親の心子らず


 夜空の向こうに在る遠き祖国を想い、海を眺めていたメリーアンの目がすっと細く鋭い光を宿した。

「……機は熟したぞ。やっと俺の出番も回ってくるってもんだぞ」

 浜に下ろして腰をヨッと持ち上げ、彼女は掘っ立て小屋も同然の、簡素な『我が家』へと戻っていった。

 明日の朝は早くに行動を開始せねばならない。そう思って。



「──覚悟!」

 声を張った円卓騎士ランスロットが、腰だめに構えた剣で最後の一撃とばかりに突っ込んでくる。翼の推進力も相俟って、速さは龍上剣真の比ではない。

 まずい、やられる──。一秒に満たぬその間で、防御すら間に合わないことを悟った火牙刀が己の敗北をも意識したとき、予期せぬ大きな音が場の緊張を打ち破った。

 一発の銃声。バーンと響き渡ったそれは天井へ向けて放たれたもので、板張りのそこにひとつの穴を穿つ。

「おいおい、随分と楽しそうじゃないか」 黒き銃を手にした男は、言葉の通り面白そうに笑って言った。

「黒閃龍、雷我…!」 まさか、とその名を口にしたのは剣真だ。

 名に相応しく蒼黒い甲冑に身を包んだ男が、大広間の入口に立っていた。同盟書簡とは名ばかりの降伏勧告に逆上し、円卓騎士に挑んで無様も極まりなく完敗を喫した龍上四天王らが盛大にぶつかったせいで、間仕切りの紙の障子などもはや見る影もないそこに。

「俺も混ぜてもらおうか、異邦の騎士さん方よ!」

 曲がりなりにも剣真と同じく『龍』の称号を持つ雷我の銃は、今度こそ牽制の目的でなく、足を停めていたランスロットの足元を目掛けて数発ほど撃たれた。草編みの床材に次々と穴を開けていく攻撃から彼は咄嗟に大きく翔び退り、中庭を背にした板の間へと着地する。

 が、それを読んでいたように、雷我はすでに騎士まであと一歩というところに追いすがっていた。有無を言わさず火薬が炸裂し、至近距離での発砲が決まる。通常であれば、これで相手の頭に穴が開いて勝敗は決したであろう。……そう、『通常』であれば。

 騎士は当たり前のように生きていた。顔の前に構えた剣で銃弾を受け止め、真っ二つに断ち切って。

 ほんの数秒に満たぬ攻防だが、ランスロットの速さに追い付く雷我と、その雷我の万物をねじ伏せる剛さを受け流すランスロット両名の実力が垣間見える一瞬だった。

 強い──。火牙刀は目を離せないまま思った。こいつがあの黒閃龍か、噂以上の強さだ──。

「……は、上等じゃねえか」

 と、震えを押し殺した声で真幻が低く呟いた。火牙刀が、剣真が、そして雷我が一様に彼に目をやる。

「この鬼龍王に降伏勧告たあ、いい度胸してやがるぜ天魔王サマよ!」

 もとより握り潰していた書状を破り捨て、立ち上がった真幻は片足を大きく踏み出すと、威嚇の意を込めてドンと大きな音を響かせる。それこそ屋敷全体を揺るがすほどに。

「こちとら勝てねえ喧嘩はしねえ主義よ、こんなフザケた書を送り付けやがったこと、後悔させてやる! 帰って王サマに伝えな、全面戦争だ!!」

「交渉決裂! …ははっ! そうこなきゃな!」 待ってましたとばかりに、赤い髪の騎士が狂気じみて笑って言った。「さあ、今すぐ始めようぜ! 命のやり取りをよぉッ!」

「落ち着いて下さい!」 と、彼の傍に居た白い服の少女が割り込んで言った。「まだコトを荒立てるのは危険です! ……騎士様方、私は撤退を進言致します」

「うーん、それがいいなぁ」 唯一、背にした槍を手にしていなかった騎士らしき娘が、場違いに落ち着いた調子でのほほんと言った。「こんなとこで自分らがやり合ってもしょーがないしなぁ。私らの役目は書状を届けることだし、それも一応終わったんだし帰ろうよぉ?」

 黒閃龍なる思わぬ加勢の登場で、すでに場の空気は変わっていた。真幻と剣真は当然、火牙刀ら腹心や衛兵に加えて、戦う力すら持たないはずの屋敷の使用人たちまで、各々に武器とも言い難い棒きれや農具を手に身構えている。

