EXシナリオ2.の日



 しとしと、降りしきる雨。

 翼が重くなるから、外に出る気がしない雨。

 気怠い感じ。何もする気がしない雨。


 だから今日は一日、俺とあんただけの時間。


「おいっ…あ、も、いい加減に、ぃ…っ!」

 速まった吐息に上ずった声を乗せて、メビウスが何事か抗議している。頭を掴んでくる手が全然拒否を示すものじゃなかったから、俺は気にせず、口の中に捕らえた彼の熱い肉に深くしゃぶりついた。

「う、あぁあっ」

 上着だけを未だ着たままの強張る身体をびくびくさせて、善がる彼の声が気持ち好くて、だからもっと聞きたくて、後ろの入口を緩くいじっていた指を挿し入れる。半ばまで入ったところで曲げて内側を擦り、関節の硬さを利用して周囲をきつめに扱くように捩じってやる。

「ぁひっ!」

 ひと際いい反応を見せたメビウスが、俺の肩口に引っ掛けていた脚を震わせる。イッてくれてもよかったけれど、イかない程度に加減しているから、彼にすればかなり焦れていることだろうと思う。

 指の抜き差しはそのままに、俺は根元まで咥えていたソレを、吸いながらゆっくり口から引きずり出していった。露出した粘膜の先に思う存分舌を這い回らせたところで解放してやると、すっかり勃ち上がった先から新しい蜜が溢れて滴っていくのが見える。

「あ…ッ、なんで、やめ…っ」

「なに? イきたかった?」

  身を起こし、俺は、深紅の目を潤ませてもどかしい快楽に耐えている男を覗き込んだ。中に入っている指を少し動かすと、イイところに擦れるのか吐息が深くなる。そんな彼の柔らかい金髪を梳きながら頬をさすってやり、唇にキスをした。本人の蜜が残る舌を突っ込んで、蕩けた舌に絡めて舐る。

「ふ、…っんん、んっ」

 漏れる息に乗る声が、何より俺の舌に応えながら俺を抱き寄せる態度が、イきたさ半分焦れったさ半分って感じで、かわいくて。つい、あんたのそういう仕草をもっと見たいと思ってしまう。この二週間という短い間に、あんたを全部見たい……と。

 中を探る指先にこつりと触れる、すこし硬いところ。俺はそこをくすぐるようにいじってやった。

「んひっ」びくんとメビウスが身を反らせた拍子に外れたその唇を高い声が衝くが、構わず掻き毟るように、でも爪は立てないようにぐりぐりと嬲る。「んっあっ、やあっああぁっ」

「おー、イイ声」俺は嬉しくなって言った。「焦らした甲斐があったってもんだな」

「あッあっ、もぅ無駄口は、いっ…!」浅く速い息で喘ぎ、メビウスは俺にしがみついて身体をすり寄せる。「そのまま…っ、あ、いっイきそ…っ」

「いいぜ」変に動作を速めたりはせず、彼が好いと言ったペースを保って俺は言った。「あんたが俺の指でイくとこ、見せてくれよ」

「そういう言い方…っあ…!」

「なんだよ、ココ気持ちいいんだろ?」

「あ、あぁ、あ──っ」中の敏感なところをいよいよ強く扱き上げられ、反論の余地も失くしたメビウスの爪が俺の背にくい込んだ。顔は見せてくれないけれど、僅かでも余裕があるならこいつはまず言葉を放つ。それも今は無いんだと判ることができるだけで充分だ。

 長い嬌声のあと、程なく彼は絶頂に達した。俺は特に無駄な追撃はせず、メビウスがしがみついた身体を小刻みに震わせて波を越える間を待って、指の腹を使って緩く余韻を手伝う。

 密着した身体から彼の息遣いが伝わってきた。指を抜かれる刺激にすら感じて、ぴくりと腹の底や脚が反応するのも判る。短く吸って長く吐き、時折深く吸い込んで呼吸を落ち着けていく。その拍、体温……髪の隙間からする、いい匂い。このまま意識が落ちそうだ。

