熟』な者らの姿なのでしょうか?

 『無限であること』が、鉄機こそが最も優れた種である理由だと王は申された。けれど、有限であるからこそ、彼らは『今』を精一杯生きる事ができ、めいっぱい楽しむことができるのではないのですか──。

 鬼龍の『未発達』ぶりを見極め、鉄機の属国として使い潰すだけの価値があるかどうか──それを見い出すことが彼女の使命だったが、すでにそんなことはどうでもいい。

 ……否、そんな考えは馬鹿馬鹿しい。

 『姉さん』──。

 愛しい『妹』の声を思い出し、そして彼らにもまた自分と同じく守るべきものや愛する者が在るのだという事実。それ以上の判断基準など、もはや必要ないだろう。

 王よ。それでもあなたがこの鬼龍を──このひとたちを、この子たちを隷属させるためだけに私を使おうというのなら、私はあなたに反逆しましょう──。



「かっかっか、苦しゅうない、苦しゅうないぞ!」

 ふんだんに金をあしらった豪奢な玉座に着いた幼い娘が、嬉しそうに火牙刀たちを出迎えて言った。

「妾こそが獅童王、クレオ・パンドラ・ファラオームじゃ! 鬼龍王の遣いよ、妾の提案のため遠路はるばるご苦労であった! ゆるりとくつろぐがよいぞ!」

 彼女が両手を広げて示した大きな長テーブルには清楚な白いクロスが張られ、極彩色の果実や湯気の立った焼き立ての肉の塊が所狭しと並んでいる。

 獅童王がどのような人物かについては緊張を拭えなかった分、ここにきて彼女の姿と言動を認めれば、どこかしらホッと安堵のような心持ちに変わるのも致し方ないことだろう。緊張のあまりそれまでの空腹と疲労を忘れていただけに過ぎないのに、唐突に腹が減ってきたような気がして、風林火山はメリーアンに促されるまま用意された席に着く。

「積もる話もあるじゃろうが、おまえたちは妾の客人じゃ。まずはもてなしをさせてくれ」 クレオは言った。「必要ならば質問も受けよう。何なりと訊くがよいぞ」

 使用人たちが肉の塊を切り分け、ほのかに色付いたそれを一同に並べて回る。女性である閑那は気を遣われたのか、肉は小さめに、野菜と果実の盛り合わせがあてがわれた。

 この熱砂の都において、農作物がどれほど貴重なものかは充分に理解できる。だからこのもてなしがクレオの精一杯の心遣いであることが見て取れて、彼らは一様に頭を下げると手を合わせ、頂きますと礼節の言葉を口にした。

「まあ、これは……」

 果実酒をひとくち頂いた閑那が、感嘆の声を漏らした。

「甘いのにしつこくなく、キレがようございますね。私は辛口が好みだったのですが、これでしたらいくらでも頂けそうです」

「ヤシの果汁を使ったものなんよ」 タウレトが嬉しそうに言った。「これはウチも好物でね、気に入ってもらえたんなら嬉しいわあ」

「──後れての参上、まことに申し訳ない。失礼いたします」

 凛と響く男の声がして、兵が開いた石扉の向こうから新たに二人の獣人がやってきた。片方はタウレトをも上回る巨体を持つ、緑のウロコに包まれたトカゲの大男。そしてもうひとりは、イヌ科の耳と尾を持った屈強な男であった。

「おお、セベクにアヌビス! 待ち侘びたぞ」

 クレオがふたりを出迎えて、玉座の背後に控えたふたりを一同に紹介した。

「こっちのおっかないのが聖獣将セベク、一騎当千と名高い戦士ぞ! そしてこちらの男が妾の右腕、神獣将アヌビスじゃ! こやつこそ我が獅童が誇る最強の勇者、魔術・戦略・戦術のどれをとってもこやつに敵う者はおるまいぞ!」

 謙遜の必要もない事実なのであろう。アヌビスはクレオの紹介を受けて皆に頭を下げてみせる。岳人や閑那は、その鋭い肉食動物の目を見ただけで、およそその男が持つ深淵の一部を見たことであろう。

