異質な来



 火牙刀が初めてヒカリに出会ったのは、不可思議な森の迷い道であった。

 山ひとつ越えた先にある村への使いを終えた帰路で、彼は近道をしようと沢を下った。高名な薬草の産地であるその村への使いは幾度か経験があり、その山自体も修行の場として通ったことがあったから道には慣れていたはずだったのだが、気が付いてみればまったく記憶にない木々の生い茂る奥地で、彼は独り立ち尽くしている。

「まいったな……」

 戻ろうにも、乱立する手付かずの自然はもと来た道さえ掴ませない。せめて辺りを見回せはしないかと高い木へ足をかけた彼の耳に、ふと誰かの声が聞こえてきたのだった。

 ──唄だ。

 奏でる楽器はないけれど、それは旋律を紡ぐ若い娘の声。

 こんな深い樹海に人が? 火牙刀はすこし訝しむが、もし『住民』であったなら道を尋ねる絶好の機会だ。聴覚を頼りに声をたどって歩いた先で木々が途切れ、行き着いたのは円状に陽光が射し込む天然の広場だった。リスや鹿に始まる大小さまざまな動物が一堂に介し、ひとつの切り株を囲んでいる。

 そこに座して謡っていたのは、白い服を着た少女だった。

 火牙刀は声も言葉も忘れて、いっそ神々しくさえ見えるその光景に見入った。

 水とも地ともつかぬ深い場所から、ゆっくりと浮かび上がってきた『もの』が風を感じ、光を見出したとき、最初に聞いたのは懐かしい唄。

 魂をたゆたう旧き記憶に、時の流れなど意味を成さない。とうに忘れたはずの旋律、はるか過去の想いは、失われたように見えてそうではない。いつか再び出会える日まで、それはただ心の奥底で、とても深い場所で、静かに眠っているだけなのだ──。

 初めて聞く旋律であった。鬼龍の地に古くより伝わる地鎮の歌に似ていたが、どちらかといえば鬼龍より天魔の民に似た風貌を持つその少女には不釣り合いな気もする。

 火牙刀はそのとき、涙すら溢れそうな懐かしさでいっぱいになったのを覚えている。意識が風のように世界を巡り、知るはずもない土地の言葉や文化が頭に染み入る──否、湧き広がる。それは亡き家族の思い出をはるかに超える魂の遡行、彼が真城火牙刀として生まれる以前の記憶の奔流に満たされやまぬ瞬間だった。

 もっと、もっと近くで──。息を潜めていたことも忘れて火牙刀がふらりと踏み出した一歩を聞き付け、そこにいた動物たちが一斉に顔を上げる。唄が途切れ、ハッと息をのんだ少女が怯えたように振り向いた。

「あ……」

 彼女の、金色をした大きな瞳と目が合ったとき、彼は我にかえった。

 とんでもないことをしてしまった、そんな途方もない罪悪感と後悔が脚を竦ませる。

「驚かせてごめん…決して怪しい者じゃないんだ」彼は懸命に、そして真摯に謝った。「俺の名は火牙刀、武神家に仕えている武士だよ」

 即座に自分の身元を明かし、断じて山賊などではないことを示す。ただ、近隣の村の者相手ならこれで充分な自己紹介になるが、この地の者には見えぬこの少女には、武神の名がどこまで通じるか判らない。

「タケガミ……」少女は言った。「解ります。この地の領主…ですね」

「そう、そうだよ」火牙刀は頷きながら言った。「道に迷っていたら、キミの唄が聞こえてきて……道を尋ねようと思って来たんだ」

「道に? ……そうでしたか」

「もし知っていれば、屋敷へ戻る道を教えてくれないか? 方角だけでも構わないから」

 相手の申し出に対し、少女はすっと立ち上がると自分の正面に広がる森を指した。ありがたいとばかりに示される方向へ目を向けた火牙刀は、そこで妙な違和感を覚える。

 この小さな広場は、深い深い森の中心のような場所であったはずだ。見回す限り木々の隙間は昼間だというのに闇深く、不用意に踏み込めば二度とは出られぬ魔境のようにさえ見えていたのに。