「……おい…」ふーっと長い息を吐いたメビウスが、身を起こさないまま言った。「おまえはいいのか…? 何もしてないだろう」

「いいよ」俺は言った。「薬が効いてると勃ちにくくてさ」

「厄介な副作用もあるんだな」

「お? 最後までしたかった?」

「眠れそうなら寝ろ」俺の問いかけをガン無視して、メビウスは俺を誘い込むように、諸共ベッドに転がった。「私も少し寝る」

「…やだな、勿体ない」

「ん?」

 呟きを聞き付けたメビウスが改めて俺を見てきたから、俺は両手を伸ばして彼の髪を撫で、頬を包む。

「もっとあんたに触れてたいよ」

 この至近距離で見る赤い目が、肩口から零れる長い金の髪が。薄いカーテンを引いただけの窓から射し込む、灰色に濁った光に満ちたモノトーンの景色の中で、彼は際立ってきれいなのだった。

 眠ってしまうなんて勿体ない。これだけ近くに居るのに。どうせ落ちるなら、もっともっと限界まで時間を使い切ってからがいい──。

「おい──」

 何事か言いかけたメビウスの首に両腕を回して、俺はまたキスをする。唇を啄み、舌を挿し込んで、迎えてくれる彼に絡みつく。防音の加工がされた恐ろしく静かな室内で、その愛撫が立てる水音と俺たちの漏らす吐息は、どこにも反響することなく互いの耳に消えていく。

 肉体的に繋がりたい欲求に発展しないまでも、この感触と、相手のすべてが心地好いことに違いはない。募る人肌恋しさに流されるまま、俺はメビウスへの愛撫を深めていった。さっきまで彼の下腹に施していたように、粘膜の先へ、表から裏へ、裏から表へ、吸いながら舐め回す。

「ん、む…」

 ぴく、と、彼の指先が反応を示して、そしてぐっと力を入れる。俺はひとまずそれに従って押し退けられてやった。

「もう、いいだろ」上気した顔を隠すように俯きながら、メビウスは言った。「あまり激しいと、……その、困る」

「また勃つって?」

「直球だなおまえは。ああそうだよ」もうどうでもいいように彼は言った。

「いいよ俺は」背けられた顔を追うように覗いて、俺は言った。「そしたらまた触ってやる。あんたも俺もそれで気持ち好いんだから、フェアだろ?」

「私のほうが明らかに疲弊しているのだが、どう考えればフェアだと解釈できるんだ?」

「俺があんたに突っ込めない点を考慮?」

「その体調で接触を求めてきた自分に問題があるのは棚上げか?」

「あーやめやめ。あんたとこのテの話をして、勝った試しないんだから」

「つまらんことを言い出したはおまえのほう──、んぁッ」

 まだ人を批判しようとしたメビウスが、緩く勃ちかかった下腹を探られて肩口を震わせた。咄嗟にうずくまろうとした彼の懐へ、そうはいくかと潜り込む。

「逃がさないぜ? 今度は顔、ちゃんと見せてくれよ」

「結局おまえだけ愉しんでるじゃない、か…っ!」

 さっきイッたばかりでまだ敏感なはずの先端はとりあえず避け、根元から指先を使って幹を擦ってやると、悪くはないのか彼は声を上ずらせて文句を言った。不平を口にしながらも抵抗らしいことをしてこないのは、俺に行為を認めてくれているからで、やっぱりそれが嬉しい。

 苦痛が無いように、ゆるく、ゆるく両手のひらで包んで、指ではくすぐる程度の力加減で先のほうへ愛撫を移していく。

「あ…ッ、ん、ん…ヴァ、ン」

「うん?」

「も、…もっと、強くて、いい」

「キツくない?」

「構わない、からぁ…っ」

「ん、わかった」

 相手の意思に応じる言葉をちゃんと返して、俺は指にかける力を強めていった。少なくとも今は、いきなりきつく扱いて驚かせるようなことはしたくない。ゆっくり時間をかけて、こいつが快楽に蕩けていく様子を許される限り眺めていたい。