「これで、双方ともに最大戦力が全員出揃ったということになりますかな…?」

 と、岳人が一同を見渡して言った。

「それではさっそくですが、お訊ねさせて頂こう」 彼はそのまま続けた。「獅童王よ。何故あなたは我々鬼龍との同盟関係を望まれたのか?」

「確かに、それは真っ先に答えねばならぬことじゃな」 クレオはひとつ頷き、言った。「皆もおそらく知ってはおるじゃろうが、妾は先の天魔との戦において父上を喪のうておる。しかし父上の気高きご意志は、呪術において獅童随一を誇る妾のもとで健在にあらせられる!」

 と、立ち上がった彼女が手にしていたロッドを正眼に構えて魔力を注ぐと、一陣のつむじ風と共に、彼女の背にぼんやりと薄紫色をした男の姿が浮かび上がった。

「先王、ツタンク・アメン様の英霊にあらせられますのん」 タウレトが言った。「クレオ様がご意志を継がれたとはいえ、先王の無念もまたクレオ様と共にありますわ。そんな折、ウチらはメリーアンから、鬼龍に天魔の宣戦布告があったと報告を聞きましてねぇ」

「まァ正確には降伏勧告だったんだけどなァ」 嵐丸が言った。

「メリーアンをスパイとして送り込んでいた非礼はお詫びする」 アヌビスは言った。「必要とあらば、鬼龍に優位な条件にて結盟することもできましょう。我らは何としても、先王の仇である天魔を討ちたいのです」

「なるほど」 閑那は淡々と言った。「ではあなたがたは、鬼龍を属国として取り込む心算を立てていたのではなく、共に天魔を討つ盟友として交渉する機を伺っておられた──と、そのように受け取って宜しいのですね?」
「まったく相違ない。鬼龍が世界に乗り出し、天魔が本格的に動き始めた…我ら獅童も次の一手を打たせてもらう!」

「それが、この結盟なのですね…」

 火牙刀は相手の強い決意の言葉を受け、頷いて言った。

「ただね、この世界も思ったほど単純ってわけじゃないんですよ」 と、タウレトがふうっと溜息を吐きながら言った。「ウチら獅童と鬼龍が結盟交渉に入った情報をどこからキャッチしたのか、鉄機が天魔に結盟を持ちかけてるらしいんですわ」

「……」

 この一同の中で、巨体では劣るもののひときわ目立つ鋼人であるカッツェは、何も言わなかった。

「鉄機は今まで、表立って大きな戦をしたこともなければ、どこかの国へ援助や侵略を行なったこともない国ですの」 タウレトは続けた。「だからこそ今、このタイミングで天魔と結盟っていうのが今ひとつピンと来ないんですよね」

「勢力として見るならば…」 と、セベクが言った。「もっとも新世界覇者の座に近いのはアーサー王であろう。ゆえに、長いものには巻かれろという精神で天魔に付き従うことを選んだ──というのも、これまでのかの国の在り方から見れば、やはりおかしな話」

「天魔が目指すは『新世界統一』。いづれ侵攻を受けることになるならば、少しでも優位な友好関係を築いておきたいというのも一理ある話では?」 閑那は言った。

「それじゃちょっと意地悪な質問になっちゃいますけど、鬼龍さん方でお流行りの『鉄砲』の技術は、どこの国のものです?」

 核心をつくタウレトの言葉に、閑那はわずかに沈黙し、まさか、という顔をした。

「鉄機は世界中に、自分らが作った技術をばら撒いてるんですよ。それも、そこそこの程度を絞った分類のものをね。天魔じゃ義手に義足といった、鋼人ならではだった『換装』のシステムがもたらされていると聞き及びますわ」

「船の難破や漂着といった、いかにもな偶然を装っているのだとすれば尚のこと、鉄機の目的が見えんのだ」 アヌビスは言った。「ナリを潜めていた奴らの真意が見えぬ以上、この結盟が成されたあと、我らはどう動くべきか──」

