Bless of Darkness



 いつものように、仕事に没頭して何日も寝ていないヴァンを寝かせるべくベッドへ引きずってきたゼルは、シーツに横たえた相手から伸びてきた両腕にぎゅっとしがみつかれていた。

「ゼル、しよ」身をすり寄せ、甘えてくるヴァンの声。

「寝ないの?」ゼルは言った。

「終わったら寝る。気分じゃないなら手だけ貸してくれればいいし」

「……キミねえ…」

 心底呆れながらも、無理に引き剥がそうとしないところを見るに、ゼルも気分が乗らないというわけではないようだ。文句じみた声こそ聞けど拒否されなかったヴァンは、男の背に回した手はそのままに少しだけ身体を離して、その隙間で小さく笑む。

 劣情をちくりと挑発する、『女』の貌だ。

「僕以外の男に、そんな顔見せないでよ?」

「してないよ。──ここしばらくは」

 背からシーツに倒れ込むヴァンに誘われるようにして、ゼルは彼の上へのしかかり、唇を交わす。歯列を開いて舌を伸ばし、より深い接触を求めるのはヴァンのほうだ。

 ゼルが応えると、ふたりはしばらくどちらともない口内で粘膜を絡ませ、吸い合い、甘噛みをして吐息を速めていく。

「っは……」トロリと糸を引き合ってようやく離れたかに見えても、それは断じて満足してのことではない。ヴァンはもどかしそうに脚を震わせて言った。「ん…、ゼル、早く触って」

「今日はやけに甘えるじゃない? どうかしたの」

「無性にシたいだけ」

「キミらしいよね。そういうところ、かわいいよ」

 心地好く眠るためだけに作られた、感触のいい着衣に手を突っ込んで、ゼルはヴァンの胸元と下腹を探る。指先に当たるのは、どちらも与えられることを待ち侘びた熱だ。

「んん…ッ」

 カリッと爪の先で掠めるだけでヴァンはくすぐったそうに、でも明らかに色を帯びた声をもらして身を捩る。絡みつく粘液がじっとりとゼルの手のひらを濡らした。

「とりあえず一回イッておく?」

「ん…っ頼む、う…」

 酒場で軽い注文でもするような言葉を交わしてすぐ、濡れた粘膜を扱く水音が静寂にとって変わった。

「んうッ……は、ぁー…っ」

 快感を受け入れる態勢になったヴァンが身を震わせ、長い吐息に色付いた声を乗せる。疼く身体をはやくおさめたいけれど、可能な限り長く快感に浸ってもいたい。感覚だけに集中するために閉じた目元、寄せる眉にきゅっと力が入るのはそんな心理の表れだ。

「ゼル、キスぅ…」

「はいはい」

 子どものようにねだる相手に応えて、ゼルは彼が開いた唇を塞ぎこむ形で口付けをくれてやる。手の動作を速めて、甘く蕩けた舌を何に見立てるのかキツめに吸ってやると、身体の底からくる反応でヴァンの身体がびくびくっと跳ねた。

「んっ…あぁ、あっソレいいっ」下腹で濃厚な糸を引く先端を、そして胸元に熟れた肉粒を指の腹で扱かれて、ヴァンは声を上ずらせる。「もぉイきそ…っ」

「…気持ちいいの来る?」

「んんっ、うっあっ来るぅ……っあッんあぁっ」

 腰から脳まで突き抜ける快感に追われるまま、身を反らせて彼は達した。ゼルの指の隙間から溢れて零れた自分の熱が腹の上に滴る感触までが快感で、背筋がゾクゾクする。

 やっぱり無理そう──。脱力で頭がボーッとするのに、眠れる気配は微塵もない。それどころか腹の奥がずくずくと熱く疼いているのがわかる。おさまらない。ああココに欲しい──。

「まだ全然足りないってカオだね」ふ、と熱い息を吐き、面白そうに笑ってゼルが言った。「いいよ。キミのそういうところ、すごくいい」

 どうやら、ようやく火がついたらしい。ベッドに身を下ろし、片腕でヴァンの背を抱き起こして自分の胸にもたせかけると、彼の熱でたっぷり濡れた手で、同じく溢れた蜜に濡れた秘所を探る。

 行為に慣れて、ほぐす必要もそれほどなく柔らかいそこへ、無遠慮に指が潜り込んだ。

「んうっ…あ…っ!」

 欲しいところに、求めてやまない感触が触れるのは、この上なく心地好い。ぐっと根元まで押し込まれて内壁を擦り上げられる感触で、ヴァンは今にももう一度達しそうだった。

 ただ先ほどの絶頂感とはまったく違う。身体の奥底からわきあがる、絶大な快楽だ。

「ああゼルっ…ゼルううぅ…」

 的確に敏感なところを狙う指にヒクつく熱い肉を掻き回され、何度も背や肩口を震わせながら、ヴァンは蕩けていく声を堪えもしないでゼルの胸にすがりつく。

「あっああぁあ…っすげえいいィっ、また来るうぅ」自分の声と言葉にまで性感を刺激されながら、彼は吐息を深く、速くしていく。「そのままもっとぉっ、もっと強くうぅ──ぅんッ、んううぅぅぅぅっ」