 充血して形を変えた彼の先端、本来なら女のナカを掻き回すためにあるソコに指を引っかけて擦り付けると、溢れたトロトロの粘液が絡みついた。はじめは指先だけに、そのうち手のひらにまで伝って溢れてくるのが広がって、彼の全体を扱いてやるのに申し分ない量になる。

 手の動作に合わせて、蜜が気泡を含んで細かく音を立てる。にちゅにちゅ、くちゅくちゅ──音がするのは決まって気泡を押し潰す時……要するに強く摩擦する時だから、それに合わせてメビウスの身体が震えるのが、甘い声が漏れるのが、何より俺の肩口を掴んだ手がずっと強く握り込まれたままなのが悦を誘う。

「メビウス」

「なん…っ、あ、ふっ」

「キスしたい」

「したいならしろ、いちいち訊くな」

 これを冷たい返しだなんて思うなかれだ。俺がしたいと思ったなら何でもしていい、されてもいいと彼が思ってくれてる──俺に身を任せてくれている裏返しなのだから。

「俺いま両手塞がってるからさ、あんたからしてくれよ」

 ほら、と俺が軽く口を開けて見せると、文句を言う気もなくしたかメビウスが顔を寄せて口付けをくれた。少し身を起こして俺に被さるようにして、こちらが挿し込むまでもなく入ってきて舌に絡む。

 俺より一回りほども背丈のある彼がこういう体勢になると、まるでこちらが犯されているような気分になるが、それも全然悪くない。

 どっちだって、こいつが俺に感じて、俺で気持ち好くなってることに変わりはないんだ。ああ、身体の隅々まで俺じゃなきゃ感じられないようにしてやりたい。何もかも欲しい。

「んっふ、は…っんぅんっ」

 手の動作を速めて追い立てると、同じく上がる呼吸が追い付かないのかメビウスは唇の隙間で喘ぎを漏らす。好いところを集中して攻め立てられ、まるで歯の根が合わなくなって震えているように、小刻みな反応に肌を粟立たせる彼の様子がかわいくて仕方がない。

「んぅう…っ」びくびくと腹の底を震わせ、手の中でメビウスがイッた。合わせて唇を解放してやると、射精の脱力か俺の上にばさりと崩れる。

 ──不意に俺は、いつの間にか自分の身体が熱くなっていることに気付いた。メビウスが好い声を聞かせるたび、心臓の鼓動のように、一拍ごとに速やかに全身に広がる甘い痺れが判る。薬の効果が最高の状態を越えて、神経への興奮抑制作用が落ち着いたのかもしれない。

「メビウス。そろそろ、俺もいい感じかも」

「やっとか、…っは…」

 メビウスは身震いしながら、腕を立てて身を起こした。どうかしたのか思えば、彼は俺の腰に手を伸ばすと着衣を緩めにかかる。

「ちょ、おい、何だよサービスしてくれるの?」

「そんな手で触ったら汚すだろ……あと、おまえにやられっ放しというのも癪に障るだけだ」

 開いた奥からメビウスの手に引きずり出されるものの、少々申し訳ないが俺のそれはまだ彼に入っていけるほどではない。多分メビウスもそれは判っていたのだろう。おもむろに唇を開くと口内に咥え込んだ。

「んッ」彼の中が思いのほか粘つく熱に満たされていたこともあって、俺はぶるっと身震いした。「あ、メビウス、舌の使い方わかるのか…?」

 いくら他にセックスの経験があるといっても、他の性技に関する情報があるとは限らない。つい聞いてしまいながら視線を下げたとき、俺は思わぬ光景にゾクッと背筋を貫かれる。

