メイド イン ??

   
 ベルチェロ孤児院に食料を卸してくれている馴染みの料亭へ、月の代金を納めにやってきたジルオは、いやに賑やかな騒ぎを聞き付けて足を止めた。

 誰もが大窓に張り付き、単筒の望遠鏡を片手に熱狂している。

「そっちへいったぞ!」 男が鼻息荒く言った。

「あぶねえ、今のはカスッたんじゃねえのか!」 別の男が緊迫して言った。

「いいぞ、いけっ! ……ああちくしょう、外しやがった!」

「……いったい」 カウンターへ歩み寄り、ジルオはヤレヤレと皿を片付けているおかみさんに訊ねた。「何の騒ぎです? まさか、アビスの魔物が『淵』に上がってきているのですか」

「いやねえ」 まあそれもあるんだけど……、と、おかみさんは首を傾げながら窓の方を見やって言った。「『淵』にベニクチナワが上がってきたらしいんだけど」

「なんですって!?」 ジルオは驚いて身を乗り出した。「討伐隊は!? 本部は何と…!」

「とりあえず見てごらんよ」ほら、と、おかみさんは自分の単筒を差し出した。「話はそれからさ」

 アビスの淵まで、ベニクチナワのような凶悪な生物が上がってくる例は少なくない。特にかの生物は、遺物を好んで口に入れる習性がある。遺物のあるところならどこへでも現れる可能性があるとしても過言ではないだろう。

 だが、そんなものが今そこにいるのに、この料亭の盛り上がりようと、おかみさんの落ち着きようも奇妙だ。ともあれ、討伐となれば自分も出ねばならないかもしれない。状況を把握するに越したことは──。

 そんなことを考えながら単筒を覗き込み、皆があっちだこっちだと騒ぐ方向へ視点を定めた彼は、そのまま凝固してしまった。

 風になびく長い金髪の『誰か』が見えた。

 あれは──。

 頭の傍に、真っ白く大きな、鳥のそれに似た羽根が見えた。

 いや、そんな──。

 正面から突進してくるベニクチナワの軌道を読んだか、寸でのところで丸呑みをかわして、そして。

「火砲を撃ったぞ!!」

「なんだありゃ、あんなデケエ火砲は見たことねえ!」

「スゲェぞ、あの巨体が一瞬で炭だ! 見ろ、まるでトリかサカナのエサだぜ」

 まさか──。

「やっぱりライザだ!」 誰かがジルオに近いところで、興奮しきって叫んだ。「殲滅のライザが、新しい遺物を持って帰ってきたんだ!!」

 バカな──。

 唖然としているジルオを尻目に、たむろしていた男たちは「ライザが上がってくるぞ」と口々に騒ぎ立て、けたたましく外へ出ていく。

「…どうだい?」

 と、おかみさんがそっと訪ねてきた。

「ライザさんだったかい?」

「………わ…か、りません」 ジルオはそれだけ言うのがやっとだった。「見た目はよく似ていましたが、遠目でしたし……男性か、女性かも……」

「あんたがそう言うなら、こりゃ別人だろうねえ」

「本人かどうかはさておいても」 と、ジルオはハッとしたように普段の冷静さを思い出し、踵を返しながら言った。「ベニクチナワを一撃で炭と化すような遺物を持っているなら、放ってはおけません! 本人を確認し、本部へも報告しなくては!」