「だからウチは鉄機の動きが気になるんですよ!」 タウレトは鼻息荒く言った。「天魔を倒す前に鉄機をどうにかするべきです!」

「そんなことはアヌビス殿もわかっておられる!」 手にした剣でガンと床を突き、激昂したセベクが怒鳴る。

「よさんか!」 クレオが言った。「客人の前で、妾に恥をかかせるでない!」

「は──はッ、失礼を…!」

 我にかえったセベクが剣をひっこめ、頭を下げる。誰も特に気にしてはいなかった。

 ただ、ひとりを除いては。

「……鉄機の目的は…『戦火の拡大と維持』……」

 ぽつりと少女の声で独り言のような言葉が聞こえて、一同は揃ってクレオのほうを見やった。視線にが集中した本人は何かしら動揺したのか無言のままブルルッと首を振り、自分ではないことを訴える。

「鉄機王ジルコニアは、他者との争い…すなわち『戦争』こそが文明発展の最重要要素と捉えている」 声は尚も言った。「鉄機は覇権になんか興味はない。あるのはただ、戦火拡大の中で生み出される数多の兵器……『ヤツ』はそれこそを『文明』を呼ぶの!」

 はっ、と火牙刀は自分の背後を振り向いた。

 ずうんと控えた棒立ちのカッツェ。声は、その腹部の奥から聞こえてくる。

 ガシュッ。皆が見ている前で大型パワードスーツの腹部搭乗口が開き、中からクレオ程度の身の丈の少女が降りてきた。集音に長けているのだろう、カッツェのそれと同型の耳の拡張パーツや、強固な金属で組まれた胴体部を見れば鋼人であることは一目瞭然だ。

「貴様、やはり鉄機のスパイであったか!?」

 思わず閑那が立ち上がり、三獣将もまたクレオの前に展開する。

 ──だが。

「待ってくれ!」 彼らと少女の前に、火牙刀が割り込んだ。「みんな、彼女の話を聞いていなかったのか!? 彼女は鉄機について、少なくとも忠誠を示すようなことは何も言っていない! 俺たちに伝えたいことがあるんだ!!」

「…ありがとう、火牙刀」 少女は言った。いびつに、嬉しそうに笑って。「キミはいつでも、ちゃんと私の話を聞いてくれたな」

「面と向かって嘘でしたって言われるまでは信じてみろ、っていうのが、御館様のお教えなんだ。キミはまだそれをしてない。それだけのことだよ」

 ──そんなやり取りに、自然と周囲の者らが構えを解いていく。『危険』が去ったことを認識した火牙刀が身を退ける奥から歩み出た少女は、一同に向かって言った。

「私の名はトルマリン。鉄機の諜報活動員──すなわち、スパイだ」

「……」 その時点では、誰も何も言わない。メリーアンの時もそうだったからだ。

「そなた」 と、アヌビスが言った。「鉄機王は、『戦争』こそを『文明発展』の要因であるとしている……と言ったな?」

「ああ」 トルマリンは頷いた。

「貴公はそれを信じているのか?」

「信じて『いた』よ。──少なくとも、鬼龍に渡るまではね」

 そう言って彼女は火牙刀を振り向いた。まるで今際の際にでも見せそうな儚げな笑みを含んで、彼女は言葉を続ける。

「でも実際はどう? 戦争の火は美しい草木を焼き払い、地を焦土と化し、数多の人命を奪って人々の心を絶望に落としていく。ここから何が生まれようというんだ。仮に生まれるものがあるなら、それはきっと、より強大な敵を倒すための兵器とその戦術・戦略だ。私が……いや、あなたがたが思い描かれる『文明』などとは程遠い。私は鬼龍での生活を──この火牙刀殿との交流を通じて、そう考えるに至ったんだ」

「カッツェ…」 火牙刀が感嘆に呟くと、

「トルマリン、だ」 少女はフフッと笑って言った。

 そして彼女は、残る風林火山と獅童王、その側近たちを振り向いて言った。

「私はもはや鉄機王の考えを至上とは思っていない。あなたがたが先ほども話されていた通り、天魔を討たんとするならば、まずは天魔に余計な力を与えて戦火を延長させようと目論む鉄機を先に討つのがいい」