 今は邪魔になる長い髪を片側に寄せた彼の、赤い瞳が俺を見ていた。まだ性感が行き渡らないそこに強い刺激を与えないよう、ちろちろと這う舌先が蛇のそれにも似て淫靡だ。俺の反応が悪くないことを中で感じたのか、吸い付く力を強めながら律動の感触を唇で再現した。

 ずん、と彼が一気に喉まで押し込むと、上顎の奥にある柔らかい粘膜が擦れる。

「うあ、あッすげ…っ」

 ただでさえ、あのメビウスが俺にしゃぶりついてるなんて構図が強烈な刺激なのに、舌使いも動作も好いなんて反則だと思う。やっぱり、と言ってしまえば少々語弊があるけれど、こいつは攻める側も得意らしい。

 どこまで似てるんだよ、俺らって──。

「あ、今のイイっ」びくっと反応した身体の求めに逆らわず、俺は言った。「ん、あっそうそれ…っ、はっ…あぁもっとっ、もっとぐりぐりしてっ」

「……」

 身体の反応と俺の言葉とで、こちらの好いところを確かめたメビウスの舌先はどんどん器用になっていく。凹凸をなぞる時の力の入れかた、先端に吸い付くときの加減と位置、何より全体を包む熱──。熱いのに、刃物が通るような冷たく鋭い快感が心地好い。

「…どうだ?」トロリと糸を引く唇を笑ませて、メビウスは指で変わらぬ愛撫を続けながら言った。「私にシてもらうのは気持ちいいか?」

「ん、あっ…あっぁいぃっ」

「そうか、何よりだよ」

 絶えず脳髄を撃つゾクゾクする信号がたまらなくて、何度も頷く俺に彼はまた身を沈めて続行する。そうやってまた幾度か先まで吸い上げられて、そして深く呑み込まれたとき、俺は堪え切れずにメビウスの頭を両脚で捕らえていた。

「メビウス、そのままぁっ」

「んっ!?」

 彼が呻いたのと俺が達したのは同時だった。本当なら全部受け止めてほしかったけれど、メビウスが咳き込み半分に逃れようとしたから、口内だけにすべてをおさめ切れなくて、白濁した熱が彼の顔や髪に散る。

 俺がほんの数秒の短い波を越え、長い吐息で乱れた呼吸を整えて目を上げると、彼は口元の粘液を拭い落としたところだが、半開きになった唇の奥から白っぽい糸が伸びていた。

「わお、えっろ」俺は笑った。その声が、自分でも少々猥雑だと判る。

「貴様…ッ、品性を疑うぞっ」

「いやあ悪いな、あんたの口が好すぎてさ?」

 ひとつ咳をしてこちらを睨みながら、メビウスは目元のそれを手の甲で拭う。こう言っては何だが、そんなナリでそんなふうに凄まれても煽情的なだけだ。

「……おまえ、今さっきイッたよな?」と、視線を下げたメビウスが確認する。「なんでおさまってないんだ……?」

「へへ、何でだと思う?」

 気分が好いから、つい、にやける口元を抑えられない。我ながらだらしのない顔をしているのだろうなと予想こそつくが今は気にならなかった。困惑気味のメビウスに身を寄せて、一息に体重をかけてシーツに押し倒す。

「ほら、俺もイイ感じなんだし、本番いこうぜ?」

「おいっ」さすがに彼も今度こそ抗議した。「これだけやってまだやる気か!?」

「なんだよ、あんたも欲しかったんだろぉ?」粘液の伝った跡が残る下顎や首にキスをしながら、俺は彼の片足をヨッと持ち上げる。「今までで一番気持ち好くしてやるからさ、な?」