「ああ、そうしな! ──でも、気を付けるんだよ!」

 先に出ていった集団から遅れること数分、月笛のジルオは、皆が向かった大桟橋へと駆けていった。



 トンネルを抜けた先は、巨大生物があんぐりと開けた口の真ん前だった。

「う、うわわわっ!?」

 ばくん! まさに喰われる直前で大きく羽ばたいて急ブレーキをかけたおかげで難を逃れたヴァンは、後ろから勢いをつけて飛翔してきたメビウスに抱えられて上空へと逃れる。

「メビウス! あんたドコへ来たつもりなんだよ!?」

「知るかっ。私の旅はいつでも行き先の目的は立てていない」

「それ行き当たりばったりって言うんだぞ!?」

 クワアァァァァ! 激しい咆哮を響かせ、巨大な口を持つサカナのような化け物は、ひときわ目立つ白い翼のヴァンに狙いを定めたようだった。

「ロックオンされたな」 メビウスはチッと舌打ちまじりに言い、周囲を見回すと上空を見やった。「周囲は絶壁だ、とにかく上へ──」

 がくん、と、ヴァンの腕を掴んでいたメビウスの手に想像以上の重圧がかかる。

「ヴァン!?」

「ぐ、うえっ……げほっ」

 ほんの一瞬のうちに真っ青になり、浮力をも失ったヴァンが唐突に嘔吐した。意識までは失っていないようだが、さっきまでは自力で翔べるほどピンピンしていたはずの彼が、何故──。

 刹那動きの停まったメビウスたちの様子を絶好のチャンスと見たか、下から怪物の開いた大口が押し迫る。

「くっ……悪く思うなよ!」

 ヴァンを肩に担ぎ、メビウスは怪物に向かって片手を突き出した。その手のひらへ見る間に熱と光が収束し、放射状に撃ち放たれる。

 だが。

(避けた!?)

 怪物は『発射』の一瞬を認識したかのように、寸でのところで炎の直撃をかわしていた。幅の広い深海魚にも似た巨体をくねらせて軌道修正を行なうと、すぐに獲物を視野に捉え直す。

 土地、あるいは空間に対して独自の感覚を持つ生物──事前知識も準備もなく、いきなりそんなものを相手にするのは自殺にも等しい。メビウスは即刻身を翻すと、可能な限りの速度で上空への離脱を試みた。

 こんな化け物一匹、自分ひとりならば即時蒸発させてやる手段はいくらかあったのだが、如何せんここが『この世界』のどこに当たるのかわからず、不用意なことはできない。

「──うぅっ」

 腹に負荷がかかると苦しいのか、ヴァンが呻いて咳き込む。この症状にも思い当たる節が無いだけに、早く診てやれる環境へ逃れる必要がある。

(レーダーがまるで利かん、なんだここは)

  実を言えばメビウスは、時空移動のホールを抜けた瞬間から『世界』へ向けて自身の魔力を照射し、まさしくレーダーのごとく世界中の地形や環境を掌握しようと試みていた。しかし周囲の断崖絶壁──否、正確にはこの絶壁に囲まれた『空間』がそれらをあっという間に吸収・拡散してしまい、今もなお、成功していない。

 こんなところで、こんな『壁』にぶち当たるなど予想外もいいところだ。

(ならば!)

 目だけで怪物の追跡が続いていることを確かめたメビウスが、強く羽ばたいて中空で減速した。相手からすれば、獲物が自ら口に飛び込んで来てくれるようなもの。怪物は喜んだように高い咆哮を上げ、速度を上げて突っ込んでくる。

「メビウス──」

「しっかり掴まれ、振り落とされても知らんぞ!」

 そんなことを言いながらも片腕でしっかり弱ったヴァンの背を支えながら、メビウスは大きく身を翻してスライド移動した。

 ずぉっ、と凄まじい風圧が吹き抜けて、口をかわした彼らの身体ぎりぎりのところを怪物が通り抜けていく。

「これなら…っ」 怪物と自分たちの位置を入れ替えたメビウスが、上空へ抜けた怪物に向かって狙いを定める。「どうだ!!」

 直径一キロにも及ぶ、空に向かう巨大な火柱が空間をブチ抜いていた。

 今度ばかりは、周囲の絶壁に穴でもない限り避ける手段のない一撃だ。得体の知れぬ肉を焼く異臭が、炎の生む上昇気流に巻き込まれて吹き上げられていく。

 下方は視界か利かず、また何があるかわからないし他の生物も居たから下手なことはできなかったが、輝く雲が渦を巻き、明るい光の射す上ならば話は別。願わくば巻き込まれた生物が少ないことを祈るばかりだ。

 焼け崩れた巨体の破片がばらばらと散らばると、どこからわいたのか羽虫や鳥のような生物が飛んできて、それらを好き放題にくわえて持ち去っていく。

(……消し炭にするつもりだったのに、この程度の威力に収まったか。私の魔力を中和している? …この、『空間』が?)