 大半の相手が手負いであるここで全員を壊滅させることは、この騎士らにとっては造作もないことだ。しかしそんなことは自分たちの本分ではないし、命令も受けてはいない。

 何よりそれは、この『使節団』の団長を務めるランスロットの本懐ですらない。

「なるほど確かにな!」 その必要もないほど大きく声を張り、彼は言った。「よし、本国へ帰還する! 撤退だ!」

「待てっ、そんな簡単に逃がすとでも──」

 手にした宝珠に霊力を循環させて踏み出しかけた閑那を、真幻が持ち上げた腕で制した。

「御館様…っ!?」

「誰も手を出すんじゃねえ。帰りてえってンなら、帰らせてやんな」

 黒閃龍の加勢があれば、たとえ全員は無理でも数名を捕虜として捕らえることくらいはできたろう。閑那の狙いはそこにあった。真幻が言うとおり天魔と全面戦争という流れになったとき、それは必ず役に立つはずだから。

 しかし、主はそれを望んでいないようだ。毛の逆立った猫のように、ここまでコケにされた侮辱への怒りに震えていた彼女の心が、わずかな間を置いて急速に冷えていく。

 真幻は、この屋敷での『被害』を最小限に抑えようとしているのだ。ここで捕虜の獲得を目的に戦えば、間違いなく使用人にまで犠牲者が出ただろう。自陣の死者を積み上げて勝ち得る捕虜に、どれほどの意味があろう──彼は、そこまで考えている。

「皆、下がれ!」閑那は使用人たちに言った。「『客人方』のお帰りだ!」

 揃いも揃って口を固く結び、奥歯を噛みしめて天魔人らを睨み付けていた者たちが、渋々といった様子で構えを解き、出口への道を開ける。

「ほんじゃ、お邪魔しましたあ」

 少女の騎士が自陣の兵らを引きつれて真っ先に身を翻し、チッと舌打ちした赤髪の騎士に続いて側近の娘が広間を出ていく。最後に残った白銀の騎士──ランスロットは、剣を腰にしまうと、未だ構えを解かぬ火牙刀に向かって言った。

「我が名はランスロット!」 最後の最後まで、耳に残る大きな声で。「この名と騎士の誇りにかけて誓おう! 次は勝つと! さらばだ真城火牙刀!」

 これまで幾多もの戦場を駆けた火牙刀に、戦いにおいて初めて明確な『死』を意識させたのはこのランスロットが初めてであった。

 その脅威に見合わぬ神々しき背が廊下の向こうへ消えていくのを見届けた彼の足から、がくんと力が抜けた。

「火牙刀!」 咄嗟に腕を伸ばした岳人が彼を支える。

 黒閃龍も去ることながら、どいつもこいつも何て強さだ──。彼の脳裏にぐるぐると今しがたの攻防が巡る。鬼龍をやっと統一できたと思ったら、今度は世界が相手だなんて──。

「……どうだ火牙刀」

 と、彼の視界に大きな足が映った。目を上げてみると、傍らには真幻が立っている。

「鬼龍の外にゃあ、あんなモンがまだうようよしてやがる。しかも今度の相手は、あんな連中の親玉だ。……どうだ火牙刀、戦えるか?」

 岳人と閑那が、揃って火牙刀を見た。ついたった今、命を脅かされたばかりの少年を。

 だが剣真の目は違った。一種、確信めいた強さを秘めて、彼女は火牙刀を見つめている。

「──もちろんです、御館様!」

 火牙刀は言った。その声には、無理をした震えも、恐怖による慄きもない。岳人と閑那は思わず唖然としてしまい、剣真はふっと目を伏せて笑う。

  真幻に拾われるまでの、家族も住む地も失い彷徨っていた亡霊のような過去の自分。負け戦の生き残りだと差別を受け、生きるために人を殺めたことすらあったその忌まわしい苦痛の記憶と、外の国でも同じ戦いが繰り広げられているというこのたびの情報は、いま彼に、この国どころか世界各地で同じ苦しみを背負う者が数多いることを知らしめてやまない。

 ならば自分にできることは、その苦しみのすべてを断ち切ってやることだ。新たに始まる世界列国との『戦争』に勝つことだけがその道だというのなら、それだけの力を会得し、戦うまでなのだ。