「……ッ、ああもう好きにしろっ」俺の行動からして逃げる余地がないことを早々に察知したのだろう。メビウスはそれ以上の反論をやめた。

 どうせ無理やりやめたところで、今日はどこへ行くでも何をするでもない。そうだ、どうせ眠るとしても、しっかりお互いに気持ち好くなって終わるべきなのだ──とことん自分に都合のいい結論を脳内で勝手に下した俺は、枕元のサイドテーブルから適当に取り出した使い捨てのスポイトで、彼の中に適量の潤滑油を流し込む。

「…っふ、ぅあ…」

 体温に比べれば冷たいと言わざるを得ない液体の感触と、続けざまに慣らしのために指を突っ込まれて、メビウスの脚がぴくりと反応を示す。入口の肉は、はじめのときに散々いじったままだったから充分に柔らかく、オイルと未だ濡れたままの俺自身の状態もあって挿入に苦痛は無いだろう。確認もそこそこに、緩やかに身を沈める。

「あ、あッ、あ──…っ」

 肉の奥に埋まった敏感なところをじっくり擦り上げてやろうという狙い通り、メビウスは俺の進行に合わせて喉を反らせ、声を上ずらせて、俺に抱えられた脚を爪先まで反応させて善がってくれた。ついでに中の肉壁が不随意にひくついて締まるのが、まるでぎゅっとしがみついてくるみたいでゾクゾクする。

「言ってあんたは3ラウンド目だしな」

「うあッあ、あぁ、あ、あ…ッ!」

 名残り惜しげに吸い付いてくる肉壁を引きずり出すようにゆっくり腰を引いて、ぞわぞわと肌を粟立たせるメビウスの嬌声と中の反応を愉しみながら、また押し戻していく。

「ちょっと気を遣おうかなーと思ってたんだけど、あんたはどうされたい?」

「く…ぅ…っ」

 俺の気遣いが気に入らなかったのか、毛の逆立った猫のような息遣いで奥歯を噛み、あるいは魔物の群れに囚われた女騎士のように彼は睨み付けてきた。そんなことおまえが一番よく知ってるだろうと言わんばかりだ。

 確かに今の彼をどう扱えばいいかなんてのはよく知っている。でもやっぱり、──聞きたいじゃないか。今の正直な感想を、本人の口から。

 プライドだ理性だと、そんなめんどくさいもの、ぶっ壊したいじゃないか?

「言わないんなら、また適当にやらせてもらうぜ?」

 俺はできるだけ優しく笑いかけてやったつもりだったけれど、メビウスからはどうしようもなく意気地の悪い顔に見えたかもしれない。腰を掴んで位置を固定し、彼が一番クるだろうところを思いきり突き上げる。

「あぎィッ!」

 焦点が合わない目を見開いて、メビウスはびくんっと跳ねる勢いで身を捩らせるけれど、上がった声は悲鳴には程遠く、高く色に満ちて苦痛のそれとは一線を画するものだ。的を絞って何度も、何度も何度も、雄を欲しがってヒクつく熱い肉に打ち付けてやる。

「やめっ、あ、やぁ、あ──っ!」

 きついくらいの刺激が気持ち好いのだろう、彼はこちらの律動のたびにシーツを引き剥がすくらい握り締め、淫靡に汚れた髪を乱して啼き喚く。

「んうっ、うあ、あッあぁあダメえぇっ」

 ひときわ高く啼いたかと思えば、彼は堪え切れなかったのかすぐに熱を吐いた。

「ぁは…ッ」俺は自分の息が上がり始めるのと同じく、腰に響く甘ったるい衝撃と脳に響く声に性感を刺激されっ放しで、嬉しくて愉しくて気持ち好くて、思わず笑い声が漏れるのを抑え切れない。