「悪い、メビウス……」 コホ、と弱い咳をしたヴァンが言った。「だいぶ落ち着いた。もう翔べそうだ」

「無理をするな。この『中』にいる以上、同じ症状に見舞われる可能性は高い。ひとまず外へ出る、しばらく耐えろ」

 『内部』でさえこれだけの魔物が居るのだ、『外』に何があるかは想像もつかない。おまけに先ほどの火砲のように、必殺を期したはずの魔術の威力まで弱体化されているのではたまったものではない。念には念を入れ、メビウスは胎内に眠らせているコアキューブを起動し、魔力を通常時より遥かに高い状態へと自身の能力を引き上げる。

 そして、やはり『上昇』が堪えるらしくヴァンの呼吸が乱れかけた頃、彼らは『天井』とも言うべき輝く雲を抜けた。

 神羅魔導神の真紅の瞳に、『世界』のすべてが『視』えた。

 青い海。青い空と眩しい陽光が視界いっぱいに広がる。眼下には、まるで火口のように広がる広大な暗闇の大穴と、その周囲を取り囲む大きな街があった。

「な、…んだ、ここは…っ」

 世の全てを知り尽くし、宇宙の理をその身に宿すメビウスが驚愕するのも無理はない。

 彼が放ったレーダーは世界をぐるりと巡って、海と山と街、果ては人間や動物の営みに至るまでのあまねくものを知識として伝えている。

 だが、この大穴だけは。

 さっきまで自分たちが居たはずの、ほんの浅い淵ですらも、もはや見えない。薄雲のような気流が小さな渦を作り、あんなにも眩かった『天井』はその片鱗もなく、深淵の闇が果てなく続くばかりの奈落がそこにある。

 ここだけは、何ひとつとして『識る』ことができない。レーダーは掻き消え、跳ね返り、吸い込まれて消失する──。

「いたぞ、あそこだ!」

 街のほうから人間の声が聞こえて、メビウスははっと我にかえった。

 目をやってみれば、街から奈落の穴に向かって長くせり出した一本の通路状の橋があり、その街側のほうで大勢の人間が口々に何かを叫んでいる。

 ライザ、我らが白笛、ライザ、殲滅卿──。

 まるで絶えず称賛するかのような声は絶えることが無く、少なくとも他に人影が見当たらないところを見ると自分たちに向けられたものだと推測できる。

「メビウス…」 と、ヴァンが言った。「そろそろ放してくれよ」

「具合はどうだ」

「余韻みたいなものはあるけど、もう全然平気だよ」 背から手を離されたヴァンが、メビウスの肩口からふわりと離れる。「どうも、『あの中』で『上昇』するとああなるみたいだ。内臓を押し潰されそうな気持ち悪さだったぜ…」

「……その話も興味深いが」 メビウスは街の様子から目を離さずに言った。「ひとまず、あの桟橋に降りるぞ。街の人間が、どうも我々を誰かと間違えているようだ。慎重にな」

 ふたりは翼をたたみ、ゆっくりと細い通路へ舞い降りる。先ほどまでの熱狂は多少静かになっており、メビウスたちをうかがうようなざわめきに取って代わっている。

 と、その群衆の中からひとりの男が歩み出てきた。

(……多少はできる者が出てきたな)

 メビウスがそう睨むには充分な、温厚で丸っこい目の中に鋭い光を宿した、厳しい表情をした青年だった。ラベンダーの色を薄くした短髪に、通常の衣服より遥かに丈夫な作りの、冒険家のそれにも似た装いをしている。