「天魔、獅童、鉄機…」 火牙刀は拳を握った。「俺は負けない! 争いのない世界のために、俺がこの戦乱を終わらせてみせる!!」

「それでもこそ鬼龍男児だ」うんうんと頷きながら、まるで親のように剣真は言った。「世界におまえを見せてやれ!」

「…俺の台詞、横取りしてんじゃねえよ」

 まさに自分が言うべき言葉とタイミングを掻っ攫われてしまった真幻が、やれやれと言った。けれどその顔は面白そうに笑っている。

「とんだ騒ぎになってしまったな…」 土足と戦闘で散らかり放題になってしまった大広間をざっと眺め、変わって閑那は肩を落として溜息を吐いた。「皆、すまないが片付けを頼むぞ。心得のある者は、急ぎ怪我人の手当てを!」

 彼女の凛とした指揮によって、ざわついていた使用人たちが我にかえった。手にしていた粗末な武器をとりあえずひと処にまとめると、彼らは座敷の中へと散らばり、完全にノビている龍上四天王を運び出していき、散乱した料理の残りや食器類を集めて回る。

 そんな中で、ふと顔を上げた岳人が辺りを見回しながら言った。

「そういえば、嵐丸と瑠璃殿はどこへ行ったんだ?」



「チッ…だーれも追って来やがらねえ。鬼龍は腑抜けの集まりかあ?」

 舌打ちまじりで、無人の回廊を振り向いたモルドレッドがつまらなさそうに言った。

「そうおっしゃらずに」 側近の少女、セイザーヴェルスがクールに言った。「書面の内容からして、我々はどうあっても、彼らにとって招かれざる客でした。こうして追っ手もなく撤退できるだけでもありがたいことです」

「そのとおりだモルドレッド!」 ランスロットが言った。「その点では、この国の者たちは礼節を弁えているとも言えよう! そして我ら円卓騎士に真っ向から挑んで勝てるはずもないという、己が実力さえもな!」

「声でかいよランスロット」 槍を背負ったパラメデスが言って、ウーンと唸りながら視線を上げた。「でもなー。何か聞いてた話と違うなー。対等な立場の同盟って話だと思ったけど勘違いだったんかなー?」

 ふむ、とひとつ考える間を置いて、ランスロットは対照的に目を下げる。

 彼らが主君アーサー・グリフィスは、聡明寛大にして屈強な騎士であり、また極めて誠実たる人物だ。こんな、無駄に相手を挑発する書状を送り付けるためだけに、腹心である自分たち円卓騎士を派遣するようにはとても思えない。

 実を言えばアーサー王の勅命である旨を伝えて彼らに書簡を託したのは、同じ円卓騎士のアグラヴェインであった。ここにいる三人はこの件に関してアーサー王と直接話しても居なければ、彼の側近であるマーリンから委任を受けてすらいなかったのだ。

「確かにおかしい…」 ランスロットがぽつりと言い、パラメデスを振り向いた。「あの書状は本物なのか!?」

「声でけえんだよランスロット。ンなこたあ、もうどうでもいいじゃねえか?」 それこそつまらない愚考だと、彼らの問答をモルドレッドが切り捨てた。

「モルドレッド様のおっしゃる通り、残念ながら今更です」 セイザーヴェルスがきっぱりと言った。「鬼龍にはすでに火が付いてしまいました。今頃になって、問題の書類がアーサー王の直筆か否かと審議を立てるのは、王に不穏分子の内在を疑わせ、情勢の不安定化を招きかねません。挙句、どちらにせよ新世界統治のためこれから開戦となる鬼龍に対して大きな貸しを作ることにもなるでしょう。それこそ王の本意ではないはずです」

 そして何より、戦時たるこの情勢下において、アーサー王の駒である自分たちが『彼の政策』に対し諫言したり、あるいはその裏を探るような真似が許されるはずもない。王の委任者として書簡をここへ持ってきてしまった時点で、彼らの行動と書簡はアーサー王の言葉として鬼龍に伝えられたのだ。それを覆すことは、もうできない。

 物言いたげにしながらもパラメデスが何も言わなかったのは、そういう事情を汲んだところが大きい。良い意味でも悪い意味でも『実直者』として高名なランスロットだって、それがわからないほど単純ではなかった。

「それによぉ?」 モルドレッドは嬉しそうに言った。「こんな島国の連中と一戦やり合ったところで、天魔にとっちゃあ痛くも痒くもねえんだよ。なんたってコッチにゃあ、アノ『神聖剣』と呼ばれたエクス・カリバーンがあるんだからなあ!」

「声が大きいぞモルドレッド!!」 まったく人のことを言えない大声で、ランスロットは同僚を叱った。「これから敵国となる土地の中心で、手の内を口にするバカがどこにいる!!」