  感度の高いポイントをなぞる指がぐっと力を入れ、動作を速めて数秒も保たず、延髄に何度も鋭い快感の疾る絶頂が襲ってくる。電撃に撃たれるような激しい身体の反応がようやく落ち着くと、手に力が入らなくなったヴァンは男の腕の中で、糸の切れた人形のようにくたりと崩れた。

「…っは……やば…ぃ」余韻がにじむ青い目をぼんやりと開き、掠れた声で呟く。「めちゃくちゃ気持ちいいィ……」

「そんな日があってもいいと思うよ。…タイミングは悪いけど」

 ゼルは無感情にそんなことを言うけれど、脚を撫で上げていくその手のひらはどきりとするほど熱い。肌を伝う熱が、この先を期待している彼の内心をありありと示していて、一度はおさまりかけたヴァンの身体に劣情の波がざわめく。

「いいよゼル……、挿れて」

「ほんとに今日はサービスいいね」

 許しをもらった動物のように嬉しそうに、ゼルはヴァンの脚を抱え上げると大腿の内側にキスをして、ゆっくり身体を沈める。

「ん……? ──ぅひあっ!?」

 自分が許可を与えた行為と、実際のゼルの動作が全然違ったからどうしたのかと思った刹那、予想だにしなかった快感が下腹から突き抜けてきて、ヴァンは悲鳴まがいの高い嬌声を上げていた。

 視線を下げて見れば、ゼルはヴァンの下腹に顔を埋めて、その幹をじっくり舌でなぞり上げていくところだった。

「うあ、おいゼル…っあ、あ、あァッあ…ッ」

 ゾクゾク込み上げてくる、余すところなく絡みつくような快感は、ヴァンが何よりも好む種のものだ。ゼルは敏感な粘膜の先端を避け、周囲や幹にキスをして、あるいは舌を絡ませて、緩い刺激を与えていく。

 ──自分がまた淫らな蜜に濡れていくのが、はっきりとわかった。伝い落ちるそれを舌ですくい取られ、そして啜り取られるたびに身体の芯が疼いてたまらない。

 ああ早くまた指挿れて、気持ちいい、それでもう一回イきたい──。

「ばか、ぁっ、何やってんだよぉっ」

「んー?」ようやく刺激に馴染んできた粘膜の先を舌先でくすぐって、ゼルは糸を引く唇を離して言った。「キミ、これ好きでしょ? 僕もサービスしてあげようかなと思って」

 そういうことを余計なお世話というのだが、この男にそれは理解できまい。ヴァンはより深い快感を求める自分の脚が、今にも震え出しそうなのを必死で堪えて言った。

「そんなことしろなんて言ってないだろっ、俺は挿れていいって言ったんだよ…ッ」

「挿れていいの?」続きを求めてヒクついているそれを指先であやしてやりながら、ゼルは意地の悪い質問をした。「こんな状態で挿れたら、どうにかなっちゃうと思うけど?」

 明らかに遊ばれているのが伝わる。つい今しがたまで自分にあったはずの主導権が、もうとっくに相手のものになってしまっていることに気付いて、ヴァンの延髄にぞくりと冷たい感覚が疾った。

 快感なのかそうでないのか、よくわからないものが。

「ま、キミがそこまで言うなら、言う通りにしてあげる」

「や、ちょっと、待て…っふ、ぐうっ!」

 制止の言葉もろくに出せないまま一息に奥まで突き立てられて、衝撃で息が詰まると同時に目の前でバチッと火花が散るような強烈な快楽が弾けた。

 それを待ち焦がれていた身体の芯が、本人の望む望まないに関係なく、嬉しそうに収縮を繰り返す……脳神経を焼き切りそうな熱をもって。

「ああ…」ヴァンの一連の反応を存分に愉しんで、ゼルは嗜虐的な笑みを悦びに蕩かし、吐息まじりに言った。「今夜のキミは、また一段とかわいいよねえ……こんな奥までトロトロにして、僕のこと待ってたんだ…」

「──っう…ゼ、ル…っ」開いたままの口で極めて深い息を何度も吐きながら、ヴァンはやっとのことで言った。「待って、まだっ……まだ動くな、ぁああ…っ」

 身体を強張らせ、シーツをぐっと握り締めて堪えようとするのに、己が内側の甘ったるい収縮は一向に収まる気配が無い。中の奥深くでゼルの熱が触れているところが、しきりに続きを……彼の精を与えられることを求めて止まなかった。