「こちらに敵意はありません!」

 と、真っ先に宣じたのはメビウスのほうだった。まだ相手とは遠目であることを利用して、角や翼を不可視化し、法衣を簡略化して立ち上がると、すっと両手を上げてみせる。

「あなたがたの街を騒がせてしまったのなら、それはお詫びしましょう。可能であるなら、私たちは、あなたがたとは友好的な関係を希望します」

「……あなたがたの、名は!?」

 相手が訪ねてきた。よくとおる、しかし芯の通った声色だ。

「私はメビウス。──こちらは、連れのヴァン」

「アビスから出て来られたご様子だが、笛はどうされた? どこの国の探窟家か?」 男は続けて言った。「先ほど、ベニクチナワを討伐してみせたのは、如何なる遺物の力か?」

「我が国にも守秘義務があります故、出身国についてお伝えすることはできません。ただ討伐に使用した遺物は、私が最大出力で使用した後、跡形もなく消失してしまいました。笛もその時に落としてしまったので、今は身分を証明することはできません」

 ヴァンはじっと黙って、表情も呼吸も変えることなく、平然と展開されるメビウスの嘘を聞いていた。

 あの男、すっげぇカワイイなあ──などと本当のことを言えばこの桟橋から蹴り落とされかねないので黙っているという節もあるのだが、何よりメビウスの頭の回転の良さには絶句せざるを得ない。

 相手の言葉から得られる最低限の情報だけで、即答で意味の通じる返答を組み立てることができる話術。こればかりは自分にもない。

 メビウスと、相手の問答に割り込めるだけの能力もない代わり、ヴァンは、桟橋の向こうにいる大勢の人間たちの様子を注意深く観察している。自分たちを指して「ライザ」「殲滅卿」と飛んできた単語も気にかかるところ。これだけ多くの人間が一同に会する機会はそうそうあるまい、情報はできるだけ多くほしい。

 と、相手の男の傍へ、黒いローブを着た誰かが寄って来た。

 傍で何かしらひそひそと話しているが、ローブのほうは頭まですっぽりかぶっているので口の動きが読めない。少なくとも男の方は、「ちがう」「いぶつはない」と、今しがたの会話で得た情報を伝えているよう見える。

 会話が終わったか、ローブの者がすっと後ろに下がると、男は改めて言った。

「我々は、成り行きであったとしても、アビスの脅威よりこの街を守って下さったあなたがたを歓迎いたします。街への破壊行為、住民への迷惑行為等の『敵意』が見えぬ限り、滞在も認めましょう。──ようこそ海外の探窟家よ、大穴の街・オースへ」



 小道具屋のおかみさんは、ヴァンが差し出した十枚ほどの金貨を、目を白黒させて見つめていたが、そのうちの数枚を、快く街の通貨に換金してくれた。さすがにすべてを換金できるほどの持ち合わせはなかったらしいが、多少は多くとってくれて構わないと告げたので、よほど誠実すぎない限り、少々の儲けは出たことだろう。

 ふたりぶんの生活費として十二分な額を手に入れて、ほくほくと商店を出たところで、探窟家本部とやらへ招致されていたメビウスと合流できた。

「どうだった?」 ヴァンは言った。

「この世界では、冒険家の代わりに『探窟家』というものがいるらしい。…ほら」

 差し出されたものを受け取ってみれば、それは蒼いホイッスルのようなものだ。

「なんだこれ?」

「首にかけておけ。それが、一人前の『探窟家』の証……蒼笛だ」

「なんであんたのは黒いんだ?」

「探窟の達人、という証明らしい」

「えーっ、だったら俺も黒だろお!?」

「探窟家は、その戦闘力も総合で問われるんだ。さっきロクに戦えもしなかったおまえには、私からすれば『一人前』ですら過剰に見えるんだがな」

「うぐぐ……」

「それより、換金はできたのか?」

「できたよ、ほら」 と、不服そうにしながらも言い返せなかったヴァンは、メビウスの分の小袋をポンと投げてやった。「そういえば街の連中、最初に俺たちを見た時に『白笛』とか何とか言ってたな…」