 ああほんっとかわいい。今めちゃくちゃかわいいよ、あんた──。

「ほらっ、駄目じゃわかんないだろっ」彼が自分の嬌声の中で聞き逃したりしないように、俺は少し強めに言った。「途中でイくほどイイなら、ちゃんと言ってくれなきゃさあ」

「あッあ、あうっうっ凄いィ…っ!」俺に絶えず抉られて、脚でも腹の奥でも、強い快感を伴う収縮が止まらないメビウスが、ぼろぼろ涙を零しながらやっとのことで言った。「私のっ…私のイイところ、全部っ、ぜんぶ擦っていってるうぅっ」

「…お気に召してもらえて嬉しいよ」

 言葉で示す通り嬉しくて口元が緩むまま、俺はぐっと深く繋がった際に彼の腰を抱き、身体を底から揺さぶってやった。

「ひうっ…!?」また中心から全身へ、びくびくっと痙攣にも似た波が彼の中を駆け抜けていく。「ぐ、あぅっ…ぁふ、深い…ぃっ」

「だろ? こっちはどう?」

「あぁいい…っ、そこも好きぃっ」

 どろっどろに蕩けた口内の蜜を溢れさせ、熱に浮かされた顔でうわ言のようにそんなことを口走るメビウスがどこまでも俺の好みにハマるものだから、もともと少々堪えていたところもあったが限界が近い。

 今しがた彼が善がった奥まで届くように強く打ち付けてやりながら、俺は、一突き毎にイッてるんじゃないかってくらいがくがく震えているメビウスにのしかかり、彼の身体を少し無理に折り曲げる形で顔を寄せてキスをした。

 まあ正確に言えば、メビウスはまともに口も閉められない状態だったから、俺が一方的に舌を突っ込んだような形になるんだが。

「んあっ、ふ、ぁふ…っう」

 俺の舌が入ってくるや、彼は自分からも応えようとした。熱い息を漏らしながら、裏に、側面にすり寄り、絡んで。俺たちは上と下とで互いを貪って、濡れた肉同士が触れ合い擦れ合う音で聴覚までも犯されて、もっと深い快楽を得たくて律動を速めていく。

「あうっう、あっ…、奥まで来るぅ…っ気持ちイィ…っ」

「ん、俺もイイよ、…あッは、すっげえイイ」抱えた脚にぐりっと爪を立て、俺は衝動のままを言葉にする。奥までぐちゃぐちゃになったあんたを掻き回すのは、ほんっと最高だよ──。「いっしょにイこ? イきそうなら言ってくれよっ」

「やあっもう来るっうっ、クるぅっ」

 俺が中の感触でメビウスの状態を知れるように、彼も俺の変化を感じるらしい。快楽に溺れて浅ましい期待に満ちた彼の、そんな発声までも直に感じたくて、俺は首を反らせ全身でその瞬間を迎えようとするメビウスの喉元に頬をすり寄せると、最後の一突きを待っているソコに、思うままの力で打ち込んでやる。

「あッあぁあヴァンっ、ヴァンッん…ッ」

 幾度となく、中がここぞという収縮を起こす刹那にメビウスがあげた俺を呼ぶ声は、この上ない媚薬だ。自分を抱いている男が俺なのだと、自分が俺に犯されてイッているのだと認識している証拠。男にとって──少なくとも俺にとって、これ以上に気持ち好い瞬間は無い。

「メビウス…ぅっ」ざわざわと波立つ肉壁に吸い付かれ、求められて、俺はそこでようやく熱を放つ。

「あぁ、あッ熱い…ぃっ」

 そう言う割に、冷感時のように強張って震えている彼に身を預け、俺は腰から背筋へ突き抜ける快感に任せて、もう少し、と身を揺する。絶頂の余韻が残るそこに緩い刺激を与えられて、そしてまた俺が吐き出す余熱に晒されて、メビウスは中の肉をヒクつかせ指先まで引きつらせて、悦に染まり切った甘い喘ぎで応えるのだ。

 ああ、やっぱりこいつって最っ高だよなあ──。



 ──忙しない二人分の呼吸が少し落ち着いてしばらく、耳を当てた肌から直接聞こえるメビウスの心音と、繋がったままの身体に伝わる体温の心地好さで揺蕩っていた俺の意識が、不意に強まる雨音を聞き付けて浮上する。