 今はどうだ。彼女が指した先は、森というより林に近く木々もまばらで、向こう側に広がる空間の光や景色がはっきりと見えているではないか。

「え、……あ、あれ?」

 深い川に足を取られたと思ったら、実は膝にも届かぬ深さに過ぎなかった……というのは、よく聞く話だ。自分にも覚えがある。火牙刀はそんな時のような気恥ずかしさで、照れ隠しに笑ってしまった。

「ごめん。なんか俺、遭難したとばかり……早とちりしてしまったみたいだ」

「気にしないでください」少女は言った。「これであなたが無事に帰れそうなら、よかった」

 火牙刀は彼女に丁寧に礼を言って、ようやく山を下りられると安堵して下り路にさしかかる。しかしいくらか進んだところで、気になることが多すぎて彼は足を止めていた。

 それほど深い場所でも無かったとはいえ、どうしてこんなところにあんな少女が独りで居たのか。

 それに彼女を囲んでいた動物たち。ウサギや小動物だけならともかく、中にはキツネやオオカミといった肉食の獣もいた。本来の自然の中では狩り狩られる同士である者らが、怯えるでも隙を窺うでもなく近しいところで共にいた。まるで彼女の前では、すべての動物が同一の存在であるかのように。

 そして、あの唄──。

 火牙刀が振り向いたとき、彼女はまだそこにいた。

「また、会えるかな」そう訊ねたのは火牙刀のほうだった。「さっきの唄を、ちゃんと聴いてみたいんだ」

「え、唄を……?」彼女は驚いたように言った。

「キミの声によく合う、温かい、いい唄だったよ。──もちろん無理にとは言わないけれど」

 少女からは、返答に迷うような間があった。

 否、その沈黙は、決して迷いのせいなどではなかった。

「本当、ですか……?」

 遠目だったからはっきりとは判らなかったけれど、少女は笑ったように見えた。堰を切ったような、涙さえ浮かびそうな、心から込み上げる歓びの感情が気配に乗って火牙刀に伝わる。

「私はここにいます」少女は言った。「あなたが来てくれるなら、いつでも」

「そうか、ありがとう」

 今度は自分も、あの動物たちと同じように、彼女の独唱会へ加わることができる──。そう思うと、次にこの山へ来ることができるのはいつになるだろうと今から胸が逸る。近く……そう、別に此度のような使いの用時で無くてもいい、ふと時間が空いたときにでも来るとしよう。彼女が会ってくれるなら。

「私はヒカリ…」火牙刀が訊ねる前に、少女は自ら、意を決したように名乗った。「ヒカリと言います、火牙刀さん」



 記憶の遡行ばかりが際立ってまったく集中できず、火牙刀はやむなく精神統一を諦めて目を開いた。

 武神の屋敷に設けられた武将らのための修練場は、今が夜間であることも相俟ってひとけはまったくない。近くの明かり取りにくべられたロウソクは随分と短くなり、程なく消えてしまいそうだ。それほどの時が経っていたとは意外だった。考え事をしすぎて集中できなかったつもりではあったが、どうやらある意味で『精神統一』として成功していたのかもしれない。

 風通しの小窓から見上げれば、夜空には見事な満月が浮かんでいる。今ごろは、どこかでヒカリも同じ月を見ているのだろうか。

 出会って間もないころ──それでも、初めの出会いからまだひとつき足らずだが──ヒカリは火牙刀が望めば何度でもあの唄を詠じてくれた。彼女が謡い出すと呼び寄せられたように動物たちが集まってきて、頭上の木々がサワサワと葉を揺らした。彼女はそれを『彼らが喜んでくれている』と言って笑った。大切な友人である彼らを……火牙刀を持て成すことができて、とても嬉しいのだ、と。

 ただ彼女は、その唄の起源を知らなかった。誰かに教わったわけでもなく、物心ついたころから自然と謡っていたのだという。

 詞の言葉が鬼龍のそれに近かったから鬼龍の古い唄かもしれないと思い、火牙刀も城の老齢の従者たちに尋ねてみたことがあったのだが、誰も首を傾げるばかり。本人にそれらしい記憶がない上、詳細を知る手段も無かったことから、もう気にしないことにしていたのだが──。