「あんたも大概だよランスロット」 パラメデスは溜息をついて言った。「とにかく帰ろう。鬼龍との『開戦』については、ちゃんと報告せんとねー」

「ハッハ、確かにな!」 モルドレッドが笑った。「やり合えるのが楽しみだぜ!」

 そうして、彼らの声量も相俟ってだいたいのことを聞いてしまっていた内門の衛兵が何とも苦い顔をしながら開いた門を通り、天魔の一団はようやく屋敷をあとにする。

 兵らが塩を撒く勢いで門を閉めるのを見計らって、スタッと軽い音を立てて屋根から庭へ降りてきたのは嵐丸とサイガであった。

「神聖剣…? なんだ、エクスなんちゃらってのは。連中の切り札か何かか…?」

 まったく聞き覚えの無い単語に嵐丸が首を捻っていると、背後で足音が遠ざかるのが聞こえた。振り向いて見るとサイガが踵を返し、屋敷へと戻っていく背が見える。

「おい瑠璃っ」 どうした、と呼びかけながら嵐丸は彼を追い、横に並んだ。「……えと、サイガって呼んだほうがいいか?」

「偽名には慣れておるのでな、おまえの呼びやすいようにするがよい」 壁の角に入ってやっと足を止め、サイガは小さく言った。彼が門前から足早に立ち去ったのは、門番の前では話し込めないからだとすぐにわかる。「それより嵐丸よ。この屋敷に書蔵や古い蔵はあるか?」

「なんだいきなり? ……あるにはあるが、この国に現存するモノの大半が集められてるから様式も内容も膨大だぜ?」

「……おまえ、忍の里の出身であったな?」

「そうだけど……だからさっきから何だよ? いい加減に御館様のところへ戻らねえと、そろそろ心配──」

「嵐丸よ。かの者らが言うておった『エクス・カリバーン』とは、『我ら』が創造した宝具なのだ」

「は…? はぁっ?」 思いも寄らぬ発言に思考がついて来ず、嵐丸は驚くばかりだ。「おまえ…あ、いや、あんたらがって、それってつまり……」

「うむ。要するところ、この世の物ではないということになる」

「なんでそんなモンが天魔王の手元にあるんだよ? 『あんたら』が管理しておくべきものじゃないのかっ?」

「かの宝具は、この世の民があらゆる『外敵』より『自衛』するための手段…」 サイガは痛みを堪えるように言った。「本来であれば、異世界からの侵略者や強襲に備えるために用意したものなのだ」

「い…っいやいやいや、ちょっと待ってくれ、何だそれ無責任だろ!」 嵐丸は思ったままを言った。「そんな物騒なモンを封印も無しに作るだけ作っておいて、あんたらは今までそれを放置してたのかよ!? 自衛のためってどんだけ建前だよ、ソレがヒトの手に渡って、こうして内側で戦争になっちまってるんじゃねえか!」

「……面目ない話だ、反論の言葉もない」 首を振り、サイガは神妙に言った。「我らは、かの宝具が実際に民の手に渡った時、何が起こるかを想定すらせなんだ。『力』を手にしたこの世の民同士が、覇権なんぞを求めて互いに争い合う結果になるなど、俺たちは考えもせなんだのだよ」

 その表情が、語る声があまりに暗く沈んでいたものだから、咄嗟に感情的になってしまった嵐丸もさすがに我にかえった。

「──で」 嵐丸はちょっと改まって言った。「あんた、『娘』に会いに来たって言ってたよな? それがまさか、そのエクス・カリバーンとやらだったりするのか?」

「ほう、なかなかよいボケだ」 サイガは真顔で言った。「笑ろうてやりたいところだがそうもいかんでな、率直に言うておこう。俺の目的には、その我らが創造した宝具が発端となった争いの鎮静化も含まれておる」

「……責任をとりに来たってわけか?」

「相違ない」 サイガは頷いた。「だが、残念ながら俺自らが天魔王とやらの手元よりそれを奪取することはできぬのだ。我らが不可知存在である故にな。……だから、かの宝具に関連する事象に対してのみ、俺はおまえを通じてこの世の民に必要な助言と情報を与えたいのだ」

「助言って……俺たちに、戦えっていうのか。あんたらが作り出した『力』と」

「……相違ない」 サイガは同じ言葉を繰り返した。重く、とても重く。

「国同士の戦争だ、大勢死ぬんだぞ。俺や火牙刀だって、生き残れるかわからない」

「……承知しておる」

 長い沈黙があった。

 嵐丸も、サイガも、双方が何も言わない時間がどのくらい流れただろう。そんな中に、どこからか高く響く指笛の音がした。嵐丸を呼ぶ四天王たちの合図だ。とうとう座敷に居ない自分を、彼らが探し始めているようだった。