 首だけ動かして目を上げてみると、メビウスはぐたりと身体を投げ出して目を閉じていた。さすがにあれだけやれば気を失ったかもしれない。

「メビウス?」

「…ん……」

 呼びかけてみると、思いのほか彼には意識があった。寝言かという程度に応えたかと思えば、うっすらと眠たそうな赤い目を開く。

「あぁ…、すまん…」

 消え入るような声でそう言われて、俺はすぐにピンと来た。

 こいつはまだ気持ちいいんだな──と。

「シャワーか? …行くなら行け。私のことは、気にしなくていい…」目元を隠すように手を持ち上げ、時折長い吐息を交えて彼は言った。

「ああ、悪いな。…抜くぞ?」

 ひとまず断ってから、俺はゆっくりと身を離す。なるべく刺激しないようにしたつもりだったけれど、それでも彼の脚や腹の奥がぴくんと震えた。声が漏れるのを堪えたか、刹那止めた呼吸を吐く仕草には、どうしても隠し切れない快楽の余韻がある。

 ……こいつを抱いたことのある『俺の知らない男』は、今こいつがこんなことしてるなんて知ったらいったい何て言うんだろう? そもそもメビウスがどんな理由を付けて、あるいは誰からどこまで認められてまたこっちに出てきたのかも知れないわけだが、もしものすごく簡単に『友だちの家に行ってくる』程度のことしか伝えていなかったとしたら、俺だったら戻り次第、軽く外出禁止に処すところだ。

 俺がベッドから降りると、メビウスはシーツをたぐり寄せて包まり、こちらに背を向けてしまった。ちょっとキスくらいしたかったなと思いながら、特に挨拶もなく部屋を出る。今はここに俺たち以外の誰もいないから、廊下はとても静かだ。すぐ外は大通りに面しているけれど、今日ばかりは天候のせいもあって殊更である。

 心地好い気怠さが身体に残っていなければ、さっきまでの時間は淫靡な夢だったのではないかと思えるほど身体は落ち着いていた。あいつの快楽がまさに俺の快楽そのものすぎて、もっと気持ちのいい悪戯をして、もっと善がらせたい衝動が止まなかったのが嘘のようだ。さすがに俺も人間なのだし、体力には限界があるということか。

 勿体ないなあ。あいつと過ごせる時間は、もうそんなに長くないのに──。そうやって少しばかり残念に感じるとき、不意に頭をよぎるのは、ちょっとした気の迷い。

 俺が『この世界』を捨ててあいつのものになったなら、それこそ永遠に一緒に居られるのではないかという、果てしなく甘い誘惑。

 これが本当にただの気の迷いだと解ってはいるし、そもそもあいつが今『俺のもの』で在るのも、その立場に甘んじているのも、理由はとっくに判っている。俺という人間の、あいつにしてみれば星の瞬きにも等しい『瞬間』の生涯など、取るに足らないものと捉えているからだ。

 あまりにも決定的に遠すぎる、違いすぎる視点。相手はこの世界の唯一神であるという『お嬢さん』の『父親』なのだからそれも当然だけど、だったら何だってこんな、俺みたいな人間にここまで近付いてくるのか、理解に苦しむところがないこともない。

 元は同じ人間だったから……といっても、神様の親御さんから好いた惚れたと言われても実感はわかないし、突き詰めたところで俺たちの『存在の差』が埋まるわけでもないので、ここらへんは割り切っているつもりでいるが。

 でも。……でも、そうだなあ。

 あいつが女だったら、絶対孕ませてやったのになあ──。

 所詮は取るに足らぬ人間に過ぎない俺は、そんなごくごく普通の男の欲求を胸に、バスルームへと入っていくのだった。




                               END(2018/05/10)