 昼間の彼女の涙が頭をよぎり、火牙刀の胸が痛んだ。

 他人には他人の生き様があり、事情がある。望まれない限り、深く立ち入るのはやめておけ──とは、火牙刀が主君・武神真幻の言葉だ。

 火牙刀は幼い頃、盗みを働いたことがある。助けを求めてきた他人を蹴落としたことがある。すべては故郷と家族を失って彷徨い歩いた末、生死の瀬戸際に立たされた彼が生きるために選んだ本能に根ざす行動だ。

 だがそれはあまりにも深く醜い心の傷で、できることなら火牙刀自身、二度と触れたくはないと思っている。まして悪意のあるなしに関係なく、他人に知られようなどもってのほかだ。それは彼にとってヒトとしての根底をも揺るがす大罪であり、故にそれを己が犯してしまったものだと真正面から認識してしまったら最後、彼はもう武神の武将としては生きられなくなってしまうからだ。

 誰に許されるとか裁かれるとか、そういう問題ではない。火牙刀自身が自分を許せなくなるのだ。

 少々極端な話ではあるが、記憶にない唄を詠じ、顔も知らぬ『母親』を疎み始めているヒカリにも、火牙刀のそれに近い、決して触れられたくない事情があるかもしれない。だが、いくら彼女を不憫に思ってもすべての面倒を見てやれるだけの甲斐性を持たない火牙刀には、込み入ったところへ立ち入ったところで何もできないのが現状。ならばせめて、彼女が『今』を笑って過ごせるよう、居心地の良い友人として傍に在り続けるのが──。

「だーれだっ?」

「うわっ!?」

 突然、背後から女の声とともに目隠しをされ、火牙刀は驚いて声を上げていた。

 誰と言われるまでもない。その声には聞き覚えがありすぎる。

「何するんだ夕顔っ、心臓が飛び出すかと思ったぞ!?」

 手を振りほどいた火牙刀が振り向くと、そこには鳥のような姿をした若い娘が居た。

 淡い夕闇の色をした長い髪をまとめた頭に、鬼龍の民の証である長い鬼角を頂く彼女は火牙刀と同じく武神真幻に仕える者、『飛影』の二つ名を冠する忍者・夕顔だ。戦場に出る火牙刀とは違い、伝令・調査、あるいは密偵を主な役目としている。

「ごっめーん」夕顔はペロッと舌を出し、その肩書きに似合わぬイタズラっ子の顔で笑った。「早寝早起き健康第一がモットーの火牙刀くんがこんな時間までウンウン悩んでるみたいだったから、どうしたのかなーって思ってさ?」

「別にどうってことはないよ」火牙刀は答えた。こいつにヒカリのことを相談する気にはさらさらなれない。「キミこそ、こんな時間に戻ってきたってことは、報告があるんじゃないのか? 御館様をお待たせするなよ」

「違う違う。ボクはちょっとした見物帰りで、任務ってワケじゃないんだよ」

「見物?」

 火牙刀が眉を寄せたとき、開門の号令とともに不意に外が騒がしくなった。夜番の兵が何人も庭へ駆けつけ、ざわめきの中に指示が飛ぶ。その声は火牙刀の同僚、風祭嵐丸のものだ。

 彼が今宵、真幻の命で付近の山へ出向していたことは知っている。山狩りの任を終えて戻ってきたのだ。

「近所を荒らし回ってた山賊がお縄について、これでこのへんの村も一安心だねえ」夕顔は自分の功績のように自慢げに言った。「──けど、ひとりミョーなのが混じっててさ?」

「妙なの?」

「百聞は一見に如かずだよ。さあ、同僚凱旋のお出迎えといこうじゃないのっ」

 言うが早いか夕顔は火牙刀の手を取って、修練場を出てずんずんと歩き出した。道場を利用する者の礼儀として火牙刀は修練着のままだったわけだが、そんな細かいことを気にする様子は微塵も見えない。

 武神家の者には、そんな彼女を『無神経』と煙たがる者もいれば『大物』と評価する者も居て、意見はほぼ二分だ。火牙刀自身は判断を保留しているものの、真幻が『あいつぁ大物だぞ!』と面白そうに言うことも手伝って、その挙動に困ることこそあっても悪い印象を抱くほどではない。