「……あなた、わかってるの?」 タウレトが言った。「鉄機はあなたの祖国よ? それが真っ先に落ちるってことが、どういうことなのか……」

「それでも、無駄に犠牲を積むよりはいい!」 トルマリンは強く言った。「私は祖国に妹がいる。彼女が前線に駆り出されるようなことがあればと思えば気が気じゃないんだ。それに、私の先導であなたがたが少数精鋭の電撃作戦を実施できるというのなら、国土の被害も最小限で済むだろう。私はそこに賭けているところもある」

「なるほど、そういう目的か…」

 閑那は唸り、室内を見渡した。

 ここで『少数精鋭』という単語が適用できる人物といえば、自分たち風林火山と獅童三獣将の計七名。ここにトルマリンを含めた八名となる。下手をすれば分隊以下の人数だが、大々的に国同士がぶつかり合うわけではないのだから問題はあるまい。

 この『電撃作戦』が罠で無い限りは──。

「セベクよ」 アヌビスは言った。「遣いの者は何と?」

「……天魔と鉄機は、すでに結盟の内定を取ったとのことだ。正規な関係となるのも時間の問題だろう」

「正規の結盟ともなれば、今よりもっと高い技術力の兵器が担ぎ込まれるか、あるいは領海、領空内の戦闘配備が厳しくなる可能性もある。トルマリン殿の言う通り、ここは火急の案件として扱うべきだな」

「──信じてくれるのかっ?」

 息をのんだトルマリンが思わず声を上げるさまを一瞥し、アヌビスはふっと目を伏せた。

「信じる信じぬではない。我々はこの機に鉄機を討つ必要があると見なしたまで。故に我々のこの作戦に、貴公が国内プラント構造をよく知る自身の知識を活かすべきと考えるか否かの判断は委ねよう。──無論、同行される場合は『捕虜』として丁重に扱わせて頂くがな」

「ひぇーっ」 嵐丸が口笛まじりに言った。「戦略家としちゃあ、閑那ネキよかおっかねえぜ。一番敵に回したくねえタイプだなあ」

「だが、味方である以上これほど頼りになる方もいるまい」 岳人が面白そうに言った。「それでアヌビス殿。今作戦の決行は、いつになさるおつもりか?」

「結盟の調印式は明日の正午じゃ!」 と、待ってましたとばかりにクレオが言った。「それをもって妾たち獅童と汝たち鬼龍は正規の結盟関係となり、ともに天魔打倒の道を歩む盟友となる! 鉄機攻略の電撃作戦もそれからの決定となるじゃろう!」

「あなたがたも長旅でお疲れでしょう?」 タウレトは言った。「一刻も早くと思われる気持ちもわかりますけど、あまり急いても手元が狂うものですよ。数日はゆっくり休んで、作戦の立案はアヌビスにでもお任せくださいな」

「宜しければ、立案に関しては私もまぜて頂きたい」 閑那が言った。「鉄機について情報が少ないのは我々もあなたがたも同じこと、トルマリン殿からゆっくり話を聞きたいのでな」

「承知した」 アヌビスが頷き、トルマリンも同じくひとつ頷いた。

「私も、可能な限りの情報を提供しよう。この行動が……祖国に居る妹への想いが、断じて偽りなどではないことを、これをもって証明してみせる! だから──」

 と、バシッと拳を叩いたトルマリンは、火牙刀を振り向いた。強く鋭い戦士の目をしていた彼女の瞳がふっと揺らぎ、優しさと憂いを同時に帯びる。

「だから火牙刀。鉄機の未来を、頼むよ」

「……俺は『あやまち』を正すための戦いをするだけだ」 任せろ、と言ってやりたい気持ちを堪えて、火牙刀は神妙に言った。「そこから先をどう歩むかは、結局のところその者次第だ。鉄機の未来を作っていくのは俺たちじゃない。やっぱり、鋼人であるキミたちだよ」

「……そうか……ああ、それもそうだな」

 大切な事を思い出したように彼女はそう言って頷くと、タウレトに連れられて別室へと隔離されていった。




                               To be contonued...(2018/10/02)