「ひとつ教えてくれ」

 嵐丸がそう言うと、サイガは静かに目を上げた。

 真摯な光を宿した赤と青の瞳が交わる間を置いて、彼は言った。

「この戦が終わったら、争いのない平和な時代は来るのか?」

「──真幻がそう望むのであれば、それは自ずと築かれるであろう」

 曖昧な言葉だ。

 けれど、サイガはそれ以上の『断言』ができないのだ、と、嵐丸は直感した。

「いいぜわかった」

「え──」

「俺は何をしたらいいよ?」

 あまりにもあっさりとしたあっけない答えに、サイガのほうが唖然とした。

 自分たちの『失策』で現代に巻き起こった幾戦幾万もの犠牲を強いる戦争に、国を挙げて参加しろというのだ。サイガは、嵐丸に即刻断られるか、あるいは激しい侮蔑を含んだ拒絶を想定していたはずだ。

 しかしそれに反して、嵐丸は半ば拒絶を諦めていた。

 そもそも、この戦争が神々の創造した宝具を発端としたものだなんて、殊にこの鬼龍においていったい誰が信じるというのだ。天魔王からの『挑発』を受け、すでに真幻は宣戦布告してしまっている。自分如きがそれを取り下げさせることなどできようはずもないし、たとえこのサイガを伴ったとしても単身で天魔へ乗り込むだけの能力だってない。

 ならばもう自分に残された選択肢は、サイガの『助言』を受け入れ、この鬼龍が天魔との戦に打ち勝てる流れを作っていく以外に無いではないか。

 少なくともそれで真幻がこの世界の覇者となり、彼や風林火山らが心から望む、差別も貧困も争いもない平和な世界を築くことができるのなら本望と言えよう。神々に責任を問うている場合ではない。自分たちの望む世界は、自分たちで勝ち取ってみせる。神が手を貸してくれるというなら、渡りに船もいいところだ──。

「何ボサッとしてんだよ」 嵐丸は言った。「早く戻らねえと御館様にどやされるだろ」

「あ、ああ……そうだな、すまぬ」 こくこくと頷いて、サイガは気を取り直して言った。「実は我らが創造した宝具とは、エクス・カリバーンひとつきりではなくてだな」

「お、おう…」 とんでもないことをまた言われた気がしたけれど、いちいち驚いて問い質していては時間がいくらあっても足りない。嵐丸は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「その内のひとつ──俺が創造に携わった物が、この鬼龍の地に眠っておるはずなのだ」

「ははあ、なるほどな。目には目をってわけだ」

「でまかせでも何でもよい。おまえは真幻にその存在を伝え、伝承を探させよ。そして何としても、天魔との決戦の前にそれを手にさせるのだ」

「あいわかった!」 バシッと拳を叩き、嵐丸は言った。「御館様をこの世界の覇者にすることがあんたの償いだって言うなら、こちとら願ったり叶ったりだ。手を組ませてもらうぜ」

「ありがとう……恩に着る」

「おっと、謝礼も謝罪もいらねえよ」

 頭を下げようとしたサイガを押しとどめ、嵐丸は言った。

「確かに宝具を作ったのは『あんたたち』だろうが、その使い方を間違っちまったのは『俺たち』だ。親の心子知らずってな。そんな至らねえ『子供』を見捨てるんじゃなく、バカ正直に責任を感じて出て来やがったあんたの親心、俺が世界に示してやるぜ」

「嵐丸──」

 と、サイガが地を蹴ったと思ったら、嵐丸は彼の両腕にぎゅっと抱きしめられていた。

「え」 自分より少し身の丈が足りない彼の髪から春風の匂いがして、嵐丸は咄嗟に混乱した。「お、おい、瑠璃…っ」

「すまぬ……だが俺は、嬉しいのだ」 サイガは言った。感極まったように。「おまえたちのような心持ちの『子』がおることこそ、我が誇りよ」

 こんなふうに声を震わせ、そう言ってもらえるのなら悪い気はしない。

 胸の鼓動が早いのがもうどんな理由から来るのか判らないままに、嵐丸はこのあと虚空から夕顔が降ってくるまでのほんの短い間、サイガの背を抱いて過ごしたのだった。




                               To be contonued...(2018/06/01)