 ただ時折ちらつく、武神に仕えていながら武神の不利無益をまるっきり他人事のように捉えた言動だけが気にかかる。彼女が『誠実』な性格であることは本能的に判ってこそいるけれど、夕顔は広い視野を持つというより、もっと離れた存在意義をもって武神を……否、武神と龍上の争いを見ているような気がするのだ。

(夕顔…キミは一体何者なんだ…)

 火牙刀は常々、そんな彼女から、ただならぬ風格のようなものを感じているのだった。



 ふたりが庭へ出て行ていくと、五人ほどの山賊らが長い縄に繋がれて、衛兵らにずるずると連行されていくところだった。

 チクショオ、放しやがれ──。彼らは口々に誰にともない罵声を飛ばすが、武器もなく抗う術も封じられて敢無く離れへと消えていく。これから罪状認否を経て、朝には真幻の前で裁きを受けることとなるだろう。

「やっほー嵐丸くん、おっかえりぃ」

 夕顔が手を振りながら声をかけると、家臣の者と話していた嵐丸が彼らに気付いて顔を上げた。

「よぉ」

 返ってきた消沈気味な第一声を聞いて、火牙刀は一発で様子がおかしいと感じた。

 嵐丸と火牙刀は同い年ということもあり、何かにつけて競い合う間柄だった。素早さと術の範囲性から、先陣を切るのが得意戦術である嵐丸の功績はあらゆる戦において非常に高く、またそれが彼の自慢でもある。嵐丸自身の気位の高い性格も相俟って、火牙刀はしょっちゅう彼に実力差を見せつけるような自慢話を聞かされてきた。

 一点突破の能力に優れ、雑魚が一掃され、ある程度以上の能力を持つ者が目立ち始める戦局の中盤以降で真価を発揮する火牙刀の戦術は、嵐丸のそれとは対極的といえよう。量より質、というのは、そんな嵐丸に対抗する際の火牙刀の決め台詞として定番であった。

 そもそもの話、個々の能力や戦果に拘らず、むしろ個人の能力を知り尽くしてもっとも必要とされる位置や場面に人材を投入する能力に優れた武神真幻の戦略の前では、火牙刀も嵐丸も同等の必要性を持つ重要な駒なのだが。

「何かあったのか、嵐丸?」

 相手が名のある武将でないとはいえ、このところ近隣を騒がせていた山賊どもを一斉に拘束したとなれば結構な功績だ。顔を合わせれば速攻で高笑いが飛んでくるかと内心身構えていた火牙刀は、予想に反した相手の凪いだ態度を訝しんで訊ねていた。

「ああ……」嵐丸は従者を下がらせると、溜息まじりに言った。「捕えた山賊の中に、おかしな奴が混じっててな」

「おかしな奴?」

 つい先ほど交わした夕顔との会話とまったく同じように、火牙刀は問いを重ねる。

「あいつだよ」

 嵐丸が示したのは、すでに閉じた大門の前に待機した別の従者。その隣に、まるで保護されるように控えた少年がいた。おい、と呼びつけられた従者に丁重に連れられ、その者は火牙刀たちの前へとやってくる。

(──えっ)

 その者と目が合った一瞬、火牙刀は奇妙な既視感に見舞われた。あれと同じ目を、どこかで見たことがあるような気がして。

 赤いかがり火に照らし出された蒼い髪が薄紫の艶を帯びていた。鬼龍武家のそれに似た造りの装束をまとっているが、ぱっと見たところどこにも家紋らしきものは見当たらない。何より特筆すべきは頭に頂く大きな角。鬼人を自称する鬼龍の民は生来より総じてさまざまな形の角を持つが、この者のそれは鬼というより龍だ。鬼人の中でも龍の名を冠し、この地の覇権に王手をかける武神家の宿敵、龍上家は当主・龍上剣真でもこうはいかない。