「無理なこと言わないで、ヴァン……僕だって堪えてるんだから」

  ずっ、と腰を引いていく動作で、擦れる内側がざわざわと波立って、それが引き金になってまた奥から快楽の衝撃が来る。そして、まだおさまっていないところを突き上げられる。自分の中を、熱く硬い肉が扱いていく感触も去ることながら、深い場所で、その先端が一番敏感なところへ甘えるように擦り寄ってくるのが何より耐えられない。

 だっ、駄目だ、これぇ──。身体の芯を突いて揺さぶる律動と自分の反応、引きつれる息と絶え間ない嬌声にまで邪魔されて、出せない言葉が頭の中で反響していた。気持ちいいとかそういうレベルじゃない、俺、おかしくなるうぅぅ──。

「っあ、あ、ぁあああぁぐううぅぅっ」律動に合わせて己のそれを掴まれ扱き上げられて、ヴァンはいよいよ快楽の波に溺れていく。「それぇ…っ、いっしょにスるのっダメえぇ…ッ」

「んー? そうだねえ、気持ちいいもんねえ?」

 粘膜の先端と奥に、指先と己が先を強く押し付けてぐりぐりと圧をかけながら、ゼルの動作が速まっていく。

 ヴァンの好みと性感帯を知り尽くしているだけあって、それは的確で、そして。

 容赦が、ない。

「まだっ、まだイッてるんだから待てってぇ…っんぐっ、んぁあううぅっ」

 もはや相手が自分の制止など聞いていないのはわかっていた。嫌だと言って本当にやめたところで、この快楽の波にとどめをうたねば終われないことも。

 だから。

「ヴァン…ッ」ゼルの声が、ヴァンのそれと同じ快楽に震える。「キミの一番奥にあげるっ、全部受け止めてよっ」

 身体の中で男の熱が膨れ上がるのを感じて、ヴァンの身体は期待のままに構えていた。最奥を貫かれて何度達したところで、求めているものを与えられなければ身体が満足などするはずもない。相手とともに果てる瞬間の絶頂が他の何にも勝ることを、彼は知っている。

 ああ来て、来て。俺の中で一番気持ちよくなって、そしたら俺も一緒に──。

 奥の壁を突き上げられる一瞬、のけぞり快楽に震えるヴァンの腹の底で熱が弾けた。散々お預けされていたものをやっと与えられて、頭でナニを考えるよりも先に全身に享楽の電撃が突き抜ける。

「い…ッあ、ああぁあぁぁああ──っ!」

 ヴァンが絶頂の際に上げた声は、まるで身体の一部を引き裂かれるような鋭い悲鳴に似ていて、もともと嗜虐的ゆえに性に関しては火がつきにくいゼルの神経を、心地好くゾクリとさせるには充分過ぎた。

 大きな波が過ぎ去り、一息ついて身体を離したゼルは、自分の腕の下でぐったり果てている男を見下ろす。

「…………」

 脚が、腕が、力なく伸びる翼の先までがくがく震えている姿も、喉の奥から絶え絶えにもれる声も吐息も、何もかもが愛おしくてたまらなくなる。ゼルがヴァンとの行為で彼をここまで追い詰めるのは、この姿を見たいからに他ならなかった。

「……ねえ、ヴァン」愛しい名を呼んで、彼の蜜に濡れた手で頬をさする。「もう一回しよっか」

「む、り……ぃ」無言では何と取られるかわかったものではない。消え入るような声ではあったが、ヴァンは何とか返答に成功した。「……マジ、死ぬ…」

「勝手に死なないでよ? キミには、死ぬ前に、僕の舌を噛み切ってもらわなきゃいけないんだから」

 余韻の残る脱力に任せてヴァンの上に身を落として、ゼルは、閉じることを忘れられていた唇を塞ぎ込んでキスをする。ずっとそこで呼吸をしていたせいか、体温よりもずっと冷たい舌の温度と感触が最高に好い。

 些細な抵抗すらない一方的な──しかし口内ではしっかり応え合う濃密な──口付けは、たっぷり数分続いた。

「ば、っか…」長い息を吐いて、やっと解放される唇の隙間でヴァンは言った。「今ごろ発情するなよ…」

「ごめんごめん。あんまりキミがかわいいから、ついね」

 ぎゅっと抱きしめられ、髪や背を撫でる温もりと感触に、ふっと安堵が広がる。目を閉じると心地好く、このままなら数分と待たず眠れそうだった。

「眠っていいよ」ゼルはそっと言った。「あとのことなんて気にしないで」

「…どこも、行くなよ」ヴァンは言った。

「行かないよ。キミが起きるまでここにいるから」

 このまま俺が、本当に死んだとしても──?

 その、ぽつりと心にわいた暗い質問は声に乗ることなく闇に消えた。

 でも。

 聞くまでもなく、こいつの言い出しそうなことなんてわかっている。

「愛してるよ、ヴァン…」

 その言葉が底無しの真実である限り、ゼルはヴァンを抱き続けるのだ。

 たとえ彼が、物言わぬ屍と化したとしても。




                               END(2018/12/02)