「情報収集の必要がありそうだな」

「やっぱり、まずは酒場かな?」 ヴァンは自分の分として引き取った通貨の袋を腰に引っ掛けながら言った。「情報収集ならまず酒場ってね」

「何を言っている」 メビウスはぴしゃりと言った。「この世界の情報を得るならば、図書館や資料館と相場が決まっているだろう」

「スケール違い過ぎるだろ……あんた、もうこの世界のことは掌握したんじゃないのかよ」

「『外側』なら、な」

 と、言葉を切った彼は足を止め、視線を変えた。

「見ろ、あれを」

 促されたヴァンが同じ方向へ目を向ければそこには、この高台から遥かに見下ろす、夕暮れの大穴が広がっていた。

「『あれ』に関しては、私の感知能力の全てが通用しない。内部構造も、生態も、何もかもが見えないし、わからないのだ」

「……アビス、って言ってたな」

「ああ。地上のあらゆるすべてが解明され尽くした『この世界』に残る、唯一最大の秘境だそうだ──」

 そこまで言って相方を見やったメビウスは、ヴァンの青い目が、まるで朝日でも受けたように輝いているのを見つけて絶句した。

「メビウスですら何もわからない、世界最大の秘境!!」 彼は自分に言い聞かせるように、握った拳を震わせて言った。「久しぶりの冒険の匂いだ! まだ見ぬ秘境と神秘の遺跡が──」

「バカ」

 すぱん、と、メビウスは、お決まりの台詞でキメようとしていたヴァンの頭をはたいた。

「生前のおまえがやってきたような『冒険』と、アビスはケタも格も違う。土や水でさえヒトの常識が通用しない存在である上、ある程度まで潜れば二度と戻れぬ悪意の機構の二段構えと来た。これまで幾百、幾千もの探窟家が挑んでは戻らぬ者となった、秘境とは程遠い狂気の深淵という話だぞ」

「いいじゃないの! ワクワクするぜ」 ぱん、と拳を叩き合わせてヴァンは言った。「一気に底まで行こうとは言わないからさ、ちょっと覗きに行くくらいならいいだろ? どんな場所なのか、どんなモノが眠ってるのか、どんな生態系が築かれてるのか……ああ、この目で見てみたいじゃないか! あんただってそうだろ!?」

「……」

 両手を広げ、世界を抱くように夢見る目で語るヴァンを横目に、呆れ切っていたメビウスの表情を、ふっと、諦めと笑みがよぎる。

 よくわかってるじゃないか──。

 実を言えばメビウスだって、今すぐにもあの大穴に飛び込んでいきたい衝動を禁じ得なかったのだ。未だ誰も到達したことのない奈落の底、そこに何があるのか、何故『これ』が存在するのか、その成り立ちは──背筋がゾクゾクするほどの欲求が、身体の底から込み上げる。

 知りたい。このすべてを、自分のものにしたい──。

「……しかし、だな」

 白熱しているヴァンの頭にポンと手を置き、メビウスは逸る自分を押し隠して言った。

「あの大穴に挑むにしても、様子見に行くにしても、情報が足りないことは確かだ。それに、ここに滞在することになるなら人脈を得る必要もあるだろう。ここはおまえの言う通り、酒場にでも出向いてみるとしよう」

「よーっし! たまには話が解るじゃないか、愛してるぜメビウス!!」

 はしゃいで自分に抱き付いてくる、大型の犬にも等しいヴァンを押し留めながら、メビウスは愉のまじる溜息を吐く。

 こうも趣旨が合うと、かえって清々しい。やはりこいつとならば私は、どんな謎でも真実でも、…そう、あの奈落の底であろうとも、きっと到達するに難くない──。

「腹も減ってきたことだ、急ぐとしよう」

「ああ、宿はとびっきりいいところにしようぜっ」

 夕暮れの石畳を、まるで兄弟のような出で立ちのふたりは、街へ向かって降りて行った。




                               END(2020/07/11)