 そして歩く足運びはもちろん、ただ立っているだけなのにその姿には充分すぎる気品があり、相当な身分の存在であると窺える……のだが。

「おおおう、このコかあーっ」さっそく興味を示した夕顔が、その者をずいっと覗き込んでしげしげと眺め回す。「キミ、名前は? どこから来たのかなーっ?」

「やめとけ」嵐丸は言った。「そいつ、口が利けねえんだよ」

「え?」

 まさか、とばかりに夕顔と火牙刀が嵐丸を見やる。

「最初はどうせ盗品だろうと思ってたんだが、こいつの服も持ち物も、鬼龍の物に似てるがまったく違った」嵐丸は言った。「外の国から来たのかとも思って、問い質そうとはしてみたんだが……」

 その者は、如何なる問いにも答えないどころか、表情ひとつ動かさなかったのだ。

 野盗の一味と間違われ、問答無用に攻撃されたことで心を閉ざしてしまったのかとも考えてはいるが、現状、この者の正体を掴む手段がない。どのような立場にあり、どのような理由であの場にいたのか。それが判らない以上、本当に野盗の仲間である可能性も捨てきれないわけで下手にその場で解放することもできず、嵐丸はこうしてこの者を連れ帰る他の選択肢を失ってしまった。

 他の野盗どもと違い、この者が申し訳程度に両手を拘束されているだけに留まっているのは、そうした事情によるものだった。

「なるほどなあ……」夕顔は腕を組んで唸った。「確かに、どこかの名家の御子息だったりしたらそれこそ大変だよね」

「だからとりあえず、御館様に判断を仰ごうと思ってな」嵐丸は言った。「まずは閑那さんと岳人さんにこのことを伝えて、報告の要件をまとめてもらうつもりだ。火牙刀、おまえも来い」

「わかった」

「ボクもボクも」夕顔がここぞとばかりに自分を推す。

「ダメに決まってんだろ」嵐丸が妹でも叱るように言った。「同じ陣営に居るからって、俺はてめーを信用してるわけじゃねえぞ」

「えーっ、ケチぃ」

「ヒトのハナシ聞いてんのか!?」思いもよらぬ罵倒を受けて嵐丸が心外とばかりに言った。「ケチとは何だっ、そこはシリアスに黙るトコだろ!?」

「信用されてるはどうかなんて関係ないよっ。ボクはただ自分の仕事である『情報収集』を忠実にこなすだけ」夕顔は胸を張って言った。「すなわちそれをさせてくれない嵐丸は、イコールケチ、ということなのだっ」

「……行くぞ火牙刀、もうそいつに構うな」

 疲れ切った様子で肩を落とし、嵐丸は玄関へと消えていく。

 苦笑いまじりにそんな彼を見送った火牙刀は、ふと自分も行かねばならなかったことを思い出しつつ、傍にいた少年をちらりと窺う。

(……あれ?)

 少年は嵐丸の背を見ていた。その表情が、さっきよりもいくらか柔らかいような気がした。今の火牙刀と同じく、嵐丸と夕顔のやり取りを少しばかり微笑ましく感じているかのように。

「このかたは、どうするんだ?」と、火牙刀は従者に訊ねる。

「は。ひとまずは我らの監視のもと、座敷の間へ御通し致します。のちに、風林火山の皆様のご判断にお任せする形になりますかと」

「そうか……」それなら、あまり長く待たせてはいけないだろう。火牙刀は頷いた。「わかった。俺たちが戻るまでの間、よろしく頼む」

「かしこまりました。──では、こちらへ」

 従者に呼ばれるまま、少年は屋敷の中へと入っていく。嵐丸の質問に無言無表情を貫いたとはいうが、言葉そのものはどうやら通じているらしい。

 最終的には真幻の判断に委ねることになるが、ヒカリのように、可憐な少女でありながら明確な正体が判らない者もいるこの時勢だ。どこからどんな事情を持つ者が流れてくるかは想像だにできない。

 そんな特異な境遇にある者らが、行く宛もなく彷徨うのを見るのはつらく、悲しい。かつての自分がそうであったからこそ、火牙刀は己が信じる真幻が鬼龍の統一を成すことを……そして、ゆくゆくはこの世界そのものの統一をも成し遂げてくれることを、願わずにはいられなかった。




                              To be contonued...(2016/08/21)